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【本編】浮気男に別れを切り出したら号泣されている。

え、片思いだったんですか?

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週明けには部屋が手配されることになった。
1か月も入らないがそれでも人がいるところは安心できると思う。

それまで四季の家に暮らすことになったわけだが、四季は独身で部長という立場にもかかわらずよく動いた。
忙しく夜遅くに帰ってくるのに、朝夕と家で食事をとるようだ。
紅葉は在宅だったともいうのもあるが、家ではタスクの切れ目におなかがすいたら食べるというスタンスである。
だから、朝6時に起床し20分ほどコーヒー飲みながら休んだ後に軽度だという筋トレをしシャワーを浴びる。
7時までに食事をを済ませ、8時に出勤するという四季に驚いた。
基本糖質を気にした食事をとっているのを『オッサンだから気を付けないと腹に肉が付くんだ』と言う四季。
そういう努力があるからなのかもしれないが四季は無駄な脂肪がついているように見えない。
紅葉はたくさんの脂肪はついてないが筋肉もなくて四季と比べれば貧相に見える。

「四季さんは・・・すごいですね」

今日は土曜日。
何を食べたいかと尋ねられ、考え無しに出たリクエストのオムライスを紅葉のために作ってくれている。
それも具沢山オムライスだそうだ。
なんでも、
そんな四季の隣でレタスを剥く手伝い中にポロリと出た言葉に四季はブフッと噴出した。

「オムライスで褒めてくれるなら、天ぷらとか作ったらどうなるんだ?」
「尊敬する」

即答すると四季はケタケタと笑った。
この1週間で余所行きの殻が互いに剥がれた。
玉ねぎをバターで炒めながら鍋を振る姿はカッコいいなと思う。
勿論容姿はカッコいい部類なんだが、なんか安心感というかそういうものを感じてしまう。

「恋人いないのが信じられない。もったいない」
「あははっだから紅葉がなってくれれば良いって言っているじゃないか」
「僕じゃ四季さんがもったいないよ」

夏川のことが続きそうになるのを噤んだ。
そうならないために避難しているのだが。

「それに・・・。次は・・・その。
女の人が、・・・良いなって思っているんです」

四季にとってこれはお世辞なのかもしれない。
だがそうでなかった時が怖い。
だから、これ以上紅葉の方に入ってきて欲しくなくて線を引いた。

「ん?」
「次もし恋人出来るならって話です。
・・・そういうんで恋愛するんじゃないですけど、少なくとも女の人なら押し倒されないと思うし」

『男が怖い』というのを前面に出すのは我ながらクズだと思った。
でも四季の好意はきっと気のせいだと思いたいのだ。
自己嫌悪をしながらそんなことを言う紅葉に四季はこちらを見てくる。

「本当に紅葉はわかっていないな」
「・・・何を?」
「好きな男を無理やり手に入れようとする女は立てなくなるくらい酔わせて跨るんだ」
「・・・、」
「で、相手の良し悪しもわからないまま子供作られて結婚コース。
力がない分陰湿だったりする。
紅葉、そんな女に引っかかるんじゃないぞ?」

紅葉を心配してくれる言葉だがジッと見上げた後、四季も見返してくる。
思わず・・・。

「四季さん・・・そんな経験があるんですか・・・?」

大手企業勤めの31歳独身でその若さで部長なんて超最良物件で、男女構わず誘われるだろう。
勿論そんな肩書がなくとも四季は断然カッコいいのだが。
だからモテるのは当然だと思うのだがあまりにも壮絶な話に心配になる。

「というか四季さんこそ男だって妊娠出来るんだから同じことされたら・・・っ」

四季はなんとも思っていない紅葉から見ても魅力的な人間だと思う。
焦ってそんなことを言えば四季が心底おかしそうに笑いだした。

「くっ・・・あっはっは!
・・・っ・・・ふっ・・・なんて顔をしているんだ。
心配してくれたのか?・・・ありがとう。
そうだな。俺もジムで鍛えた方が良いだろうか。
それとおかげさまでこっちは5年前から片思いだから、気が抜けない人間の前でそんなに飲まないさ」
「そうなんですか」
「何をあからさまにホッとしているんだ」
「いえ。別に。・・・けどそれならその人にこの同居・・・」
「その話なら大丈夫だ」
「本当ですか・・・?」

四季の片思いに嬉しそうに微笑んだ。
こんなにお世話になっているのだ、絶対に幸せになってほしい。
四季の恋愛を応援するとともに、心に感じた違和感に嫌気がさした。

・・・ー。

それから数日間。
本当に楽しかった。
久しぶりに心から笑ったと思う。
過去の楽しかった思い出は偽りだったと思うほどに、本当に。楽しかった。

・・・これ以上は四季さんに近寄るべきじゃないな。

芽生え始める心の感情を、安らぎだったと思い込むことで紅葉は前に進むことにした。
社員寮の手配が完了して部屋を移ると、そこは教えてくれていた通り建物のエントランスは管理人付きのオートロックでエレベータに鍵を差し込むうえに、フロアーにつくと内廊下の建物だった。
なんでももともとはホテルだったらしい。
セキュリティは万全と言っていい建物。

そんな部屋にあと数日はいることになるわけだが。

知らされていた部屋にたどり着くと鍵を差し込み、少し重めのドアを押し開ける。
部屋の中には備え付けのベッドとデスクがおかれている。
まさにビジネスホテルの一室のような間取りだが十分である。

「・・・、・・・・」

急に一人になった部屋を見回し、口から出そうになった言葉を引っ込めた。

「あー・・・こんな高設備高環境なんて出たくなくなっちゃうよ」

食事付きバス風呂付き会社徒歩5分、空調・インターネット完備。
最高すぎる。

なんてむなしい言い訳。

紅葉はフリーランスでそれも在宅の仕事を主としているのだから。

★★★

【別視点:マスター視点】

平日の深夜。
雑居ビルの最上階にあるこのBARは知る人ぞ知る店であり普通の客は来ない。
むしろ看板を出していないのだから当然である。

特に今日はお得意様が来るということで、エレベーター前においてある開店の印である店名を飾るライトを消す。
今日はたった一人の客のための営業だ。

しばらくして来客を知らせるベルが鳴ると、それと同時に施錠する音がした。

「いらっしゃい。ありがとう」
「あぁ。・・・悪いな」
「来るとしても酔っぱらいの面倒な客しか来ないし」

そう言って男の好きな酒を出す。

「来ると思ってたからね」
「・・・そうか」

やる気のないレスポンスに苦笑した。

「せっかく職権乱用したのに手を出さなかったんだ」
「あんなの聞いたら出来るわけないだろう」
「あはは。まぁそうだよね。見境がある奴でよかったよ」
「お前は俺を何だと思っているんだ」
「手段を選ばない人間?」

事実だろうに眉を顰めるのにクスクスと笑った。

「それで?なんでそんなにしょぼくれてるの?」
「・・・」

今のは意地の悪い質問だった。
理由がわかっていて敢えて聞いたのだから。

「そんなんだったらずっと一緒にいればよかったじゃない」
「そんなウソをつけるわけがないだろう」
「ぷっ・・・でもさ」

自分にとんでもない依頼をした男に思わず吹き出すとギロリと睨まれた。

「全部壊しちゃうんでしょう?」
「・・・」
「泣かれるよ」
「それでもかまわない」

そう言っても男の表情は変わらない。
だがその表情はどこまでも冷たいものだった。

★★★

【紅葉視点】

紅葉が「Rnism」に勤めることになって数日。
個人用のスマートフォンが目をそむけたくなるほど日々着信カウンターを回している。
酷いときは一時間ずっとなりっぱなしの時もあるようで、夕方には電池がいつもより早く消費をしていてギョッとしてしまった。
なお煩いので無音無振動にしたのは言うまでもない。

相手は夏川と母親からだ。

父親には常に鳴り触れることの出来ないスマートフォンでは無く、パソコンから今は夏川との家を出て別のところで働いていることやいずれ対応することを伝えると言うメールした。
すると、母親の説得を繰り返している最中だという返信があった。

その結果は惨敗であるがそれは仕方がないことだ。

紅葉は父親にそっくりであり、まず母親は言うことを聞かない。
そんな父の説得はうまく行かなくても今回してくれているということが喜ばしくも思った。
仕事が忙しいことは父親には伝わったみたいで安心した。
何故夏川との2人暮らしでなければ駄目だと言ったのに、今回はOKかといったら寮暮らしであることを伝えたからだ。
それも出社となれば部屋で缶詰になることもない。
食事も食堂で受取り部屋で食べるスタイルであることを伝えると、それは合格ラインだったらしい。
それと。

夏川とはなんとも思っていないなら離れる様にとあった。

あまりの掌返しに困惑した。
だが読んでみると父親は浮気魔である事を知らなかったそうだ。紅葉の事を大切に思い過干渉になっていると思っていたが、そうじゃないなら別の話。
近所付き合いなどきにするな。そう、書かれていたのだ。

最後に体調には気を付けるようにと重ねて言われつつも、『お前はもう大人なんだからあまり気にするんじゃない。ただし連絡はたまには欲しい』と締められていた。

父親とは目的や意図が分かったり、母親が邪魔してこなければこうやって話し合えることが出来る。
あの時も『紅葉の勘違いよ。渉くんご浮気なんてことする訳ないわ』とでも、言ったのだろうか。そんなところが容易く目に浮かぶ。

問題は母親である。
暴言は吐かないが本当に言葉が通じない。
そこに夏川が加わると最悪な状態になる。
未だになぜ夏川の浮気性をわかっていたのに、そこは見てくれなかったのだろうかと不思議に思う。
家にいたときは『渉君は心配しているだけよ』と言ってくれていたのだが、家を出てからはもっと厄介なものになったように感じる。

・・・夏川のことどう思ってるんだろう

あまり考えたくはないが夏川の言うことを信じる様は異常だ。
昔は贔屓のように見えていたし寂しかったが今はうざったいし怖い。

1人の部屋になってそんなことばかりを考えてしまう。
直接聞いてみたくもあるが、あまりにもかかってくる電話になんだか面倒になってしまい、どうしても後回しになってしまうこと数日。

「・・・今日は・・・まだいいかな」

そもそも何をしていいかよくわからない。
なんて、絶賛逃げ腰を更新中である。

★★★

数日後。

その日はセミナーの為に近隣の貸オフィスに外出していた。
参加するとセミナー後に講師や参加者との意見の交換会が出来るのだ。
技術者と話せるなんて、なんと有意義な時間なことか。
久しぶりの意見交換に胸躍らせる紅葉は自分より年上の技術者に囲まれながら話していた。

「ありがとうございました」

そんな先輩方にお礼を言って帰ろうとすると後ろから声を掛けられる。

「セミナーになると年相応になるのな」
「えぇ本当に!」

そんな風にクスクスと笑うのは冬海と春野だ。
どうやら紅葉ははしゃぎすぎてしまっていたようで、頬のあたりが熱くなってくる。

「あまりこう言う話しをする機会がなくて」
「あら。会社で話していいのよ?」
「あぁ。もっと気軽にして良い」

この2人は初じめのころとは大分変った。
明らかに反対していたはずなのに、今はこうして迎えてくれている。

「でも、僕は所詮よそ者ですから」
「契約延長するつもりでいると思うが」
「ふふっ・・・冬海さんが確証ないことをいうなんて」

冬海の言葉に驚いたが話が出ているわけではなさそうだ。
春野がそう笑うと冬海は眉をひそめた。

「アイツの考えそうなことはわかる。
もし延長しなかったとしたらそれは」
「冬海さん」
「・・・すまない。今のは忘れてくれ」

年下の春野に窘められハッとする冬海は紅葉に謝罪をしてきたが、よくわからないことに首を振った。

「僕は大丈夫ですよ」

そう答えると春野はくすりと微笑んだ。
一方の冬海は不思議そうにしながらも、長年の疑問だと言いながら訪ねてくる。

「何故そこまでフリーランスに拘るんだ?」
「自分の腕を・・・試したくなって」
「意外と熱いところあるのよね」
「確かにそれは若い時にしかできないな」

自己紹介の時の「インターンシップ」は表向きの挨拶であり、当時もその体裁で入ったのだ。
学生がフリーランスになるために現地研修の踏み台として入ったというのは、当時の社員も良い気持ちはしないだろうという配慮である。

「腕を試したいというのは聞いたが、若いのだから何処か企業に入って安定した方が楽なんじゃないのか。
それこそうちにあのまま入ってしまえばよかったのに。
企業勤めも悪く無いと思うが?実際うちは悪くないと思うが」
「そうそう。今後景気がどうなるかわかるかわからないし、どこか大企業での開発経験は正式に書けるでしょう?
その時に『契約社員』て書くよりも『正社員』の方が良いと思うのよね。
それにね?正社員の方が税金とか保険とかそういうの楽なんだから。
大嫌いな面倒事も会社がやってくれるのよ?
確定申告すき??」

こんな風に冬海と春野もやたら就職を進めてくる。
まぁ、それだけ技術を買ってくれているということもあるし、冬海と春野にはかなりお世話になっている。
特に春野には社会で働く際のマナーを教えてもらって恩義を感じている。
勿論冬海もクライアントとして適切かつ迅速な対応をこれまでしてきてもらっているし、彼にも感謝してもしきれない。
正直なところ、フリーランスを死に物狂いで頑張ろうとしていたころよりも、今は心のゆとりがあるのは確かだ。
ほかで取っている仕事もさせてもらえて、『Rnism』での仕事貰ってセキュリティ万全な仮住まいを与えて貰える。

だがそれはあくまで『仮』であること。

契約が切れればそれは無しになる。
2人が言うように四季に持ち掛ければ雇ってもらえるのだろうが、楽な方に逃げていいのか最近よく考えてしまうのだ。

『時には逃げることも必要。けど逃げていても変わらない』

その言葉が胸にずっと引っかかっているのだ。
就職のこともそうだが、紅葉は先延ばしにしすぎたことがたくさんある。

せっかく居心地がよくなったここから外に出るのが嫌だ。
だが、ここで働くとなったときに夏川に知られたらここにきて迷惑をかけるんじゃないか?という恐怖。
それに、他で紅葉を指名してくれるようになった会社と取引しなくなるのも嫌だ。

考えれば考えるほど譲れないものが多くなったような気がする。
諦めるのは得意だったはずなのに。

考えてもまとまらないことを考えこんでいると、後ろから声をかけられた。

「こらこら。秋山さんが優秀だからってスカウトしない事」
「部長!」
「今日のこの時間はミーティングが入ってませんでしたか?」
「そっちはサブに任せて、俺はちょっと外部に用があって出てたんだ」
「本当ですか?」

疑いの眼差しを向ける冬海に張るのがクスクスと笑った。

「あぁ。H社のお偉いさんにね。
冬海はそれを断れっていうのかな?」
「そんな事は言ってません。ですが・・・最近自由気ままになさってると聞きましたよ」

なんて棘の含んだ指摘に四季がニコリと微笑んだ。

ほどじゃ無いよ。君の上に着く後輩の上席が可哀想だと思わないか?」

開発部は3つの課に分かれているのだが、冬海はその中で一課の課長である。

「私は開発に居たいので。
私がなるより全体を把握できて、ある程度開発に理解がある者が上に立った方が良いと思いませんか?」
「秋山さん。こいつはね『係長以上の役職は付きたくない。させるなら辞める』って駄々をこねたんだ。
なのに・・・俺を部長にするなら課長になっても良いって言って俺たち後輩を困らせるんだ」

いつも四季に振り回されていると思ったが、実は冬海が振り回しているという話に驚いた。

「馬鹿だな。四季が任せても良い人材だから四季で通ったんだ」
「馬鹿言っているのは冬海さんでしょう。貴方という人材を失う損失を考えたら俺のような若輩者を置くことでカバーしたんだ」

そう言って恨みがましく冬海を見る四季。

「冬海さん部長の先輩だったんですか?」
「ん?そうだよ。見えなかった?」

四季の質問に少し戸惑ったが思ったことを素直に答えた。

「なんというか中途採用なのかなって」

年がいっているのに四季が上司であることや、冬海の能力を考えるとそう思えたのだ。

「いやいや。新卒でここに入ってずーーっとここにいてね。俺にもいろいろ叩き込んでくれたすごい人なんだ」
「四季は覚えが早かったな」

四季の『なのに…』と続きそうな言葉を冬海がぶった切る。
どうやらそんなにも上に立つのが嫌らしい。
そんな様子に紅葉はクスクスと笑った。

「右腕の春野さんは次指名されるかもしれませんね」
「!?嫌よっなんで私が!今の補佐だって嫌なのに!ほかにやる人いるでしょう?
私はプログラムを書くためにこの職種に就いたの。
人をまとめるためになったんじゃないわ!」
「それは私もだ」
「・・・、・・・はぁ」

春野と冬海の反応に四季は苦々しいため息をつくのに、また笑ってしまった。
そんな紅葉に四季は助けを求めてきた。

「酷いと思わないか?秋山君是非うちに来てこの2人をつついてくれないか」
「すみません。僕もSEでいたいのでやっぱりフリーランスでいたいです」
「「「!」」」

そう答えた紅葉に3人は『しまった!』というように顔を見合わせているもんだから、また紅葉は笑ってしまった。

「本当に皆さんはリップサービスがうまいですねぇ。僕調子に乗っちゃうのでそろそろやめてください」
「冗・談、・・・だと?」
「あらまぁ・・・これは部長にお任せしましょうか」
「・・・、・・・」

そんな談笑をしばらくした後。
会社に戻ることになった。
ランチの時間が終わりそうな時間に、いつもの店でランチをしようとなる。
そんな時にふとトイレに行きたくなって、紅葉は店で落ち合うことを約束してトイレに向かった。


★★★

充実したセミナーを終え、トイレを済ませた後。
一番奥の扉が『キィ』っと音を立てて開いた。

コツ・・・

扉が開いても足音が進まない気配に鏡を見た瞬間。
全身が金縛りにあったかのように動けなくなる。

そこには先日のような情に訴え暴れるようなことはなく、その整った顔から一切の笑みは抜け落ち、鏡越しに紅葉を見据えていた。


恐怖が全身を包み声も出ないし動けない。


コツ・・・コツ・・・コツ・・・


だんだんと近寄ってくる男に、全ての行動を制限されているかのようだ。

「っ・・・」

鏡越しに伸びてくる手が見えて、やっとのことで踏み出した足はふらつきながらもその手を逃れた。・・・だが。
夏川が駆け出したと思うと、紅葉の逃げ道をふさぐように洗面台をバンッと両サイドに手をつき、塞ぎ紅葉の逃げ道を塞いだ。
息が掛かりそうなほど近い距離に、思わず上半身と視線をそらした。

「久しぶり。・・・紅葉」

耳元で囁かれる声は冷たくて息をのんだ。

「・・・やっと社外に出てきてくれて安心した」
「っ」
「隠れてる先が『Rnism』だってすぐわかったんだけどね」
「・・・ぇ・・・?」

何故?

そう尋ねる前に、不意に取り出したUSBにハッとして息をのんだ。
仕事部屋に無断で入っていた男を思い出す。

「そ・・・んな・・・だって・・・・そんなはず」

呼吸が浅くなるのが分かった。
その一方で夏川はニィッと笑った。

「どうした?紅葉。・・・顔色がすごく悪い」
「っ」

意味ありげに目の前にちらつかせるUSB。

「返してほしいか?」
「っぃ・・・」

耳に唇を押し当てられぞわぞわと鳥肌が立ち、押しのけようとしたが抑えられて耳を舐められた。

「・・・帰ってこい。の家に」
「っ・・・」
「続きはそれからだ」

目の前が真っ暗になる。
夏川が去っていく足音を聞きながら、そのままずるりと紅葉は崩れ落ちた。
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