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第一期 1話~40話

第九話 リサイクルの村

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 翌朝、一行は再び馬に乗り、川の上流を目指した。しばらく進むと林が途切れて農地に出た。どこかの村に着いたようである。川の跡はまだ北へと続いているが、せっかくなので、今日はこの村を視察することにした。馬を降りると、村長と数名の男女が出迎えた。

「これはこれは国王様。ここはショーべンの村でございます。こんな、ひなびた村にお立ち寄り下さるとは光栄です。特別な物は何もご用意できませんが、心より歓迎いたします」

 しわくちゃの顔をして、頭の半分禿げた背の低い男が村長だった。出迎えた住民の多くはスラムの住民と見まごうほど汚くてボロボロの服をまとっていたが、意外なことに栄養状態は良好で元気そうに見える。むしろ王都の市民より健康的かも知れない。

 俺は村の人々を見回しながら言った。

「こちらこそ、突然訪問してすみません。迷惑になるといけないので、あまり気を遣わないでください。それより村の皆さんが元気そうで何よりですね。ところで、王都では食料不足が深刻で、スラムに至っては餓死する人まで出ています。それに比べて、この村は食料事情が良さそうですね。何か理由でもあるのでしょうか」

 たちまち村人たちの表情が険しくなり、緊張感が走った。

「も、もしかして、納めている年貢の量を、わしらがごまかしていると疑っておられるのでしょうか。それで村を視察に来られたのですか。とんでもございません、そんな悪いことは神に誓ってしておりません」

「いえ、それは誤解です。この村に立ち寄ったのは、川が流れた痕跡を遡ってたまたま行き着いたからであって、年貢をごまかしているという疑義があって来たのではありません」

 村人の顔からは、やや緊張の色が和らいだように感じたが、まだ不安のようだ。

「わしらの村が他の村に比べて食料事情が良い理由は、他の村に比べて作物の生育が良いからです。他の村より収穫量が少しばかり多いのです」

「それは素晴らしいですね、何か秘訣があるのですか」

「はい、実は作物に肥料を与えているのです。もちろん肥料は高価なものですから、わしらのような貧しい村では買えません。ですから自分たちでたい肥を作っているのです」

「なるほど、それは素晴らしい。できればそのたい肥をどのように作っているか見せてもらえませんか」

「承知いたしました、そこまで村の者に案内させましょう」

 一行は村の若い男に続いて村のはずれに向かった。

 村のはずれにやって来ると、藁ぶきの屋根が多数並んでいるのがみえた。屋根に近づくと、強烈な臭いが漂ってきた。たい肥と言えば馬や牛の糞尿を利用するものだが、この臭いは馬や牛の糞尿とは少し違う気がする。案内してきた村人が臭いに顔をしかめながら、屋根の近くで作業している男に向かって声をかけた。

「やあ、爺さん元気かい」

「おう、なんじゃい」

 屋根の下には土と藁がまざった小山があり、一人の年配の男がピッチフォークを使って、それを混ぜていた。それが糞尿と藁と土を混ぜた、たい肥であることはすぐにわかった。男は一行の姿に気付くと、作業の手を止めて不安そうな表情で言った。

「失礼ですが、どちら様でしょうか」

 案内してきた村人が言った。

「こちらにおわす方は国王陛下です」

 年配の男は目を丸くして驚いた。

「これはこれは、初めてお目にかかります。私はこの村で農家をしております、トミー・ウンと申します。こんな汚らしいところへ、どうしてお越しになられたのでしょうか。年貢はしっかり納めておりますが」

 誰も彼もが年貢のことを口にする。よほど厳しく年貢の取り立てが行われているのか。

「いや、年貢のことで来たのではありません。お願いがあって来たのです。あなたがたい肥の作り方について詳しいと聞いたので、ぜひ王都に来て作り方を指導して欲しいと思ったのです。王国農場でも、たい肥を使いたいのです」

 男の目が光った。姿勢を正して俺にまっすぐ向き直ると、崩れんばかりの笑顔で言った。

「わっはっはー、ついにわしの仕事が国王様のお耳にはいったのですな。わしのたい肥を見学するため、わざわざ王都よりご足労いただけるとは身に余る光栄」

 いや、たまたま通りかかっただけなんだが、まあいいか。
 
 トミーは藁と土とそれらしき物体の小山を指さして言った。

「さあ、国王様、これをご覧くだされ」

「それがたい肥なのか」

「いかにも、たい肥でございます。ですが普通のたい肥ではございませんぞ。人間のウンチのたい肥です。人間は数が多いですから材料は大量にありますぞ、わっはっはー」

 キャサリンが叫んだ。

「ぎゃー、ウンチの山ですわ。ウンチの山。お兄様の行く先々でウンチがいっぱい」

「やかましい」

 総務大臣のミックが心配そうに言った。

「人間の糞尿を肥料として使うと、伝染病になったり、お腹の中に虫が湧くと聞いたことがございます。この村で病気が発生したことはないのですか」

 男はピッチフォークの柄を地面に突き立てると額の汗をぬぐい、いかにも自信ありげに胸を張って言った。

「わっはっは、大丈夫ですぞ。伝染病や寄生虫が発生するのは、たい肥の作り方をよく知らないからです。熟練した職人の手にかかれば、たい肥が高熱を発し、その熱で伝染病や寄生虫の元になる毒素が分解されてしまう。だからわしの作ったたい肥を使うこの村では、それが元で伝染病や寄生虫に侵された者は誰一人おらんのです」

「それはすばらしいですね。後日使者を迎えに使わせますので、それまでに王国農場で仕事をするための準備をしておいて下さい」

 これはまさしく渡りに船だ。王都から出る糞尿の処理をしなきゃならないところだったから、それでたい肥を作れるなら一石二鳥だ。街がきれいになるし農作物を育てるための肥料もできる。
 
 俺たちがたい肥小屋から村に戻ると村長が広場で待っていた。

「陛下、今日は村の集会所へお泊りくだされ。汚いところですが、村の者に掃除をさせました。それとお食事でございますが、申し訳ございませんがパンはありません。麦かゆと豆のスープをご用意いたしました」

「ありがとう、十分すぎるくらいです」

 すでに日は暮れかかっており、あたりは暗くなりつつある。木陰はすでに真っ黒だ。この時代はろくな照明がなかったため、夜は暗くてよく見えない。幸い暖炉には薪がたくさん燃えており、その明かりで部屋はそこそこの明るさが確保されていた。俺たちは暖炉の前にあるテーブルに向かって座り、護衛たちは床のベンチに腰掛け、村人たちが用意してくれた質素な食事を味わった。

 キャサリンが暖炉の前の椅子に座って言った。

「お兄様、こうして暗い部屋で暖炉を見ていると、子供の頃を思い出しますわね。よくお兄様のお部屋で、寝る前に暖炉の明かりの下で一緒に本を読みましたわ」

「いかにも仲の良い兄妹じゃないか。そういう微笑ましいこともあったんだな。ところで、二人でどんな本を読んでいたんだ」

「幽霊とか吸血鬼の出てくる怖い本ですわ」

 なんで幼い兄妹が仲良く『怪奇本』を読むんだよ。幼い兄妹が仲良く読むと言えば、普通は童話だろ童話。三匹の子豚とかシンデレラとか、ああいうやつだ。

「お兄様ったら、ものすごく怖がりで、本を読んだ夜は一人でトイレにいけなくなりますの。それで、朝になったら大きなおねしょをして、いつも侍女の前で赤くなっていましたわ。それが可愛くて、寝る前にお兄様の部屋に行っては、怖い本を読んでいましたの。もちろん、スイカジュースもいっぱい飲ませましたわ」

 そういうことかよ。おまけに、わざわざジュースまで飲ませてたのか。まあ、キャサリンは特に悪気があって意地悪しているわけではなく「愛情表現が普通じゃない」だけなのだろう。普通に愛情表現してくれれば何の問題もないのだが、お姫様だからなのか、なにせやることが過激である。

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