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第二章「異変の始まり」

第12話「嫉妬」

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白月さん優しそうで、とても綺麗な人……晴明様は、白月さんを式神にした。
こうして見ても晴明様と、白月さんはお似合いで。
晴明様も、白月さんを見詰める眼差しは優しくて。
いやっ……いやよ、晴明様。そんな眼差しで、白月さんを見ないで!
その優しい紫の眼差しは、特別で。私だけに向けられるものだと、思っていたのに。
私以外のひとにその眼差しを、向けないで!
私、きっと今、凄く嫌な子になってる。白月さんに嫉妬してる。
私の心が、闇にむしばまれていく。誰か助けて! ああ、晴明様……



その日は、曇り空だった。晴明は仕事に行く為、朝餉を取っていた。
白月が来てから、食事の支度は全て、白月がしていた。
今まで、美夕がしていた家事が減り、美夕はそれさえも、うとましく感じていた。
「はい、道満様。どうぞ」白月が御飯を茶碗に盛り、道満に渡す。
「ありがとう! 白月ちゃん」にこにこ顔で、受け取る道満。


美夕は、それを恨めしそうに見ていた。その時、白月が美夕の様子に気づいた。
一口も、食べていないのを見て。
「あら、どうしたの? 美夕ちゃん。一口も食べていないけれど。具合でも、悪いの」と心配そうに聞くと美夕はうつむき、視線を向けず首を横に振り
「いえ、今日は、食欲がないんです」と、言った。
「それじゃあ、お粥にでもする?」
白月が気を使って再度聞いても、美夕は首を横に振るだけ。


「そう……」
白月は、美夕の事を気に掛けながら、晴明の茶碗に御飯をよそろうとしゃもじをおひつに入れた。その時、
「晴明様のは、私が!」と美夕が突然、白月の腕を強く引っ張った。
「キャッ!」白月が驚き茶碗を落とし、割れてしまった。
「何をやっているのだ! 美夕!」晴明が美夕を叱った。
「だって……白月さんが」と美夕は今にも、泣き出しそうな表情をした。
無言で、欠片を拾う白月。「痛っ!」白月は茶碗の欠片で、人差し指を切ってしまった。
白月のしなやかな指から、血が流れている。


それを見た晴明は何と、白月の手を取り指を口に含んだ。
「せっ、晴明様!」顔を真っ赤に染める白月。ズキン!
美夕は、自分にもされた事がない晴明の行動に唖然とし、
そして心を痛め瞳から、涙がとめどなく溢れた。
美夕はその場から、勢い良く立ち上がり
「なによ! なによ! 晴明様の馬鹿! 白月さんも、大っ嫌い!!」
と叫ぶと、部屋から飛び出した。


「美夕ちゃん!」
「美夕!」
道満があわてて追いかけ、晴明も、血相を変えて追いかけたが、
大通りの人ごみに紛れて、見失ってしまった。


◇ ◇ ◇


美夕はその夜、帰ってこなかった。
晴明と道満は式神をともない、美夕が行きそうな場所や町中を探した。
その数週間後である。夜な夜な美しい鬼女が出没し、
人の生き血をすするという噂が、流れ出したのは。
しかも、殺める事はせず、被害者は全員、生きて帰されるのだという。


晴明は何となく、この一件は美夕が、関係しているような予感がしていた。
晴明と、道満、白月は鬼女が出没するという橋で、待ち伏せする事にした。
夕暮れ。酔っぱらった男が、橋を通り掛った。
すると、どこからともなく、一人の女がふらっと現れ男に近づくと、
「―――お腹が空いたの。血をちょうだい」
と、突然、懐から刃物を取り出した。


「ギャアア!! で、出たあああああっっ!!!」
と、顔を真っ青にし、絶叫する男。晴明達は物陰から飛び出し、
「鬼女よ! お前の凶行も、今宵限りだ!」と、叫ぶと
懐から呪符を取り出し、呪を唱え始めた。
「安倍晴明が命ず、急ぎ律令りつりょうごとくせよ! オン・アーク・バサラ・カーン!」
すると、鬼女は動きを止めドサリと地面に膝を付いた。


晴明は鬼女に“不動縛ふどうしばりの術”を掛けたのである。
「ひいいいっっ!! お助け~!!!」と、男は一目散に逃げて行った。
晴明は、動けなくなった鬼女に近づいて行った。
松明の灯りでその姿が、浮き上がった。何と、鬼女の正体は美夕だった。


「晴明様……」
美夕は、食物を食べていなかったらしく痩せていた。
「美夕ちゃん。どうして!?」と、心底驚く道満。
白月は、静かに美夕を見詰めている。
「美夕!」晴明は美夕をその腕の中に抱きしめていた。
顔を真っ赤に染め、目を大きく見開く美夕。


晴明は、切なげな表情を浮かべ、
「なぜ、こんな事をした? なぜ、直ぐ帰ってこなかった? 心配したのだぞ!
他の陰陽師や検非違使けびいしに見つかれば、命はなかったぞ!?」と言うと、美夕は涙を流し。
「ごめんなさい……晴明様のお屋敷を飛び出して、お金も無く食べ物も買えない私は。ある時、あまりの空腹に自分の血を飲み、血の味を覚えました。
でも、自分の血では飢えは解消されない。
ですから、人の血を少し分けて頂くことにしたのです。」と言った。


晴明は、人に迷惑を掛ける事を嫌う美夕がそこまで追い詰められていた事に、
自分の保護者としての責任を感じ、美夕の苦悩を案じた。
「帰れなかったのは?」と道満が聞くと、美夕はうつむきながら言った。


「帰れなかったのは……私、実は白月さんにずっと、嫉妬していました。
晴明様が、白月さんを見詰める眼差しに耐えられなくて。
白月さんに優しくする晴明様が嫌で、日に日に心が嫉妬心に蝕まれていったんです。
白月さんが大切にされ、自分は今に捨てられるんじゃないかって。
私、怖かった! 怖かったんです!」


晴明は、美夕の髪を優しく撫でながら言った。
「そうか……嫉妬していたか。
お前の気持ちに気づかず、すまなかったな。
しかしな、美夕よ。私はお前も、白月も道満も大切な家族だと思っている……」
「私とお前は身内がいず、天涯孤独の身だった。ゆえに私は、家族の絆を大事にしたいのだ。だから帰って来い、美夕。お前の居場所は、私の元なのだろう?」
と微笑むと、美夕は戸惑い。
「でも、でも! 私、泣き虫だし、やきもち焼くし。
晴明様にも白月さんにも、迷惑掛けてばかりだからっ」
と慌てて言うと、白月は優しく微笑んだ。


「安心してください、美夕ちゃん。そしてこれまで。ごめんなさい。
私は晴明様には、恋愛感情はありませんよ。」
「ただ、兄、黒月と同じ大切なご主人を守りたい……そう、願っているだけです。
だから、私のことは姉だと思って。どんどん、甘えていいのよ?
これからは炊事も、一緒にしましょう!」


美夕は、うなずきながらぼろぼろと、瞳から涙を流した。
「はい、晴明様、白月さん大好きです! 私一人で、わがままになってごめんなさい」と頭を下げると、それを聞いた道満は口を尖らせた。
「ぶ~! 美夕ちゃん。俺のこと忘れてるよ~! 俺のことは~?」


美夕はきょとんとし、
「はいっ、道満様のことも。もちろん大好きですっ」
と笑うと、グ~キュルル~。
美夕のお腹の音が響いた。美夕は恥ずかしくて、顔を朱に染めた。


晴明は思わずプッと噴出すと、
「早く屋敷に帰るぞ。誰ぞの虫が、鳴いている」と言った。
ちょうど、従者ずさが牛車で迎えに来た。
晴明達は牛車に乗ると、月の光に照らされて晴明邸の方へと帰っていった。
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