誰もがその聖女はニセモノだと気づいたが、これでも本人はうまく騙せているつもり。

幌あきら

文字の大きさ
9 / 30

【9.エルンストの婚約者】

しおりを挟む
 さて、『夜の散歩』に来たときたまたま聖女ルシルダに遭遇したリーアンナだったが、エルンストを刺した相手がエルンストの婚約者の恋人で、しかもそれにルシルダが関わっているかもれしれないというとてつもない情報を耳にしてかなり動揺していた。

 頭を整理するためにもう自分の邸に一旦いったん戻り考えたいと思ったが、せっかく『夜の散歩』に出たのだからエルンストの怪我の具合くらい見ておきたいと思った。

 ウォーレスとバートレットの話す感じではエルンストは命に別状はなさそうだったが、やはりリーアンナは心配だった。寝たきりなのだろうか。痛がっている?

 しかもその怪我けががルシルダがらみなのだとしたら――もしかしたら、責任の一端いったんは自分にもあるかもしれないとも思えた。

 だから、リーアンナは当初の予定通りエルンストのリンブリック公爵邸まで足を向けることにした。

 しかし、エルンストの邸に辿たどり着いたはいいが、部屋までは分からない。

 さすが公爵家なので多くの使用人たちが働いており、この時間でもたくさんの人が歩き回っていた。リーアンナは他人の邸を勝手にうろつくという後ろ暗さを感じつつ、エルンストの居室を探した。

 すると、応接室の一室にエルンストの婚約者、イェレナ・マセレステン侯爵令嬢の姿を認めた。
「なぜ、こんな時間に婚約者が?」

 イェレナはちゃんと自身の侍女を同行させ正当な訪問ではあるようだったが、とはいえ時間帯がおかしい。こんな夜間に訪れるなんて。

 リーアンナは不審に思ってその応接室の中へ入っていった。

 イェレナの侍女は非常識な時間の訪問に居心地の悪さを感じているらしく、落ち着かなさそうにあちこちをきょろきょろ見回している。
「お嬢様、やっぱりこんな時間の訪問は非常識ですよ……」

 しかしイェレナの方は開き直って、でんっと長椅子に深く腰掛けている。
「追い出されてないからいいんですのよ」

「追い出されてないからって! 会えるまで出て行かないと駄々だだをこねたのはお嬢様じゃないですか」
と侍女がたしなめようとしたが、イェレナはふふっと笑って取り付く島もない。
「まあ、これだって演出の一つなんですわ。非常事態な感じが出ますでしょ? 会わせてもらえないから詰めてるんですからね。会えるまでは心配で帰れませんってアピールしてるんですのよ」

 侍女がその様子にあきれた声を上げる。
「まあ、お嬢様。心配したフリなんですか?」

「そういう言い方すると角が立ちますわね。心配はしてましてよ、多少はね」
 イェレナは急に真面目ぶって答えた。

 そのやり取りを聞きながら、「嘘つけ」とリーアンナは思った。
 だってさっき盗み聞いたルシルダ様の話では、イェレナ様の恋人がエルンスト様を襲ったって。それが事実なら、イェレナ様は全て承知、心配なんてするはずない。
 イェレナ様は疑われないようにするために、ここにいるんだ。
 でも、悪いけど逆効果だ。非常識な時間に押しかけてもこんな落ち着き払った様子では、私が初めて見たときに思ったように「おかしい」としか思えない。婚約者を心配しているように見えないのだから。

 リーアンナは、ひどく悲しい気持ちになってその場を立ち去った。
 こんな人がエルンスト様の婚約者であり、こんな人たちの陰謀でエルンスト様が怪我をしただなんて。そのことはエルンスト様は知っているのかしら?
 もうリーアンナはエルンストが気の毒で胸がいっぱいだった。

 そして、今度こそエルンストの寝室の方をのぞいて帰ろうと思った。

 エルンストの寝室は分からなかったので、リーアンナは出会う女中にくっついてふらふらと屋敷内を徘徊はいかいした。

 少し年配の女中が険しい顔でお湯を入れた水差しを持て速足で歩いてきたので、リーアンナはこの女中がエルンストの寝室に行くのではないかではないかと思った。

 そしてその予想は当たった。
 女中についてリーアンナが寝室を入ると、奥のベッドにエルンストが横たわっているのが見えた。

 リーアンナは苦しそうに横たわるエルンストを見て、胸がときめくと同時にぎゅっと締め付けられる感じがした。
 
 しゅっと霊体のまま近づく。

 覗き込むまでもなくエルンストは起きていた。
 苦しそうに見えたが、彼は思ったより症状は悪くないようだった。全身に怪我の処置の跡があるが、意識ははっきりしているように見えた。

「おかげんはいかがですか」
と老女中が聞く。

 その話しかけ方から、リーアンナはその女中がただの女中ではなく、乳母のようなもう少し親密な間柄の人のように見えた。

「ああ、だいぶ気分がマシになって来たよ」
とエルンストは口のはしに笑みを浮かべて答えた。

「よくもここまで回復されたものです。血まみれで帰ってきたときはもうだめなのかと思いましたよ」
とこの乳母はほっとしたように言った。

「そうだな。思ったより傷は浅かったようだ」

「痛みの方は?」

「そりゃ痛いよ。ずっと太い釘をぶすぶす刺されてる気分」

「おかわいそうに。犯人を早く捕まえてほしいものです!」
 乳母は天をあおいで願うようにさけんだ。

 しかし、乳母のなげきの横でエルンストは微妙な苦笑をしていたので、リーアンナははっとした。
 苦笑――。
 もしかして、エルンスト様は全部気付いているのでは!

 リーアンナがハラハラしながらエルンストの横顔を見つめていると、エルンストは乳母にバレないようにこっそりと小さくため息をついて真面目な顔になり下を向いた。

 ああ、やっぱり。エルンスト様は気付いている。
 そうリーアンナは思った。

 リーアンナはたまれなくなった。エルンストの心中を想像すると苦しくなる。婚約者に恋人がいて、なおかつその恋人が自分を害したというのだから! どんな屈辱だろうか。

 そのとき、エルンストの思いなど何も気づかないように乳母が眉をしかめながら言った。
「ところで、まだ居座いすっていますよ、イェレナ様。放っておいていいんですか」

「ああ、構わない。向こうもパフォーマンスだろう」

「パフォーマンスって……」

「ああ。ばあや、イェレナはたいして心配しちゃいないってことさ。とはいえ、そうだな、このまま放っておいたらずっと居座るんだろうな。それは家のものにも迷惑か。一目だけ会って追い返すか」
 エルンストはあごに手をかけ、少し思案して言う。

「坊ちゃんのそういったところが良くないんですよ! イェレナ様は心配していますよ」
 乳母は涙目だ。

 リーアンナは先ほどのイェレナの会話を盗み聞きし、エルンストの言う方が正しいことが分かっていたから、この人を疑わない気の優しそうな乳母が気の毒になった。

 同じことをエルンストも思ったのだろう。少し困った顔で、しかし慈愛に満ちた眼差まなざしを乳母に投げかけると。
「ばあや、分かったよ、そういう言い方はやめよう。明日、両親も同席のところでイェレナに会うから、そういうふうにイェレナと両親に伝えてもらえるかな?」
と申しつけた。

「分かりました、坊ちゃま」
 乳母は少しだけほっとした顔になり、いそいそとエルンストの寝室を出て行った。

 リーアンナもエルンストの意識がはっきりしていることが分かってほっとしたので、あまり長居ながいもすべきでないと、帰宅することにした。
 これで『夜の散歩』は終了させる。もう、頭の中はたくさんの整理のつかない情報でパンク寸前すんぜんだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました

黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。 古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。 一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。 追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。 愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ
恋愛
了解です。 では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。 (本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です) --- 内容紹介 婚約破棄を告げられたとき、 ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。 それは政略結婚。 家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。 貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。 ――だから、その後の人生は自由に生きることにした。 捨て猫を拾い、 行き倒れの孤児の少女を保護し、 「収容するだけではない」孤児院を作る。 教育を施し、働く力を与え、 やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。 しかしその制度は、 貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。 反発、批判、正論という名の圧力。 それでもノエリアは感情を振り回さず、 ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。 ざまぁは叫ばれない。 断罪も復讐もない。 あるのは、 「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、 彼女がいなくても回り続ける世界。 これは、 恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、 静かに国を変えていく物語。 --- 併せておすすめタグ(参考) 婚約破棄 女主人公 貴族令嬢 孤児院 内政 知的ヒロイン スローざまぁ 日常系 猫

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

処理中です...