【完結】婚約破棄を望む王太子から海に突き落とされた悪役令嬢ですが、真実の愛を手に入れたのは私の方です

幌あきら

文字の大きさ
上 下
5 / 14

5.海竜殿下の一癖ありそうな婚約者 前編

しおりを挟む
 リカルドは日々相変わらず忙しくしていたが、ごくたまにメリーウェザーを視察などにも同行させてくれ、メリーウェザーが見聞を広げるのに大いに貢献してくれたりした。

 メリーウェザーの方も少しずつ海竜の国に慣れてきたし、勉強を進めることで少しずつ自信を取り戻してきたし、リカルドの優しさのおかげで婚約者に殺されかけたショックなどが少しずつ薄らいでいくのを感じていた。

 そんなある日。
 突然、リカルドがこんなこと聞いていいのかと迷った口ぶりで聞いた。
「メリーウェザー、今日は王宮の定例舞踏会があるんだ。私の客人だから君も来ても良いかと思うのだが。君の国の舞踏会とは勝手が違うかもしれないけど。君のダンスを見てみたいと思ってね」

「え、いいんですか? リカルド殿下、私と踊ってくださいます?」
 メリーウェザーは顔をパーっと輝かせた。
 メリーウェザーもリカルド殿下と踊ってみたいと思っていたのだ。
 メリーウェザーは心の中でガッツポーズをとった。

 リカルドは思わず口元を手で覆った。
「う。そんなに素直に喜ばれると、ちょっと可愛すぎる」

「リカルド殿下?」
 メリーウェザーは舞踏会に期待するワクワクした目をリカルドに向ける。

 リカルドはハッとした。
「あ、いや。何でもない。分かった、じゃあぜひ舞踏会に出席してくれ。ドレスは準備させよう」

「あ、リカルド殿下はどんな色がお好きですか?」

「え?」

「いやー、せっかくですもの。リカルド殿下の好みのドレスで参加しますよ」
 メリーウェザーはウキウキで舞い上がっていたので、自分のちょっと馴れ馴れしい発言に気付いていなかった。

 リカルドは「ふむ?」と考えた。
 自分の好み? どんな女性を好ましく思ったっけ?
 よく分からない。でも、けっこう真面目な出で立ちの女性の方が好きだ。

 リカルドが返答に困って言葉が出てこないので、メリーウェザーは悪戯いたずらっぽい目をした。
「いいですよ。リカルド殿下。では私がリカルド殿下の好みを当てて見せましょう。楽しみにしててくださいまし」

 リカルドはメリーウェザーの発言に驚いていた。
 こんなことを言う娘だったか?
 でも同時に少しほっとしてもいた。
 こんなことを言えるということは、少しは傷が癒えたのかもしれないから。

 だからリカルドはメリーウェザーのあおったセリフを甘んじて受け入れ、
「ああ、楽しみにしているよ」
とにっこり笑って答えた。

 さて舞踏会の時間になった。
 昼間は忙しく公務に明け暮れていたリカルド殿下だったし、メリーウェザーの方はメリーウェザーの方で、ウォルトン秘書官の監視下で勉強していたのだが、めいめい舞踏会の準備を終えて顔を突き合わせてみると、二人ともお互いの姿に目を見張るばかりだった。

 初めて見るリカルドの正装は、本当に美しかった。
 仕立ての良い衣装はけっして派手ではなかったが、存在感を放っていた。リカルドの『族長』としての威厳をとても納得させるものだったのだ。

 そして、メリーウェザーの方は。
 初めて袖を通す海竜国のドレスに心が浮き立っていた。
 もちろん新しく仕立てる暇はなかったから、リカルドの親族の衣装を手直しして着ているのだが、暖海を思わせる独特の刺繡がとっても新鮮で、メリーウェザーの心を明るくしてくれているのだ。
 それは、たいへん作りの細やかな清楚なドレスだった。

