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婚約編

まさか、薬を盛られるとは思わなかったよ?(夜会②)

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昨日の反省から感情的にならないようにしなければと、意気込みながら会場に向かう。
おそらく、アボットの子飼いの貴族たちが、昨日の出来事を話しているであろう。
影響力の強い相手ではあるが、公爵家の者は蔑ろにしないはずだ。

昨日の帰りは確かに早かったしな

もう少し待っていたら来ていたかもしれないが、不愉快でさっさと退室してしまった。
こちらから挨拶をする必要だと思える貴族はいなかったのであのタイミングでなくとも、欲しい情報も得ていたし残ってもあと30分程だっただろう。
今日こそはヘインズかアボットと話したい。

・・・今日は来ているといいんんだけど

すると、会場に着いたところで1人の貴族がこちらに駆け寄ってくる。
丁度思い浮かべていたアボットだ。
まさか入口で待ち構えているとは思っていなかった。
シャリオンとガリウスは2人そろって挨拶をする。

「ようこそおいで下さいましたなぁ」
「「お久しぶりです。アボット侯爵」」
「シャリオン殿、ガディーナ殿お久しぶりでです。・・・こちらが噂の?」
「噂と言うものが何のことかわかりかねますが。クリエラです。
クリエラ、本日お招きくださった、アボット侯爵にご挨拶を」

そう声をかけるとクロエが一歩前に出る。

「本日はお招きいただきありがとうございます。
シャリオン様の側室候補として、ただいまハイシア家にて行儀見習い中にございます。
クリエラと申します。以後お見知りおきを」

そういって美しいカテーシーを披露するクロエにアボットは興味を示した。

「これはこれはぁ。・・・素敵な淑女ですなぁ」

顎に手をやりニヤニヤとクロエを見るアボットに嫌悪感を感じ声を掛けようとしたが、
今度はシャリオンに視線を戻すと上から下まで舐めるような視線でこちらを見てきた。

「まぁ、シャリオン殿の美しさには敵いませんかなぁ?」
「・・・ありがとうございます」

思わず言葉を失ったが、賛辞に感謝を述べる。

いや、賛辞なのか???

あまり美しいと持ち上げられるのが好きではないシャリオン。
レオンのサポートをしていた頃、顔や容姿なんて関係ないだろうに、それを褒められてばかりでそれが不快にすら感じていたからだ。

「さぁさぁ、こちらへ。・・・ところで、昨日はすみませんでしたなぁ」

想定内の反応だ。
3日間で話が出来れば良いと思っていた。
まさか主催者が1日目からいないとは思わなかったが。

「お招きしましたので、こちらには来ようと思っておりましたが、・・・まさかそんなお早くお帰りになるとはおもいませんでねぇ」
「昨日は忙しい様でしたので」

おそらく軽い冗談なのかもしれないが、主催者がいない方がありえないと思うし、昨日の出来事は本当に不快だった。
少し見回したが、昨日の男爵の姿はないから今日は出入りを禁止されたのかもしれない。

「普段このパーティ会場には決まったものしかおらず、あまりこちらには顔を出さないのでねぇ」
「こちら?」
「えぇ。ちょっとした親睦会と言いますか。
女性達がどういったものなのかという知識を深めるため勉強会を行っているのです」
「そうでしたか。・・・それはこちらより重要かもしれませんね」

その言葉にシャリオンは感心した。
もしかしたら、アボットが黒幕だと思っていたが、それはほんの一部だけで自分が見誤っていたのだろうか。
この夜会とさして変わらない会場よりも、余程正しいあり方なのではないだろうか。

それにその会場にも興味がある。
女性を妻に迎えたというヘインズがその会場にはいないだろうか?
もしいるのならクロエに会わせてみたいのだ。

昨日の男爵の口ぶりだと、すくなくともあの会場にいる者達は『女性保護』なんて思っていない。
愛玩ペットの様にしか思っていない。
ゾイドスの客も数名いるのではないだろうか。

