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第ニ期 41話~80話

第四十六話 遺跡の奥へ

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 広場には壁に面して半円形の大きな池があり、池に面した壁には3つの大きなライオンの顔が彫り込まれている。その口からは水が流れ落ち、水音と共に波紋が広がっている。半円の池の縁に沿って人間や動物など様々な形の白い石像が並んでいる。池の周囲には石のベンチが設置されており、一行はそれぞれ思い思いの場所に座って休憩した。ルミアナは広場を囲む石壁を一人で丹念に調べていたが、やがて俺のところに戻ってきた。

「やっぱり通路は見当たりませんね」

「そうか。ここはエルフの古代遺跡に間違いないのだろうが、残念ながら住居だけの遺跡なのかも知れないな」

 俺の腰掛けていたベンチの前には白い馬の石像が立っていた。しばらくするとキャサリンが歩いてきて、馬の石像を眺め回し、馬のお尻を軽く叩きながら俺の方を見て言った。

「思い出しますわね。お兄様ったら、子供の頃は馬が怖くて乗れなかったのですわ」

「はは、そうか。そりゃあ馬は大きいから怖かったんだよ。当たり前じゃないか」

「子供の頃のお兄様は臆病で馬に乗れなかったけれど、お兄様が『私のお馬さん』になるのは得意でしたわね。私がお兄様の背中にまたがると、とても喜んで、はあはあ言いながら這い回っていってましたわ。懐かしいですわ」

 カザルが変な目で俺を見ている。

「ち、違う。お前とは違うからな。いや、あれだ、お馬さんごっこだ。子供の頃に兄が妹のお馬さんになってあげるのは、よくあることじゃないか。普通だぞ、普通」

「いいえ、お兄様は大人になっても、ときどき私のお馬さんになってくれましたわ。あの日、毒で倒れてしまってからは、ちっともお馬さんになってくれなくて。キャサリンは悲しいのです。恥ずかしがらなくていいですわ。ほら、お馬さんになって」

 この変態兄妹が!

 そうこうするうちに、キャサリンは石像の馬によじ登って、その背中にまたがると楽しそうに跳ね始めた。

「おウマは上手、おウマは上手、おウマは上手・・・」

 喜んでキャサリンが跳ねていると、いきなり馬の首が取れて、そのまま池の中にぼちゃんと落ちて沈んでしまった。キャサリンは唖然として首が沈んだ池を見つめた。

「あらら、おウマさんの首が取れちゃいましたわ」

 すると突然、地鳴りがして、地面がビリビリと振動し始めた。俺は叫んだ。

「き、キャサリン、今度は何をやらかしたんだ」

 首の取れた馬にまたがったキャサリンが叫んだ。

「な、な、何も悪いことはしてませんわ。お馬さん首が勝手に取れて、なくなってしまっただけよ」

「へ、陛下、御覧ください。池の水が・・・」

 レイラが指差す方を見ると、池の水がどこかへ吸い込まれるように、どんどんなくなってゆく。池の水位が下がるにつれて池の底へ続く石の階段が姿を現してきた。そして階段の先には金属の扉があり、水がなくなると扉が左右に開いて、奥へと続く真っ暗な通路が現れた。まさか馬の石像の首がスイッチになっていたとは。

「こ、これは・・・」

「隠し通路ですね、進みましょう」

 隠し通路にはこれまでと違って照明がなく、真っ暗で何も見えない。俺とルミアナは<灯火球(ライト・オーブ)>の魔法を念じた。オレンジ色に明るく輝く二つの球体が空中に浮遊し、周囲を照らす。

 魔法に使う魔法石は、以前に閉じ込められたドワーフの坑道で手に入れたものだ。ルミアナからもらった「魔法石袋」に入れてきた。魔法石袋に魔法石を入れておけば、魔法石をいちいち取り出さなくとも魔法を念じるだけでよいのだ。

 通路は折れ曲がったり、枝分かれしたり、複雑な構造をしている。どうやら迷路、ダンジョンのようである。外敵が侵入した際に時間を稼ぐために作られたに違いない。俺たちは道に迷わないよう、床にチョークで印を書きながら慎重に進んだ。

