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1、漂流者
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俺の名は、タリヤ・グランフォード。
通称、『 キャプテン・G 』と呼ばれているが、タリヤなんて女のような名前なので、俺的にはコッチの方が良い。 オリオン、アンドロメダ、カシオペア、ペルセウス・・・ 依頼されれば、どこへだって行く。 迅速・的確がモットーの運送屋だ。
運ぶ積荷は、様々。生活物資・工業製品・資材から、家畜・人・植物・はたまた、武器・弾薬まで・・・ 金次第では何でも運び、少々、ワケありの所でも、割増料金によっては、どこの星系だろうとお構いなしに行く。
結構、ヤバイ目にも遭った。 警備艇に追いかけられた事だって、何度となくある。
俺の輸送船『 トラスト号 』は、亜高速仕様のハイスピードが売りだ。 見かけはボロイが、エンジンを載せ換え、違法改造してある。 裏家業の知人を通して改造したのだが、運航法で禁じられているワープ航法が可能だ。 ・・まあ、普段は、あまり使わない。 これは、イザと言う時の為の、奥の手だ。 頻繁に使うと、エンジンがイカれるからだ。 なるべく、この航法を使わなくても済むような仕事をしたいものだが、贅沢は言ってられない。 仕事を選ぶような余裕は無いのだ。 リスクがあるからこそ、報酬がいい。
フランチャイズに加入せず、一匹狼で宇宙を渡っている少々、アブない運び屋・・・
それが、俺だ。
西暦、2504年 3月17日。
俺は、ケンタウルスで資材を乗せ、メンフィスに向かっていた。
ブリッジの強化ガラスを通して見える、広大な宇宙・・・ 彼方に煌く、幾千万もの星の輝き・・・
俺は、キャプテンシートの横に立ち、その無限に広がる、星の海を眺めている。 亜高速航行なので、コンピュータによる自動操縦だ。 航宇士もいなければ、オペレータもいない。 無人の、ブリッジ・・・
アルミ製のコーヒーカップを手に、ケンタウルス産のブラックコーヒーを一口、飲む。
・・・苦い。
やっぱ、俺は、コーヒーが苦手だ。 後で、地球の北海道産の牛乳を混ぜて、コーヒー牛乳にしよう・・・
次元レーダーに点滅する航跡のフリップを確認しながら、再び、コーヒーを飲む。 着ていた艦長服のポケットからタバコを出し、口にくわえると、コントロールパネルの上に置いてあったジッポーの蓋を、チャキン、と鳴らしながら開け、火を付けた。
・・・フッ・・ シブイぜ、俺。 いっぱしの、キャプテンのようだ。
ふうう~っ、と煙を出す。
この家業を始めて、4年目・・・ まだまだ、駆け出しだ。 船のローンに苦しみながらも、何とかやっている。 今年で、もう39。 知り合いなどは、ほとんど結婚して所帯を持ち、3人目の子供まで出来たヤツもいるが、俺は、まだ独身だ。
( フランキーのヤツんトコは、上が来年、銀河中学だって言ってたな・・・ ヤツとも、随分と会っていないが、元気にしてるのかな。 士官学校時代が懐かしいぜ・・・ )
一時、軍隊に所属していた、俺。 家は没落していたが、貴族だった。 本来、グランフォードの前に『 フォン 』が付く。 だが、没落した子爵など、リーマンより格下だ。 一部の知り合いにしか、話した事は無い。 くだらん上下関係に終始し、皇帝陛下の御為に命を捧げるなんて、まっぴらゴメンだ。
俺は、自由に生きる・・・! この広い宇宙で、自分の生きる道を見つけてみたい。 さあ、どうだい? 君も、俺の船に乗らないか・・・?
・・・カッコええ~・・!
数世紀前の、アニメのワンシーンみたいだ。
俺は、自分に陶酔し、クソ苦いコーヒーを、もう一口、無理に飲んだ。
「 キャプテン! 」
ブリッジに、2等航宇士のビッグスが、血相を変えて駆け込んで来た。
「 どうしたっ? 非常事態か・・? 」
「 はいっ! トイレの紙が、ありませんっ・・! 」
「 ・・・・・ 」
射出ゲートで、外に放り出してやろうか? お前。 ・・しかも、下は、フルチンじゃねえか。 神聖な俺のブリッジに、イチモツぶら下げて、入って来るんじゃねえ!
