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2.美形の海竜殿下に拾われました
しおりを挟む「面会謝絶~っ?」
呆れたような声が扉の前で放たれる。
扉にはいつ作ったのか、看板までかかっていた。
「あ、あ、……あほかっ……、おばか……可愛い」
もう最初から仮病を見抜きつつ、保護者を気取る青年は一応医師を呼んだのだった。
37、これは監禁ではなくて軟禁ですから
寝具に潜り込み耳を澄ませていれば、空気のような呪術師レネンの近寄る気配が感じられる。
「坊ちゃん、当たり前ですが面会謝絶と言っても奴は来ます。ここは奴の城ですから」
チラッと目を開けて、クレイは恐る恐る確認した。
「僕には断る権利がない……?」
「残念ながら」
呪術師は残念そうに首を縦にして、クレイが中央にいた頃愛用していた赤い耳飾りを差し出すのだった。
「お医者さまを連れて参りました! さあさあ診せて頂きましょうクレイ様、俺の虚弱な殿下! 俺の気まぐれな殿下! ただいま貴方様の俺が参りましたぞ! 俺が!」
騒がしい声が聞こえてくる。
(ああ、うるさい……とてもうるさい……お前、これ絶対仮病だとわかってやってるね)
クレイは寝具にすっぽりと潜り込み、中で縮こまった。
「貴方の大好きな俺、そして貴方が大好きな俺! お父さまでお兄さまで騎士で婚約者、全部俺――無理すれば母にもなれるやも……両親共に俺! いかがです殿下、俺尽くし!」
(――無理しなくてよろしいっ!)
つっこみたくなるのをグッと堪える。このペースにつられてはいけないのだ。
天蓋カーテンが布の擦れる音を立てて、そこだけ厳かな儀式でもするように上品な雰囲気だった。
覗き込む気配は、俺に構ってほしいと訴えかけるよう。
「坊ちゃん、坊ちゃーん? クレイ様?」
「……」
「本日はどうして具合が悪くなってしまったのでしょうっ、俺は心当たりが多すぎて心が痛んで仕方ないのですぞ。とりあえず麗しいお顔を俺に見せてください、俺に。何故なら俺が見たいから!」
遠慮というものをどこかに放り投げたような手が掛け布団ごとクレイを持ち上げる。簀巻きみたいに布ごと抱っこされて顔だけ出せば、正面から簀巻きを抱えた青年とぱちりと目があった。
「――やあやあクレイ様!」
――その嬉しそうな声といったら!
なにやらとても楽しそうで、目をキラキラとさせて簀巻きを抱っこしているニュクスフォスの頭にはフェアグリンが乗っていて、一緒になってクレイを見ている。
「ようやくお顔を拝見できましたな。どれどれ、お熱は? 脈は? どちらの具合が優れぬのでしょうね?」
ぴたりと額をつけ、ちゃっかり頬に唇を落とされる。
簀巻きを緩めて座らされ、布の中に埋まっていた腕を発掘され、脈を取られる。
そして、「あー、これはお父さまに構ってほしい病ですね、間違いないっ。俺がいなくて寂しかったのですね殿下? 俺にこのようになでなでして欲しいのですね殿下?」などとほざくのだ――、
「う、う、う……うざい……」
思わず言わずにいられないクレイであった。
「なんと仰いましたかな、お父さまに対するには不適切な単語が聞こえましたな? かような言葉を口にしてはなりませぬ、とお父さまは嗜めなければなりませんかな?」
ニコニコと笑う顔は全く動じることなく、念のため連れてきたらしき医者も「仮病だから帰ってよろしい!」とにこやかに返してしまうではないか。
――僕はこの者に舐められすぎではないか!
