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7.婚活の闇
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ブランカは慌ててウィルヘルムを追いかけた。
「ウィルヘルム様──」
ブランカはよほど情けない顔をしていたに違いない。ウィルヘルムは困った顔で振り返った。
「追ってこないでくださいよ。かっこ悪いところを見られたなあ」
「かっこ悪くなんか……でも本当によかったんですか?」
「エステル姫はやめとけと最初に言ったのはそっちじゃないですか」
「まあそうですけど……」
ブランカは言葉を濁す。
ウィルヘルムは自分に納得させるようにため息をついた。
「こんなに雑に扱われてはね。結婚は一生のことですから。幸せになるために結婚するのにこんなに疎まれていては、幸せ要素ゼロじゃないですか」
「でも王様になれたかもしれないわ」
「ははは。王様は確かにそうそうなれるもんじゃないからなあ。一生に一度くらい王様になってみてもよかったかなあ」
ウィルヘルムは悪戯っぽく笑った。そして、ぽつんと吐き出した。
「ブランカ様の言っていた通りでしたよ。『救出された奇跡の姫』のパレードって何なんでしょうね。とにかくご自分が可愛くて仕方がないようだ。私はとにかく一刻も早く帰って、あったかくおかえりって言ってもらえる方が、よっぽどほっとできるし嬉しいんですけどね」
ブランカも肯いた。
「ええ、そうですね。大変でした、お疲れ様ってね」
ウィルヘルムは微笑んだ。
「いいですね、『お疲れ様でした』も言われたいセリフです。はは、私はこう見えても、頑張ったんですから」
そして二人は顔を見合わせてふふふと笑った。
ウィルヘルムはそれから急に畏まった顔をした。
「ブランカ様。実は私はあなたの気持ちを聞いてしまったんです。だいぶ驚いて、……でもやっぱりね、聞いてしまった以上、気にしないわけにはいきませんでした。……エステル姫よりよっぽどブランカ様の方が気が合いそうだと」
「え、何のことですか!?」
「え? だから、私のことを想ってくれていると?」
「え、どうして……あっ! まさか父のあれですか!?」
ブランカは顔を真っ赤にした。
まさか、この流れで「誤解です」とも言えず──。
なんで私はこうも何かに巻き込まれるのが得意なのかしら?
しかし、ブランカはさっきのウィルヘルムの毅然とした態度に、まんざらでもない気がした。
「ウィルヘルム様、なんか私たち、出会い方間違えましたか?」
「ホントですね。どこからやり直したらいいんだろう。とりあえず女にフラれるところとかを見られるのは勘弁してほしかったかな」
ウィルヘルムはきまりが悪そうな顔をして苦笑した。
ブランカも笑った。
「えー? さっきのはあれでよかったと思いますけど」
「あれでって──あっ!! アリアーナ! 忘れてた、急いで行ってやろう。今頃きっとどんな罰を与えられるのかと震えているに違いない。……これまでの労力を労わってやらないと!」
ウィルヘルムが急に思い出したように叫んだので、ブランカもはっとした。
「ああ、アリアーナ! そろそろ落ち着いたかしら。……でもよかったです。アリアーナがエステル様の衣装を切り刻んだのは間違いありませんから、本当に罰するんじゃないかと冷や冷やしていました」
「しませんよ。エステル姫なんかに振り回されて気の毒でしかない」
ウィルヘルムが同情するように言うので、ブランカはほっとしたように微笑んだ。
「ああ、アリアーナだけじゃないわ。エステル姫の出立の準備もしなくちゃね。お父様にも段取りが変わった事を言わないと」
「デイモンド子爵のことですから、エステル姫の出発時には塩でも撒きそうですね」
「違いないわ」
二人は顔を見合わせて笑った。
そこからは大忙しだった。
話を聞いたデイモンド子爵はすぐにシェフィールド公爵家に使者を送った。『エステル姫は万全の体制でお送りいたします、後は全てそちらにお任せします』という体の良い押し付けの手紙だった。
シェフィールド公爵家の方はデイモンド子爵家の思惑までは分からないから、エステル姫という大いに政治利用できそうなカードを手に入れることができそうでほくほくしていた。
エステル姫の帰還パレード! ここで恩を売っておけば、後々色々な場面で融通が利きそうだ!
