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執着旦那と愛の子作り&子育て編
気にしない。・・・気にしない。
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【別視点:???】
???。
夕暮れ時に街を見下ろせる場所に薄汚れた格好をした老人がいた。
老人の眼光は見た目の弱弱しさはなく鋭い。
人里を憎々し気に見下ろす。
全てが順調に進んでいたのに、予定が狂ってしまった。
宿命により時が満ちるそのときまでに、揃えて置く必要があったのに。
噛みあっていた歯車にゴミが入り綺麗に動いていた物が止まってしまった。
忌々しくあるがそれも仕方がない事だという事も理解していた。
それでも苛立ってしまうのは、先祖代々積み重ねてきたことを自分が狂わすことが耐えられないのだ。
「・・・」
どんなに抗ったとしても変わる事のない未来。だが可能性を考えると余裕など持てない。
同じことの繰り返しでも自分だけは歴史の中で唯一になるのも決まっている事である。
それは光栄の事なのだからあわてる必要はない。
運命の定めからは逃げることは出来ない。
全ての始まりの日。
その時に供物としてささげられればそれで良いのだ。
老人は自らの姿を変化暗闇にさせ、暗闇に消えていくのだった。
★★★
【別視点:アンジェリーン】
貴族街と平民街の境目。
リジェネ・フローラルのそばにある孤児院。
そこにアンジェリーンはアシュリーを連れて訪れていた。
王太子の王配になってから始めた孤児院への訪問。
あけすけに言えばイメージアップである。
婚約前、ルークの王配になる気など1mmもなかった。寧ろルークやライガーを疎んでいた。
それ故に『老貴族と結婚します』と言ったのだが、若く美しいアンジェリーンにお節介を焼いた親族の誰かがルークに婚約の打診をしてしまったのだ。
ルークサイドが応諾するとも思わなかったが、考えてみればシャリオンの幼馴染であり距離が近い事を思い出した。
それに、『王族の親族』よりも王族であった方が様々且つ詳細な情報が入るという打算から思い直し受け入れた。
だが、何度も言うがこれまでのアンジェリーンの振る舞いは王族のルークに対してかなり失礼であったし、その他の貴族相手にもかなり無礼があった。
例の茶番を信じてくれた者もいれば信じない者も当然いるわけで、今はその信用を勝ち取る必要がある。
勿論、心の底からの善意の支援が正しい行動なのだろうが、それよりも他人から見られることが何よりも重要である。
正しい行動を見せルークの傍で彼を慕い親身になって支える姿を見せ続ければそのうち信じるだろう。
嘘も繰り返せばいずれ真実になる。
その為にアンジェリーンは孤児院に積極的に訪れている。
これは他の貴族は勿論だが、本心は絶対シャリオンには聞かせられない本音である。
王都にある孤児院はかつて国営であった。
しかし、子の出生が下がったことに目を付けた大臣が孤児院の子供を『金』で取引をし始めた。
どうせ子供を養子縁組するなら優秀な子が欲しいのは当然である。
その大臣は王都にある孤児院の子供達に学を与る為に予算を申請し子供達に学を身につけさせる体裁で、多く割り振られた予算を着服した。
当時王都以外の孤児院の経営は領主が行っていたが、王都でそんなことをやり始めると各地の孤児院でも同じ様にし始める。
子に値を付ける行為は廃止された奴隷制度と殆ど変わらず国民から多くの非難の声が上がった。
国としても問題視するも孤児院の責任者である領主に総入れ替えを強制することは難しく、その代わりに国からの現金での予算をなくすことにした。
勿論それでは孤児院を経営することは難しい為、食糧の現物支給や学に関する補填を行う事取り決めた。
また孤児院経営で国に納める税金をなくし、貴族が子供を引き受けた時は一律の金額を孤児院に寄付することを義務付けたのだ。
国家予算から割り当てられなくなった孤児院経営は、善行と見せかけて甘い蜜を吸う手段だと考えていた者たちが一斉に手放し今では心の底から身寄りのない子供を助けようと思っている人間が子供を育てることになったのだ。
そんな理由から現在王都にある孤児院は民間経営であり常に赤字運営である。
その為寄付や視察を兼ねて月に1回アシュリーと共に訪れる様にし、茶会や招待される夜会には積極的に出て話をする。
アンジェリーンは自分の顔が男女問わずに好かれるのも知っており、それを使って寄付をしてもらうのだ。
勿論、相手が不快にならないようにしながらするのは匙加減が必要である。
最近のアシュリーは勉学だけでなくルークの執務中の様子を見学したりもし始め、かなり忙しいが孤児院視察はアシュリーにとって大切な事だ。
以前のアンジェリーンには考えられない事だが全てはアシュリーの為である。
そのためには、王太子に恋する純真な態度を見せながら振る舞うなど容易いことだ。
それはルークも同じ考えのようで、2人の夜会の様子はシャリオンがドン引く程ルークといちゃいちゃしている。
だが、それはシャリオン達を見本に多少脚色つけて演じてるだけで、シャリオン達の方が余程恥ずかしいと言ってやりたい。
ひやかすのは毎回なのだが、その度にシャリオンは真っ赤になって怒っているが、本人はどれだけ花を散らしながら話しているか気付いていないのだ。
話がされてしまった。
今日はその孤児院に訪問する日。
まだ幼いアシュリーだが同年代と触れ合う事はまだなく、はっきりと話せない子供達に驚いていた。
懐いてくる子は勿論、はしゃいで元気な子にもアシュリーは物怖じせずに遊んでいた。
いつも難しい本を読むアシュリーを知っているアンジェリーンや世話係のアリアを含めた面々はそのシュールさに内心笑っていたが、戸惑うアシュリーや元気いっぱいの子供達を見て微笑んでいた。
時折、こちらに助けを求める様な視線をよこすアシュリーに甲斐甲斐しく世話をしたくなるが我慢である。
それにしても不思議だ。
子供はそれ程好きでは無かったが、アシュリーと戯れると可愛く見えるのだ。
「ひめさまー」
「あうー!」
熱烈な声かけにアシュリーは笑顔を振りまく。
「はい。みなさんなんでしょうか?」
1歳児から5歳児くらいの子に囲まれるアシュリーを、世話係に命じてその様子を撮っておく。
自分用でもあるがシャリオンのためである。
これはハイシアの魔術師が作ったものだそうで、シャリオンが以前持っていたものだ。
領地にいるガリオンよりもどうしても来る回数が減ってしまうのを悩んでいたので、自分が代わりにやると申し出たのだ。
どうせならアシュリーのとっておきの笑顔をシャリオンに見せたくて、アシュリーを呼んだ。
「シュリィ」
アンジェリーンの呼びかけにこちらを見てくると意図が分かったようだ。
「みなさん、あちらを向いて笑ってください」
皆に世話係の方を見るように促す。
もう何度かやっているので慣れた様子で、子供達は世話係の方に視線を向けて元気いっぱいに手を振った。
世話係が数枚の笑顔を収め、アシュリーに合図を送るとは再び子供達と遊び始めたようだ。
可愛いアシュリーを取れてアンジェリーンも満足である。
さて。視察の続きに戻ろうと、子供達に手を振る。
「シュリィ。私達はマザーと共にお話しして参ります」
「はい」
「頼みましたよ」
アリアを含む世話係達に命ずると、マザーと共に別の部屋に向かう。
通された部屋でマザーから最近の話を聞きながら世間話をしていると、マザーがアシュリーを褒めた。
「姫様は本当によくお喋りになりますね」
「えぇ。とても好奇心旺盛なようで年齢にしては良く話しますね」
「やはり、そういう優れた血なのでしょうか」
アンジェリーンは聞きながら少し驚き、これは嫌味なのかなんなのか考えあぐねた。
まぁどちらにしても答えは一つである。
「それはあるでしょうが、あの子自身の努力です。
・・・と、こんな事言っては殿下に怒られてしまいますね」
アシュリーの実の親では無いと言う嫌味なのか探る様に微笑んだ。
内心、遠くとも血は繋がってる!と、ムっとしながらも謙遜な表情を浮かべる。
そんな時だった。
部屋の入口の所から人が覗き込んでいる。
「本当に優秀ですわね」
「!・・・フィロメナ様。ごきげんよう」
ここでまさか会う人物とは思わなかった。
