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【宝石少年と芸術の国】
繰り返す国宝の光
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国宝は転がり、ルルの足先にトンと当たって止まった。辺りは呼吸する音だけがやけに大きく聞こえる。それほど静かなのに、どうしてかアウィンたちの耳には、まだシナバーの悲鳴が反響していた。残酷で虚しい悲鳴だ。敵であり、国を危機に陥れた相手なのに、なぜか同情しそうになる。
たしかにルルは裁いていない。裁いたのは、国宝。国宝に手を出した時点で、彼の運命はほとんど決まっていたのだ。
「……ルル、こうなると思っていたから、ここへ案内したのですか?」
『裁かれる運命は、分かっていた』
ルルは『だけど』と加えると、手の形を模した小さな金塊をそっと撫でる。
『彼が、金塊になるとは……思わなかったよ』
国宝に手を出したというのをマリンから聞いた時点で、自分が裁く必要はないのが分かった。忠告通り、生かされている存在がいくらそのの血で満たそうとも、人間の器は力を受け入れるに小さすぎる。
アルナイトがいつか、国宝は願いを叶える力があると言っていた。純粋な国宝であれば素直な思いに応えるかもしれない。だが穢れた国宝は? きっと願いがねじ曲がる。そう確信した。
『生き物を、生かす国宝。でも、殺す事もある』
大きな力は、どちらも可能。なんだか奇妙な話だ。しかし同時に、世界はよくできているとも思えた。
ルルは腰の剣を鞘から抜き、足元に転がる今にも崩れそうな国宝に、切先を向ける。赤黒い血を流すその身は、待っていたかのように刃を受け入れ、眩い閃光を最後に放つと、粉々になった。ルルは手のひらよりも小さな核を拾い上げ、少しの間盲目の瞳が見つめる。
これを新しくすれば、千年は平穏が保たれる。やがて生き物によって穢れ、その光はまた生き物を穢す。そして、世界の王によって新たな平穏を──永遠に終わらない繰り返し。
(僕も、それを行う、たった一部)
止めたらどうなるのだろう。どうして世界はこう在るのだろう。始まりは一体?
ルルは暗く汚れたラピスラズリを、口の中に含んだ。あの国宝の穢れは、暴走するほどに核に達していた。そんなものを体内に入れれば、世界の王の体と言えども激苦痛を与える。苦しむように膝をついたルルに、ドーゥの後ろに隠れていたアルナイトがたまらず駆け寄った。
痛みに丸くなった背中に手を添えると、小さな鼓動が伝わってきた。ルルの胸元で握られた、祈るように重なった両手の中。そこから溢れる小さな光と共に、聞こえてくる。近くで見たアルナイトには何よりも美しく思え、彼女は思わず見惚れる。そうしているうちに光は収まり、包んでいた薄青い両手がそっと開かれた。
しなやかな器の上で転がったのは、鮮やかなイエローグリーンの輝きを放つ石。クリソベリル。アルティアルに贈られた、自分を見つめる石。
「る、ルル……?」
無言で見つめていたルルに不安を抱いたアルナイトは、恐る恐る横顔を覗く。新たな国宝に注がれる虹の瞳も結ばれた口元も、表情を全く読ませない。しかしすぐ、アルナイトの方を向いた。虹の目はいつも通りの穏やかさで、アルナイトはほっと安堵する。
フロゥたちもルルに駆け寄った。ドーゥは彼らの背中をゆっくり追い、ルルの顔に頭を擦り付ける。ルルは応えるように、そっと頭を撫で返した。
『帰ろう。みんな待ってる』
ドーゥが最後の最後に案内してくれる。来た時と同様、ルルを背中に乗せて進んだ。ドーゥを追うみんなについて行こうとしたフロゥは、洞窟から出る直前、金の大木に振り返る。しかし大木をと言うよりは、その一部となったシナバーを見ていた。アルナイトに呼ばれ、金塊の洞窟をあとにした。
彼は生きているのだろうか。それとも死んだのだろうか。フロゥが恐怖するように、汗ばんだ拳を握った。
「……僕も、一歩間違えれば、ああなっていたんだ」
これまでシナバーのような人間は、まるで別の世界で生きる存在のような嫌悪があった。しかし今ならなんとなく分かる。自分たちも彼と同じ、欲を抱えた生き物なのだ。たまたま、過ちを犯す前にルルに助けられただけ。違いは紙一重だ。
俯いたフロゥの肩に、ファルベの薄桃色の手が添えられた。
「違いはそれだけじゃないよ。自分で思いとどまる力が、確かにあったじゃないか」
「そうだぞ! あの時、いつでもオレを筆の餌にできたのに、しなかっただろ?」
「それは……」
曖昧だが、少しだけあの時の事を覚えている。無性に人の血が欲しかったのに、アルナイトの笑った顔を見た瞬間、嫌だという感情が強くなった。あれは一瞬だ。しかしあの瞬間が無ければ、無事ではなかった。
『…………僕ね、欲は2つあると、思ってるの』
「2つ?」
『たとえば、ルナーと人の命、どちらが大事か。大事なものが、違うだけで……想う欲であるのは、変わらない。人は片方を、本能と呼び、理性と呼ぶね』
ルルにとっては、理性と本能という言葉は、ただの言い方の違いにしか感じない。どちらも欲。天秤にかけ、どちらが重いのか。ただそれだけ。シナバーは金塊が、フロゥは友の命が片方の欲より重かった。そこに違いはなく、どっちを選んだかというだけだ。
ルルはフロゥに心を許している。だから姿も見せている。だが特別視しているつもりはない。フロゥが別の方を選んでいれば、それ相応の裁きを下す。
『人間は、欲で動く。それは、避けられない。君には別の、想いという、欲があった。だから僕は、石を壊せた。君が全て、選んだ事だ』
全ては相手の行動次第。同情も慈悲もないのは、世界の王だからだろう。しかし本来の王に存在しない心が、ルルにはある。だからか、そう言って振り返る表情は優しく見えた。気のせいではない。ルルも安堵しているのだ。
いくら裁く対象であると分かっていても、フロゥたちの悲しい顔は見たくない。誰も裁かないでいられるのなら、そうであって欲しい。まあ、そんな簡単にはいかないのが現実なのだが。
鉱石となった湖の上を渡り、元通りにしてから粗削りな階段に差し掛かる。ここは狭くて、体の大きなドーゥは入れない。見送りはここまでだ。ルルは立派なツノの生えた大きな頭を、ぎゅっと抱きしめる。言葉が通じないからか、無意識に力がこもった。
『ありがとう。これで最後。ゆっくり休んで』
「クゥー、キュウクゥ」
ドーゥは少し寂しそうに高い音を喉から鳴らし、強く頭を擦り付ける。アウィンたちにも、最後の別れを惜しむように頭をこつんとぶつけ、挨拶していった。
「道案内、ありがとうございました」
「元気で暮らすんだぞ?」
「苦労かけてすまない」
「ここまでありがとう」
それぞれ、短い言葉に強く思いを乗せて別れを告げる。本当にこれで最後だ。今生の、いや、永遠の別れとなる。
ここへ来る手段はもう存在しない。ここに何が埋まっているかも、知ることはできない。今の国民の記憶に残ったとしても、世界の王以外、仕掛けも解けない。気になったところで、意図的に開かれる事はないだろう。あったとしたら、新しい世界の王の手によってだろうか。しかし千年はあとであろうそんな頃に、アルティアルで起きた今日の出来事を覚えている者は、存在しない。事情を知らない国民にとっては印象が薄く、語り継がれる事もない。
やっと地上に出る。地下に居る時間は1時間もないが、体感ではとても長く感じた。アルナイトが出て、フロゥ、ファルべと後ろに続く。国民たちは固唾を呑みながら、最後にルルが出るのを見届ける。そしてその後ろを見つめた。地下への扉が自然と閉まる。重たい音が、小さくも静かな祭壇広場にはよく響いた。しかし皆の顔色は未だ晴れない。シナバーの行方を気にしているのだ。
『彼は裁かれた。過去の、国宝によって』
ルルは全員に見えるよう、手を差し出す。そこに転がっているのは新しい国宝、クリソベリル。瞬間、堰を切ったように民たちは歓声を上げた。ルルたちに礼を言う者、呪いにかかっていた家族の元へ急ぐ者。彼らは喜びと安堵に満ちた顔で、不安の色はもう無かった。
これで彼らにとっての脅威は去った。もう間もない芸術祭へ向けて、集中できるだろう。しかしまだ、ルルたちにとっては終わりではない。
ルルは頭の中で、石が壊れる大きな声を聞いた。不自然にどこかを見た彼に、アルナイトたちも気づく。
「どーした?」
『ジオードが、見つかった』
頭に響いたのは、リッテに渡した【ルルの石】が割れる音だ。そう、まだジオードを取り戻していない。今もなお、石がルルを呼んでいる。音が導く先は、国の外に近い。
ルルは、クンッと手が引っ張られるのを感じた。引き止めるように手を掴んだのは、アルナイト。
「ルル、せ、先生の事も、裁くんだよな? 罪があるって、言ってたし」
ルルは不安に震える声にキョトンとする。シナバーとジオードでは罪の種類が違う。しかし今はシナバーの裁かれた姿を見たあとだ。不安がるのも無理ない。ルルは緊張と恐怖で汗ばんだ彼女の手に、そっと自分の手を重ねる。
『確かに、罪はある。でも裁くのは、僕じゃない』
「えっ……?」
『まずは彼を、助けに行こう。全ては、そのあと』
最後まで語らないルルに、不安は消えない。しかしそれよりも、助けてくれると信じてアルナイトは強く頷いた。
たしかにルルは裁いていない。裁いたのは、国宝。国宝に手を出した時点で、彼の運命はほとんど決まっていたのだ。
「……ルル、こうなると思っていたから、ここへ案内したのですか?」
『裁かれる運命は、分かっていた』
ルルは『だけど』と加えると、手の形を模した小さな金塊をそっと撫でる。
『彼が、金塊になるとは……思わなかったよ』
国宝に手を出したというのをマリンから聞いた時点で、自分が裁く必要はないのが分かった。忠告通り、生かされている存在がいくらそのの血で満たそうとも、人間の器は力を受け入れるに小さすぎる。
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これを新しくすれば、千年は平穏が保たれる。やがて生き物によって穢れ、その光はまた生き物を穢す。そして、世界の王によって新たな平穏を──永遠に終わらない繰り返し。
(僕も、それを行う、たった一部)
止めたらどうなるのだろう。どうして世界はこう在るのだろう。始まりは一体?
ルルは暗く汚れたラピスラズリを、口の中に含んだ。あの国宝の穢れは、暴走するほどに核に達していた。そんなものを体内に入れれば、世界の王の体と言えども激苦痛を与える。苦しむように膝をついたルルに、ドーゥの後ろに隠れていたアルナイトがたまらず駆け寄った。
痛みに丸くなった背中に手を添えると、小さな鼓動が伝わってきた。ルルの胸元で握られた、祈るように重なった両手の中。そこから溢れる小さな光と共に、聞こえてくる。近くで見たアルナイトには何よりも美しく思え、彼女は思わず見惚れる。そうしているうちに光は収まり、包んでいた薄青い両手がそっと開かれた。
しなやかな器の上で転がったのは、鮮やかなイエローグリーンの輝きを放つ石。クリソベリル。アルティアルに贈られた、自分を見つめる石。
「る、ルル……?」
無言で見つめていたルルに不安を抱いたアルナイトは、恐る恐る横顔を覗く。新たな国宝に注がれる虹の瞳も結ばれた口元も、表情を全く読ませない。しかしすぐ、アルナイトの方を向いた。虹の目はいつも通りの穏やかさで、アルナイトはほっと安堵する。
フロゥたちもルルに駆け寄った。ドーゥは彼らの背中をゆっくり追い、ルルの顔に頭を擦り付ける。ルルは応えるように、そっと頭を撫で返した。
『帰ろう。みんな待ってる』
ドーゥが最後の最後に案内してくれる。来た時と同様、ルルを背中に乗せて進んだ。ドーゥを追うみんなについて行こうとしたフロゥは、洞窟から出る直前、金の大木に振り返る。しかし大木をと言うよりは、その一部となったシナバーを見ていた。アルナイトに呼ばれ、金塊の洞窟をあとにした。
彼は生きているのだろうか。それとも死んだのだろうか。フロゥが恐怖するように、汗ばんだ拳を握った。
「……僕も、一歩間違えれば、ああなっていたんだ」
これまでシナバーのような人間は、まるで別の世界で生きる存在のような嫌悪があった。しかし今ならなんとなく分かる。自分たちも彼と同じ、欲を抱えた生き物なのだ。たまたま、過ちを犯す前にルルに助けられただけ。違いは紙一重だ。
俯いたフロゥの肩に、ファルベの薄桃色の手が添えられた。
「違いはそれだけじゃないよ。自分で思いとどまる力が、確かにあったじゃないか」
「そうだぞ! あの時、いつでもオレを筆の餌にできたのに、しなかっただろ?」
「それは……」
曖昧だが、少しだけあの時の事を覚えている。無性に人の血が欲しかったのに、アルナイトの笑った顔を見た瞬間、嫌だという感情が強くなった。あれは一瞬だ。しかしあの瞬間が無ければ、無事ではなかった。
『…………僕ね、欲は2つあると、思ってるの』
「2つ?」
『たとえば、ルナーと人の命、どちらが大事か。大事なものが、違うだけで……想う欲であるのは、変わらない。人は片方を、本能と呼び、理性と呼ぶね』
ルルにとっては、理性と本能という言葉は、ただの言い方の違いにしか感じない。どちらも欲。天秤にかけ、どちらが重いのか。ただそれだけ。シナバーは金塊が、フロゥは友の命が片方の欲より重かった。そこに違いはなく、どっちを選んだかというだけだ。
ルルはフロゥに心を許している。だから姿も見せている。だが特別視しているつもりはない。フロゥが別の方を選んでいれば、それ相応の裁きを下す。
『人間は、欲で動く。それは、避けられない。君には別の、想いという、欲があった。だから僕は、石を壊せた。君が全て、選んだ事だ』
全ては相手の行動次第。同情も慈悲もないのは、世界の王だからだろう。しかし本来の王に存在しない心が、ルルにはある。だからか、そう言って振り返る表情は優しく見えた。気のせいではない。ルルも安堵しているのだ。
いくら裁く対象であると分かっていても、フロゥたちの悲しい顔は見たくない。誰も裁かないでいられるのなら、そうであって欲しい。まあ、そんな簡単にはいかないのが現実なのだが。
鉱石となった湖の上を渡り、元通りにしてから粗削りな階段に差し掛かる。ここは狭くて、体の大きなドーゥは入れない。見送りはここまでだ。ルルは立派なツノの生えた大きな頭を、ぎゅっと抱きしめる。言葉が通じないからか、無意識に力がこもった。
『ありがとう。これで最後。ゆっくり休んで』
「クゥー、キュウクゥ」
ドーゥは少し寂しそうに高い音を喉から鳴らし、強く頭を擦り付ける。アウィンたちにも、最後の別れを惜しむように頭をこつんとぶつけ、挨拶していった。
「道案内、ありがとうございました」
「元気で暮らすんだぞ?」
「苦労かけてすまない」
「ここまでありがとう」
それぞれ、短い言葉に強く思いを乗せて別れを告げる。本当にこれで最後だ。今生の、いや、永遠の別れとなる。
ここへ来る手段はもう存在しない。ここに何が埋まっているかも、知ることはできない。今の国民の記憶に残ったとしても、世界の王以外、仕掛けも解けない。気になったところで、意図的に開かれる事はないだろう。あったとしたら、新しい世界の王の手によってだろうか。しかし千年はあとであろうそんな頃に、アルティアルで起きた今日の出来事を覚えている者は、存在しない。事情を知らない国民にとっては印象が薄く、語り継がれる事もない。
やっと地上に出る。地下に居る時間は1時間もないが、体感ではとても長く感じた。アルナイトが出て、フロゥ、ファルべと後ろに続く。国民たちは固唾を呑みながら、最後にルルが出るのを見届ける。そしてその後ろを見つめた。地下への扉が自然と閉まる。重たい音が、小さくも静かな祭壇広場にはよく響いた。しかし皆の顔色は未だ晴れない。シナバーの行方を気にしているのだ。
『彼は裁かれた。過去の、国宝によって』
ルルは全員に見えるよう、手を差し出す。そこに転がっているのは新しい国宝、クリソベリル。瞬間、堰を切ったように民たちは歓声を上げた。ルルたちに礼を言う者、呪いにかかっていた家族の元へ急ぐ者。彼らは喜びと安堵に満ちた顔で、不安の色はもう無かった。
これで彼らにとっての脅威は去った。もう間もない芸術祭へ向けて、集中できるだろう。しかしまだ、ルルたちにとっては終わりではない。
ルルは頭の中で、石が壊れる大きな声を聞いた。不自然にどこかを見た彼に、アルナイトたちも気づく。
「どーした?」
『ジオードが、見つかった』
頭に響いたのは、リッテに渡した【ルルの石】が割れる音だ。そう、まだジオードを取り戻していない。今もなお、石がルルを呼んでいる。音が導く先は、国の外に近い。
ルルは、クンッと手が引っ張られるのを感じた。引き止めるように手を掴んだのは、アルナイト。
「ルル、せ、先生の事も、裁くんだよな? 罪があるって、言ってたし」
ルルは不安に震える声にキョトンとする。シナバーとジオードでは罪の種類が違う。しかし今はシナバーの裁かれた姿を見たあとだ。不安がるのも無理ない。ルルは緊張と恐怖で汗ばんだ彼女の手に、そっと自分の手を重ねる。
『確かに、罪はある。でも裁くのは、僕じゃない』
「えっ……?」
『まずは彼を、助けに行こう。全ては、そのあと』
最後まで語らないルルに、不安は消えない。しかしそれよりも、助けてくれると信じてアルナイトは強く頷いた。
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