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六 事件 桃代がいじめられた!
しおりを挟む六 事件 桃代がいじめられた!
「あれ?もう大丈夫なんすか。もうすこし、医務室でゆっくり休んだほうがいいっすよ」
ぼくが学校から寮の部屋に戻ってくるなり、『ブッダ先輩』正しくは『健誠先輩』が、おかしなことを言い出した。
「制服、着替えちゃったんすか?女の子の制服も似合っていましたよ?」
ちなみに健誠先輩は、中学三年生。
やっと、先輩が起きたときに、初対面できた日。
先輩はぼくの自己紹介を遮って、
『その顔で男だなんて、なんてもったいないんだ!』
盛大なため息をもらして、嘆いた後、
『姓は源、名前は健誠。質実剛健、誠実に生きる、健誠です。よろしくっす』
よろしくと言われて、早二ヶ月。
いまだにぼくは、先輩の掴みどころがなくて、よくわからない。
「えっ、どういうことですか?ぼくが制服を着替えた?」
「自分がお姫さま抱っこで、きみを医務室まで運んだこと覚えてないんすか?」
っ!!
大変だ!
健誠先輩の話はこうだ。
ぼくが、女の子達にいじわるされているところに居合わせた。
学校の中庭。
人がこないお気に入りの草むらで、お昼寝をしていた。
急にがやがや騒がしくなって、女の子がいっぱい集まりだした。
女の子だから、目を覚ました。
でも、なんだか様子がおかしいことに気がついた。
女の子達は、円を描くように立っている。
なんと、真ん中にいるのは、尻もちをついた光くん。
どうやら、ちやほやされているわけではない。
女の子達は、口々に攻撃的で品のない悪口を言い散らしている。
きこえてくる言葉はまるで毒が入りこんでくるようで、自分の耳が腐りそうになった。
光くんを叩こうとする子、蹴ろうとする子、石を投げようとする子。
その様子を眺めている子、笑っている子。
これは助けなければ。
と思う前には、体が動いて、光くんをかばっていたこと。
女の子達に勧告をして、ぼんやりした意識の光くんを抱き上げて、医務室に送ったらしい。
ももっ!
「ももです!せんぱい!それは、ぼくの妹です!」
「ええっ!妹!妹さん・・・そうですか・・・。自分が助けたのは光くんの妹さんでしたかぁ」
いそいで、小町さんが夕飯の支度をするお勝手に行く。
小町さんはぼくを見ると、顔色を変えた。
「光くん!おかえりなさい。じつはあのね、桃代ちゃんのことで話があるの・・・・・・」
小町さんにも、学校から連絡がきていた。
「ぼく、いますぐ医務室に行きたいんです」
寮は学年によって門限が違う。
ぼくは小町さんから、外出許可をもらった。
「これ、持って行って。差し入れよ。みんなで食べてね」
小町さんはぼくに紙袋を手渡した。
「健誠くん、光くんをお願いできるかしら?」
「もちろんです」
「ふたりとも、いってらっしゃい。気をつけて」
*
桃代のいる医務室に向かう。
息が切れるくらい、全速力で走った。
ももっ!
いじわるされて、どんな気持ちだったろう。
怖かったに違いない。悲しかったよね。
桃代のこころの中を考えると、胸が苦しい。
医務室の前に到着した。
ぼくの隣りには、健誠先輩。
健誠先輩も肩で息をしながら、ぼくを見て|何も言わないで柔らかく微笑う。
はあはあと、息を整えるぼく。
その背中を、静かにとんとんと、健誠先輩が撫でてくれる。
「緊張してますか?」
「大丈夫です。妹が心配で、そう見えるだけです」
「そうっすか」
こんこんと、扉を静かに叩く。
「どうぞ」
男の人の低い声が返ってきた。
「失礼します」
「ああ、光くん」
この人は、学校のお医者さん。
寮のお父さんでもある春野清明先生。
今日は淡い紫色のシャツの上に、白衣を羽織っている。
茶色がかった黒髪に、華奢ですらっと背が高い。
そして、琥珀色の縁をした眼鏡をかけている。
ぼくはあまりお世話になることがないけれど、すれ違うたびに気づかってくれる。
「健誠くんも、今日はありがとう」
健誠先輩は、頭をぽりぽりかいている。
ああ!いけない!
大事なこと忘れてた!
あとでちゃんと、ぼくも健誠先輩に、ありがとうって言おう。
「これ、小町さんからです」
持たされた紙袋を、先生に渡す。
清明先生は中をのぞくと、にこっと笑った。
「これは、とっても甘いおやつだよ。桃代さんは奥の部屋で休んでいるから、一緒にお食べなさい」
「はい」
「何か、あたたかいものを煎れよう。コーヒーは飲めるかな?」
「はい。飲めます」
コーヒーって、たしか、とっても苦い飲み物だったかな。
実はぼく、あまり飲んだことがない。
*
「もも!」
ベッドに横になっていた桃代が起き上がる。
「光ちゃん。ごめんなさい。心配かけちゃったよね。あのね、平気よ。ひざこぞう擦りむいただけなの。ブッダせんぱいのおかげで。あのね、だから大丈夫。心配しないで」
桃代はまくしたてるように、ぼくに言った。
「うん、ももが無事でよかった・・・・・・」
「体調はどうですか?」
ぼくに続いて、健誠先輩が部屋に入ってくる。
桃代が健誠先輩を見て、すこし驚く。そして、すぐにお辞儀をした。
「助けてくれて、本当にありがとうございました」
桃代が何度も健誠先輩にお礼を伝える。
「そんな、当然のことをしただけです。桃代ちゃんが、無事でなによりです。しばらく休んだほうがいいっすよ。元気は必ずもどりますから」
「ありがとうございます」
ぼくは、もう、何をどう、声をかけたらいいのかわからない。
交換日記してるって、話。
たぶん、あれだ。
あれが原因で、何かあって、桃代はいじめられたんだ。
きっとそうだ。間違いない。
「もも・・・・・・」
「ごめんなさい、光ちゃん。なんて説明したらいいか、わからなくって。大丈夫しか言えなくて。ごめんね。わたしは平気だから、光ちゃん。・・・・・・泣かないで?」
泣いてなんかない。
ちゃんとこらえてる。
ぱん!
健誠先輩が手を叩いて。
部屋中に大きな音が鳴り響く。
「はい!じゃあ、これでも食べましょう!小町お母さんのおやつ」
ぼくから、さらっと紙袋を取り上げる。
桃代に一番近い所のいすにちゃっかり腰かけて、がさがさ。
「おお!これは自分も大好物です。二人はきっと、初めてっすか?」
ぼくと桃代の手の上に、ぽんっぽんっと、おやつをのせる。
見た目は普通のロールパン。
真ん中に挟まってるのは、マシュマロとチョコレート。
「甘い!」
「これはやみつきになるんですよね~」
「わあ、まわりのパンも甘い!」
「黒砂糖の味もするね!」
「へえ、桃代ちゃん。味覚がいいんですね。自分はふつうのパンだとばっかり・・・」
ん?おかしい。
桃代は健誠先輩へ、自己紹介なんてしていない。
なんで桃代のことをもう名前で呼んでいるんだ?
いけない、いけない。
そんなことより、大切なこと。
「健誠せんぱい」
「なんだい?光くん」
「妹を助けてくれて、ありがとうございました」
「もうおなかいっぱいっすよ。どういたしまして」
「健誠せんぱいがいなかったら、ももはもっと危なかったって考えると・・・」
「はい!そこまでっす、光くん!はい!笑う笑う!」
先輩がぼくの頬をてのひらでぐるぐる撫で回す。
「ブッダせんぱいのお名前は、『けんせい』せんぱい、なんですね?」
「はい、質実剛健。誠実に生きる、健誠です」
「すてきなお名前ですね。わたしは桃代といいます。木辺に兆し、時代の代です」
「桃代ちゃんは名前も可憐で素敵ですね。え~っと、たしか桃の花言葉は・・・・・・、『チャーミング』に『気立てのよさ』。桃代ちゃんのイメージ、そのものっすね!」
健誠先輩の陽気さで、桃代がくすくす笑った。
健誠先輩が一緒に来てくれてよかった。
「おお、みんな盛りあがってるね~!コーヒーだよ~!」
清明先生が人数分のコーヒーを運んできた。
部屋中に香ばしいコーヒーの香りが広がる。
ぼくは、『マシュマロチョコロール』を、もうひとつ、頬張った。
ほっとする、甘さだった。
ぼくは、せんぱいみたいに桃代の危機を救えなかった。
お兄ちゃんとして、今から何ができるだろう。
小町さん、清明先生。
健誠先輩がいなかったら、ぼくはもっと、狼狽えていたかもしれない。
ぼくはお兄ちゃんなんだから、もっとしっかりしなきゃ。
がんばって、桃代を元気にするんだ!
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