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第ニ期 41話~80話

第五十四話 マリー脱出作戦

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 日が暮れると三日月が東の空に昇ってきた。ジャビ帝国軍に包囲されたことを知ったロマランの街は恐怖に包まれ、死んだように静まり返っていた。逃げ場を失った人々は家の中で息をひそめ、窓や扉を固く閉ざしている。

 手はず通り、まず北門から三千の歩兵部隊が城外へ出て、城壁を背にして布陣した。これを見たジャビ帝国軍は部隊を東門と西門から、北門へと移動させ始めた。

 東門の内側には、ランベルト将軍の率いる騎兵隊がすでに準備を整えていた。伝令兵がランベルト将軍に駆け寄ると、なにやら耳打ちをした。

 将軍が俺のそばにゆっくりと歩み寄り、静かに言った。

「アルフレッド殿、東門の敵部隊のおよそ半数が北門へ移動したようです。まだ槍歩兵の部隊が門の正面に布陣していますが、右側は軽歩兵と弓兵だけで、やや手薄のようです。私が騎兵を率いて正面の敵を引き付けますので、アルフレッド殿の馬車は残りの騎兵とともに右から突っ切ってください。私は敵を巻いてから、のちほど合流します。作戦を開始しますか?」

 俺は大きく頷いた。

「よし、作戦決行だ」

 東門が大きく開かれると、およそ千騎のロマラン騎兵が地面を轟かせながら飛び出した。騎兵は正面と右の二手に分かれ、正面の騎兵隊はトカゲの槍歩兵部隊を牽制しつつ左への回り込むように駆け抜けて背後を伺い、槍部隊を足止めする。

 ややおいて右の騎兵隊がトカゲの歩兵部隊に突入する。トカゲ兵と一対一で戦っても人間に勝ち目はないが、トカゲの四倍の重さのある馬が突進すれば話は別だ。ロマランの騎兵たちはトカゲ歩兵のあいだを駆け周りながら、槍で突き、剣で切りつけて牽制する。歩兵部隊の陣形は崩れ、混乱状態になった。

 その乱戦の真中を突っ切るように、レオナルド国王と俺が乗った馬車が門から飛び出した。敵兵が組織的に馬車を狙ってくる動きは見られないが、馬車を目撃した敵兵が散発的に馬車へ向かってくる。馬車の前には馬にまたがったレイラとカザルが並走し、行く手を阻むトカゲ兵を次々に倒してゆく。

 カザルがウォーハンマーを振り回し、トカゲ兵を殴り倒しながら叫んだ。

「がはは、トカゲの頭蓋骨が砕ける音が心地よいですぜ」

 レイラがトカゲ兵を切り倒しながら叫んだ。

「カザルは、鍛冶場に引きこもって鉄を叩いているだけかと思っていたが、戦場でもずいぶんと頼りになるな」

「バカ言え、あっしらドワーフは一流の鍛冶職人であると同時に、強力な戦士でもあるんだぜ。あっしの活躍を、よーくその目に焼き付けてくれ」

 馬車の後部にはルミアナが立ち、周囲を常に警戒しながら、脅威になる敵を見つけるとエルフの弓で始末する。

 馬車の中には俺とキャサリン、サフィーそしてレオナルド国王の家族四人が乗っている。サフィーは左手で<魔法障壁(マジック・バリア)>を展開しながら、右手で焼き芋を食い続けている。樽に入った焼き芋を、もりもり食い続けるサフィーの様子を、国王の一家が驚きの目で見ている。・・・この女、いったいどれだけ食うんだ。

 馬車はこのまま順調に包囲網を突破すると思われたが、進行方向で異変が起きた。三メートルはあろうかという大きなトカゲ兵が、ロマランの騎兵を次々に倒しているのだ。

 そのトカゲ兵は全力で走り回る騎兵をものともせず、巨大なハルバードを振り回して騎兵を馬から引きずり下ろし、次々に刺して殺している。そして俺たちの馬車を見つけると大声でわめきながら突進してきた。

「思っていた通りネズミが出てきたか。お前らはレオナルド国王の一行だな。俺様はジャビ帝国軍の最強戦士の一人、ザビラ様だ。俺様から逃げることなどできんわ!」

 馬車の後部に立つルミアナが、ザビラめがけて瞬時に三本の矢を放つと、すべての矢が体に命中した。しかし鎧を纏っていなかったにもかかわらず、ザビラの堅い鱗によってすべての矢は弾かれてしまった。

「エルフの矢でも、オレ様の体には通用せん」

 それを見たカザルが馬の踵(きびす)を返すと、ウォーハンマーを片手で振り上げ、ザビラに突っ込んだ。

「くそトカゲ野郎がぁ!」

 ザビラはカザルの一撃をハルバードの柄で受け止めると、ハルバードを振り回してハンマーごとカザルの体を馬から引き落とした。カザルの体は背中から地面に叩きつけられた。

「ぐは」

 すかさずザビラがハルバードで突いてくる。カザルは横に転がりながら攻撃をかわす。

「いま助けるぞ」

 レイラは馬から飛び降りると、背負っていた盾を構えてザビラに突進した。トカゲは振り返ると、レイラをめがけてハルバードを突き出した。レイラはそれを鋼鉄の盾で受け止める。金属のぶつかり合う凄まじい音が響き、レイラの突進が止まる。木製の盾なら間違いなく一撃で粉々に破壊されていただろう。

 トカゲは目にも留まらぬ速さでレイラを突き始めた。レイラは盾で必死に受け止める。トカゲの連続攻撃の勢いに押され、レイラはジリジリと後退する。

 カザルは急いで立ち上がると、両手でハンマーを構えて猛然とザビラに殴りかかる。だがザビラに隙はなく、受け止められてしまう。

「シャシャシャ、そんな力でオレ様に立ち向かおうなど、片腹痛いわ」

 ハルバードを横に大きく振り回したザビラの反撃を、カザルはハンマーの柄でがっしり受け止めたが、あまりの力にカザルは体ごと弾き飛ばされてしまった。

 そのすきに、レイラがザビラを目がけて飛び込むと、長剣の切っ先で腹部を突く。しかしトカゲは素早い動きでハルバードを切り返すとレイラの剣先を弾き、レイラを横から殴打する。レイラは盾で受け止めるも姿勢を崩してしまう。ザビラはこの機を逃さず、レイラに猛然と突きの連続攻撃を浴びせ、レイラは後ろへ飛ばされ、仰向けに倒れ込んでしまった。

「人間の力など、所詮はその程度よ。あきらめて、しねええ」

 ザビラがハルバードの斧でレイラを激しく叩きつける。倒れたレイラは、盾でその攻撃を受けるばかりで、身動きが取れない。

 俺は馬車から飛び出した。

 見上げるほど大きなトカゲが目の前にいる。レイラを打ち据えようと、手にしたハルバードを大きく振り上げている。今、奴の頭部を狙えば、レイラを爆炎に巻き込む危険性は低い。俺はザビラの頭部に向けて素早く手を突き出すと、精神を集中した。

<火炎弾(ファイア・ボール)>

 俺の手の先の空間から、オレンジ色に輝く火炎弾が飛び出し、十メートル先のザビラの頭の付近で爆発した。

「ぐうわああああ」

 火炎弾は直撃こそしなかったが、ザビラは叫びながら大きく後ろへのけぞった。頭部にかなりの熱傷ダメージを与えたはずだ。ザビラがひるんだすきにレイラは側方に転がって立ち上がり、盾を構えなおして守備姿勢を整えた。

 ザビラは俺に振り返ると叫んだ。

「貴様、何者だ」

「私はアルカナ王国の国王、アルフレッドだ」

「こしゃくな人間め、殺してやる、殺してやるぞおおお」

 ザビラは俺に向かって突進してきた。鋭い歯がびっしりと並んだ大きな口が開き、泡混じりの唾液が吹き出している。攻撃をしくじれば、間違いなくこいつに殺されるだろう。恐怖がこみ上げる。

<火炎噴射(フレイム・ジェット)>

 手の先から轟音と共に数千度の炎が激しく渦巻きながら吹き出すと、ザビラはたちまち火達磨になった。そのまま俺に向かって突っ込んでくる。だが、奴の目はすでに焼け、何も見えていないはずだ。俺は闇雲に突っ込んでくるトカゲを冷静に横に避けつつ、火炎を浴びせ続けた。真っ黒に焦げたザビラはそのまま前へ倒れ込むと、動かなくなった。

「陛下!」

 レイラが叫びながら駆け寄ってくる。

「私なら大丈夫だ。それより、まずい状況だな・・・」

 ザビラに足止めされている間に、周囲のトカゲ兵が集まって馬車が包囲されつつある。ロマランの騎兵が駆け回って戦っているが、左からは騎兵の天敵である敵の密集槍兵部隊が迫ってきた。こうなったら魔法石がある限り焼き尽くしてやる。

「レイラ、援護を頼む。私は火炎魔法で周囲の敵を焼き尽くす。馬車を前へ進めろ、止まるな、追いつかれるぞ」

「はい、陛下」

 俺は馬車に向かって突進してくるトカゲ兵の集団めがけて<火炎噴射(フレイム・ジェット)>を放射し続けた。トカゲは絶叫しながら黒焦げになってバタバタと倒れる。だが、トカゲ兵に怯む気配はなく、次から次へと突進してくる。俺の横では襲いかかってくる敵をレイラが切り倒している。

「陛下、キリがありませんね」

「ああ、数が多すぎる。この魔法石の数では、すべての敵を倒すことなどできない」

 馬車の上からルミアナが叫んだ。

「陛下、もう、矢の残りが僅かです」

 カザルが悲鳴をあげた。

「もう無理ですぜ。馬車を捨てて俺たちだけでも逃げやしょう」

「レオナルド国王を見殺しにはできない、持ちこたえろ」

 その時、遠くから地鳴りが聞こえてきた。その地鳴りは、たちまち大きくなって地面を揺らし始めた。馬車の進行方向に目をやると、トカゲ兵が悲鳴とともに次々に空中に跳ね飛ばされる様子が見えた。

 馬車の上からルミアナが叫んだ。

「陛下! ブラックライノが突っ込んできます」

 先頭のひときわ大きなブラックライノに乗っているのはナッピーだった。

「みんな、王様を助けるの! トカゲなんか踏み潰しちゃえ、行けー」

 家ほどの大きさがある灰色の塊が、凄まじい勢いで馬車の横を駆け抜けると、あたりにいたトカゲ兵が次々に跳ね飛ばされ、あるいは踏み潰されていく。なかには剣を構えるトカゲ兵もいるが、ブラックライノの頭部に突き出す太い角に一突きされると、まるで人形のように空中に放り上げられる。周囲はたちまち大混乱になった。

 ナッピーの乗ったブラックライノが俺たちの目の前で止まると、ナッピーが言った。

「王様、大丈夫? 王様が心配だから来てみたの。そしたら馬車が襲われているのをピピが見つけてくれたの。間に合ってよかった」

 俺はナッピーに言った。

「ありがとう、助かったよ。早く逃げよう」

 ナッピーはアルカナの方角を指さしながら言った。

「ライノたちが先導して道を切り開くから、もう大丈夫なの。ライノたちの後ろをついてきてね」

 ブラックライノたちは周囲のトカゲ兵を一通り蹴散らすと、馬車の前をアルカナの方角へ向けて走り始めた。馬車がその後を追うと、生き残ったロマランの騎兵たちも続いた。俺たちは包囲網を突破して、そのまま走り続けた。振り返ると、かなたに遠く見えるマリーの街に、南から無数のジャビ帝国軍が向かっている様子が見えた。マリー陥落は時間の問題だ。

 一週間後、俺たちはボロボロになりながらも、何とか王都アルカへ帰還することができた。それからまもなくマリー陥落の知らせが届いた。

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