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7.思い出の人
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私は疲れた体を引きずるようにして自分の邸に帰った。もうすっかり遅い時間になっている。本当に散々な一日でしたこと!
気持ちは重く沈んだまま。マリネットさんの件にリリーが関わることは分かったけど、肝心のリリーの行方は分からないのですからね。
ああ、リリー。
いったいどこにいるの? まさか外で寝たりしてないでしょうね?
食べるものはあったのかしら? 野良犬に追いかけられたりしていない? 心無い人に石を投げられたりは?
もしかして、誰かに捕らわれて逃げられずにいるのでは?
私は不安で胸が潰れそうだった。案の定、全然夜は眠れなくて、気が付いたら明け方になっていた。
「ああ、朝か」
そんな感じでぼんやりと朝を迎えたとき、執事が「ご主人様、バーニンガム伯爵から問い合わせがございます」と伝えてきたので、私は心の中で飛び上がった。
バーニンガム伯爵ですって! 急にいったいどういうことかしら?
私にとってバーニンガムという名前は、特別の響きを持っていたから。
何が特別って、私は元夫との結婚前、バーニンガム伯爵からお手紙を戴いていたのだ。
白状すると、私もまんざらではなかった――。
バーニンガム伯爵家のスカイラー様は、すらりとした爽やかな好青年で、舞踏会などで目が合うと微笑みかけてくださり、場合が許せば挨拶に来てくれた。ダンスも何度か申し込まれた。
今でも忘れない! 私は、ダンスで彼の手が私の腕や腰に触れるのに、緊張と期待とで胸が震える思いだった。
今でもたくさんの瞬間を覚えていますとも。
「ねえ、ディアンナさん(※私のこと)。今日はお会いできて嬉しかった」
「ディアンナさん、ダンスを一曲お願いしてもいいかな? こうやってダンスを申し込む、僕の勇気に免じてさ」
「ディアンナさん、緊張してる? よかった! 君も緊張してるならさ、ダンスを少々失敗しても僕のせいじゃなくて二人のせいってことでいいよね?」
彼の言葉は明るくて、私は今でもそのときの彼の口調と笑顔を思い出せる。その時の幸福な私の気持ちと共に。
あの眩しい笑顔! 私には勿体ないほどだった!
しかし、残念なことに、突然私に元夫との縁談話が舞いこむと、スカイラー様への気持ちは抑え込むしかなくなってしまった。
名門の侯爵家の元夫との縁談話に、私の両親はすっかり舞い上がってもう二つ返事状態だったので、私がスカイラー様への気持ちを両親に打ち明ける隙は全くなかったのだ。
残念なことに、元夫との縁談話はとんとん拍子に進んでしまった。
この縁談話の相手がスカイラー様だったらどんなに良かったことか! 私は虚しくなった。
貴族の娘の縁談が思い通りにいくとはもちろん思っていなかったけど、それでも私は一人の若い娘だった、スカイラー様とのことを夢見ていた……。そしてその夢は潰えてしまった。
そして私と元夫との縁談が纏まってしまうと、もうスカイラー様とのことは極力思い出さないように努力した。
思い出しても、スカイラー様と結婚できたらよかったのにという恨みのような気持ちになるばかりだったから。
そして、私も結婚する以上、夫のことを一途に愛し良き妻となるべきだと思ったから(夫となる人がどんな人か、そのときはよく分かっていませんでしたしね)。
しかし、蓋を開けてみれば、私と元夫との結婚生活は最初から完全に破綻していた。
元夫は家が決めた私との縁談を喜ばなかったし、当然のように浮気をやめなかった。
私のことはタイプじゃなかったのね。
そして、私はスカイラー様への気持ちをもっともっと自分の胸の奥深くに封印した。
だって夫が浮気して家に帰らない状況なんだもの、元夫とではなくスカイラー様と結婚できていたらきっと今より幸せに違いないと、そんなの一度でも思ってしまったら……ずるずるとその思いに縛られてしまうと思ったから。
そしてマリネットさんの件で離婚が決まってからも、私はスカイラー様のことは思い出さないようにしていた。
あの時の美しい思い出の頃の私はもうおらず、私は惨めなバツイチになっており、もうスカイラー様と対等に立つ自分が想像できなかったから。あまりにも不釣り合いで――。
気持ちは重く沈んだまま。マリネットさんの件にリリーが関わることは分かったけど、肝心のリリーの行方は分からないのですからね。
ああ、リリー。
いったいどこにいるの? まさか外で寝たりしてないでしょうね?
食べるものはあったのかしら? 野良犬に追いかけられたりしていない? 心無い人に石を投げられたりは?
もしかして、誰かに捕らわれて逃げられずにいるのでは?
私は不安で胸が潰れそうだった。案の定、全然夜は眠れなくて、気が付いたら明け方になっていた。
「ああ、朝か」
そんな感じでぼんやりと朝を迎えたとき、執事が「ご主人様、バーニンガム伯爵から問い合わせがございます」と伝えてきたので、私は心の中で飛び上がった。
バーニンガム伯爵ですって! 急にいったいどういうことかしら?
私にとってバーニンガムという名前は、特別の響きを持っていたから。
何が特別って、私は元夫との結婚前、バーニンガム伯爵からお手紙を戴いていたのだ。
白状すると、私もまんざらではなかった――。
バーニンガム伯爵家のスカイラー様は、すらりとした爽やかな好青年で、舞踏会などで目が合うと微笑みかけてくださり、場合が許せば挨拶に来てくれた。ダンスも何度か申し込まれた。
今でも忘れない! 私は、ダンスで彼の手が私の腕や腰に触れるのに、緊張と期待とで胸が震える思いだった。
今でもたくさんの瞬間を覚えていますとも。
「ねえ、ディアンナさん(※私のこと)。今日はお会いできて嬉しかった」
「ディアンナさん、ダンスを一曲お願いしてもいいかな? こうやってダンスを申し込む、僕の勇気に免じてさ」
「ディアンナさん、緊張してる? よかった! 君も緊張してるならさ、ダンスを少々失敗しても僕のせいじゃなくて二人のせいってことでいいよね?」
彼の言葉は明るくて、私は今でもそのときの彼の口調と笑顔を思い出せる。その時の幸福な私の気持ちと共に。
あの眩しい笑顔! 私には勿体ないほどだった!
しかし、残念なことに、突然私に元夫との縁談話が舞いこむと、スカイラー様への気持ちは抑え込むしかなくなってしまった。
名門の侯爵家の元夫との縁談話に、私の両親はすっかり舞い上がってもう二つ返事状態だったので、私がスカイラー様への気持ちを両親に打ち明ける隙は全くなかったのだ。
残念なことに、元夫との縁談話はとんとん拍子に進んでしまった。
この縁談話の相手がスカイラー様だったらどんなに良かったことか! 私は虚しくなった。
貴族の娘の縁談が思い通りにいくとはもちろん思っていなかったけど、それでも私は一人の若い娘だった、スカイラー様とのことを夢見ていた……。そしてその夢は潰えてしまった。
そして私と元夫との縁談が纏まってしまうと、もうスカイラー様とのことは極力思い出さないように努力した。
思い出しても、スカイラー様と結婚できたらよかったのにという恨みのような気持ちになるばかりだったから。
そして、私も結婚する以上、夫のことを一途に愛し良き妻となるべきだと思ったから(夫となる人がどんな人か、そのときはよく分かっていませんでしたしね)。
しかし、蓋を開けてみれば、私と元夫との結婚生活は最初から完全に破綻していた。
元夫は家が決めた私との縁談を喜ばなかったし、当然のように浮気をやめなかった。
私のことはタイプじゃなかったのね。
そして、私はスカイラー様への気持ちをもっともっと自分の胸の奥深くに封印した。
だって夫が浮気して家に帰らない状況なんだもの、元夫とではなくスカイラー様と結婚できていたらきっと今より幸せに違いないと、そんなの一度でも思ってしまったら……ずるずるとその思いに縛られてしまうと思ったから。
そしてマリネットさんの件で離婚が決まってからも、私はスカイラー様のことは思い出さないようにしていた。
あの時の美しい思い出の頃の私はもうおらず、私は惨めなバツイチになっており、もうスカイラー様と対等に立つ自分が想像できなかったから。あまりにも不釣り合いで――。
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