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執着旦那と愛の子作り&子育て編
元気なお子さま。
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「?」
机の上に置かれたカップの水面が小刻みに震えている。
体感でも微かに揺れた気がした。
ふと手を止めた瞬間。
ビィーーーーーーーー!
非常事態用のサイレンが城中に鳴り響いた。
これはその名の通り非常事態の時に鳴り響くもので、城中に仕掛けられた術式が異常を検知すると鳴るものだ。
非常事態とは大雨などを含む災害から、・・・人為的に他から攻め込まれた時も含まれる。
咄嗟に先日のミクラーシュとの出来事を思い出す。
まさかとは思うが嫌疑を掛けられ、攻め込まれたのだろうか。
いや、そんな事よりもだ。
シャリオンは勢いよく立ち上がると扉に駆け寄り出て行こうとするのを、ゾルに手を掴まれて引き留められた。
「シャリオンっ待て!!」
「止めないで!」
振り払おうとしたがゾルに力で勝てる訳もない。
キッと睨むがその腕は離してくれない。
「危険だ」
「だから助けに行くんでしょ!?」
「シャリオンが行っても邪魔になるだけだ」
「!」
その言葉に傷つくよりも、冷静になった。
確かにそうだ。
力も魔力もないシャリオン。
助けに行っても邪魔になる。
でも、不安は拭えずゾルをじっと見つめてしまう。
「子供達には俺達がついている。
それにハイシアきって、いや。この国一の魔術師セレスが付いてるのを忘れたか?」
「!」
「それにウルフ家のものはハイシア家の者をその恩に命を懸けても守る」
その言葉にしっかりしなければと思うのに、『命を懸けて』と言う言葉に不安が広がる。
そんなシャリオンの心情が分かるのかポンと肩に手を置いた。
「悪かった。・・・今のは俺達を信じろと言いたかった」
「っ・・・うん。わかってる。ごめん、ゾル」
「・・・まったく。俺たちを信じてくれない酷い主人だ」
意地悪気に微笑みを浮かべると、シャリオンの柔らかな髪をくしゃくしゃと撫でた。
冗談が言える状況、・・・なのだろう。きっと。
不安にならないのは無理だが、飲まれないようにしなければ。
すると、ゾルがふと視線を止めたが、すぐにこちらを見てきた。
どうやら、他のゾルから思考が共有された様だ。
「・・・。子供達は無事だ」
「!」
『子供達は無事』それだけで、不安は薄まる。
咄嗟にセレスの魔法道具を思い浮かべたが、あれはリアルタイムじゃない事を思い出す。
歯痒い気持ちで、ゾルを見つめていると真剣だったゾルが一瞬固まる。
そして、シャリオンの方を見てくる。
「なに、どうしたの・・・?」
その間は恐怖だった。
しかし。
「・・・どうやら発生源は子供達の様だ」
「・・・え?どう言うこと?」
「わからない。どうやら危険はないようだ。見に行くぞ」
「っ・・・うん」
はやる気持ちを抑え子供部屋へと急いだ。
☆☆☆
部屋に向かうと粉塵が舞い上がり視界を悪くしている。
辛うじて見えたのはウルフ家の者達に囲まれたセレスと、泣きわめく子供達をあやす乳母がいた。
どうやら、乳母の子供も驚いているようで、3人の子供が泣ている。
シャリオンは咄嗟に子供に駆け寄ると、よく見れば乳母は埃を吸わないようにアシュリーとガリオンを庇っている。
気が付いた乳母が2人をこちらに向かせてくれた。
すると、シャリオンに気付いたアシュリーとガリオンが火が付いたようにより泣き声を上げる。
乳母から子供たちを引き寄せるとぎゅっと抱きしめた。
一見した様子では怪我はなさそうだった。
「っ・・・大丈夫。大丈夫」
「「うあーーんっ」」
必死にシャリオンにしがみ付いているのを見るを余程怖かったのだろう。
落ち着くまで繰り返し『大丈夫』と言い聞かせると、2人は次第に落ち着いたのかシャリオンの腕の中でふにゃふにゃと涙をこぼしている。
宿命に自分の子を後回しにしていた乳母も子が心配じゃない訳ない。
我が子の様子を見る動作にシャリオンもハッとする。
「ジンは・・・ジンは大丈夫?」
「っ・・・はい」
乳母の子供を覗き込めばこちらはもうすでに泣き止んだが、目に涙を一杯ためてまるで我慢するかのようだった。
「流石ウルフ家の子だ。偉いね。泣き止んで」
「っ・・・いえ」
ウルフ家の者だとしても母としてはとても心配だったのだろう。
そう返事をしながらも子供をぎゅっと抱きしめている。
「ここは危ない。早く子供を連れて今日は休んでいいよ。
明日話を聞かせて欲しい」
「いえ。お子様方の食事の時間には戻ってまいります」
「ありがとう」
そう言うと、乳母は子供を連れて下がっていくのを見届けた後、事柄を説明できそうな人物達に視線を向けた。
・・・のだが、視線に映ったものが信じられなくて見上げた。
天井に大きく開けられた穴の向こうに青空が広がっていた。
「・・・え?・・・空?」
こんな穴が開くほどだと言う事は、かなり大きな音だったのだろう。
子供達が泣いているのは、破壊をしたときの騒音に驚いたのが原因だ。
それよりもである。
城中の部屋は防音魔法が掛けられていて、その為にシャリオンが執務室にいても気付かなかったのだが、・・・この状態は有効なのだろうか。
出来れば、外にこの出来事を漏らしたくない。
じっと、その穴を見ていると執事に声を掛けられた。
「この男に確認を取っているところです。
シャリオン様もお子様方と共に別室にてお休みください」
使用人達の視線がセレスへと向かう。
「僕が聞くよ。あと父上とガリウスにも連絡したなら問題なかったと言って置いてね」
そうしなければ、あの2人は飛んでやってくるだろう。
そう思ったのだが。
ふわりとガリオンが浮き上がって見上げれば、そこにはガリウスとその後ろにはレオンがいた。
シャリオンは立ちあがるとアシュリーを抱きかかえなおし、ガリウスを見上げた。
「ガリィ・・・戻ってきちゃったの?ごめんね」
「屋敷で爆発があったと言えば戻るでしょう」
「まぁ・・・そうだよね。父上も申し訳ありません」
「その様なことより、シャリオンと子供達は大丈夫なのかっ怪我は・・・っ」
レオンも難しい顔をして覗き込んできた。
「はい。僕達は大丈夫です。それで事実確認をしようと言う所です」
