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執着旦那と愛の子作り&子育て編
そんな器用じゃない。
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「ヴィスタ様は既にお戻りです」
無表情に冷たい声でドラゴンを祀る里の長であり、神官長でもあるディアドラはライガーにそう告げた。
その視線は一切ヴィスタを見ようとしない。
「ほう。であれば我は自由にして良い訳だな」
ヴィスタは面白いものを見るようにディアドラをみるが何も答えない。
虹色の瞳がこちらを見てくる。
シャリオンはこの場に前回同様に側近の末席として参加している為、発言権が無い。
ライガーにレオン。
そしてヴィスタを信じて
その様子を見守るしか出来なかった。
☆☆☆
数日前。
アルアディアからカルガリアに立つ際。
子供達には最後までついて行くとごねられたが、今回は遊びでないことや必ずガリウスを連れて2人で帰ってくるからと約束をしてようやくお留守番にする事が出来た。
子供達に甘いシャリオンも、流石に今回は厳しい。
ガリウスが拐われた理由がヴィスタと似ているからというならば、子供達もその対象になりうるからだ。
その為、領地の乳母の元に預けてある。
王都からアルアディア最南端の最南端の領地までは王都と繋がっているゲートを使っためあっという間だ。
ただそこからは、アルアディアとカルガリアの間の空白の地があり、そこを通って南に向かうと、カルガリアに着く。
「以前とは比べ物にならない程早いな。・・・シャリオンには感謝だ」
そういうライガーは感動してる様に呟いた。
「僕がと言うより、シディアリアのディディやセレスのおかげだよ。
それに、交渉したのはガリウスだ」
シャリオンが目を覚ました時にはすでにそのようにガリウスが話を進めていたから、シディアリアから謝罪とジジを助け出した事による謝礼の意味を込めたもので、その見返りがこの素晴らしい技術を貰い受けたのだ。
「その交渉材料にはシャリオンの活躍があると思う」
「僕は攫われただけじゃないか」
例えば何か行動した結果なら素直に受け入れられただろうが、そうではなくて思わず苦笑を返した。
シャリオンはただ逃げていただけ。
むしろ、最終的にはゾルやジジにも助けられた。
皆がハイシア家に、それもバイネームにシャリオンを付けるから忘れがちだが、改めて考えると思った以上に自分は何もしておらず、ライガーに褒められても困ってしまう。
しかし、皆それを謙遜だと受け取るのでどうしたものか。
各地にゲートを開く事ができたのは今意識がないセレスの頑張りのお陰だ。
あれから・・・セレスの治療は続いている。
損傷は見た目通り酷いようで、一日で終わるような簡単なものじゃなかった。
意識が無いと言うのにその表情は苦痛に歪んだまま。
状態異常回復が治したのは瘴気によるものだで痛みには効かないとゾルに言われてしまった。
この状態以上回復で治ってくれれば良いのに。
それでも、シャリオンたちが戻ってくる頃には全ての傷は塞がっているだろうと言われている。
そんなにかかるのかと心配になるが、それでも命が助かって良かった。
シャリオンはそう思いながらライガーの賛辞から話を逸らす。
「ここからは馬車なんだよね」
そう言ってあたりを見回す。
領主に依頼し馬車を準備をしてもらう話だと聞いている。
カルガリア国内に入ったら王都へはどれくらい出いけるのだろうか。
すると、馬車と聞いたヴィスタが閃いた様にこちらを向く。
「シャリオン。一刻も早く向かいたいだろう?我の背に乗るか?」
ヴィスタの背中にのると言うのは、ドラゴンの背中という事だろうか。
何もない状態なら乗ってみたいところだが、ガリウスの事を考えるとそんな気分に離れなかった。
それにここはハイシアでないし、向かう先はアルアディアでもない。
尋ねられたシャリオンが、答えるよりもレオンが答える。
「ヴィスタ様。
申し訳ありませんが、人間界では外国に向かう際予め告知しておく必要があります。
それには移動手段も、含まれており別の手段で向かうとなれば問題が起きうる可能性がありますので、
申し出はありがたいのですが控えさせて頂きます」
「我は人間の理で生きておらん」
「しかし、シャリオンは人間です」
ヴィスタがこちらに視線を寄越したので、シャリオンはこくりと頷いた。
「申し訳ありません」
「つまらんな。・・・その様に謝るならシャリオンよ。馬車では隣に座るが良い」
そう誘うヴィスタに、またもや答えたのはレオンだ。
「ヴィスタのお隣に掛けるなど恐れ多い事です」
「この国には神はいないだろう」
レオンが辞めさせようとそう言ったのだが、ヴィスタはそういうとシャリオンの腕を掴んだ。
咄嗟にレオンに視線を向けて大丈夫だとうなづく。
「ヴィスタ様。王都が近くなる頃には移動させていただきます」
「仕方ないな」
ヴィスタは傲慢ではあるが気を遣えないわけではない。
それに拒否ばかりでは機嫌を損ねでしまう。
この態度は神だから違う次元なのかと思ったが、それよりも圧倒的な他者との接触の無さではないかと思えてきた。
レオンはヴィスタがシャリオンに近づくと、すかさずシャリオンの隣に立ち自分達の様子を伺いにくる。
警戒しヴィスタを警戒しているのだ。
☆☆☆
最初は嫌がっていたヴィスタだったが馬車は初めて乗ったようで、それも楽しんでいる様だ。
「人間は不憫だな。空を飛べないなんて」
思わず子供達がぷかぷかと浮いていることを思い出し苦笑した。
笑ったのは子供達の事だったが、ヴィスタは楽し気に微笑んだ。
「だがこうしてこれに乗るのもなかなか面白い」
「ヴィスタ様は」
「その呼び方はもうなおらないのか?」
「そうですね。今は任務中ですので」
レオンとライガーの警戒度をみると、気を抜くなと言われている気分だ。
ゾルに至ってはもう慣れているのか一度だけ呆れた眼差しで見られたがもういつも通りである。
しかし、ヴィスタは残念そうではあるがすぐに諦めた様だ。
「そうか。ならばガリウスを必ず連れても出さねばならないな」
落ち着いてみると、『本当の愛を見たい』と言うのは恥ずかしくも感じる。
見せようとして見せるものではない。
ガリウスを連れ戻そうとしてくれていると言う事は、本気でそう思ってくれているのではないかと、信じたくなってしまう。
でも、『戻す』とは言うのは、アルアディアに戻ってくることが前提だと言う現われなのだろうか。
そう言いたくなるのを耐え、コクリとうなづいた
「それで?なんなのだ」
大した内容ではない。
馬車に乗ったことがないと言うことに、大事にされていたという話なのに気になっただけだ。
「あ、・・・えぇ。ヴィスタ様はカルガリアでは常に飛行で移動していたのでしょうか」
「いや」
「徒歩でということですか?」
「いや」
「・・・、魔法で?」
神獣というものなので転移魔法を使えても不思議ではない。
そう思ったのだがヴィスタは首を振った。
「そうか。その手があったな。いや。そもそも気を遣う必要などなかったな」
「???」
よくわからなくてシャリオンは答えを求める様にヴィスタを見上げる。
「我があの部屋を飛び出て約10年の時が経つが。
・・・それまではキュリアスから出られなかった」
キュリアスとは地名だ。
ドラゴンを祀る里の民のいる村の名前。
そして『キュリアスのトカゲ』の『キュリアス』はここの事だ。
「それほど強固な魔法で封印されていたという事ですか」
ヴィスタの魔法はセレスを上回る。
そんなヴィスタを抑えつけられるだけの力を有する神官がいるというのか。
しかし、一方でディアドラはセレスよりも魔力が低いと言っていた。
どう言う意味か分からずに困惑した。
まさか、神獣に隷属魔法や洗脳魔法を掛けられるわけではないだろうし、そんなこと信仰している対象にしないだろう。
「いいや。魔法など一切掛けられていない」
「・・・強固な部屋に閉じ込められていたのですか?」
「民の家に比べれば強固と行って良いだろうが。あの程度壊すのは造作もない」
シャリオン達の屋敷を羽ばたきだけで吹っ飛ばせるほどだ。
となると魔法でも物理的でもなくて首を傾げるシャリオン。
「ただ言われていただけだ。産まれてからずっと」
そう言いながら遠い目をする。
「『あの部屋から出てはいけない』『したいことは全て神官に言え』『危ないことはするな』」
『キュリアスのトカゲ』の由来だ。
本当に過保護にされていたらしい。
「それからある日を境に沢山人が見に来ていたのが一切来なくなった。
そしてそれから言われることも新たに増えた。
『もっと威厳のある話し方を』『優雅な振舞いを』『神獣様と我らは別次元の生き物』なのだと。
今となってはその頃はまだ良かった方だが、当時は窮屈さが増えた。
アレが産まれてから余計だ」
「アレ・・・?」
「ディアドラだ」
「・・・、」
「あの娘が産まれ、先代と交代してからは特に酷かたった。
『人型にはなってはなりません』『人と言葉を交わしてはなりません』『人の目を見てはなりません』」
「・・・、」
「言いつけを破れば厳しい罰が与えられた。
食事を与えられないのもざらだ。
・・・今思えば小娘相手に何故いう事を聞いていたのか分からないが。
いや。ディアドラだけではない。
過去の面倒見係達もだ」
「面倒見係?」
「ドラゴン姿で我と意思疎通できるものは数少ないのだぞ?」
その視線はシャリオンの事をさしていて、シャリオン以外の人間は気付いていたが当の本人は気付いていなかった。
「そうなのですね。
・・・それにしても長い間人と話せないと言うのはその間どうしていたのですか?」
「アレとしか話せない。
アレも昔は良かったのだ。・・・我に懐き、可愛らしい笑顔を振りまいていた。
しかし、最後の方は我を見なくなった。
話しかけても何をしても。・・・そこから何かがはじけた」
「・・・」
「アレが言うから願いを叶えていたつもりだったのだがな。
面倒になって壁を壊して外に出た。
飛ぶなんて事うまく出来なかったが、まともに飛べるようになるまで人間達は我を止めようと必死に何かをしていたが痛くもかゆくもなくて、そこで人間の力を知れた」
そう言うと喉でクツクツと笑った。
産まれてからずっと命令してきた人間が弱いと言う事に、ヴィスタはショックだった。
あれほど我慢していたのに、弱き人間にずっと良いようにされていたのだ。
「実に馬鹿らしい。・・・あの退屈の時間は本当に無駄だった」
「・・・追手は」
「来ていたな」
それも構わずに跳ね返せたと言う事なのだろう。
「それからハイシア領に来たのですか」
シャリオンは話しをあからさまに話をそらしてしまった。
親もいない。
唯一の接触である人間は離れて行き、することなすことすべてを否定されるなんて。
こんなに横柄な態度なのに、子供が中身のような理由もわかった気がする。
しかし、これ以上近づいてはいけないと本能で思った。
ヴィスタの話を聞いてガリウスを連れ戻す交渉をしにくくなると、・・・そう思ってしまったのだ。
憐憫を感じてしまえばヴィスタに帰れと言いずらい。
ガリウスも帰してもらうが、ヴィスタは戻さないなんて、カルガリアからしたら神獣を奪ったようにとられる。
一番大切なものは分かっている。
そう自分で決心したはずなのに、話しを逸らした自分の冷酷さに、・・・嫌気がさす。
「どうだろうな。ハイシア領とは人間が決めた線だろう」
「・・・えぇ」
それでも探られたくはなくて努めて声のトーンは同じだが、反応が遅れてしまう。
すると、今度はヴィスタが思い出したように話始めた。
「だが。確かに一つだけ石造りの塀が長らく続いていたがあれが城壁なら、そのあたりで面白いものを拾った」
アルアディアの中で領の境に城壁を持っているのはハイシアだけだ。
他の領は合っても柵や、大きな木や岩で線を引かれている。
特に先ほど発った最南端の領地は、一番最近に出来た領地でアルアディアとカルガリアの間にある空白の土地に造られた。
ハイシアは最南端ではないが形が細長く、ほんの一部の領域がカルガリアと面しているのだが、ヴィスタが言っているのはそこの事だ。
「面白いもの?」
「今にも死にそうな人間だった」
それは何時の事なのだろうか。
その場所にいると言う事は領民だろうか。
いや、どこの人間だって関係ない。
「!・・・、その人間は」
「体力は回復させた。だから生きている」
その言葉にシャリオンはホッとした。
「・・・良かったです」
「どうだろうな」
「どういう意味ですか・・・?」
一命を取り留めたなら良いことだろう。
ヴィスタはそうは思っていないらしく、嫌そうにしながらも笑みを浮かべた。
「我はどうやらその人間の恋人にとてもよく似ているらしい」
ヴィスタに似ていると言う事は・・・ガリウスに似ていると言いうことだ。
「その人間は体力が回復するにつれて、我にその人間になる様に願った。
その願いは次第に大きくなり、口調を改めさせそしてその恋人のように甘やかし常に一緒にいろと」
「それは・・・」
「そんな無駄なことをして何が楽しいのか良くわからなかったが観察をすることにした」
「・・・、」
「一応、あやつも我に見返りはくれた」
「見返り・・・?」
「シャリオンにも願ったことだ」
「それって」
「『愛』だ」
「・・・、」
「しかし、あやつはなにかを勘違いしてな。我にまt」
「不必要なことは仰らないでください」
ヴィスタが『跨り』と言おうとした言葉を理解し、シャリオンの耳にすべてが入る前にゾルが冷たい声色と視線で止める。
それでヴィスタは何かを察したらしい。
一方のシャリオンはその人間がヴィスタに手を上げていないかヒヤヒヤしていた。
なのに途中で止めるゾルに視線を向けて抗議する。
「不必要ではないよ。聞きたい。・・・ヴィスタ様。その人は何をしてきたのですか?」
「お願いをしてきただけだ」
何だか言いごまかされている様な気がするが、ヴィスタは答えようとしなかった。
「我に『完璧なガリウス』になり切るように求め、村から・・・いや。
小屋からでることは許されなくなった」
「・・・その人間は魔術師か何かだったのですか?」
まだ神官達は幼い頃からの教えで逆らえなかったのは分かる。
しかし、その人間は赤の他人のはずだ。
「いや。ただの人間だ。簡単だ。・・・面白そうだったから乗ってみたそれだけだ」
「・・・、」
「だが・・・そうだな。
我のその軽はずみな行動の所為でシャリオンの伴侶であるガリウスはディアドラに捕らえられているのだから、
・・・それは悪かったと思っている。すまなかった」
「・・・、」
シャリオンは返事をしたくなかった。『わかった』なんて言いたくない。
その反動で大人げなくもコクリと頷いた。
これまで孤独だったヴィスタにとっては、その人間は久しぶりの接触で、それで気が向いてしまったのだろうと、頭では思う。
今は『シャリオンが止めて欲しいと言うならしない』と言ってくれているのだ。
深くは追及しては駄目だと思いなおす。
「そう言えばとある貴族の人間に洗脳を掛けていたのだが」
その言葉に馬車内に緊張が走った。
『洗脳』と言うワードは覚えがある。
「少し前までは強引に術を剥がそうとしていたのがなくなったと思ったら、完全に消えたのだが誰が解いたのだ」
「ヴィスタが・・・掛けたの・・・?」
嫌がらせを受けた事もだが、親しくなったミクラーシュの辛そうなところを思い出し声が震えそうになる。
「あぁ。なんだ。シャリオンは知っているのか?」
「・・・知っているから僕に話したんだじゃないのですか」
そう言うと質が悪いことに、いたずらっ子の様にヴィスタは笑みを浮かべた。
神経を逆なでされることだが、彼はその反応すら楽しく感じている様に思えた。
「知っているだろうなとは思ったが。
・・・あれのお陰であの魔術師の魔法が解けたから助かった」
「・・・、」
「継続して洗脳を掛けていた魔力が弾かれ戻ってきたことにより、あの魔術師の掛ける睡眠魔法をはねのけられただけだ」
「!」
つまりシャリオンがミクラーシュの洗脳を解いてしまったために、ヴィスタが睡眠魔法を解けるだけの魔力を持ち跳ね返してしまったのだ。
ふと、あの時のセレスの傷の酷さを思い出して、シャリオンの顔が青くなっていく。
シャリオンの所為でセレスは傷ついたのだ。
「そうか。あれはシャリオンが掛けたのか。助かったぞ」
「っ・・・」
そう満面の笑みを浮かべお礼など言われ息を飲む。
ヴィスタからしたら自由になれたのだから、・・・仕方がない。
シャリオンが気にすることはレオンもライガーも気づかないわけがない。
するとライガーがヴィスタを止めさそうと口を挟んだ。
「ヴィスタ様。・・・ヴィスタ様を捕えていたのはシャリオンの大切な者の1人でもあるのです」
ライガー達もヴィスタが話しをすれば分かる人間・・・いや、神獣だと気づいたのだろう。
そうライガーがそう言うと、シャリオンをじっと見てきて憐れむようにこちらを見てきた。
「そうか・・・それはすまなかった」
「・・・っ・・・いえ。こちらもヴィスタ様の魔力をそぐように指示しておりましたので」
ヴィスタの辛さを見ないふりをしたのに、自分のは強いているなんて傲慢にも感じるが、今のシャリオンは頷くしかできない。
シャリオンもヴィスタもまた知らなかったのだ。
ミクラーシュを助けるために魔法を使ってしまい、セレスを危険な目に合わせた自分はヴィスタを責めることは出来ない。
「ヴィスタ様にその貴族に洗脳をかける様に指示した人物の目的は何ですか」
ライガーの言葉に、ヴィスタはシャリオンをちらりと見る。
「シャリオンが目的だ」
「・・・僕?」
「あぁ」
そう言われてもシャリオンはピントこなかった。
そもそも平民の知り合いなど数少ないのだが、それでもわからなかった。
困惑しているとレオンがシャリオンが考えようとするのを遮るように口を挟んだ。
「その人間の事はこちらで調べて置こう。
シャリオン。わかっていると思うが慎重にな」
「はい」
レオンの視線が心配で染まっているのが分かる。
「それよりその人間は今どこにいるのですか」
「最後に別れたのはあの村だ。小屋に残っていると思うが」
レオンはウルフ家の人間に視線で指示をする。
シャリオンはその間困惑していた。
「それよりも問題はこれからの事だシャリオン」
「ライ・・・うん」
話が急に切り替えられた。
シャリオンが動揺している為だ。
ライガーが急遽そうしたが、ヴィスタは特になにもいわなかった。
☆☆☆
カルガリア王国。
謁見の間に通される。
そこには国王のシオドリックと伴侶のシアドアが居る。
シオドリックは可哀想になるくらい顔面蒼白だ。
簡単にカルガリアの話をレオンから聞いたが、それを考えると気の毒にも感じる。
カルガリアは山に囲まれた内陸地だ。
土地が痩せているわけではないが、外の文化はなかなか入ってこない。
そんな中、キュリアスのドラゴンは唯一国の外から人間が入ってくるきっかけだった。
ここにいるヴィスタ以外の人間が産まれる前の話だが、容易に想像が出来る。
それは昔の話のようだが今でもドラゴン目当てで客が来ているからだ。
外の大陸からカルガリアに行くには、ハドリー領にあるカルガリア専用の船着き場から、ハイシア領やいくつかの領を経由してカルガリアに向かわなければならず、どれだけの人がカルガリアに向かっているかハドリー領で把握できている。
入国される人間は貴族や資金に余裕がある商人が多い。
カルガリアの専用の船着き場と言えど、アルアディアに入国するのに税金を取るし、かつてのハイシアも入領に税金を取っていた。
つまり、カルガリアに行く人間は裕福な人間しか行けない。
それでもドラゴンの為に来る来る彼等は国に潤いをもたらす存在で、管理するキュリアスの者達に、カルガリア政府は強くは物申しづらいのだ。
今回の様に、アルアディアの次期宰相だとしてもだ。
しかし、ライガーはその内情が分かっていたとしてもアルアディアの代表としてその体裁を崩すわけには行かない。
「ガリウス・ハイシアを返還頂きたい」
「っ・・・それは、」
「それともそういう意味で受け取って良いと言う事か」
「違います!」
普段のライガーならこのような発言をしない。
しかし、アルアディアの人間が攫われたのだ。
友好的な態度でなくなるのは当然だ。
彼等もガリウスにそっくりなヴィスタが本物のドラゴンだと気付いているのだろう。
「その・・・しかし、キュリアスの民はすでにドラゴンが帰還したと言っており、こちらの召喚に応じず」
「帰っているか帰っていないか、正直なところ我らはどうでもいい。
誘拐された人物を返還頂きたい。ただそれだけだ」
「っ」
シオドリックは息を飲んだ。
しかし、それ以上は埒が明かずにライガーはつづけた。
「もし返還頂けないとなれば、カルガリアは国で貴族を誘拐する国だと、全世界に訴え掛けるのも辞さない」
アルアディア以外の国ではドラゴンを祀る国は多い。
しかしながら、他国の貴族を攫うような国だとしれれば、カルガリアへの見方も変わるだろう。
特に『貴族』が攫われたとなれば、カルガリアによく足を運ぶ貴族たちは足を遠のかせる可能性がある。
それに、カルガリアの国王はガリウスが誰の伴侶で、どの知り合いがいるかサーベル国で見ているはずだ。
そんな時だった。
「こちらにはアルアディアの貴族など居りません」
音もなく開いた扉の先にいたのは、ディアドラだった。
☆☆☆
一瞬にしてあたりの空気が冷たく冷え込んだ。
ライガーもレオンもその表情とは裏腹に魔力が揺れた。
幸いなことにシャリオンは魔力は気付かないが、空気に緊張が走ったのだけは分かった。
普通の人間、・・・いや魔力がある人間だったら2人の圧力に押されているだろうに、ディアドラは気付いていながらも萎縮することは無かった。
それどころか無表情に冷たい声で言った。
「ヴィスタ様は既にお戻りです」
視界にはヴィスタがいるはずなのに見ようとしない。
その態度に、先ほどのヴィスタの言葉が思い出される。
『視線をあわせぬ』
一つ見えるとすべてが事実なのではないかと思ってしまう。
「ほう。であれば我は自由にして良い訳だな」
ヴィスタは面白いものを見るようにディアドラをみるが何も答えない。
なんでっ・・・反応してくれないの・・・!