そして全権を譲渡してくれようとするデイモンド子爵は、きっと自分たちに媚びているのだと思い、今後デイモンド子爵家のことはいろいろと面倒を見てやるから遠慮なく言ってきなさいと約束してくれた。
エステル姫はアリアーナの無礼には憤慨していたけれど、ウィルヘルムとの結婚は無しになったし、シェフィールド公爵家への移動はスムーズいきそうだし、なんだか全て自分の思い通りに進みそうな気配を感じてほくそ笑んだ。
アリアーナの無礼の分もデイモンド子爵が挽回してくれようとしているのだと大変好意的に解釈し、
「ブランカ、あなた方も反省しているのね、この城での不備は全部不問にしてあげるわ」
とふんぞり返って言った。
ブランカは恭しくそのお言葉を頂戴し、馬車に食料やら身の回りの物やらできるだけ上等なものを選んで詰め込んで、最後に城一番の値の張るワインを餞別に包んでやった。
こういった気遣いにはエステル姫もだいぶ機嫌をよくして、「なるほどブランカも可愛いところもあるじゃないの」と勝手に感心し、「あなた方の“謝罪”を受け入れるわ」と言った。
手を引くと決めた以上迅速こそ最善。
デイモンド子爵の家中は夜通し働き、エステル姫にはあらゆる便宜を図って、盛大に見送ったのだった。
一方、シェフィールド公爵家の方は、エステル姫をうまく扱えたようだ。
エステル姫の帰還パレードは盛大に催され、王都中の市民がパレードを一目見ようと大通りに詰めかけた。
ゴテゴテの高級馬車、流行最先端のドレス、パレードの道もめいっぱい飾り付けられていた。
旗振り役に、音楽隊に、姫を護衛する屈強な兵士たちにと、パレードはいつまで続くかというくらい連なった。
市民は皆目を見張って、一生に一度見られるかどうかの光景を心から楽しんでいた。
ただ市民の関心はもう一つあった。それは「魔物をやっつけ、姫を助け出した騎士」のことだ。しかも王様は「姫を救い出した者に姫をやる」というお触れを出しているのだ。
エステル姫を助け出した騎士は、『自分の身分では姫には相応しくない』と辞退したことになっていた。
またパレードへの出席も『自分一人が目立ちたくない』と辞退していた。
これは、魔物討伐の成功は自分一人の力ではなく、足跡を残してくれた過去の討伐隊の者たち全員の功績が讃えられるべきだという理由からだった。シェフィールド公爵には全ての討伐隊参加者が賞されるようなパレードにしてもらっていた。
(※シェフィールド公爵はウィルヘルム本人の出席を強く要請したが、同列に並ぶのを嫌がったエステル姫の後押しもあり、パレードへの欠席が認められた。)
しかし、なんという謙虚な騎士だろう!
こうも表に出てこないと、逆に興味が湧く。
人の口に戸は立てられぬ。姫を助け出した騎士がデイモンド子爵領に留まっているという噂はすぐに流れ、デイモンド子爵領にはたくさんの記者が押し寄せた。
皆、“身の程を弁えた勇敢で謙虚な騎士”に興味津々だったのだ。
どんなに立派な人物なのだろう、そんな人物こそエステル姫と一緒になるのに相応しいはずなのに──!
しかし、記者たちが耳にしたのは、騎士ウィルヘルムがデイモンド子爵令嬢と婚約したという予想を裏切るニュースだった。
記者たちは憤慨して、ブランカ・デイモンドを悪し様に書き立てようとした。ブランカ・デイモンドが、エステル姫が本来結婚するはずだった騎士を横取りしたというストーリである。
しかしそのストーリは最初から破綻していた。
エステル姫自身が、ウィルヘルムとの破談を確固たるものにするべく、ウィルヘルムとブランカの婚約を両手を上げて祝福したからだ。それに、エステル姫が帰還するとき、かっこつけるために、デイモンド子爵家からもあらゆる歓待を受けたと明言してしまっていた。
記者たちは苦し紛れに、『勇敢で責任感の強い騎士は、魔物の報復に備えて未開の地への玄関口にあたるデイモンド子爵領に留まっている』と断じた。そして、『その騎士をデイモンド子爵家の令嬢が支えようと決心したのは自然で喜ばしいことだ』と。
果たして、王家の姫と結婚する権利を潔く辞退した若い騎士と、その騎士を射止めた田舎の令嬢は計らずも株を上げることとなり、全国民が祝福することとなった。
さて、エステル姫の婚活はと言うと、婚活自体は大成功だった!
彼女は、身分・財力・知力・女性人気の全てを兼ね備えた王都一のイケメンプレイボーイと結婚したからである!
なあに、救い出された悲劇の美人王女ともなれば、恋愛カースト最上位の男だって赤子の腕を捻るも同然。とんとん拍子で話は進んだ。
しかし離婚の方も呆気なかった。
プレイボーイはエステル姫自身を愛していたわけではなかったし、エステル姫もプレイボーイの人となりなんてあまり興味がなかったので、夫婦の信頼関係がスムーズに築けなかったからだ。
王都一のイケメンプレイボーイとの破局は、そもそもこの結婚に懐疑的だった社交界の貴婦人たちの間で、相当話題になった。
「やっぱりね、あんなドラマチックな事情をお持ちのエステル姫にだって、あのプレイボーイを繋ぎとめるのは無理な話よ」
エステル姫の方も、社交界の貴婦人たちの陰口はだいぶ堪えたらしい。
「遊び人なんて、奇跡の姫である私には相応しくないわ」
と虚勢を張るので精いっぱいだった。
市井では、魔物を倒した騎士ウィルヘルムの人気は今も衰えていない。
辺境の田舎で、最愛の奥様と仲良く慎み深く暮らしておられる、と美談で語られ続けている。
エステル姫は、王様に、
「姫や、あの騎士と結婚しておけばよかったのに」
と言われるのが一番の苦痛だった。
エステル姫は躍起になって、自分にふさわしい相手を求め続けた。
大貴族出身、洗練された物腰、仕事ができて、教養高く会話も面白い、長身でイケメンで女性に人気、だけどめっちゃ真面目な(※元旦那とは違う)高スペック男子が、私のことを愛してくれるはずよ──!
だって、私は攫われていたところを勇敢な騎士に救い出された悲劇の姫なのよ──!
しかし、真面目男子ほど、あまり話題性だけで相手は選ばないだろう……。
特にプレイボーイとスピード離婚なんかした姫なんて、遠巻きに眺めるくらいで十分かも。
エステル姫が真の幸せを見つけるのは、少々骨が折れることとなりそうだ。
「ウィルヘルム様──」
ブランカはよほど情けない顔をしていたに違いない。ウィルヘルムは困った顔で振り返った。
「追ってこないでくださいよ。かっこ悪いところを見られたなあ」
「かっこ悪くなんか……でも本当によかったんですか?」
「エステル姫はやめとけと最初に言ったのはそっちじゃないですか」
「まあそうですけど……」
ブランカは言葉を濁す。
ウィルヘルムは自分に納得させるようにため息をついた。
「こんなに雑に扱われてはね。結婚は一生のことですから。幸せになるために結婚するのにこんなに疎まれていては、幸せ要素ゼロじゃないですか」
「でも王様になれたかもしれないわ」
「ははは。王様は確かにそうそうなれるもんじゃないからなあ。一生に一度くらい王様になってみてもよかったかなあ」
ウィルヘルムは悪戯っぽく笑った。そして、ぽつんと吐き出した。
「ブランカ様の言っていた通りでしたよ。『救出された奇跡の姫』のパレードって何なんでしょうね。とにかくご自分が可愛くて仕方がないようだ。私はとにかく一刻も早く帰って、あったかくおかえりって言ってもらえる方が、よっぽどほっとできるし嬉しいんですけどね」
ブランカも肯いた。
「ええ、そうですね。大変でした、お疲れ様ってね」
ウィルヘルムは微笑んだ。
「いいですね、『お疲れ様でした』も言われたいセリフです。はは、私はこう見えても、頑張ったんですから」
そして二人は顔を見合わせてふふふと笑った。
ウィルヘルムはそれから急に畏まった顔をした。
「ブランカ様。実は私はあなたの気持ちを聞いてしまったんです。だいぶ驚いて、……でもやっぱりね、聞いてしまった以上、気にしないわけにはいきませんでした。……エステル姫よりよっぽどブランカ様の方が気が合いそうだと」
「え、何のことですか!?」
「え? だから、私のことを想ってくれていると?」
「え、どうして……あっ! まさか父のあれですか!?」
ブランカは顔を真っ赤にした。
まさか、この流れで「誤解です」とも言えず──。
なんで私はこうも何かに巻き込まれるのが得意なのかしら?