今要注意人物であるエリザべトと親密な仲で彼女同様に注意していた人物が、孤児院に来ているとは思わなかったのだ。
普段よりも軽装と言うか男装に近いフィロメナ。
おまけにその格好はススで薄汚れており、変装でお忍びできているにしては完璧すぎるものだった。
するとそんな視線に気づいたのか、本人が説明をくれた。
「こちらに来る時はいつもこういった格好ですの。
お恥ずかしいですわ
あらあら。・・・アンジェリーン様は随分綺麗なお召し物で」
「・・・。確かにそうですね。次から」
「あぁでもお見えになるだけなら不必要ですわね」
なかなかの嫌味のコンボである。
だが相手は小娘であり引けを感じる必要はない。
ニコリと微笑みを浮かべるアンジェリーン。
「フィロメナ様はなにをしにこちらへ?」
「私ですか?煙突の掃除を」
「は?」
「ですから煙突の掃除です」
思っても見ないことに聞き返せば眉を顰めて答えるフィロメナ。
するとそんなフィロメナにマザーが慌てる。
「ススが溜まっておりまして。直して下さったんです」
「・・・そう・・・ですか」
今までの態度からは、そんなことをする様に見えなかったフィロメナに再び驚かされる。
調査の結果では身分の低い女性を陰で虐げていたという報告を受けている。
そんな彼女が孤児院で頼まれ事とは言え汚れ仕事をしているというのが同一人物には思えなかったのだ。
「そうだ。今度からもっとアンジェリーン様にお願いすれば宜しいのですよ。
折角いらしてくださるのですから。
ねぇ?アンジェリーン様?」
「え」
「そんな!王太子王配殿下にその様なこと」
「構いません」
随分強引なフィロメナ。
しかし、嫁入り前の貴族女性に煙突掃除をさせるくらいなら、アンジェリーンの自由に出来る金で人を雇うことなど容易いことである。
するとそれに慌てたのはマザーだ。
フィロメナを叱りつけるような声色で注意しようとしたのを、アンジェリーンは止めた。
するとフィロメナは『ふん』と笑った。
「ほら。マザー?まさかアンジェリーン様自身がなさるわけありません。
人をつかわせるのですよ。
どうせお金は沢山あるのですし、ただ見て回るだけよりも、世話をしたという事実が出来ますから」
小娘と侮ったがしっかりとアンジェリーンの目的は解っているらしい。
しかし、それを表面には出してはいけないし、マザーがフィロメナをたしなめた。
「ハンナ!貴女は口を慎みなさい!!それに貴女にだって頼んでませんの。
淑女なのにやるって行ってしまったのは貴女でしょう?」
「・・・。ごめんなさい」
先ほどの強気が消えしゅんとしゅるフィロメナにマザーが慌てる。
「ちがうわ。貴女には感謝しているのよ?
本当に助かったわ。ありがとう。
けど、貴女が怪我をしそうで心配なんです」
優しく諭す様に注意するマザー。
呼び間違えたとは思えない『ハンナ』とは愛称なのだろうか。
それにしてもマザーも貴族の娘に随分砕けている。
無礼な発言をするフィロメナに叱りつけていて苦笑をして止める。
言われたフィロメナも腹を立てている様子はない。
「アンジェリーン様。申し訳ありません。変なところをお見せして」
「いいえ。それと彼女の言っていた事は正しいです」
「そんな!アンジェリーン様には今でもお世話になっておりますのに」
「気になさらないでください。
アシュリーと私達で出来ることなら喜んでお手伝い致します」
そう言って微笑めばマザーは何度も恐縮そうにお辞儀をした。
すると、フィロメナが後方の部屋に視線を向けた。
「マザー。彼の接待は私がして置きますから、他の仕事に行ってください」
「しかし、」
チラリとこちらを見てくるマザーにニコリと微笑む。
多忙なところの手を止めさせるのは本意ではない。
「彼女はこちらの事を熟知してる様なのでお話をお聞きします」
「まぁまぁ。・・・では、お言葉に甘えさせて頂きます。
この時間は子供達のお乳の時間なのです」
アンジェリーンの微笑みにマザーはポッと頬を染めつつ、お辞儀をすると小走りで走っていった。
「忙しいなら言って欲しい。は、無理な話でしたね」
そう言うとフィロメナは少し驚いた様だった。
「『貴族』ですもの」
「貴女は随分ここに慣れている様だけど。
そんなにここに通っているのですか?」
「そんな遠回しに聞かずとも、ここの出だと言うのはわかっているんじゃないのですか」
マザーが「ハンナ」と呼んだのはそう言う意味だったらしい。
女性の数が減った今。
男性同士でも子を授かることが出来るようになったが、それでも子供がなかなか授からない。
家の存続のために子作りは何より大切な事である。
その為、子供が多い家はよく子供が養子に出される。
逆に、後継ぎがいない家は、孤児院から子供を迎える事が多い。
「そうですか」
アンジェリーンの返答に眉を顰めた。
「同情しないでください」
「??していませんよ」
フィロメナはムッとしたようだがすぐに笑顔を浮かべた。
「それに伯爵家の娘になれたのだから幸せなのでは?」
「貴方は貴族である事、王族の血筋にこだわる方でしたね」
彼女の年齢からして他人に聞いたのだろう。
本来のアンジェリーンなら「それで?」と、言ってしまいそうだが今自分から発せられる言葉は、アシュリーや最悪『相談係』のシャリオンに迷惑が掛かってしまう。
何よりそう言われてしまうのは今までの自分の振る舞いのせいであり、相手を捩じ伏せるのは今は不必要な事である。
そう思いつつふと、『王族』に媚び諂わないのも珍しいと思った。
敵対関係の者でさえ、王族には頭をたれるものだ。
「そう思われて当然ですね。事実私の振る舞いはそう思える」
「貴族が良いなんて誰が決めたんですか」
「さぁ」
「・・・興味無いのですね」
喉まで『はい』と出そうになったのを引き止めた。
聞いて欲しい気なそれが面倒くさく思ったが、自分よりも半分程しか生きてない小娘にそんな意地悪をするのを、アシュリーに見られたく無い。
それにこのまま放置してはいつかはシャリオンにまで行ってしまいそうだからだ。
まったく。私が色々しても気付いたら自分で頭を突っ込むんですから
そう思いつつも拗ねたような少女に視線を向ける。
ただアンジェリーンも善意ではない。
見た目は小娘でもシャリオンに何かをしようと思ってるのは知っている。
「無理に聞いてはと思いました。・・・何故そう思っているのか教えていただけますか」
人が好む笑顔を浮かべて尋ねればジッとこちらを見てくる。
しかし、聞いて欲し気な振る舞いをした癖にフィロメナはお辞儀をすると去っていってしまった。
「・・・年頃の娘とは・・・本当に難しいものなのですね」
そんなことを口ずさみながらも、将来のアシュリーと為勉強になるなと思いつつ、フィロメナには今度話を聞こうと思うのだった。
★★★
【別視点:セレス】
時は大分前に戻り休暇と言う名の旅に出た頃の話。
場所はサーベル国南西部にある人里から大分離れた深い森の中に、セレスはウルフ家の数名と歩いていた。
うっそうと茂る木々を抜け現れたのは絶壁の崖。
右を見ても左を見ても景色は変わらない。
そんな崖に向かい魔法道具を取り出し掲げると崖には地面から崖上部に向かて大きな亀裂が姿を現した。
その亀裂は人が入れる程の大きさであり、中に入っていくとウルフ家の者が現れる。
セレスと一緒に来ていた数人と入れ替わり、セレスは亀裂の奥へと入っていく。
その道中で見張りに当たっての情報共有がなされる。
「例の件以外は異常なしだ」
「了解」
ここに来るウルフ家の者達は思考共有が使えない者達だ。
ウルフ家の中にはあえて思考共有を覚えない者がいるのだ。
その為情報共有は口頭でのやり取りになる。
「ここに近寄るものはいなかった~?」
入口は先ほどの様に隠されているが、念のためである。
半径1Kmに近づく者はおらず、洞窟内は他の人間の侵入はなかったそうだ。
それから何時間と歩きつづけ漸く目的地にたどり着く。
壁一面は透明な水晶で埋め尽くされている。
その真ん中には人が埋まっている。
険しいセレスになにを思っているのかわかるのか隣に立つウルフの者は好戦的だった。
「壊すか」
長く時をともすうちに仲は思ったよりも良くなっている様だ。
そんな返しをするウルフ家の青年に苦笑を浮かべる。
「したいけどね。報告してからじゃないと」
「お前は優れた魔術師だ。それはシャリオン様も認めておられる」
「ありがと。けどね。そのシャリオン様の伴侶様がね?