固唾をのんで見守る。
ヴィスタが切り札なのに、そんな煽るようなことを言ってしまっては、ガリウスがどうなるかわからなかった。
しかし、・・・。
「ならば好きにさせて貰おう」
信じなければ。
そう思うのだが、踵を返すヴィスタにライガーとレオンが焦ったのが見えると気が気ではなかった。
ヴィスタの明日が一歩ずつ遠のいていくのを聞きながら、ついにシャリオンは叫ぶように止めた。
「っ・・・お待ちください・・・!」
頭では外交に口を出しては駄目だと分かっているのに止められない。
近くにいると言うのに・・・そんな・・・利口になれるわけが無かった。
ドクドクと心臓が脈っているのが自分で聞こえる。
これを逃したら、もうガリウスに会えなくなるのではないかと。
そう思わずにはいられなかった。
ヴィスタを無理やり本人だと強く押せばいいのかもしれない。
けれど、戻りたくないと言っているヴィスタを突き出す気にもなれない。
かと言ってガリウスを置いて行くなど、もっと出来ない。
「・・・っ・・・私の・・・伴侶を・・・お返し下さい」
そうディアドラに訴えることしかできなかった。
無表情に冷たい声でドラゴンを祀る里の長であり、神官長でもあるディアドラはライガーにそう告げた。
その視線は一切ヴィスタを見ようとしない。
「ほう。であれば我は自由にして良い訳だな」
ヴィスタは面白いものを見るようにディアドラをみるが何も答えない。
虹色の瞳がこちらを見てくる。
シャリオンはこの場に前回同様に側近の末席として参加している為、発言権が無い。
ライガーにレオン。
そしてヴィスタを信じて
その様子を見守るしか出来なかった。
☆☆☆
数日前。
アルアディアからカルガリアに立つ際。
子供達には最後までついて行くとごねられたが、今回は遊びでないことや必ずガリウスを連れて2人で帰ってくるからと約束をしてようやくお留守番にする事が出来た。
子供達に甘いシャリオンも、流石に今回は厳しい。
ガリウスが拐われた理由がヴィスタと似ているからというならば、子供達もその対象になりうるからだ。
その為、領地の乳母の元に預けてある。
王都からアルアディア最南端の最南端の領地までは王都と繋がっているゲートを使っためあっという間だ。
ただそこからは、アルアディアとカルガリアの間の空白の地があり、そこを通って南に向かうと、カルガリアに着く。
「以前とは比べ物にならない程早いな。・・・シャリオンには感謝だ」
そういうライガーは感動してる様に呟いた。
「僕がと言うより、シディアリアのディディやセレスのおかげだよ。
それに、交渉したのはガリウスだ」
シャリオンが目を覚ました時にはすでにそのようにガリウスが話を進めていたから、シディアリアから謝罪とジジを助け出した事による謝礼の意味を込めたもので、その見返りがこの素晴らしい技術を貰い受けたのだ。
「その交渉材料にはシャリオンの活躍があると思う」
「僕は攫われただけじゃないか」
例えば何か行動した結果なら素直に受け入れられただろうが、そうではなくて思わず苦笑を返した。
シャリオンはただ逃げていただけ。
むしろ、最終的にはゾルやジジにも助けられた。
皆がハイシア家に、それもバイネームにシャリオンを付けるから忘れがちだが、改めて考えると思った以上に自分は何もしておらず、ライガーに褒められても困ってしまう。
しかし、皆それを謙遜だと受け取るのでどうしたものか。
各地にゲートを開く事ができたのは今意識がないセレスの頑張りのお陰だ。
あれから・・・セレスの治療は続いている。
損傷は見た目通り酷いようで、一日で終わるような簡単なものじゃなかった。
意識が無いと言うのにその表情は苦痛に歪んだまま。
状態異常回復が治したのは瘴気によるものだで痛みには効かないとゾルに言われてしまった。
この状態以上回復で治ってくれれば良いのに。
それでも、シャリオンたちが戻ってくる頃には全ての傷は塞がっているだろうと言われている。
そんなにかかるのかと心配になるが、それでも命が助かって良かった。
シャリオンはそう思いながらライガーの賛辞から話を逸らす。
「ここからは馬車なんだよね」
そう言ってあたりを見回す。
領主に依頼し馬車を準備をしてもらう話だと聞いている。
カルガリア国内に入ったら王都へはどれくらい出いけるのだろうか。
すると、馬車と聞いたヴィスタが閃いた様にこちらを向く。
「シャリオン。一刻も早く向かいたいだろう?我の背に乗るか?」
ヴィスタの背中にのると言うのは、ドラゴンの背中という事だろうか。
何もない状態なら乗ってみたいところだが、ガリウスの事を考えるとそんな気分に離れなかった。
それにここはハイシアでないし、向かう先はアルアディアでもない。
尋ねられたシャリオンが、答えるよりもレオンが答える。
「ヴィスタ様。
申し訳ありませんが、人間界では外国に向かう際予め告知しておく必要があります。
それには移動手段も、含まれており別の手段で向かうとなれば問題が起きうる可能性がありますので、
申し出はありがたいのですが控えさせて頂きます」
「我は人間の理で生きておらん」
「しかし、シャリオンは人間です」
ヴィスタがこちらに視線を寄越したので、シャリオンはこくりと頷いた。
「申し訳ありません」
「つまらんな。・・・その様に謝るならシャリオンよ。馬車では隣に座るが良い」
そう誘うヴィスタに、またもや答えたのはレオンだ。
「ヴィスタのお隣に掛けるなど恐れ多い事です」
「この国には神はいないだろう」
レオンが辞めさせようとそう言ったのだが、ヴィスタはそういうとシャリオンの腕を掴んだ。
咄嗟にレオンに視線を向けて大丈夫だとうなづく。
「ヴィスタ様。王都が近くなる頃には移動させていただきます」
「仕方ないな」
ヴィスタは傲慢ではあるが気を遣えないわけではない。
それに拒否ばかりでは機嫌を損ねでしまう。
この態度は神だから違う次元なのかと思ったが、それよりも圧倒的な他者との接触の無さではないかと思えてきた。
レオンはヴィスタがシャリオンに近づくと、すかさずシャリオンの隣に立ち自分達の様子を伺いにくる。
警戒しヴィスタを警戒しているのだ。
☆☆☆
最初は嫌がっていたヴィスタだったが馬車は初めて乗ったようで、それも楽しんでいる様だ。
「人間は不憫だな。空を飛べないなんて」
思わず子供達がぷかぷかと浮いていることを思い出し苦笑した。
笑ったのは子供達の事だったが、ヴィスタは楽し気に微笑んだ。
「だがこうしてこれに乗るのもなかなか面白い」
「ヴィスタ様は」
「その呼び方はもうなおらないのか?」
「そうですね。今は任務中ですので」
レオンとライガーの警戒度をみると、気を抜くなと言われている気分だ。
ゾルに至ってはもう慣れているのか一度だけ呆れた眼差しで見られたがもういつも通りである。
しかし、ヴィスタは残念そうではあるがすぐに諦めた様だ。
「そうか。ならばガリウスを必ず連れても出さねばならないな」
落ち着いてみると、『本当の愛を見たい』と言うのは恥ずかしくも感じる。
見せようとして見せるものではない。
ガリウスを連れ戻そうとしてくれていると言う事は、本気でそう思ってくれているのではないかと、信じたくなってしまう。
でも、『戻す』とは言うのは、アルアディアに戻ってくることが前提だと言う現われなのだろうか。
そう言いたくなるのを耐え、コクリとうなづいた
「それで?なんなのだ」
大した内容ではない。
馬車に乗ったことがないと言うことに、大事にされていたという話なのに気になっただけだ。
「あ、・・・えぇ。ヴィスタ様はカルガリアでは常に飛行で移動していたのでしょうか」
「いや」
「徒歩でということですか?」
「いや」
「・・・、魔法で?」
神獣というものなので転移魔法を使えても不思議ではない。
そう思ったのだがヴィスタは首を振った。
「そうか。その手があったな。いや。そもそも気を遣う必要などなかったな」
「???」
よくわからなくてシャリオンは答えを求める様にヴィスタを見上げる。
「我があの部屋を飛び出て約10年の時が経つが。
・・・それまではキュリアスから出られなかった」
キュリアスとは地名だ。
ドラゴンを祀る里の民のいる村の名前。
そして『キュリアスのトカゲ』の『キュリアス』はここの事だ。
「それほど強固な魔法で封印されていたという事ですか」
ヴィスタの魔法はセレスを上回る。
そんなヴィスタを抑えつけられるだけの力を有する神官がいるというのか。
しかし、一方でディアドラはセレスよりも魔力が低いと言っていた。
どう言う意味か分からずに困惑した。
まさか、神獣に隷属魔法や洗脳魔法を掛けられるわけではないだろうし、そんなこと信仰している対象にしないだろう。
「いいや。魔法など一切掛けられていない」
「・・・強固な部屋に閉じ込められていたのですか?」
「民の家に比べれば強固と行って良いだろうが。あの程度壊すのは造作もない」
シャリオン達の屋敷を羽ばたきだけで吹っ飛ばせるほどだ。
となると魔法でも物理的でもなくて首を傾げるシャリオン。
「ただ言われていただけだ。産まれてからずっと」
そう言いながら遠い目をする。
「『あの部屋から出てはいけない』『したいことは全て神官に言え』『危ないことはするな』」
『キュリアスのトカゲ』の由来だ。
本当に過保護にされていたらしい。
「それからある日を境に沢山人が見に来ていたのが一切来なくなった。
そしてそれから言われることも新たに増えた。
『もっと威厳のある話し方を』『優雅な振舞いを』『神獣様と我らは別次元の生き物』なのだと。
今となってはその頃はまだ良かった方だが、当時は窮屈さが増えた。
アレが産まれてから余計だ」
「アレ・・・?」
「ディアドラだ」
「・・・、」
「あの娘が産まれ、先代と交代してからは特に酷かたった。
『人型にはなってはなりません』『人と言葉を交わしてはなりません』『人の目を見てはなりません』」
「・・・、」
「言いつけを破れば厳しい罰が与えられた。
食事を与えられないのもざらだ。
・・・今思えば小娘相手に何故いう事を聞いていたのか分からないが。
いや。ディアドラだけではない。
過去の面倒見係達もだ」
「面倒見係?」
「ドラゴン姿で我と意思疎通できるものは数少ないのだぞ?」
その視線はシャリオンの事をさしていて、シャリオン以外の人間は気付いていたが当の本人は気付いていなかった。
「そうなのですね。
・・・それにしても長い間人と話せないと言うのはその間どうしていたのですか?」
「アレとしか話せない。
アレも昔は良かったのだ。・・・我に懐き、可愛らしい笑顔を振りまいていた。
しかし、最後の方は我を見なくなった。
話しかけても何をしても。・・・そこから何かがはじけた」
「・・・」
「アレが言うから願いを叶えていたつもりだったのだがな。
面倒になって壁を壊して外に出た。
飛ぶなんて事うまく出来なかったが、まともに飛べるようになるまで人間達は我を止めようと必死に何かをしていたが痛くもかゆくもなくて、そこで人間の力を知れた」
そう言うと喉でクツクツと笑った。
産まれてからずっと命令してきた人間が弱いと言う事に、ヴィスタはショックだった。
あれほど我慢していたのに、弱き人間にずっと良いようにされていたのだ。
「実に馬鹿らしい。・・・あの退屈の時間は本当に無駄だった」
「・・・追手は」
「来ていたな」
それも構わずに跳ね返せたと言う事なのだろう。
「それからハイシア領に来たのですか」
シャリオンは話しをあからさまに話をそらしてしまった。
親もいない。
唯一の接触である人間は離れて行き、することなすことすべてを否定されるなんて。
こんなに横柄な態度なのに、子供が中身のような理由もわかった気がする。
しかし、これ以上近づいてはいけないと本能で思った。
ヴィスタの話を聞いてガリウスを連れ戻す交渉をしにくくなると、・・・そう思ってしまったのだ。
憐憫を感じてしまえばヴィスタに帰れと言いずらい。
ガリウスも帰してもらうが、ヴィスタは戻さないなんて、カルガリアからしたら神獣を奪ったようにとられる。
一番大切なものは分かっている。
そう自分で決心したはずなのに、話しを逸らした自分の冷酷さに、・・・嫌気がさす。
「どうだろうな。ハイシア領とは人間が決めた線だろう」
「・・・えぇ」
それでも探られたくはなくて努めて声のトーンは同じだが、反応が遅れてしまう。
すると、今度はヴィスタが思い出したように話始めた。
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アルアディアの中で領の境に城壁を持っているのはハイシアだけだ。
他の領は合っても柵や、大きな木や岩で線を引かれている。
特に先ほど発った最南端の領地は、一番最近に出来た領地でアルアディアとカルガリアの間にある空白の土地に造られた。
ハイシアは最南端ではないが形が細長く、ほんの一部の領域がカルガリアと面しているのだが、ヴィスタが言っているのはそこの事だ。
「面白いもの?」
「今にも死にそうな人間だった」
それは何時の事なのだろうか。
その場所にいると言う事は領民だろうか。
いや、どこの人間だって関係ない。
「!・・・、その人間は」
「体力は回復させた。だから生きている」
その言葉にシャリオンはホッとした。
「・・・良かったです」
「どうだろうな」
「どういう意味ですか・・・?」
一命を取り留めたなら良いことだろう。
ヴィスタはそうは思っていないらしく、嫌そうにしながらも笑みを浮かべた。
「我はどうやらその人間の恋人にとてもよく似ているらしい」
ヴィスタに似ていると言う事は・・・ガリウスに似ていると言いうことだ。
「その人間は体力が回復するにつれて、我にその人間になる様に願った。
その願いは次第に大きくなり、口調を改めさせそしてその恋人のように甘やかし常に一緒にいろと」
「それは・・・」
「そんな無駄なことをして何が楽しいのか良くわからなかったが観察をすることにした」
「・・・、」
「一応、あやつも我に見返りはくれた」
「見返り・・・?」
「シャリオンにも願ったことだ」
「それって」
「『愛』だ」
「・・・、」
「しかし、あやつはなにかを勘違いしてな。我にまt」
「不必要なことは仰らないでください」
ヴィスタが『跨り』と言おうとした言葉を理解し、シャリオンの耳にすべてが入る前にゾルが冷たい声色と視線で止める。
それでヴィスタは何かを察したらしい。
一方のシャリオンはその人間がヴィスタに手を上げていないかヒヤヒヤしていた。
なのに途中で止めるゾルに視線を向けて抗議する。
「不必要ではないよ。聞きたい。・・・ヴィスタ様。その人は何をしてきたのですか?」
「お願いをしてきただけだ」
何だか言いごまかされている様な気がするが、ヴィスタは答えようとしなかった。
「我に『完璧なガリウス』になり切るように求め、村から・・・いや。
小屋からでることは許されなくなった」
「・・・その人間は魔術師か何かだったのですか?」
まだ神官達は幼い頃からの教えで逆らえなかったのは分かる。
しかし、その人間は赤の他人のはずだ。
「いや。ただの人間だ。簡単だ。・・・面白そうだったから乗ってみたそれだけだ」
「・・・、」
「だが・・・そうだな。
我のその軽はずみな行動の所為でシャリオンの伴侶であるガリウスはディアドラに捕らえられているのだから、
・・・それは悪かったと思っている。すまなかった」
「・・・、」
シャリオンは返事をしたくなかった。『わかった』なんて言いたくない。
その反動で大人げなくもコクリと頷いた。
これまで孤独だったヴィスタにとっては、その人間は久しぶりの接触で、それで気が向いてしまったのだろうと、頭では思う。
今は『シャリオンが止めて欲しいと言うならしない』と言ってくれているのだ。
深くは追及しては駄目だと思いなおす。
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その言葉に馬車内に緊張が走った。
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「少し前までは強引に術を剥がそうとしていたのがなくなったと思ったら、完全に消えたのだが誰が解いたのだ」
「ヴィスタが・・・掛けたの・・・?」
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「・・・、」
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「!」
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ふと、あの時のセレスの傷の酷さを思い出して、シャリオンの顔が青くなっていく。
シャリオンの所為でセレスは傷ついたのだ。
「そうか。あれはシャリオンが掛けたのか。助かったぞ」
「っ・・・」
そう満面の笑みを浮かべお礼など言われ息を飲む。
ヴィスタからしたら自由になれたのだから、・・・仕方がない。
シャリオンが気にすることはレオンもライガーも気づかないわけがない。
するとライガーがヴィスタを止めさそうと口を挟んだ。
「ヴィスタ様。・・・ヴィスタ様を捕えていたのはシャリオンの大切な者の1人でもあるのです」
ライガー達もヴィスタが話しをすれば分かる人間・・・いや、神獣だと気づいたのだろう。
そうライガーがそう言うと、シャリオンをじっと見てきて憐れむようにこちらを見てきた。
「そうか・・・それはすまなかった」
「・・・っ・・・いえ。こちらもヴィスタ様の魔力をそぐように指示しておりましたので」
ヴィスタの辛さを見ないふりをしたのに、自分のは強いているなんて傲慢にも感じるが、今のシャリオンは頷くしかできない。
シャリオンもヴィスタもまた知らなかったのだ。
ミクラーシュを助けるために魔法を使ってしまい、セレスを危険な目に合わせた自分はヴィスタを責めることは出来ない。
「ヴィスタ様にその貴族に洗脳をかける様に指示した人物の目的は何ですか」
ライガーの言葉に、ヴィスタはシャリオンをちらりと見る。
「シャリオンが目的だ」
「・・・僕?」
「あぁ」
そう言われてもシャリオンはピントこなかった。
そもそも平民の知り合いなど数少ないのだが、それでもわからなかった。
困惑しているとレオンがシャリオンが考えようとするのを遮るように口を挟んだ。
「その人間の事はこちらで調べて置こう。
シャリオン。わかっていると思うが慎重にな」
「はい」
レオンの視線が心配で染まっているのが分かる。
「それよりその人間は今どこにいるのですか」
「最後に別れたのはあの村だ。小屋に残っていると思うが」
レオンはウルフ家の人間に視線で指示をする。
シャリオンはその間困惑していた。
「それよりも問題はこれからの事だシャリオン」
「ライ・・・うん」
話が急に切り替えられた。
シャリオンが動揺している為だ。
ライガーが急遽そうしたが、ヴィスタは特になにもいわなかった。
☆☆☆
カルガリア王国。
謁見の間に通される。
そこには国王のシオドリックと伴侶のシアドアが居る。
シオドリックは可哀想になるくらい顔面蒼白だ。
簡単にカルガリアの話をレオンから聞いたが、それを考えると気の毒にも感じる。
カルガリアは山に囲まれた内陸地だ。
土地が痩せているわけではないが、外の文化はなかなか入ってこない。
そんな中、キュリアスのドラゴンは唯一国の外から人間が入ってくるきっかけだった。
ここにいるヴィスタ以外の人間が産まれる前の話だが、容易に想像が出来る。
それは昔の話のようだが今でもドラゴン目当てで客が来ているからだ。
外の大陸からカルガリアに行くには、ハドリー領にあるカルガリア専用の船着き場から、ハイシア領やいくつかの領を経由してカルガリアに向かわなければならず、どれだけの人がカルガリアに向かっているかハドリー領で把握できている。
入国される人間は貴族や資金に余裕がある商人が多い。
カルガリアの専用の船着き場と言えど、アルアディアに入国するのに税金を取るし、かつてのハイシアも入領に税金を取っていた。
つまり、カルガリアに行く人間は裕福な人間しか行けない。
それでもドラゴンの為に来る来る彼等は国に潤いをもたらす存在で、管理するキュリアスの者達に、カルガリア政府は強くは物申しづらいのだ。
今回の様に、アルアディアの次期宰相だとしてもだ。
しかし、ライガーはその内情が分かっていたとしてもアルアディアの代表としてその体裁を崩すわけには行かない。
「ガリウス・ハイシアを返還頂きたい」
「っ・・・それは、」
「それともそういう意味で受け取って良いと言う事か」
「違います!」
普段のライガーならこのような発言をしない。
しかし、アルアディアの人間が攫われたのだ。
友好的な態度でなくなるのは当然だ。
彼等もガリウスにそっくりなヴィスタが本物のドラゴンだと気付いているのだろう。
「その・・・しかし、キュリアスの民はすでにドラゴンが帰還したと言っており、こちらの召喚に応じず」
「帰っているか帰っていないか、正直なところ我らはどうでもいい。
誘拐された人物を返還頂きたい。ただそれだけだ」
「っ」
シオドリックは息を飲んだ。
しかし、それ以上は埒が明かずにライガーはつづけた。
「もし返還頂けないとなれば、カルガリアは国で貴族を誘拐する国だと、全世界に訴え掛けるのも辞さない」
アルアディア以外の国ではドラゴンを祀る国は多い。
しかしながら、他国の貴族を攫うような国だとしれれば、カルガリアへの見方も変わるだろう。
特に『貴族』が攫われたとなれば、カルガリアによく足を運ぶ貴族たちは足を遠のかせる可能性がある。
それに、カルガリアの国王はガリウスが誰の伴侶で、どの知り合いがいるかサーベル国で見ているはずだ。
そんな時だった。
「こちらにはアルアディアの貴族など居りません」
音もなく開いた扉の先にいたのは、ディアドラだった。
☆☆☆
一瞬にしてあたりの空気が冷たく冷え込んだ。
ライガーもレオンもその表情とは裏腹に魔力が揺れた。
幸いなことにシャリオンは魔力は気付かないが、空気に緊張が走ったのだけは分かった。
普通の人間、・・・いや魔力がある人間だったら2人の圧力に押されているだろうに、ディアドラは気付いていながらも萎縮することは無かった。
それどころか無表情に冷たい声で言った。
「ヴィスタ様は既にお戻りです」
視界にはヴィスタがいるはずなのに見ようとしない。
その態度に、先ほどのヴィスタの言葉が思い出される。
『視線をあわせぬ』
一つ見えるとすべてが事実なのではないかと思ってしまう。
「ほう。であれば我は自由にして良い訳だな」
ヴィスタは面白いものを見るようにディアドラをみるが何も答えない。
なんでっ・・・反応してくれないの・・・!
固唾をのんで見守る。
ヴィスタが切り札なのに、そんな煽るようなことを言ってしまっては、ガリウスがどうなるかわからなかった。
しかし、・・・。
「ならば好きにさせて貰おう」
信じなければ。
そう思うのだが、踵を返すヴィスタにライガーとレオンが焦ったのが見えると気が気ではなかった。
ヴィスタの明日が一歩ずつ遠のいていくのを聞きながら、ついにシャリオンは叫ぶように止めた。
「っ・・・お待ちください・・・!」
頭では外交に口を出しては駄目だと分かっているのに止められない。
近くにいると言うのに・・・そんな・・・利口になれるわけが無かった。
ドクドクと心臓が脈っているのが自分で聞こえる。
これを逃したら、もうガリウスに会えなくなるのではないかと。
そう思わずにはいられなかった。
ヴィスタを無理やり本人だと強く押せばいいのかもしれない。
けれど、戻りたくないと言っているヴィスタを突き出す気にもなれない。
かと言ってガリウスを置いて行くなど、もっと出来ない。
「・・・っ・・・私の・・・伴侶を・・・お返し下さい」
そうディアドラに訴えることしかできなかった。
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