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【5.逃亡】
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さて、そんなある日。
自室の長椅子に身をゆだねながらロスダン王子からの手紙をざっと一読したアレリアは、盛大なため気をついたところだった。
ロスダン王子はアレリアをお茶に誘ってきたのだった。
「断られてばかりですが、このお茶会には母も出席します。母がいればあなたも来てくれるのでしょう?」と恨みがましく書いてあった。
アレリアは頭を抱えた。
行きたくない。
王妃もいる? 気を回して二人っきりにしようとしたり、うまくいくようにフォローされたりして、気まずくなるのがオチだ。
アレリアが困っていると、部屋をノックする音がして、弟のウィーラーがおずおずと入ってきた。
「姉上、ロスダン王子と婚約させられそうですね」
アレリアは残念そうに頷いた。
「ええ、嫌なのよ。でもお父様もお母様も、王妃様まで、まったく聞く耳を持ってくれないわ。世間は『あんな不謹慎なブスを』と言ってくれてるんですけどね」
ウィーラーは、姉が婚約させられそうな上に、姉の評判が『不謹慎なブス』になっているのも心苦しく、顔を歪めた。
「姉上、申し訳ない……。きっと僕のせいだよね」
その言葉にアレリアはキッを怖い顔をすると、
「それは言ってはいけないわ、ウィーラー! あなたのせいではないのよ」
と窘めた。
「でも……」
ウィーラーは納得していないように首を横に振る。
そして、おずおずと一通の手紙を差し出した。
苦悶の表情が浮かんでいたが、その差し出し方は途方に暮れたような、姉への申し訳なさで心が削られているような、そんな様子だった。
アレリアは怪訝そうな顔で手紙を受け取り、ざっと目を通すと、
「ロスダン王子から? ってゆか、何これ!」
と怒気を含んだ声で叫んだ。
手紙を持つ手が怒りでぶるぶると震える。
アレリアは血走った眼をウィーラーに向けた。
「あのアホ王子は、この期に及んでまだこんなことを……? とうてい許せるものではないわ!」
「ええ、姉上。ひとまず姉上は絶対にロスダン王子なんかと結婚してはいけません! 姉上が誰か好きな人とさっさと結婚してしまえば……。そうしたらロスダン王子も手が出ないと思うんですけどね。誰かいないんですか?」
と縋るような目で聞いた。
「……いないわ……」
それはアレリアも思っていた。
さっさとどこぞの誰かと婚約してしまえば、大手を振ってロスダン王子を跳ね除けることができると思ったのだった。
しかし残念なことに、そんな『誰か』はいなかった。しかもこれに関しては、『不謹慎なブス令嬢』を演じるという手段がかなり悪手になっている気がした。今更自分を呪っても仕方がないが。――あのとき、咄嗟に思いついたのが、この手だったんだから。
アレリアがまたため息をついたとき、ウィーラーが恐る恐る言った。
「姉上、では逃げましょう。手引きしますよ」
「え? ウィーラー?」
アレリアが希望の目をウィーラーに向ける。
ウィーラーは冷静な声で、
「中央大神殿の移転前の旧神殿がうちの領地にあるでしょう。今年は100年ごとに行われる式典の年。中央大神殿で公式の式典が行われますが、旧神殿もかつての神の居場所でしたので、式典と並行して大規模な祈りが捧げられます。旧神殿は聖職者の管轄ですが、式典自体は王宮行事でもあり、貴族の仕事にもなりますからね。旧神殿はうちの領地、掃除なり式典準備なり、姉上が行って不自然なことはありませんよ」
と助言した。
「名案だわ」
アレリアは手を叩いて喜んだ。
旧神殿の式典準備。それなら旧神殿にしばらく居続ける理由になるし、王宮行事に準じるものだからお茶会も断れる!