色々頭が切れるしなによりシャリオン様を思ってるからね。
・・・いや。君達やボクだって思ってるけどね?
そこは主の為でも張り合わない方が良いと思うよ」
ご主人様が大好きなウルフ家の者達はガリウスの方が想っていると不満そうで、それを宥めつつ話を少し逸らした。
「まぁ、それはさておいてもね。
あのレオン様だってそのガリウス様を認めておられるんだからさ。
エルヴィンさん(ゾルの父でレオンに仕えている)と、ジュリアさん(ゾルの母でシャーリ―に仕えている)からも一目置かれてるなら、・・・君だって聞かないといけないんじゃないの?」
「・・・。」
「まぁボクもこれを壊したいけれど、・・・でも壊すのはまだやめとこう」
思い切り不満顔・・・と言っても雰囲気なのだが。
セレスはそんな男を宥めつつ結晶に触れおかしなところがないか自分自身で確認する。
報告は受けたが自分の方がこれについては詳しい。
最後にひび割れた部分を修復するように魔法を掛けた。
「ボクに封印されるくらいなんだから大したことないんだよ」
見上げた先には封じた時のままの姿の男が目を開けたまま遠くを見ている。
声は聞こえているはずだが一切動くことは出来ない。
本当に壊したいよ
そう思っても勝手には出来ない。
修復した跡を最後に見た後、セレスは一度地上に戻る為に歩き出すのだった。
★★★
しばらく拠点を張るにあたって、多方面に挨拶は必要だ。
ガリウス経由で話は通してあり、ポンツィオ・サーベル王の直下の部下に挨拶をする。
10人程度のウルフ家の者とアルアディア人が国の南西部出入りするというのに、普通なら反感が出ても良いところだが文句は何にも言われなかった。
・・・それだけシャリオン様の件で国政が落ち着いたってことかな
そんなことを思いつつ男の質問に適当に相槌を返す。
「南西部か。あの辺りは強い魔物の生息が多いが大丈夫か。・・・連れはそれくらいしか連れてきていないのか」
他国の武装している人間が入る事に寛容ともとれる発言だが、少々事情が異なる。
セレス達はこの国の王の恩人シャリオンの名を借りてここにきている。
そんなセレス達が国内で怪我をするようなことがあるのは、国として問題に考えているのだろう。
実際、言われた通りあそこらへん周辺の魔物はかなり強敵だ。
ガリウスの魔術の師匠だというヴィンフリートがこもる死山と同じくらいの魔物が生息している。
全国に点在するスポットではないのに強敵ばかり現れるわけだが、死山のような場所に現れる魔物を考えると少々頭が痛くはある。
だが、今の目的はいったんそれではないから考えない様にしておこう。
今はこの挨拶を穏便に済ませ、街に置かせてもらう許可を取らねばなるまい。
「はい。しかし大丈夫です。彼らは元々サーベル国人であり屈強な男たちばかりです」
「彼らはそうだが」
どうやら自分の事を心配してくれているらしい。
「ボクのことはどうぞ気にしないでください。
別に守られているばかりなだけではないから~」
ウルフ家達は後方支援のセレスに助けられることはあっても、そう助けることは無い。
「しかし、そんな小さいのに。
・・・アルアディアではこんな小さな子供も軍人になるのか」
その言葉に目をぱちくりと瞬きする。
そして自分がトランスフォームリングで姿を変えている事を思い出す。
アルアディアでもそうだったが、ハイシアの専属魔術師で実力があると知られていた為、ほとんど子供扱いなどされたことはなかった。
実際中身はガリウスよりも年上であり、レオンのほうが歳が近い方だ。
他人に心配されることに驚きつつニコリと微笑んだ。
考えてみればアルアディアの代表になるのだろうか。
愛国心はゼロだがシャリオンに迷惑を掛けるのだけはしたくない。
「見た目よりも年齢を重ねております。こう見えてとうに成人していますよ~」
話しにくい敬語を織り交ぜながらそう言うと驚いたようだった。
不躾にも頭の先から足の先までじろじろと見てくる男。
首が痛くなるほどの巨大な男は怪しんでいたが『成人』しているという言葉で『2・3歳差』のサバ読みではないことに気が付いてはくれたようだ。
「なるほど。・・・もしやシディアリアの血を引いておられるとか?」
「?どういうことですか~?」
「いや。身内に・・・弟がそうなのだが普通のサーベル国人よりも魔力が強いんだ。
だから貴方もそうなのかと」
「ボクはアルアディア人だよ」
自分の血にファングス以外の血は全て不明であり、他にどれが入っているかなんてわからない。
だがそれを赤の他人で興味本位で聞いてくる人間に応える必要はなく、にっこりと笑みを浮かべた。
「そうか」
値踏みする用に頭まから足先までもう一度見るも、結局それ以上はなかった。
他人から見られることを気にしたことが無いが、これほど不躾な視線は珍しい。
「気を付けて帰ってきてくれ。もし可能なら破壊してもらって構わない」
「検討しておきます~」
自分達の手を汚さないことを良いことに好き勝手言ってくれる。
だったら王として大々的に討伐に行ってくれればいいのに、それが出来ない事情がある。
どこの国でも貴族はめんどくさいと思いつつもセレスは挨拶をすると部屋を出た。
すると案内人が謝罪をしてくる。
「大変失礼いたしました」
「ん?何のこと・・・ですか?」
「マルィチェフ様の事です」
「なんかあったかな」
たいして気にすることではないだろうに、根が真面目な人間なのだろうと思いつつすっとぼけた。
・・・のだが聞いてもないのに話し始めた。
話を返事をするのはセレス以外おらずつまらないが返事をした。
「彼は体格の良い人間を贔屓する傾向がありまして」
「ふーん」
「先ほど言っていた弟・・・シェルヴィスティ様は聡明で素直な良い方なのですが」
「へぇ」
「その優しさをあの方は優柔不断だとおっしゃっており」
そう言ってこちらに視線を向けてくる。
さて。
どうしたものだろうか。厄介ごとの匂いしかしない。
こんなに興味なさそうに返事をしているのに、怒りもせずにこちらに期待の眼差しを送ってくるなどどう考えてもおかしい。
しかし、これを断るべきか悩ましい所だ。
「そうなんですね」
「そうなんです」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ボクは他国の人間だよ?」
「えぇ。王の危機を救ったハイシア公爵の右腕の1人と認識しています」
それを言うならガリウスやゾルの事だ。
しかし、我ながら簡単だ。断る気でいるが悪い気がしなかったのだ。
「ボクはこの国に重要な任務の為に来たんだけど」
「えぇ。存じています。王からも経緯や目的を聞いて居ます」
ニコニコしながらこちらを見てくる男に小さくため息を吐いた。
「さっき聞いたでしょう?ボクらは危険な場所に行くんだ」
「大丈夫です。シェルヴィスティ様はこの国の人間には珍しく魔力のある方です」
「そうなんだ」
シディアリアの血を引いているならあり得る話であろう。
だからと言って魔術師が必要という話ではない。
「連れていけないよ。それに本人が知らないのに」
「シェルヴェスティ様なら大丈夫です!!」
連れて行くのはセレスである。
それに『様』とつくという事は貴族か何かでそれなりに地位のあるものだ。
そんな人間を危険な場所に連れていくなんて無理だ。
頑なに拒否をするセレスだが、男はしつこかった。
その貴族がどれほどの魔力か知らないが、期待させるわけにもいかない。
だが、この男はどんなつもりでその貴族をセレスと共に行かせたいのかわからないが、諦めさせるには実力不足を証明するしかなかった。
