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【宝石少年と芸術の国】
国を支えるもの
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ドーム状になっている空洞に、驚いたアルナイトの声が大きく響き渡る。2人を迎えた金の塊は、まるで大木の佇まいだ。太い幹に、天井を支えるかのような無数の枝。そして地面に張り巡らされた力強い根。これら全てが、ビジュエラでルナーの次に貴重とされる金でできていた。
アルナイトはこの下がマグマで、洞窟を作っている所々に見えたのが銀であるのを思い出す。たしかに、金を生成する条件は満たされている。それでも、こんな巨大なものは生涯の中で拝めるとは、誰も夢にも見ない。
『……宝』
「へ?」
頭の中に呟かれた言葉はアルナイトにとって耳慣れず、金塊を見上げるルルに首をかしげた。ルルは彼女の口の堅さを信じて、リベルタから訪れた商人が怪しい動きをし、ここにしかない宝を求めているというにを説明した。
直接顔を見た事はないが、アヴィダンの存在は知っていた。その名前の商人から、いくつか画材を買ったとジオードが言っていたのだ。画材はフロゥとアルナイトにも分けられ、今は工房に置いてある。ルルにそう言うと、彼は口元に指を添えて少し黙り込んだ。
『その画材、今度僕に、見せてほしい』
「分かった。オレが貰ったやつ見せるな。先生にも、アヴィダンに気を付けた方がいいって言ってもいいか?」
『そうだね。もう、彼から商品は、買わないでって、伝えてくれれば』
ジオードは目利きだろうが、相手も手練れだ。念のため、買った画材に危険が無いかを確かめておきたい。既に使っているらしいフロゥに何も無ければいいが。
「にしても、すっごいでかい金だな……!」
『本当に。ここの鉱石で、こんなに生成されるのは、珍しい』
「やっぱ、アイヴィダンの宝ってのも?」
ルルは虹の目で金の大木を見上げたまま、静かに頷いた。ルナーや国宝以外、別の国にまで来て居座り続ける理由には充分。これほどの量を手に入れれば、世界のバランスが崩れる。やがて金の存在を知った他国同士で戦争だって起こりうるだろう。なにせこれは、世界で各国を牛耳れる権力の塊なのだから。
虹の両目が、ゆっくりと上下に動く。なるほど、この金がどうしてこのような形なのか、少し理解した。ドーゥから降り、まだ少し痛みのある足を庇いながら、黄金の大木の幹を撫でる。
『1つも、持って行っては、ダメ』
「なんでだ?」
『この大木は、アルティアルの、命だから』
もちろん持って帰る気はない。どこで手に入れたかと色々探られて、隠されたここを暴かれるから。まあほんの少し、画材として使いたいと思ってしまったのは内緒だが。しかしアルナイトは抽象的な言葉に、首をかしげてからまた大木を見上げる。
『アルティアルの地盤は、奇跡なんだ。ここの鉱石は、とても脆い。国を築けないほど』
「んえ?」
『この金が、アルティアルを支えている』
「えぇっ!」
『その通りです』
アルナイトの驚愕で響いた声に、別の静かな声が混ざった。2人に聞こえた肯定は、どちらのでもない。正体を探ろうと一緒に辺りを見渡す。金の大木とその真下にあるマグマの沼によって明るいここは、今までと同じ鏡のような石で構成されている。だから、鉱石の壁に映っているのは2人だけだった。
しかしアルナイトは違和感に気付く。鏡の中から、ルルがこちらを見ている。しかし隣に居る映っている本人は、声を探そうと別の方向を見ていた。瞬時に思い出すのは、鏡から出てきた偽物の自分。
アルナイトは咄嗟にルルに抱きついて短い悲鳴をあげる。突然の間近での大声に、ルルはビクッと肩を跳ねさせた。
「あ、あれ!」
「?」
気配と音、匂いなどで世界を見るルルには、鏡に自分が映る事も分からない。ルルはただアルナイトが示す指の気配を、不思議そうにたどった。
言われてみれば、微かな視線を感じる。ルルは、怯えながらも自分を守ろうとするアルナイトを後ろに立たせ、自分の鏡と向き合う。鏡の中の彼が、静かに瞬きをした。そして胸に手を添え、静かに会釈する。