 曲がり角の多い通路をしばらく進むと、急に長い直線に出た。前方が暗くて見えない。何か嫌な予感がする。周囲に気を配りながら慎重に進むと、突然、前方から巨大な<火炎弾(ファイア・ボール)>が飛んできた。火球の大きさは通路一杯に広がっており、逃げ場はない。驚いたキャサリンとカザルが叫ぶ。

「きゃああ」

「うおお、やべえ」

 不意を突かれて驚いたが、俺は魔法攻撃に対する防御も十分に訓練している。では、どのようにして魔法を防御するのか。<火炎弾(ファイア・ボール)>の魔法は、魔力で火球の軌道をコントロールしている。だから、敵から放たれた火球も、自分の魔力を使ってその軌道をコントロールできるのだ。

 俺は正面から飛んできた火球に向かって<火炎弾(ファイア・ボール)>を強く念じると、火球を反対側へと弾き飛ばした。俺の魔力レベルが相手の魔力レベルよりも強ければ、相手の魔法を弾き返すことができる。逆に言えば、強力な魔力の相手なら攻撃を弾き返すことは難しい。その場合は避けるしかない。

「あんな巨大な火の玉を弾き飛ばすなんて、さすがはわたくしのお兄様ですわ」

 <火炎弾(ファイア・ボール)>は次々に打ち込まれてきたが、飛んでくる火炎弾の魔力はそれほど強くない。やがて魔法石が切れたのか、火炎弾は飛んでこなくなった。通路の突き当りまで進んだが、敵の姿はない。よく見ると石壁に親指ほどの穴が空いている。この穴から火炎弾が飛び出してきたのだろう。壁に炎の魔導具が埋め込まれているに違いない。俺はルミアナに尋ねた。

「この壁に埋め込まれている魔導具を取り出して利用できないかな」

「いいえ、壁と一体化されているので、壁を破壊して取り出すと壊れてしまうでしょう。杖の形をした携帯型の魔導具でなければ利用は難しいかと」

「それは残念。魔導具がほしいなあ」

 その後、しばらく進むと、通路の前後から石のこすれるような音が聞こえてきた。どこかで扉が開いている音だ。それが止むとすぐに、前後から多数の足音が響いてきた。音は急速に大きくなる。ルミアナが叫んだ。

「何かくるわ、しかも前後から挟み撃ちだわ」

 俺は言った。

「レイラは前方を、カザルとルミアナは後方を頼む」

 通路の前後の暗闇から、ほぼ同時に、四、五匹の犬に似た動物が飛び出してきた。鋭い歯をむき出している姿は、一瞬、犬のように見えたが体には体毛はなく、関節につなぎ目がある。これは犬型の人形だ。いわばロボットである。おそらく魔法の力を利用して動いているのだろう。

「行きます!」

 前方を守っていたレイラが、突進してくる犬人形に向かって駆け出すと、気合とともに剣を大きく横に振り回した。横に並んで突っ込んできた二匹の犬人形の頭が、ほぼ同時に砕け散り、二匹は右壁にふっ飛んだ。返す刀であとに続く犬人形の胴体を上から真っ二つに切り捨てる。その動きは流れるようだ。

 さらに、後続の犬人形がレイラに飛びかかる。大きく開いた顎がレイラの喉元に迫る。即座に鋼鉄の盾で犬の顎を打ち付ける。衝撃音と同時に、犬人形の頭が折れ曲がる。その間に残りの一匹もレイラに飛びかかり右腕に噛み付いた。だが堅牢な近衛騎士の鎧には歯が立たない。噛み付いた犬人形を、大きく腕を振って地面に叩きつけ、その胴体を剣で刺し貫いた。

 あっという間に、前方の敵は片付いてしまった。後方を守っていたルミアナは、接近する三匹の犬人形の頭部を素早い弓で射抜く。そして、突っ込んできた残る二匹の犬人形をカザルが上からハンマーで叩き潰した。今回は俺の出る幕はなかった。

 レイラは、壊れて床に転がった犬人形をまじまじと見ながら言った。

「陛下、何ですかこれは?犬の形をした人形のようですが、このような生き物は初めてみました」

「これは生き物じゃない。おそらく魔法の力で動いている人形のようなものだ」

 犬人形から矢を引き抜きながら、ルミアナが言った。

「そうです。古代エルフは魔法の力で動く『魔法人形』を作り、戦闘や労働に利用していました。犬の形をしたものや、人間の形をしたものなど、様々な種類があります」

 破壊された犬人形をナイフで切り裂いてみた。比較的柔らかい粘土のような材料に、木材の骨格を埋め込んで作られている。どうやって動いているのかまったく想像もつかないが、魔法を使っていることは確かなようで、ちょうど心臓のあたりに数個の魔法石が埋め込まれていた。

