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【6.旧神殿】
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さて、旧神殿のほうに出向く許可をもらったアレリアは、開放感に満ち溢れながら、意気揚々と出かけていった。
「カッチェス家の娘のアレリアと申します。式典を手伝いにまいりました」
旧神殿の神官長は、領主の娘がやっと来たということで、かしこまって出迎えながら、それでも多少まだ半信半疑で嫌味を付け加えることを忘れなかった。
「それはありがたいです。正直カッチェス家の方はいつ来てくださるのかと思っていました」
「申し訳ありませんでした。私が来たからにはちゃんとさせていただきます」
アレリアが丁寧にお辞儀をすると、神官長はようやく満足そうに頷いた。
するとそこへ、すらりとした長身の風格のある若い神官が現れた。
「神官長殿、こちらが領主の娘?」
アレリアが神官の風格に気圧されて息を呑んだところ、その神官は、
「中央大神殿から手伝いに来ました、ディクティスです」
と名乗った。それから驚いたように目を見開いた。
「あなたは……!」
アレリアは、怪訝そうな顔をした。
「何でしょうか」
するとディクティス神官は、
「あなたはロスダン王子の妃候補じゃないんですか? こんなところで真面目に働くとは?」
と不思議そうに首を傾げた。
アレリアは、ロスダン王子の名前が出たのでゲッと思った。
「あ、いえいえ……! えっと、あの、妃候補と言うのは一方的な話ですし、正式にはそんな話はまだなっていないのですよ」
と急いで説明する。
まさかアレリアがロスダン王子との結婚を望んでいないなどとは少しも思っていないディクティス神官は、もっと首を傾げた。
「でも、正式な話が出ていない以上、今あなたは中央にいて、いろいろな人に取り入らないといけない時期じゃないんですか? 王子の妃候補と言うのは政略が絡んできます。ふらっとなれるもんんじゃないでしょう? ――ああ、でも自分はしっかり愛されているから心配ないということですかね? むしろ100年の式典を真面目にやって、あなた自身の好感度を上げようとしているとか?」
アレリアは真っ向から否定した。
「好感度だなんて、とんでもありません。そもそも私は王子の妃候補など望んでいないんです! ロスダン王子に私への愛はないのです。それなのになぜか妃候補に名を出され、私は疲れて逃げてきたんです」
「あなた自身は、彼との結婚は嫌なんですか?」
ディクティス神官は、ようやく話の筋が見えてきたので、確認した。
「はいっ! 嫌ですね。そんな愛のない結婚!」
ディクティス神官はやっと納得した顔をした。
「……ロスダン王子はあなたにご執心だと聞いたのに、そういうことでしたか」
アレリアは大きく肯いた。
「ご執心とあちこちで聞きはするし、婚約に向けて動きがあるのは確かに承知しておりますが、私自身が王子に愛されていると言う自覚は全くございません。あの方の過去も知っておりますし、私自身も戸惑っております。でもこちらの神殿が逃げ場をくださるのでしたら、私はここで真面目に働きたいと思います。まず何をさせていただきましょうか?」
ディクティス神官は急に事務的な顔になって、
「そういうことでしたら力になりましょう。ええと、式典のメインは中央大神殿になりますが、それでも旧神殿の歴史を考えれば、こちらでの式典も相当な規模になると思います。たくさんの神官が中央からやってきます。あなたにはその神官召集の手筈を整えたり、また式典に招待する客の選別などを手伝ってください。なにせ中央大神殿に移転してから二回目の100年式典です。ノウハウが蓄積されてませんから念入りにやってくださることを期待します」
と労働力を当てにするような言い方をした。
「分かりました」
アレリアははっきりと答えた。
旧神殿での日々は忙しかった。
何せ式典自体は、100年ごとにしか行われないし、100年も経てばすっかり街並みや人々の生活様式は変わっているわけで、たくさんのアップデートが必要だった。
しかも、ディクティス神官が言った通り、中央大神殿とこちらの神殿に分かれて式典をするのは、これで2回目なのだ。前回不備があった部分など改善点は多いにあった。
神官のシステムも多少昔とニュアンスが変わっているところがあり、前回同様に招待するというわけにもいかなかった。
そのためアレリアは、日常的にはロスダン王子に悩まされることはほとんどなくなっていた。
そして、アレリアが旧神殿で忙しくしている間に、弟のウィーラーが王宮の方でたくさんの貴族に接触を図ってくれたようで、ロスダン王子の妃候補として、クリスティ・トーラン公爵令嬢なら多くの貴族の賛同を得られそうだという情報を送ってきた。