ビッグスは言った。
「 ハインケルの港で、買うのを忘れてました。 ど・・ どうしましょう? これは、非常事態です 」
異常事態だわ、たわけ。 どうりで、生活用品のバケットが小さかった訳だ。
俺は言った。
「 倉庫に古新聞があったろ? アレを揉んで、軟らかくして使え。 お前が、バツとしてやれ! いいな? 」
「 しかし・・・ 印刷のインクで、ケツが黒くなるのでは・・・? 」
「 お前のシャツを、代わりに使っても良いんだぞ? 」
「 イヤです 」
「 じゃ、揉んどけ 」
「 イエッサー! 」
・・・フルチンで敬礼するな。 ったく・・ せっかく陶酔の世界に浸っておったモノを、ブチ壊しおって・・・! ヤツは減給だ。 メンフィスに着いたら、リストラするか・・・
キャプテンシートに座り、航宇日誌を付ける事にした。
PCファイルを開き、キーボードを操作する。
( ・・本日、航行に異常なし。 トイレットペーパー、購入忘れ発覚・・・ と )
どうも、カッコ悪い。 ・・トイレットペーパーの件は、削除しておこう。
デスクボードの内線ボタンが点滅し、ブザーが鳴った。 通信室のパネルが点灯している。通信士のカルバートからの内線のようだ。
( このブザー音も、ダサイな。 もうち~と、ハイセンスな呼び出し音に換えるか )
ボタンを押して、内線に答える。
「 俺だ、どうした? 」
『 キャプテン。 カルバートです。 方位201に、遭難救助信号をキャッチ。 どうします? 無視します? 』
イキナリ、無視提案かよ・・・ う~・・ しかし、確かに面倒くさい。 無視出来るものであれば無視したいところだ。 いっそのコト、カルバートのヤツ、報告しなきゃ良かったものを・・・
どうしようかな。 どうせ、皇帝軍か解放戦線の連中の、どちらかだろう。 戦争したきゃ、勝手にしていれば良い。 俺は、もう軍籍から抜けたんだ。 どっちも、助ける義理は無い。
俺は、通信室のカルバートに尋ねた。
「 識別は、どっちだ? 」
『 ブルーです。 皇帝軍の非常用ポッドのようですね 』
・・・ヤメよう。
どうせ敵襲に遭い、将兵を捨てて、サッサと脱出した貴族艦長と、その副官共だ。 そのうち救出艇が来るだろう。 民間の俺らが、急ぐ時間を費やしてまで助けてやる必要は無い。 富豪が貧民に、エラそうに金一封を恵むような『 はした金 』を貰っても、割が合わねえ。
カルバートが言った。
『 ランチャー、ブッ込んで、ダマらせときます? 』
そりゃ、やり過ぎだ。 ダマる前に、無線でチクられたらどうする。
ここは、無視だ。 気が付かなかったとか、レーダーが故障中だったとか・・ いくらでも、言い訳はある。
「 生態反応はどうだ? 救難信号を解読して、データと符合させろ。 合致すれば、性別も分かるはずだ 」
カルバートは答えた。
『 女性のようですね・・・ 2人です 』
「 ・・すぐ、救助に行くぞ! 」
小型連絡艇の格納庫内に、赤いランプの光が、騒々しく走る。 警告ベルの音が、鳴り響いた。
『 減圧チェックレベル、30。 連絡艇固定フックの安全ロック、解除します 』
最近、女性の声に換装したアナウンスが、格納庫内に流れる。
強化ガラス張りの制御室で、連絡艇の発艦作業をしながら、ビッグスが、俺に言った。
「 キャプテン。 この声、イイっすねえ~。 そそられますわ 」
「 妄想描いて、いい加減な発艦すんなよ? フックに気を付けろ! ブツけんなよ! こないだ、直したばかりなんだからな。 おい、分かってんのか? 」
「 ありゃ、オレは、悪くねえっス。 テキトーかまして進入して来たニックが、いけねえんでさ 」
『 減圧、終了しました。 ゲートをオープンします。 いってらっしゃいませ。 お早う、お帰りやすぅ~ 』
「 ナンだ、このアナウンスは! ニックの野郎だな? ・・おい、ニック! てめえ、オレの船の品位を下げるようなマネ、すんじゃねえ! 」
俺は、連絡艇に無線を入れ、言った。
開けられた船底ゲートを、徐々に降下発艦していく連絡艇。 そのコクピットから手を振りながら、ニックが、無線に答えた。
『 ははは! どうです? キャプテン。 京都バージョンが、出たんスよ! この前、メンフィスで売ってたモンで、早速、ゲットしましたわ 』
今、流行の、日本料亭じゃねえんだ。 フツーでいけ、フツーで!
連絡艇のアフターバーナーが点火され、側面にある姿勢制御の蒸気が噴出される。
『 イヤッホーッ! 』
意味の無いローリング飛行をしながら、連絡艇は非常用ポッドに向けて、すっ飛んで行った。
「 ・・・救難活動かね? 」
いつの間にか、後ろに立っていた機関士のマータフが、ぽつりと言った。
「 面倒くさいコトだけどな。 まあ、女性だし・・・ わがままな貴族連中よか、マシだろ 」
マータフは、俺を見ると言った。
「 お前さんの中にゃ・・ やはり、民を助ける、忠義なる皇帝軍人の血が流れとるんじゃ・・・ 父上のフィリップ・グランフォード中将は、立派な人じゃった。 シリウス会戦でも、M―26星雲戦でも・・ ワシは、中将となら死んでもええ、と思ったモンじゃ 」
「 ・・親父の話しは、ヤメてくれ。 今の俺には、その息子を名乗る資格など無い 」
「 戦士は、見かけじゃない。 心だ。 お前さんは、皇帝陛下直々に、勲特等 騎士十字章を授与された、名将、フィリップ・グランフォード中将の一人息子なんじゃぞ? もっと、堂々としてたらええ・・・! 」
・・・その息子が乗る船は、違法改造バンバンの運搬船で、その部下は、フルチンでブリッジをうろついてんだぞ? 親父が見たら、泣くぜ・・・
機関士の、マータフ・・・ 元、軍艦乗りだ。 親父が率いていた皇帝軍 第1連合艦隊の旧旗艦、『 赤城 』の専任機関長として、数々の会戦を経験している『 つわもの 』だ。 歳は、確か・・ 71。
俺も、この人には、頭が上がらない。 本来なら、8人のクルーが必要なこの船を、5人で操船出来ているのも、彼のお陰だ。
マータフが言った。
「 カルバートから、女性が2人と聞いたが・・・ この領域で、女性というのは、おかしい。 気を付けた方がいいぞ? 海賊の、一味かもしれん 」
海賊か・・・ 俺らも、充分、ソッチに近い存在かもしれん。 ヤバイ領域でも、金次第で、おかまいなしに侵入して積み荷を持って行くからな・・・
やがてニックが、非常用ポッドを回収して戻って来た。
俺は、無線マイクで注意をした。
「 ニック! 慎重に着艦しろ! ブツけんなよ、てめえ 」
『 キャプテン、誘導信号が、同期してません。 手動でやります 』
そ~ら来た・・! イヤな、予感。
途端に着艦フックが、連絡艇の側面に、ガリガリッと引っ掛かる。
「 ニック! ニック! ブツかっとる・・! ヤメれェ~! 」
メキッと、フックが折れた。
「 ・・あおうっ・・・! 」
搾り出すような声を上げる、俺。
「 まだ、3つあります。 他のフックで、充分に固定出来ますって! 」
ビッグスがノンキに言った。
そういう問題じゃねえ・・・! お前ら、モノを壊さんと、仕事が出来んのか? 修理代は、ダレが払うと思ってんだ、コラ!
アナウンスが流れる。
『 気圧、チェックレベル、60。 ゲートを閉鎖します 』
残ったフックで、連絡艇は固定された。 気圧が上昇し、警告ランプの点滅が止まる。 やがて常圧となり、再び、アナウンスが流れた。
『 お帰りやす。 おケガ、あらしまへんでしたかえ? 』
・・・無いわっ! フックが、重傷じゃい。 ニックも、減給してやる。 覚えとけ・・・!
非常用ポッドは、比較的、大型のものだった。 巡洋艦か、重巡クラスに装備されている士官用だ。
「 外傷は、無さそうだな・・・ 」
格納庫へのドアを開け、俺は、ポッドに近寄った。 連絡艇の運転席から、ニックが降りて来て言った。
「 キャプテン。 このポッド、リサイクル屋に持ってったら、売れますよ? キレイだし 」
ヘルメットを脱ぎ、自慢の金髪をかき上げるニックに、俺は言った。
「 てめえ、フックの修理代、さっ引くからな・・・! 」
「 ええっ? コスってました? オレ 」
コスるどころか、へし折れとるわ! 気が付かんかったんか、アホウ!
フックの無残な姿を見て、ニックは言った。
「 あ~あ・・・! 大体、こんなトコに、フックが飛び出ている事自体が、イカンのですよ。 設計ミスですな。 建造所に、クレーム入れましょう! 」
飛び出ているから、フックになるんだろうが、まぬけが。
ニックの、たわ言は無視し、俺は、ポッドのドアロックを解除した。 ビッグスとマータフも、制御室から降りて来る。
ニックが、呟くように言った。
「 ネーチャンが出てくるか、バケモンが出てくるか・・・ はたまた、アンドロイドか・・・? 」
ビックスが言った。
「 アンドロイドなら、D―2がいいな・・・! RPシリーズは、嫌いだ。 やたらとお喋りだからよ 」
お前らをリストラして、アンドロイドに替えた方がいいかもな・・・!
エアーの抜ける小さな音と共に、ポッドのドアが開く。 中をのぞこうとした瞬間、いきなりポッドの中から、ビームライフルが発射された。
「 うわっ・・!! 」
ビシュッ、という音と共に、ビームライフルの曳航は、俺の耳の横を通り過ぎ、格納庫の内壁に当たった。 飛び散る、火花・・! 俺は、とっさに、その場に伏せた。 ニックも、近くにあったリペアキットの陰に隠れ、ヘルメットを被る。 ビッグスとマータフは、慌てて制御室に駆け戻った。
「 撃つなっ! 俺たちは、盗賊じゃない! あんたらを救助したんだ! 民間の輸送屋だ・・! 」
俺は、頭を抱えたまま、ポッドの中の連中に向かって叫んだ。 すると、女性の声で、ポッドの中から返答があった。
「 どうして、ポッドのドアの解除コードを知っておいでなのですッ? この船からは、皇帝軍の信号は出されていませんでした。 民間の方が・・ そのような軍の機密を、お知りになろうはずがありませんっ! 」
・・・しまったな。 うかつに開けちまったのが、まずかったか・・・!
俺は、床に伏せたまま、再び叫んだ。
「 俺は、元、軍人だ! 第2連合艦隊所属、第7艦隊・・・ 軽巡『 マーキュリー 』の副艦長代理、グランフォードだ! 階級は、特任大尉! 認識番号、7130556・・・ 」
当時の認識番号など、抹消されていて役に立つとは思えないが、現役時代のクセだ。 つい、申請してしまった。
「 ・・・・・ 」
ポッドの中の住人は静かになり、やがて答えた。
「 姓名、照合致しました。 失礼致しました、グランフォード特任大尉 」
・・・声の主は、アンドロイドらしい。 軍の機密データを保有している、かなり上級クラスのモデルだ。 スペックデータを検索し、照合させたのだろう。
俺は立ち上がり、言った。
「 危うく、戦死するトコだったぜ・・・! ようこそ、『 トラスト号 』へ。 船長のグランフォードだ 」
ポッドの出入り口から、声の主が出て来た。
セミロングで、ストレートの髪。 身長は、そんなに高くない。 165センチくらいだろうか。 皇帝軍の、オフィシャル・スーツを着ている。 士官用のもので、左胸には、戦闘指揮官を表わす、金色の羽根模様のタグを付けており、肩章の階級章は准尉である。
・・・こりゃ、上級アンドロイド士官だ。 高いぞォ~・・・! 高級参謀就きに使われる、セミハンド仕様の高級モデルだ・・・!
「 グランフォード特任大尉。 救助、感謝致します。 私は、第1連合艦隊所属、第3艦隊指令、バークレー中将の第2作戦参謀で、ルイスと申します 」
やはり・・・!
しかも士官どころか、将官就きじゃねえか。 しかも、作戦参謀ときた・・・! こんな、おエライさんが・・ ナンでまた、こんな辺鄙なトコで遭難してんだ?
「 もう1人の、お客人は? 」
俺が尋ねると、彼女は、その問いには答えず、制御室の方を見ながら言った。
「 ・・・この船のクルーの方は、これで全員ですか? 」
彼女は、ビームライフルを構えたままだ。 まだ警戒しているらしい。
俺は答えた。
「 ニック・・・! 出て来い 」
ヘルメットを脱ぎ、隠れていたニックが、姿を表わす。
「 あとは、アッチにいるビッグスと、機関長のマータフ・・・ 無線室に、カルバートってヤツがいる。 全員で、5人だ 」
親指で、後ろ上部にある制御室を、後ろ向きに指しながら、俺は答えた。
ルイスが言った。
「 フリゲート級輸送船の操舵は、8人のはずですが? 」
「 最近の皇帝軍は、船舶違法の取り締まりも行うのか・・・? 実情を直視してくれよ。 そんな人件費を出す余裕はない。 この船がイヤなら、もう一度、漂流するか? 戻してやってもいいんだぜ 」
彼女の目が、わずかに点滅している。 生態反応を調べているのだろう。 赤外線探知システム装備とは、さすが高級モデルだ。 ニックと、ビッグスをポッドに乗せて放出するから、アンタ、俺のクルーにならないか?
やがて、ルイスは言った。
「 申請に、偽りは無いようですね・・・ 失礼致しました、グランフォード特任大尉 」
「 大尉は、やめてくれ。 俺はもう、軍籍から抜けてるんだ 」
ルイスが聞いた。
「 なぜ、民間人に? M―177星雲会戦、メンフィス奪回、タイタン会戦・・・ 輝かしい戦歴をお持ちではないですか 」
「 過去のデータを検索するのは、やめろ! アンタには、関係の無い事だ 」
「 ・・・・・ 」
しばらく、データを整理していたのか、じっと俺を見ながら沈黙した後、ルイスは言った。
「 分かりました。 なぜ、軍籍を抹消したあなたの軍歴がデータに残っているのか、理解出来ませんが・・ おそらく、特任大尉という、希少特異な階級の参照データによるものと推察致します。 佐官クラス・・ 少佐と同位と認識しておりますが、解釈に誤りはありませんね? 」
思い出したくない記憶を封印する為、俺は即答した。
「 ああ 」
ルイスは続けた。
「 この『 トラスト号 』の登記も、あなたの運送商登録も確認出来ました。改めて、救助を感謝致します、グランフォード殿 」
ルイスは、やっと、ビームライフルを降ろした。
「 やっと、信用してくれたワケかい? ハニー 」
ニックが、ルイスに近付きながら言った。
「 ハニーでは、ありません。 ルイスと申します 」
「 ん~、ん~・・・ どっちでもいいんだよ、そんなコタぁ~ 」
ニックが、ルイスの腕を掴む。
「 ほおお~? オール、シリコン製かあ~・・! 温水循環機能付きじゃねえか。 こりゃ、いいや! D―2でも、特別仕様だな? 本物の女と変わらねえや・・・! 」
途端に、ニックの体に、ビリビリッと電撃ショックが走った。
「 わぶぶぶぶぶぶぶぶうううぅ~ッ・・!! 」
金髪を逆立て、顔をフルフル左右に振りながら、ニックが叫ぶ。
電気ショックを止め、ルイスは言った。
「 申し訳ありません。 今回、私は、殿方のお慰め奉仕の指令は、受けておりません 」
ヘナヘナと、床に座り込むニック。
・・・バカが。 これで、ちったあ懲りただろう。
俺は言った。
「 まあ、野郎ばかりの、ムサ苦しい民間船だ。 勘弁してやってくれ。 アイツなりの挨拶だと思ってな。 ・・・ところで・・ そろそろ、お友だちを紹介してくれないか? 」
ルイスは、ポッドの中を向き直り、中にいた人物を手招きした。
出て来たのは、まだ小さな女の子だった。 肩までの、お下げの髪を2つに分け、左右の耳の後ろで束ねており、フライト・オペレータの軍服を、ブカブカにして着ていた。
「 ・・・女の子・・! 」
少々、意外だった。 俺は、てっきり、上級将校か、その身内かと思っていた・・・
皆も、そのようである。 ニックは、相当、期待外れだったようで、床に座り込んだまま、はあ~・・ と、タメ息をつくと足を投げ出し、ヘルメットを力無く、傍らに転がらせた。
マータフとビッグスも、再び、制御室から出て来た。
「 ありゃま~、子供ですか・・・! こりゃ、洗濯すら出来そうもないですなあ・・・ 」
ビッグス・・ お前、救助した者を働かせるつもりだったんかよ? この船は奴隷船じゃねえぞ。
ルイスは言った。
「 さるお方の、お孫様です。 申し訳ありませんが、このご令嬢の素性は、お教え出来ません。 お名前は、ソフィー様です 」
どうやら、貴族だな・・ 民間人の名前じゃない。 歳は、10才くらいか・・・?
俺は、子供をあやすのは苦手だが、腰をかがめ、目線を女の子と同じ高さに合わせると、自分では、最高に優しい顔つきにして言った。
「 こんにちは、ソフィーちゃん。 しばらく、オジちゃんのボロ船でガマンしてね? 」
・・・くそう。 孤高の一匹狼が、何でこんな事、せにゃならんのだ・・・! 助けるんじゃなかったな。
ソフィーは、初め、怯えたようにルイスの腕につかまり、顔をルイスの太ももに押し付けていたが、やがて目線をこちらに向けると、モジモジしながら言った。
「 ・・オジちゃん、いい人? 」
分からん。 結構、いい加減かもしれない・・・ 金が絡んで来ると、大変シビアなのですが・・・
俺は答えた。
「 ウソつき、じゃないよ 」
「 じゃ、いい人だよね? 」
「 そうだろうね。 多分・・・ 」
「 ウソつきは、悪い人なんだよ? おじいちゃんが、言ってたもん 」
「 そうか。 ソフィーのおじいちゃんは、いい人なんだね。 ウソ、言ってないもんな 」
ソフィーは、嬉しそうに答えた。
「 そうだよ! おじいちゃんは、すごくいい人なの。 絶対、ウソは言わないもん! 今、悪い人に捕まっちゃってるけど、必ず会えるから心配するな、って言ってたもん! だからソフィー、泣かないもん・・・! 」
ソフィーの目に、涙が浮かんで来た。
・・・どうやら、深いワケがありそうだ。
素性が、ソフィーの口から露見するのを恐れてか、ルイスが、ソフィーを抱きしめる。
俺は、ルイスに言った。
「 ワケありのようだな。 どこまで、乗せていけばいい? ゴタゴタに巻き込まれるのは、ゴメンだ。 この船はメンフィス行きだが、ソコでいいか? 確か、皇帝軍の後方基地があったはずだ。 放棄されてなきゃな・・・! 」
ルイスは言った。
「 お世話かけます。 メンフィスで結構です。 ・・あと、私たちの救助報告は無用です。 生死不明の方が、狙われなくて都合が良いですから。 メンフィスに着いたら、私たちの足で、皇帝軍へ出向きます 」
生死不明・・・ こりゃ、かなりのワケありらしい。 触らぬ神に祟り無し、だな・・・
メンフィスまで、あと2日。
俺の『 トラスト号 』は、ワケあり珍客2人を乗せ、救助区域を発進した。
通称、『 キャプテン・G 』と呼ばれているが、タリヤなんて女のような名前なので、俺的にはコッチの方が良い。 オリオン、アンドロメダ、カシオペア、ペルセウス・・・ 依頼されれば、どこへだって行く。 迅速・的確がモットーの運送屋だ。
運ぶ積荷は、様々。生活物資・工業製品・資材から、家畜・人・植物・はたまた、武器・弾薬まで・・・ 金次第では何でも運び、少々、ワケありの所でも、割増料金によっては、どこの星系だろうとお構いなしに行く。
結構、ヤバイ目にも遭った。 警備艇に追いかけられた事だって、何度となくある。
俺の輸送船『 トラスト号 』は、亜高速仕様のハイスピードが売りだ。 見かけはボロイが、エンジンを載せ換え、違法改造してある。 裏家業の知人を通して改造したのだが、運航法で禁じられているワープ航法が可能だ。 ・・まあ、普段は、あまり使わない。 これは、イザと言う時の為の、奥の手だ。 頻繁に使うと、エンジンがイカれるからだ。 なるべく、この航法を使わなくても済むような仕事をしたいものだが、贅沢は言ってられない。 仕事を選ぶような余裕は無いのだ。 リスクがあるからこそ、報酬がいい。
フランチャイズに加入せず、一匹狼で宇宙を渡っている少々、アブない運び屋・・・
それが、俺だ。
西暦、2504年 3月17日。
俺は、ケンタウルスで資材を乗せ、メンフィスに向かっていた。
ブリッジの強化ガラスを通して見える、広大な宇宙・・・ 彼方に煌く、幾千万もの星の輝き・・・
俺は、キャプテンシートの横に立ち、その無限に広がる、星の海を眺めている。 亜高速航行なので、コンピュータによる自動操縦だ。 航宇士もいなければ、オペレータもいない。 無人の、ブリッジ・・・
アルミ製のコーヒーカップを手に、ケンタウルス産のブラックコーヒーを一口、飲む。
・・・苦い。
やっぱ、俺は、コーヒーが苦手だ。 後で、地球の北海道産の牛乳を混ぜて、コーヒー牛乳にしよう・・・
次元レーダーに点滅する航跡のフリップを確認しながら、再び、コーヒーを飲む。 着ていた艦長服のポケットからタバコを出し、口にくわえると、コントロールパネルの上に置いてあったジッポーの蓋を、チャキン、と鳴らしながら開け、火を付けた。
・・・フッ・・ シブイぜ、俺。 いっぱしの、キャプテンのようだ。
ふうう~っ、と煙を出す。
この家業を始めて、4年目・・・ まだまだ、駆け出しだ。 船のローンに苦しみながらも、何とかやっている。 今年で、もう39。 知り合いなどは、ほとんど結婚して所帯を持ち、3人目の子供まで出来たヤツもいるが、俺は、まだ独身だ。
( フランキーのヤツんトコは、上が来年、銀河中学だって言ってたな・・・ ヤツとも、随分と会っていないが、元気にしてるのかな。 士官学校時代が懐かしいぜ・・・ )
一時、軍隊に所属していた、俺。 家は没落していたが、貴族だった。 本来、グランフォードの前に『 フォン 』が付く。 だが、没落した子爵など、リーマンより格下だ。 一部の知り合いにしか、話した事は無い。 くだらん上下関係に終始し、皇帝陛下の御為に命を捧げるなんて、まっぴらゴメンだ。
俺は、自由に生きる・・・! この広い宇宙で、自分の生きる道を見つけてみたい。 さあ、どうだい? 君も、俺の船に乗らないか・・・?
・・・カッコええ~・・!
数世紀前の、アニメのワンシーンみたいだ。
俺は、自分に陶酔し、クソ苦いコーヒーを、もう一口、無理に飲んだ。
「 キャプテン! 」
ブリッジに、2等航宇士のビッグスが、血相を変えて駆け込んで来た。
「 どうしたっ? 非常事態か・・? 」
「 はいっ! トイレの紙が、ありませんっ・・! 」
「 ・・・・・ 」
射出ゲートで、外に放り出してやろうか? お前。 ・・しかも、下は、フルチンじゃねえか。 神聖な俺のブリッジに、イチモツぶら下げて、入って来るんじゃねえ!
ビッグスは言った。
「 ハインケルの港で、買うのを忘れてました。 ど・・ どうしましょう? これは、非常事態です 」
異常事態だわ、たわけ。 どうりで、生活用品のバケットが小さかった訳だ。
俺は言った。
「 倉庫に古新聞があったろ? アレを揉んで、軟らかくして使え。 お前が、バツとしてやれ! いいな? 」
「 しかし・・・ 印刷のインクで、ケツが黒くなるのでは・・・? 」
「 お前のシャツを、代わりに使っても良いんだぞ? 」
「 イヤです 」
「 じゃ、揉んどけ 」
「 イエッサー! 」
・・・フルチンで敬礼するな。 ったく・・ せっかく陶酔の世界に浸っておったモノを、ブチ壊しおって・・・! ヤツは減給だ。 メンフィスに着いたら、リストラするか・・・
キャプテンシートに座り、航宇日誌を付ける事にした。
PCファイルを開き、キーボードを操作する。
( ・・本日、航行に異常なし。 トイレットペーパー、購入忘れ発覚・・・ と )
どうも、カッコ悪い。 ・・トイレットペーパーの件は、削除しておこう。
デスクボードの内線ボタンが点滅し、ブザーが鳴った。 通信室のパネルが点灯している。通信士のカルバートからの内線のようだ。
( このブザー音も、ダサイな。 もうち~と、ハイセンスな呼び出し音に換えるか )
ボタンを押して、内線に答える。
「 俺だ、どうした? 」
『 キャプテン。 カルバートです。 方位201に、遭難救助信号をキャッチ。 どうします? 無視します? 』
イキナリ、無視提案かよ・・・ う~・・ しかし、確かに面倒くさい。 無視出来るものであれば無視したいところだ。 いっそのコト、カルバートのヤツ、報告しなきゃ良かったものを・・・
どうしようかな。 どうせ、皇帝軍か解放戦線の連中の、どちらかだろう。 戦争したきゃ、勝手にしていれば良い。 俺は、もう軍籍から抜けたんだ。 どっちも、助ける義理は無い。
俺は、通信室のカルバートに尋ねた。
「 識別は、どっちだ? 」
『 ブルーです。 皇帝軍の非常用ポッドのようですね 』
・・・ヤメよう。
どうせ敵襲に遭い、将兵を捨てて、サッサと脱出した貴族艦長と、その副官共だ。 そのうち救出艇が来るだろう。 民間の俺らが、急ぐ時間を費やしてまで助けてやる必要は無い。 富豪が貧民に、エラそうに金一封を恵むような『 はした金 』を貰っても、割が合わねえ。
カルバートが言った。
『 ランチャー、ブッ込んで、ダマらせときます? 』
そりゃ、やり過ぎだ。 ダマる前に、無線でチクられたらどうする。
ここは、無視だ。 気が付かなかったとか、レーダーが故障中だったとか・・ いくらでも、言い訳はある。
「 生態反応はどうだ? 救難信号を解読して、データと符合させろ。 合致すれば、性別も分かるはずだ 」
カルバートは答えた。
『 女性のようですね・・・ 2人です 』
「 ・・すぐ、救助に行くぞ! 」
小型連絡艇の格納庫内に、赤いランプの光が、騒々しく走る。 警告ベルの音が、鳴り響いた。
『 減圧チェックレベル、30。 連絡艇固定フックの安全ロック、解除します 』
最近、女性の声に換装したアナウンスが、格納庫内に流れる。
強化ガラス張りの制御室で、連絡艇の発艦作業をしながら、ビッグスが、俺に言った。
「 キャプテン。 この声、イイっすねえ~。 そそられますわ 」
「 妄想描いて、いい加減な発艦すんなよ? フックに気を付けろ! ブツけんなよ! こないだ、直したばかりなんだからな。 おい、分かってんのか? 」
「 ありゃ、オレは、悪くねえっス。 テキトーかまして進入して来たニックが、いけねえんでさ 」
『 減圧、終了しました。 ゲートをオープンします。 いってらっしゃいませ。 お早う、お帰りやすぅ~ 』
「 ナンだ、このアナウンスは! ニックの野郎だな? ・・おい、ニック! てめえ、オレの船の品位を下げるようなマネ、すんじゃねえ! 」
俺は、連絡艇に無線を入れ、言った。
開けられた船底ゲートを、徐々に降下発艦していく連絡艇。 そのコクピットから手を振りながら、ニックが、無線に答えた。
『 ははは! どうです? キャプテン。 京都バージョンが、出たんスよ! この前、メンフィスで売ってたモンで、早速、ゲットしましたわ 』
今、流行の、日本料亭じゃねえんだ。 フツーでいけ、フツーで!
連絡艇のアフターバーナーが点火され、側面にある姿勢制御の蒸気が噴出される。
『 イヤッホーッ! 』
意味の無いローリング飛行をしながら、連絡艇は非常用ポッドに向けて、すっ飛んで行った。
「 ・・・救難活動かね? 」
いつの間にか、後ろに立っていた機関士のマータフが、ぽつりと言った。
「 面倒くさいコトだけどな。 まあ、女性だし・・・ わがままな貴族連中よか、マシだろ 」
マータフは、俺を見ると言った。
「 お前さんの中にゃ・・ やはり、民を助ける、忠義なる皇帝軍人の血が流れとるんじゃ・・・ 父上のフィリップ・グランフォード中将は、立派な人じゃった。 シリウス会戦でも、M―26星雲戦でも・・ ワシは、中将となら死んでもええ、と思ったモンじゃ 」
「 ・・親父の話しは、ヤメてくれ。 今の俺には、その息子を名乗る資格など無い 」
「 戦士は、見かけじゃない。 心だ。 お前さんは、皇帝陛下直々に、勲特等 騎士十字章を授与された、名将、フィリップ・グランフォード中将の一人息子なんじゃぞ? もっと、堂々としてたらええ・・・! 」
・・・その息子が乗る船は、違法改造バンバンの運搬船で、その部下は、フルチンでブリッジをうろついてんだぞ? 親父が見たら、泣くぜ・・・
機関士の、マータフ・・・ 元、軍艦乗りだ。 親父が率いていた皇帝軍 第1連合艦隊の旧旗艦、『 赤城 』の専任機関長として、数々の会戦を経験している『 つわもの 』だ。 歳は、確か・・ 71。
俺も、この人には、頭が上がらない。 本来なら、8人のクルーが必要なこの船を、5人で操船出来ているのも、彼のお陰だ。
マータフが言った。
「 カルバートから、女性が2人と聞いたが・・・ この領域で、女性というのは、おかしい。 気を付けた方がいいぞ? 海賊の、一味かもしれん 」
海賊か・・・ 俺らも、充分、ソッチに近い存在かもしれん。 ヤバイ領域でも、金次第で、おかまいなしに侵入して積み荷を持って行くからな・・・
やがてニックが、非常用ポッドを回収して戻って来た。
俺は、無線マイクで注意をした。
「 ニック! 慎重に着艦しろ! ブツけんなよ、てめえ 」
『 キャプテン、誘導信号が、同期してません。 手動でやります 』
そ~ら来た・・! イヤな、予感。
途端に着艦フックが、連絡艇の側面に、ガリガリッと引っ掛かる。
「 ニック! ニック! ブツかっとる・・! ヤメれェ~! 」
メキッと、フックが折れた。
「 ・・あおうっ・・・! 」
搾り出すような声を上げる、俺。
「 まだ、3つあります。 他のフックで、充分に固定出来ますって! 」
ビッグスがノンキに言った。
そういう問題じゃねえ・・・! お前ら、モノを壊さんと、仕事が出来んのか? 修理代は、ダレが払うと思ってんだ、コラ!
アナウンスが流れる。
『 気圧、チェックレベル、60。 ゲートを閉鎖します 』
残ったフックで、連絡艇は固定された。 気圧が上昇し、警告ランプの点滅が止まる。 やがて常圧となり、再び、アナウンスが流れた。
『 お帰りやす。 おケガ、あらしまへんでしたかえ? 』
・・・無いわっ! フックが、重傷じゃい。 ニックも、減給してやる。 覚えとけ・・・!
非常用ポッドは、比較的、大型のものだった。 巡洋艦か、重巡クラスに装備されている士官用だ。
「 外傷は、無さそうだな・・・ 」
格納庫へのドアを開け、俺は、ポッドに近寄った。 連絡艇の運転席から、ニックが降りて来て言った。
「 キャプテン。 このポッド、リサイクル屋に持ってったら、売れますよ? キレイだし 」
ヘルメットを脱ぎ、自慢の金髪をかき上げるニックに、俺は言った。
「 てめえ、フックの修理代、さっ引くからな・・・! 」
「 ええっ? コスってました? オレ 」
コスるどころか、へし折れとるわ! 気が付かんかったんか、アホウ!
フックの無残な姿を見て、ニックは言った。
「 あ~あ・・・! 大体、こんなトコに、フックが飛び出ている事自体が、イカンのですよ。 設計ミスですな。 建造所に、クレーム入れましょう! 」
飛び出ているから、フックになるんだろうが、まぬけが。
ニックの、たわ言は無視し、俺は、ポッドのドアロックを解除した。 ビッグスとマータフも、制御室から降りて来る。
ニックが、呟くように言った。
「 ネーチャンが出てくるか、バケモンが出てくるか・・・ はたまた、アンドロイドか・・・? 」
ビックスが言った。
「 アンドロイドなら、D―2がいいな・・・! RPシリーズは、嫌いだ。 やたらとお喋りだからよ 」
お前らをリストラして、アンドロイドに替えた方がいいかもな・・・!
エアーの抜ける小さな音と共に、ポッドのドアが開く。 中をのぞこうとした瞬間、いきなりポッドの中から、ビームライフルが発射された。
「 うわっ・・!! 」
ビシュッ、という音と共に、ビームライフルの曳航は、俺の耳の横を通り過ぎ、格納庫の内壁に当たった。 飛び散る、火花・・! 俺は、とっさに、その場に伏せた。 ニックも、近くにあったリペアキットの陰に隠れ、ヘルメットを被る。 ビッグスとマータフは、慌てて制御室に駆け戻った。
「 撃つなっ! 俺たちは、盗賊じゃない! あんたらを救助したんだ! 民間の輸送屋だ・・! 」
俺は、頭を抱えたまま、ポッドの中の連中に向かって叫んだ。 すると、女性の声で、ポッドの中から返答があった。
「 どうして、ポッドのドアの解除コードを知っておいでなのですッ? この船からは、皇帝軍の信号は出されていませんでした。 民間の方が・・ そのような軍の機密を、お知りになろうはずがありませんっ! 」
・・・しまったな。 うかつに開けちまったのが、まずかったか・・・!
俺は、床に伏せたまま、再び叫んだ。
「 俺は、元、軍人だ! 第2連合艦隊所属、第7艦隊・・・ 軽巡『 マーキュリー 』の副艦長代理、グランフォードだ! 階級は、特任大尉! 認識番号、7130556・・・ 」
当時の認識番号など、抹消されていて役に立つとは思えないが、現役時代のクセだ。 つい、申請してしまった。
「 ・・・・・ 」
ポッドの中の住人は静かになり、やがて答えた。
「 姓名、照合致しました。 失礼致しました、グランフォード特任大尉 」
・・・声の主は、アンドロイドらしい。 軍の機密データを保有している、かなり上級クラスのモデルだ。 スペックデータを検索し、照合させたのだろう。
俺は立ち上がり、言った。
「 危うく、戦死するトコだったぜ・・・! ようこそ、『 トラスト号 』へ。 船長のグランフォードだ 」
ポッドの出入り口から、声の主が出て来た。
セミロングで、ストレートの髪。 身長は、そんなに高くない。 165センチくらいだろうか。 皇帝軍の、オフィシャル・スーツを着ている。 士官用のもので、左胸には、戦闘指揮官を表わす、金色の羽根模様のタグを付けており、肩章の階級章は准尉である。
・・・こりゃ、上級アンドロイド士官だ。 高いぞォ~・・・! 高級参謀就きに使われる、セミハンド仕様の高級モデルだ・・・!
「 グランフォード特任大尉。 救助、感謝致します。 私は、第1連合艦隊所属、第3艦隊指令、バークレー中将の第2作戦参謀で、ルイスと申します 」
やはり・・・!
しかも士官どころか、将官就きじゃねえか。 しかも、作戦参謀ときた・・・! こんな、おエライさんが・・ ナンでまた、こんな辺鄙なトコで遭難してんだ?
「 もう1人の、お客人は? 」
俺が尋ねると、彼女は、その問いには答えず、制御室の方を見ながら言った。
「 ・・・この船のクルーの方は、これで全員ですか? 」
彼女は、ビームライフルを構えたままだ。 まだ警戒しているらしい。
俺は答えた。
「 ニック・・・! 出て来い 」
ヘルメットを脱ぎ、隠れていたニックが、姿を表わす。
「 あとは、アッチにいるビッグスと、機関長のマータフ・・・ 無線室に、カルバートってヤツがいる。 全員で、5人だ 」
親指で、後ろ上部にある制御室を、後ろ向きに指しながら、俺は答えた。
ルイスが言った。
「 フリゲート級輸送船の操舵は、8人のはずですが? 」
「 最近の皇帝軍は、船舶違法の取り締まりも行うのか・・・? 実情を直視してくれよ。 そんな人件費を出す余裕はない。 この船がイヤなら、もう一度、漂流するか? 戻してやってもいいんだぜ 」
彼女の目が、わずかに点滅している。 生態反応を調べているのだろう。 赤外線探知システム装備とは、さすが高級モデルだ。 ニックと、ビッグスをポッドに乗せて放出するから、アンタ、俺のクルーにならないか?
やがて、ルイスは言った。
「 申請に、偽りは無いようですね・・・ 失礼致しました、グランフォード特任大尉 」
「 大尉は、やめてくれ。 俺はもう、軍籍から抜けてるんだ 」
ルイスが聞いた。
「 なぜ、民間人に? M―177星雲会戦、メンフィス奪回、タイタン会戦・・・ 輝かしい戦歴をお持ちではないですか 」
「 過去のデータを検索するのは、やめろ! アンタには、関係の無い事だ 」
「 ・・・・・ 」
しばらく、データを整理していたのか、じっと俺を見ながら沈黙した後、ルイスは言った。
「 分かりました。 なぜ、軍籍を抹消したあなたの軍歴がデータに残っているのか、理解出来ませんが・・ おそらく、特任大尉という、希少特異な階級の参照データによるものと推察致します。 佐官クラス・・ 少佐と同位と認識しておりますが、解釈に誤りはありませんね? 」
思い出したくない記憶を封印する為、俺は即答した。
「 ああ 」
ルイスは続けた。
「 この『 トラスト号 』の登記も、あなたの運送商登録も確認出来ました。改めて、救助を感謝致します、グランフォード殿 」
ルイスは、やっと、ビームライフルを降ろした。
「 やっと、信用してくれたワケかい? ハニー 」
ニックが、ルイスに近付きながら言った。
「 ハニーでは、ありません。 ルイスと申します 」
「 ん~、ん~・・・ どっちでもいいんだよ、そんなコタぁ~ 」
ニックが、ルイスの腕を掴む。
「 ほおお~? オール、シリコン製かあ~・・! 温水循環機能付きじゃねえか。 こりゃ、いいや! D―2でも、特別仕様だな? 本物の女と変わらねえや・・・! 」
途端に、ニックの体に、ビリビリッと電撃ショックが走った。
「 わぶぶぶぶぶぶぶぶうううぅ~ッ・・!! 」
金髪を逆立て、顔をフルフル左右に振りながら、ニックが叫ぶ。
電気ショックを止め、ルイスは言った。
「 申し訳ありません。 今回、私は、殿方のお慰め奉仕の指令は、受けておりません 」
ヘナヘナと、床に座り込むニック。
・・・バカが。 これで、ちったあ懲りただろう。
俺は言った。
「 まあ、野郎ばかりの、ムサ苦しい民間船だ。 勘弁してやってくれ。 アイツなりの挨拶だと思ってな。 ・・・ところで・・ そろそろ、お友だちを紹介してくれないか? 」
ルイスは、ポッドの中を向き直り、中にいた人物を手招きした。
出て来たのは、まだ小さな女の子だった。 肩までの、お下げの髪を2つに分け、左右の耳の後ろで束ねており、フライト・オペレータの軍服を、ブカブカにして着ていた。
「 ・・・女の子・・! 」
少々、意外だった。 俺は、てっきり、上級将校か、その身内かと思っていた・・・
皆も、そのようである。 ニックは、相当、期待外れだったようで、床に座り込んだまま、はあ~・・ と、タメ息をつくと足を投げ出し、ヘルメットを力無く、傍らに転がらせた。
マータフとビッグスも、再び、制御室から出て来た。
「 ありゃま~、子供ですか・・・! こりゃ、洗濯すら出来そうもないですなあ・・・ 」
ビッグス・・ お前、救助した者を働かせるつもりだったんかよ? この船は奴隷船じゃねえぞ。
ルイスは言った。
「 さるお方の、お孫様です。 申し訳ありませんが、このご令嬢の素性は、お教え出来ません。 お名前は、ソフィー様です 」
どうやら、貴族だな・・ 民間人の名前じゃない。 歳は、10才くらいか・・・?
俺は、子供をあやすのは苦手だが、腰をかがめ、目線を女の子と同じ高さに合わせると、自分では、最高に優しい顔つきにして言った。
「 こんにちは、ソフィーちゃん。 しばらく、オジちゃんのボロ船でガマンしてね? 」
・・・くそう。 孤高の一匹狼が、何でこんな事、せにゃならんのだ・・・! 助けるんじゃなかったな。
ソフィーは、初め、怯えたようにルイスの腕につかまり、顔をルイスの太ももに押し付けていたが、やがて目線をこちらに向けると、モジモジしながら言った。
「 ・・オジちゃん、いい人? 」
分からん。 結構、いい加減かもしれない・・・ 金が絡んで来ると、大変シビアなのですが・・・
俺は答えた。
「 ウソつき、じゃないよ 」
「 じゃ、いい人だよね? 」
「 そうだろうね。 多分・・・ 」
「 ウソつきは、悪い人なんだよ? おじいちゃんが、言ってたもん 」
「 そうか。 ソフィーのおじいちゃんは、いい人なんだね。 ウソ、言ってないもんな 」
ソフィーは、嬉しそうに答えた。
「 そうだよ! おじいちゃんは、すごくいい人なの。 絶対、ウソは言わないもん! 今、悪い人に捕まっちゃってるけど、必ず会えるから心配するな、って言ってたもん! だからソフィー、泣かないもん・・・! 」
ソフィーの目に、涙が浮かんで来た。
・・・どうやら、深いワケがありそうだ。
素性が、ソフィーの口から露見するのを恐れてか、ルイスが、ソフィーを抱きしめる。
俺は、ルイスに言った。
「 ワケありのようだな。 どこまで、乗せていけばいい? ゴタゴタに巻き込まれるのは、ゴメンだ。 この船はメンフィス行きだが、ソコでいいか? 確か、皇帝軍の後方基地があったはずだ。 放棄されてなきゃな・・・! 」
ルイスは言った。
「 お世話かけます。 メンフィスで結構です。 ・・あと、私たちの救助報告は無用です。 生死不明の方が、狙われなくて都合が良いですから。 メンフィスに着いたら、私たちの足で、皇帝軍へ出向きます 」
生死不明・・・ こりゃ、かなりのワケありらしい。 触らぬ神に祟り無し、だな・・・
メンフィスまで、あと2日。
俺の『 トラスト号 』は、ワケあり珍客2人を乗せ、救助区域を発進した。
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