 人形に仕込まれていた魔法石は簡単に取り出すことができた。これまであまり手に入らなかった青や黄色の魔法石を手に入れることができ、思わぬ収穫である。

 ルミアナは、犬人形をナイフで解体しながら言った。

「これは遺跡を守るガーディアンの一種ですね。ガーディアンがいるということは、この遺跡にはかなり重要な何かが保存されているに違いありません」

 しばらく進むと小部屋に出た。天井には小さい丸い穴がいくつも開いている。こういうところでは、だいたい何かが出てくるものだ。タン、タン、タンという音が響き渡り、その音が終わると同時に天井の穴から、灰色の丸いかたまりが次々に落ちてきた。それは拳ほどの大きさで、地面に落ちると開いて蜘蛛のような形になった。

 それを見たキャサリンが剣を抜きながら自信満々に言った。

「まあ、こんなちっこい奴なら、わたくしでも倒せますわ。えい」

 キャサリンの剣が蜘蛛に触れた瞬間、バチッと音がして電撃が走った。蜘蛛のガーディアンは、瞬間的な電撃を放つ攻撃能力を持っているようだ。キャサリンは驚いて、尻もちをついてしまった。数匹の蜘蛛がキャサリンに素早く這い寄ってくるとその体に取り付き、次々と電撃を放ち始めた。

「ひゃああ、あああ、ひい」

 床に転がって悶えるキャサリン。それを見たレイラが駆け寄る。だか、全身金属のプレートアーマーで覆われたレイラは、たちまち蜘蛛の電撃攻撃の餌食になってしまった。鎧に取り付いたロボット蜘蛛が次々に放つ電撃で体が麻痺して、剣を振るうこともできず、四つん這いになった。

「きゃあ、いやあ、はああ」

 俊敏なステップで蜘蛛の電撃を避けていたルミアナだったが、頭上の穴から落ちてきた蜘蛛に隙をつかれ、ひるんだ隙に四、五匹の蜘蛛に取り付かれてしまった。

「あああ、はああ、うううん」

 キャサリンとレイラとルミアナが悲鳴を上げて床の上で悶えている。この様子を見たカザルが興奮した様子で俺に言った。

「・・・三人の美女が床の上で悶えている・・・こ、これは、めったに見れない光景ですぜ旦那、どうしやしょう」

「ば、ばか。喜んでいる場合か、早く助けないと・・・。しかし蜘蛛が近すぎて、私の魔法だと仲間にもダメージを与えてしまう。直接武器で蜘蛛だけを叩かないと」

「でも剣やハンマーのような金属製の武器は使えませんぜ。蜘蛛の電撃で、こっちも感電してしまいます。金属じゃない武器が必要ですぜ」

「金属じゃない武器か・・・木の棍棒のような・・・」

 俺はカザルと顔を見わせた。棍棒といえば、キャサリンの焼いた「殺人パン(バゲット)」があるではないか。俺とカザルは、キャサリンの近くの床に転がっていた棍棒のようなパンをひっつかむと、力任せに蜘蛛を殴りつけた。パンの硬さが尋常ではないためか、蜘蛛がもろいためかわからないが、数回殴ると蜘蛛は壊れて動かなくなった。

 俺とカザルはパンを振り回して蜘蛛を次々に破壊して、彼女たちを救出した。

「はあはあ・・・お兄様、助かりましたわ。ところで、その手に持っている棍棒は何かしら。わたくしが今朝焼いてきたパンにずいぶん似てますこと・・・」

「あ、これか・・・これはその・・・カザルがこれを使おうと言ったんだ」

「うわ。ち、ちがいやすぜ、あっしは『金属製じゃない武器が必要だ』って言っただけです」

 キャサリンはムッとした。

「まあ、食べ物をおもちゃにしちゃいけないって教わらなかったの?バツとして、いま手に持っているパンは、あとで自分たちで食べるのよ。わかった?」

 まったな、こんな棍棒みたいな硬いパンは食えないだろ。悪いが、ドサクサに紛れて、後で捨ててしまおう。

 俺たちは先へ進んだ。

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