上 下
49 / 82
第ニ期 41話~80話

第四十八話 魔族の姫様①

しおりを挟む
 保管庫の扉は全部で6つあり、順に調べることにした。最初の扉に鍵はかかっていなかった。両開きの扉は木製で、少し力を入れて押すと、かすかに蝶番(ちょうつがい)のきしむ音がして簡単に開いた。期待に胸が高まったが、保管庫は空っぽだった。キャサリンが落胆の声をあげた。

「なによ、空っぽじゃないの。こんなに苦労してきたのに、がっかりですわ」

 普通に考えれば、エルフがここを去るときに大切なものはすべて持ち去るのが当然だ。

 次に調べた部屋には、壁に巨大な地図が描かれていた。ルミアナが言った。

「これは、古代メグマール地方の勢力図ね。すでにこの時代にアルカナ王国の名前もあるわ。人間の王国が徐々に勢力を拡大して、エルフは次第に追いやられていたのかも知れないわ。それで人間から身を守るために、こんな地下都市を築いたのかも知れない」

 ルミアナはどことなく悲しそうに見えた。それにしても、高度な魔法技術を持つエルフ族が、なぜ衰退してしまったのだろう。不思議だ。

 別の部屋は遺跡全体の制御室だった。壁面には地下都市の住居やダンジョンの配置図が書かれ、あちこちにレバーが並んでいた。ここから各所に配置されたトラップや魔法の人形を操作できるようだ。うかつに触ると余計なトラップが起動しそうなので、そのままにしておいた。

 どの部屋も何も残されていなかった。制御室に戻って再びダンジョンの配置図を調べた。スライムの居た部屋から奥に7つの部屋が描かれている。だが、実際に調べた部屋は6つだけだ。一番奥にある部屋の扉が見つかっていない。

「ルミアナ、扉が強力な魔法で隠されているかも知れない。魔法を解除してくれないか」

 ルミアナは幻惑系魔法のスペシャリストだ。配置図から推測して部屋があると思われる周辺の壁に向かって<幻影解除(ディスペル・イリュージョン)>の魔法を使うと、霧が晴れるように両開きの青銅の扉が現れた。扉の表面には、遺跡の入口にあったのと同じ、熊と狼のレリーフが施されている。ルミアナが魔法を唱えると鍵が外れる音がして、扉を手で押すとゆっくりと開いた。

 部屋には、いくつものテーブルが並んでいる。テーブルの上には種類ごとに分けられた魔法石が一杯に入った壺が並んでいる。かなりの量だ。

「旦那、こりゃあ、すごい量だ。旦那の魔法が使い放題ですぜ」

 これまでほとんど入手できなかった数多くの種類の魔法石が大量にある。これだけの量の魔法石があれば、俺とルミアナが魔法を使うのに当分不自由することはないだろう。これは大きな収穫だ。

 ところで魔導具はあるだろうか。部屋の壁には杖を収めていたと思われる丈の長い箱が並んでいたが、その中に魔導具はない。よく見ると、部屋の奥の方の棚に数本の杖のようなものが立っていた。ルミアナはそれを手に取ってしばらく観察してから言った。

「これは魔法石を探知する魔導具ですわ。これを使えば、人間でも魔法石を探すことができます。攻撃魔法が使える魔導具ではないので直接の戦力にはなりませんが、長い目で見れば、自前で魔法石を調達できることは、大きなメリットになります」

 いやいや、これは大きいぞ。何しろ魔法石がなければ、魔法なんて坊さんの念仏よりも役に立たないからな。これで一般の兵士たちを使ってアルカナ全土から魔法石の収集ができる。

 部屋をうろついていたキャサリンが、奥で何かを見つけたようだ。

「お兄様、見て。ここにも扉があるのですわ」

 ルミアナが近づき、扉の文字を読む。

「開けるな危険・・・」

 なんじゃそりゃ。ずいぶんベタな表現だな。というか、開けるなと言われて『ハイそうですか』なんて引き下がる奴はいない。むしろ開けたくなるというものだ。

「特殊な魔法で封印されていますね。扉の表面に魔法の図形が描かれていますが、もしかすると扉をあけるための魔法の図形かも知れません。ちょっと試してみましょうか」

 そう言うと、ルミアナは魔法を念じた。しばらく念じていたが、何も起こらない。

「私の魔法の能力では、この魔法は使えないようです。アルフレッド様なら、もしかしたら使えるかも知れません」

 俺は扉に描かれている魔法図形を丹念に見て記憶する。そして、そのイメージを扉へ向けて解き放った。すると扉は音もなく消え去り、その奥に小さな部屋が見えた。部屋の壁は全面が真っ黒な色で塗りつぶされていて、異様な雰囲気である。部屋にはやはり黒い色をした、どことなく棺桶を思わせるような箱が安置されている。箱にはフタがなく、中には何者かが横たわっていた。

 俺がその人物を確認しようと一歩近づいた時、突然、その人物がむっくりと上半身を起こして、大きく伸びをした。

「ふわわあああ、あーよく寝た」

 俺は驚いて後ずさりした。それは女のようだった。俺たちがあっけに取られていると、その女は箱の上に立ち上がると、ぽんとジャンプして床に降り立ち、こちらを見た。

「あれ、お主らは何者じゃ?なぜここにおる?」

 女は不思議そうな目で俺たちを見た。その女は美しかった。腰まで届きそうな青く長い髪、そして大きな胸にくびれたウエスト。抜群のプロポーションだ。ふっくらとした唇、切れ長の目、しかしその瞳は赤く燃えていた。明らかに人間ではなさそうだ。

 しかも、その体にまとうのは・・・ビキニアーマーだ。ビキニアーマとは、どう考えても何の防御にもならない、ほとんど裸のような鎧である。実用性はゼロだが、男性には絶大な人気を誇る。その実物を着用した美人を、このアルカナで拝めるとは・・・。

 いやいや、喜んでいる場合ではないぞ。こいつは人間ではない。しかもエルフでもない。何者なんだ?俺は女の質問にゆっくりと答えた。

「私は、アルカナ国の国王、アルフレッドです。このエルフの遺跡を探検しているところです。あなたに危害を加えるつもりはありません。ところで、あなたは?」

「われか? われの名は『サファイア』じゃ。かの有名なキメラナ国の姫じゃ」

「キメラナ国?・・・大変失礼ながら、キメラナ国という名はこれまで聞いたことがありません。どこの地方にあるのでしょうか」

「うむ。キメラナ国は人間界の国ではない。魔界の国じゃ。われは魔族なのじゃ」

 魔族と聞いて俺たちは身構えた。なるほど、魔物ならば、この容姿にも納得がいく。

「安心せい。われは人間族に敵対するものではない。われはエルフどもによって捕らえられ、無理やりここに閉じ込められておったのじゃ。それを、人間族であるお主らが救い出してくれたわけじゃ。感謝するぞ・・・ん?」

 サファイアと名乗る魔族の女は、ルミアナの姿に気がつくと怒り出した。

「お・・・お主は、あの憎きエルフではないか! エルフめ、われをこんなところに閉じ込めおって、許さんぞ。他の連中はどうした?」

 ルミアナが静かに言った。

「サファイア様、もはやここにエルフはおりません。この都市のエルフはひとり残らず、どこかへ消えてしまったのです。私はよそからやってきた流れ者のエルフです。あなたのことは何も知らないのです」

「は? 消えたじゃと? あれだけ、うじゃうじゃおったエルフ族が一人残らず消えるわけなかろう」

「いえ、サファイア様がここに閉じ込められている間に、この都市は放棄されたのです。そしてそれ以来、1000年以上もの間、サファイア様はここで眠り続けていたのです」

「な、なんと・・・われは、1000年以上もここに閉じ込められておったのか・・・そして、誰からも忘れ去られて、眠り続けておったと・・・」

 サファイアと名乗る魔族の女はショックを受けているようだった。俺はサファイアに尋ねた。

「なぜ魔族のお姫様であるサファイア殿が人間界に来られたのですか?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...