かなりの最低限として平民が暮らす街に一人で来れないようであれば、連れて行くのは到底無理だ。
そして、そんな貴族が市民街にあと数時間で来れるとは思わなかった。
万が一来れたとしてもあれこれ理由をつければ良いと思い作戦を変えた。
「はぁ・・・、・・・じゃぁ・・・ナイルの宿に来させてよ。
時間は夕方まで。自力で来れてそれなりの強さがあるなら良いよ」
「!・・・ありがとうございます!シェルヴェスティ様に報告してまいります!」
セレスの言葉に感激しきった男は感謝を述べて走っていった。
体格が大きい為歩幅も大きいからかあっと言う間に消えてしまった。
嵐のような勢いで立ち去った男を目をぱちくりさせながら見ていると、ウルフ家の者がセレスの気持ちを代弁をしてくれる。
「・・・見張りは良いのか」
「ね。まぁ。早く準備して向かおうか~食材はここで準備しないと」
セレスが連れていく気が無いのは解ったようだ。
コクリと頷くと借りている部屋に向かった。
・・・
・・
・
数名のウルフ家の者を連れて宿を出たところで調達した馬に荷物を載せた。
ガリウスからサーベル国内でリングや魔法を使っての移動をするなと事前に注意された為だ。
そんな時に声を掛けられた。
「セレス様ですか?」
「・・・、」
サーベル国人にしては小さい男は旅装束だ。
その瞳は金色でサーベル国人で間違いなさそうである。
セレスよりも背の高いその男はこちらに歩いてくるとお辞儀をした。
誰と聞かなくとも先ほどの案内の言っていた男だろう。
約束よりも大分早い時間。
水と保存食料を準備を終えてすぐに出たのだが。
「シェルヴィスティ・マルィチェフです。お願いです。私も連れて行ってください!お願いします!!」
「・・・、」
「邪魔はしません!」
「・・・はぁ・・・」
深いため息を吐くとシェルヴィスティはおどおどとしながら、こちらを見てくる。
ついてくるだけで邪魔だと言いたくなるのを抑えながら、シェルヴィスティを見上げた。
「南西部は凶暴な魔物がいるのを知らない~?」
「知っています」
「なら」
「私は魔法が使えます!」
「ボクよりも?」
「・・・、・・・たぶん」
眼が泳いだがそう言い通すシェルヴィスティ。
アルアディアはサーベル国よりも強い魔術師が多くセレスに劣るという事が解っているのだろう。
だが、解っていながらも譲れないものがあるようだ。
「多分じゃ困る」
「っ」
「そんなに腕試ししたいなら騎士団とかギルドにでも所属すればいいでしょう~?」
「っ・・・駄目なんですっ」
切羽詰まった様に声を荒げるシェルヴィスティ。
まぁ貴族の息子がギルドに所属するなど殆ど聞かない。
騎士団に所属はあり得るが、この見た目では断られることが多いのだろうか。
そんなことが容易に想像は出来るが。
「南西の森に向かうまで私1人で魔物を倒せたら同行を認めて下さいっお願いします!」
そう言って頭を下げるシェルヴィスティ。
此方が平民だと知らないからだからなのだろうが、こんなに頭を下げるのも珍しい貴族である。
ウルフ家の者達からは『お荷物を連れて行くな』という視線をびしびしと感じてくる。
たどれば同郷の人間だろう?と言ってやりたいのを我慢しながら、シェルヴィスティを見上げる。
「わかった。じゃ、ボクは楽をさせてもらおうかな。
ついでにボクの馬も操縦してね」
「!」
面倒事を押し付けたというのにシェルヴィスティは嬉しそうに笑みを浮かべると頭を下げてきた。
「ありがとうございます・・・!」
「うんうん。良く働いてね」
主に少し似た男をどうしても無下に断ることは出来なかったのだ。
★★★
【別視点:シャリオン】
ハイシア城の領主執務室。
朝から仕事をこなすシャリオンの前に掌がひらひらと振られる。
「!っ・・・クロエ・・・それにソフィア。来ていたんだね」
「どうかされましたか?シャリオン様」
「えぇ。我が領の用事は済ませてまいりまして、本日はジャスミンに用があったのですが、その前に言伝が無いかと立ち寄ったのですけれど。・・・体調がすぐれないのですか・・・?」
不安げに覗き込んでくる2人にシャリオンは苦笑を浮かべて首を横に振った。
「あまり無理をするな。・・・さもないとあの男を呼ぶぞ」
脅しめいた言い方をするゾル。
それは困ってしまう。
ちなみに『あの男』とはガリウスの事である。
「駄目だよ。熱は無いし大丈夫だから」
「・・・。もしやお子が・・・?」
クロエがそう言うとソフィアは自分の事の様に喜ぶ。
なんだかそんな風にしてもらえると申し訳なってくる。
「違うよ。・・・ごめんね。期待をさせて」
「寝不足という事はガリウス様がおられる上であり得ませんし」
「そうね。・・・ゾルさん・・・実は何か問題を隠していませんか?」
クロエが厳しい目線をゾルにすれば、ゾルは深いため息を吐いた。
「すべて話した通りだ。魔物の血の事で悩んでいるのだろう」
「そのことですか・・・」
「・・・」
自分達では手助け出来ないと思ったのか言葉をつぐむ2人。
しかし、何かを思いついたのかクロエが目を輝かせた。
「そうだ。ヴレットブラードに私達が潜入するというのは如何でしょう」
「良い考えね」
ヴレットブラード侯爵家。エリザべトの家である。
しかし、シャリオンは首を振った。
「2人は僕と一緒に屋敷に行ったでしょう」
リジェネ・フローラルで『ユーリア』に女装したシャリオンに怪我を負わせられたと騒いだエリザベトに呼び出され家を訪問したことがあるが、その時に2人も同席したのだ。
『顔を見られている』というのは表向きの理由であるが、2人をあの家に近づけたくない。
勿論2人だけではない。
それ程、あの部屋にいる得体のしれないものに近づけたくないのだ。
姿が見れなかったために何かは解らない。
しかし、あの時の音を考えると人間以外の生き物としか思えない。
シャリオンがそう言うと2人は微妙そうな顔をする。
「そうでしょうか」
「あの娘はシャリオン様しか見ておりませんでしたよ」
「それでもダメ」
「「・・・」」
「わかった?」
「「・・・はい」」
心配されるのは嬉しいが調査が進まないのは困ったものだ。
2人は顔を見合わせた後に渋々と返事をした。
シャリオンは一息つくとゆっくりと立ち上がった。
「・・・それじゃこの話はここまでね。・・・んと・・・ごめん。少し休んできていいかな」
「えぇ」
「あぁ大丈夫だ」
「ジャスミンには何か必要なものがないか確認してきてもらえる?」
「はい。承知いたしました」
3人がそう返事してくれるのを聞いてからシャリオンは歩き出した。
★★★
執務室の隣に用意された小部屋。
滅多に使う事が無いこの部屋は、子供達を授かった時に魔力補填の為に使っていた部屋でもある。
ベッドとソファーがおいてあり一人になれる部屋である。
シャリオンはそこに掛けた後、ゆっくりと横に倒れ込んだ。
・・・あつい・・・
朝からずっと体が火照っている。
あれからニップルクリップと貞操帯を付けている状態だ。
今まではさほど気にならなかったのに、ガリウスにニップルクリップごと愛撫されてから動くたびに感じる感覚に、その時のことを思い出してしまうのだ。
シャリオンは駄目だと思いつつもそろりと服の上から胸に手を触れた。
「っ・・・」
衣服の上からでも乳首の昂りが解ってしまう。
ゾクゾクと走る快感にカリカリと掻くと股間に熱が集中した。
そしてキツイ戒めと窮屈な革の気配にシャリオンは息を飲むと枕に突っ伏した。
なんで触ってしまったのだろう?
