21 / 24
20、次代の色
しおりを挟む夏休みが終り、2学期が始まった。
沈む夕日に、去り行く夏を感じる9月・・・
あんなにうるさく鳴いていた桜の木の蝉も、いつしかその謳歌の終演を迎え、代わりに、夕暮れが近付く頃、その根元の草むらからは、虫たちの声が聞こえ始めて来た。
生徒たちの制服にも、合服が見られるようになったある日、杏子は、アルトの星川を職員室へ呼んだ。
「 ・・あ、星川さん、お昼休みなのにゴメンなさいね。 こっちに入って 」
杏子は、職員室脇の生徒相談室へ、星川を招き入れた。
「 なあに? 杏子先生。 相談って 」
置かれてある会議用テーブルのパイプイスに腰掛けながら、星川は聞いた。
「 実はね、次期役員の事なの 」
杏子もイスに座ると、星川に言った。
「 役員? 」
「 そう。 今度の本番が終わると、3年生たちは引退でしょ? 新しい部長なんかを決めなくちゃならないの 」
「 そっかあ・・ 引退なんだ、センパイたち・・ 」
「 あたしが新任で来て、あなたたちに出会ってから、もう半年以上が経つのよ。 早いわよねえ・・・! 」
「 もう、9月だもんね。 何か、あっという間だよ。 でも、すごく充実してる。 あたし的にはね 」
杏子は、少し笑うと答えた。
「 ・・いい事ね、充実してるって思えるのは 」
「 それで、役員の相談って・・ 何で、あたしなの? 」
杏子は腕組みをすると、星川に言った。
「 あのね・・ 星川さん、部長やってもらえない? 」
星川は、驚いた。
「 ええ~っ? あたしぃ~? 部長やんのォ~っ? 」
「 3年生の3人からも、全会一致でオファー、来てるわよ? 」
「 だって・・ 他にも、千穂とか良美とか・・ 有希子や、優子だっているじゃない~ 」
「 小山さんの名前が出てこないトコが、意味深ね 」
杏子が笑う。
星川は、他の2年生たちを思い浮かべながら言った。
「 ・・確かに、有希子や優子は、ちょっと押しが弱いから置いとくとしても、良美は・・ う~ん、ムリか・・ 品位が・・・ でも、千穂なら・・・ ダメだ、エプロン姿で楽器いじってるトコしか、想像つかん・・! え~っ、でもォ~・・! 」
「 あたしも星川さんなら、って思ってたの。 あまり気負う事ないわ。 この部は、みんなで話し合ってやってる部だから。 企画会議なんかで、議長をやるようなモンだと思えばいいのよ 」
不安げに、星川は言った。
「 う~ん・・ 出来るかなあ・・・! 確かに、問題なくアットホームな部だけど、改めて部長となると・・ 何か、キンチョーするなあ~ 」
「 大丈夫よ・・! お願いね。 襲名披露は、本番後の打ち上げ会で、正式にあたしからみんなに報告するから。 一言、挨拶してもらおうか・・ 何か、考えておいてね 」
「 ひええ~、所信演説ですか~? 1年の子たちに頼られるような、しっかりした先輩にならなきゃ・・! 」
杏子は、備え付けのポットからお茶を注ぎ、星川に出しながら言った。
「 ・・3年間なんて、あっという間ね。 右も左も分からず、ゴタゴタしてたら、いつの間にかもう、3年生・・・ 時間が経つのって、不思議ね 」
星川は、出されたお茶を、ひと口飲むと答えた。
「 みんな、いつかは卒業して行っちゃうんだね・・ 何か、寂しいなあ・・・ ずっとこのまま、ここで吹奏楽部員していたいな、あたし 」
杏子が、肘を突いた両手で湯飲みを持ったまま、笑いながら言った。
「 いいね、そんなの。 神田さんが、おばあちゃんになってトロンボーン吹いてるトコ、見てみたいわ。 きっと、スライド鉄砲にも、年季が入ってる事でしょうね 」
「 亜季なんか、その辺のスナックの、ケバいママになってるよ、きっと! 」
星川も笑った。
やがて、真顔に戻った星川が、しみじみと言った。
「 ・・来年、また1年生が入って来て、あたしたちは引退か・・ そのまた来年、1年生が入って来て、美智子たちが引退・・ 部員のあたしたちは、とりあえず自分たちの代が終われば、あとはOGとして現役を離れられるケド、杏子先生は、そんなワケにはいかないんだよね・・・! 上手な吹き手に育っても、いつかは居なくなっちゃうんだから、また、イチから指導のやり直しでしょ? 大変だなあ・・・! 」
湯飲みを置き、それをじっと見つめながら、杏子は答えた。
「 ポジティブに考えなきゃ、って思うの。 春が来て・・ 桜が咲いて、新しい草木が芽吹く頃・・ 新しい仲間が入って来る。 新しい個性が、新しい譜面に音を書いて行くのよ・・・ あたしは、それを指揮棒でまとめていくの。 毎年、毎年・・・! きっと、色んな色の五線譜になるでしょうね。 それはそれで、きっとキレイよ? ハデな色になる年もあれば、落ち着いた色の年もあるかもしれない。 あたしは、それを毎年、見守っていられるんだ・・ ってね 」
星川が聞いた。
「 今年は、何色なの? 」
「 何色かなあ・・・ でも、毎年、部員は入れ替わって新しくなるんだから、若々しい色が毎年、付くんだろうね・・ 若葉のような、薄い緑とか 」
星川が、思い付いたように言った。
「 ね、杏子先生・・! その色、ウチのコーポレートカラーにしようよ! 譜面台の紙カバーとか、プログラムの表紙に使うの。 ありきたりの青とかなんかより、いいんじゃない? 」
「 そうね・・ 若葉のような色か・・・ 若々しくて、いいかもね 」
「 青雲学園なんだから、青が妥当だと思うんだけど・・ それって、何か安易でしょ? 普通っぽいし・・・ どうせ使うなら、ワンポイントで使いたいな。 フォントの色とか。 う~ん、淡いグリーンかあ・・ 安っぽくならないようにデザインしなきゃ! これ、あたしの部長としての課題ね 」
「 星川さん、美大の進学希望だったわね。 打って付けじゃない。 色々、整備してくれる? プログラムのヒナ枠があると、毎年、担当者が悩まなくて済むわ 」
杏子が提案した。
「 そうだね! よしっ、頑張っちゃう! 今年のプログラム担当は、加奈センパイだから、手伝う事にするね! 加奈センパイ、イラストは得意なんだけど、レイアウトが面倒くさいって言ってたし・・! 」
水を得た魚のように、星川は、イキイキと答えた。
「 あれ? 美里センパイ、こんにちは。 あ、杏子先生もいるの? 」
ドアの外を通り過ぎ、後ろに仰け反るように頭だけをドア越しに戻すと、相談室にいる2人に向かって、チューバの鬼頭が挨拶した。
「 あ、鬼頭さん、丁度良かった。 コッチに来て 」
杏子が呼ぶ。
「 プリントの集配? ちょっと時間ある? 」
杏子は、もう1つあったパイプイスを出しながら、鬼頭に聞いた。
「 はい、提出係りだったんで・・ ナニ語ってたんですか? 2人して、お茶なんか飲みつつ・・ 」
「 実はねえ、次期役員について相談してたの 」
杏子は、湯飲みを出すと、鬼頭にもお茶を注ぎながら言った。
「 次期役員? あ、そうか・・ 今度の演奏会で3年のセンパイたちは、引退なんですね。あ・・ すみません 」
出されたお茶に対し、軽く礼をすると、鬼頭はイスに腰掛けた。
ポットの蓋を取り、中のお湯の残量を確認しながら、杏子は鬼頭に言った。
「 鬼頭さん、あなた、副部長やってくれないかしら? 」
ブッ、と飲みかけのお茶を吹きそうになり、鬼頭は湯飲みを慌てて置くと、ゴホゴホとムセ始めた。
「 ・・だ、大丈夫っ? そんな大それた事、言ったかしら? あたし・・! 」
杏子は、慌てて鬼頭の背中を擦った。
「 ご、ごめんなざい・・ ゴホッ、突然だっだもので・・ ゴホッ、ゴホンッ! オエェ~・・!」
「 副部長かあ~、いいね、杏子先生! 組織らしいし・・! 」
星川は、賛成のようだ。
杏子は追伸した。
「 今まで、部員数が少なかったから、役員は部長1人しかいないのね。 でも、これからは、もっと組織だった活動が必要となって来ると思うの。 だから、役員も増やしておこうと思ってね 」
やっと落ち着いた鬼頭が答えた。
「 ・・それを、話していたのね? ふう・・ お茶が、鼻に入っちゃったよ・・! 美里センパイが、ここにいるってコトは、センパイが部長、やってくれるんだ 」
杏子が言った。
「 さすが、あたしが見込んだ副部長ね・・! その通りよ。 今、星川さんから、承諾を得たばかりなの。 どう? 星川さんの補佐役として、頑張ってくれないかなあ 」
しばらく考え込む、鬼頭。 やがて、杏子に聞いた。
「 ・・あたしを選んだ理由は、何ですか? 」
「 それは、あなたが一番良く分かってるはずよ? 他の子たちだって、候補がなかったワケじゃない。 発言が多くて明るい子もいれば、とにかく真面目に練習する子もいる。 みんなそれぞれに、長所はあるわ。 でも、まとめ役として、みんなを引っ張っていくには、それに適した性格ってものがあるの。 そういった役職に就いて、初めて潜在能力を開花させる人とかね・・! 」
鬼頭は、少し照れながら答えた。
「 杏子先生の、買い被りじゃないと良いんだけどね・・! でも、美里センパイとなら、いいかな? 」
星川も答えた。
「 あたしも、晴美だったら出席率もいいし、大賛成! 相談したいと思った時に、いつも、いてくれる子じゃなきゃ・・! みんなも、晴美なら、きっと納得すると思うよ? 」
杏子は、机を1つ、両手で叩くと言った。
「 よしっ、決まり! 新生青雲学園吹奏楽部 2代目は、これで安泰よ! 」
鬼頭が提案した。
「 杏子先生、会計も要ると思うんだけど・・・? 」
「 さすが、新副部長。 いいトコに気が付いたわね! 部費の徴収も、人数が増えたから大変ね。 誰がいい? 」
杏子が2人に聞くと、星川が、鬼頭の顔を見ながら言った。
「 奈津美は、どう? 」
「 うん、賛成! 奈津美、暗算、得意だもんね 」
即答した鬼頭に、杏子は言った。
「 あら、そうなの? ・・藤沢さんって、ホルン吹いてる時も、いつも寡黙に練習してるから、何となくイメージ通りなトコあるけど・・・ 」
鬼頭が答えた。
「 マックで清算する時も、あっという間に計算しちゃうんだよ? しかも、消費税込みの、1円単位まで。 あたしたち、『 歩く電卓 』って呼んでるもん 」
杏子は、笑いながら答えた。
「 そりゃ、スゴイわね! それこそ、潜在能力かも。 ・・あ、潜在してないか・・ 既に、活躍してるもんね? 」
3人の笑い声が、相談室に響いた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヒカリノツバサ~女子高生アイドルグラフィティ~
フジノシキ
青春
試合中の事故が原因でスキージャンプ選手を辞めた葛西美空、勉強も運動もなんでも70点なアニメ大好き柿木佑香、地味な容姿と性格を高校で変えたい成瀬玲、高校で出会った三人は、「アイドル同好会」なる部活に入ることになり……。
三人の少女がアイドルとして成長していく青春ストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕は 彼女の彼氏のはずなんだ
すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は
僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる