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第一期 1話~40話

第十二話 貴族会議

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 突然の招集だったが、貴族会議には多くの貴族が出席した。会議が始まる前の待ち時間を利用して、多くの貴族たちが、病から回復したアルフレッド国王のもとへ挨拶に訪れた。俺はほとんどの出席者と初対面だったから、そばにいるミックに小声で名前を教えてもらいながら対応した。

 一人の女性が近づいてきた。顔立ちがキャサリンに似ているところから、姉のルーシー・コナーと思われた。ルーシーは王国南部の有力な貴族コナー家に嫁いでいる。夫のアンディーを伴っての出席である。

「お元気そうですねアルフレッド。急病で倒れたとのことで心配しておりましたが、大事なく嬉しい限りです。キャサリンに聞きましたが、領土のあちこちを精力的に視察しているとか。徐々に統治者としての自覚も深まり、亡き父も喜んでおられるでしょう」

「ありがとうございます、姉上。おかげさまで体の方はすこぶる元気です。しかし病の後遺症か、病気になる前の記憶をほとんど失くしておりまして、難儀しております」

「それは不便ですね。しかし時間と共に徐々に良くなるでしょう。焦らないことです」

 傍に来て二人の会話を聞いていた、いとこのレスター・グレンが言った。

「陛下、ご無事でなによりです。病気の後遺症で記憶を無くされたのですか、それはさぞご不自由でしょうね。お困りごとがあればご相談ください。いとこ同士なのですから遠慮はいりません」

「ありがとうございます。やはり頼りになるのは親戚兄弟ですね」

 レスターはアルフレッドより五つ歳上である。レスターの父親は先王ウルフガルの弟にあたる。王都に大きな邸宅を持ち、叔父夫婦と住んでいる。噂では短気で荒っぽい性格らしく、周囲の評判はあまり良くないという。

 そこへ現れたのは貴族会議の議長を務め、アルカナの貴族の中で最も力があると言われるジェイソン・ブラックストーンである。ジェイソンは王都の東側にある町と村を治め、王国政府に次ぐ兵力も有している。物静かでありながら気の許せない雰囲気がある。

「陛下、おからだの調子はいかがですか。もし国政を行うことが、おからだにご負担でしたら、しばらくの間、私がお手伝いいたしますが」

「お気遣い感謝申し上げます。しかし国政に関しては私たちだけで大丈夫です。それより、アルカナを発展させるためには貴族の皆様のご協力がますます必要になります。ジェイソン殿のような有力な方が、率先して手本をお示しいただければ心強い限りです」

「それでしたら、お任せください。先王ウルフガル様には生前に並々ならぬご恩義を賜りましたので、王国へ恩返しをさせていただくのは当然でございます。今後もこのジェイソンめを頼りにしてください」

「ありがとうございます。頼りにしています」

 ジェイソンが去ると、それを待っていたかのようにキャサリンが小走りで近寄って来て小声で俺に耳打ちした。

「お兄様、わたくしはあのジェイソンとかいう貴族が大嫌いですわ。絶対に良からぬことを企んでいるに決まってますの。あの人は悪いうわさしか聞きません。信用してはダメですわ」

「根も葉もないうわさを気にしちゃだめだよキャサリン。ジェイソン殿はアルカナで最も力のある貴族なんだから、たとえ個人的に嫌いな人でも好意的に接しないと」

「お兄様にはわからないのよ、これは女の勘よ。だいたいあの目つきが良くないわ。わたくしは目を見れば何でもわかりますの。もちろん、お兄様の目を見れば、お兄様が何を考えているかわかりますの」

「そんなの、わかるわけないだろ。本当かよ」

「本当ですわ。ルミアナの部屋に大きくて気持ち悪いナメクジがいましたわね」

「ああ、いたな。百匹くらいいた」

「あれを、わたくしの体に這わせたいと考えていたでしょう」

「考えてねえよ、妹のからだにナメクジを百匹這わすとか、どんな変態なんだ」

「目を見ればわかるの」

「わかんねえよ、それはキャサリンの変な妄想だろ」

「とにかく、ジェイソンの目は爬虫類の目と同じよ。トカゲ族と同じ。絶対に気を許しちゃだめ」

「キャサリンは、トカゲ族を見たことがあるのかい?」

「そんなのあるわけないじゃない。でも目を見ればわかるの」

「ああ、わかったよ。心配してくれてありがとう」

 しばらくして会議が始まった。最初に俺が計画の説明をした。

「皆様に集まってもらったのは、私がこれから始めようと考えております重要な政策をご説明し、皆様のご理解とご協力を得るためです。

 我が国の最優先課題は食料の増産です。現在、食料の生産量が不足しているため食料の価格が高止まりしており、国民の生活を圧迫しています。そのうえ、王都のスラムに集まる貧民の中には飢えで死ぬ者も数多くおります。この状況を改善しなければなりません。また近年、トカゲ族のジャビ帝国が再び勢力を拡大しつつあり、我が国としても国力を高め、軍備を増強することでジャビ帝国の侵略に備える必要があります。

 ところで先日、国内視察を行ったところ、王都の周辺には昔、大きな川が流れていたことがわかりました。現在、我が国の北部を流れるエニマ川は、我が国の北から東へ流れてエニマ国にいたります。しかし昔はエニマ川が東の方角ではなく南の王都に向かって流れていたのです。いわばアルカナ川です。幸いなことに昔の川筋は今も残っています。

 ですから、はるか北方の、エニマ川が丘陵地帯から平野に流れ出す出口の近くで取水し、昔の川筋にその水を流せば王都に川が復活します。そうすれば王都の水不足は解消し、農産物の収穫量が大きく増えるでしょう。ですから、私は古代の王都に流れていたアルカナ川を復活させる土木工事を計画しています。工事名称はアルカナ川工事とします」

 集まった貴族たちの間から驚きの声があがった。俺はつづけた。

「また、先に訪れた村では人間の糞尿を利用してたい肥を作っていました。その村では、作物を育てる際に、たい肥を使用することで他の村に比べてより多くの収穫を得ていました。一方、王都から毎日排出される糞尿の量はかなりのものです。しかし現在、それらの糞尿は周辺の土地や海に捨てられ環境を汚染しています。そこで毎日排出される糞尿を利用してたい肥を作れば、大量の肥料を作ることができます。肥料によって作物の増産が見込めると同時に、町も衛生的になりますので一石二鳥です。ですから、たい肥の生産事業を行う計画です。このように、アルカナ川工事計画とたい肥の生産事業計画の二つの政策を進める予定です」

 年老いた貴族の一人が、不満そうに言った。

「陛下の計画は誠に壮大ですばらしいですな。しかしアルカナ川が復活しても、それによって潤うのは王都やアルカナ川の流域にある町や村だけではないですか。他の地域の貴族にどんな恩恵があるというのですか?」

 俺は大きく頷いてから自信をもって言い切った。

「確かにアルカナ川によって直接の利益を得るのは、王都やアルカナ川の流域にある町や村だけです。しかし間接的には他の地域の貴族の皆様にも恩恵があります。まず軍事的な面です。アルカナ国の兵力の六十パーセントは王国政府が担っております。アルカナ川によって食料が増産され、人口や収入が増加すれば王国政府の兵力が増強され、敵国からみなさまの領土をより強固に守ることができるのです。

 もう一つは王都のスラムに集まる貧民への対処です。貧民の多くがどこから流れてくるかと言えば、それは貴族の皆様の領地である町や村から流れてくるのです。いわば皆様の領地で行き場がなくなった貧民を、皆様の代わりに王国政府が受け入れているのです。こうした人々の面倒を見るためにも、アルカナ川の復活が必要なのです」

 ジェイソンが穏やかに言い聞かせるような口調で言った。

「陛下は心がお優しすぎます。王都のスラムに集まる貧民にお情けをかけるのは素晴らしいことですが、そのために王国政府が苦労されるのはいかがなものでしょうか。スラムの人間は働きもせず一日中ぶらぶらしております。そんな連中が陛下の慈悲深いことに付け込んで王都のスラムに集まり、タダで食事にありつこうなどとは、実にあさましいことです。働きもせずにぶらぶらしているだけの怠け者に手を差し伸べる必要はございません。働かざる者食うべからずです」

「ジェイソン殿の気持ちもわかります。しかしスラムに住む人々は怠けものだから働かないのではなく、仕事がないから働けないのです。仕事が無ければおカネが貰えず、食料を買うこともできません。また土地を持たない彼らは、土地を耕して自分たちの食べ物を栽培することもできません。ですから、彼らは浮浪者として物乞いせざるを得ないのです」

 そこへ財務大臣のヘンリー・ゲイルが、眉間にしわを寄せながら口を挟んだ。

「しかし陛下、働かない人間は何の役にも立ちません。何の役にも立たない浮浪者を養うゆとりは、我が国にはありません。役に立たない人間は国外へ追放いたしましょう。その方が王国の負担が減ります。慈悲の心だけで政治を行うことはできません」

 転生前の世界にもこういう連中がたくさんいたことを思い出した。俺は言った。

「スラムの人々が役に立たないという考え方が、そもそもの間違いです。役に立つ方法を考えないから、役に立てることができないのです。人間は富を生み出す原動力になる。私はスラムの浮浪者に仕事を与えて、彼らに働いて貰おうと考えている。例えばアルカナ川の工事や王国農場に張り巡らせる用水路の建設、あるいは糞尿の回収やたい肥の生産などです。まだまだ王国政府が成すべき仕事はこれから出てくるでしょう。

 それらの事業を行えば、浮浪者が働いて食料やおカネを得るだけでなく、国が豊かになり、他の人々も豊かになる。だからスラムの浮浪者は厄介者どころか、王国を復興させるための潜在的な力なのです。彼らを見殺しにするのではなく、活かさねばならないと考えているのです」

 ヘンリーが渋い顔をして引き下がった。

「わかりました、陛下」

 それ以上の異論がなさそうなので、俺は話を先に進めることにした。

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