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第ニ期 41話~80話

第五十話 ゲニア城攻略

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 古代エルフの遺跡探検から戻ってまもなく、エニマ国がネムル国の国境を超えて侵攻したとの知らせがもたらされた。三国同盟の結成後、戦争を止めるようエニマ国には再三警告してきたのだが、それを完全に無視した格好である。

 彼らの言い分からすれば、これは侵略戦争ではなく、分裂しているメグマール地方を統一するための正義の戦争なのだ。だが、戦争の大義名分など、いくらでも作ることができる。大義名分があれば戦争が許されるなら、すべての侵略戦争が許されることになる。

 アルカナ国は三国同盟の盟約に基づき、当初の作戦通り、エニマ国の南部を制圧すべく進軍を開始した。エニマ国南部の要衝は、アルカナとの国境に近いゲニア城である。南部地域をすみやかに占領するためには、このゲニア城を早期に攻略しなければならない。しかし、ゲニア城の守備は予想以上に強固で、これまでのところ城への二度の攻撃はすべて失敗し、損害だけが増えている状況だ。そこで今回、俺が援軍を率いてゲニア城攻略へ向かったのである。

 城の近くに作られた攻城陣地では、大将軍のウォーレンが待っていた。

「陛下、この度の失態は、誠に申し訳ございません」

「謝ることはない。それより、どのような状況なのだ?」

「はい、ゲニア城はご覧のとおり岩山の頂上に築かれており、周囲は崖、あるいは傾斜がきついため攻略に手こずっております。攻城塔や破城槌を近づけることが可能なのは城の正面だけです。そのため正面から城門を攻撃しておりますが、正面城壁には多数の弓兵の他、投石機も数多く配置されており、破城槌や攻城塔は、城壁や城門に辿り着く前に破壊されてしまう有様です」

「そうか。今回は精鋭を連れてきたので、私も攻撃に参加する」

「陛下、それは危険すぎます。弓矢や投石機の餌食にされてしまいますぞ」

「大丈夫だ。新たに防御魔法を使える者が仲間に加わった。弓矢や投石機などの遠距離攻撃に対して、強力な魔法のシールドを張ることができる。これで破城槌や兵士を保護しながら、城門へ突入するのだ」

 防御魔法とは、新たに仲間に加わった魔族の姫、サフィーの<魔法障壁(マジック・バリア)>のことだ。もちろん、その有効性は城で何度も検証しているから間違いない。より大きな魔力を消費するが、直径二十メートルほどもある巨大なシールドを作り出すこともできる。これなら破城槌をまるごと守ることができる。

 ただし問題がある。サフィーは「腹が減ると魔力が激減する」ということだ。サフィーから話を聴いたところ、どうやら魔族は、魔法石のエネルギーを利用するかわりに体内のエネルギーを利用することで、魔法にエネルギーを与えるらしいことがわかった。サフィーによるとこれが「マナ」と呼ばれるものらしい。

 マナは食べ物に含まれていて、食べ物を食べることで体内にマナが蓄積される。ところが、マナは魔界の食べ物には豊富に含まれているが、人間界の食べ物には少ししか含まれていない。そのため強力な魔力を維持するには、大量の食べ物を食べ続ける必要がある。こいつは厄介な問題だ。

 攻撃は今夜行うことにした。夜間に攻撃を行えば、俺の使う火炎魔法の巨大な炎が闇に映えることで、敵兵に与える心理的な威圧効果が増すと考えられるからだ。

ーーー

 夜になった。天候は晴れ、月が出て、そこそこに明るい。攻撃の時間だ。サフィーは魔力を蓄えるために、少し前からずっと食べ続けている。

「どうだ?サフィー。いけそうか?」

 サフィーは片手にパン、片手に骨付き肉を握って、交互に食い付いている。

「ふぁれは、いつへも、よいぞ」

 レイラとルミアナも頷いた。俺は全軍に合図を送った。大型の破城槌を先頭に重装歩兵による突入部隊が続き、援護の弓兵がその後方を追う。

 ゲニア城の城門の見張り小屋で、エニマ軍の兵士が叫んだ。

「敵襲! アルカナ軍が接近」

「馬鹿め、性懲りもなくまた攻めてきたか。今度もこっぴどく叩きのめしてやる」

 射程内に近づいた俺たちに、エニマ兵が矢と石の雨を降らせてきた。俺が言った。

「よし、頼むぞサフィー」

 サフィーは大きく頷くと両手を上へ掲げた。両手を使って魔法を展開することで、巨大な防御ドームを展開することができるのだ。サフィーが呪文を唱えると、わずかにきらめく半透明の魔法の盾が破城槌と周囲の兵士の頭上を広く覆う。