しかし、ブランカはさっきのウィルヘルムの毅然とした態度に、まんざらでもない気がした。
「ウィルヘルム様、なんか私たち、出会い方間違えましたか?」
「ホントですね。どこからやり直したらいいんだろう。とりあえず女にフラれるところとかを見られるのは勘弁してほしかったかな」
ウィルヘルムはきまりが悪そうな顔をして苦笑した。
ブランカも笑った。
「えー? さっきのはあれでよかったと思いますけど」
「あれでって──あっ!! アリアーナ! 忘れてた、急いで行ってやろう。今頃きっとどんな罰を与えられるのかと震えているに違いない。……これまでの労力を労わってやらないと!」
ウィルヘルムが急に思い出したように叫んだので、ブランカもはっとした。
「ああ、アリアーナ! そろそろ落ち着いたかしら。……でもよかったです。アリアーナがエステル様の衣装を切り刻んだのは間違いありませんから、本当に罰するんじゃないかと冷や冷やしていました」
「しませんよ。エステル姫なんかに振り回されて気の毒でしかない」
ウィルヘルムが同情するように言うので、ブランカはほっとしたように微笑んだ。
「ああ、アリアーナだけじゃないわ。エステル姫の出立の準備もしなくちゃね。お父様にも段取りが変わった事を言わないと」
「デイモンド子爵のことですから、エステル姫の出発時には塩でも撒きそうですね」
「違いないわ」
二人は顔を見合わせて笑った。
そこからは大忙しだった。
話を聞いたデイモンド子爵はすぐにシェフィールド公爵家に使者を送った。『エステル姫は万全の体制でお送りいたします、後は全てそちらにお任せします』という体の良い押し付けの手紙だった。
シェフィールド公爵家の方はデイモンド子爵家の思惑までは分からないから、エステル姫という大いに政治利用できそうなカードを手に入れることができそうでほくほくしていた。
エステル姫の帰還パレード! ここで恩を売っておけば、後々色々な場面で融通が利きそうだ!
そして全権を譲渡してくれようとするデイモンド子爵は、きっと自分たちに媚びているのだと思い、今後デイモンド子爵家のことはいろいろと面倒を見てやるから遠慮なく言ってきなさいと約束してくれた。
エステル姫はアリアーナの無礼には憤慨していたけれど、ウィルヘルムとの結婚は無しになったし、シェフィールド公爵家への移動はスムーズいきそうだし、なんだか全て自分の思い通りに進みそうな気配を感じてほくそ笑んだ。
アリアーナの無礼の分もデイモンド子爵が挽回してくれようとしているのだと大変好意的に解釈し、
「ブランカ、あなた方も反省しているのね、この城での不備は全部不問にしてあげるわ」
とふんぞり返って言った。
ブランカは恭しくそのお言葉を頂戴し、馬車に食料やら身の回りの物やらできるだけ上等なものを選んで詰め込んで、最後に城一番の値の張るワインを餞別に包んでやった。
こういった気遣いにはエステル姫もだいぶ機嫌をよくして、「なるほどブランカも可愛いところもあるじゃないの」と勝手に感心し、「あなた方の“謝罪”を受け入れるわ」と言った。
手を引くと決めた以上迅速こそ最善。
デイモンド子爵の家中は夜通し働き、エステル姫にはあらゆる便宜を図って、盛大に見送ったのだった。
一方、シェフィールド公爵家の方は、エステル姫をうまく扱えたようだ。
エステル姫の帰還パレードは盛大に催され、王都中の市民がパレードを一目見ようと大通りに詰めかけた。
ゴテゴテの高級馬車、流行最先端のドレス、パレードの道もめいっぱい飾り付けられていた。
旗振り役に、音楽隊に、姫を護衛する屈強な兵士たちにと、パレードはいつまで続くかというくらい連なった。
市民は皆目を見張って、一生に一度見られるかどうかの光景を心から楽しんでいた。
ただ市民の関心はもう一つあった。それは「魔物をやっつけ、姫を助け出した騎士」のことだ。しかも王様は「姫を救い出した者に姫をやる」というお触れを出しているのだ。
エステル姫を助け出した騎士は、『自分の身分では姫には相応しくない』と辞退したことになっていた。
またパレードへの出席も『自分一人が目立ちたくない』と辞退していた。
これは、魔物討伐の成功は自分一人の力ではなく、足跡を残してくれた過去の討伐隊の者たち全員の功績が讃えられるべきだという理由からだった。シェフィールド公爵には全ての討伐隊参加者が賞されるようなパレードにしてもらっていた。
(※シェフィールド公爵はウィルヘルム本人の出席を強く要請したが、同列に並ぶのを嫌がったエステル姫の後押しもあり、パレードへの欠席が認められた。)
しかし、なんという謙虚な騎士だろう!