「是非そちらに参加させていただきたいのですが、難しいでしょうか」
「ほぅ。・・・シャリオン様もご興味がございますかなぁ?」
「えぇ。クリエラ、君はどうだい?」
「はい。わたくしも興味がございます」
「では、お二人をご招待しましょうか。・・・。ガリウス殿はこちらでお待ちいただくことになりますが」
「それはどういうことかお伺いしても?」
「あちらの会場では、伴侶に女性を迎えられた者のみの集いなのですよ。失礼ですがガリウス殿にはいらっしゃいますかなぁ?」
「・・・、・・・いいえ」

シャリオンはガリウスに首を振ってそちらを見た。

「・・・シャリオン」
「ガリウス、大丈夫だ。・・・会場はこちらの別室になるのですよね?」
「えぇ、えぇ。すぐ目と鼻の先ですよぉ」

ソルの方にも視線を送ると、こちらにコクリと合図を送ってくる。
するとガリウスは小さくため息をついた。

「気を付けてきてくださいね」
「ガリウス殿・・・別に地獄に連れていくわけじゃないですがぁ」
「・・・。くれぐれも変なことをなさらないように。・・・侍女を付けるのは構いませんね」
「いや、だから、ねぇ?・・・まぁ良い。さて行きましょうかねぇ」


そういうとアボットにシャリオンとクロエ、アリアはその特別室とやらに向かうのだった。


☆☆☆



ガリウスやゾル達から離れ、とある部屋についた。
すぐ隣のような雰囲気だったわりに、実際は敷地の中の別の建物だった。
別室とは言えないものである。

「・・・。シャリオン殿と侍女は、こちらでしばらくお待ちください。
貴女は一緒に来てもらえますかなぁ?」
「それは・・・」
「申し訳ございません。わたくしは旦那様のお傍を離れるわけにはいきませんの」

そう断ったのはクロエだ。

「実はわたくし、幼少期に双子の妹を誘拐されております」
「双子の。・・・ほぅ」
「その時の事がトラウマで、旦那様には離れられないように術を施されています」

・・・。してないけど!?

すらすらと出てくるクロエに少し驚いてしまう。
だが、良かった。
自分ではちょっと思い浮かばなかったからだ。
ちらりとこちらに視線を寄こすアボットにシャリオンは肯定する。

「申し訳けありません。・・・クリエラには安心して過ごしてもらいたく術をかけて貰ったのです」
「それは仕方ありませんなぁ。それはメサに?あやつは黒魔術も極めておりますからなぁ」
「彼ではありません。が、その術師とは明かさない契約を結んでおりますので」

まさか、メサが黒魔術師だったとは知らなかった。
このタリスマンは彼が作ったのだろうか。

・・・あの口調といい、僕のこと本当に心配してくれていたんだな

「ほう。あやつではなかったか。・・・ではまぁこちらにお茶を持ってこさせましょう」

そういうと、アボットがベルを鳴らすと、使用人がワゴンを引いて入室してきた。
淹れられた茶は、いい香りのする紅茶だった。
香りを楽しみながら口を付けると、アボットが話し始めた。


「まだ勉強会はそれほど進んでおりませんから安心ください。
それよりもあの場に入る前に注意してほしいことがございましてなぁ」






☆☆☆






アボットの話を聞きいているが、なんだか話が遠く聞こえる気がする。
おまけになんだか熱くなってきて、酷く喉が渇く。
あのお茶を口つけてからだ。

なにか、盛られた・・・?

なんだか、ふわふわもしてきた。
しかし、帰るとなったら次この夜会にいつ出られるか。
そもそも、あまり何度も来たいとは思えなかった。

「旦那様・・・?」

呼ばれてみれば心配気なクロエとアリアがこちらを見ている。

「ん?どうかした・・・?」
「っ・・・」
「・・・シャリオンさまっ」
「・・・?」

しかし、クロエとアリアは息をのんでこちらを見ている。
クロエはなんともないから、やはりシャリオンだけ?風邪・・・なのだろうか?

「っ旦那様、本日は帰りましょう」
「え?」
「体調が優れなさそうです」
「でも、」
「明日も夜会はございます。勉強会は明日参加なさっては?」
「シャリオンさま。無理をなさらないで下さい」
「え、・・・」

2人の真剣な表情に戸惑う。
そんなに体調が悪そうに見えているのだろうか。
頭が痛いだとか、寒いなどは一切ないのだが。

シャリオンは熱いとしか思っていなかったが、頬は赤く染まり眼は潤み、煽情的で欲をかき立てるそんな姿だった。
少し熱いからなのか、呼吸も弾んでいるそれは、まるで情事を連想させるもので、現にアボットは食い入るようにシャリオンを見て、やに下がっていた。
何がなんでも2人きりにしてはいけないと、この時クロエとアリアは思った。

「あまり無理をなさられるなら、ガリウス様をお呼びいたします」

そういうと、アボットが急に表情が戻る。

「・・・そうですなぁ。
今日は一度帰られた方が良いかもしれませんなぁ」

だが、視線はシャリオンを見つめたまま。
この部屋に入ってきた時には、クロエをやたら見ていたというのに、今ではシャリオンに夢中なようだった。

「では、侯爵様。帰りの道なりはわかりますので、こちらで大丈夫ですわ」
「そうかねぇ?では、今日はゆっくり休んで、明日またお会いしましょうかぁ」
「え、えぇ。折角ご都合つけていただきましたのに申し訳ありません」
「いやいや。どうか気にせんでください」

少しふらつく足元を、恥ずかしい所だがクロエとアリアに支えられた。
部屋を出てしばらく歩き人の気配がないところで、クロエに謝罪する。

「すまない・・・」
「・・・いや。貴方の体調が悪いのはあのお茶の所為だと思う」
「・・・やっぱり?でもクリエラは大丈夫そうだ」
「私は盗賊だからな。毒ならしくらいは」

年齢差だろうか。
アリアは屋敷に来て作用人になってから覚えた。
でも、そのおかげで助かった。

「それにしたって、シャリオンさまがまさか出されたお茶を飲むとは思いませんでした」

あきれたようにいうアリア。
まさか・・・侯爵に薬を盛られるとは思わなかった。

そんな時だった。
物陰から1人の男が現れた。
目が血走りクロエに今にも飛びかかりそうな勢いだ。
シャリオンはすぐにその男の正体が分かる。
危ないと遠ざけようと前に立とうとするが、力が入らない上に寧ろ、クロエに助けられた。

「・・・ヘインズ子爵」
「!」

シャリオンがそう呟くと、クロエが驚いたようにさせたが、慌てて貴族の娘らしく微笑む。

「貴方様がヘインズ子爵様であられましたか。
素晴らしい本を幾冊も読ませていただきました。
わたくしシャリオン様の側室候補として、ハイシア家に行儀見習いをさせて頂いているクリエラと申します。
以後お見知り置きを」

そういって綺麗なカテーシを見せるクロエ。
それに驚き息を飲んで、上から下まで舐めるように見る。
どうやらここには失礼な輩しかいないのだろうか。

「クリエラ・・・クロエでは無いのか?もしくは赤蜘蛛では」

ぼんやりとする思考の中で、何故この男がこんなことを言うのか整理が出来なかった。
クロエが赤蜘蛛だったとして、何故そんなことを?

「彼女は僕の領地の平民ですよ。・・・何故そんなことを?」
「い、・・・いや」
「クロエとは誰です?」
「っ・・・今のは申し訳ありません。なんでもないのです」

『なんかあります』という風にしか聞こえない。
ここに魔法紙があったら聞きたいところこではあるが。

「行儀見習いを終えたら知り合いの貴族に養子に入れて、我が家に向かえいれるつもりです」
「!・・・どうやってであったのですか?平民とは中々であうタイミングは無いでしょう。
とくにハイシア様は公爵家で屋敷から出られないのでは」

出られないとはなんだ。
捕らえられてるわけでもないのに。

「シャリオンさまは領地に就任されてから、良く民の生活をご覧になられております。その時に」
「旦那様には幼い頃双子と生き別れになり自棄になっていたわたくしを救っていただいたのですわ」

