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第一期 1話~40話

第三十一話 レジスタンス

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 二人が宿の部屋へ戻ると朝食がテーブルの上に準備してあった。宿の主人は二人が訳ありの人物だと薄々気付いているはずだが、幸い、黙ってくれているようだ。朝食を食べ終わると二人ともベッドの上で死んだように眠った。また夜になった。

 二人はレジスタンスのメンバーを探すことにした。アズハルが座っていた中央広場の壊れた石像のところへやって来ると、二人で石に腰を下ろした。思った通り、しばらくするとアズハルが暗闇の中を小走りに近づいてきた。

「エルフの姉ちゃん、昨日はありがとう」

「どういたしまして。私のことはラルカと呼んでね、偽名だけど」

「それと、剣士の姉ちゃんもありがとう。ワニを素手で殺したっていうから、化け物みたいな恐ろしい人かと思ったけど、普通の人で安心したよ」

 レイラがむっとしてルミアナを振り返った。

「ルミアナ、いらないことは言わなくていいの。変な噂が立ったら困るでしょ」

「いいじゃないの、本当のことを教えただけなんだから。いっそのこと『ワニ殺しの女』って二つ名で呼びましょうか。ワニ殺しの女って、かっこいいわよ。強そうだし」

「いやだ。そんな凶悪犯みたいな二つ名は嬉しくない」

「じゃあ、何て呼んだらいいの?」

「そうね、戦いの女神と呼びなさい。戦いの女神がいい」

「だめよ、あなたはマスルってことになってるんだから」

「いやだ。マスルってそのまんま筋肉って名前じゃないの」

 二人は少年に案内されて、彼の仲間であるレジスタンスの小隊と会うことになった。町の東の端に近い、民家が立ち並ぶ一角にやってくると、家々に囲まれた水汲み用の井戸の蓋を開け、そこからアジトである地下室に入ることができた。

 地下では四人の男たちが待っていた。

「ようこそおいで下さいました。私はアブラヒムです、このレジスタンス小隊の隊長を務めております。今回は救出していただいて、本当にありがとうございました。改めてお礼を申し上げます」

 ルミアナが言った。

「初めまして、私はラルカ、彼女はマスルです。今は偽名しか言えませんが、私たちはアルカナ王国のスパイとしてナンタルの偵察に来ました。ジャビ帝国に対抗するために情報を集めるつもりです。もし可能であれば、あなたがたナンタルのレジスタンスと協力関係を築きたいと考えています。情報を提供していただければ、見返りに資金や補給物資の支援を約束しましょう」

「ありがたいお申し出です。ただ、私たちは実行部隊の一小隊に過ぎません。ですからこれは本部に報告して本部で決めていただくことになります。もちろん本部の場所はお教えできません。ですが、まず間違いなく本部から了承されると思います。今後は私たちが窓口となるでしょう。連絡員は、このアズハルにやってもらおうと思います」

「よろしくね、アズハル」

「へへへ、よろしくな」

 アブラヒムは陶器の瓶を取り上げると言った。

「お二人には、ほんのお礼代わりにヤシ酒を用意しました。甘くて美味しいですよ。今夜はヤシ酒を飲みながら、親睦を深めることにいたしましょう」

 レイラが少し困惑したように言った。

「お酒ですか。お酒は嫌いではないのですが、ちょっと・・・」

「まあまあ、少しだけならいいでしょう」

 二人が床に敷かれた絨毯の上に座ると、男たちが小さいグラスにお酒を注ぎ、手渡した。ルミアナは一口飲んでから言った。

「よろしければ、トカゲ族について少し教えていただきたいのです。トカゲ族の体は固い鱗に覆われていて倒すことが難しい上に、兵士の数も多いと聞いています。ですから、正面から戦っても不利でしょう。弱点を探り出さないと、厳しい戦いを強いられることになると考えています。トカゲ族の弱点に関する情報はありますか?」