そう後悔しても遅い。
ジンジンと熱を持ち始めるそれに気づかない様に頭を振りながら収まるのをただひたすら待つのだった。
???。
夕暮れ時に街を見下ろせる場所に薄汚れた格好をした老人がいた。
老人の眼光は見た目の弱弱しさはなく鋭い。
人里を憎々し気に見下ろす。
全てが順調に進んでいたのに、予定が狂ってしまった。
宿命により時が満ちるそのときまでに、揃えて置く必要があったのに。
噛みあっていた歯車にゴミが入り綺麗に動いていた物が止まってしまった。
忌々しくあるがそれも仕方がない事だという事も理解していた。
それでも苛立ってしまうのは、先祖代々積み重ねてきたことを自分が狂わすことが耐えられないのだ。
「・・・」
どんなに抗ったとしても変わる事のない未来。だが可能性を考えると余裕など持てない。
同じことの繰り返しでも自分だけは歴史の中で唯一になるのも決まっている事である。
それは光栄の事なのだからあわてる必要はない。
運命の定めからは逃げることは出来ない。
全ての始まりの日。
その時に供物としてささげられればそれで良いのだ。
老人は自らの姿を変化暗闇にさせ、暗闇に消えていくのだった。
★★★
【別視点:アンジェリーン】
貴族街と平民街の境目。
リジェネ・フローラルのそばにある孤児院。
そこにアンジェリーンはアシュリーを連れて訪れていた。
王太子の王配になってから始めた孤児院への訪問。
あけすけに言えばイメージアップである。
婚約前、ルークの王配になる気など1mmもなかった。寧ろルークやライガーを疎んでいた。
それ故に『老貴族と結婚します』と言ったのだが、若く美しいアンジェリーンにお節介を焼いた親族の誰かがルークに婚約の打診をしてしまったのだ。
ルークサイドが応諾するとも思わなかったが、考えてみればシャリオンの幼馴染であり距離が近い事を思い出した。
それに、『王族の親族』よりも王族であった方が様々且つ詳細な情報が入るという打算から思い直し受け入れた。
だが、何度も言うがこれまでのアンジェリーンの振る舞いは王族のルークに対してかなり失礼であったし、その他の貴族相手にもかなり無礼があった。
例の茶番を信じてくれた者もいれば信じない者も当然いるわけで、今はその信用を勝ち取る必要がある。
勿論、心の底からの善意の支援が正しい行動なのだろうが、それよりも他人から見られることが何よりも重要である。
正しい行動を見せルークの傍で彼を慕い親身になって支える姿を見せ続ければそのうち信じるだろう。
嘘も繰り返せばいずれ真実になる。
その為にアンジェリーンは孤児院に積極的に訪れている。
これは他の貴族は勿論だが、本心は絶対シャリオンには聞かせられない本音である。
王都にある孤児院はかつて国営であった。
しかし、子の出生が下がったことに目を付けた大臣が孤児院の子供を『金』で取引をし始めた。
どうせ子供を養子縁組するなら優秀な子が欲しいのは当然である。
その大臣は王都にある孤児院の子供達に学を与る為に予算を申請し子供達に学を身につけさせる体裁で、多く割り振られた予算を着服した。
当時王都以外の孤児院の経営は領主が行っていたが、王都でそんなことをやり始めると各地の孤児院でも同じ様にし始める。
子に値を付ける行為は廃止された奴隷制度と殆ど変わらず国民から多くの非難の声が上がった。
国としても問題視するも孤児院の責任者である領主に総入れ替えを強制することは難しく、その代わりに国からの現金での予算をなくすことにした。
勿論それでは孤児院を経営することは難しい為、食糧の現物支給や学に関する補填を行う事取り決めた。
また孤児院経営で国に納める税金をなくし、貴族が子供を引き受けた時は一律の金額を孤児院に寄付することを義務付けたのだ。
国家予算から割り当てられなくなった孤児院経営は、善行と見せかけて甘い蜜を吸う手段だと考えていた者たちが一斉に手放し今では心の底から身寄りのない子供を助けようと思っている人間が子供を育てることになったのだ。
そんな理由から現在王都にある孤児院は民間経営であり常に赤字運営である。
その為寄付や視察を兼ねて月に1回アシュリーと共に訪れる様にし、茶会や招待される夜会には積極的に出て話をする。
アンジェリーンは自分の顔が男女問わずに好かれるのも知っており、それを使って寄付をしてもらうのだ。
勿論、相手が不快にならないようにしながらするのは匙加減が必要である。
最近のアシュリーは勉学だけでなくルークの執務中の様子を見学したりもし始め、かなり忙しいが孤児院視察はアシュリーにとって大切な事だ。
以前のアンジェリーンには考えられない事だが全てはアシュリーの為である。
そのためには、王太子に恋する純真な態度を見せながら振る舞うなど容易いことだ。
それはルークも同じ考えのようで、2人の夜会の様子はシャリオンがドン引く程ルークといちゃいちゃしている。
だが、それはシャリオン達を見本に多少脚色つけて演じてるだけで、シャリオン達の方が余程恥ずかしいと言ってやりたい。
ひやかすのは毎回なのだが、その度にシャリオンは真っ赤になって怒っているが、本人はどれだけ花を散らしながら話しているか気付いていないのだ。
話がされてしまった。
今日はその孤児院に訪問する日。
まだ幼いアシュリーだが同年代と触れ合う事はまだなく、はっきりと話せない子供達に驚いていた。
懐いてくる子は勿論、はしゃいで元気な子にもアシュリーは物怖じせずに遊んでいた。
いつも難しい本を読むアシュリーを知っているアンジェリーンや世話係のアリアを含めた面々はそのシュールさに内心笑っていたが、戸惑うアシュリーや元気いっぱいの子供達を見て微笑んでいた。
時折、こちらに助けを求める様な視線をよこすアシュリーに甲斐甲斐しく世話をしたくなるが我慢である。
それにしても不思議だ。
子供はそれ程好きでは無かったが、アシュリーと戯れると可愛く見えるのだ。
「ひめさまー」
「あうー!」
熱烈な声かけにアシュリーは笑顔を振りまく。
「はい。みなさんなんでしょうか?」
1歳児から5歳児くらいの子に囲まれるアシュリーを、世話係に命じてその様子を撮っておく。
自分用でもあるがシャリオンのためである。
これはハイシアの魔術師が作ったものだそうで、シャリオンが以前持っていたものだ。
領地にいるガリオンよりもどうしても来る回数が減ってしまうのを悩んでいたので、自分が代わりにやると申し出たのだ。
どうせならアシュリーのとっておきの笑顔をシャリオンに見せたくて、アシュリーを呼んだ。
「シュリィ」
アンジェリーンの呼びかけにこちらを見てくると意図が分かったようだ。
「みなさん、あちらを向いて笑ってください」
皆に世話係の方を見るように促す。
もう何度かやっているので慣れた様子で、子供達は世話係の方に視線を向けて元気いっぱいに手を振った。
世話係が数枚の笑顔を収め、アシュリーに合図を送るとは再び子供達と遊び始めたようだ。
可愛いアシュリーを取れてアンジェリーンも満足である。
さて。視察の続きに戻ろうと、子供達に手を振る。
「シュリィ。私達はマザーと共にお話しして参ります」
「はい」
「頼みましたよ」
アリアを含む世話係達に命ずると、マザーと共に別の部屋に向かう。
通された部屋でマザーから最近の話を聞きながら世間話をしていると、マザーがアシュリーを褒めた。
「姫様は本当によくお喋りになりますね」
「えぇ。とても好奇心旺盛なようで年齢にしては良く話しますね」
「やはり、そういう優れた血なのでしょうか」
アンジェリーンは聞きながら少し驚き、これは嫌味なのかなんなのか考えあぐねた。
まぁどちらにしても答えは一つである。
「それはあるでしょうが、あの子自身の努力です。
・・・と、こんな事言っては殿下に怒られてしまいますね」
アシュリーの実の親では無いと言う嫌味なのか探る様に微笑んだ。
内心、遠くとも血は繋がってる!と、ムっとしながらも謙遜な表情を浮かべる。
そんな時だった。
部屋の入口の所から人が覗き込んでいる。
「本当に優秀ですわね」
「!・・・フィロメナ様。ごきげんよう」
ここでまさか会う人物とは思わなかった。
今要注意人物であるエリザべトと親密な仲で彼女同様に注意していた人物が、孤児院に来ているとは思わなかったのだ。
普段よりも軽装と言うか男装に近いフィロメナ。
おまけにその格好はススで薄汚れており、変装でお忍びできているにしては完璧すぎるものだった。
するとそんな視線に気づいたのか、本人が説明をくれた。
「こちらに来る時はいつもこういった格好ですの。
お恥ずかしいですわ
あらあら。・・・アンジェリーン様は随分綺麗なお召し物で」
「・・・。確かにそうですね。次から」
「あぁでもお見えになるだけなら不必要ですわね」
なかなかの嫌味のコンボである。
だが相手は小娘であり引けを感じる必要はない。
ニコリと微笑みを浮かべるアンジェリーン。
「フィロメナ様はなにをしにこちらへ?」
「私ですか?煙突の掃除を」
「は?」
「ですから煙突の掃除です」
思っても見ないことに聞き返せば眉を顰めて答えるフィロメナ。
するとそんなフィロメナにマザーが慌てる。
「ススが溜まっておりまして。直して下さったんです」
「・・・そう・・・ですか」
今までの態度からは、そんなことをする様に見えなかったフィロメナに再び驚かされる。
調査の結果では身分の低い女性を陰で虐げていたという報告を受けている。
そんな彼女が孤児院で頼まれ事とは言え汚れ仕事をしているというのが同一人物には思えなかったのだ。
「そうだ。今度からもっとアンジェリーン様にお願いすれば宜しいのですよ。
折角いらしてくださるのですから。
ねぇ?アンジェリーン様?」
「え」
「そんな!王太子王配殿下にその様なこと」
「構いません」
随分強引なフィロメナ。
しかし、嫁入り前の貴族女性に煙突掃除をさせるくらいなら、アンジェリーンの自由に出来る金で人を雇うことなど容易いことである。
するとそれに慌てたのはマザーだ。
フィロメナを叱りつけるような声色で注意しようとしたのを、アンジェリーンは止めた。
するとフィロメナは『ふん』と笑った。
「ほら。マザー?まさかアンジェリーン様自身がなさるわけありません。
人をつかわせるのですよ。
どうせお金は沢山あるのですし、ただ見て回るだけよりも、世話をしたという事実が出来ますから」
小娘と侮ったがしっかりとアンジェリーンの目的は解っているらしい。
しかし、それを表面には出してはいけないし、マザーがフィロメナをたしなめた。
「ハンナ!貴女は口を慎みなさい!!それに貴女にだって頼んでませんの。
淑女なのにやるって行ってしまったのは貴女でしょう?」
「・・・。ごめんなさい」
先ほどの強気が消えしゅんとしゅるフィロメナにマザーが慌てる。
「ちがうわ。貴女には感謝しているのよ?
本当に助かったわ。ありがとう。
けど、貴女が怪我をしそうで心配なんです」
優しく諭す様に注意するマザー。
呼び間違えたとは思えない『ハンナ』とは愛称なのだろうか。
それにしてもマザーも貴族の娘に随分砕けている。
無礼な発言をするフィロメナに叱りつけていて苦笑をして止める。
言われたフィロメナも腹を立てている様子はない。
「アンジェリーン様。申し訳ありません。変なところをお見せして」
「いいえ。それと彼女の言っていた事は正しいです」
「そんな!アンジェリーン様には今でもお世話になっておりますのに」
「気になさらないでください。
アシュリーと私達で出来ることなら喜んでお手伝い致します」
そう言って微笑めばマザーは何度も恐縮そうにお辞儀をした。
すると、フィロメナが後方の部屋に視線を向けた。
「マザー。彼の接待は私がして置きますから、他の仕事に行ってください」
「しかし、」
チラリとこちらを見てくるマザーにニコリと微笑む。
多忙なところの手を止めさせるのは本意ではない。
「彼女はこちらの事を熟知してる様なのでお話をお聞きします」
「まぁまぁ。・・・では、お言葉に甘えさせて頂きます。
この時間は子供達のお乳の時間なのです」
アンジェリーンの微笑みにマザーはポッと頬を染めつつ、お辞儀をすると小走りで走っていった。
「忙しいなら言って欲しい。は、無理な話でしたね」
そう言うとフィロメナは少し驚いた様だった。
「『貴族』ですもの」
「貴女は随分ここに慣れている様だけど。
そんなにここに通っているのですか?」
「そんな遠回しに聞かずとも、ここの出だと言うのはわかっているんじゃないのですか」
マザーが「ハンナ」と呼んだのはそう言う意味だったらしい。
女性の数が減った今。
男性同士でも子を授かることが出来るようになったが、それでも子供がなかなか授からない。
家の存続のために子作りは何より大切な事である。
その為、子供が多い家はよく子供が養子に出される。
逆に、後継ぎがいない家は、孤児院から子供を迎える事が多い。
「そうですか」
アンジェリーンの返答に眉を顰めた。
「同情しないでください」
「??していませんよ」
フィロメナはムッとしたようだがすぐに笑顔を浮かべた。
「それに伯爵家の娘になれたのだから幸せなのでは?」
「貴方は貴族である事、王族の血筋にこだわる方でしたね」
彼女の年齢からして他人に聞いたのだろう。
本来のアンジェリーンなら「それで?」と、言ってしまいそうだが今自分から発せられる言葉は、アシュリーや最悪『相談係』のシャリオンに迷惑が掛かってしまう。
何よりそう言われてしまうのは今までの自分の振る舞いのせいであり、相手を捩じ伏せるのは今は不必要な事である。
そう思いつつふと、『王族』に媚び諂わないのも珍しいと思った。
敵対関係の者でさえ、王族には頭をたれるものだ。
「そう思われて当然ですね。事実私の振る舞いはそう思える」
「貴族が良いなんて誰が決めたんですか」
「さぁ」
「・・・興味無いのですね」
喉まで『はい』と出そうになったのを引き止めた。
聞いて欲しい気なそれが面倒くさく思ったが、自分よりも半分程しか生きてない小娘にそんな意地悪をするのを、アシュリーに見られたく無い。
それにこのまま放置してはいつかはシャリオンにまで行ってしまいそうだからだ。
まったく。私が色々しても気付いたら自分で頭を突っ込むんですから
そう思いつつも拗ねたような少女に視線を向ける。
ただアンジェリーンも善意ではない。
見た目は小娘でもシャリオンに何かをしようと思ってるのは知っている。
「無理に聞いてはと思いました。・・・何故そう思っているのか教えていただけますか」
人が好む笑顔を浮かべて尋ねればジッとこちらを見てくる。
しかし、聞いて欲し気な振る舞いをした癖にフィロメナはお辞儀をすると去っていってしまった。
「・・・年頃の娘とは・・・本当に難しいものなのですね」
そんなことを口ずさみながらも、将来のアシュリーと為勉強になるなと思いつつ、フィロメナには今度話を聞こうと思うのだった。
★★★
【別視点:セレス】
時は大分前に戻り休暇と言う名の旅に出た頃の話。
場所はサーベル国南西部にある人里から大分離れた深い森の中に、セレスはウルフ家の数名と歩いていた。
うっそうと茂る木々を抜け現れたのは絶壁の崖。
右を見ても左を見ても景色は変わらない。
そんな崖に向かい魔法道具を取り出し掲げると崖には地面から崖上部に向かて大きな亀裂が姿を現した。
その亀裂は人が入れる程の大きさであり、中に入っていくとウルフ家の者が現れる。
セレスと一緒に来ていた数人と入れ替わり、セレスは亀裂の奥へと入っていく。
その道中で見張りに当たっての情報共有がなされる。
「例の件以外は異常なしだ」
「了解」
ここに来るウルフ家の者達は思考共有が使えない者達だ。
ウルフ家の中にはあえて思考共有を覚えない者がいるのだ。
その為情報共有は口頭でのやり取りになる。
「ここに近寄るものはいなかった~?」
入口は先ほどの様に隠されているが、念のためである。
半径1Kmに近づく者はおらず、洞窟内は他の人間の侵入はなかったそうだ。
それから何時間と歩きつづけ漸く目的地にたどり着く。
壁一面は透明な水晶で埋め尽くされている。
その真ん中には人が埋まっている。
険しいセレスになにを思っているのかわかるのか隣に立つウルフの者は好戦的だった。
「壊すか」
長く時をともすうちに仲は思ったよりも良くなっている様だ。
そんな返しをするウルフ家の青年に苦笑を浮かべる。
「したいけどね。報告してからじゃないと」
「お前は優れた魔術師だ。それはシャリオン様も認めておられる」
「ありがと。けどね。そのシャリオン様の伴侶様がね?
色々頭が切れるしなによりシャリオン様を思ってるからね。
・・・いや。君達やボクだって思ってるけどね?
そこは主の為でも張り合わない方が良いと思うよ」
ご主人様が大好きなウルフ家の者達はガリウスの方が想っていると不満そうで、それを宥めつつ話を少し逸らした。
「まぁ、それはさておいてもね。
あのレオン様だってそのガリウス様を認めておられるんだからさ。
エルヴィンさん(ゾルの父でレオンに仕えている)と、ジュリアさん(ゾルの母でシャーリ―に仕えている)からも一目置かれてるなら、・・・君だって聞かないといけないんじゃないの?」
「・・・。」
「まぁボクもこれを壊したいけれど、・・・でも壊すのはまだやめとこう」
思い切り不満顔・・・と言っても雰囲気なのだが。
セレスはそんな男を宥めつつ結晶に触れおかしなところがないか自分自身で確認する。
報告は受けたが自分の方がこれについては詳しい。
最後にひび割れた部分を修復するように魔法を掛けた。
「ボクに封印されるくらいなんだから大したことないんだよ」
見上げた先には封じた時のままの姿の男が目を開けたまま遠くを見ている。
声は聞こえているはずだが一切動くことは出来ない。
本当に壊したいよ
そう思っても勝手には出来ない。
修復した跡を最後に見た後、セレスは一度地上に戻る為に歩き出すのだった。
★★★
しばらく拠点を張るにあたって、多方面に挨拶は必要だ。
ガリウス経由で話は通してあり、ポンツィオ・サーベル王の直下の部下に挨拶をする。
10人程度のウルフ家の者とアルアディア人が国の南西部出入りするというのに、普通なら反感が出ても良いところだが文句は何にも言われなかった。
・・・それだけシャリオン様の件で国政が落ち着いたってことかな
そんなことを思いつつ男の質問に適当に相槌を返す。
「南西部か。あの辺りは強い魔物の生息が多いが大丈夫か。・・・連れはそれくらいしか連れてきていないのか」
他国の武装している人間が入る事に寛容ともとれる発言だが、少々事情が異なる。
セレス達はこの国の王の恩人シャリオンの名を借りてここにきている。
そんなセレス達が国内で怪我をするようなことがあるのは、国として問題に考えているのだろう。
実際、言われた通りあそこらへん周辺の魔物はかなり強敵だ。
ガリウスの魔術の師匠だというヴィンフリートがこもる死山と同じくらいの魔物が生息している。
全国に点在するスポットではないのに強敵ばかり現れるわけだが、死山のような場所に現れる魔物を考えると少々頭が痛くはある。
だが、今の目的はいったんそれではないから考えない様にしておこう。
今はこの挨拶を穏便に済ませ、街に置かせてもらう許可を取らねばなるまい。
「はい。しかし大丈夫です。彼らは元々サーベル国人であり屈強な男たちばかりです」
「彼らはそうだが」
どうやら自分の事を心配してくれているらしい。
「ボクのことはどうぞ気にしないでください。
別に守られているばかりなだけではないから~」
ウルフ家達は後方支援のセレスに助けられることはあっても、そう助けることは無い。
「しかし、そんな小さいのに。
・・・アルアディアではこんな小さな子供も軍人になるのか」
その言葉に目をぱちくりと瞬きする。
そして自分がトランスフォームリングで姿を変えている事を思い出す。
アルアディアでもそうだったが、ハイシアの専属魔術師で実力があると知られていた為、ほとんど子供扱いなどされたことはなかった。
実際中身はガリウスよりも年上であり、レオンのほうが歳が近い方だ。
他人に心配されることに驚きつつニコリと微笑んだ。
考えてみればアルアディアの代表になるのだろうか。
愛国心はゼロだがシャリオンに迷惑を掛けるのだけはしたくない。
「見た目よりも年齢を重ねております。こう見えてとうに成人していますよ~」
話しにくい敬語を織り交ぜながらそう言うと驚いたようだった。
不躾にも頭の先から足の先までじろじろと見てくる男。
首が痛くなるほどの巨大な男は怪しんでいたが『成人』しているという言葉で『2・3歳差』のサバ読みではないことに気が付いてはくれたようだ。
「なるほど。・・・もしやシディアリアの血を引いておられるとか?」
「?どういうことですか~?」
「いや。身内に・・・弟がそうなのだが普通のサーベル国人よりも魔力が強いんだ。
だから貴方もそうなのかと」
「ボクはアルアディア人だよ」
自分の血にファングス以外の血は全て不明であり、他にどれが入っているかなんてわからない。
だがそれを赤の他人で興味本位で聞いてくる人間に応える必要はなく、にっこりと笑みを浮かべた。
「そうか」
値踏みする用に頭まから足先までもう一度見るも、結局それ以上はなかった。
他人から見られることを気にしたことが無いが、これほど不躾な視線は珍しい。
「気を付けて帰ってきてくれ。もし可能なら破壊してもらって構わない」
「検討しておきます~」
自分達の手を汚さないことを良いことに好き勝手言ってくれる。
だったら王として大々的に討伐に行ってくれればいいのに、それが出来ない事情がある。
どこの国でも貴族はめんどくさいと思いつつもセレスは挨拶をすると部屋を出た。
すると案内人が謝罪をしてくる。
「大変失礼いたしました」
「ん?何のこと・・・ですか?」
「マルィチェフ様の事です」
「なんかあったかな」
たいして気にすることではないだろうに、根が真面目な人間なのだろうと思いつつすっとぼけた。
・・・のだが聞いてもないのに話し始めた。
話を返事をするのはセレス以外おらずつまらないが返事をした。
「彼は体格の良い人間を贔屓する傾向がありまして」
「ふーん」
「先ほど言っていた弟・・・シェルヴィスティ様は聡明で素直な良い方なのですが」
「へぇ」
「その優しさをあの方は優柔不断だとおっしゃっており」
そう言ってこちらに視線を向けてくる。
さて。
どうしたものだろうか。厄介ごとの匂いしかしない。
こんなに興味なさそうに返事をしているのに、怒りもせずにこちらに期待の眼差しを送ってくるなどどう考えてもおかしい。
しかし、これを断るべきか悩ましい所だ。
「そうなんですね」
「そうなんです」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ボクは他国の人間だよ?」
「えぇ。王の危機を救ったハイシア公爵の右腕の1人と認識しています」
それを言うならガリウスやゾルの事だ。
しかし、我ながら簡単だ。断る気でいるが悪い気がしなかったのだ。
「ボクはこの国に重要な任務の為に来たんだけど」
「えぇ。存じています。王からも経緯や目的を聞いて居ます」
ニコニコしながらこちらを見てくる男に小さくため息を吐いた。
「さっき聞いたでしょう?ボクらは危険な場所に行くんだ」
「大丈夫です。シェルヴィスティ様はこの国の人間には珍しく魔力のある方です」
「そうなんだ」
シディアリアの血を引いているならあり得る話であろう。
だからと言って魔術師が必要という話ではない。
「連れていけないよ。それに本人が知らないのに」
「シェルヴェスティ様なら大丈夫です!!」
連れて行くのはセレスである。
それに『様』とつくという事は貴族か何かでそれなりに地位のあるものだ。
そんな人間を危険な場所に連れていくなんて無理だ。
頑なに拒否をするセレスだが、男はしつこかった。
その貴族がどれほどの魔力か知らないが、期待させるわけにもいかない。
だが、この男はどんなつもりでその貴族をセレスと共に行かせたいのかわからないが、諦めさせるには実力不足を証明するしかなかった。
かなりの最低限として平民が暮らす街に一人で来れないようであれば、連れて行くのは到底無理だ。
そして、そんな貴族が市民街にあと数時間で来れるとは思わなかった。
万が一来れたとしてもあれこれ理由をつければ良いと思い作戦を変えた。
「はぁ・・・、・・・じゃぁ・・・ナイルの宿に来させてよ。
時間は夕方まで。自力で来れてそれなりの強さがあるなら良いよ」
「!・・・ありがとうございます!シェルヴェスティ様に報告してまいります!」
セレスの言葉に感激しきった男は感謝を述べて走っていった。
体格が大きい為歩幅も大きいからかあっと言う間に消えてしまった。
嵐のような勢いで立ち去った男を目をぱちくりさせながら見ていると、ウルフ家の者がセレスの気持ちを代弁をしてくれる。
「・・・見張りは良いのか」
「ね。まぁ。早く準備して向かおうか~食材はここで準備しないと」
セレスが連れていく気が無いのは解ったようだ。
コクリと頷くと借りている部屋に向かった。
・・・
・・
・
数名のウルフ家の者を連れて宿を出たところで調達した馬に荷物を載せた。
ガリウスからサーベル国内でリングや魔法を使っての移動をするなと事前に注意された為だ。
そんな時に声を掛けられた。
「セレス様ですか?」
「・・・、」
サーベル国人にしては小さい男は旅装束だ。
その瞳は金色でサーベル国人で間違いなさそうである。
セレスよりも背の高いその男はこちらに歩いてくるとお辞儀をした。
誰と聞かなくとも先ほどの案内の言っていた男だろう。
約束よりも大分早い時間。
水と保存食料を準備を終えてすぐに出たのだが。
「シェルヴィスティ・マルィチェフです。お願いです。私も連れて行ってください!お願いします!!」
「・・・、」
「邪魔はしません!」
「・・・はぁ・・・」
深いため息を吐くとシェルヴィスティはおどおどとしながら、こちらを見てくる。
ついてくるだけで邪魔だと言いたくなるのを抑えながら、シェルヴィスティを見上げた。
「南西部は凶暴な魔物がいるのを知らない~?」
「知っています」
「なら」
「私は魔法が使えます!」
「ボクよりも?」
「・・・、・・・たぶん」
眼が泳いだがそう言い通すシェルヴィスティ。
アルアディアはサーベル国よりも強い魔術師が多くセレスに劣るという事が解っているのだろう。
だが、解っていながらも譲れないものがあるようだ。
「多分じゃ困る」
「っ」
「そんなに腕試ししたいなら騎士団とかギルドにでも所属すればいいでしょう~?」
「っ・・・駄目なんですっ」
切羽詰まった様に声を荒げるシェルヴィスティ。
まぁ貴族の息子がギルドに所属するなど殆ど聞かない。
騎士団に所属はあり得るが、この見た目では断られることが多いのだろうか。
そんなことが容易に想像は出来るが。
「南西の森に向かうまで私1人で魔物を倒せたら同行を認めて下さいっお願いします!」
そう言って頭を下げるシェルヴィスティ。
此方が平民だと知らないからだからなのだろうが、こんなに頭を下げるのも珍しい貴族である。
ウルフ家の者達からは『お荷物を連れて行くな』という視線をびしびしと感じてくる。
たどれば同郷の人間だろう?と言ってやりたいのを我慢しながら、シェルヴィスティを見上げる。
「わかった。じゃ、ボクは楽をさせてもらおうかな。
ついでにボクの馬も操縦してね」
「!」
面倒事を押し付けたというのにシェルヴィスティは嬉しそうに笑みを浮かべると頭を下げてきた。
「ありがとうございます・・・!」
「うんうん。良く働いてね」
主に少し似た男をどうしても無下に断ることは出来なかったのだ。
★★★
【別視点:シャリオン】
ハイシア城の領主執務室。
朝から仕事をこなすシャリオンの前に掌がひらひらと振られる。
「!っ・・・クロエ・・・それにソフィア。来ていたんだね」
「どうかされましたか?シャリオン様」
「えぇ。我が領の用事は済ませてまいりまして、本日はジャスミンに用があったのですが、その前に言伝が無いかと立ち寄ったのですけれど。・・・体調がすぐれないのですか・・・?」
不安げに覗き込んでくる2人にシャリオンは苦笑を浮かべて首を横に振った。
「あまり無理をするな。・・・さもないとあの男を呼ぶぞ」
脅しめいた言い方をするゾル。
それは困ってしまう。
ちなみに『あの男』とはガリウスの事である。
「駄目だよ。熱は無いし大丈夫だから」
「・・・。もしやお子が・・・?」
クロエがそう言うとソフィアは自分の事の様に喜ぶ。
なんだかそんな風にしてもらえると申し訳なってくる。
「違うよ。・・・ごめんね。期待をさせて」
「寝不足という事はガリウス様がおられる上であり得ませんし」
「そうね。・・・ゾルさん・・・実は何か問題を隠していませんか?」
クロエが厳しい目線をゾルにすれば、ゾルは深いため息を吐いた。
「すべて話した通りだ。魔物の血の事で悩んでいるのだろう」
「そのことですか・・・」
「・・・」
自分達では手助け出来ないと思ったのか言葉をつぐむ2人。
しかし、何かを思いついたのかクロエが目を輝かせた。
「そうだ。ヴレットブラードに私達が潜入するというのは如何でしょう」
「良い考えね」
ヴレットブラード侯爵家。エリザべトの家である。
しかし、シャリオンは首を振った。
「2人は僕と一緒に屋敷に行ったでしょう」
リジェネ・フローラルで『ユーリア』に女装したシャリオンに怪我を負わせられたと騒いだエリザベトに呼び出され家を訪問したことがあるが、その時に2人も同席したのだ。
『顔を見られている』というのは表向きの理由であるが、2人をあの家に近づけたくない。
勿論2人だけではない。
それ程、あの部屋にいる得体のしれないものに近づけたくないのだ。
姿が見れなかったために何かは解らない。
しかし、あの時の音を考えると人間以外の生き物としか思えない。
シャリオンがそう言うと2人は微妙そうな顔をする。
「そうでしょうか」
「あの娘はシャリオン様しか見ておりませんでしたよ」
「それでもダメ」
「「・・・」」
「わかった?」
「「・・・はい」」
心配されるのは嬉しいが調査が進まないのは困ったものだ。
2人は顔を見合わせた後に渋々と返事をした。
シャリオンは一息つくとゆっくりと立ち上がった。
「・・・それじゃこの話はここまでね。・・・んと・・・ごめん。少し休んできていいかな」
「えぇ」
「あぁ大丈夫だ」
「ジャスミンには何か必要なものがないか確認してきてもらえる?」
「はい。承知いたしました」
3人がそう返事してくれるのを聞いてからシャリオンは歩き出した。
★★★
執務室の隣に用意された小部屋。
滅多に使う事が無いこの部屋は、子供達を授かった時に魔力補填の為に使っていた部屋でもある。
ベッドとソファーがおいてあり一人になれる部屋である。
シャリオンはそこに掛けた後、ゆっくりと横に倒れ込んだ。
・・・あつい・・・
朝からずっと体が火照っている。
あれからニップルクリップと貞操帯を付けている状態だ。
今まではさほど気にならなかったのに、ガリウスにニップルクリップごと愛撫されてから動くたびに感じる感覚に、その時のことを思い出してしまうのだ。
シャリオンは駄目だと思いつつもそろりと服の上から胸に手を触れた。
「っ・・・」
衣服の上からでも乳首の昂りが解ってしまう。
ゾクゾクと走る快感にカリカリと掻くと股間に熱が集中した。
そしてキツイ戒めと窮屈な革の気配にシャリオンは息を飲むと枕に突っ伏した。
なんで触ってしまったのだろう?
そう後悔しても遅い。
ジンジンと熱を持ち始めるそれに気づかない様に頭を振りながら収まるのをただひたすら待つのだった。
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