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14.もう一人の浮気相手(1)
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私は眩暈がした。
元夫も真っ青になっている。
「リリーちゃんがまた行方不明だと!? さらには他人に怪我まで。当局に捕まって処分を受けたらどうしよう!」
「そ、それで、怪我をさせたお相手の方はどなたなの?」
私の声は震えていた。
スカイラー様がそっと私の肩を支えてくれる。
「それが」
執事は言いにくそうな顔をして、ちらりと元夫の顔を見た。
「アンナリース様です」
「は!?」
元夫は目を白黒させた。
私も愕然とした。だってその名前……!
元夫は気まずそうにちらりと私を見る。
私は睨み返してやった。
ええ、知っていますよ。
アンナリース・テルマン子爵令嬢様ですよね。元夫がマリネットさんの前に長くお付き合いしていた女性!
おバカ系令嬢がお好きな元夫にしては珍しく知的系の令嬢だったはず。それまでとはあんまりタイプが違ったから「運命の相手だ!」とだいぶ息巻いていらっしゃったわよねえ。
アンナリース・テルマン子爵令嬢は私から見てもたいそうよくできた女性に見えた。
まさか元夫の浮気相手をお勤めなさるまでは。
アンナリースさんはまずたいへんな勉強家との噂だった。
幼い頃から周辺国の言葉は数カ国くらいマスターしたと聞いたしね。
なので周辺国からお客様がいらっしゃったときには、お客様とそちらの言葉で話ができるので、どのお客様もそりゃあ特別感激されてたわね。
しかもとてもウィットに富んだお話も得意なようで、各国の大使の賑やかな輪の中でひときわ目立つ存在だった。
私は外国語をマスターするのがとても苦手だったので、アンナリースさんを素直に尊敬していたっけ。
そして、あれは何かの晩餐会のことだった。
その会にもたくさんの外国の大使が出席していて、独特の空気が流れていたのを覚えている。
それでもまぁ私だって多少はおもてなしの気持ちもあるし、たまたま同じテーブルの新任の外国の大使がわが国独自の食べ物に困っているように見えたので、食べ方を教えてさしあげた。
私はささやかながらもわが国の文化を外国の方に紹介できたことを少し誇らしく思っていたし、その縁でその大使ご夫妻とは少し仲良くなることができたのを嬉しく思っていたのだけど。
そこへ、ふと寄ってきたアンナリースさんが、いきなり話に割って入ってきたかと思うと、私の食べ方をごく初歩的なものだと紹介し、さらに『上級者はこんな食べ方をする、これでこそ通だ』といったことを得意の言語でペラペラペラペラ喋りだしたのだった。
しかもなんだかこれ見よがしな態度で。
私はすっかりお株を奪われた形になり、なんだか気分が萎えてしまった。
それで、少し意固地な気持ちにもなったから、「私はもう必要ないでしょう」とばかりに少しつっけんどんな挨拶をして、言葉少なにその場を立ち去ろうとした。
外国の大使夫妻はその空気を感じ取り、慌てて私に謝ろうとした。
「どうぞここにいてください! あなたはとても親切な方です」と丁寧に引き留めても下さった。
しかしアンナリースさんの方は、わざとなのか、そんな私に遠慮するようなそんな空気を是とはしなかった。
「用無しは立ち去れ」とばかりに口の端で笑いながら、私に向かって「ご苦労様」と言ったのだ。
「ご苦労様」って?
どんな立場の人が私に「ご苦労様」と言うだろう。
あ、いや、王妃様を始め、結構たくさんの人が言うか……。
しかし、仮にも侯爵夫人の私に、残念ながら格下の子爵令嬢が言うのは少々いただけない。
いやわかってますよ、能力は彼女の方が上だってことくらい。(彼女を前に私が誇れるのは身分くらいだってことも重々承知してますとも!)
それに、『そもそも身分が全てじゃない』という最近の新しい風潮のこともよく分かっている。その風潮については、私も納得する部分は多大にあるしね。
でも、そういうことじゃない。あの場でのアンナリースさんの態度。
ね、さすがに「ご苦労様」はないんじゃないかと思いません?
しかもそれだけではなかった。
どこぞのサロンに呼ばれた時の話。
まぁ当時は私もそんなに自分に悪意を持った人がいるとは思っていなかったから、私を呼んでくれるサロンの主催者様には感謝の念を込めて出来る限り出席するようにしていた。
そのたまたま呼ばれたサロンにいたのだ、アンナリースさんが。
先日の晩餐会では散々な印象だったので、私は正直嬉しくなかった。微妙な顔をしたと思う。
ただ、まぁあの時は所詮食べ物の話だし(※ちょっと違う)、あの晩餐会では特別感じ悪かったように感じられただけで、きっと今日はアンナリースさんもまともなんじゃないかと思い込むことにした。
まあ先日は言語だとか文化だとか、確かに私の拙い部分があった事は否めないし、私もきっと落ち度があったのだろう、と。
まぁ何せ先日が最悪だったから、今日はあれ以上に悪い気分になる事はないだろうと自分に言い聞かせて。
そんな感じで私は自分を落ち着かせ、サロンに顔を出していたご婦人やら名士の方々に一人一人丁寧に挨拶をはじめたのだった。
元夫も真っ青になっている。
「リリーちゃんがまた行方不明だと!? さらには他人に怪我まで。当局に捕まって処分を受けたらどうしよう!」
「そ、それで、怪我をさせたお相手の方はどなたなの?」
私の声は震えていた。
スカイラー様がそっと私の肩を支えてくれる。
「それが」
執事は言いにくそうな顔をして、ちらりと元夫の顔を見た。
「アンナリース様です」
「は!?」
元夫は目を白黒させた。
私も愕然とした。だってその名前……!
元夫は気まずそうにちらりと私を見る。
私は睨み返してやった。
ええ、知っていますよ。
アンナリース・テルマン子爵令嬢様ですよね。元夫がマリネットさんの前に長くお付き合いしていた女性!
おバカ系令嬢がお好きな元夫にしては珍しく知的系の令嬢だったはず。それまでとはあんまりタイプが違ったから「運命の相手だ!」とだいぶ息巻いていらっしゃったわよねえ。
アンナリース・テルマン子爵令嬢は私から見てもたいそうよくできた女性に見えた。
まさか元夫の浮気相手をお勤めなさるまでは。
アンナリースさんはまずたいへんな勉強家との噂だった。
幼い頃から周辺国の言葉は数カ国くらいマスターしたと聞いたしね。
なので周辺国からお客様がいらっしゃったときには、お客様とそちらの言葉で話ができるので、どのお客様もそりゃあ特別感激されてたわね。
しかもとてもウィットに富んだお話も得意なようで、各国の大使の賑やかな輪の中でひときわ目立つ存在だった。
私は外国語をマスターするのがとても苦手だったので、アンナリースさんを素直に尊敬していたっけ。
そして、あれは何かの晩餐会のことだった。
その会にもたくさんの外国の大使が出席していて、独特の空気が流れていたのを覚えている。
それでもまぁ私だって多少はおもてなしの気持ちもあるし、たまたま同じテーブルの新任の外国の大使がわが国独自の食べ物に困っているように見えたので、食べ方を教えてさしあげた。
私はささやかながらもわが国の文化を外国の方に紹介できたことを少し誇らしく思っていたし、その縁でその大使ご夫妻とは少し仲良くなることができたのを嬉しく思っていたのだけど。
そこへ、ふと寄ってきたアンナリースさんが、いきなり話に割って入ってきたかと思うと、私の食べ方をごく初歩的なものだと紹介し、さらに『上級者はこんな食べ方をする、これでこそ通だ』といったことを得意の言語でペラペラペラペラ喋りだしたのだった。
しかもなんだかこれ見よがしな態度で。
私はすっかりお株を奪われた形になり、なんだか気分が萎えてしまった。
それで、少し意固地な気持ちにもなったから、「私はもう必要ないでしょう」とばかりに少しつっけんどんな挨拶をして、言葉少なにその場を立ち去ろうとした。
外国の大使夫妻はその空気を感じ取り、慌てて私に謝ろうとした。
「どうぞここにいてください! あなたはとても親切な方です」と丁寧に引き留めても下さった。
しかしアンナリースさんの方は、わざとなのか、そんな私に遠慮するようなそんな空気を是とはしなかった。
「用無しは立ち去れ」とばかりに口の端で笑いながら、私に向かって「ご苦労様」と言ったのだ。
「ご苦労様」って?
どんな立場の人が私に「ご苦労様」と言うだろう。
あ、いや、王妃様を始め、結構たくさんの人が言うか……。
しかし、仮にも侯爵夫人の私に、残念ながら格下の子爵令嬢が言うのは少々いただけない。
いやわかってますよ、能力は彼女の方が上だってことくらい。(彼女を前に私が誇れるのは身分くらいだってことも重々承知してますとも!)
それに、『そもそも身分が全てじゃない』という最近の新しい風潮のこともよく分かっている。その風潮については、私も納得する部分は多大にあるしね。
でも、そういうことじゃない。あの場でのアンナリースさんの態度。
ね、さすがに「ご苦労様」はないんじゃないかと思いません?
しかもそれだけではなかった。
どこぞのサロンに呼ばれた時の話。
まぁ当時は私もそんなに自分に悪意を持った人がいるとは思っていなかったから、私を呼んでくれるサロンの主催者様には感謝の念を込めて出来る限り出席するようにしていた。
そのたまたま呼ばれたサロンにいたのだ、アンナリースさんが。
先日の晩餐会では散々な印象だったので、私は正直嬉しくなかった。微妙な顔をしたと思う。
ただ、まぁあの時は所詮食べ物の話だし(※ちょっと違う)、あの晩餐会では特別感じ悪かったように感じられただけで、きっと今日はアンナリースさんもまともなんじゃないかと思い込むことにした。
まあ先日は言語だとか文化だとか、確かに私の拙い部分があった事は否めないし、私もきっと落ち度があったのだろう、と。
まぁ何せ先日が最悪だったから、今日はあれ以上に悪い気分になる事はないだろうと自分に言い聞かせて。
そんな感じで私は自分を落ち着かせ、サロンに顔を出していたご婦人やら名士の方々に一人一人丁寧に挨拶をはじめたのだった。
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