 ゲニア城の城壁では投石機があわただしく準備されている。

「ははは、これでもくらいやがれ」
 
 次々に石が飛んできて破城槌に命中するが、すべて透明な盾に弾かれて横に落ちる。アルカナ軍は、何事もなかったように城門へまっすぐ前進してくる。それまでに見たことのない奇妙な光景を目にしたエニマ軍の投石兵は唖然とした。

「なんだあれは。確かに命中しているはずだが・・・」

「ええい、怯むな。何かの見間違いだ。もっとどんどん打て」

 サフィーは両手を掲げたままなので食事ができない。給仕係がサフィーの両側に着いて、サフィーが開けた口の中にスプーンで食事をどんどん入れる。サフィーはそれを飲み込むと、また口を開く。・・・そう言えば、昔、似たような光景を見たことがあるな。蒸気機関車のボイラーに石炭をどんどん放り込む様子にそっくりだ。俺はちょっと申し訳ない気持ちになった。

「サフィー、すまないな。もう少し頑張ってくれ」

「んああ、んあ」

 近くで破城槌を押している兵が叫ぶ。

「急ぐぞ、もっと押せー、死ぬ気で押せー」

 まもなく破城槌と突入部隊が敵の城門へたどり着いた。城門の上の敵兵は大騒ぎになっている。頭上からは石の他に、熱した油なども降り注ぐ。だがサフィーの防御魔法は完璧だ。後方からは我が軍の弓兵隊も接近し、激しい撃ち合いになっている。ルミアナの矢が敵の弓兵を次々に倒してゆく。

「いち、に、それ」

 掛け声とともに、破城槌の衝角が城門に何度も打ち付けられる。木材の割れる音や、きしむ音が響く。城門の付け根がメキメキと音を立てる。歪んだ門扉の隙間から、門を取り囲むエニマ国の歩兵の姿が見える。盾を並べ、槍を突き出し、突入に備えている。ついに扉が音を立てて崩れた。敵兵が怒声を上げる。

 その瞬間、俺は城門の前に並んだエニマ国の重装歩兵めがけて<火炎噴射(フレイム・ジェット)>放射した。まさか炎が吹き出すとは予想もしていなかった敵兵は、こちらの狙い通りパニック状態に陥って逃げ出した。そのまま連続して火炎を放射し、左右の敵を後退させると、城門の前が広く空いた。俺は大声で叫んだ。

「突入!突入!」

 後ろに控えていた我が軍の重装歩兵が、一気に城内に突入する。兵力はこちらの方が圧倒的に多いので、城内に入ってしまえば数の暴力で押し切れる。

「続けええ」

 レイラが先陣を切って突っ込んでゆく。すでに敵は及び腰だ。主塔へ向かって徐々に後退を始めた。我軍の重装歩兵が城壁の敵を制圧すべく、石段を駆け上ってゆくのが見える。俺は城門前の広場に進み出て周囲を見渡した。その時、風切り音とともに、俺に向かって数本の矢が飛んできた。

「あぶない!」

 叫び声と同時に、サフィーが俺に飛びついてきた。東の塔から俺を狙って、弓兵の一団が狙撃してきたのである。サフィーは俺に飛びついた瞬間に<魔法障壁(マジック・バリア)>を展開し、飛んできた矢はことごとく弾き返された。俺はサフィーに押し倒されたような格好になった。

「お主、大丈夫か。われの魔力もかなり減ってきたので、シールドの範囲が狭くなっておる。われから離れないでくだされ」

 うわ、俺の目の前にビキニアーマーが・・・。しかも、ものすごく近い、というか密着している。これは嬉しいけど、こんなことをしている場合ではないぞ。

 城壁の上で戦っていたレイラは、アルフレッドが気になって城門付近に目をやった。サフィーがアルフレッドに抱きついている。たちまち嫉妬の炎がメラメラと燃え上がった。大変だ、こんなところでボヤボヤしていられない。レイラはすぐに引き返そうとした。行く手に敵兵が立ちふさがり、挑発した。

「貴様、逃げる気か、腰抜けが。所詮は女だな、ははは」

「どけ・・・今は、それどころではないのだ・・・」

 レイラは猛獣のような目つきで兵士を睨みつけた。レイラの全身からは業火が燃え上がり、背後には凶暴な龍がとぐろを巻いて口を開いている。

「ひいい、ど、どうぞ、お通りください」

 レイラが俺に駆け寄ってきた。

「陛下! 陛下! お怪我はありませんか」

 こ、これはやばい状況だ。俺はサフィーを跳ね除けて瞬時に立ち上がると、何事もなかったかのように冷静に言った。

「ありがとう、幸い怪我はない。東の塔から狙撃されたので、サフィーに防いでもらったのだ。それ以上でも以下でもない」

「そうですか陛下。ここは危険ですので、私が陛下をお守りいたします。私から離れないようにしてください」

「なんじゃ。お主がおらんでも、われがアルフレッドをお守りいたすぞ」

「いいえ、私は、陛下のお付きの近衛兵ですから、陛下をお守りするのは、私の勤めです。私が一番で、あなたは二番です」

 そうこうするうちに攻撃部隊が主塔に突入し、激しい戦闘が繰り広げられた。そして屋上に掲げられていたメグマール帝国の旗が降ろされ、代わりにアルカナ王国の旗が掲げられた。ゲニア城は陥落した。城内はアルカナ軍の歓喜の声が響き渡った。大将軍のウォーレンが俺に歩み寄ってきた。

「いやあ、お見事でした陛下。陛下の部下たちの活躍は素晴らしいです。しかも、なんと、陛下自身が魔法をお使いになられるとは驚きです。あのような力をいつの間に?」

「黙っていて悪かった。実は以前からエルフのルミアナに魔法を教えてもらい、密かに練習してきたのだ。おかげで、戦闘でも使えるほどに能力が向上した。これからも我が軍が苦戦するようなことがあれば、積極的に魔法を使うつもりだ」

「それは心強い限りです。しかし、くれぐれも慎重にお願いしますぞ。陛下が万が一にも戦死されるようなことがあれば、アルカナ国はおしまいですからな」

「ああ、わかっている。ところで、これからの進軍ルートはどのようになってるのか」

「はい。事前の偵察によりますと、敵軍の砦はあと三箇所ありますが、どれも規模が小さく、兵力も1000人程度と思われます。領内の貴族から派遣された部隊には、北のエニマ川沿いの砦を攻撃していただく予定で、王国の政府軍は東へ侵攻して残りの二つの砦を攻略します。それでエニマ川の南側は制圧が完了します」

「そうか、そのあとは友軍であるイシル国の軍が、エニマ国の西側に侵攻するのを待つことになるな」

 その時、伝令の馬が城門を駆け抜けてきた。伝令の兵士は急いで馬から飛び降りると、俺たちに駆け寄ってきた。

「緊急事態に付き、ご報告いたします。ナンタルのレジスタンスから伝書鳩が来ました。それによりますと、ジャビ帝国の軍が、ナンタルの郊外に集結しつつあるとの情報です」

 俺は驚いた。

「なに? それは本当か。それで、ジャビ帝国の兵の数はどれくらいなんだ」

「まだ集結中であり、後続も次々に到着しているため、最終的な規模は不明です。しかし、その数は少なくとも十万人を遥かに超える勢いということです」

「おのれジャビ帝国め。メグマール地方が分裂状態になったことに付け込んで、我々を侵略しようということか・・・」

 アルカナ国はメグマール地方の最も西側に位置していている。もしシャビ帝国が侵攻してくれば、真っ先に攻撃を受けるだろう。これはまずいことになった。おれはウォーレンに言った。

「大将軍、聞いてのとおりだ。ジャビ帝国が動き出した。私は状況を確認して今後の作戦を練るために、いちど王都アルカへ戻る。我が軍は進軍を停止し、ここで待機させてくれ」

「はい、承知いたしました陛下」

 朝だと言うのに、いつの間にか空には厚い雲が垂れ込めて日差しは見られない。降り出した雨に濡れながら、俺たちは王都アルカへの帰路についた。

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