そう言うとレオンはホッとしたように息をついた。
シャリオンは振り返りセレスの元へ近づく。
すると使用人が手で止めようとするのを、ゾルが止めた。
「ゾル。どういうつもりだ」
「この男に限っては大丈夫だ。そうですね」
「うん。皆もありがとう」
ゾルは心の底ではウルフ家の者と考えは同じだ。
しかし、逆らえないセレスの状況とシャリオンの気持ちを顧みて優先してくれたのだろう。
「セレス怪我は?」
「っ・・・最初に聞くのはそれじゃないでしょう」
苦笑を浮かべるセレス。
それには構わずに全身を見る。
一見して大丈夫そうだが、手の甲をこちらに見せているのが不自然だった。
「手はどうしたの?」
「あー・・・ちょっと怪我して。グロイから見ない方が良いよ」
改めてよく見ると、青めの服に黒いシミがついている。
「!・・・怪我してるじゃないか」
「誰かセレスの治療を」
「はい」
ガリウスの指示に控えていた治療に来ていた魔術師が部屋の中に入ってきた。
彼等が治療を開始するのを確認しながらセレスに視線を合わせた。
「子供達を一番に守ってくれてありがとう」
「でもお屋敷の屋根壊しちゃった。ごめんなさい」
「良いんだよ。この破壊を見れば子供達や乳母に勿論使用人達も。
怪我しなかったのはセレスのお陰だ。
逆に怪我をさせてしまってご」
「あやまらないで?ボクは仕事をして失敗したんだから」
「あ」
「・・・?」
「いや。なんでもない。・・・とりあえず、これは誰がやったの?」
言いよどんだが困った様にセレスが言った。
「・・・お子様方だ」
同席していた使用人達も何も言わないという事は、それが事実なのだろう。
腕の中の泣きじゃくるアシュリーを見下ろすと小さくため息をついた。
「そう。わかった。じゃぁまずは治療をしてもらって。
それで着替えが終わったら僕の部屋に来てくれる?
一緒に居合わせた皆も同じで着替えたらおねがい」
「「「はい、かしこまりました」」」
「あと、屋根の修理も手配してくれる?」
「かしこまりました」
執事に向かってそう言うと、恭しく彼はお辞儀をする。
ここに残っていては掃除の邪魔になってしまう。
自室に戻ろうとするとレオンが困った様にしながらも笑みを浮かべている。
「襲撃があったわけじゃなさそうだな」
「はい。お騒がせしてすみません。こちらは片付けが始まりますので私の部屋に」
「いや。私らも執務の途中で抜け出してきたのだ。ここはシャリオンに任せて私らは戻ろう。ガリウス」
レオンは愛息子と愛孫の危機にいてもたってもいられず急遽戻ってきた。
彼にとってはシャリオンはいつまでたっても可愛い息子。
こんな状況に咄嗟に自分が采配をしようかと思ったのだが。
シャリオンは戸惑う事もなくたんたんとこなした。
分かっていたはずなのに目で見ることはあまりなく、シャリオンの成長に喜びと心配性すぎる自分に反省していたのだ。
ここはシャリオンに任せて大丈夫だ。
そう判断しガリウスと戻ろうとしたのだが。
「レオン様は先にお戻りください。私は子供達をシャリオンの部屋に送ってから戻ります」
ガリウスの言葉に眉をピクリとひそめた。
しかし、レオンとて例えばシャーリーが同じ目にあっていたら心配しない訳がない。
例え子供がしたという事でもだ。
だが、ガリウスがシャリオンが至上だと言うことも知っている。
しっかりと釘を打つことも忘れなかった。
「・・・。遅くなるなよ」
「えぇ」
それだけ言うとシャリオンに視線で合図をした後、レオンは王都のシャリオン達の屋敷につながる転移装置が設置された部屋に向かった。
☆☆☆
シャリオンの自室。
すでに不安そうではないことに安心をしたガリウスは、何度も『無理をしないでくださいね。不安になったら呼びかけてください』と、言いながらシャリオンに安心させるように頭に口づけた。
残れないことを詫びながらシャリオン達を部屋に届けると、レオンの言いつけ通り城へと戻っていった。
他の誰かによるものなら不安にもなるが、子供達なら致し方がない。
カウチに寝ころばせていたのだが子供達はシャリオンに『怖かった!』と報告する様に膝にしがみ付いている。
「全く・・・元気な子供達だ」
「ぅー」
「・・・ぅぅ」
自分の所為じゃないと言うように不満げな声だ。
服が子供達の涙とよだれで濡れているのは気にしないが、そろそろ子供達の頬のを伝った涙が渇き始めているところがある。
すると使用人達が気付きそれを濡らした布で優しく取ってくれているのだが、引き離すとまた潤み始める子供たちに苦笑をした。
「ほら、泣かないの。傍にいるから」
言葉で言ってどこまで理解できるかわからないが優しくなだめる。
使用人達が拭いている傍から涙がこぼれるものだから、皆で苦笑をしてしまう。
「自分でしたんじゃないの?」
ガリオンの頬をつんつんとつついた。
「っ・・・っぁぅ・・・」
「こんなに泣き虫なのも貴族としては困ってしまうね・・・。僕もそうだったのかな」
ガリウスは余り涙を見せるように見えない。
となるとシャリオンに似てしまったのだろうか。
行儀を習う前、幼い頃は良く泣いていたような気がする。
「大丈夫でございます。まだ、お生まれになって日も浅いですから」
「あ。・・・そうだったね」
年長の使用人にそう言われて、ほんの少しホッとする。
そうだ、子供達は一年も経っていないのだ。
むしろこんなに意思があるのも、浮いて見せるのも普通ならあり得ないという事を良く失念してしまう。
「・・・そっか。やっぱり魔法覚えさせるの早かったかな・・・?」
ふわりと2人の頭を順番に撫でる。
すると泣きつかれたのか、うとうとと目をさせている2人の背中を交互に撫でると、しばらくして寝息を立てるのだった。
☆☆☆
埃だらけの服を着替え皆が部屋に訪れた。
子供達はシャリオン達の寝室に寝かせて使用人達に見てもらっている。
来客用の部屋を当てても良かったのだが、駄目だと分かっていてもなんだか傍にいてやりたかったのだ。
セレスの手を見ればすっかり治っているようで安心した。
「出血は?」
「それほどないから大丈夫~」
グロテスクな見た目は想像したくないが、そうなるほどなら血も流したのではないだろうか。
心配したシャリオンにセレスは首を横に振った。
「特性の造血剤も飲んでるよ」
「ぞうけつざい?」
初めて聞く言葉だ。
「前にライガー大公が大怪我をされたでしょう?
その時に思いついたんだ~。
傷は治癒魔法で表面は治るけど血を造れればいいのにって」
「そう思ってそれで作れるなんて、セレスはやっぱり凄いね」
感心して言えばセレスは苦笑した。
「そんな事より、ボク達から事情を聴かなくていいの~?」
「あ。そうだった。
さっき子供達がしたと言っていたけど何をしたの?」
「最初はね。いつもの様に魔力のコントロールを教えていたんだ」
「うん」
「コントロールには見てもらったと思うけど、簡単な明かりをともす光魔法をつくる練習にしているんだけど」
良く見せてくれている光の環は、室内を照らす魔法と同じだ。
「けど、最近出来ることが多くなったのが楽しくなってきてるのか、やたら大きな光を産み出すようになってきちゃってね」
「・・・なるほど」
全てを言わなくてもなんだかわかってきた気がする。
「止めてはいるのだけど」
「・・・ご理解いただけているかはわかりませんが、確かにセレス殿はお子様方にそう仰られています」
「そうか。・・・・もしかして、子供達は止められるのも面白がったりしてる・・・?」
「「・・・はい」」
使用人達も困った様に苦笑を浮かべている。
ある程度大きくなると、駄目だと言われる事が楽しく感じてたことがあった。
シャリオンも乳母であるジュリアに良く窘められていた。
・・・流石にあんなことは無かったが、変わらないことだ。
「ごめん・・・僕に似てしまったのかも。・・・はぁ・・・」
こめかみに手を当ててつつため息をついた。
「いいえ。私共は正しくお子様方を育てるのが仕事です」
シャリオンの謝罪に彼女達は揃ってそう言った。
それに苦笑を浮かべながら、シャリオンはコクリと頷いた。
「ありがとう。まだ赤子だから・・・理解はしないかもしれないけれど、前みたいに言い聞かせてみるよ。
じゃぁセレス以外は仕事に戻ってくれる?」
「「「承知しました」」」
そう言うと、何人かは子供達が寝ている寝室へ、そして何人かは部屋の外へと出て行った。
セレスと2人きりになるとソファーに掛けなおした。
思わずため息をつくと隣からクスクスと笑い声が聞こえた。
視線を向ければ詫びられた。
「ごめんね。・・・いや。申し訳ありませんでした」
そう言うと、口調がスッと戻る。
見た目はセレスのままなのに、言葉遣いは大人だ。
「良いよ。十中八九子供達が悪いよ」
「ですが・・・」
「セレスのあの口調ってルークのだよね」
「!・・・えぇ」
「やっぱり。会ってからずっと気になってたんだよね。
・・・なんで・・・?」
「お子様に対してのお叱りや要望は宜しいのでしょうか」
「うーん。魔力のコントロールを徹底してほしい。
今微妙な時期で・・・子供達が通常よりも魔力があると言うのをあまり知られたくないんだ」
「はい」
「あとは特にないかな。あまりにも我儘言うようなら厳しくして良い」
「・・・。・・・それは難しそうですが、そのように」
苦笑しながらセレスは答えた。
他に教えた事がないセレスも手探りなのだろう。
「・・・あのくらいの子供を見ていると、弟や妹を思い出すのです」
「え・・・?」
「・・・魔力の高い子供はファングス家の別邸に集められ、10歳まで魔術と一般教養を教え込まれます」
「あのくらいって・・・0歳だけど」
意味のあるような言葉を発したり、理解している様な素振りを見せるが、子供達はとても教えようとして魔法を覚えられるような状態に見えない。
驚いてそう言ったシャリオンにセレスは目を伏せた。
「・・・私が・・・原因ですね」
「どういう・・・いみ?」
「ファングスに魔力の高い魔術師は金になると知らせてしまった」
「!」
「あの屋敷に来る子供は一切泣きません。・・・私も自分が子供のころ泣いていたかなんて知りませんし、泣かないのが普通だと思っていました。
しかし、命令でとある屋敷に忍び込んだ時・・・子供が泣いたんです」
「・・・、」
「それまで自分の状況が可笑しいと言う認識はありました。
姉だと言う人物や、父だと言う人物をそう呼ぶことを禁止されていましたし、弟や妹が次々出来ては消える。
それになんとも思っていませんでしたが、・・・それも可笑しいと思い始めたころには遅かった。
ある時、消える理由を知ってしまった」
「!」
言葉を濁されたがシャリオンにはとてもそれを追及できなかった。
震えそうになるのを腕を掴んで引き留める。
「不満や疑問を抱いていることを察したのか、・・・ある時から私に後処理をさせる様になりました」
「・・・!」
「何も言いませんが『お前もこうなる』と言われている様なそんな気分に・・・陥っていました。
抗おうとしても、・・・実行が出来ない。
私はジェームズ・ファングスと言う男に逆らえない人形になっていました」
「・・・っ」
「ガリウス様に・・・タリスマンを売りつけられたのは奇跡に近かった」
シャリオンを助けるきっかけになったタリスマンだ。