「そうですね、致命的な弱点は今のところ見つかっていません。強いて言えば寒さに弱く、寒いと動きが鈍るので、彼らは冬季の戦争を避けるようです。アルカナ国あたりは雪こそ降りませんが、冬はそこそこ寒いですから、冬の間は攻めて来ないかもしれませんね」

「春は要注意ということですね、もしトカゲ族と戦うなら、冬に戦えと」

「そうです。それとトカゲ族は非常に好戦的な生き物で、仲間内でも主導権を巡って常に争っています。彼らの社会は弱肉強食で下剋上ですから、相手を貶めたり裏切ったりすることが日常茶飯事のようです。我々としては、そうした彼らの性格を利用できないものかと、情報を集めています」

「なるほど、敵対関係を利用して同士討ちをさせるわけね」

「我々の情報網はジャビ帝国の本国にも及んでいます。ジャビ帝国では人間の奴隷が数多く働かされていますので、奴隷を装いスパイ活動を行う者も多数おります」

「それはすばらしい。アルカナ国としても、その情報はぜひ欲しいですね」

 ふとレイラを見ると、いつの間にか左手に酒瓶を持って手酌状態になっている。すでに、かなり酔っ払っているようだ。お酒を飲むと別人のように良く喋る。レジスタンスの男たちを前にして何やら自慢話をしている。

「ナンタルに着いた時は、何日も風呂に入っていなくて体中が汗でベトベトだったの。それで、すごく臭くて気持ち悪かったから、このまえの晩、鎧をぜんぶ脱いで川で水浴びしてたの。すごく気持ちよかった」

 男たちが全員、身を乗り出してきた。

「水浴び・・・」

「そしたら突然、トカゲ族の奴隷商人が二人、私を奴隷にしようと襲い掛かってきたんだ。私が裸だから、簡単に捕まえられると思ったらしい。そのうちの一人が私の腕をつかんで、力づくで組み伏せようとしてきた」

「う、腕をつまれて組み伏せだと・・・そのあと、どうなったんだ」

「そいつの腕を取って、投げ飛ばしてやったんだ、あはは」

 男たちは腰を下ろした。

「さすがはアルカナの戦士だね。たいしたものだ」

「それほどじゃないよ。そのあと、もう一人のトカゲ野郎が私の後ろからガバッと抱きついてきたんだ」

 男たちが再び身を乗り出してきた。

「ガバっと、抱きついてきただと・・・そ、それからどうしたんだ」

「顔面に足蹴りを食らわせてやったわ。それでも懲りずに襲ってきたから、鉄拳であごの骨を砕いてやったら動かなくなった、あははは」

 男たちが後ずさった。

「そ、そりゃすさまじいな・・・」

「よく考えたら、その奴隷商人たちは前の日に宿屋で会っていたんだ。そのとき私を指さして、こいつはゴリラ女だとか抜かしやがったんだ。失礼よね、私のどこがゴリラ女だっていうの、ほんと失礼なんだから。そう思わない?」

「いやあ、私もそう思いますね、とんでもない野郎です。失礼というか、命知らずというか・・・」

「・・・命知らず? 命知らずとはどういう意味よ? 私ってそんなに危険に見えるの? ねえ、ハッキリ言いなさいよ」

 男たちが瞬間的に壁際まで後ずさりした。

 こうしてナンタルのレジスタンスを通じた諜報網を確保することができた。

 諜報機関は極めて重要だ。諜報活動は軍事力に匹敵するほどの力を持つ。とりわけ兵力で劣る小国が生き残るためには敵の弱点を調べてそこを突いたり、あるいは敵に先んじて有利な戦場で待ち受けたり、奇襲をかけたり、そうした戦略が重要になる。

 あるいは嘘情報を流布して敵国の世論を操作し、混乱を招き、政治に干渉することで経済を衰退させ、破壊工作を行うことで、戦う前に勝つこともできる。諜報活動が勝敗を決めると言っても過言ではない。

 諜報機関の存在しない国家は、国を守ることなど不可能である。しかし俺が転生前に住んでいた日本という国は諜報機関が存在しないお花畑国家だった。アルカナをそんな国家にするわけにはいかないのである。

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