こうも表に出てこないと、逆に興味が湧く。
人の口に戸は立てられぬ。姫を助け出した騎士がデイモンド子爵領に留まっているという噂はすぐに流れ、デイモンド子爵領にはたくさんの記者が押し寄せた。
皆、“身の程を弁えた勇敢で謙虚な騎士”に興味津々だったのだ。
どんなに立派な人物なのだろう、そんな人物こそエステル姫と一緒になるのに相応しいはずなのに──!
しかし、記者たちが耳にしたのは、騎士ウィルヘルムがデイモンド子爵令嬢と婚約したという予想を裏切るニュースだった。
記者たちは憤慨して、ブランカ・デイモンドを悪し様に書き立てようとした。ブランカ・デイモンドが、エステル姫が本来結婚するはずだった騎士を横取りしたというストーリである。
しかしそのストーリは最初から破綻していた。
エステル姫自身が、ウィルヘルムとの破談を確固たるものにするべく、ウィルヘルムとブランカの婚約を両手を上げて祝福したからだ。それに、エステル姫が帰還するとき、かっこつけるために、デイモンド子爵家からもあらゆる歓待を受けたと明言してしまっていた。
記者たちは苦し紛れに、『勇敢で責任感の強い騎士は、魔物の報復に備えて未開の地への玄関口にあたるデイモンド子爵領に留まっている』と断じた。そして、『その騎士をデイモンド子爵家の令嬢が支えようと決心したのは自然で喜ばしいことだ』と。
果たして、王家の姫と結婚する権利を潔く辞退した若い騎士と、その騎士を射止めた田舎の令嬢は計らずも株を上げることとなり、全国民が祝福することとなった。
さて、エステル姫の婚活はと言うと、婚活自体は大成功だった!
彼女は、身分・財力・知力・女性人気の全てを兼ね備えた王都一のイケメンプレイボーイと結婚したからである!
なあに、救い出された悲劇の美人王女ともなれば、恋愛カースト最上位の男だって赤子の腕を捻るも同然。とんとん拍子で話は進んだ。
しかし離婚の方も呆気なかった。
プレイボーイはエステル姫自身を愛していたわけではなかったし、エステル姫もプレイボーイの人となりなんてあまり興味がなかったので、夫婦の信頼関係がスムーズに築けなかったからだ。
王都一のイケメンプレイボーイとの破局は、そもそもこの結婚に懐疑的だった社交界の貴婦人たちの間で、相当話題になった。
「やっぱりね、あんなドラマチックな事情をお持ちのエステル姫にだって、あのプレイボーイを繋ぎとめるのは無理な話よ」
エステル姫の方も、社交界の貴婦人たちの陰口はだいぶ堪えたらしい。
「遊び人なんて、奇跡の姫である私には相応しくないわ」
と虚勢を張るので精いっぱいだった。
市井では、魔物を倒した騎士ウィルヘルムの人気は今も衰えていない。
辺境の田舎で、最愛の奥様と仲良く慎み深く暮らしておられる、と美談で語られ続けている。
エステル姫は、王様に、
「姫や、あの騎士と結婚しておけばよかったのに」
と言われるのが一番の苦痛だった。
エステル姫は躍起になって、自分にふさわしい相手を求め続けた。
大貴族出身、洗練された物腰、仕事ができて、教養高く会話も面白い、長身でイケメンで女性に人気、だけどめっちゃ真面目な(※元旦那とは違う)高スペック男子が、私のことを愛してくれるはずよ──!
だって、私は攫われていたところを勇敢な騎士に救い出された悲劇の姫なのよ──!
しかし、真面目男子ほど、あまり話題性だけで相手は選ばないだろう……。
特にプレイボーイとスピード離婚なんかした姫なんて、遠巻きに眺めるくらいで十分かも。
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