17 / 22
17.嘘
しおりを挟む
さて、テルマン子爵家の邸にアンナリースさんを訪ねると(元夫も当然のようについてきたのだが)、アンナリースさんのご両親が「ああ、やれやれ」と言った顔で私たちを出迎えた。その感覚、とってもよく分かるわ!
マリネットさんのときと違う点は、マリネットさんは元夫と婚約していたけど、アンナリースさんは元夫のただの浮気相手でしかなくて、二人の関係についてはご両親も冷ややかに思っていただろうということ。それが、ご両親の表情からありありと伝わってくる。
アンナリースさんもご両親にはたぶん浮気のことは相当否定的に言われていた様子で、凄い勢いで応接室に飛び込んでくると、まだ私がご両親にまともに挨拶もさせてもらっていないタイミングで、無理矢理にご両親を応接室から追い出してしまった。
凄い気迫……。よっぽどご両親を前には恥ずかしいのでしょうね。
アンナリースさんはご両親を追い出すとほっとしたように息を吐き、そしてくるりと私たちの方を向いた。私たちに文句をいっぱい言ってやりたいと思っているような目つきだった。
「このたびは、大変申し訳ございませんでした」
私はすぐに謝った。
するとアンナリースさんは一瞬気まずそうな顔をした。私は「あれ?」と思った。私が不審そうに見ていることに気付いたのか、アンナリースさんは、唇をぎゅっと結んで、しかし私には目を合わせないままに、右手を私の方へ突き出した。
確かに手の甲全体に白い包帯がまかれている。利き手がこんな状態では確かに日常生活に支障が出そうだった。
私は申し訳なく思って、
「怪我のおかげんはいかがですか? 本当にすみません。ご不便ですよね。治るにはどれくらい時間がかかると言われましたか?」
とそっと聞いた。
しかし、アンナリースさんは返事もしない。
確かに……。まあ、いきなりこんな怪我をさせられては、怒りたくなる気持ちも分かる……。
かといって、ずっと返事をしてもらえない状況は、私としてもとても居心地悪く、せめて何か説明してもらえないかと質問を繰り返すしかなかった。
「あの……うちの猫はどんな状況でそのような傷を負わせたのですか? そして今うちの猫はどこに?」
すると、今までまるでそこにいないかのように黙っていた元夫が、急に
「そうだ、リリーちゃんはどこなんだっ!」
と叫んだ。
私は、この状況でもリリーのことしか考えていない元夫に呆れ返ってしまった。
そして、
「猫の前に言うことがあるんじゃないですか!?」
と窘めた。
アンナリースさんもバッと顔を上げ、怒気を含んだ目で元夫を睨みつけていた。
そりゃそうなりますよね、と私が思っていたとき。
急にアンナリースさんが大股で元夫の方にずかずかと近寄り、
「あなたは私を一方的にふって、許せない! 今だって、猫が何!? 私より、猫!?」
と喚き始めた。
すると、あろうことか、元夫は憮然とした顔でアンナリースさんを真正面から眺めて、
「仕方ないだろ、君に飽きたんだから」
と言ってのけたのだ!
ちょっと、そんなこと言っちゃあいけませんよね! 私はすぐさま心の中で突っ込み、場をどうやって収集するか、急いで頭の中をフル回転させ始めた。
が、あまり考える必要はなかった。
アンナリースさんはものすごいスピードで腕を振り上げると、バチッと元夫の頬を叩いたのだった。
「え?」
元夫はさすがに叩かれるとは思っていなかったようで、驚いた目でアンナリースさんの方を見返した。
が、もっと驚いたのは私の方だった。
「ちょっと、その手……」
バチッとすごい勢いで叩いたときに、元夫の頬で擦れたのだろう、アンナリースさんの手の甲の包帯がずいっとズレていた。
包帯の下には美しい、傷一つない肌が見えていた。
え、ええと!? まさかの、無傷!?
ちょ、ちょっと、どういうこと!?
当局にも、私にも、アンナリースさんはまともに怪我の経緯を説明しなかった。それってやっぱり、言えなかったってこと? 虚言だったから?
元夫もアンナリースさんが怪我をしていないことに気付いたようだ。
「君、その手……」
元夫は絶句した。
さて、この状況、私はどうしたらいいのかしら。ええと、少なくとも、全部アンナリースさんの嘘だったということははっきりさせないといけませんよね?
そこで、私がなぜうちの猫が怪我をさせたなどと嘘をついたのかアンナリースさんに問い詰めようとしたとき、急に応接室の扉が開き、テルマン家の執事に案内されるようにしてスカイラー様が入ってきた。
「えっ? えええっ!? スカイラー様。なぜここに?」
私は混乱してしまった。
マリネットさんのときと違う点は、マリネットさんは元夫と婚約していたけど、アンナリースさんは元夫のただの浮気相手でしかなくて、二人の関係についてはご両親も冷ややかに思っていただろうということ。それが、ご両親の表情からありありと伝わってくる。
アンナリースさんもご両親にはたぶん浮気のことは相当否定的に言われていた様子で、凄い勢いで応接室に飛び込んでくると、まだ私がご両親にまともに挨拶もさせてもらっていないタイミングで、無理矢理にご両親を応接室から追い出してしまった。
凄い気迫……。よっぽどご両親を前には恥ずかしいのでしょうね。
アンナリースさんはご両親を追い出すとほっとしたように息を吐き、そしてくるりと私たちの方を向いた。私たちに文句をいっぱい言ってやりたいと思っているような目つきだった。
「このたびは、大変申し訳ございませんでした」
私はすぐに謝った。
するとアンナリースさんは一瞬気まずそうな顔をした。私は「あれ?」と思った。私が不審そうに見ていることに気付いたのか、アンナリースさんは、唇をぎゅっと結んで、しかし私には目を合わせないままに、右手を私の方へ突き出した。
確かに手の甲全体に白い包帯がまかれている。利き手がこんな状態では確かに日常生活に支障が出そうだった。
私は申し訳なく思って、
「怪我のおかげんはいかがですか? 本当にすみません。ご不便ですよね。治るにはどれくらい時間がかかると言われましたか?」
とそっと聞いた。
しかし、アンナリースさんは返事もしない。
確かに……。まあ、いきなりこんな怪我をさせられては、怒りたくなる気持ちも分かる……。
かといって、ずっと返事をしてもらえない状況は、私としてもとても居心地悪く、せめて何か説明してもらえないかと質問を繰り返すしかなかった。
「あの……うちの猫はどんな状況でそのような傷を負わせたのですか? そして今うちの猫はどこに?」
すると、今までまるでそこにいないかのように黙っていた元夫が、急に
「そうだ、リリーちゃんはどこなんだっ!」
と叫んだ。
私は、この状況でもリリーのことしか考えていない元夫に呆れ返ってしまった。
そして、
「猫の前に言うことがあるんじゃないですか!?」
と窘めた。
アンナリースさんもバッと顔を上げ、怒気を含んだ目で元夫を睨みつけていた。
そりゃそうなりますよね、と私が思っていたとき。
急にアンナリースさんが大股で元夫の方にずかずかと近寄り、
「あなたは私を一方的にふって、許せない! 今だって、猫が何!? 私より、猫!?」
と喚き始めた。
すると、あろうことか、元夫は憮然とした顔でアンナリースさんを真正面から眺めて、
「仕方ないだろ、君に飽きたんだから」
と言ってのけたのだ!
ちょっと、そんなこと言っちゃあいけませんよね! 私はすぐさま心の中で突っ込み、場をどうやって収集するか、急いで頭の中をフル回転させ始めた。
が、あまり考える必要はなかった。
アンナリースさんはものすごいスピードで腕を振り上げると、バチッと元夫の頬を叩いたのだった。
「え?」
元夫はさすがに叩かれるとは思っていなかったようで、驚いた目でアンナリースさんの方を見返した。
が、もっと驚いたのは私の方だった。
「ちょっと、その手……」
バチッとすごい勢いで叩いたときに、元夫の頬で擦れたのだろう、アンナリースさんの手の甲の包帯がずいっとズレていた。
包帯の下には美しい、傷一つない肌が見えていた。
え、ええと!? まさかの、無傷!?
ちょ、ちょっと、どういうこと!?
当局にも、私にも、アンナリースさんはまともに怪我の経緯を説明しなかった。それってやっぱり、言えなかったってこと? 虚言だったから?
元夫もアンナリースさんが怪我をしていないことに気付いたようだ。
「君、その手……」
元夫は絶句した。
さて、この状況、私はどうしたらいいのかしら。ええと、少なくとも、全部アンナリースさんの嘘だったということははっきりさせないといけませんよね?
そこで、私がなぜうちの猫が怪我をさせたなどと嘘をついたのかアンナリースさんに問い詰めようとしたとき、急に応接室の扉が開き、テルマン家の執事に案内されるようにしてスカイラー様が入ってきた。
「えっ? えええっ!? スカイラー様。なぜここに?」
私は混乱してしまった。
43
お気に入りに追加
175
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】裏切ったあなたを許さない
紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。
そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。
それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。
そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】真実の愛はおいしいですか?
ゆうぎり
恋愛
とある国では初代王が妖精の女王と作り上げたのが国の成り立ちだと言い伝えられてきました。
稀に幼い貴族の娘は妖精を見ることができるといいます。
王族の婚約者には妖精たちが見えている者がなる決まりがありました。
お姉様は幼い頃妖精たちが見えていたので王子様の婚約者でした。
でも、今は大きくなったので見えません。
―――そんな国の妖精たちと貴族の女の子と家族の物語
※童話として書いています。
※「婚約破棄」の内容が入るとカテゴリーエラーになってしまう為童話→恋愛に変更しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】本当に私と結婚したいの?
横居花琉
恋愛
ウィリアム王子には公爵令嬢のセシリアという婚約者がいたが、彼はパメラという令嬢にご執心だった。
王命による婚約なのにセシリアとの結婚に乗り気でないことは明らかだった。
困ったセシリアは王妃に相談することにした。
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる