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3、明日への対話
しおりを挟む部活動の、本来の目的とは何なのだろう?
学校は、勉強をする所である。 同時に、人間形成を育む所でもある。
後者を学ぶにあたって、最も重要なファクターの1つに、部活動の存在があるのではないだろうか。
特に、吹奏楽は、1人では何も出来ない。 それはどんな部活にも当てはまる事だとは思うが、吹奏楽に至っては、その要素が非常に濃い。 1人どころか、最低でも20人以上(1人が、1種類の楽器を演奏する場合)は必要なのだ。
当然、複数の仲間との交流において、協力や理解・認知といった共同社会のルール尊守が必要となって来る。 活動の中で得た体験は、後の社会で大いに役立つ事だろう。
社会人となった後、因果な経緯などにより社会的犯罪を犯した者は、揃いも揃って『 帰宅部 』だった連中ばかりである。 彼らは、人生も『 帰宅部 』で終わらすつもりなのだろうか・・・?
少々、大げさな想像に行き着いた感もするが、そんな事を考えながら、翌日の放課後、杏子は部室に向かっていた。
部室のドア越しに、数人の話し声が聞こえる。 何人かは、集まって来ているようだ。
杏子は、合奏室のドアを開けた。 昨日の3人とは別に、4~5人の生徒の顔が確認出来る。
杏子の姿を見ると、それぞれのパートの位置にあるイスに、皆、小走りに着席した。
指揮台の脇に立ち、挨拶をする杏子。
「 こんにちは。 鹿島 杏子です。 ・・懐かしいわね、この合奏室・・・ あたしがいた頃と、全然変わっていないのね・・・! 」
部員たちを見渡し、杏子は続けた。
「 大体の事は、部長の沢井さんから聞いてると思うけど、出席は何名かしら? 」
沢井が答える。
「 7人・・ です。 欠席した子は2人で、用事があるそうです。 1人は家の用事で、1人は塾です 」
「 あとは、部員という自覚が無い子ね 」
「 ・・・・ 」
「 まあ、仕方ないわ。 名簿の穴埋め的に、高田先生が列挙しただけの子だから・・・ たぶん、入部希望で、見学に来た子の名前じゃないかしら。 部活には、1度も来た事ないでしょ? 」
「 ・・はい。 名簿に名前が載ってる事すら、知らない子もいました。 でも、中には数回、部活に来てた子もいましたけど・・ その後、まったく来なくなって・・・ 」
杉浦が付け加える。
「 ってゆうか、1度も会った事ない子、いるよね? 」
周りの生徒も頷く。
茶髪の女生徒が言った。
「 あたしなんか、2年間、会った事ないよ? ホントはフルート、あたし以外に、もう1人いるはずなんだケド・・ 」
杏子は、名簿にフルートのメンバーを探した。
・・確かに、2人いる。 青色のマーカーと、黄色のマーカー付きだ。
「 あなたが、小山 亜季さんね? 」
杏子が尋ねる。
「 あ、はい。 そうです 」
「 あなた、その茶髪・・ 何とかならない? 飯沼先生の格好の的よ? 」
他の部員が笑った。
「 え~、そんなに茶色くないですよおぉ~! 」
「 充分、茶色いって、亜季ィ~。 てゆ~か、ほとんど金髪? 」
茶化した神田に、小山が反論する。
「 違うってセンパイ、地毛よ地毛! 」
「 そんな地毛、日本人じゃないって。 ナニ言ってんの、あんた 」
杏子は2人の会話に、割って入った。
「 はいはい、その判断は飯沼先生に任しといて・・・ 要するに、部を存続する為に、高田先生が名簿上で幽霊さんたちを列挙して御苦労なさってたワケで、当の本人たちは、もう来る気がない・・ と。 そういう事でしょ? 沢井さん 」
「 ええ・・ まあ、そうです。 すみません 」
「 あなたが謝る事じゃないわ。 じゃあ、これで決まりね。 部活と認められる10人に満たない9人だから、廃部です。 ご苦労様! 」
あっけない言葉に、部員は唖然としている。 杏子は追伸した。
「 今年1年間は許可期間があるから、沢井さんは今までのように、練習場所として部室を使用出来るわよ? 」
「 先生・・ 」
沢井が言った。
「 なあに? 」
