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2.あの騎士、私にふさわしくないの

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 しかしエステル姫は急に顔を曇らせた。
「でも、一つ問題があるのよ」

 ブランカは怪訝けげんそうな顔をした。
「いったい何の問題がございますでしょうか? パレードにかかる費用とか?」

 エステル姫は深刻そうな顔をした。
「そんなんじゃないわ。もっと全然別の、もっと深刻なことよ。……ねえ、お父様ったら私を助け出した者を私の婿むこにするって言ったんですって?」

 ブランカはうなずいた。
「ああ、それは私も聞いた事があります。姫を助け出した者と姫を結婚させると。ということは、エステル姫はウィルヘルム様と結婚なさるってことですよね? まあまあ、それはめでたい話が二つ重なって。娘の帰還と娘の結婚……王様も大忙しですね。ご帰還のパレードでは、エステル様とウィルヘルム様、さぞかしお似合いのように仕立て上げましょう! お召しの衣装はペアルックを意識して──」

「ちょっと! ちょっと待って! 違うのよ!」
 エステル姫は金切り声を上げた。

「はあ? 何が違うのでしょう?」
 ブランカはきょとんとして聞いた。

 エステル姫は顔色を変えて憤慨している。
「私はウィルヘルム様と結婚なんかしないわよ!」

 ブランカはすっかりエステル姫の気迫に狼狽うろたえてしまった。
「……えーっと、エステル姫はウィルヘルム様と結婚したくないってことで?」

「そうよ! だって、おかしいと思わない!? 私を助け出すことと、私が誰と結婚するかは、全く別の話じゃないの!」
 エステル姫はこぶしを振り上げた。
「私はこう見えても一国の姫です。聞けばウィルヘルム様は爵位もない貧乏騎士だそうじゃないですか。どうしてが貧乏騎士と結婚しなくちゃならないの!」

 ブランカはエステル姫の不平を一蹴いっしゅうするように、
「大丈夫ですよ、ウィルヘルム様はエステル姫を助けた騎士ですよ、王様がたんまりお金をくださいます! 金も名誉もどーんとね。貧乏騎士だなんて今だけ! 将来のご心配はいらないかと思います!」
と、わざと明るい声でけ負った。

「あなた、それ本気で言っているの? 私の言いたいことがちっとも分かっていないのね」
 エステル姫が余計にぷうっと怒る。

 面と向かって「ちっとも分かってない」と言われてはさすがにブランカもたじたじとなった。
「……わ、私、何が間違っていましたでしょうか?」

「私の父が金も名誉も与えるって、それ、私の父のおかげじゃない。ウィルヘルム様はこれから王宮の貴族の世界を一から学ぶことになるのよ? そんな新参者しんざんもの、王宮の貴族たちにみっともないって笑われないかしら。私はお相手になる男性が恥ずかしい人なのは嫌よ。私をエスコートするのは感嘆かんたんの声が漏れるくらい洗練された男性であるべきよ。一流で、皆が一目置く男性こそが私に相応ふさわしいと思うの」
 エステル姫は熱弁した。
「ね? あなただってそう思わない? ……だって、私は悲劇の王女なのよ?」

 ブランカは面食らってしまった。
 長らく魔物の世界で暮らしていて、それでこの考え方というのは何なのだろう?
 人間界に戻れただけでありがたい、魔物の世界で10年も暮らした自分を嫁にもらってくれる男性がいるだけよかった、とはならないのだろうか?

 それとも、逆なのだろうか。
 過酷な環境で暮らしていたら、そんな『全ての不幸を相殺そうさいするほどの幸せ』がきっと待っているとでも思わないと、生き抜くことは難しかったのだろうか……? それを心の支えに?

 そこまで思ってから、ブランカはふるふると頭を振った。
 相手は王女様、しかも特殊な状況に置かれていた方。かたや自分は辺境の田舎令嬢で、王都暮らしが馴染めず領地に引っ込んでいる平凡人間。そもそも考え方は人それぞれで、何でも理解できると思う方が間違っているのかもしれない。

 ブランカは確認した。
「ウィルヘルム様は、エステル姫から見ると洗練はされてないってことですかね?」

「そうよ。見た目で分かるじゃない。まとっているマントはぶ厚い物だし、服だってゴツゴツしているし、とっても色味が地味なのよ」

 ブランカはそれには少し反論した。
「まだウィルヘルム様を拝見しておりませんから何とも言えませんけど、もしかしたらそれは機能的と言うのでは? 防寒、防備、隠伏いんぷくなど意味が──」

 そうブランカが言い終わらないうちに、
「機能的な物にだっておしゃれな物がいっぱいあるわ!」
とエステル姫はキッと睨んで否定した。
「それにね、ウィルヘルム様ったら、魔物の森からの帰り道、私に地べたで寝ろと言うの。森の真ん中にベッドがないことくらい私だって承知しているけど、でも、もしかしたら少し探せば木こりの小屋があるかもしれないし、放置された砦とかもあるかもしれないじゃない? 私のために、そういうのを少し探す努力くらいしてくれてもいいと思うのよ。そういう気の利いたとこは一切いっさいないわけ、あの人。中身もダメダメなのよ」

 ブランカは正直共感できなかった……。
 ええ……? そんなあるかないか分からないもの探すくらいなら早く森を抜ける努力した方がいい……。

 しかし、エステル姫の愚痴は続く。
「食べものだってそうよ! 火を通してあるからって、うさぎだったことが丸わかりの肉なんてレディに勧めるなって話よ。腹が立ったから『私は果物だけでいいです』ってぷいってしたら、次の食事からは本当に果物しか渡してこないのよ、あの人! そうじゃないでしょ? 見た目の良くないうさぎ肉がイヤだってことなのに! これだから愚鈍な男はイヤなのよ!」

 エステル姫の口からは、こんな細々こまごまとした悪口が一生続くのではないかと思われた。
 ブランカはもうお腹いっぱいになって、
「エステル姫がウィルヘルム様を受け入れられないってことはよく分かりました」
と観念したように両手を挙げて言った。

「やっと分かってくれた?」
 エステル姫はぱあっと顔を明るくした。
 何か誤解したままエステル姫はうんうんとうなずくとブランカの手を取った。
「ね? 女の敵でしょ? そんなウィルヘルム様に武骨ぶこつなぎこちないエスコートなんかされてごらんなさいよ、『魔物にとらわれていた王女には、やっぱりあれくらいどんくさい貧乏騎士がお似合いね』なんて意地悪を言われちゃうかもしれないじゃない。私まで一緒に笑われるなんて心底しんそこ耐えられないのよ」

 ブランカは(この手を払いのけたい)と思ったが口には出さず、バレないように小さくため息をついた。
 それから、なんとなくエステル姫はもやもやとした不安を抱えているんじゃないかということに気付いた。

 つまり、エステル姫だって、「自分は悲劇のヒロイン、みんな私に一目置くの!」と言っておきながらも、「だから、私の相手は誰が何と言おうとヒーローなのよ!」と開き直れる程には自分に自信がないのだろう。

 それは、さっきブランカが心の中で『魔物の世界で10年も暮らした女を嫁にもらってくれる男性がいるだけマシ』と思ってしまったこととたぶん関係している。『魔物にとらわれていた』というのは人々の同情を集める反面、十分にエステル姫の価値を下げるからだ。至らない点があれば「やっぱりね」と周囲に思われてしまう。
 エステル姫だって無意識のうちにもそのことを察している、ということなのだろう。
 それは、エステル姫のような他人の目を気にする女性には、確かに少し気の毒な気がした。

 しかしブランカは、騎士との結婚は王様が約束したことなのだし、それに騎士の気持ちを思えば多少はきちんと前向きに検討するべきだと思ったので、自分なりの恋愛観を交えて少し説得を試みた。
「命がけで助けてくれた騎士とお姫様の結婚っていうのは、最高のハッピーエンドだと思いますよ。身分を越えた愛! 国中の乙女おとめが熱狂すると思うんですけど」

 エステル姫はブランカの言葉に露骨ろこつに嫌そうな顔をした。
「え? だって騎士なら王族の姫を命がけで助けるのは当たり前だし、そんなことで身分を越えた愛が生まれるわけないじゃない。そんな陳腐ちんぷな物語で熱狂するのは庶民だけよ」

 ブランカは面と向かって『陳腐ちんぷな庶民』のレッテルを貼られて苦笑した。
 ダメだったか~。
 ブランカはため息をつき、最後にエステル姫にあきらめを促しながら、この話はもうおしまいにしようとした。
「でも騎士様が救い出してくださったのですから結婚しなきゃダメなんじゃないでしょうか、エステル様。ここは一つバランスをみてですね──」

 しかしエステル姫は最後まで強い語調でブランカに食い下がった。
「そこんとこなんだけど、『不釣ふつり合いだから』結婚あきらめるように、あなたからウィルヘルム様にそれとなく言ってくれないかしら?」

 あくまでもあきらめるべきなのは騎士側なのだそうだ。

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