落ち着いた態度でそう話すクロエ。
自ら『クロエではないのか』と、聞いてくる怪しいこの男に、感情を乱さずに言うクロエに感心する。
2週間前なら飛びかかっていたかも知れない。

「そういえば、貴方の奥方も女性で貴族ではないと伺いましたが」
「!だれが、そのようなこと」
「さぁどなたかだったまでは。・・・昨日はたくさんの方とお話させていただいたので。クリエラ達は覚えているかい?」

そう声をを掛けると、2人とも覚えていないと答える。
それに、ヘインズは息をのんだのち、視線を逸らしこちらを見てくる。

「ハイシア様、宜しければお時間を頂けませんでしょうか」
「駄目ですわ。旦那様は体調が優れませんの。
御用でしたら明日伺いますわ」

ジロリと冷たい視線をおくるクロエ。
彼をもう黒だと目星をつけたらしい。



☆☆☆




ガリウスに合流しクロエが説明するなり、シャリオンは抱き上げられてしまった。
人がたくさんいるというのに、恥ずかしい。

だが、正直足元はふらついていて、2人の支えがなければ、真っ直ぐ歩けなかった。
ガリウスの逞しい腕の中に揺られて、安心するのにどこかぞわぞわする。
きっと2人きりで馬車に乗っていたなら、キスをねだってしまっていただろう。

みんな前見てくれないかな・・・

ジッとその唇を見てしまう。
すると、小さくため息がつかれる。
それすらも色っぽく見えてしまっているシャリオンは、薬のピークが来ていた。

「ゾル。帰りはこちらの屋敷に、馬車で帰ってきて頂けませんか」
「・・・。わかりました」
「・・・どうして?ガリウス」
「なぜでしょうね」
「屋敷に帰るならみんな一緒でも」
「いいからお前はガリウス様に守られながら、さっさと帰れ」
「ゾル・・・?」

外だと言うのに口調を崩すゾルは珍しい。
というか、初めてだ。

「ガリウス様。こちらは彼女達をちゃんと屋敷まで連れ帰ります。
・・・ただ、御者がカインであることは忘れないでくださいね」
「分かっていますよ」

そう言うとガリウスはシャリオンを抱きかかえたまま馬車に乗り込む。
目隠しのカーテンを全ておろし、2人だけの空間になる。
ふわふわと思考の中で、皆がどうして馬車に乗らないのか不思議だったが、それでも2人になれたのは嬉しかった。

「・・・ふふ」

まだ、思考がふわふわしている。
この状況が楽しくて笑みが溢れてしまう。

「どうかしましたか?」
「さっき・・・2人だったらキスしてたなって思ってたけど、みんないるからて我慢しないとって
思ったんだ」

そう言いながらガリウスの唇を見つめてしまう。

「・・・、」
「だめ?」
「なにがですか?」
「そーやってすぐ言わそーとするよね、ガリウスは」

クスクス笑いながら体を起こすとガリウスに跨ぎ向かい合うようになる。

「媚薬ではないようですが、・・・これは危険ですね」
「びやく・・・?」
「えぇ」
「危険な僕とはキスしたくない?」
「・・・外にはカインが居ますよ」
「結界は?」
「張ってますが、馬車ごとです」

結界の中の音は漏れないと以前ゾルが言っていた。
カインは結界の内側にいることになると、ガリウスの言っている事は分かる。
だが、駄目だと言われると余計にしたくなる。
こんなこと初めてだ。

「・・・ガリィ」

驚くほど甘えた声を出していることに、シャリオンは気付いておらず、唇をねだる。

「いいんですか?情事の音が聞かれてしまいますよ」
「・・・だめ」

まだ若いカインに聞かせるようなことではない。
けど・・・。

「なら、我慢しましょう?」
「・・・、・・・キスだけ」

そういうシャリオンにガリウスは苦笑する。
屋敷に着く頃にはキスだけでトロトロにとけたシャリオンは当然歩けるわけもなく、ガリウスに抱かれて部屋に戻るのだった。
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