「 私たち・・ 何もしてなかったわけじゃありません。 何とか、部が存続するよう頑張ったつもりです・・・ それを・・ 突然やって来て、廃部だなんて・・ あんまりです! 」
数人も、それに同意らしく、じっと杏子を見つめている。
「 ・・・下を見てる子は、どうなの? 」
杏子がそう言うと、沢井の言葉に目をそらすように下を向いていた生徒が、一斉に杏子の方を向いた。
「 フルートの小山さん・・ だっけ? あなた、黄色のマーカー付きって事は、あまり部活に出て来てなかったワケでしょ? 」
「 あ、あたしは・・ その・・ 塾とかあって・・ 」
「 髪を染めに行く時間はあっても、部活に行く時間はないっての? 」
「 ・・・・ 」
「 まあ、今さら当事者を責めるのはヤメましょう。 沢井さんたちの努力を、けなすつもりはないけど・・ 要するに、部活に行くより、他にする事の方が、その人たちにとっては魅力と重要度、優先順位があった・・ という事でしょ? 」
合奏室は、シーンと静まり返った。
杏子は続けた。
「 沢井さんの言葉、嬉しかったわ。 そんな事を言ってくれる人、誰かいないかな、と思ってたの 」
杏子と目が合った沢井は、少し、視線を落とした。
杏子は、続けて言った。
「 ポスター、見たわ。 とても丁寧に描いてあって、呼びかける心が伝わって来たわ。 イラスト、上手なのね 」
「 あのイラストは、加奈が描いてくれて・・ 」
「 へえ~、そうなんだ。 杉浦さん、意外ねえ・・・! 」
ドラムセットのスツールに座っていた杉浦が、頭をかいた。
杏子は、横に立っていた指揮者用譜面台に手を伸ばすと、指先で触れながら続けた。
「 みんな、それぞれ用事もあれば、たまには部活、サボリたくなる日だってあるわよ。 ・・でも、用事用事って、毎日あるわけじゃないでしょ? 掃除や委員会で遅くなる事や、行けない日もあるけど、毎日じゃないはずよ? 行けないんじゃなくて、行く為の努力をしてないだけ。 どうせ行っても、誰もいないし、みたいな・・・ みんながそんな考えじゃ、誰も来ないのは当り前よ。 ただでさえ人数、少ないんだから。 ・・・こんな事、出席してるみんなに言っても、仕方ないけどね 」
杏子は、部員たちを見渡し、1人1人の顔を見ながら言った。
「 沢井さん、神田さん、杉浦さん以外の人は、結構、部活を休んでるみたいだけど、欠席する理由について、何か主張したい子がいたら、言ってみて 」
1人が、手を挙げた。
「 はい、そこの子。 名前は? 」
「 2年の、クラリネットの鶴田です 」
名簿で確認をする。
「 鶴田・・・ 良美さんね。 発言をどうぞ 」
「 あのう~・・ 私、週に2日、月曜と水曜に、塾に行ってるんですけど・・ お母さんが、もっと勉強しろって・・ 今の塾に加えて、違う塾にも行けって言うんです。 タダでさえ部活、休んでるのに、これ以上増やしたら、もう、出来なくなっちゃうんですけど・・・ 」
「 ふ~ん・・・ それで、あなたはいいの? 」
「 ヤです 」
「 じゃ、努力するしかないじゃない。 今、行ってる塾で充分だと、お母さんが思える成績にするよう、勉強すればいいじゃないの 」
「 で、でも・・ 私、バカだしぃ~・・・ 」
「 バカと思ってないのが、バカなのよ? 」
「 ・・・え~、でもぉ~・・ 」
「 あなた、進学の志望先は? 」
「 文系です 」
「 なら、いっそ芸大にしなさい。 イヤでも楽器の練習しなきゃならないわよ? 」
「 あ、そうじゃん・・! その手があったか! 」
「 あなた、やっぱりバカ? 」
少し、笑いが起き、雰囲気が和む。 杏子は言った。
「 安易に決めないでね。 進路は、よくご両親と話合って決めなさい。 まずは、現状の成績を上げるの。 少しでいいから。 努力よ! 」
また1人が、手を挙げた。
「 いいわねえ~、その調子でどんどん来て。 名前は? 」
「 2年の、星川 美里です。 アルトサックスなんですけど・・ 」
「 アルトね・・ アルト、アルト、と・・ あら? あなた、経験者じゃない 」
「 はい、中学もアルトでした 」
「 何で来ないの? 」
星川は、少し下を向きながら答えた。
「 ・・楽器が無くて・・・ 」
「 楽器が無い? 」
杏子は、沢井の方を向いて言った。
沢井は、隣に座っている神田に目配せすると、困ったような口調で答えた。
「 学校備品では、アルトが無いんです。 テナーかバリトンならあるんですが・・・ 」
杏子は昨日、部室で見かけた、ケースなしの壊れたアルトを思い出した。
星川が言った。
「 バリトンはキーが大きくて、私、小指が届かないんです。 テナーは、調が違うから違和感があって、どうしても吹けないし・・ 個人持ちの楽器を買おうと思って、今、バイト中です。 親は全然、音楽に興味なくって、買ってくれないんです 」
杏子は、腕組みをして言った。
「 う~ん、経済的な話で来ましたか。 こればかりはねえ~・・・ 他校の、空いてる楽器の借用は検討したの? 」
「 え? そんなコト、出来るんですか? 」
沢井が聞いた。
「 出来るわよォ~、もちろん! ・・そうか、何も動いてなかったのね 」
星川が続けた。
「 1年間、好きなお菓子も我慢してバイトしてるんです。 だいぶ貯金も貯まって来たんです。 せっかく買ったのに、部活が無くなっちゃうなんて・・ 私、ヤです! 」
杏子は、しばらく無言でいた。
やがて、最期の1人が手を挙げた。
「 2年の、坂本 優子です 」
「 パーカッションね。 どうぞ。 ・・あら? あなたも経験者じゃない 」
「 はい。 私、中学の時も、ずっとパーカッションやってたんですけど・・ 小物ばっかりだったんです 」
「 トライアングルとか、タンバリンとか? 」
「 はい。 それで・・ 友だちとかに、バカにされて・・ そんなの、あたしにだって出来る、とか言われて・・ ここに入ったら、スネアやティンパニとか出来るように練習しようと思ってたんですけど・・ 」
「 そんなのが出て来る曲の練習が出来ない、と? 」
「 ・・はい。 それで、ついつい怠けちゃって・・ あたしが悪いのは、分かってます。 反省してます。 センパイたち、ごめんなさい 」
坂本は、皆にお辞儀をした。
杏子は、小さなため息をつくと言った。
「 よく言われるのよ。 音楽、苦手な人ほど、必ず言うわ。 カスタネットくらいなら出来るとか、タンバリンしか出来ないとかね・・・ 実際、マーチテンポより少し早いスピードで、その人に裏拍打ちをさせてごらんなさい。 絶対、出来ないから 」
坂本が、真剣な眼差しで杏子を見つめている。 杏子は続けた。
「 小物は大切よ? どんなにキレイな演奏をしたって、トライアングルひとつ決まらないと、その曲は死んでしまうのよ? 上手な楽団は、必ずパーカッションがしっかりしてる。 これは鉄則なの。 スネアやティンパニはもちろん、特に、小物打楽器を得意とする人が、必ずいるわ・・・! もっと自信持ってよ。 たとえアレンジやオリジナルが演奏出来なくても、ポップスだってパーカッションは活躍するわ。 ドラム叩きながら、シェイカーは振れないのよ? ボサノバやラテン系の曲で、シェイカーがない演奏ほどつまらないモノはないわ。 そういった曲を選曲すればいいじゃない 」
再び、沈黙が続いた。
「 ・・さっきの、星川さんの問いに答えるわね。 楽器は買いなさい。 廃部とはいえ、来年の3月までは存続が許されています。 それに、ここで出来なくても、大学や一般のバンドで出来るわ。 それと・・ あと少ししたら、1年生の入部希望者が来るかもしれない。 それで10人を超えれば、廃部は取り消しになるわ。 もちろん、今年の秋で3年生は引退でしょ? それで再び10人を割れば、来年の春、また同じ危機が訪れるという事ね。 厳しいかもしれないけど・・ 生きてるのか、死んでるのか、判らないような今の状態にはケリを付けます! じゃないと、真面目に来てる子に負担を掛けるだけ。 いいわね? とりあえず、吹奏楽部は・・ 現在のところ、廃部という方向に向かいます! 潰して楽になりたいのなら、私じゃなく、現役である、あなたたちの手で潰しなさい! 」
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