「姉上が旧神殿の式典準備に籠もっている間、僕はいくらか高位貴族たちに話をしてみましょう。自分の娘をロスダン王子の妃にしたい貴族はごまんといるはずです。それで中央の様子も変わってくれれば」
「それは助かるわ! ありがとう、ウィーラー!」
アレリアはさっそく旧神殿の方に出向くことにした。
もちろん父も母も大反対だったが、式典準備にと熱心に言うと、それは確かにカッチェス家が無視できる案件ではなかったため、しぶしぶ了承した。
父カッチェス侯爵が旧神殿の件も直接采配を振るえばよい話ではあったのだが、カッチェス侯爵はアレリアの件で俄然中央で忙しくなりつつあり、旧神殿の方から領主として準備に積極的に関わるよう求められているにもかかわらず、ついつい後回しになっていたのだった。
そんな後ろめたい事情のために、アレリアの手伝いを認めた侯爵だが、その代わり、式典が終われば速やかに帰ってくるようにと、厳しく言いつけた。
自室の長椅子に身をゆだねながらロスダン王子からの手紙をざっと一読したアレリアは、盛大なため気をついたところだった。
ロスダン王子はアレリアをお茶に誘ってきたのだった。
「断られてばかりですが、このお茶会には母も出席します。母がいればあなたも来てくれるのでしょう?」と恨みがましく書いてあった。
アレリアは頭を抱えた。
行きたくない。
王妃もいる? 気を回して二人っきりにしようとしたり、うまくいくようにフォローされたりして、気まずくなるのがオチだ。
アレリアが困っていると、部屋をノックする音がして、弟のウィーラーがおずおずと入ってきた。
「姉上、ロスダン王子と婚約させられそうですね」
アレリアは残念そうに頷いた。
「ええ、嫌なのよ。でもお父様もお母様も、王妃様まで、まったく聞く耳を持ってくれないわ。世間は『あんな不謹慎なブスを』と言ってくれてるんですけどね」
ウィーラーは、姉が婚約させられそうな上に、姉の評判が『不謹慎なブス』になっているのも心苦しく、顔を歪めた。
「姉上、申し訳ない……。きっと僕のせいだよね」
その言葉にアレリアはキッを怖い顔をすると、
「それは言ってはいけないわ、ウィーラー! あなたのせいではないのよ」
と窘めた。
「でも……」
ウィーラーは納得していないように首を横に振る。
そして、おずおずと一通の手紙を差し出した。
苦悶の表情が浮かんでいたが、その差し出し方は途方に暮れたような、姉への申し訳なさで心が削られているような、そんな様子だった。
アレリアは怪訝そうな顔で手紙を受け取り、ざっと目を通すと、
「ロスダン王子から? ってゆか、何これ!」
と怒気を含んだ声で叫んだ。
手紙を持つ手が怒りでぶるぶると震える。
アレリアは血走った眼をウィーラーに向けた。
「あのアホ王子は、この期に及んでまだこんなことを……? とうてい許せるものではないわ!」
「ええ、姉上。ひとまず姉上は絶対にロスダン王子なんかと結婚してはいけません! 姉上が誰か好きな人とさっさと結婚してしまえば……。そうしたらロスダン王子も手が出ないと思うんですけどね。誰かいないんですか?」
と縋るような目で聞いた。
「……いないわ……」
それはアレリアも思っていた。
さっさとどこぞの誰かと婚約してしまえば、大手を振ってロスダン王子を跳ね除けることができると思ったのだった。
しかし残念なことに、そんな『誰か』はいなかった。しかもこれに関しては、『不謹慎なブス令嬢』を演じるという手段がかなり悪手になっている気がした。今更自分を呪っても仕方がないが。――あのとき、咄嗟に思いついたのが、この手だったんだから。
アレリアがまたため息をついたとき、ウィーラーが恐る恐る言った。
「姉上、では逃げましょう。手引きしますよ」
「え? ウィーラー?」
アレリアが希望の目をウィーラーに向ける。
ウィーラーは冷静な声で、
「中央大神殿の移転前の旧神殿がうちの領地にあるでしょう。今年は100年ごとに行われる式典の年。中央大神殿で公式の式典が行われますが、旧神殿もかつての神の居場所でしたので、式典と並行して大規模な祈りが捧げられます。旧神殿は聖職者の管轄ですが、式典自体は王宮行事でもあり、貴族の仕事にもなりますからね。旧神殿はうちの領地、掃除なり式典準備なり、姉上が行って不自然なことはありませんよ」
と助言した。
「名案だわ」
アレリアは手を叩いて喜んだ。
旧神殿の式典準備。それなら旧神殿にしばらく居続ける理由になるし、王宮行事に準じるものだからお茶会も断れる!
「姉上が旧神殿の式典準備に籠もっている間、僕はいくらか高位貴族たちに話をしてみましょう。自分の娘をロスダン王子の妃にしたい貴族はごまんといるはずです。それで中央の様子も変わってくれれば」
「それは助かるわ! ありがとう、ウィーラー!」
アレリアはさっそく旧神殿の方に出向くことにした。
もちろん父も母も大反対だったが、式典準備にと熱心に言うと、それは確かにカッチェス家が無視できる案件ではなかったため、しぶしぶ了承した。
父カッチェス侯爵が旧神殿の件も直接采配を振るえばよい話ではあったのだが、カッチェス侯爵はアレリアの件で俄然中央で忙しくなりつつあり、旧神殿の方から領主として準備に積極的に関わるよう求められているにもかかわらず、ついつい後回しになっていたのだった。
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