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【宝石少年と芸術の国】
彼の間違え
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やけに人が少ないと思った。家に居るというよりかは、がらんとしたもぬけの殻のように感じる。それはほとんどの国民が、シナバーとルルの交渉を見守るため、祭壇広場に集まっているからだ。しかしそれはジオードにとって、都合が良かった。注目を浴びず、ただ1人で終われるから。
ジオードの手は、意思に反して筆を離すまいと、勝手に力が入っている。握りしめられた筆が、血を欲するかのように淡く輝く。そのたびに、意識が揺れるのを感じた。
「お前が欲しがってる血は、すぐにくれてやる。だから……大人しくしてろ」
ああだがしかし、フロゥたちをあの場に残したが、大丈夫だったろうか。ファルべがあの商人の狙いのうちにあるのなら、値打ちがつく種族のマリンも危うい。せめて無事を確かめたかった。
ジオードの目は、光に弱くなっていた。今はわずかな灯りにも過敏で、辺りが白く飛んでしまう。だから前を進むのも一苦労だ。
(何も描けなくる前に終わるんなら、ちょうどいい。ただの荷物になって生きるなんざ御免だ)
ジオードは半ば強引に言い聞かせながら老体に鞭を打ち、崖を登った。若い頃に蓄えた体力はさすがに衰えたが、多少は役に立ってくれる。それに筆の影響なのか、いつもより力があった。
国の門付近で反り上がる壁は、崖と呼べる程ではあるが他よりもなだらかで、比較的登りやすい。飛び出た鉱石も多く、足場にしても頑丈だ。しかし命綱なんてものを付けていないから、油断はできない。高さが半分を越えた今、落ちれば助かる可能性は少ない。しかしもし生きていたとして、見つかって救助なんかされたらそれこそ意味がない。
ジオードは息を荒げながら頂上の岩を掴み、重たい体を引き上げる。絶景だ。下には森林の隙間に川が流れていているのが見える。ここなら落ちて多少息があっても、簡単に見つからない。そう、終わるのだ。筆と共に、確実に。アルナイトなら大丈夫だ。フロゥやマリンたちがついている。それに彼女の過去を記した手紙を、工房のキャンバス前の椅子に残した。きっと恨むだろう。記憶を消した張本人と、まるで親子のような茶番をさせられていたのだから。
だが楽しかった。慣れない子育ては、刺激的だった。彼女の笑顔が生き甲斐だった。茶番だった。だが、確かにジオードはアルナイトを娘のように愛していた。やっと解放してやれる。
一歩、崖へ踏み出した。その時、ジオードの白濁した視界の中、キラリと主張する光があった。それは、崖にひっそりと生えた灰色の鉱石。あれは確か、アルナイトが欲しいと言って無茶をした顔料だ。視界が重力に従って、ぐらりと傾く。
─ 上手く掛けたら褒めて! ─
ああ、最後にあの子の頭を、撫でてやれば良かった。
未練にも似た望みは遅く、目の前が真っ赤に染まる。しかしそれは血ではなかった。ジオードの体を受け止めたのは木や川ではなく、すぐ下の崖から突如生えた巨大なガーネット。
「な、んだ……?」
混濁する意識の中、訳のわからない展開に、ジオードは辺りを見渡す。すると頭上で、肩でするような荒い呼吸が聞こえた。
「まったく、俺は義足なんだぞ……! この偏屈巨匠め!」
憎まれ口を叩いたのはリッテ。まさかの人物に唖然とするジオードを無視し、彼は【ルルの石】を地面に叩きつける。それがルルへの合図だ。
リッテはルルの指示で、ずっとジオードを追っていた。やっと見つけたら崖を登っていてぎょっとした。呼んでも全く気づく素振りもない。仕方なく崖をよじ登って追い、落ちた所を狙ってガーネットで床を作ったのだ。
【ルルの石】が砕けた眩しい光に、ジオードは眩暈を覚えた。だがそれと同時に、意識が鮮明になるのも感じていた。筆が、神が愛した石の光によって浄化されたのだ。ジオードは顔をしかめる。
「こんな老ぼれ、今更助かって何になる。長寿には分からんだろうがな!」
「ああ分からんさ。貴様ら人間は簡単に死ぬ。俺たちの気も知らないままな!」
「──そうだね、僕らはいつも遺される側だ」
子供のような言い合いに、静かな声が割って入った。それはマリンの声。彼はリッテに場所を譲ってもらうと、驚いているジオードに手を差し伸べた。落ちた瞬間に受け止めはしたが、1人で這い上がるには難しい距離があるのだ。
「先生ー!」
「ジオード様!」
遠くからアルナイトとフロゥの声が聞こえてきた。さすがに崖は危険だと、アルナイトたちは地上で待たせている。ジオードは伸ばそうとした手を引っ込め、ぐっと唇を噛み締める。
「ジオード様、まだ絵のご指導を頂けていません!」
「オレ、先生の作った野菜スープ飲みたい!」
絵の指導なんて、他に頼める。目の見えなくなる人物に聞いたってしょうがない。野菜のスープは、昔にアルナイトにレシピを教えている。だから手を伸ばす必要はない。
ガーネットの足場は頑丈だが、無理に生えたもの。岩肌が脆く崩れていくのを足裏から感じていた。このままでいれば、やがて足場と一緒に崩れ落ちるだろう。
『岩が、崩れる』
誰よりも鋭い鉱石の耳には聞こえたのだろう。ルルの声は全員に伝わったのか、表情に焦りが見え始める。
「ジオード、手を伸ばせっ!」
マリンは背が高い方だ。しかしギリギリまで身を乗り出しても、ジオードの頭すら叩けない。その様子は、地上で待つアルナイトたちにも伝わっていた。ルルは体を恐怖に震わせるアルナイトの背中を、支えるように撫でる。
彼女の恐怖はよく分かる。二度と会えないんだ。空虚が生む恐ろしさを、ジオードだってきっと知っているはずなのに。しかし彼は自ら進んで死のうとしている。ルルはなんとも言えない、モヤモヤとした蟠りを感じてきた。それは怒り。命を粗末になんて事にではなく、大事なものに向き合わず逃げる事に対して。
最近自覚したが、自分の言葉には良くも悪くも、影響が出る。だからできるだけ黙っているつもりだったが、いい加減ひと言だけでも言ってやりたい。しかし頭に並べた言葉は、次の瞬間、アルナイトによって崩れた。
「先生の! 嘘つきー!!」
腹からの精いっぱいの声は、土地を震わせるほどに響いた。地面を跳ね返って空にまで反響する。人一倍耳のいいルルは脳を揺らされ、すっかり言葉を忘れてしまった。
アルナイトは一歩足を踏み込むと、再び、今度はもっと深く息を吸い込んで口を開ける。
「オレの事、1人にしないって言ったじゃん!! バカーー!!」
割れるような声が、びりびりと空気を震わせる。反響し終えて直後は静まり返ったが、すぐにアルナイトの泣き声が響いた。それはジオードにとって、1番嫌な音と言える。彼はつられるようにハッと顔を上げた。そこで彼は白く濁った目を、驚いたように見開く。
マリンと目が合った。そう、そこでようやく、彼の顔を見た。マリンは楽観主義者だが、いつもどこか他人に警戒する性格だ。だから基本、感情を相手に悟られるような表情はしない。それなのに、今の彼は複雑に歪んでいる。怒りを、涙を堪えている。しかしこの言葉に表現しきれない感情を、ジオードは知っていた。
「勝手に僕たちの感情を決めて、楽になるな。置いてくな!」
─ 置いていくな!
そう叫んだマリンの声が、自分の声と重なったのを、ジオードは感じた。ああそうだ、自分も経験しているじゃないか。全てを託され、置いて行かれたじゃないか。背負わなくていい罪を背負って、あの人は行ってしまった。存在した、一緒に逃げるという選択をかなぐり捨てて。
アルナイトにはそんな思いをさせない。そう思って一緒に居たのに。アルナイトだけじゃない。こんな仕方ない性格をした自分を友と呼んで、隣に居てくれた存在にも。
(俺は……俺はまた、間違えたのか)
自分が居なくなるのは、とても些細な事だと思っていた。しかしどうやら、そうではなかったみたいだ。
ジオードはマリンへ、今度こそ手を伸ばす。しかし指先が触れた時、崖に居る3人は視界がガクンと揺れたのを感じた。ジオードがマリンの手を取るため、少し身動いだのが、崖にトドメを刺したようだ。3人の体重を支えられなくなった崖は、大きな音を立ててガーネットを切り離す。なんとかジオードの手はマリンとリッテによって捕まれ、落ちる事は無かった。
だが空洞となったそこは、余計に脆くなり、大きな石が剥がれた影響で、亀裂が3人の足元まで走る。瞬間、落雷が落ちるかのような音をあげて、崖が崩れ始めた。地上にいるアルナイトたちは息を呑む。
(鉱石……ダメだ、瓦礫が邪魔で、絶対に怪我は、免れない)
鉱石を足場にしようにも、瓦礫と共に包んでしまう。そうすればむしろ要らぬ傷を増やすだろう。膜を作れればいいが、大きなものを瞬時に無から作り出すだけの技術がない。なす術もなく、ただ落ちていく様子を見る事しかできないのか。誰もがそう思った時、アウィンが1人前に出た。
「覚えていますか、ルル? あの崖の下を」
(崖の下?)
ルルは記憶を遡る。日の当たり方、匂い、足裏の地面の感覚、音。それら全てがルルの記憶。そこで、水の匂いと濁流の音が脳裏に蘇った。そうだ、この崖のすぐ向こうは、アルナイトと出会った川が流れているはず。
顔を上げた事で思い出したと理解したアウィンは、微笑んで頷く。
「いいですね、一瞬ですよ?」
『うん』
アウィンは目を瞑り、全身に精神を集中させる。足元に魔法陣が浮かび上がり、杖を指揮棒のように使い、両手で空気を混ぜた。彼の手の動きに誘われて空中をやってきたのは、大きな水の塊。杖が振り下ろされる。同時に水も地面に叩き落とされた。巨大な水滴が散らばる寸前、ルルの虹の瞳が淡く煌めく。すると水は、虹を含んだ大きな宝石の膜へと変化する。水の膜を頼りに、表面を宝石で覆ったのだ。
膜は地面に落ちる3人を瓦礫から守り、包み込んだ。全ての瓦礫が崩れ落ちると、膜も解ける。たまらずアルナイトが駆け出し、少し水に濡れたジオードに飛びついた。
ジオードの手は、意思に反して筆を離すまいと、勝手に力が入っている。握りしめられた筆が、血を欲するかのように淡く輝く。そのたびに、意識が揺れるのを感じた。
「お前が欲しがってる血は、すぐにくれてやる。だから……大人しくしてろ」
ああだがしかし、フロゥたちをあの場に残したが、大丈夫だったろうか。ファルべがあの商人の狙いのうちにあるのなら、値打ちがつく種族のマリンも危うい。せめて無事を確かめたかった。
ジオードの目は、光に弱くなっていた。今はわずかな灯りにも過敏で、辺りが白く飛んでしまう。だから前を進むのも一苦労だ。
(何も描けなくる前に終わるんなら、ちょうどいい。ただの荷物になって生きるなんざ御免だ)
ジオードは半ば強引に言い聞かせながら老体に鞭を打ち、崖を登った。若い頃に蓄えた体力はさすがに衰えたが、多少は役に立ってくれる。それに筆の影響なのか、いつもより力があった。
国の門付近で反り上がる壁は、崖と呼べる程ではあるが他よりもなだらかで、比較的登りやすい。飛び出た鉱石も多く、足場にしても頑丈だ。しかし命綱なんてものを付けていないから、油断はできない。高さが半分を越えた今、落ちれば助かる可能性は少ない。しかしもし生きていたとして、見つかって救助なんかされたらそれこそ意味がない。
ジオードは息を荒げながら頂上の岩を掴み、重たい体を引き上げる。絶景だ。下には森林の隙間に川が流れていているのが見える。ここなら落ちて多少息があっても、簡単に見つからない。そう、終わるのだ。筆と共に、確実に。アルナイトなら大丈夫だ。フロゥやマリンたちがついている。それに彼女の過去を記した手紙を、工房のキャンバス前の椅子に残した。きっと恨むだろう。記憶を消した張本人と、まるで親子のような茶番をさせられていたのだから。
だが楽しかった。慣れない子育ては、刺激的だった。彼女の笑顔が生き甲斐だった。茶番だった。だが、確かにジオードはアルナイトを娘のように愛していた。やっと解放してやれる。
一歩、崖へ踏み出した。その時、ジオードの白濁した視界の中、キラリと主張する光があった。それは、崖にひっそりと生えた灰色の鉱石。あれは確か、アルナイトが欲しいと言って無茶をした顔料だ。視界が重力に従って、ぐらりと傾く。
─ 上手く掛けたら褒めて! ─
ああ、最後にあの子の頭を、撫でてやれば良かった。
未練にも似た望みは遅く、目の前が真っ赤に染まる。しかしそれは血ではなかった。ジオードの体を受け止めたのは木や川ではなく、すぐ下の崖から突如生えた巨大なガーネット。
「な、んだ……?」
混濁する意識の中、訳のわからない展開に、ジオードは辺りを見渡す。すると頭上で、肩でするような荒い呼吸が聞こえた。
「まったく、俺は義足なんだぞ……! この偏屈巨匠め!」
憎まれ口を叩いたのはリッテ。まさかの人物に唖然とするジオードを無視し、彼は【ルルの石】を地面に叩きつける。それがルルへの合図だ。
リッテはルルの指示で、ずっとジオードを追っていた。やっと見つけたら崖を登っていてぎょっとした。呼んでも全く気づく素振りもない。仕方なく崖をよじ登って追い、落ちた所を狙ってガーネットで床を作ったのだ。
【ルルの石】が砕けた眩しい光に、ジオードは眩暈を覚えた。だがそれと同時に、意識が鮮明になるのも感じていた。筆が、神が愛した石の光によって浄化されたのだ。ジオードは顔をしかめる。
「こんな老ぼれ、今更助かって何になる。長寿には分からんだろうがな!」
「ああ分からんさ。貴様ら人間は簡単に死ぬ。俺たちの気も知らないままな!」
「──そうだね、僕らはいつも遺される側だ」
子供のような言い合いに、静かな声が割って入った。それはマリンの声。彼はリッテに場所を譲ってもらうと、驚いているジオードに手を差し伸べた。落ちた瞬間に受け止めはしたが、1人で這い上がるには難しい距離があるのだ。
「先生ー!」
「ジオード様!」
遠くからアルナイトとフロゥの声が聞こえてきた。さすがに崖は危険だと、アルナイトたちは地上で待たせている。ジオードは伸ばそうとした手を引っ込め、ぐっと唇を噛み締める。
「ジオード様、まだ絵のご指導を頂けていません!」
「オレ、先生の作った野菜スープ飲みたい!」
絵の指導なんて、他に頼める。目の見えなくなる人物に聞いたってしょうがない。野菜のスープは、昔にアルナイトにレシピを教えている。だから手を伸ばす必要はない。
ガーネットの足場は頑丈だが、無理に生えたもの。岩肌が脆く崩れていくのを足裏から感じていた。このままでいれば、やがて足場と一緒に崩れ落ちるだろう。
『岩が、崩れる』
誰よりも鋭い鉱石の耳には聞こえたのだろう。ルルの声は全員に伝わったのか、表情に焦りが見え始める。
「ジオード、手を伸ばせっ!」
マリンは背が高い方だ。しかしギリギリまで身を乗り出しても、ジオードの頭すら叩けない。その様子は、地上で待つアルナイトたちにも伝わっていた。ルルは体を恐怖に震わせるアルナイトの背中を、支えるように撫でる。
彼女の恐怖はよく分かる。二度と会えないんだ。空虚が生む恐ろしさを、ジオードだってきっと知っているはずなのに。しかし彼は自ら進んで死のうとしている。ルルはなんとも言えない、モヤモヤとした蟠りを感じてきた。それは怒り。命を粗末になんて事にではなく、大事なものに向き合わず逃げる事に対して。
最近自覚したが、自分の言葉には良くも悪くも、影響が出る。だからできるだけ黙っているつもりだったが、いい加減ひと言だけでも言ってやりたい。しかし頭に並べた言葉は、次の瞬間、アルナイトによって崩れた。
「先生の! 嘘つきー!!」
腹からの精いっぱいの声は、土地を震わせるほどに響いた。地面を跳ね返って空にまで反響する。人一倍耳のいいルルは脳を揺らされ、すっかり言葉を忘れてしまった。
アルナイトは一歩足を踏み込むと、再び、今度はもっと深く息を吸い込んで口を開ける。
「オレの事、1人にしないって言ったじゃん!! バカーー!!」
割れるような声が、びりびりと空気を震わせる。反響し終えて直後は静まり返ったが、すぐにアルナイトの泣き声が響いた。それはジオードにとって、1番嫌な音と言える。彼はつられるようにハッと顔を上げた。そこで彼は白く濁った目を、驚いたように見開く。
マリンと目が合った。そう、そこでようやく、彼の顔を見た。マリンは楽観主義者だが、いつもどこか他人に警戒する性格だ。だから基本、感情を相手に悟られるような表情はしない。それなのに、今の彼は複雑に歪んでいる。怒りを、涙を堪えている。しかしこの言葉に表現しきれない感情を、ジオードは知っていた。
「勝手に僕たちの感情を決めて、楽になるな。置いてくな!」
─ 置いていくな!
そう叫んだマリンの声が、自分の声と重なったのを、ジオードは感じた。ああそうだ、自分も経験しているじゃないか。全てを託され、置いて行かれたじゃないか。背負わなくていい罪を背負って、あの人は行ってしまった。存在した、一緒に逃げるという選択をかなぐり捨てて。
アルナイトにはそんな思いをさせない。そう思って一緒に居たのに。アルナイトだけじゃない。こんな仕方ない性格をした自分を友と呼んで、隣に居てくれた存在にも。
(俺は……俺はまた、間違えたのか)
自分が居なくなるのは、とても些細な事だと思っていた。しかしどうやら、そうではなかったみたいだ。
ジオードはマリンへ、今度こそ手を伸ばす。しかし指先が触れた時、崖に居る3人は視界がガクンと揺れたのを感じた。ジオードがマリンの手を取るため、少し身動いだのが、崖にトドメを刺したようだ。3人の体重を支えられなくなった崖は、大きな音を立ててガーネットを切り離す。なんとかジオードの手はマリンとリッテによって捕まれ、落ちる事は無かった。
だが空洞となったそこは、余計に脆くなり、大きな石が剥がれた影響で、亀裂が3人の足元まで走る。瞬間、落雷が落ちるかのような音をあげて、崖が崩れ始めた。地上にいるアルナイトたちは息を呑む。
(鉱石……ダメだ、瓦礫が邪魔で、絶対に怪我は、免れない)
鉱石を足場にしようにも、瓦礫と共に包んでしまう。そうすればむしろ要らぬ傷を増やすだろう。膜を作れればいいが、大きなものを瞬時に無から作り出すだけの技術がない。なす術もなく、ただ落ちていく様子を見る事しかできないのか。誰もがそう思った時、アウィンが1人前に出た。
「覚えていますか、ルル? あの崖の下を」
(崖の下?)
ルルは記憶を遡る。日の当たり方、匂い、足裏の地面の感覚、音。それら全てがルルの記憶。そこで、水の匂いと濁流の音が脳裏に蘇った。そうだ、この崖のすぐ向こうは、アルナイトと出会った川が流れているはず。
顔を上げた事で思い出したと理解したアウィンは、微笑んで頷く。
「いいですね、一瞬ですよ?」
『うん』
アウィンは目を瞑り、全身に精神を集中させる。足元に魔法陣が浮かび上がり、杖を指揮棒のように使い、両手で空気を混ぜた。彼の手の動きに誘われて空中をやってきたのは、大きな水の塊。杖が振り下ろされる。同時に水も地面に叩き落とされた。巨大な水滴が散らばる寸前、ルルの虹の瞳が淡く煌めく。すると水は、虹を含んだ大きな宝石の膜へと変化する。水の膜を頼りに、表面を宝石で覆ったのだ。
膜は地面に落ちる3人を瓦礫から守り、包み込んだ。全ての瓦礫が崩れ落ちると、膜も解ける。たまらずアルナイトが駆け出し、少し水に濡れたジオードに飛びついた。
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