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執着旦那と愛の子作り&子育て編
小さな冒険者。②
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日が傾いたころガリオンが帰ったと言う知らせに漸く安心できた。
きりの良いところまで仕事を仕上げるとガリオンを執務室に呼んだ。
しばらくして現れたガリオンは出発時の元気はない。
予定していた時間よりも大幅に遅れて午後の勉強はできなかったが、それでも調査は問題ないと途中報告で受けていたのにどうしたのだろう?
「・・・以上です」
「?」
小さい腕の中でびにょーんと伸びた状態で抱きかかえられるヴィスタも心配気に見上げている。
シャリオンは手を広げガリオンを呼ぶ。
「リィン。おいで」
「・・・」
「リィン?」
動かない状態のガリオンに不思議そうにしていると、腕の中のヴィスタが少し暴れ床に着地してひと鳴きする。
「にゃーん(今日のところは食事が美味かった。次行く時も我を連れて行け)」
「食事??」
「にゃーん(シチューだ)」
「シチュー?・・・いや、そう言うことじゃなくてね」
ヴィスタは欠伸をして伸びた後、ドラゴンの幼体になるとパタパタと飛んでいく。
なんでも小さい体は疲れるのだそうだ。
だったら今も小さい体なのによくわからない。
ガリオンの隣のフォルクハルトの視線が最後までガリオンを気にしていたが、礼を言って下がらさせる。
そして、ガリオンの前に行くとしゃがみ込み覗き込んだ。
エメラルドの瞳がキラキラと輝き、頬も真っ赤だ。
シャリオンはガリオンを抱き寄せて立ち上がる。
重みは一瞬感じたが直ぐに浮いてしまっているようだ。
そんなガリオンを連れてソファーに掛けた。
「リィン。魔法を解いて」
「・・・?」
シャリオンの願いを聞いて解いてくれるガリオンをぎゅうっと抱きしめた。
「わ。・・・大きくなったなぁ」
背中を優しく撫でてやると、シャリオンの胸に顔押し付けた。
「で、そんな顔をしてどうしたの?」
「・・・」
言いたがらないガリオン。
「外で嫌なことあった?」
「・・・」
「されてしまった?」
「っそれは、ありません」
「それなら何故そんな泣きそうな顔をしているの?」
「っ」
いつかは本当に巣立ってしまう子供達。
2人の成熟の速さは、1日ごとに増していく。
弱みを見せてくれる間だけは甘やかしてしまいたくなるのはダメだろうが、普段頑張っている2人にはこれくらいしてあげたい。
「っ・・・ヴィスタの邪魔を、してしまいました」
「?」
ひっくひっくと嗚咽を漏らしはじめるガリオン。
「邪魔・・・?リィンが?逆じゃなくて??」
ガリオンの様子を考えても、ヴィスタが邪魔する事はあっても逆はなさそうに思う。
驚いたように言うも泣いてたガリオンもおかしそうに笑って顔を上げた。
やっと笑ったと思ったのだが、すぐにくしゃり顔をゆがませてまたホロリと涙か出てきた。
「ぅー」
やる気をみなぎらせて出て行ったのに失敗をしてしまい、悔しくて仕方がないのだろう。
落ち着くように撫でてやる。
「気配を見つけたと報告してくれたけど、他に何かあったの?」
「聞いてないのですか・・・?」
「リィンが何を感じたのか知りたいんだ」
本人からもウルフ家からの報告も受けている。
その上で問題は感じなかった。
なのに何故そんなに気に病んでいるのか。
「・・・街でヴィスタは魔物を見つけてました。
多分、僕達に教えてくれた数よりもずっとたくさん」
「!?」
街にそんな数がいたと言うことに驚いてしまう。
もともと貴族街にいるだろうと思っていたのに、城下街でもその匂いを察知するとは。
魔物は街には入れないはずなのに
どう言うことなのだろう。
ハイシアではしないと言うのも気になった。
「街中で見つけるたびにそっちに行くのに、止まって。
単純に見失っていたんだと思ってました・・・。
けど、・・・僕がいたから行けなかったんです」
「リィン・・・」
美しい瞳が再びうるみ始める。
「僕は自分で自分の事守れるのに、ヴィスタは僕のそばを離れなかった。それに気づいたら行かせたのに」
責任感が強く悔しがるガリオン。
自分で追いかけると言わないのは褒めてやりたいが、ヴィスタと離れるのはダメだ。
「今日の行動で間違っていないよ」
「・・・」
「もし、ヴィスタを1人(?)でいかせたり、リィンが追いかけて行ったなら、次の調査は行かせられない」
「!」
「気付いた後もちゃんと戻ってきて偉い。
・・・ううん。ありがとう。ガリオン」
「・・・ちちうえ?」
「無事帰ってきてくれたから」
ぎゅうっと抱きしめる。
「無理したら駄目」
「父上。でも僕は」
「駄目」
「・・・」
強く拒否を見せるとショックを見せるガリオンにハッとした。
だが、王都の結界を潜り込んで入ってくるような魔物。
そんな得体の知れないものにガリオンを近寄らせたくないのだが、ヴィスタを単独で王都で行動させるのは国から許可がでなかった。
だったらハイシアはこの件から手を引けば良いが、王家にアシュリーがいる。
王太子の養子になったからとは言え、娘のいる都の不穏な空気を見逃せなかった。
それは、ガリウスも同じようでシャリオンよりも素早く適所への橋渡しをしてくれた。
しょんぼりとしてるガリオンを覗き込んだ。
「まだ相手がどんな目的かわからないでしょう?」
「父上。ですが、ヴィスタは異例です。
父様の師匠の所の魔物は強かったですが、話はできませんでした。あれが普通なんです」
なんて正論を返されてしまった。
「現状で王都に魔物が氾濫しているという話はない」
「でも明日には氾濫するかも知れません」
その可能性は解っている。
だが、その調査をガリオンがやらなくても良いではないかと親故に思ってしまうのだ。
なんて説得しようと思っていると、唐突にガリオンがハッとしてシャリオンをジッと見てきて謝罪を口にするではないか。
「!・・・、・・・申し訳ありません」
「・・・?・・・どうかした?」
シャリオンの気持ちを察してくれたにしては様子が違い、尋ねれば慌てて教えてくれた。
なんでもガリウスが思考共有で教えてくれたそうだ。
シャリオンは子供達とつなげていないが、ガリウスと子供達はつなげているとのこと。
ガリオンの行動の理由には理解が出来たが自分だけ繋がっていないのが、さみしくも感じながらも納得してくれたのは安心した。
「ごめんなさい・・・、父上。・・・あの、・・・僕」
「うん。解ってくれたなら良いよ」
「僕、またヴィーと一緒に探しに行っても良いですか?」
シャリオンに許しを請う言葉に戸惑った。
けれど必死に願う姿や先ほどのショックを受けた姿は自分の幼い頃を思い出させた。
ガリオンがこんな風に言ってくるのはガリウスが言ったのもあるだろう。
眉間に皺を寄せたまま、少し言い淀んだ。
「・・・、・・・それは・・・もう少し待って欲しい」
「!・・・、」
断られるとは思っていなかったであろうガリオンに、シャリオンも困ったように眉を下げた。
「こうなってしまっては一度父上・・・、宰相閣下だけでなく、陛下にもご報告しなければならない。
ご存知であるとは思うが、ハイシアの者として報告の義務がある。
それは解るね?」
「・・・、はい」
「ガリオンの言う通り、明日にも街中に魔物が現れるという事態であれば、ハイシアから正式に報告が無ければ怠慢になってしまう」
「・・・、はい」
「魔物の気配が感じ取れるのはヴィスタだけ。
そのヴィスタのいう事を聞かせられるのはガリオンだけなのだから。・・・きっと悪い方向には話は行かないはずだよ」
「・・・」
危ないからと遠ざけられるのが嫌なのは良くわかる。
不安気なガリオンを撫でた。
「父様に今からハイシアの者が伺うと伝えてくれるかな」
「はい」
「そしたらリィンも正装に着替えて。陛下にお会いするよ」
「!はいっ」
残されないとわかったガリオンは嬉しそうに返事をするのに、フッと笑みを浮かべるのだった。
★★★
急遽登城した事に城の者が騒然としている。
2日に一度くらいのペースで登城しているのにも関わらず、空気の違いに疑問を抱きつつ陛下の執務室に向かう。
そこには宰相であるレオンとガリウスもいることは、事前にガリウスに知らされている。
部屋に入ると陛下とルークのほかにライガーとアンジェリーン、防衛大臣であるヴァルデマル・チージョヴァー達が集まっていた。
皆は簡単に話を聞いたようで、厳しい表情を浮かべている。
「本日はお忙しい中お時間いただきありがとうございます」
「忙しいのにご苦労。・・・それよりも知らせの件を詳しく説明を」
ブルーノの表情が厳しい表情をしている。
それはそうだろう。
説明をしようとしたところをヴァルデマルが止めた。
「陛下。お待ちください。発言をよろしいでしょうか」
「・・・うむ」
「公爵。子煩悩をしっかりと受けついでいるようだがこの場に1歳になり立ての子供を連れてくるのは相応しくないのではないか?
王女殿下と同様、雄弁に話すと聞いて居るが」
「今回の要であります。故に連れてまいりました」
ヴァルデマルは城下街でガリオンが操作していることを知らなかったのだろう。
「ヴァルデマルよ。・・・今回の件を察知できるものの舵を取れるのが、ガリオンなのだ」
その言葉に眉を顰め視線で解りやすく説明しろと、視線でレオンを見る。
「王都内で魔物の気配を感じ取っているのは、かつてこの王都に恐怖で包んだ大型魔物なのです」
「!・・・あの神獣がか」
「ヴァルデマル。アレは神獣ではない」
レオンがそう言うとヴァルデマルは眉を顰めた。
「それは屁理屈というものだ」
「そもそも神獣と定めたのは人間だそうで、当人は迷惑だそうだ」
「・・・お前達。話が進まないから喧嘩はよせ」
レオンとヴァルデマルの言い合いにブルーノが呆れた様にしつつも止めた。
ガリウスもヴァルデマルの側近であるクロードも慣れた様子で止めもしなかった。
「シャ・・・んんっ・・・ハイシア公爵よ。
ガリオンがその魔物を操れるとして、・・・本当に王都に魔物がいると言うのか」
「事実なのか調べているところです。
調査し何もなければいい話ですが・・・。
・・・。
ヴィスタは自身で王都の結界を開けて閉じることができます。
そう言った高度な事を出来る魔物がいるという事を意味していると考えます。
察知を出来るのはヴィスタのみ。故に・・・息子のガリオンと共に追跡をさせてるのです」
「・・・それで」
「城下街で捜索を始めたようですが、少なくとも一つ以上の気配を感じ取ったと聞いて居ます」
その言葉にブルーノは眉を顰めため息を吐いた。
そして、ガリオンへ視線を向けた。
「それは事実なのか?・・・一緒に歩いて可笑しな人間はいなかったか」
シャリオンは予めガリオンに尋ねられる事を話しており、その一つの質問がきて答えるように視線を向けるとガリオンはコクリと頷いた。
「可笑しなと言ったら、私達の方が街の人間からしたら不審者でしょう。
街中を調査する際ヴィスタは何度か何かを感じ取ったようです。
特にとある宿屋の利用者が歩いてきたときに匂いを感じ取っていました。
恐らく魔物と接触出来る立ち位置の人間なのだと思います」
すらすらと答えるガリオンにヴァルデマルも驚いた様にしながらもつづけた。
「接触できる人間というよりも、人型に変身している可能性もあるのではないか」
その言葉に皆は黙る。
ヴァルデマルは見たことがないが、ヴィスタの存在を知っている者は皆そう思うのも当然だった。
ヴィスタは結界も開けて閉じることも出来、人型似もなれる存在。
こんな時にブルーリアのサファイアが『以前はこの辺にも意思疎通が出来る魔物と民がこの辺りにいたのです』と言う話を思い出してしまった。
誰も発さないでいるとレオンがブルーノの方を見る。
「どちらにせよ、それが事実か確かめる必要があります」
「だから」
「ヴァルデマルよ。ハイシアに大型魔物が現れた時、アレを止めたのは誰だ」
「セレドニオ・メサだろう。・・・今それが関係あるのか?」
セレスの昔の名前を言うヴァルデマルだが、レオンの意図に腹立たしそうに答えた。
「あるから言っているに決まっているだろう。セレドニオ・・・いや。今はセレスだな。
セレスは高速で逃げるドラゴンを追いかける手段があった。
つまりは察知することが出来るという事だ」
「!!」
ヴァルデマルの視線が思わずガリウスに向かった。
ガリウスが黒魔術師であったことを知っているのは少数である。
それを知っているようなそぶりに少し驚いていると、ガリウスは首を横に振った。
「残念ながら私は使えません」
「セレスはどうしたのだ」
「休暇兼調査です」
「(え?)」
聞かされていなかった言葉にガリウスを見ればコクリと頷いた。
「随分いないと聞いているが呼び寄せられないのか」
「まだ調査中のようです。
ですが使える人間は他にも心当たりはありますし、もうそのように連絡をとっています。
ただ、あの方は何かに集中するとこちら側と遮断するのですよ」
その状態になってヴィンフリートの棲家に行っても意味がない。
むしろ下手に無理やり呼ぼうものなら反撃を喰らうだろう。
もう既に当てがあり動いてると知ると、ヴァルデマルはうなづいた。
「・・・だろうな」
「ついでなのでやり方を覚えてきますよ」
「魔女には声を掛けなくて良いのか」
魔女ジャンナ。
以前ヴァルデマルの紹介であった事のある黒魔術師だ。
「『大魔法使い』のヴィンフリート様がご存知なければ尋ねます」
「ことは悠長に過ごしている間は無いと思うが」
「お気持ちは解りますが、ジャンナ・・・『黒魔術師』は我らとは違う理で生きています」
「アルアディアに魔物が溢れたならばそうもいっていられないだろう!」
ヴァルデマルが熱くなるのは執務に真面目であるのは解る。
だがガリウスは冷静に返した。
「『大魔法使い』も『黒魔術師』にとって国は関係ないですし、誰が死のうが生きようが関係ないのです。
我らと同じ言語を話せていても別の生物であることを忘れないで下さい」
セレスやガリウスの存在で忘れがちであるが、黒魔術師というのは本来自由な生き物だ。
国境は関係なくどこにも所属しない彼ら。
彼らからしたらセレスやガリウスの方が異質なのだ。
そのセレスは造られ洗脳された存在で、ガリウスは身を守るために封じていた。だから違うのも当然だ。
そう言われたヴァルデマルも思い出したのか、息を飲んだ後小さくため息を吐いた。
「レオンよ」
「私からもヴィンフリート様にはお願いしておきますよ。
お礼はいつもので良いでしょう」
「頼んだぞ」
話がまとまりつつある中でシャリオンはブルーノにこちらの動きを伝える。
「今後もハイシアでは調査を続けます」
「うむ」
「公爵。その調査にうちの者を付けても良いか」
「構いません」
ヴァルデマルは側近にそれを伝え指示を入れた。
ますます大事になっていく。
だがどうか勘違いであって欲しいと思うのだった。
★★★
執務室を出て歩いているとルークとアンジェリーンに引き留められ、部屋に来るようにと言われる。
そんなような気はしていたのだ。
だが、まずは宰相室に顔を出してすでに知っているが、自ら報告を行なった。
レオンは難しい表情をしていたが、ガリウスは『安心してください。必ず方法は得てきます』と言ってくれた。
無理しすぎないで欲しいと思いながらも頼んで出ていた。
用事を済ませてルーク達の部屋に向かう途中だった。
抱き上げることはなく、魔法で立ち歩いているガリオンに合わせて歩いていると声を掛けられた。
「シャリオン様」
その声に、ぞわりと鳥肌が立つ。
出来ればもう会いたくないと思っていた人物。
知らぬ顔で去ってしまいたかったのだが。
呼ばれた方に視線を向けるとそこにはメイド姿のエリザベトがいる。
何故ここに彼女がいるのか。
あの件以来、外されたと聞いて居たのだが。
ゆっくりとこちらに歩んでくるエリザベトに思わず足を一歩引かせつつ、ガリオンの前に立つ。
情けないが先日の事で、歳下の女性だがエリザベトに恐怖心があり、これが精いっぱいだった。
「っ」
「こんにちは。シャ」
「下がれ」
サッと腕を差し出し遮ったのはゾルだ。
ジロリと睨みシャリオンを守ってくれる。
「自分が今は使用人である自覚はるのか」
「・・・」
それはとてつもなく冷たい眼差しであり、思わず息を飲んだ。
他人を見下人間であり、使用人であるゾルに注意された事に腹が立っているのだろう。
元々貴族である彼女は我慢できなさそうだが、ゾルはつづけた。
「そもそも今は勤務中ではないのか。
何故こんなところに居る。これはメイド長に報告させてもらう」
「・・・」
いつもだったらゾルをいさめるところだが、先日の出来事を思い出すとエリザベトを王城から遠ざけたかった。
あの時は変装をし女性として振る舞っていたのだが、同一人物だとバレることもから以上の接触も怖い。
おもわずガリオンを抱き上げると、緊張した気配が流れ不安を感じた瞬間、シャリオンの腕からガリオンが抱き上げられた。
「!・・・ガリウス!」
「殿下のお部屋には私も参りましょう」
「でもっ・・・ううん、お願い」
ゾルも肩越しに視線をよこしてくるのが、そうしろと言われているように感じた。
それ程緊急事態という事なのだろうか。
コクリとうなづくとガリウスはニコリと微笑んだ。
そして、スッとエリザベトの方に視線を向けた。
「こちらのエリアは貴女には関係のない場所です。
なぜこちらに?休憩時間といえど関係のない区画には立ち入らないように言われているはずです。
・・・あまり度が過ぎる行動をなさっているなら侯爵へお話せねばなりませんよ」
ガリウスの脅しの言葉に返答はなく、とても歳下とは思えない程冷たい睨視を向けた後、踵を返し引き下がっていくエリザベト。
家に直接なんて大事になるわけだが、一応気にするだろう。
「無事ですか?」
「・・・うん。でも今のは・・・」
「語気が強かったですね。気をつけます」
「ごめんね。助けてもらったのに」
「いいえ。貴方の立場を考えていない発言でした。
こちらは私の最優先が何かわかってらっしゃいますから大丈夫です。
それよりも殿下たちとのお話は断りますか」
「ううん。・・・ガリィが来てくれたから大丈夫」
「無理はしないでくださいね」
「うん」
ルークの部屋に向かうとルークとアンジェリーンが厳しい表情でこちらを見てくる。
シャリオン達が何かしたと言うわけではないが、先程のことだろう。
その視線はシャリオンからガリウスへ向かう。
「本当に魔物の気配が分かるようなるのか」
いつものお気楽な様子はないルーク。
確かに結界の中に魔物は入らないという常識が覆る事になり、困惑するのはわかる。
「魔の物と書いて魔物ですからね。
魔力を察知できればそれなりになると思います」
「ならなぜ今わからないのです」
「それを含めてご指導頂くのですよ。
大魔法使いに。私は魔力を封印しておりましたし、いわば若輩者です。彼らから見たら魔力が高く黒魔術師の素質があれど、異端として映るでしょう。
黒魔術師は大抵自分の魔力や素質に気付いた時に人間を捨てます」
「それは何故なんだ」
そう尋ねたルークにやはりルークもシャリオンと同様なのだと思った。他人をなじる事を知らない人間。
高い魔力褒められて憧れられてもマイナスなことなど起きるはずが無いと思っているのだが。
ガリウスは腕の中のガリオンを人撫でする。
「人は強大な力を前に怯えるものです」
「すまない。それはどう言う意味なんだ?」
「そのままの意味ですよ。人間でありたくないと思う人生を歩む人が殆どです。
高い魔力の子供は」
「ガリウス!」
「・・・失礼致しました」
「っ・・・ごめん、その」
「今は相応しくないタイミングでした」
いつまでも隠しておけることではないだろう。
だが、まだ聞かせたい内容ではない。
その様子に2人は察してくれたようだ。
それからライガーがアシュリーを引き連れてやってきた。
扉が開かれ時にはお行儀の良いアシュリーだったが扉がとじて、ライガーが頷いたのと同時にふわりと浮き上がるとシャリオンの胸に飛び込んできた。
そんな様子のアシュリーを撫でると嬉しそうに頬を寄せてくる。その額にチュッと口付ける。
今までは膝の上で正面でのせていたが、アシュリーは女の子。
横抱きにしてスカートの皺を直してやると嬉しそうに微笑む。
「部屋に入ってきた時は素敵なレディだったのに」
クスクスと笑うとハッとするアシュリー。
「そんな愛らしい顔僕達以外に見せてはダメだよ?」
「見せません!」
「とう・・・ガリウスにも挨拶しておいで」
「はい!」
フワリと浮き上がるとガリウスにしがみ付いた。
その小さな体をガリウスは易々と抱き上げる。右腕にはガリオン。左腕にはアシュリーだ。
その光景を見ると嬉しくなってしまい、先ほどの暗い気持ちは消え去り幸せに満たされる。
「ガリウスが『父様』なのは変わらない事実なのだから、気にしなくて良いんじゃないか?」
「ね。言ってるのに真面目だよね。リオは」
「そこが良いところです」
そんな事を言い合っているのをよそに、子供達はガリウスの腕の中で喧嘩し始める。
「リィン、ずっとお城の中を父様の腕の中にいたのですか?!」
「え?あ、うん」
「ずるいっ・・・ではなく、ハイシア家の次期当主としてそんなことでは駄目です!」
「!ごめんなさいっ」
「シュリィ。仕方がないのです。
サボり魔が出てしまいまして、父上に色目を使っていたので見せつけてやったのですよ」
「あの者達ですか。・・・いそうのこと父上が近寄るところは結界を張ったらいかがです」
「王城ともなるとそうにできないのですよ」
「・・・そうですか」
悔しそうに呟くアシュリー。
言ってることも併せて遠慮なくそう言うところがガリウスそっくりだ。
アシュリーの指摘に気付いたガリオンは反省を見せるとガリウスがそれをフォローする。
それにしても『サボり魔』で通じてしまうのかと苦笑する。
「サボり魔?」
「ヴレットブラードの娘です」
ガリウスがそう答えるとアンジェリーンは露骨に眉を顰めた。
「どうかした?」
「・・・いいえ」
「除斥出来ないのかって散々言い合ったあとなの~」
深いため息をつくルーク。
ライガーは2人を宥めつつ苦笑する。
「一応侯爵だからね。下手に除斥にしてロザリア達に被害が行っても困るんだ。
もちろんアシュリー達が見てきてくれた情報に疑いはないのだけど、でもそうすると情報の出元を問い詰められても困る」
「そうなんだよね」
そう言いながらため息をつくと、アンジェリーンがキリキリと眉を吊り上げる。
「貴方。・・・リジェネ・フローラルに潜入した時に何かあったのですか?」
「っごほっごふっ」
「ちょっ!殿下!!!汚い!!!」
「ごふっちょっ・・・は?、潜、入?!誰が!?」
「そんなのリオしかいないだろう」
お茶を飲もうとして気管に入ったのか咳き込むルーク。ギッとこちらを睨んできたが、言っても無駄だと言うかのように、ガリウスに視線を向けた。
「なんか、ライより過保護になったよね。
というか、ライ言ってなかったんだ?」
「こうなるのがわかってたから。
ガリウスがいれば緊急事態でも必ず連れ戻してくれるし、リオの願いも叶えるんだから見てれば良いんだ」
「兄上が・・・楽観的になってる」
ジト目で見てルークにクスクスと笑った。
ひとしきり笑った後、一息つくと真面目面持ちになる。
「それでここに来るまでにな何があったんだ?」
真っ直ぐこちらを見てくるライガーのめは真剣そのものだ。
でも心配掛けたくなくて黙ってしまう。
皆んなの前だと言うのに、肩を抱き寄せてくるガリオン。
子供達もシャリオンの不安な気配にを感じ取ったようで2人が飛び込んでくる先ほどは堂々としていたのにか細い声でシャリオンを見上げるアシュリーは「ちちうぇ」と不安気だ。
そんなアシュリーをガリオンは撫でなが、シャリオンと交互に見た。
2人の額にちゅっと口付けた途端不安気な表情はなくなり笑顔になる。
「ガリウス。自分もして欲しいとか思ってるでしょ。
俺らがいて残念だね~」
「子供じゃないんだからやめないか」
そう揶揄うルークにガリウスはチラリと視線をやった後、シャリオンと同じように子供達もに口付けた後、シャリオンの頬にチュッと口付けた。
「殿下の前であろうがなんだろうがしますが?」
「がっガリィ!」
「寧ろ貴方達の前だから出来ますよ。
こんな可愛いシャリオンは他では見せられません」
「嫌がらせとは本当に性格が悪い」
「違うよ。アンジェ。成長・・・いや。
丸くなったと言うべきか。昔ならそんなのも見せなかった」
そう言うライガーに眉を顰めるアンジェリーン。
「さて。ご機嫌が治ったところ悪いけれど詳しく教えてくれ」
そういうルークはお喋りの雰囲気がなりを潜め、真剣な眼差しになるのだった。
きりの良いところまで仕事を仕上げるとガリオンを執務室に呼んだ。
しばらくして現れたガリオンは出発時の元気はない。
予定していた時間よりも大幅に遅れて午後の勉強はできなかったが、それでも調査は問題ないと途中報告で受けていたのにどうしたのだろう?
「・・・以上です」
「?」
小さい腕の中でびにょーんと伸びた状態で抱きかかえられるヴィスタも心配気に見上げている。
シャリオンは手を広げガリオンを呼ぶ。
「リィン。おいで」
「・・・」
「リィン?」
動かない状態のガリオンに不思議そうにしていると、腕の中のヴィスタが少し暴れ床に着地してひと鳴きする。
「にゃーん(今日のところは食事が美味かった。次行く時も我を連れて行け)」
「食事??」
「にゃーん(シチューだ)」
「シチュー?・・・いや、そう言うことじゃなくてね」
ヴィスタは欠伸をして伸びた後、ドラゴンの幼体になるとパタパタと飛んでいく。
なんでも小さい体は疲れるのだそうだ。
だったら今も小さい体なのによくわからない。
ガリオンの隣のフォルクハルトの視線が最後までガリオンを気にしていたが、礼を言って下がらさせる。
そして、ガリオンの前に行くとしゃがみ込み覗き込んだ。
エメラルドの瞳がキラキラと輝き、頬も真っ赤だ。
シャリオンはガリオンを抱き寄せて立ち上がる。
重みは一瞬感じたが直ぐに浮いてしまっているようだ。
そんなガリオンを連れてソファーに掛けた。
「リィン。魔法を解いて」
「・・・?」
シャリオンの願いを聞いて解いてくれるガリオンをぎゅうっと抱きしめた。
「わ。・・・大きくなったなぁ」
背中を優しく撫でてやると、シャリオンの胸に顔押し付けた。
「で、そんな顔をしてどうしたの?」
「・・・」
言いたがらないガリオン。
「外で嫌なことあった?」
「・・・」
「されてしまった?」
「っそれは、ありません」
「それなら何故そんな泣きそうな顔をしているの?」
「っ」
いつかは本当に巣立ってしまう子供達。
2人の成熟の速さは、1日ごとに増していく。
弱みを見せてくれる間だけは甘やかしてしまいたくなるのはダメだろうが、普段頑張っている2人にはこれくらいしてあげたい。
「っ・・・ヴィスタの邪魔を、してしまいました」
「?」
ひっくひっくと嗚咽を漏らしはじめるガリオン。
「邪魔・・・?リィンが?逆じゃなくて??」
ガリオンの様子を考えても、ヴィスタが邪魔する事はあっても逆はなさそうに思う。
驚いたように言うも泣いてたガリオンもおかしそうに笑って顔を上げた。
やっと笑ったと思ったのだが、すぐにくしゃり顔をゆがませてまたホロリと涙か出てきた。
「ぅー」
やる気をみなぎらせて出て行ったのに失敗をしてしまい、悔しくて仕方がないのだろう。
落ち着くように撫でてやる。
「気配を見つけたと報告してくれたけど、他に何かあったの?」
「聞いてないのですか・・・?」
「リィンが何を感じたのか知りたいんだ」
本人からもウルフ家からの報告も受けている。
その上で問題は感じなかった。
なのに何故そんなに気に病んでいるのか。
「・・・街でヴィスタは魔物を見つけてました。
多分、僕達に教えてくれた数よりもずっとたくさん」
「!?」
街にそんな数がいたと言うことに驚いてしまう。
もともと貴族街にいるだろうと思っていたのに、城下街でもその匂いを察知するとは。
魔物は街には入れないはずなのに
どう言うことなのだろう。
ハイシアではしないと言うのも気になった。
「街中で見つけるたびにそっちに行くのに、止まって。
単純に見失っていたんだと思ってました・・・。
けど、・・・僕がいたから行けなかったんです」
「リィン・・・」
美しい瞳が再びうるみ始める。
「僕は自分で自分の事守れるのに、ヴィスタは僕のそばを離れなかった。それに気づいたら行かせたのに」
責任感が強く悔しがるガリオン。
自分で追いかけると言わないのは褒めてやりたいが、ヴィスタと離れるのはダメだ。
「今日の行動で間違っていないよ」
「・・・」
「もし、ヴィスタを1人(?)でいかせたり、リィンが追いかけて行ったなら、次の調査は行かせられない」
「!」
「気付いた後もちゃんと戻ってきて偉い。
・・・ううん。ありがとう。ガリオン」
「・・・ちちうえ?」
「無事帰ってきてくれたから」
ぎゅうっと抱きしめる。
「無理したら駄目」
「父上。でも僕は」
「駄目」
「・・・」
強く拒否を見せるとショックを見せるガリオンにハッとした。
だが、王都の結界を潜り込んで入ってくるような魔物。
そんな得体の知れないものにガリオンを近寄らせたくないのだが、ヴィスタを単独で王都で行動させるのは国から許可がでなかった。
だったらハイシアはこの件から手を引けば良いが、王家にアシュリーがいる。
王太子の養子になったからとは言え、娘のいる都の不穏な空気を見逃せなかった。
それは、ガリウスも同じようでシャリオンよりも素早く適所への橋渡しをしてくれた。
しょんぼりとしてるガリオンを覗き込んだ。
「まだ相手がどんな目的かわからないでしょう?」
「父上。ですが、ヴィスタは異例です。
父様の師匠の所の魔物は強かったですが、話はできませんでした。あれが普通なんです」
なんて正論を返されてしまった。
「現状で王都に魔物が氾濫しているという話はない」
「でも明日には氾濫するかも知れません」
その可能性は解っている。
だが、その調査をガリオンがやらなくても良いではないかと親故に思ってしまうのだ。
なんて説得しようと思っていると、唐突にガリオンがハッとしてシャリオンをジッと見てきて謝罪を口にするではないか。
「!・・・、・・・申し訳ありません」
「・・・?・・・どうかした?」
シャリオンの気持ちを察してくれたにしては様子が違い、尋ねれば慌てて教えてくれた。
なんでもガリウスが思考共有で教えてくれたそうだ。
シャリオンは子供達とつなげていないが、ガリウスと子供達はつなげているとのこと。
ガリオンの行動の理由には理解が出来たが自分だけ繋がっていないのが、さみしくも感じながらも納得してくれたのは安心した。
「ごめんなさい・・・、父上。・・・あの、・・・僕」
「うん。解ってくれたなら良いよ」
「僕、またヴィーと一緒に探しに行っても良いですか?」
シャリオンに許しを請う言葉に戸惑った。
けれど必死に願う姿や先ほどのショックを受けた姿は自分の幼い頃を思い出させた。
ガリオンがこんな風に言ってくるのはガリウスが言ったのもあるだろう。
眉間に皺を寄せたまま、少し言い淀んだ。
「・・・、・・・それは・・・もう少し待って欲しい」
「!・・・、」
断られるとは思っていなかったであろうガリオンに、シャリオンも困ったように眉を下げた。
「こうなってしまっては一度父上・・・、宰相閣下だけでなく、陛下にもご報告しなければならない。
ご存知であるとは思うが、ハイシアの者として報告の義務がある。
それは解るね?」
「・・・、はい」
「ガリオンの言う通り、明日にも街中に魔物が現れるという事態であれば、ハイシアから正式に報告が無ければ怠慢になってしまう」
「・・・、はい」
「魔物の気配が感じ取れるのはヴィスタだけ。
そのヴィスタのいう事を聞かせられるのはガリオンだけなのだから。・・・きっと悪い方向には話は行かないはずだよ」
「・・・」
危ないからと遠ざけられるのが嫌なのは良くわかる。
不安気なガリオンを撫でた。
「父様に今からハイシアの者が伺うと伝えてくれるかな」
「はい」
「そしたらリィンも正装に着替えて。陛下にお会いするよ」
「!はいっ」
残されないとわかったガリオンは嬉しそうに返事をするのに、フッと笑みを浮かべるのだった。
★★★
急遽登城した事に城の者が騒然としている。
2日に一度くらいのペースで登城しているのにも関わらず、空気の違いに疑問を抱きつつ陛下の執務室に向かう。
そこには宰相であるレオンとガリウスもいることは、事前にガリウスに知らされている。
部屋に入ると陛下とルークのほかにライガーとアンジェリーン、防衛大臣であるヴァルデマル・チージョヴァー達が集まっていた。
皆は簡単に話を聞いたようで、厳しい表情を浮かべている。
「本日はお忙しい中お時間いただきありがとうございます」
「忙しいのにご苦労。・・・それよりも知らせの件を詳しく説明を」
ブルーノの表情が厳しい表情をしている。
それはそうだろう。
説明をしようとしたところをヴァルデマルが止めた。
「陛下。お待ちください。発言をよろしいでしょうか」
「・・・うむ」
「公爵。子煩悩をしっかりと受けついでいるようだがこの場に1歳になり立ての子供を連れてくるのは相応しくないのではないか?
王女殿下と同様、雄弁に話すと聞いて居るが」
「今回の要であります。故に連れてまいりました」
ヴァルデマルは城下街でガリオンが操作していることを知らなかったのだろう。
「ヴァルデマルよ。・・・今回の件を察知できるものの舵を取れるのが、ガリオンなのだ」
その言葉に眉を顰め視線で解りやすく説明しろと、視線でレオンを見る。
「王都内で魔物の気配を感じ取っているのは、かつてこの王都に恐怖で包んだ大型魔物なのです」
「!・・・あの神獣がか」
「ヴァルデマル。アレは神獣ではない」
レオンがそう言うとヴァルデマルは眉を顰めた。
「それは屁理屈というものだ」
「そもそも神獣と定めたのは人間だそうで、当人は迷惑だそうだ」
「・・・お前達。話が進まないから喧嘩はよせ」
レオンとヴァルデマルの言い合いにブルーノが呆れた様にしつつも止めた。
ガリウスもヴァルデマルの側近であるクロードも慣れた様子で止めもしなかった。
「シャ・・・んんっ・・・ハイシア公爵よ。
ガリオンがその魔物を操れるとして、・・・本当に王都に魔物がいると言うのか」
「事実なのか調べているところです。
調査し何もなければいい話ですが・・・。
・・・。
ヴィスタは自身で王都の結界を開けて閉じることができます。
そう言った高度な事を出来る魔物がいるという事を意味していると考えます。
察知を出来るのはヴィスタのみ。故に・・・息子のガリオンと共に追跡をさせてるのです」
「・・・それで」
「城下街で捜索を始めたようですが、少なくとも一つ以上の気配を感じ取ったと聞いて居ます」
その言葉にブルーノは眉を顰めため息を吐いた。
そして、ガリオンへ視線を向けた。
「それは事実なのか?・・・一緒に歩いて可笑しな人間はいなかったか」
シャリオンは予めガリオンに尋ねられる事を話しており、その一つの質問がきて答えるように視線を向けるとガリオンはコクリと頷いた。
「可笑しなと言ったら、私達の方が街の人間からしたら不審者でしょう。
街中を調査する際ヴィスタは何度か何かを感じ取ったようです。
特にとある宿屋の利用者が歩いてきたときに匂いを感じ取っていました。
恐らく魔物と接触出来る立ち位置の人間なのだと思います」
すらすらと答えるガリオンにヴァルデマルも驚いた様にしながらもつづけた。
「接触できる人間というよりも、人型に変身している可能性もあるのではないか」
その言葉に皆は黙る。
ヴァルデマルは見たことがないが、ヴィスタの存在を知っている者は皆そう思うのも当然だった。
ヴィスタは結界も開けて閉じることも出来、人型似もなれる存在。
こんな時にブルーリアのサファイアが『以前はこの辺にも意思疎通が出来る魔物と民がこの辺りにいたのです』と言う話を思い出してしまった。
誰も発さないでいるとレオンがブルーノの方を見る。
「どちらにせよ、それが事実か確かめる必要があります」
「だから」
「ヴァルデマルよ。ハイシアに大型魔物が現れた時、アレを止めたのは誰だ」
「セレドニオ・メサだろう。・・・今それが関係あるのか?」
セレスの昔の名前を言うヴァルデマルだが、レオンの意図に腹立たしそうに答えた。
「あるから言っているに決まっているだろう。セレドニオ・・・いや。今はセレスだな。
セレスは高速で逃げるドラゴンを追いかける手段があった。
つまりは察知することが出来るという事だ」
「!!」
ヴァルデマルの視線が思わずガリウスに向かった。
ガリウスが黒魔術師であったことを知っているのは少数である。
それを知っているようなそぶりに少し驚いていると、ガリウスは首を横に振った。
「残念ながら私は使えません」
「セレスはどうしたのだ」
「休暇兼調査です」
「(え?)」
聞かされていなかった言葉にガリウスを見ればコクリと頷いた。
「随分いないと聞いているが呼び寄せられないのか」
「まだ調査中のようです。
ですが使える人間は他にも心当たりはありますし、もうそのように連絡をとっています。
ただ、あの方は何かに集中するとこちら側と遮断するのですよ」
その状態になってヴィンフリートの棲家に行っても意味がない。
むしろ下手に無理やり呼ぼうものなら反撃を喰らうだろう。
もう既に当てがあり動いてると知ると、ヴァルデマルはうなづいた。
「・・・だろうな」
「ついでなのでやり方を覚えてきますよ」
「魔女には声を掛けなくて良いのか」
魔女ジャンナ。
以前ヴァルデマルの紹介であった事のある黒魔術師だ。
「『大魔法使い』のヴィンフリート様がご存知なければ尋ねます」
「ことは悠長に過ごしている間は無いと思うが」
「お気持ちは解りますが、ジャンナ・・・『黒魔術師』は我らとは違う理で生きています」
「アルアディアに魔物が溢れたならばそうもいっていられないだろう!」
ヴァルデマルが熱くなるのは執務に真面目であるのは解る。
だがガリウスは冷静に返した。
「『大魔法使い』も『黒魔術師』にとって国は関係ないですし、誰が死のうが生きようが関係ないのです。
我らと同じ言語を話せていても別の生物であることを忘れないで下さい」
セレスやガリウスの存在で忘れがちであるが、黒魔術師というのは本来自由な生き物だ。
国境は関係なくどこにも所属しない彼ら。
彼らからしたらセレスやガリウスの方が異質なのだ。
そのセレスは造られ洗脳された存在で、ガリウスは身を守るために封じていた。だから違うのも当然だ。
そう言われたヴァルデマルも思い出したのか、息を飲んだ後小さくため息を吐いた。
「レオンよ」
「私からもヴィンフリート様にはお願いしておきますよ。
お礼はいつもので良いでしょう」
「頼んだぞ」
話がまとまりつつある中でシャリオンはブルーノにこちらの動きを伝える。
「今後もハイシアでは調査を続けます」
「うむ」
「公爵。その調査にうちの者を付けても良いか」
「構いません」
ヴァルデマルは側近にそれを伝え指示を入れた。
ますます大事になっていく。
だがどうか勘違いであって欲しいと思うのだった。
★★★
執務室を出て歩いているとルークとアンジェリーンに引き留められ、部屋に来るようにと言われる。
そんなような気はしていたのだ。
だが、まずは宰相室に顔を出してすでに知っているが、自ら報告を行なった。
レオンは難しい表情をしていたが、ガリウスは『安心してください。必ず方法は得てきます』と言ってくれた。
無理しすぎないで欲しいと思いながらも頼んで出ていた。
用事を済ませてルーク達の部屋に向かう途中だった。
抱き上げることはなく、魔法で立ち歩いているガリオンに合わせて歩いていると声を掛けられた。
「シャリオン様」
その声に、ぞわりと鳥肌が立つ。
出来ればもう会いたくないと思っていた人物。
知らぬ顔で去ってしまいたかったのだが。
呼ばれた方に視線を向けるとそこにはメイド姿のエリザベトがいる。
何故ここに彼女がいるのか。
あの件以来、外されたと聞いて居たのだが。
ゆっくりとこちらに歩んでくるエリザベトに思わず足を一歩引かせつつ、ガリオンの前に立つ。
情けないが先日の事で、歳下の女性だがエリザベトに恐怖心があり、これが精いっぱいだった。
「っ」
「こんにちは。シャ」
「下がれ」
サッと腕を差し出し遮ったのはゾルだ。
ジロリと睨みシャリオンを守ってくれる。
「自分が今は使用人である自覚はるのか」
「・・・」
それはとてつもなく冷たい眼差しであり、思わず息を飲んだ。
他人を見下人間であり、使用人であるゾルに注意された事に腹が立っているのだろう。
元々貴族である彼女は我慢できなさそうだが、ゾルはつづけた。
「そもそも今は勤務中ではないのか。
何故こんなところに居る。これはメイド長に報告させてもらう」
「・・・」
いつもだったらゾルをいさめるところだが、先日の出来事を思い出すとエリザベトを王城から遠ざけたかった。
あの時は変装をし女性として振る舞っていたのだが、同一人物だとバレることもから以上の接触も怖い。
おもわずガリオンを抱き上げると、緊張した気配が流れ不安を感じた瞬間、シャリオンの腕からガリオンが抱き上げられた。
「!・・・ガリウス!」
「殿下のお部屋には私も参りましょう」
「でもっ・・・ううん、お願い」
ゾルも肩越しに視線をよこしてくるのが、そうしろと言われているように感じた。
それ程緊急事態という事なのだろうか。
コクリとうなづくとガリウスはニコリと微笑んだ。
そして、スッとエリザベトの方に視線を向けた。
「こちらのエリアは貴女には関係のない場所です。
なぜこちらに?休憩時間といえど関係のない区画には立ち入らないように言われているはずです。
・・・あまり度が過ぎる行動をなさっているなら侯爵へお話せねばなりませんよ」
ガリウスの脅しの言葉に返答はなく、とても歳下とは思えない程冷たい睨視を向けた後、踵を返し引き下がっていくエリザベト。
家に直接なんて大事になるわけだが、一応気にするだろう。
「無事ですか?」
「・・・うん。でも今のは・・・」
「語気が強かったですね。気をつけます」
「ごめんね。助けてもらったのに」
「いいえ。貴方の立場を考えていない発言でした。
こちらは私の最優先が何かわかってらっしゃいますから大丈夫です。
それよりも殿下たちとのお話は断りますか」
「ううん。・・・ガリィが来てくれたから大丈夫」
「無理はしないでくださいね」
「うん」
ルークの部屋に向かうとルークとアンジェリーンが厳しい表情でこちらを見てくる。
シャリオン達が何かしたと言うわけではないが、先程のことだろう。
その視線はシャリオンからガリウスへ向かう。
「本当に魔物の気配が分かるようなるのか」
いつものお気楽な様子はないルーク。
確かに結界の中に魔物は入らないという常識が覆る事になり、困惑するのはわかる。
「魔の物と書いて魔物ですからね。
魔力を察知できればそれなりになると思います」
「ならなぜ今わからないのです」
「それを含めてご指導頂くのですよ。
大魔法使いに。私は魔力を封印しておりましたし、いわば若輩者です。彼らから見たら魔力が高く黒魔術師の素質があれど、異端として映るでしょう。
黒魔術師は大抵自分の魔力や素質に気付いた時に人間を捨てます」
「それは何故なんだ」
そう尋ねたルークにやはりルークもシャリオンと同様なのだと思った。他人をなじる事を知らない人間。
高い魔力褒められて憧れられてもマイナスなことなど起きるはずが無いと思っているのだが。
ガリウスは腕の中のガリオンを人撫でする。
「人は強大な力を前に怯えるものです」
「すまない。それはどう言う意味なんだ?」
「そのままの意味ですよ。人間でありたくないと思う人生を歩む人が殆どです。
高い魔力の子供は」
「ガリウス!」
「・・・失礼致しました」
「っ・・・ごめん、その」
「今は相応しくないタイミングでした」
いつまでも隠しておけることではないだろう。
だが、まだ聞かせたい内容ではない。
その様子に2人は察してくれたようだ。
それからライガーがアシュリーを引き連れてやってきた。
扉が開かれ時にはお行儀の良いアシュリーだったが扉がとじて、ライガーが頷いたのと同時にふわりと浮き上がるとシャリオンの胸に飛び込んできた。
そんな様子のアシュリーを撫でると嬉しそうに頬を寄せてくる。その額にチュッと口付ける。
今までは膝の上で正面でのせていたが、アシュリーは女の子。
横抱きにしてスカートの皺を直してやると嬉しそうに微笑む。
「部屋に入ってきた時は素敵なレディだったのに」
クスクスと笑うとハッとするアシュリー。
「そんな愛らしい顔僕達以外に見せてはダメだよ?」
「見せません!」
「とう・・・ガリウスにも挨拶しておいで」
「はい!」
フワリと浮き上がるとガリウスにしがみ付いた。
その小さな体をガリウスは易々と抱き上げる。右腕にはガリオン。左腕にはアシュリーだ。
その光景を見ると嬉しくなってしまい、先ほどの暗い気持ちは消え去り幸せに満たされる。
「ガリウスが『父様』なのは変わらない事実なのだから、気にしなくて良いんじゃないか?」
「ね。言ってるのに真面目だよね。リオは」
「そこが良いところです」
そんな事を言い合っているのをよそに、子供達はガリウスの腕の中で喧嘩し始める。
「リィン、ずっとお城の中を父様の腕の中にいたのですか?!」
「え?あ、うん」
「ずるいっ・・・ではなく、ハイシア家の次期当主としてそんなことでは駄目です!」
「!ごめんなさいっ」
「シュリィ。仕方がないのです。
サボり魔が出てしまいまして、父上に色目を使っていたので見せつけてやったのですよ」
「あの者達ですか。・・・いそうのこと父上が近寄るところは結界を張ったらいかがです」
「王城ともなるとそうにできないのですよ」
「・・・そうですか」
悔しそうに呟くアシュリー。
言ってることも併せて遠慮なくそう言うところがガリウスそっくりだ。
アシュリーの指摘に気付いたガリオンは反省を見せるとガリウスがそれをフォローする。
それにしても『サボり魔』で通じてしまうのかと苦笑する。
「サボり魔?」
「ヴレットブラードの娘です」
ガリウスがそう答えるとアンジェリーンは露骨に眉を顰めた。
「どうかした?」
「・・・いいえ」
「除斥出来ないのかって散々言い合ったあとなの~」
深いため息をつくルーク。
ライガーは2人を宥めつつ苦笑する。
「一応侯爵だからね。下手に除斥にしてロザリア達に被害が行っても困るんだ。
もちろんアシュリー達が見てきてくれた情報に疑いはないのだけど、でもそうすると情報の出元を問い詰められても困る」
「そうなんだよね」
そう言いながらため息をつくと、アンジェリーンがキリキリと眉を吊り上げる。
「貴方。・・・リジェネ・フローラルに潜入した時に何かあったのですか?」
「っごほっごふっ」
「ちょっ!殿下!!!汚い!!!」
「ごふっちょっ・・・は?、潜、入?!誰が!?」
「そんなのリオしかいないだろう」
お茶を飲もうとして気管に入ったのか咳き込むルーク。ギッとこちらを睨んできたが、言っても無駄だと言うかのように、ガリウスに視線を向けた。
「なんか、ライより過保護になったよね。
というか、ライ言ってなかったんだ?」
「こうなるのがわかってたから。
ガリウスがいれば緊急事態でも必ず連れ戻してくれるし、リオの願いも叶えるんだから見てれば良いんだ」
「兄上が・・・楽観的になってる」
ジト目で見てルークにクスクスと笑った。
ひとしきり笑った後、一息つくと真面目面持ちになる。
「それでここに来るまでにな何があったんだ?」
真っ直ぐこちらを見てくるライガーのめは真剣そのものだ。
でも心配掛けたくなくて黙ってしまう。
皆んなの前だと言うのに、肩を抱き寄せてくるガリオン。
子供達もシャリオンの不安な気配にを感じ取ったようで2人が飛び込んでくる先ほどは堂々としていたのにか細い声でシャリオンを見上げるアシュリーは「ちちうぇ」と不安気だ。
そんなアシュリーをガリオンは撫でなが、シャリオンと交互に見た。
2人の額にちゅっと口付けた途端不安気な表情はなくなり笑顔になる。
「ガリウス。自分もして欲しいとか思ってるでしょ。
俺らがいて残念だね~」
「子供じゃないんだからやめないか」
そう揶揄うルークにガリウスはチラリと視線をやった後、シャリオンと同じように子供達もに口付けた後、シャリオンの頬にチュッと口付けた。
「殿下の前であろうがなんだろうがしますが?」
「がっガリィ!」
「寧ろ貴方達の前だから出来ますよ。
こんな可愛いシャリオンは他では見せられません」
「嫌がらせとは本当に性格が悪い」
「違うよ。アンジェ。成長・・・いや。
丸くなったと言うべきか。昔ならそんなのも見せなかった」
そう言うライガーに眉を顰めるアンジェリーン。
「さて。ご機嫌が治ったところ悪いけれど詳しく教えてくれ」
そういうルークはお喋りの雰囲気がなりを潜め、真剣な眼差しになるのだった。
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