アレリアは全てが上手くいきそうな予感にそっと胸をなでおろしていた。
「カッチェス家の娘のアレリアと申します。式典を手伝いにまいりました」
旧神殿の神官長は、領主の娘がやっと来たということで、かしこまって出迎えながら、それでも多少まだ半信半疑で嫌味を付け加えることを忘れなかった。
「それはありがたいです。正直カッチェス家の方はいつ来てくださるのかと思っていました」
「申し訳ありませんでした。私が来たからにはちゃんとさせていただきます」
アレリアが丁寧にお辞儀をすると、神官長はようやく満足そうに頷いた。
するとそこへ、すらりとした長身の風格のある若い神官が現れた。
「神官長殿、こちらが領主の娘?」
アレリアが神官の風格に気圧されて息を呑んだところ、その神官は、
「中央大神殿から手伝いに来ました、ディクティスです」
と名乗った。それから驚いたように目を見開いた。
「あなたは……!」
アレリアは、怪訝そうな顔をした。
「何でしょうか」
するとディクティス神官は、
「あなたはロスダン王子の妃候補じゃないんですか? こんなところで真面目に働くとは?」
と不思議そうに首を傾げた。
アレリアは、ロスダン王子の名前が出たのでゲッと思った。
「あ、いえいえ……! えっと、あの、妃候補と言うのは一方的な話ですし、正式にはそんな話はまだなっていないのですよ」
と急いで説明する。
まさかアレリアがロスダン王子との結婚を望んでいないなどとは少しも思っていないディクティス神官は、もっと首を傾げた。
「でも、正式な話が出ていない以上、今あなたは中央にいて、いろいろな人に取り入らないといけない時期じゃないんですか? 王子の妃候補と言うのは政略が絡んできます。ふらっとなれるもんんじゃないでしょう? ――ああ、でも自分はしっかり愛されているから心配ないということですかね? むしろ100年の式典を真面目にやって、あなた自身の好感度を上げようとしているとか?」
アレリアは真っ向から否定した。
「好感度だなんて、とんでもありません。そもそも私は王子の妃候補など望んでいないんです! ロスダン王子に私への愛はないのです。それなのになぜか妃候補に名を出され、私は疲れて逃げてきたんです」
「あなた自身は、彼との結婚は嫌なんですか?」
ディクティス神官は、ようやく話の筋が見えてきたので、確認した。
「はいっ! 嫌ですね。そんな愛のない結婚!」
ディクティス神官はやっと納得した顔をした。
「……ロスダン王子はあなたにご執心だと聞いたのに、そういうことでしたか」
アレリアは大きく肯いた。
「ご執心とあちこちで聞きはするし、婚約に向けて動きがあるのは確かに承知しておりますが、私自身が王子に愛されていると言う自覚は全くございません。あの方の過去も知っておりますし、私自身も戸惑っております。でもこちらの神殿が逃げ場をくださるのでしたら、私はここで真面目に働きたいと思います。まず何をさせていただきましょうか?」
ディクティス神官は急に事務的な顔になって、
「そういうことでしたら力になりましょう。ええと、式典のメインは中央大神殿になりますが、それでも旧神殿の歴史を考えれば、こちらでの式典も相当な規模になると思います。たくさんの神官が中央からやってきます。あなたにはその神官召集の手筈を整えたり、また式典に招待する客の選別などを手伝ってください。なにせ中央大神殿に移転してから二回目の100年式典です。ノウハウが蓄積されてませんから念入りにやってくださることを期待します」
と労働力を当てにするような言い方をした。
「分かりました」
アレリアははっきりと答えた。
旧神殿での日々は忙しかった。
何せ式典自体は、100年ごとにしか行われないし、100年も経てばすっかり街並みや人々の生活様式は変わっているわけで、たくさんのアップデートが必要だった。
しかも、ディクティス神官が言った通り、中央大神殿とこちらの神殿に分かれて式典をするのは、これで2回目なのだ。前回不備があった部分など改善点は多いにあった。
神官のシステムも多少昔とニュアンスが変わっているところがあり、前回同様に招待するというわけにもいかなかった。
そのためアレリアは、日常的にはロスダン王子に悩まされることはほとんどなくなっていた。
そして、アレリアが旧神殿で忙しくしている間に、弟のウィーラーが王宮の方でたくさんの貴族に接触を図ってくれたようで、ロスダン王子の妃候補として、クリスティ・トーラン公爵令嬢なら多くの貴族の賛同を得られそうだという情報を送ってきた。
アレリアは全てが上手くいきそうな予感にそっと胸をなでおろしていた。
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