【完結】婚約破棄を望む王太子から海に突き落とされた悪役令嬢ですが、真実の愛を手に入れたのは私の方です

幌あきら

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10.ファーストレディになりたい女

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 ゴーン、ゴーン、ゴーン……

 大聖堂の鐘の音が街中に響き渡る。

 荘厳な結婚式が執り行われようとしていた。

 誰の?
 そりゃあ、もちろん! 我らがクズ王太子のアシェッド殿下と冷血腹黒のマリアンヌ嬢である!

 国中で一番歴史ある大聖堂で、たくさんの聖職者をこれ見よがしに並べて、これといった名のある家の貴族を手あたり次第に招待した、なんともまあ大掛かりな結婚式だった。

『大掛かりな』というのはあんまり結婚式に対して使う言葉ではない気がするのだが、もうなんだか、この結婚式を見ると何となく『大掛かりな』という形容詞が出てきてしまう。

『神聖な』とか、『優美な』とか、『皆に祝福された』とかとは違うのである。ただ何となく金にモノを言わせた『大掛かりな』という印象の結婚式だった。

 マリアンヌ嬢は華やかなウェディングドレスに身を包み、目に感動の涙をいっぱいに溜め、うるうるとアシェッド王太子を見つめている。
 さあ、ついに、王家に代々伝わる王太子妃用のティアラを戴き、そして晴れて王太子妃になるときがきた。

 王太子妃よ。王太子妃。
 ついに王家の血筋に入り込むことができるのよ。
 こんなにお金があるのに、うちのお金は国をずっと支えてきたのに、ちゃんと爵位だって買ったのに、それなのにずっと後ろ指差されて生きてきた。
 こうして王族に入れば、名実ともに一流のレディになることができる。
 私を馬鹿にしてきた人々を見返してやるんだから。
 そのためにこの男を見つけた。アシェッド王太子。金のためだって知ってる。それに、私との結婚のために婚約者を殺すほどにクズ。でも、それでもいい。結婚は愛ではない。

 結婚式。この日をずっと待っていたの。これで名実ともにファーストレディの一人。邪魔だったアシェッド王太子の元婚約者はもういない。私はけっこううまくやったと思う。

 そんな風にマリアンヌ嬢が思っていたとき、頭上から水が降ってきた。
 バシャっ
 マリアンヌ嬢の純白のウェディングドレスはびしゃびしゃに濡れてしまった。

「は!? 何で大聖堂の中で水が降って来ることがある!?」
 マリアンヌ嬢は反射的に上を見上げたが何もない。
 マリアンヌ嬢は混乱した。いったい何が起こったのか?

 アシェッド王太子も驚いている。
「マリアンヌ。なぜドレスが?」

「分かりませんわ。水が降ってきませんでした?」
「降ってきたような?」
 二人は狐に包まれたような顔をしている。

 参列者たちも始めこそ何が起こったのかと息を殺して眺めていたが、アシェッド王太子とマリアンヌ嬢がキョロキョロし始めたので、式は中断とばかりにざわざわし始めた。

そこへ
「あ、あの! 参列の貴族の皆さま。この結婚は阻止なさいませんと、色々たいへんだと思いますの!」
と何やら声がした。

 参列者が驚いて声の方を振り返ると、そこにいたのは、何やらどこからか駆けつけてきたように肩で息をしているメリーウェザーだった。
「あっ!」
 アシェッド王太子だけではなく、参列していたほぼすべての貴族たちが驚いた。
 事故で死んだはずでは!?

 メリーウェザーはハッとした。そうだった、死んだはずだった、私。

 それでメリーウェザーは「まずは説明せねば」とばかりに口を開きかけたが、咄嗟とっさのことだったので何から話たらよいのか分からない。
「え、え~と? 死んだはずでは?と思っていらっしゃいますよね? 確かに私は、婚約破棄の口封じに無理矢理殺されかけたんですけど、え~っと、何とか生還しました」
 さすがポンコツ令嬢、自分で言うのもなんだけど、説明になってないわ……。

 しかし、結婚式会場中の招待客たちは息をんだ。「は!?」と驚きの声を漏らす者もいた。『口封じに無理矢理殺された』って言った?
 ざわざわざわ……

 会場が騒然としている中、メリーウェザーはコホンと咳払いをしてアシェッド王太子の方を向いた。
「死人に口なしと仰っていましたよね。でも生還したんで、えっと、言うべきことは言わせてもらわないと……」

 とまで言いかけたメリーウェザーだったが、アシェッド王太子とマリアンヌ嬢が、思った以上にびっしゃびしゃに濡れていたので少し驚いた。
 リカルド殿下に「式を中断させる方法はないかしら」と言ったら水を操ってらしたけど、こんなにお二人のお召し物を濡らすなんて、リカルド殿下も少々怒っていらっしゃるのかしら……?

 アシェッド王太子の方は全身濡れネズミになりながら、真っ赤な顔で怒鳴った。
「ざ、戯言ざれごとなんか言って!」

 それからアシェッド王太子は参列者に向かって、
「こいつは悪霊です。たいへんな事故だった。生還なんてありえない。どうぞこいつの言うことは信じなさるな!」
と大声でわめいた。

 メリーウェザーはさすがにムッとした。
「まあ、悪霊呼ばわりなさるのはちょっとひどいですわ。だって私は生きていますもの。それに、ちゃんとアシェッド王太子様にはすでに再会しているではありませんか、奴隷商人の館で」

 結婚式会場中の招待客たちはまたしても息をんだ。『奴隷商人の館』って言った? 一体この二人の間に何があったのだ?
 ざわざわざわ……

 アシェッド王太子は不名誉な単語が出てきたので、「しーっ」とメリーウェザーに向かって人差し指を立て、黙るように促した。

「え、ええ~?」
 メリーウェザーはアシェッド王太子があんまり睨むのでちょっとひるんでいたが、言わなければならない気持ちで何とか自分を奮い立たせた。
「あの、それより私がここに来た理由なんですけど、え~っと、何て言うか、結婚やめてくださいまし」

「はあ? 結婚やめるって、おまえ、突然何を言い出すんだ。ああ……嫉妬とかかな? しかしおまえの事故で婚約は白紙。もはや俺が誰と結婚しようがおまえには関係ない」
 アシェッド王太子はふんぞり返って答えた。

「し、嫉妬だなんて、侮辱もいいとこですわ! 殺されかけて未だにあなたに未練があるとでも思っていらっしゃるの? それはさすがにおめでたい頭をお持ちだと言わざるを得ませんわ」
 メリーウェザーは「嫉妬」とか言われたのはさすがに不快で、うんざりした顔をアシェッド王太子に向けた。
「そりゃあなたが誰と結婚しようと、国民に迷惑が掛からなければ問題ありません。でも、この結婚は、たぶん国民には受け入れられないと思うの。だからさすがに私も無視できないかな」

 アシェッド王太子は憤慨した。
「は? なぜ国民に迷惑がかかるんだ。祝福された結婚だぞ。子孫繁栄、国の繁栄。いいことずくめの結婚だ」

 メリーウェザーはため息をついて首を横に振った。
「アシェッド王太子様がそう思うのは勝手ですけど、国民はそうは思わない事実があると思います」

「いったい何の話だ?」
 アシェッド王太子は怪訝けげんそうな顔をした。

 マリアンヌは慌てて声をあげた。
「メリーウェザー・クーデンベルグ様、私が国民に祝福されない理由とは一体何だというのですか?」

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