19 / 24
18、コラボレーション( 2 )
しおりを挟む「 最近の吹奏楽譜は、かなり難易度が高いね。 さっきやったジャズ系の曲なんか・・ あれ、市販されてるんだろ? 中学生なんかには、無理なんじゃないかい? 」
休憩時間、体育館の軒下に座り込み、ペットボトルのミネラルウォーターを飲みながら、戸田は、傍らに座っている杏子に言った。
「 そうですね。 年々、カッコいい編曲になって行くんだけど、完璧に吹きこなせる学校は無いんじゃないかしら。 一般バンドでも、ポップスが苦手な団体は苦労してると思います 」
部員が買って来てくれたアイスバーをかじりながら、杏子は答える。
戸田が追伸した。
「 譜面通り吹く事は出来ても、微妙なノリやフェイクは無理だろうなぁ・・・ ジャズはセンスだからね。 ・・それにしても、あのトロンボーンの神田ってコは、イイね・・! 自然に、あそこまでメロディーフェイク出来たのには、驚きだ 」
「 センパイの指示が良かったからですよ 」
「 いや・・ 基本的に、あのコにはセンスがあると思うな。 将来、プロになるまでとは行かないにしろ、ジャズ系分野の方面に関しては、意外な才能を発揮すると思うよ? 」
杏子は、小さく笑いながら答えた。
「 本人は、全然、気付いてないと思います。 センパイとセッションするって事が分かった時から、必死に練習してましたけど、けっこう楽しそうでしたね 」
ペットボトルの蓋を閉めながら、戸田が言った。
「 練習が楽しいのは、いい事だ。 僕も、プロになってからも、まずは自分が楽しむ事をスタンスとしているよ。 ・・本番ステージの出来は、練習して来た過程の、単なる結果に過ぎない。 それよりも、毎日・毎週の練習が楽しい事の方が、何倍も大切なんだ 」
杏子は、頷きながら答えた。
「 取り方によっては・・ ただ遊んでいるだけ、と考える人もいるかもしれないけど、そうじゃないんですよね。 何となく、分かります 」
ホルンの藤沢が、楽器を持って2人の所へやって来た。
「 なあに? どうしたの? 」
杏子が尋ねる。
「 あの・・ あたし、ハイトーンが苦手で・・・ 戸田さんのハイトーン、凄いし、何かヒントみたいなものあれば教えて下さい 」
「 ハイトーンかあ・・・ 」
戸田は、腕組みをしてしばらく考え込んだ。
「 杏子先生に、まずは基本のアンブッシュアを確立して、中音域をロングトーンしろって言われたんですけど・・ 」
そう言う藤沢に、戸田は少し微笑むと答えた。
「 うん、それでいい。 急にハイトーンは、出るようになるもんじゃないよ? 毎日の練習の積み重ねなんだ。 僕だって、ハイトーン音域ばかり練習してるワケじゃない。 むしろ、今言った、中音域をフォルテで吹く。 リップスラーしながらね。 リップスラーのコツが分かれば、意外とハイトーンは出やすくなるよ? 」
「 リップスラーですか・・ そう言えば、あたしリップスラー、ヘタだもんなあ・・! 」
杏子が付け加えた。
「 ハイトーンが出なくてイライラするより、逆転の発想をしなさい。 ホルンは、管体を真っ直ぐ伸ばせば、何メートルもあるの。 そんな長い管体の楽器を、トランペットと同じくらいの、そんな小さなマウスピースで吹くのよ? 吹き難くて当り前よ。 音が当たらなくて、ミストーンだって出やすいわ。 出なくて悩むより、初めから出難い楽器なんだ、って思いなさい。 その方が、デイリートレーニングの励みにもなるでしょ? 」
少し、吹っ切れたような表情を見せながら、藤沢は言った。
「 う~ん・・ 何か慰められたってカンジ。 そうだよね、もう、アセるの辞める! これからは、リップスラーに重点を置いて練習するね! 」
体育館の中に戻ろうとする藤沢に、戸田が声を掛ける。
「 フォルテだよ、フォルテ! 」
「 はい! ありがとうございました! 」
小走りに、藤沢は、体育館の中へ入って行った。
「 ・・みんな、とっても真面目なの・・・ 高校時代のあたしと比べたら、恥かしくって・・! 」
足元の校庭の砂を、食べ終わったアイスバーのスティックでいじりながら、杏子は言った。
戸田は、汗をかいたペットボトルに巻き付けてあった、濡れたハンカチを取ると、体育館の軒下を見上げるように上を向き、ハンカチを額に当てながら答えた。
「 みんな、アンコを慕ってるじゃないか。 立派に指導してると思うよ? 今の、ホルンの彼女への指導内容も適切だ。 それでいい。 指導者として・・ 最初の取っ掛かりとしては、上出来だと思うよ 」
小さく笑う杏子に、戸田は続けた。
「 どんなにうまい学校でも、どんなにヘタな学校でも・・ 生徒は、同じなんだ。 技術の差が出るのは、生徒のせいじゃない。 指導者のせいなんだ。 しいては、勉強も同じだし、家庭においては、親だって一緒だよ。 やる気を出させてくれる、希望を持たせてくれる指導者・先生・先輩・上司・親・・・ 友だちもそうかな? そんな人には、強制しなくても、自然に人はついて行くし、閉じていた心の扉も開いてくれるものだ 」
小さなため息をつくと、杏子は言った。
「 ・・ホントは、とっても不安なんです。 求めて来るあの子たちに、あたしは本当に応えてあげてるのか・・ とか、間違ったコト教えてたり、ヘンな・・ 余計な方向へ導いていないか、とか・・ 」
「 考え過ぎだよ、そんなの。 現にみんな、やる気出して、一生懸命練習してるじゃないか 」
額のハンカチを取り、杏子の方を向きながら、戸田は一笑した。
笑顔を返しつつも、杏子は真剣な表情で続ける。
「 ここだけの話し・・ 時々、よく同じ夢を見るんです。 ある日、部室に行ったら・・ 誰もいないんです。 楽器ケースも譜面棚も、ホコリをいっぱい被ってて・・! 大切な、あの子たちの存在も、今までの過程も・・ 全て夢だったんだ、って・・! そんな・・ 心底、がっくり来る夢なんです。 『 何で~ッ? 』って、夜中によく飛び起きるんですよ? 」
・・・いつも明朗活発。
少々、強引なところもある気丈な杏子も、それなりに悩んでいたのである。
初めての顧問・・・
しかも廃部寸前で、どちらかと言えば、無理やりに活動を続けていると表現した方が良い状況の中、人知れず苦労をしていたのだ。
思春期の、不安定な難しい時期にいる生徒たちを引率していくのは、精神的にもかなりの負担が掛かる事だろう。
戸田は、そんな杏子の心情を察した。
「 ・・そうか・・ 」
夏の太陽が照りつけるグラウンドを、じっと見つめながら一言、戸田は呟いた。
2人の間には、しばらくの沈黙が流れる。
ペットボトルに手を伸ばし、蓋を開ける戸田。 飲み口を近づけ、飲もうとしたその手を止めると、静かに、杏子に言った。
「 勝手に見た夢の事なんか、忘れちまえ・・! 本物の夢は、あの子たちが見せてくれる 」
ペットボトルのミネラルウォーターを、一気に飲み干す、戸田。
杏子は、下を向いたまま、少し笑みを浮かべると、小さく頷いた。
開け放たれた体育館の入り口から、アルトの星川が、ひょっこりと顔を出して言った。
「 杏子先生~っ! もう、休憩時間過ぎたよ? 早く合奏練習やろうよ~ 」
杏子は、弾かれたように立って答えた。
「 ごめん、ごめん! 今、行くね 」
戸田も立ち上がると、言った。
「 ・・さあ、やりましょうか、杏子先生! 生徒たちが待っている・・! 」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】
S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。
物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。
夏の決意
S.H.L
青春
主人公の遥(はるか)は高校3年生の女子バスケットボール部のキャプテン。部員たちとともに全国大会出場を目指して練習に励んでいたが、ある日、突然のアクシデントによりチームは崩壊の危機に瀕する。そんな中、遥は自らの決意を示すため、坊主頭になることを決意する。この決意はチームを再び一つにまとめるきっかけとなり、仲間たちとの絆を深め、成長していく青春ストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる