テンシを狩る者(9日更新)

小枝 唯

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蠱毒のテンシ

ここで生きる

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 とある休日、リーベはひどく緊張していた。明るい白と茶色をベースとした応接室。そこにリーラと二人で、マスターを待っている。
 今日は各国代表が彼の屋敷に集まる日。基本的に、集会にパートナーは参加しないのだが、今日、リーベは例外の一人だ。何故なら、集会の議題が大天使と散らばった核についてだから。つまりは話の主軸なのだ。
 もちろん元々事前に報告し合っているため、大天使の誕生や核についての大まかな事は周知している。簡単に言えば、大天使に敵意がない事と、日本代表のパートナーとなった事、そして核の影響力についてなどを報告するだけだ。
 その中でリーベがするのは、各国代表との顔合わせ。他に難しい事はしない。少し前からそう聞かされているが、当日の緊張は吐き気も感じさせてくる。しかも代表に会う前に、テンシ狩り創立者であるマスターと対面すと聞けば、より冷や汗が出た。

「わ、わたし、怒られる?」

 だって、手間を増やした張本人だ。そんな人物がのうのうと生きているなんて。
 指先をもじもじと絡ませながらの消え入りそうな声に、リーラは紫色の目をパチクリさせた。そして可笑しそうにククッと笑う。

「悪い事をしたのかね?」
「うん、と……し、してない」
「そうだろう? なら堂々としていたまえ。大丈夫、オマエを責める人は居ないよ」

 くしゃくしゃと頭を撫でられ、リーベはくすぐったそうにする。核を集めるという目的は、代表にとって今までとなんら変わらない。二つの未来についても既に知っているから、リーベを責める者もいない。
 応接室のドアが開かれ、リーベの背筋が自然と伸びる。やって来たマスターの手には、イギリスならではのスコーンと紅茶が乗ったトレーがある。

「遅れてすまないね。ようこそ、俺の屋敷に」

 マスターはトレーをテーブルの中央に置き、二人と向かい合うソファに座る。リーベは初めて見るお菓子を興味深そうに見つめた。

「スコーンと言うんだよ。甘い物が好きだと聞いたからね。ぜひ食べてみてほしい」
「今朝は食べられなかったからちょうどいい。ジャムを塗ってごらん」

 スコーンの隣に、宝石のような艶のあるジャムが入った小皿がある。リーベは真っ赤なジャムを塗って、一口、遠慮気味にかじった。
 サクサクとしていて、生地自体に甘さはあまりないが、いい香りでジャムの甘酸っぱさがよく合う。不安定だった青い瞳の色が、弾けるような黄色に変わる。その変化に、マスターは嬉しそうに頷いた。
 今日、各国の代表に会わせる前に対面したのは、一つだけ最終確認がしたかったからだ。それは、本当にこちら側なのかというもの。リーラから様子は常に聞いていたが、その意思を、彼の口から聞きたかった。
 マスターはリーベが手に持ったスコーンを食べ終わると、改めて姿勢を正した。

「初めまして、大天使。俺はテンシ狩りの創立者。マスターと呼んでほしい」
「あ、わ、わたしはリーベ」
「よろしくリーベ。今日は早くから来てくれてありがとう。一つ聞きたい事がある。ここは、楽園化の行進を食い止めるための組織だ。リーラの隣に居るという事は、楽園化を進めたくない。そういう意志でいいね?」
「うん。わたしは、世界が楽園になってほしくない」
「それは、何故?」
「だって、みんな寝ちゃった世界は、さみしいから」

 そう言って、リーベはふと奇妙な感覚を覚えた。いつだったか、こんなような事を誰かに言った記憶がある。青い花畑で、こんなふうにお茶をしたような。
 しかしフラッシュバックした光景は一瞬で、思い出したのもつかの間、景色は散り散りになって消えた。それと同時に、リーベの意識が過去から現実に引き戻される。その動きが気になったのか、不思議そうにするマスターに背筋を正すと、膝に置いた両手で小さな拳を作る。

「でもわたしは、楽園のために作られた。だから……その……たぶん、一人だけじゃ、うまくできない事が多いと思う。たくさん勉強しても間違えたら、もし誰かを傷付けたら、止めてほしいんだ。もちろんそうならないように、わたしも頑張る。みんなと仲良くなりたいから」

 マスターは驚いたようにキョトンとする。そして、彼を幼く無邪気なだけだと勘違いしていた事に、少し罪悪感を覚えた。幼いのに聡く、しっかりと覚悟も持っている。
 その「止めてほしい」という言葉は、自分が狩られる側であるのを理解しているからこそ出る。それでもここに居たいと、楽園化は嫌だと思っているのだ。

(この子は、ここで生きる選択をした)

 ならばその天秤を守るのため、自分たちも協力するべきだ。彼とならきっと、いい関係を築けるだろう。
 マスターはリーベに手を差し伸べる。今日ここに呼んで、彼が本当にこちら側なのかの最終確認をして良かった。

「それが聞けて良かった。ようこそ、テンシ狩りへ」

 リーベは強張っていた表情をパッと明るくさせ、大きな手を両手でぎゅっと握り返した。満面の笑顔に釣られて微笑みながら、マスターは自分の暗い銀色の髪を指さす。

「そういえばそれ、リーラのだね? 懐かしいな」
「うん、さっきくれたんだ!」
「そう。よく似合ってるよ」

 リーベの三つ編みに、優しいピンク色のリボンが添えられている。それは少しでも緊張を薄めようと、リーラがつけてくれた物だった。
 すっかり緊張は解れたのか、リーベは嬉しそうにしながらも照れた笑顔を返し、隠すように残ったスコーンを口にする。マスターはその横顔を静かに見守っていたリーラに視線を向けた。

「これからも任せるよ」
「ああ、子育てには慣れてるつもりだからね」

 柱時計が示す時間が、そろそろ集会間近になってきた。もう全員大広間に待機している頃だろう。スコーンを二つとも食べ終えたリーベに、イヤホンが差し出される。
 各国の代表がここで使用する共通語は、全国的に親しまれている英語だ。リーベはまだ勉強中。そこでリーラが律に頼んで、翻訳機を用意してもらった。彼が作っただけある高性能さで、英語以外にも様々な言語に適応している。
 受け取って付けてみると、小さい耳にフィットした。これから代表たちに会う。マスターと話して少し気が楽になったが、それでも緊張は再発した。
 移動中、リーラの手を緊張にぎゅっと握ると、優しく握り返される。それを頼りにして、リーベは二人と一緒に大広間のドアをくぐった。
 階段下の一階、大広間にはテンシ狩りが存在する各国の代表が全員集まっていた。彼らは出身国関係なく仲の良い者同士、久々の対面に楽しげな会話が弾んでいる。しかし一人だけ、じっと階段を見上げている男が居た。
 太陽のように眩しい金色の目が、リーラを見つけた。その瞬間、どこかムッとしていた表情が幼い子供のように弾ける。知り合いだろうか、リーベはその視線を不思議そうに追って、リーラを見上げる。すると彼女は人差し指を自分の口に当て、男にしーっと息を吐いて見せる。
 静かでも賑やかなざわつきが、自然と収まった。マスターは深く息を吸って、広間隅々に届くよう、声を張った。

「みんな、集まってくれてありがとう。全員で会うのは三ヶ月ぶりかな。談笑の続きは、報告のあとにしてくれ。なに、分かっている通り、そこまで時間をかけない。大天使と核について。ついさっき、本人と早めに対面した。そこで彼は、ここで生きるという決意を示してくれた。とても強い瞳だ」

 間に挟まるように居たリーベの頭を、マスターの手が撫でる。微笑む彼の目は閉ざされたままだが、穏やかで優しく、安心する。

「彼を、リーベを、正式にテンシ狩りに迎え入れる。賛成かどうかは、実際に彼と対面してみてほしい。それでもなお反対意見がある者は、俺と日本代表に伝えてくれ。俺からは以上。あとは日本代表から」

 言葉の終わりに、目蓋越しの視線とともに促されてリーラは前に立つ。三ヶ月前の集会には用があって出られなかったため、久々の面々だ。
 リーラは軽く咳払いをする。

「やあ、久々だね。ワタシから何点か。まず大天使の核は、人間およびテンシにも影響する。先日のテンシについては、既に目を通してもらった報告書通りだ。おそらく、扱う人間によっては脅威となりうるだろう。核が散らばって、もうすぐ一ヶ月。楽園化を目論む輩がいくつか発見し、所持していると考えておいてほしい。そして核だが……日本に送ってくれ。大天使に還したい。楽園化は、大天使誕生とともに進んだ。しかし絶望するな。今、ワタシたちには二つの未来がある。この子がここにいる限り、天秤はこちら側だ。ヤツらは大天使と核を狙うが、この子はワタシが守る。核は奪われ前に奪ってくれ。全ては楽園化計画阻止のために」

 リーベは饒舌なリーラの横顔を、ただ見上げていた。いつもの優しい彼女とは違う、代表の顔。この人の隣に立つ相応しさが、まだないと実感した。

(わたしも、強くなりたい)

 相応しく、そして彼女を守れるくらい強くなりたい。
 端正な横顔を見つめていると、紫色の目と目が合った。優しく微笑んだリーラの意図を理解したリーベは、頷いて代表たちと向き直る。

「わたしは最初、楽園が幸せだと思っていたんだ。けれどそうじゃない、それ以外の幸せがあるって、人間に教えてもらった。まだこの世界の事を勉強してる最中だから、きっと迷惑かけるけど、それでもここで……楽園じゃない、みんなが生きているここに居たい。そのために、わたしがわたしでいられるために……みんなに力を貸してほしい。だから、よ、よろしくお願いしますっ」

 言葉がまとまらない。しかし気持ちは全部乗せた。世界を危機に落とす存在なのに、とても身勝手なのも分かっている。それでも一人じゃどうしても無理だから、ここで生きるためにはみんなの力が必要不可欠だから。
 リーベの言葉が終わって数秒後、代表の誰かが小さく手を鳴らした。それを合図に、ほとんどの代表が賛成するように拍手する。驚いたリーベは、慌ててぺこっと頭を下げた。
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