天国へ行こう!

夏川 俊

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3、沈黙の課長

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 妖怪アニータが、チリチリパーマの髪をいじりながら言った。
「 あ~あ、課長、寝ちゃったわねえ。 今日は、これくらいにしといてくれる? もう、カンバンにするから 」
 ここは、居酒屋か・・? 勝手に、閉店すんじゃねえよ。 それに、『 これくらい 』って、どのくらいよ? どれだけ職務を遂行したと思ってやがんだ、妖怪・・! 宇宙、帰すぞ、コラ。
 僕は、よろよろと立ち上がり、カウンターにしがみ付きながら、言った。
「 死神・・ ! 何とかしろよ・・! 閻魔大王に、札幌出張の件、言ってもいいのか・・? 」
 死神は、ビクッとすると、答えた。
「 よ、よしっ・・! おい、アニータ! え、え~と・・ お前の母ちゃん、出べそ! 」
 ・・・終わった。
 コイツに頼んだのが、間違いだった。 お前の母ちゃん、出べそ? ・・ナニそれ? 小学生だって、ンな事、言わんわ・・・
 僕は、落胆よりも、哀れみの表情で、死神を見つめた。
「 えへっ、言っちゃった! アニータに、言ってやったよ、天野クン! 」
 嬉しそうな、死神。 ・・良かったね。 もう帰れ、お前。 要らんわ。
「 ちょっと、待ったア~ッ! 」
 この声は、サンダス・・! ああ・・ ロクでもないヤツが、どんどん出て来る。 もう勝手にしてくれ。
 サンダスは、僕を抱き起こすと、言った。
「 だ、大丈夫かっ?! 天野クン! うわわっ、なっ・・ 何て、ひどい事を・・! 一体、誰が、こんな惨たらしい事を・・! 」
 ・・お前が、やったんだよ。 しかも、1人でな。
 サンダスは、イキナリ叫んだ。
「 我々はァ~ッ! このような不当な弾圧に対してえ~ッ! 断固、対決するう~ッ! 」
 労使交渉のストライキかよ、オッさん。
 サンダスは、頭に『 ベア確保 』と書かれた、手拭いを巻いている。
「 立て、友よ! 共に闘おう! 」
「 わ~、わ~! 」
 死神も、一緒になって、騒いでいる。
「 ちょっと、サンダス様! このような所で、騒いでもらっては、困ります 」
 妖怪アニータが言った。
「 ナニを言うか! 大体、オレの兄貴を、こんなんにしたのは、誰だ!」
 ・・・お前だよ。 分からんのか、たわけが。
「 何、騒いどるんかのう? 」
 寝ていた課長が、ひょっこりと起き上がった。
 すかさず、僕は小窓に飛び付き、言った。
「 課長さん! 僕のコト、ちゃんと調べて下さい! 」
「 ほう、ほう。 じゃ、この申請書に名前と住所、書いてね 」
「 ・・・・・ 」
 僕は、ニコニコしている課長鬼に言った。
「 ・・・あの~・・ さっき、書いたんですケド・・? 」
 次の瞬間、課長鬼は、寝ていた。 しかも、鼻提灯は、さっきのより大きい。
 僕は、ブチ切れた。
「 サンダスうぅーッ! 」
「 ヘ~イ、ボ~ス・・・! 」
「 今度こそ1発、目の覚めるヤツを、ズバーンと・・ 」
 その瞬間、僕の顔面に、ズバーンと、サンダスの特大拳が炸裂した。
( やっぱり・・・? )
 一瞬、薄れた意識の中で、サンダスのアホ声が聞こえた。
「 兄貴! 兄貴い~ッ! オレなんか・・・ オレなんか・・・ 兄貴の、ばかやろ~っ! 」
 サンダスの、駆けていく足音が、遠ざかっていく。 もう、帰って来なくていいぞ~・・・
 鼻血を出し、ピクピクしながら床に転がっている僕に、死神は尋ねた。
「 だ、ダンナ・・・ 大丈夫ですかい・・・? 」
「 ・・・いっぺん、殺せ。 あの男は・・・! 」

 人事課では、話にならないので、サンダスと死神は、僕を閻魔大王の所に連れて行った。 ある意味、『 直訴 』である。
 宮殿内をしばらく歩くと、『 閻魔大王 』と、大きな板に書かれた札が掛けてある部屋の前に着いた。 ドアノブは、ドクロである。
「 し、死神・・ オレの襟、曲がってないか? 」
 サンダスが、死神に聞いた。
 アロハ着ているのに、襟の乱れもナニも、無いだろうが。
「 大丈夫だよ。 それより、僕のマント、シワになってない? 」
 ボロボロなんだから、シワもクソも無いだろうが。
「 おう、イカしてるぜ? 大丈夫だ 」
 ドコが、イカしてるんだ? 君らのセンスには、ついて行けんわ・・・
 ・・しかし、あのアホ共が、緊張している。 やはり、閻魔様は、怖いのだろう。 僕も正直、怖いが、ビビッたら負けだ。 ここはひとつ、度胸を据えて挑まねば・・・!
 ドクロに付いている、太い鉄の輪をゴンゴンと鳴らし、サンダスが、扉を開ける。
 そこは、部屋と言うよりは、洞窟風呂のような所だった。 いたるところにロウソクが立ててあり、人骨が散乱している。
 正面の奇怪な岩の前に、巨大な執務机があり、その机の上の両脇には、頭にロウソクを乗せた、ドクロが置いてあった。
 机の向こうに、小さな子供が立っている。 おそらく、執務係りか、閻魔大王のお側人なのだろう。 こんな小さな子供でも、地獄に落ちる者は、いるのか・・・ このまま、永遠に、ここで働かされるのだろう。 何だか、切ない気持ちになる。
 子供が言った。
「 やあ、こんにちは! 閻魔大王です 」
 ・・・は? 今、何と・・・?
 僕は、耳を疑った。
 テレビCMに出てくる、子供役者のような顔立ち。 クリクリとした、愛らしい、つぶらな瞳。 さらっとした、清潔感あふれる髪には、天使の輪すら、出来ている。
「 あの・・ 閻魔大王・・・ ですか? 」
 にわかには、信じ難く、僕は、彼に聞いた。
「 そうです! 地獄にようこそ! 当地獄では、おいで頂いた、罪人の方のご希望に合わせ、針山・カマゆで・逆落とし谷・股裂きなど、アメニティー豊かな施設において、究極の苦しみをご堪能頂けるよう、従業員一同、誠心誠意の、真心サービスをモットーとしております 」
「 ・・・・・ 」
 ひとつ、質問して、いい? 従業員って、ナニ・・・?
 真っ白なスーツを着込み、黒い蝶ネクタイをした、可愛らしい閻魔大王は、にこやかに、そしてハキハキと、そう言った。
 プリティ閻魔大王は、続ける。
「 先週オープンした、切り刻み水車など、いかがですか? 香り芳しい、ヒノキの水車に縛り付けられ、サビた5寸クギ10本で切り裂かれる、究極の拷問です。 更に、水は塩水。 キズに、よくしみて、極上の苦痛ですよ? 」
 閻魔大王は、写真付きの真新しいパンフレットを見せながら、僕に説明した。
「 今なら、オープン記念で、回数券が付きます 」
 要らんわ、そんなモン!
「 ・・・ご不満ですか? なるほど! まだ、お若い方ですしね! もっと、豪快なヤツの方が良いワケですか。 それなら、コレです・・ 石臼地獄! 」
 何じゃ、そら・・・! 何となく、想像がつくが・・・?
「 直径10メートル、重さ15トンの、石臼の中に入って、少しづつ、皮を、めくられていくんです! 」
 そりゃ、エゲツないわ・・
「 時々、上から塩をかけますので、その苦痛と言ったら・・ たまりませんよ? 」
 そりゃ、たまらんわな・・
「 特に、体の一部が挟まれたら、そこから段々と、磨り潰されていきますから、そりゃあもう、あなた・・ 気が狂わんばかりの激痛を、体験出来ますよ? 」
 まさに、地獄だねえ・・
「 オプションで、焼けた火箸を投げ込む、スペシャルコースもあります 」
 そりゃ、至れり尽せりで、結構な事で・・・
「 ・・いかがですか? 」
「 ヤメとく 」
「 ・・・・・ 」
 閻魔大王は、しばらく、僕の顔をじっと見ていたが、やがて、サンダスに言った。
「 カマゆで地獄に、お連れして 」
 おいっ! 結局、スタンダードコースかいっ! ・・って、クレーム、入れとる場合じゃない。 僕は、天国行きなのだ。 カマゆでされる覚えは、無い。
 僕は、訴えるような目で、サンダスを見た。 今回、さすがのサンダスも、ギャグ無しで、閻魔大王に進言した。
「 閻魔様、実は、この客人・・・ 天国行きでしてな。 コレにいる死神が、ちい~と、粗相をやらかしまして・・・ 」
 サンダスに言われて、申し訳なさそうに頭をかく、死神。
 それを聞いた閻魔大王が、言った。
「 ここに、人事課から、天野さんに関するレポートが届いておりますが・・・? 」
 そう言って、机の上にあった書類を手にする、閻魔大王。
 何だ、人事課の連中・・ 邪険にしながらも、ちゃんと調書を提出しているじゃないか。
 僕は、ホッとした。
 閻魔大王が、レポートを読み上げる。
「 天野 進、17歳。 学校からの帰宅途中、トラック( 三菱ふそう 10トン 保冷車 デコトラ )に轢かれそうになった5歳の女幼児を助けようと、路上に踏み込み・・・ 」
 ふむ、ふむ・・・
「 その、女幼児の服を剥ぎ取り、路上にて強姦・・ 」
 なっ・・! おいっ!
「 ・・その後、自分だけが跳ねられ、即死 」
 何、テキトー、書いてんだよ、人事課ァ~ッ!
「 死んでも、女幼児のパンツを、離そうとはしなかった、マル 」
 オチまで、あんのかよ! しかも、サイテー。
 サンダスと死神の、冷た~い視線が、僕を見ている。
「 フザけんなッ! デタラメじゃんよ! あ~ンの、人事課連中・・ ブッ殺してやる! 」
 扉の方へ駆け寄る僕の腕を、サンダスが掴んで、言った。
「 まあまあ、ダンナ。 落ち着いて・・! 」
「 これが、落ち着いていられるかっ! よりによって、幼女強姦だとうっ!? あの、エロじじい・・ イケしゃあしゃあと・・! もう~、あったま来た! 妖怪アニータと共に、スマキにして、房総沖に沈めてやるッ! 」
 死神が言った。
「 ダンナ、ダンナ・・ 保険かけて、まぐろ漁船に乗せた方が、いいでっせ・・! 酔わせて、夜、海に放り込ませますわ・・! 1000万くらいので、どうでっか? 」
「 ・・お、おう・・! いいな、それ。 いけ! 」
「 アニータは、どうします? 」
「 サーカスに、売れ! 」
「 剥製にして、びっくり館に売った方が、話題性ありまっせ? 」
「 やるな、死神・・ 」
「 お代官様こそ・・ へっへっへ・・・! 」
 いつの間にか、死神は、ちょんまげ姿になっている。
「 お礼の方は、これに・・・! 」
 死神は、紫の絹に包まれた小判を、僕に見せた。
 ええいっ! やめんか! くだらんギャグ、かましてる場合じゃない。 それに、このノリだと、アイツ( サンダス )が・・・
 そう思った瞬間、どこからともなく飛んで来た風車が、サクッと、死神の額に刺さった。
「 ・・・私利欲望に走るテメエらにゃ、まっとうな裁きは、要らねえ・・・! 」
 ああ・・ やっぱり、出て来た・・・! しかも、着物姿。 袴を履いてるのはイイが、そのサングラスは、どう見ても、よろしくない。 一昔前のヤクザじゃないか。
 しかし、例によって陶酔しているサンダスは、お構いなしのようである。
「 この、桜吹雪が、目に入らねえかっ!? 刺客、勤めさせてもらう・・! 」
 お前、メッチャメチャだ。 ジイちゃんが好きだった古い時代劇が、3つくらい入ってるぞ?
 死神が言った。
「 ちゃん! ボンカレー! 」
 ・・・お前も、ナニ言ってんだ? しかも、そのCM、何十年前よ・・?
「 おお、そうであった。 3分間、待つのだぞ? 」
 答えるなよ、サンダス。 ・・ちなみに、猫舌の僕は、2分で良い。
 その後、ギャグの応酬に乗せられた僕は、くだらん展開へと、突入し、退屈なのか、閻魔大王は執務机の上で寝てしまった。
 何で、地獄の連中は、こうもよく寝るのだろう。 しかも、大事な時に限って・・・

 地獄人事課の、デタラメな調書の件は、無理やり起こした閻魔大王に、何とか理解してもらい、詳しい調べは、翌日となった。
 僕は、閻魔大王の宮殿の1室をあてがわれ、そこで一夜を過ごす事となった。
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