「あれが出来た時、もしかしたら自分で子供達を助けられるかもしれないと思いました。
しかし、・・・あの血に染まった屋敷に戻ると・・・弟や妹達を助けることは出来ませんでした」
「・・・、」
「だから・・・、罪滅ぼしなんでしょうか。
心のどこかで弟や妹達の声を聞いてやれなかった自分を、取り戻そうとしているのかもしれない」
ふと、シャリオンやガリウスが言う難題も特に文句も言わずに従うのは、そのせいなのかもしれないと思った。
「私にはお子様方の言葉が我がままに聞こえない・・・わけでもないのですが、聞いてやりたくなってしまうんです」
「っ・・・それは・・・でも、・・・困る」
シャリオンがそう言うと、セレスは苦笑する。
「えぇ。勿論です。
私はそのためにここに居るのですから。
・・・、・・・先ほどのご質問ですが」
「え?」
「ルーク殿下の口調をまねているのか?というものです」
「あぁ。さっきそう思ったんだ」
粉塵の中で受け応えをするセレスに直感的に重なった。
「あの方が羨ましかったんです」
「ルーが?・・・あっとルークの事ね」
「・・・。えぇ。殿下の様になりたかったのです」
「確かに器用だものね」
「そうではなく。・・・あの方は兄上を守るために、・・・結構いろいろ苦労されたのですよ」
ファングス家の影のように動いていたセレドニオには様々な情報が入ってきていたのだろう。
「兄上が不利にならないように、兄上にファングス家の者が行かないように。必死に動かれていました」
「・・・、」
「勿論、兄上の方もルーク殿下に毒牙が回らないように、・・・そして貴方に火の粉が飛ばないように必死にされておりましたが」
「っ・・・」
「だからその憧れの現われです」
「・・・そう、なんだ」
「えぇ。ちなみにこの見た目の理由は、黒髪黒目よりピンクの方が明るそうで話しかけやすいと思いまして」
「・・・そうなの?・・・僕はてっきり」
「なんですか?」
「いや・・・なんでもない」
そこからは憶測だった。
それに、その憶測が当たっているのなら、わざわざ掘り起こすこともない。
ピンクにしたいというのなら、それでいいのだ。
「無理に聞いて悪かったね」
「無理ではありません。聞いてくださればお応えします」
「・・・。セレス、もう元に戻ってくれない?」
そういうと、セレスは一瞬止まった微笑みを浮かべるとコクリと頷いた。
聞いてはないがセレドニオは過去の自分を捨てたいと思っているのだと思ったのだ。
「ふふっ喜んで~。
やっぱりこの方がボクらしいよね~」
「30代の大人が話していると思わなければね」
「今のボクの見た目ならそんな年上にみられないから大丈夫でしょう!」
「あはは。そうだね」
そう言うとシャリオンがクスリと笑うと、セレスは少しホッとしたように微笑んだ。
「ボク明日から頑張るよ。甘やかすだけが師匠じゃないもんね」
「いや、・・・師匠・・・とか教師って甘やかすものじゃないよ?
・・・でも僕も耳が痛い。
さっきも結局泣いてしまうのがかわいそうで、隣で寝かしているけれど・・・」
思わず寝室への扉を見る。
「今日くらいは大丈夫なんじゃないの~?
ガリウス様と仲良く4人で寝たら良いと思う」
「そう・・・かな。・・・そうだよね」
たった一日くらい、長い貴族生活であっても良いだろうか。
そんなことを思うとセレスの言葉にコクリと頷くのだった。
☆☆☆
その日の夜。
ガリウスが帰宅すると少し難しい顔をしていたが、シャリオンの表情を見るなり解ける。
その大きな胸に包まれるとぎゅっと抱きしめられた。
「ただいま戻りました」
「おかえりガリィ。お疲れ様」
「シャリオンも。・・・今日は大変でしたね」
「ほんとだよー。他人を傷つけてはいけないと思ってセレスにお願いしてたけど、頼んで正解だったね」
「ですね。彼じゃなかったらと考えると怖いですね」
子供達は教えずとも召喚(?)をしたり浮遊をしたりした。
きっとセレスを呼んでいなかったとしても、遠くない未来に同じように暴発させていたはずだ。
「魔法を教えてたわけじゃなくて、コントロールの為にやっていたらしいんだけど・・・
たぶん遊んじゃったのだと思う」
「そうかもしれませんね」
シャリオンとガリウスはつい先日、子供達が作り出す光の環を見せてもらったが、その時も2人が喜ぶと嬉しそうに次々と生み出し魔力が切れて疲れるまでそれは行われていたくらいだ。
「・・・今夜はきっちり教えないと駄目ですね」
どうやら、隣に子供達がいることは聞いているらしく、ジッと寝室の扉を見るガリウスに苦笑を浮かべた。
「まだ0歳だという事を忘れそうだよね」
「!・・・。・・・えぇ」
シャリオンの言葉にハッとしたようなガリウスは、しばらくして苦笑を浮かべたのだった。
机の上に置かれたカップの水面が小刻みに震えている。
体感でも微かに揺れた気がした。
ふと手を止めた瞬間。
ビィーーーーーーーー!
非常事態用のサイレンが城中に鳴り響いた。
これはその名の通り非常事態の時に鳴り響くもので、城中に仕掛けられた術式が異常を検知すると鳴るものだ。
非常事態とは大雨などを含む災害から、・・・人為的に他から攻め込まれた時も含まれる。
咄嗟に先日のミクラーシュとの出来事を思い出す。
まさかとは思うが嫌疑を掛けられ、攻め込まれたのだろうか。
いや、そんな事よりもだ。
シャリオンは勢いよく立ち上がると扉に駆け寄り出て行こうとするのを、ゾルに手を掴まれて引き留められた。
「シャリオンっ待て!!」
「止めないで!」
振り払おうとしたがゾルに力で勝てる訳もない。
キッと睨むがその腕は離してくれない。
「危険だ」
「だから助けに行くんでしょ!?」
「シャリオンが行っても邪魔になるだけだ」
「!」
その言葉に傷つくよりも、冷静になった。
確かにそうだ。
力も魔力もないシャリオン。
助けに行っても邪魔になる。
でも、不安は拭えずゾルをじっと見つめてしまう。
「子供達には俺達がついている。
それにハイシアきって、いや。この国一の魔術師セレスが付いてるのを忘れたか?」
「!」
「それにウルフ家のものはハイシア家の者をその恩に命を懸けても守る」
その言葉にしっかりしなければと思うのに、『命を懸けて』と言う言葉に不安が広がる。
そんなシャリオンの心情が分かるのかポンと肩に手を置いた。
「悪かった。・・・今のは俺達を信じろと言いたかった」
「っ・・・うん。わかってる。ごめん、ゾル」
「・・・まったく。俺たちを信じてくれない酷い主人だ」
意地悪気に微笑みを浮かべると、シャリオンの柔らかな髪をくしゃくしゃと撫でた。
冗談が言える状況、・・・なのだろう。きっと。
不安にならないのは無理だが、飲まれないようにしなければ。
すると、ゾルがふと視線を止めたが、すぐにこちらを見てきた。
どうやら、他のゾルから思考が共有された様だ。
「・・・。子供達は無事だ」
「!」
『子供達は無事』それだけで、不安は薄まる。
咄嗟にセレスの魔法道具を思い浮かべたが、あれはリアルタイムじゃない事を思い出す。
歯痒い気持ちで、ゾルを見つめていると真剣だったゾルが一瞬固まる。
そして、シャリオンの方を見てくる。
「なに、どうしたの・・・?」
その間は恐怖だった。
しかし。
「・・・どうやら発生源は子供達の様だ」
「・・・え?どう言うこと?」
「わからない。どうやら危険はないようだ。見に行くぞ」
「っ・・・うん」
はやる気持ちを抑え子供部屋へと急いだ。
☆☆☆
部屋に向かうと粉塵が舞い上がり視界を悪くしている。
辛うじて見えたのはウルフ家の者達に囲まれたセレスと、泣きわめく子供達をあやす乳母がいた。
どうやら、乳母の子供も驚いているようで、3人の子供が泣ている。
シャリオンは咄嗟に子供に駆け寄ると、よく見れば乳母は埃を吸わないようにアシュリーとガリオンを庇っている。
気が付いた乳母が2人をこちらに向かせてくれた。
すると、シャリオンに気付いたアシュリーとガリオンが火が付いたようにより泣き声を上げる。
乳母から子供たちを引き寄せるとぎゅっと抱きしめた。
一見した様子では怪我はなさそうだった。
「っ・・・大丈夫。大丈夫」
「「うあーーんっ」」
必死にシャリオンにしがみ付いているのを見るを余程怖かったのだろう。
落ち着くまで繰り返し『大丈夫』と言い聞かせると、2人は次第に落ち着いたのかシャリオンの腕の中でふにゃふにゃと涙をこぼしている。
宿命に自分の子を後回しにしていた乳母も子が心配じゃない訳ない。
我が子の様子を見る動作にシャリオンもハッとする。
「ジンは・・・ジンは大丈夫?」
「っ・・・はい」
乳母の子供を覗き込めばこちらはもうすでに泣き止んだが、目に涙を一杯ためてまるで我慢するかのようだった。
「流石ウルフ家の子だ。偉いね。泣き止んで」
「っ・・・いえ」
ウルフ家の者だとしても母としてはとても心配だったのだろう。
そう返事をしながらも子供をぎゅっと抱きしめている。
「ここは危ない。早く子供を連れて今日は休んでいいよ。
明日話を聞かせて欲しい」
「いえ。お子様方の食事の時間には戻ってまいります」
「ありがとう」
そう言うと、乳母は子供を連れて下がっていくのを見届けた後、事柄を説明できそうな人物達に視線を向けた。
・・・のだが、視線に映ったものが信じられなくて見上げた。
天井に大きく開けられた穴の向こうに青空が広がっていた。
「・・・え?・・・空?」
こんな穴が開くほどだと言う事は、かなり大きな音だったのだろう。
子供達が泣いているのは、破壊をしたときの騒音に驚いたのが原因だ。
それよりもである。
城中の部屋は防音魔法が掛けられていて、その為にシャリオンが執務室にいても気付かなかったのだが、・・・この状態は有効なのだろうか。
出来れば、外にこの出来事を漏らしたくない。
じっと、その穴を見ていると執事に声を掛けられた。
「この男に確認を取っているところです。
シャリオン様もお子様方と共に別室にてお休みください」
使用人達の視線がセレスへと向かう。
「僕が聞くよ。あと父上とガリウスにも連絡したなら問題なかったと言って置いてね」
そうしなければ、あの2人は飛んでやってくるだろう。
そう思ったのだが。
ふわりとガリオンが浮き上がって見上げれば、そこにはガリウスとその後ろにはレオンがいた。
シャリオンは立ちあがるとアシュリーを抱きかかえなおし、ガリウスを見上げた。
「ガリィ・・・戻ってきちゃったの?ごめんね」
「屋敷で爆発があったと言えば戻るでしょう」
「まぁ・・・そうだよね。父上も申し訳ありません」
「その様なことより、シャリオンと子供達は大丈夫なのかっ怪我は・・・っ」
レオンも難しい顔をして覗き込んできた。
「はい。僕達は大丈夫です。それで事実確認をしようと言う所です」
そう言うとレオンはホッとしたように息をついた。
シャリオンは振り返りセレスの元へ近づく。
すると使用人が手で止めようとするのを、ゾルが止めた。
「ゾル。どういうつもりだ」
「この男に限っては大丈夫だ。そうですね」
「うん。皆もありがとう」
ゾルは心の底ではウルフ家の者と考えは同じだ。
しかし、逆らえないセレスの状況とシャリオンの気持ちを顧みて優先してくれたのだろう。
「セレス怪我は?」
「っ・・・最初に聞くのはそれじゃないでしょう」
苦笑を浮かべるセレス。
それには構わずに全身を見る。
一見して大丈夫そうだが、手の甲をこちらに見せているのが不自然だった。
「手はどうしたの?」
「あー・・・ちょっと怪我して。グロイから見ない方が良いよ」
改めてよく見ると、青めの服に黒いシミがついている。
「!・・・怪我してるじゃないか」
「誰かセレスの治療を」
「はい」
ガリウスの指示に控えていた治療に来ていた魔術師が部屋の中に入ってきた。
彼等が治療を開始するのを確認しながらセレスに視線を合わせた。
「子供達を一番に守ってくれてありがとう」
「でもお屋敷の屋根壊しちゃった。ごめんなさい」
「良いんだよ。この破壊を見れば子供達や乳母に勿論使用人達も。
怪我しなかったのはセレスのお陰だ。
逆に怪我をさせてしまってご」
「あやまらないで?ボクは仕事をして失敗したんだから」
「あ」
「・・・?」
「いや。なんでもない。・・・とりあえず、これは誰がやったの?」
言いよどんだが困った様にセレスが言った。
「・・・お子様方だ」
同席していた使用人達も何も言わないという事は、それが事実なのだろう。
腕の中の泣きじゃくるアシュリーを見下ろすと小さくため息をついた。
「そう。わかった。じゃぁまずは治療をしてもらって。
それで着替えが終わったら僕の部屋に来てくれる?
一緒に居合わせた皆も同じで着替えたらおねがい」
「「「はい、かしこまりました」」」
「あと、屋根の修理も手配してくれる?」
「かしこまりました」
執事に向かってそう言うと、恭しく彼はお辞儀をする。
ここに残っていては掃除の邪魔になってしまう。
自室に戻ろうとするとレオンが困った様にしながらも笑みを浮かべている。
「襲撃があったわけじゃなさそうだな」
「はい。お騒がせしてすみません。こちらは片付けが始まりますので私の部屋に」
「いや。私らも執務の途中で抜け出してきたのだ。ここはシャリオンに任せて私らは戻ろう。ガリウス」
レオンは愛息子と愛孫の危機にいてもたってもいられず急遽戻ってきた。
彼にとってはシャリオンはいつまでたっても可愛い息子。
こんな状況に咄嗟に自分が采配をしようかと思ったのだが。
シャリオンは戸惑う事もなくたんたんとこなした。
分かっていたはずなのに目で見ることはあまりなく、シャリオンの成長に喜びと心配性すぎる自分に反省していたのだ。
ここはシャリオンに任せて大丈夫だ。
そう判断しガリウスと戻ろうとしたのだが。
「レオン様は先にお戻りください。私は子供達をシャリオンの部屋に送ってから戻ります」
ガリウスの言葉に眉をピクリとひそめた。
しかし、レオンとて例えばシャーリーが同じ目にあっていたら心配しない訳がない。
例え子供がしたという事でもだ。
だが、ガリウスがシャリオンが至上だと言うことも知っている。
しっかりと釘を打つことも忘れなかった。
「・・・。遅くなるなよ」
「えぇ」
それだけ言うとシャリオンに視線で合図をした後、レオンは王都のシャリオン達の屋敷につながる転移装置が設置された部屋に向かった。
☆☆☆
シャリオンの自室。
すでに不安そうではないことに安心をしたガリウスは、何度も『無理をしないでくださいね。不安になったら呼びかけてください』と、言いながらシャリオンに安心させるように頭に口づけた。
残れないことを詫びながらシャリオン達を部屋に届けると、レオンの言いつけ通り城へと戻っていった。
他の誰かによるものなら不安にもなるが、子供達なら致し方がない。
カウチに寝ころばせていたのだが子供達はシャリオンに『怖かった!』と報告する様に膝にしがみ付いている。
「全く・・・元気な子供達だ」
「ぅー」
「・・・ぅぅ」
自分の所為じゃないと言うように不満げな声だ。
服が子供達の涙とよだれで濡れているのは気にしないが、そろそろ子供達の頬のを伝った涙が渇き始めているところがある。
すると使用人達が気付きそれを濡らした布で優しく取ってくれているのだが、引き離すとまた潤み始める子供たちに苦笑をした。
「ほら、泣かないの。傍にいるから」
言葉で言ってどこまで理解できるかわからないが優しくなだめる。
使用人達が拭いている傍から涙がこぼれるものだから、皆で苦笑をしてしまう。
「自分でしたんじゃないの?」
ガリオンの頬をつんつんとつついた。
「っ・・・っぁぅ・・・」
「こんなに泣き虫なのも貴族としては困ってしまうね・・・。僕もそうだったのかな」
ガリウスは余り涙を見せるように見えない。
となるとシャリオンに似てしまったのだろうか。
行儀を習う前、幼い頃は良く泣いていたような気がする。
「大丈夫でございます。まだ、お生まれになって日も浅いですから」
「あ。・・・そうだったね」
年長の使用人にそう言われて、ほんの少しホッとする。
そうだ、子供達は一年も経っていないのだ。
むしろこんなに意思があるのも、浮いて見せるのも普通ならあり得ないという事を良く失念してしまう。
「・・・そっか。やっぱり魔法覚えさせるの早かったかな・・・?」
ふわりと2人の頭を順番に撫でる。
すると泣きつかれたのか、うとうとと目をさせている2人の背中を交互に撫でると、しばらくして寝息を立てるのだった。
☆☆☆
埃だらけの服を着替え皆が部屋に訪れた。
子供達はシャリオン達の寝室に寝かせて使用人達に見てもらっている。
来客用の部屋を当てても良かったのだが、駄目だと分かっていてもなんだか傍にいてやりたかったのだ。
セレスの手を見ればすっかり治っているようで安心した。
「出血は?」
「それほどないから大丈夫~」
グロテスクな見た目は想像したくないが、そうなるほどなら血も流したのではないだろうか。
心配したシャリオンにセレスは首を横に振った。
「特性の造血剤も飲んでるよ」
「ぞうけつざい?」
初めて聞く言葉だ。
「前にライガー大公が大怪我をされたでしょう?
その時に思いついたんだ~。
傷は治癒魔法で表面は治るけど血を造れればいいのにって」
「そう思ってそれで作れるなんて、セレスはやっぱり凄いね」
感心して言えばセレスは苦笑した。
「そんな事より、ボク達から事情を聴かなくていいの~?」
「あ。そうだった。
さっき子供達がしたと言っていたけど何をしたの?」
「最初はね。いつもの様に魔力のコントロールを教えていたんだ」
「うん」
「コントロールには見てもらったと思うけど、簡単な明かりをともす光魔法をつくる練習にしているんだけど」
良く見せてくれている光の環は、室内を照らす魔法と同じだ。
「けど、最近出来ることが多くなったのが楽しくなってきてるのか、やたら大きな光を産み出すようになってきちゃってね」
「・・・なるほど」
全てを言わなくてもなんだかわかってきた気がする。
「止めてはいるのだけど」
「・・・ご理解いただけているかはわかりませんが、確かにセレス殿はお子様方にそう仰られています」
「そうか。・・・・もしかして、子供達は止められるのも面白がったりしてる・・・?」
「「・・・はい」」
使用人達も困った様に苦笑を浮かべている。
ある程度大きくなると、駄目だと言われる事が楽しく感じてたことがあった。
シャリオンも乳母であるジュリアに良く窘められていた。
・・・流石にあんなことは無かったが、変わらないことだ。
「ごめん・・・僕に似てしまったのかも。・・・はぁ・・・」
こめかみに手を当ててつつため息をついた。
「いいえ。私共は正しくお子様方を育てるのが仕事です」
シャリオンの謝罪に彼女達は揃ってそう言った。
それに苦笑を浮かべながら、シャリオンはコクリと頷いた。
「ありがとう。まだ赤子だから・・・理解はしないかもしれないけれど、前みたいに言い聞かせてみるよ。
じゃぁセレス以外は仕事に戻ってくれる?」
「「「承知しました」」」
そう言うと、何人かは子供達が寝ている寝室へ、そして何人かは部屋の外へと出て行った。
セレスと2人きりになるとソファーに掛けなおした。
思わずため息をつくと隣からクスクスと笑い声が聞こえた。
視線を向ければ詫びられた。
「ごめんね。・・・いや。申し訳ありませんでした」
そう言うと、口調がスッと戻る。
見た目はセレスのままなのに、言葉遣いは大人だ。
「良いよ。十中八九子供達が悪いよ」
「ですが・・・」
「セレスのあの口調ってルークのだよね」
「!・・・えぇ」
「やっぱり。会ってからずっと気になってたんだよね。
・・・なんで・・・?」
「お子様に対してのお叱りや要望は宜しいのでしょうか」
「うーん。魔力のコントロールを徹底してほしい。
今微妙な時期で・・・子供達が通常よりも魔力があると言うのをあまり知られたくないんだ」
「はい」
「あとは特にないかな。あまりにも我儘言うようなら厳しくして良い」
「・・・。・・・それは難しそうですが、そのように」
苦笑しながらセレスは答えた。
他に教えた事がないセレスも手探りなのだろう。
「・・・あのくらいの子供を見ていると、弟や妹を思い出すのです」
「え・・・?」
「・・・魔力の高い子供はファングス家の別邸に集められ、10歳まで魔術と一般教養を教え込まれます」
「あのくらいって・・・0歳だけど」
意味のあるような言葉を発したり、理解している様な素振りを見せるが、子供達はとても教えようとして魔法を覚えられるような状態に見えない。
驚いてそう言ったシャリオンにセレスは目を伏せた。
「・・・私が・・・原因ですね」
「どういう・・・いみ?」
「ファングスに魔力の高い魔術師は金になると知らせてしまった」
「!」
「あの屋敷に来る子供は一切泣きません。・・・私も自分が子供のころ泣いていたかなんて知りませんし、泣かないのが普通だと思っていました。
しかし、命令でとある屋敷に忍び込んだ時・・・子供が泣いたんです」
「・・・、」
「それまで自分の状況が可笑しいと言う認識はありました。
姉だと言う人物や、父だと言う人物をそう呼ぶことを禁止されていましたし、弟や妹が次々出来ては消える。
それになんとも思っていませんでしたが、・・・それも可笑しいと思い始めたころには遅かった。
ある時、消える理由を知ってしまった」
「!」
言葉を濁されたがシャリオンにはとてもそれを追及できなかった。
震えそうになるのを腕を掴んで引き留める。
「不満や疑問を抱いていることを察したのか、・・・ある時から私に後処理をさせる様になりました」
「・・・!」
「何も言いませんが『お前もこうなる』と言われている様なそんな気分に・・・陥っていました。
抗おうとしても、・・・実行が出来ない。
私はジェームズ・ファングスと言う男に逆らえない人形になっていました」
「・・・っ」
「ガリウス様に・・・タリスマンを売りつけられたのは奇跡に近かった」
シャリオンを助けるきっかけになったタリスマンだ。
「あれが出来た時、もしかしたら自分で子供達を助けられるかもしれないと思いました。
しかし、・・・あの血に染まった屋敷に戻ると・・・弟や妹達を助けることは出来ませんでした」
「・・・、」
「だから・・・、罪滅ぼしなんでしょうか。
心のどこかで弟や妹達の声を聞いてやれなかった自分を、取り戻そうとしているのかもしれない」
ふと、シャリオンやガリウスが言う難題も特に文句も言わずに従うのは、そのせいなのかもしれないと思った。
「私にはお子様方の言葉が我がままに聞こえない・・・わけでもないのですが、聞いてやりたくなってしまうんです」
「っ・・・それは・・・でも、・・・困る」
シャリオンがそう言うと、セレスは苦笑する。
「えぇ。勿論です。
私はそのためにここに居るのですから。
・・・、・・・先ほどのご質問ですが」
「え?」
「ルーク殿下の口調をまねているのか?というものです」
「あぁ。さっきそう思ったんだ」
粉塵の中で受け応えをするセレスに直感的に重なった。
「あの方が羨ましかったんです」
「ルーが?・・・あっとルークの事ね」
「・・・。えぇ。殿下の様になりたかったのです」
「確かに器用だものね」
「そうではなく。・・・あの方は兄上を守るために、・・・結構いろいろ苦労されたのですよ」
ファングス家の影のように動いていたセレドニオには様々な情報が入ってきていたのだろう。
「兄上が不利にならないように、兄上にファングス家の者が行かないように。必死に動かれていました」
「・・・、」
「勿論、兄上の方もルーク殿下に毒牙が回らないように、・・・そして貴方に火の粉が飛ばないように必死にされておりましたが」
「っ・・・」
「だからその憧れの現われです」
「・・・そう、なんだ」
「えぇ。ちなみにこの見た目の理由は、黒髪黒目よりピンクの方が明るそうで話しかけやすいと思いまして」
「・・・そうなの?・・・僕はてっきり」
「なんですか?」
「いや・・・なんでもない」
そこからは憶測だった。
それに、その憶測が当たっているのなら、わざわざ掘り起こすこともない。
ピンクにしたいというのなら、それでいいのだ。
「無理に聞いて悪かったね」
「無理ではありません。聞いてくださればお応えします」
「・・・。セレス、もう元に戻ってくれない?」
そういうと、セレスは一瞬止まった微笑みを浮かべるとコクリと頷いた。
聞いてはないがセレドニオは過去の自分を捨てたいと思っているのだと思ったのだ。
「ふふっ喜んで~。
やっぱりこの方がボクらしいよね~」
「30代の大人が話していると思わなければね」
「今のボクの見た目ならそんな年上にみられないから大丈夫でしょう!」
「あはは。そうだね」
そう言うとシャリオンがクスリと笑うと、セレスは少しホッとしたように微笑んだ。
「ボク明日から頑張るよ。甘やかすだけが師匠じゃないもんね」
「いや、・・・師匠・・・とか教師って甘やかすものじゃないよ?
・・・でも僕も耳が痛い。
さっきも結局泣いてしまうのがかわいそうで、隣で寝かしているけれど・・・」
思わず寝室への扉を見る。
「今日くらいは大丈夫なんじゃないの~?
ガリウス様と仲良く4人で寝たら良いと思う」
「そう・・・かな。・・・そうだよね」
たった一日くらい、長い貴族生活であっても良いだろうか。
そんなことを思うとセレスの言葉にコクリと頷くのだった。
☆☆☆
その日の夜。
ガリウスが帰宅すると少し難しい顔をしていたが、シャリオンの表情を見るなり解ける。
その大きな胸に包まれるとぎゅっと抱きしめられた。
「ただいま戻りました」
「おかえりガリィ。お疲れ様」
「シャリオンも。・・・今日は大変でしたね」
「ほんとだよー。他人を傷つけてはいけないと思ってセレスにお願いしてたけど、頼んで正解だったね」
「ですね。彼じゃなかったらと考えると怖いですね」
子供達は教えずとも召喚(?)をしたり浮遊をしたりした。
きっとセレスを呼んでいなかったとしても、遠くない未来に同じように暴発させていたはずだ。
「魔法を教えてたわけじゃなくて、コントロールの為にやっていたらしいんだけど・・・
たぶん遊んじゃったのだと思う」
「そうかもしれませんね」
シャリオンとガリウスはつい先日、子供達が作り出す光の環を見せてもらったが、その時も2人が喜ぶと嬉しそうに次々と生み出し魔力が切れて疲れるまでそれは行われていたくらいだ。
「・・・今夜はきっちり教えないと駄目ですね」
どうやら、隣に子供達がいることは聞いているらしく、ジッと寝室の扉を見るガリウスに苦笑を浮かべた。
「まだ0歳だという事を忘れそうだよね」
「!・・・。・・・えぇ」
シャリオンの言葉にハッとしたようなガリウスは、しばらくして苦笑を浮かべたのだった。
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