クレイはムカムカとした。
(心当たりが多すぎるだって! 僕も思えば機嫌を損ねる理由をたくさん思いつくよ。変な親子ごっことか)
この機会だ、物申してやろうではないか。
クレイは決意した。そして、口を開いたのだった。
「ニュクスは、僕を監禁してはいけないのだ」
キリッとした声で物申せば、ウンウンと頷く気配がふわふわしている。
「おお、もちろんですともクレイ殿下。いと高貴なる殿下は何にもにも縛られることなく、その心身は思うがまま、あるがままの自由なのです。ただし俺を除く……」
「最後……」
「そんでもって俺は俺で自由にして奔放ながら殿下にはがっつりと縛られているわけです。自由なる両者が自らの意思で互いに縛られ合う、これまさに愛というもの」
「そ、それが愛というものであったか……そして僕は自分の意思で縛られている……? ま、まあそうなのか。そうなるのか? うん……そうかもしれぬ……あれ……」
クレイは戸惑った。
(愛。愛ってなんだ……? 僕は自ら監禁されているのか……? この者の話を聞いていると思考が迷子になってしまいそう)
「ニュクス、ニュクス。ぼ、……僕の愛は縛らないと思うの……僕の愛は相手に何も求めぬ……」
「おお殿下! それは美しき至高の純愛でございますな、素晴らしいッ! つまり殿下は俺に何も求めぬと! 俺が何を致しても一切物申すことなし、と!」
「あ、あれえ……そうなる……? 僕、よくわからなくなってしまった……」
「おおクレイ様、細かいことを気にしてはならぬ。適当でよいのですぞ! フィーリングで生きていく――それが我が生家の教えでございました!」
自信満々に語る声に、クレイは曖昧な微笑みで頷いた。
「南の気風はおおらかで陽気でいいよね。僕は好ましく思うよ」
「そうだ、色々なことで頭を悩ませてしまう時には、おまじないを唱えるとよろしいでしょう」
ニュクスフォスは「可愛くて仕方ない」と言った顔で頭を撫でている。
「おまじない?」
「ええ、ええ!」
美しく整った顔立ちが近い距離感でニコニコしている。無邪気と言っても良い温度感で満面の笑みを浮かべる青年は、そうしていると数年前と変わらぬやんちゃな少年そのもので、クレイの胸にはなんとなく『こんな風に笑って懐いてくるのだもの、しょうがないな』といった気持ちが湧いてくる。
「どんなおまじないかな?」
そっと問いかければ、ニュクスフォスはクレイの指先に軽く口付けを落とした。期待に満ちた声が甘さを増して囁くように空気を震わせる。
「『僕はニュクスが大好き』」
「……」
クレイは半眼になった。
(単に言ってほしいのだな? そうだろう、ニュクス?)
注がれる視線に動じることなく、堂々とした声が続いている。
「ちなみに俺は監禁をした覚えはございませぬぞ。せいぜい軟禁と」
「軟禁は認めるんだね」
クレイははんなりと微笑んだ。
「もう、いいや……」
だんだん抗議する気も失せてくる。
――これだから僕はちょろいのだ。
「いやはや、問題が解決したようでなによりっ。ちなみに、その耳飾りはいかがなさいましたかな?」
快活に笑うニュクスフォスに、布の端から転がり出た耳飾りがひょいっと摘み上げられる。
「ん、それは……」
「クレイ様、こちらは中央にいた時に貴方がよく身につけていらした耳飾りですね? 懐かしい……」
耳飾りと似た紅い瞳が郷愁に似た念を淡くのぼらせて、部屋の照明に照らすようにしてそれを鑑賞している。
「う、うむ。ニュクス、それを貸してみよ」
見せてやろうではないか――クレイはおずおずと手を差し出した。
どうぞと渡された耳飾りの上部と下部それぞれを両手で摘んで逆方向にくるりと捻ると、上と下とがぱっくりと離れて、下部の内部空洞と底に収められた錠剤があらわになる。
「ほう。クレイ様、これはポイズンリングというものですかな」
感心するような笑顔をたたえつつ、ニュクスフォスが名を呟く。
「うん、うん。まさしくそんな類のものである」
ポイズンリング――それは、装身具の中でも毒を秘められるものである。
主に敵の手にかかり名誉を汚されそうな時や暗殺などに使うためのもの。
クレイはだいたいの毒に耐性はあるが、発熱程度ならたやすい。
他の毒物と併せれば、死ぬことだってできるかもしれなかった。
「よいか、ニュクス。僕を舐めてはいけないのだ」
(僕の騎士は、僕が仮病だと舐めてかかってはいけないのだ! 皇帝は、僕を飼い殺して支配した気になって調子に乗ってはいけないのだ!)
「僕は他にもこういうのを持っているし、自害はもちろん、暗殺とてたやすくできる……」
「ほう、ほう」
ニュクスフォスが軽く眉を寄せる。
「不穏ですな」
――不穏なのはお前だ。いつも。
クレイはほわほわと微笑んだ。
「ふふん。良い子にしていたら、装飾具は綺麗な装飾具のままでいるのだよ」
――おいたをしたら、僕はお前に牙を剥くのだ。
肩をそびやかすようにして言い放てば、「なるほど、なるほど」と声が返される。
「わかったか、ニュクス?」
「ええクレイ様。とてもよくわかり申した!」
キッパリはっきりと返す声が潔い。
クレイはよしよしと目を細めた。
(これがコルトリッセンである。位が上の者であっても、相手の城の中であっても、僕は上位ポジションを取る。手綱とはこのように握るのである!)
「ニュクス。お前、聞くところによるとアクセルを縛ってポイってしたのだとか。あれは一応僕の父なのだから、名誉を汚す真似はならぬのだ。縛るまでは仕方ないとしてもポイって投げてはならぬのだ」
「それは申し訳ないっ、次に病公爵を縛った時は、いっそう丁重に扱うよう気をつけましょう!」
「お前、僕が病気で面会できないと嘘をついて客を帰したりしているだろう……会うか会わないかを決めるのは僕なので、勝手にやってはいけないのだ」
調子に乗って続ければ、ウンウンと頷きが返されて紅の視線が一瞬だけ、フェアグリンを見た。
フェアグリンが意を汲んだようにふわりと舞って、部屋中をくるくる遊ぶ。
ニュクスフォスの大きくてあたたかな手が伸びて、クレイの髪を柔らかに撫でた。
吐息が触れそうなほど近く寄せられた顔が甘やかに笑む。
不思議な切なさみたいなものをチラつかせる瞳が綺麗で、まっすぐに見つめられるとその感情が伝播したみたいに胸がきゅう、となる。
(あ、その眼……)
――たまに見せる不可解な感情の渦。
そして、色香。
それに、クレイは弱いのだ。
「クレイ様、俺は申さねばならぬ」
低く囁かれれば、クレイの頬にほわりと朱がのぼる。
「な、なあに」
「……それを決めるのは俺です、と」
淡い燐光を魅せ、フェアグリンが棚にあった小瓶を抱えて机に飛ぶ。それを置いて、今度は引き出しから軟膏の器を運ぶ。宝石箱をあけて指輪を取る。衣装棚に隠された粉末入りの匂い袋を発見する――、
(あっ、それ僕の毒。そ、それも毒……)
フェアグリンがひとつ、またひとつ部屋に隠された毒物を探りあてて机の上に集めていく。
(あ、ああ~っ、隠してたのが全部! これ、これ……取られちゃうやつだ。絶対そうだ!)
クレイは涙目になった。
「物騒ですな。では、これも含めて全て没収、と」
ニュクスフォスは目をすがめて呆れるような顔をして耳飾りを取り上げた。
「ぼ、僕の……僕の!!」
「おお殿下。俺にお宝を奪われて憤る表情も可愛らしい……うっかり新しい性癖に目覚めてしまいそうな心地がいたしますな。……まさに魔性」
『お宝』を抱えたニュクスフォスが面白がるように笑って、長身を屈める。
頬をぺろりと舐められると、クレイは目を釣り上げた。
「僕を舐めてはいけないのだ……僕の物を奪ってはいけないのだ……っ」
「他に没収して欲しい物騒なものはありますか? クレイ?」
「ない。ないよ……!」
「ありますな。離宮に……」
「!!」
ニコニコとしたニュクスフォスの顔が恐ろしい真実を突きつけようとしている。
それを悟って、クレイは青褪めた。
「妹君から贈られたたくさんの不健全な玩具が、ありますな……?」
「……!!」
それは、それは、いつか封印したアレのことではあるまいか。
『騎士王』相手に使うのか~、などと妄想してドキドキしていた玩具の数々ではあるまいか。
「僕、使わなかった! 思い直して封印した! 僕は送り付けられただけで、悪くない……!!」
「思い直して?」
「はっ……!」
「何をどう思い直されたのか、気になりますな!」
部屋中の毒物を抱えて出ていったニュクスフォスは、その足で離宮に赴き、いつかクレイが封印した大量の玩具を回収した。
そして、どうやら『歩兵』のほとんどが現在帝都にいないらしいと気付くのだった。
呆れたような声が扉の前で放たれる。
扉にはいつ作ったのか、看板までかかっていた。
「あ、あ、……あほかっ……、おばか……可愛い」
もう最初から仮病を見抜きつつ、保護者を気取る青年は一応医師を呼んだのだった。
37、これは監禁ではなくて軟禁ですから
寝具に潜り込み耳を澄ませていれば、空気のような呪術師レネンの近寄る気配が感じられる。
「坊ちゃん、当たり前ですが面会謝絶と言っても奴は来ます。ここは奴の城ですから」
チラッと目を開けて、クレイは恐る恐る確認した。
「僕には断る権利がない……?」
「残念ながら」
呪術師は残念そうに首を縦にして、クレイが中央にいた頃愛用していた赤い耳飾りを差し出すのだった。
「お医者さまを連れて参りました! さあさあ診せて頂きましょうクレイ様、俺の虚弱な殿下! 俺の気まぐれな殿下! ただいま貴方様の俺が参りましたぞ! 俺が!」
騒がしい声が聞こえてくる。
(ああ、うるさい……とてもうるさい……お前、これ絶対仮病だとわかってやってるね)
クレイは寝具にすっぽりと潜り込み、中で縮こまった。
「貴方の大好きな俺、そして貴方が大好きな俺! お父さまでお兄さまで騎士で婚約者、全部俺――無理すれば母にもなれるやも……両親共に俺! いかがです殿下、俺尽くし!」
(――無理しなくてよろしいっ!)
つっこみたくなるのをグッと堪える。このペースにつられてはいけないのだ。
天蓋カーテンが布の擦れる音を立てて、そこだけ厳かな儀式でもするように上品な雰囲気だった。
覗き込む気配は、俺に構ってほしいと訴えかけるよう。
「坊ちゃん、坊ちゃーん? クレイ様?」
「……」
「本日はどうして具合が悪くなってしまったのでしょうっ、俺は心当たりが多すぎて心が痛んで仕方ないのですぞ。とりあえず麗しいお顔を俺に見せてください、俺に。何故なら俺が見たいから!」
遠慮というものをどこかに放り投げたような手が掛け布団ごとクレイを持ち上げる。簀巻きみたいに布ごと抱っこされて顔だけ出せば、正面から簀巻きを抱えた青年とぱちりと目があった。
「――やあやあクレイ様!」
――その嬉しそうな声といったら!
なにやらとても楽しそうで、目をキラキラとさせて簀巻きを抱っこしているニュクスフォスの頭にはフェアグリンが乗っていて、一緒になってクレイを見ている。
「ようやくお顔を拝見できましたな。どれどれ、お熱は? 脈は? どちらの具合が優れぬのでしょうね?」
ぴたりと額をつけ、ちゃっかり頬に唇を落とされる。
簀巻きを緩めて座らされ、布の中に埋まっていた腕を発掘され、脈を取られる。
そして、「あー、これはお父さまに構ってほしい病ですね、間違いないっ。俺がいなくて寂しかったのですね殿下? 俺にこのようになでなでして欲しいのですね殿下?」などとほざくのだ――、
「う、う、う……うざい……」
思わず言わずにいられないクレイであった。
「なんと仰いましたかな、お父さまに対するには不適切な単語が聞こえましたな? かような言葉を口にしてはなりませぬ、とお父さまは嗜めなければなりませんかな?」
ニコニコと笑う顔は全く動じることなく、念のため連れてきたらしき医者も「仮病だから帰ってよろしい!」とにこやかに返してしまうではないか。
――僕はこの者に舐められすぎではないか!
クレイはムカムカとした。
(心当たりが多すぎるだって! 僕も思えば機嫌を損ねる理由をたくさん思いつくよ。変な親子ごっことか)
この機会だ、物申してやろうではないか。
クレイは決意した。そして、口を開いたのだった。
「ニュクスは、僕を監禁してはいけないのだ」
キリッとした声で物申せば、ウンウンと頷く気配がふわふわしている。
「おお、もちろんですともクレイ殿下。いと高貴なる殿下は何にもにも縛られることなく、その心身は思うがまま、あるがままの自由なのです。ただし俺を除く……」
「最後……」
「そんでもって俺は俺で自由にして奔放ながら殿下にはがっつりと縛られているわけです。自由なる両者が自らの意思で互いに縛られ合う、これまさに愛というもの」
「そ、それが愛というものであったか……そして僕は自分の意思で縛られている……? ま、まあそうなのか。そうなるのか? うん……そうかもしれぬ……あれ……」
クレイは戸惑った。
(愛。愛ってなんだ……? 僕は自ら監禁されているのか……? この者の話を聞いていると思考が迷子になってしまいそう)
「ニュクス、ニュクス。ぼ、……僕の愛は縛らないと思うの……僕の愛は相手に何も求めぬ……」
「おお殿下! それは美しき至高の純愛でございますな、素晴らしいッ! つまり殿下は俺に何も求めぬと! 俺が何を致しても一切物申すことなし、と!」
「あ、あれえ……そうなる……? 僕、よくわからなくなってしまった……」
「おおクレイ様、細かいことを気にしてはならぬ。適当でよいのですぞ! フィーリングで生きていく――それが我が生家の教えでございました!」
自信満々に語る声に、クレイは曖昧な微笑みで頷いた。
「南の気風はおおらかで陽気でいいよね。僕は好ましく思うよ」
「そうだ、色々なことで頭を悩ませてしまう時には、おまじないを唱えるとよろしいでしょう」
ニュクスフォスは「可愛くて仕方ない」と言った顔で頭を撫でている。
「おまじない?」
「ええ、ええ!」
美しく整った顔立ちが近い距離感でニコニコしている。無邪気と言っても良い温度感で満面の笑みを浮かべる青年は、そうしていると数年前と変わらぬやんちゃな少年そのもので、クレイの胸にはなんとなく『こんな風に笑って懐いてくるのだもの、しょうがないな』といった気持ちが湧いてくる。
「どんなおまじないかな?」
そっと問いかければ、ニュクスフォスはクレイの指先に軽く口付けを落とした。期待に満ちた声が甘さを増して囁くように空気を震わせる。
「『僕はニュクスが大好き』」
「……」
クレイは半眼になった。
(単に言ってほしいのだな? そうだろう、ニュクス?)
注がれる視線に動じることなく、堂々とした声が続いている。
「ちなみに俺は監禁をした覚えはございませぬぞ。せいぜい軟禁と」
「軟禁は認めるんだね」
クレイははんなりと微笑んだ。
「もう、いいや……」
だんだん抗議する気も失せてくる。
――これだから僕はちょろいのだ。
「いやはや、問題が解決したようでなによりっ。ちなみに、その耳飾りはいかがなさいましたかな?」
快活に笑うニュクスフォスに、布の端から転がり出た耳飾りがひょいっと摘み上げられる。
「ん、それは……」
「クレイ様、こちらは中央にいた時に貴方がよく身につけていらした耳飾りですね? 懐かしい……」
耳飾りと似た紅い瞳が郷愁に似た念を淡くのぼらせて、部屋の照明に照らすようにしてそれを鑑賞している。
「う、うむ。ニュクス、それを貸してみよ」
見せてやろうではないか――クレイはおずおずと手を差し出した。
どうぞと渡された耳飾りの上部と下部それぞれを両手で摘んで逆方向にくるりと捻ると、上と下とがぱっくりと離れて、下部の内部空洞と底に収められた錠剤があらわになる。
「ほう。クレイ様、これはポイズンリングというものですかな」
感心するような笑顔をたたえつつ、ニュクスフォスが名を呟く。
「うん、うん。まさしくそんな類のものである」
ポイズンリング――それは、装身具の中でも毒を秘められるものである。
主に敵の手にかかり名誉を汚されそうな時や暗殺などに使うためのもの。
クレイはだいたいの毒に耐性はあるが、発熱程度ならたやすい。
他の毒物と併せれば、死ぬことだってできるかもしれなかった。
「よいか、ニュクス。僕を舐めてはいけないのだ」
(僕の騎士は、僕が仮病だと舐めてかかってはいけないのだ! 皇帝は、僕を飼い殺して支配した気になって調子に乗ってはいけないのだ!)
「僕は他にもこういうのを持っているし、自害はもちろん、暗殺とてたやすくできる……」
「ほう、ほう」
ニュクスフォスが軽く眉を寄せる。
「不穏ですな」
――不穏なのはお前だ。いつも。
クレイはほわほわと微笑んだ。
「ふふん。良い子にしていたら、装飾具は綺麗な装飾具のままでいるのだよ」
――おいたをしたら、僕はお前に牙を剥くのだ。
肩をそびやかすようにして言い放てば、「なるほど、なるほど」と声が返される。
「わかったか、ニュクス?」
「ええクレイ様。とてもよくわかり申した!」
キッパリはっきりと返す声が潔い。
クレイはよしよしと目を細めた。
(これがコルトリッセンである。位が上の者であっても、相手の城の中であっても、僕は上位ポジションを取る。手綱とはこのように握るのである!)
「ニュクス。お前、聞くところによるとアクセルを縛ってポイってしたのだとか。あれは一応僕の父なのだから、名誉を汚す真似はならぬのだ。縛るまでは仕方ないとしてもポイって投げてはならぬのだ」
「それは申し訳ないっ、次に病公爵を縛った時は、いっそう丁重に扱うよう気をつけましょう!」
「お前、僕が病気で面会できないと嘘をついて客を帰したりしているだろう……会うか会わないかを決めるのは僕なので、勝手にやってはいけないのだ」
調子に乗って続ければ、ウンウンと頷きが返されて紅の視線が一瞬だけ、フェアグリンを見た。
フェアグリンが意を汲んだようにふわりと舞って、部屋中をくるくる遊ぶ。
ニュクスフォスの大きくてあたたかな手が伸びて、クレイの髪を柔らかに撫でた。
吐息が触れそうなほど近く寄せられた顔が甘やかに笑む。
不思議な切なさみたいなものをチラつかせる瞳が綺麗で、まっすぐに見つめられるとその感情が伝播したみたいに胸がきゅう、となる。
(あ、その眼……)
――たまに見せる不可解な感情の渦。
そして、色香。
それに、クレイは弱いのだ。
「クレイ様、俺は申さねばならぬ」
低く囁かれれば、クレイの頬にほわりと朱がのぼる。
「な、なあに」
「……それを決めるのは俺です、と」
淡い燐光を魅せ、フェアグリンが棚にあった小瓶を抱えて机に飛ぶ。それを置いて、今度は引き出しから軟膏の器を運ぶ。宝石箱をあけて指輪を取る。衣装棚に隠された粉末入りの匂い袋を発見する――、
(あっ、それ僕の毒。そ、それも毒……)
フェアグリンがひとつ、またひとつ部屋に隠された毒物を探りあてて机の上に集めていく。
(あ、ああ~っ、隠してたのが全部! これ、これ……取られちゃうやつだ。絶対そうだ!)
クレイは涙目になった。
「物騒ですな。では、これも含めて全て没収、と」
ニュクスフォスは目をすがめて呆れるような顔をして耳飾りを取り上げた。
「ぼ、僕の……僕の!!」
「おお殿下。俺にお宝を奪われて憤る表情も可愛らしい……うっかり新しい性癖に目覚めてしまいそうな心地がいたしますな。……まさに魔性」
『お宝』を抱えたニュクスフォスが面白がるように笑って、長身を屈める。
頬をぺろりと舐められると、クレイは目を釣り上げた。
「僕を舐めてはいけないのだ……僕の物を奪ってはいけないのだ……っ」
「他に没収して欲しい物騒なものはありますか? クレイ?」
「ない。ないよ……!」
「ありますな。離宮に……」
「!!」
ニコニコとしたニュクスフォスの顔が恐ろしい真実を突きつけようとしている。
それを悟って、クレイは青褪めた。
「妹君から贈られたたくさんの不健全な玩具が、ありますな……?」
「……!!」
それは、それは、いつか封印したアレのことではあるまいか。
『騎士王』相手に使うのか~、などと妄想してドキドキしていた玩具の数々ではあるまいか。
「僕、使わなかった! 思い直して封印した! 僕は送り付けられただけで、悪くない……!!」
「思い直して?」
「はっ……!」
「何をどう思い直されたのか、気になりますな!」
部屋中の毒物を抱えて出ていったニュクスフォスは、その足で離宮に赴き、いつかクレイが封印した大量の玩具を回収した。
そして、どうやら『歩兵』のほとんどが現在帝都にいないらしいと気付くのだった。
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隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
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