 リカルドはあまりのメリーウェザーのたたずまいに、無防備に褒めざるを得なかった。
「可愛い人だと思ってはいたが、その衣装もよく似合っている」

「でしょう?」
 メリーウェザーも無邪気に微笑んだ。
「リカルド殿下はきっと少し落ち着いた印象のドレスの方が好みだと思ったの。想像してみたのよね。どんな人が隣に立ったらお似合いかなって」

 リカルドはメリーウェザーが自分の好みを分かってくれたことに少し嬉しい気持ちになった。
 そして吸い込まれるようにメリーウェザーに近づくと手を取った。
「エスコートさせてくれるかい?」

「は、はい!」
 メリーウェザーは心臓が飛び出るかと思った。
 リカルド殿下の好みを想像しているとどうしてもリカルド殿下のことを考えてしまい、何だかときめく気持ちが増長されてしまったような気がしている。

 つい最近まで婚約者がいた分際で、自分でもあさましいと思うけど。
 でも……これはきっと、違うわ。心理学的に何か名前がついているような現象なんだと思うの。何もかも失った人間が誰かに保護されたとき、その安心感から保護者に好意を抱くのは、きっと普通のことなんだと思うのよね。
 この気持ちも、きっとそれと一緒なんだと思うの。リカルド殿下は美形でいらっしゃるから、よけいに好意を持ちやすいはずだわ!

 でも、メリーウェザーは最近はもう、この気持ちに積極的に乗っかろうとまで思っている。
 だって、こうしてリカルド殿下のことを考えていると楽しい。
 存在を否定され居場所がない絶望の淵では、楽しいという気持ちが何よりの希望になる……ような気がするから。

 リカルドの方も何か緊張しているのか、メリーウェザーをエスコートしながら言葉少なだった。
 肩に力が入っていて少し不自然だったのだろう。
 メリーウェザーとリカルドは何か特別な関係のように見えた。

 二人が王宮の定例舞踏会に到着すると、すでに会場は人込みで溢れかえり賑やかだった。
 定例舞踏会ということで、族長のリカルドがいなくても、舞踏会はつつがなく進行しているようだ。

 しかしさすがにリカルドが足を踏み入れると、たくさんの海竜族の人がこちらに目をやった。
「あ、リカルド殿下がいらっしゃったわ」
「相変わらず素敵でいらっしゃるわね」
「あら、でも隣のお嬢さんは?」
「まあ、いったい誰を連れていらっしゃるの?」
「大丈夫よ、あのお嬢さん、なんか変。あれは海竜族ではないわ。リカルド殿下が保護したという噂のヒトじゃないかしら」
「ああ納得だわ。婚約者のガーネット様をエスコートせず、別の女性をエスコートするなんて、あのリカルド殿下に限ってありませんものね」

 周囲の噂話を聞きかじって、メリーウェザーはぎょっとした。
 え!? リカルド殿下に婚約者!?
 そんなの、そんなの聞いてない! 確かに私からは聞かなかったけれども!

 メリーウェザーは目の前が真っ暗になった気がした。
 吐き気がする。
 何を浮かれていたの、メリーウェザー? そもそも私は土俵になんか立ってなかったんだわ。だってリカルド殿下には婚約者が……。あの真面目なリカルド殿下が婚約者をないがしろにするはずがないもの。

 でもこれでよいのよ、メリーウェザー。自分にだって婚約者がいたでしょ。気を乗り換えるなんて早すぎるじゃない。そんな尻軽をリカルド殿下は軽蔑するでしょうし。

 当たり前、当たり前のこと……。

 メリーウェザーが必死に心の中で自分を落ち着かせようとしていると、
「メリーウェザー?」
とリカルドが心配そうにメリーウェザーの顔を覗き込んだ。
「どうかしたか、何か顔色が悪いような」

「あ、いえ……」
 メリーウェザーはリカルドを直視できず顔を背ける。

 リカルドは少しメリーウェザーの扱いに困ったようだった。
 誘うべきかそっとしておくべきか迷いながら、そっと言った。
「ダンスでもしようか?」

「あ、いえ……。今はそんな気分ではないので……」
 メリーウェザーは固辞した。

 リカルドが余計に困惑した顔をする。

 メリーウェザーは自己嫌悪に陥った。
 リカルド殿下を困らせてしまった。
 でも……でも……。婚約者がいる人と、こんな気持ちでダンスなんかできない。
 そ、そりゃ、他人行儀にすればいいだけなのだけど、だけど……。

「大丈夫か? なんか変だよ」
 リカルドはまだメリーウェザーを心配してくれる。

 そうしてメリーウェザーの手を取ろうとしたリカルドをメリーウェザーは振り払った。
「す、すみません……!」
 
 リカルドは振り払われた腕をもう一度伸ばしかけ、そして「嫌がっているなら」と思い留めた。
 リカルドの腕が不自然に宙を漂った。

 その様子を、一人の海竜族の女が見ていた。
 リカルドの婚約者のガーネットだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

エリナの物語

シマセイ
ファンタジー
マリウス王国デュラン公爵家の三女エリナは、側室の娘として虐げられてきた。 毎日のように繰り返される姉妹からの嫌がらせに、エリナはただ耐えるしかなかった。だが、心の奥底では、いつかこの屈辱を晴らす日を夢見ていた。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【完結】お忍びで占い師やってたら王子から「婚約破棄したい」と相談されました

恋愛
公爵令嬢であるアイシャは都の路地裏で『お忍び占い師』をやっていた。 ところがある日、占い師に変装したアイシャの元へ婚約者である王子が訪れる。 その相談内容は「婚約を破棄したいと思うんだが、どうだろうか」だった──。 心を閉ざした令嬢と突っ走る王子のドタバタ物語。 ※ ・当方気をつけてはおりますが、もし誤字脱字などを発見されたら遠慮なく申して下さい。すぐに直します。 ・2023/3/11(女性向け)HOTランキング2位ありがとうございました😊

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ
ファンタジー
「ジョセフィーヌ!! 貴様を断罪する!!」  王立学園で行われたプロムナード開催式の場で、公爵令嬢ジョセフィーヌは婚約者から婚約破棄と共に数々の罪を断罪される。  愛していた者からの慈悲無き宣告、親しかった者からの嫌悪、信じていた者からの侮蔑。  弁解の機会も与えられず、その場で悪名高い国外れの修道院送りが決定した。  このお話はそんな事情で王都を追放された悪役令嬢の素性を知らぬまま、修道院まで護送する下級兵士の恋物語である。 この度なろう、アルファ、カクヨムで同時完結しました。 (なろう版だけ諸事情で18話と19話が一本となっておりますが、内容は同じです)

エヴァの輝き 〜追放された公爵令嬢の逆転劇〜

ゆる
恋愛
婚約破棄、爵位剥奪、そして追放――。 公爵令嬢 エヴァ・ローレンス は、王太子 レオポルド によって舞踏会の場で婚約を破棄され、すべてを失った。 新たに聖女として迎えられたのは、平民出身の少女 セシリア。 「お前には愛がない」と罵られ、実家も没落し、絶望の底に突き落とされるエヴァ。 しかし、彼女は決して屈しなかった。 残されたのは、彼女自身の 知識と才能 だけ――。 宝石加工と魔法の技術を頼りに、商業都市 オルディア へと旅立ち、そこから 新たな人生 を切り拓いていく。 やがてその名は「オルディアの宝石姫」として広まり、隣国 エルヴァンの若き皇帝アレクサンドル との運命的な出会いを果たす。 一方、エヴァを追放した王国は、セシリアの偽りの聖女としての正体が暴かれ、経済の崩壊、貴族の動揺、民衆の不満によって没落の一途を辿る。 「エヴァを追放したのは誤りだったのでは…?」 後悔に苛まれた王太子レオポルドは、エヴァを取り戻そうとするが、時すでに遅かった。 「私はもう、王国の民ではありません」 過去の栄光にすがる者たちを振り切り、エヴァが選ぶのは 新たな人生と未来。 アレクサンドルと共に歩む決意をし、皇后として国を導く道を進んでいく――。 「これは、運命に抗い、自らの輝きを取り戻す物語。」

処理中です...