『世界の王、よくいらっしゃいました。神の姿をお借りする事を、どうかお赦しください。私は姿を持てない故』
『僕の声?』
「ううん。似てるけど、ちょっと違うな」
『……貴方は、何? アルナイトに、ひどい事をしたのも、貴方?』
『申し訳ございません。この木を守るため、侵入者は排除する必要があるのです』
ルルを模した彼は、この土地に宿る魂だと名乗った。長い間ここを守り、人々が国を築いた今までをずっと見てきた。そして遠い昔、まだ数十という小国にも満たないほどしか人が居なかった頃、ここに、大戦争を世界の王と終着に導いた、大魔法使いが訪れた。
大魔法使いは、この土地に眠る金の大木を見て、人間の目に留まれば、争いが再度生まれると懸念した。大戦争が終着したあとではあったが、争いは小さなものから伝染していくものだと。だがこの大木こそが、人々の命を支えている。だからこの大木をどうするか、判断を後に生まれる世界の王に託した。
『だから僕だけが、入れるような仕掛けを』
『はい。ドーゥはそれまでの案内人です。世界の王よ、どうなされますか?』
どう、と言われても、突然すぎる。ルルは考え込むように、口元を指で隠す。ここに入れる人間なんていない。だがあくまでも仕掛けだ。暴かれない確実性など無い。
しばらくの間閉じられていた虹の目がゆっくり開く。
『アルナイト、ここの穴が書かれた、資料ある?』
「え、うん」
ルルは古い書物を受け取ってから本を取り出すと、この洞窟内を書き残したページを開けた。そして数枚に渡った記録を、書物と一緒にその場で破き捨てる紙はヒラヒラと落ちていき、マグマによって溶かされた。
アルナイトは急な行動に驚いて目を丸くした。書物は構わないが、ルルにとって本に書いた記録は、芸術祭に出す大事なものだ。
『これで、ここの記録は、全て消えた。そして外に出たあと、僕らが通った、最初の道を、鉱石で埋める』
湖を渡る時に使ったあのダイヤとサファイアを混ぜて作った、あの頑丈な鉱石で塞ぐ。そうすれば、人間の作る道具では壊せないものができる。そして最後に、その上から魔法も通さない鉱石の膜を施す。そうすれば誰も入れない。できるのも、存在を知っているルルだけ。次の世界の王には、存在すら知られない。ドーゥは洞窟で過ごした時間が長く、外には対応できない体だ。この広い空間があれば、充分余生を過ごせるだろう。
これしか思いつけない。国を保つためには大木の存在が必要。だが存在すれば見つかってしまう。だから、最低限の行動だ。しかし鏡のような岩に映ったルルは、穏やかな笑顔を作った。ルル本人は変わらない表情だ。
『感謝申し上げます、世界の王。これで……ようやく──』
言葉は少しずつ溶けるように小さくなり、やがて最後まで告げられずに消えた。同時に、岩の中の虚像が消える。どうやら映っていたのは岩の特性ではなく、魂の存在だったようだ。
「消えちゃった」
『……きっと、休みたかったんだ』
ドーゥがキュウキュウと鳴きながら、ルルの頭をツンツン突く。ルルは「うん、そうだね」と言って首を優しく撫でた。どうやら送ってくれるらしい。2人は来た時と同じように、ドーゥの広い背中に乗って地上への道をたどった。道はいくつかあるようで、最初にルルたちが見た湖は通らなかった。
もうあとは、のぼれば出口の広場に出る。そこへの道は、ドーゥの体は大きすぎて通れない。ここでお別れだ。ルルはドーゥの鼻先にキスをする。
『ありがとう。さようなら、元気でね』
「ここまでありがとな!」
ドーゥは2人にそれぞれ、甘えるように顔を擦り付ける。そして洞窟の奥へ帰って行った。蹄の音が遠ざかり、やがて反響でも聞こえなくなる。それを確かめてからルルは仮面を着けると、アルナイトと共に地上へ上がった。
地上はもう暗く、真っ白な月が雲間から見える。ルルは出入り口の鉱石に両手を置き、意識を集中させた。徐々に、穴から湖の付近までが鉱石で埋まっていく。このくらいかとひと息ついたあと、また力を込めて、最後に別の鉱石を生み出した。
この世界には、数少ないが魔法を通さない鉱石が存在する。念のため、その鉱石を膜で作って覆った。
アルナイトは仮面を付け直すルルの横顔を見つめる。
「良かったのか? 記録」
『いいの。他の方法は、探せばあるから』
アルティアルの安全を考えれば、記録を無かった事にしたって構わない。それに、自分の芸術をもう理解しているから、他の手段だっていくらでも見つけられる。
「あ、オレ覚えてるけど大丈夫かな?」
『全く知られない、というのも、少し危険だから。でも、内緒だよ?』
「しーっだな」
アルナイトはいつもより声をひそめ、笑顔を描く口に人差し指を当てた。ルルは口からふふっと息を吐くと、真似て指を唇に置いた。その直後、鉱石の耳が遠くから声を拾う。
『リッテ?』
「お?」
控えめだが、確かに呼ぶ声が聞こえた。そう思っていれば、小走りで祭壇広場の入り口をリッテが通りかかった。アルナイトが大きく手を振って気付かせると、彼は駆け寄って来る。
「ルル様、ご無事で……!」
『探していたの?』
「ええ、もう夜も遅いので。アウィンは足が動かず、宿で待っています」
『そっか。心配かけて、ごめんね』
「ちょうど解散する所だったんだ」
「そなたは1人で帰れるのか?」
「うん、大丈夫。ルル、じゃあまた明日な!」
『またね。帰り道、気を付けて』
ルルはいつも通り、元気良く手を振って去って行くアルナイトを見送る。同じように見送ったあと、リッテの濃い真紅の全眼が石像を見た。
『どうしたの?』
「あ……いいえ。ん? ルル様、靴はどうなされたのですか?」
ルルは指摘に、仮面の下で目をパチクリさせた。そうだ、仮面や荷物は無事だったが、靴だけ行方不明だ。少し残念だが、靴は諦めよう。あんな滝から落ちたのだから、そう簡単に再会はできないだろう。それに服と違って、大きさが合わせてくれるものではない。どのみち、どこかの国で新調する事になる。
リッテは残念そうにするルルの足に巻かれた包帯にギョッとする。
「まさかお怪我をなされたのですかっ?」
『少し強く、捻っただけだよ。大丈夫』
「しかしそのままでは、足が傷付いてしまいます」
『……その心配は、王の体だから? それとも、僕の体だから?』
この質問が、少し意地悪なのをルルは分かっている。しかしリッテは世界の王をとても過信している。だから過保護さが果たして王だからか、それともルルだからかを、知りたかった。するとリッテは珍しくキョトンとしてかた、ふっと可笑しそうに笑って片膝をつく。
「後者でございます」
『本当?』
「ええ。ところでルル様、私が触れることは、不愉快ではありませんか?」
『? ううん』
「では、失礼して」
そう言うと、リッテはルルを軽々抱き上げた。ルルは驚いて反射的に首にしがみつく。
「足も痛むでしょう? さあ、帰りましょう。手当をしなくては」
『……重くない?』
「こう見えて力はあるのですよ。剣は得意ですからね」
ルルはふふっと息を零しながら「そう」と呟き、大人しくリッテに身を委ねた。彼らは気付かない。祭壇広場から出た自分たちの後ろ姿を、無機質な石の目が見つめているのを。
アルナイトはこの下がマグマで、洞窟を作っている所々に見えたのが銀であるのを思い出す。たしかに、金を生成する条件は満たされている。それでも、こんな巨大なものは生涯の中で拝めるとは、誰も夢にも見ない。
『……宝』
「へ?」
頭の中に呟かれた言葉はアルナイトにとって耳慣れず、金塊を見上げるルルに首をかしげた。ルルは彼女の口の堅さを信じて、リベルタから訪れた商人が怪しい動きをし、ここにしかない宝を求めているというにを説明した。
直接顔を見た事はないが、アヴィダンの存在は知っていた。その名前の商人から、いくつか画材を買ったとジオードが言っていたのだ。画材はフロゥとアルナイトにも分けられ、今は工房に置いてある。ルルにそう言うと、彼は口元に指を添えて少し黙り込んだ。
『その画材、今度僕に、見せてほしい』
「分かった。オレが貰ったやつ見せるな。先生にも、アヴィダンに気を付けた方がいいって言ってもいいか?」
『そうだね。もう、彼から商品は、買わないでって、伝えてくれれば』
ジオードは目利きだろうが、相手も手練れだ。念のため、買った画材に危険が無いかを確かめておきたい。既に使っているらしいフロゥに何も無ければいいが。
「にしても、すっごいでかい金だな……!」
『本当に。ここの鉱石で、こんなに生成されるのは、珍しい』
「やっぱ、アイヴィダンの宝ってのも?」
ルルは虹の目で金の大木を見上げたまま、静かに頷いた。ルナーや国宝以外、別の国にまで来て居座り続ける理由には充分。これほどの量を手に入れれば、世界のバランスが崩れる。やがて金の存在を知った他国同士で戦争だって起こりうるだろう。なにせこれは、世界で各国を牛耳れる権力の塊なのだから。
虹の両目が、ゆっくりと上下に動く。なるほど、この金がどうしてこのような形なのか、少し理解した。ドーゥから降り、まだ少し痛みのある足を庇いながら、黄金の大木の幹を撫でる。
『1つも、持って行っては、ダメ』
「なんでだ?」
『この大木は、アルティアルの、命だから』
もちろん持って帰る気はない。どこで手に入れたかと色々探られて、隠されたここを暴かれるから。まあほんの少し、画材として使いたいと思ってしまったのは内緒だが。しかしアルナイトは抽象的な言葉に、首をかしげてからまた大木を見上げる。
『アルティアルの地盤は、奇跡なんだ。ここの鉱石は、とても脆い。国を築けないほど』
「んえ?」
『この金が、アルティアルを支えている』
「えぇっ!」
『その通りです』
アルナイトの驚愕で響いた声に、別の静かな声が混ざった。2人に聞こえた肯定は、どちらのでもない。正体を探ろうと一緒に辺りを見渡す。金の大木とその真下にあるマグマの沼によって明るいここは、今までと同じ鏡のような石で構成されている。だから、鉱石の壁に映っているのは2人だけだった。
しかしアルナイトは違和感に気付く。鏡の中から、ルルがこちらを見ている。しかし隣に居る映っている本人は、声を探そうと別の方向を見ていた。瞬時に思い出すのは、鏡から出てきた偽物の自分。
アルナイトは咄嗟にルルに抱きついて短い悲鳴をあげる。突然の間近での大声に、ルルはビクッと肩を跳ねさせた。
「あ、あれ!」
「?」
気配と音、匂いなどで世界を見るルルには、鏡に自分が映る事も分からない。ルルはただアルナイトが示す指の気配を、不思議そうにたどった。
言われてみれば、微かな視線を感じる。ルルは、怯えながらも自分を守ろうとするアルナイトを後ろに立たせ、自分の鏡と向き合う。鏡の中の彼が、静かに瞬きをした。そして胸に手を添え、静かに会釈する。
『世界の王、よくいらっしゃいました。神の姿をお借りする事を、どうかお赦しください。私は姿を持てない故』
『僕の声?』
「ううん。似てるけど、ちょっと違うな」
『……貴方は、何? アルナイトに、ひどい事をしたのも、貴方?』
『申し訳ございません。この木を守るため、侵入者は排除する必要があるのです』
ルルを模した彼は、この土地に宿る魂だと名乗った。長い間ここを守り、人々が国を築いた今までをずっと見てきた。そして遠い昔、まだ数十という小国にも満たないほどしか人が居なかった頃、ここに、大戦争を世界の王と終着に導いた、大魔法使いが訪れた。
大魔法使いは、この土地に眠る金の大木を見て、人間の目に留まれば、争いが再度生まれると懸念した。大戦争が終着したあとではあったが、争いは小さなものから伝染していくものだと。だがこの大木こそが、人々の命を支えている。だからこの大木をどうするか、判断を後に生まれる世界の王に託した。
『だから僕だけが、入れるような仕掛けを』
『はい。ドーゥはそれまでの案内人です。世界の王よ、どうなされますか?』
どう、と言われても、突然すぎる。ルルは考え込むように、口元を指で隠す。ここに入れる人間なんていない。だがあくまでも仕掛けだ。暴かれない確実性など無い。
しばらくの間閉じられていた虹の目がゆっくり開く。
『アルナイト、ここの穴が書かれた、資料ある?』
「え、うん」
ルルは古い書物を受け取ってから本を取り出すと、この洞窟内を書き残したページを開けた。そして数枚に渡った記録を、書物と一緒にその場で破き捨てる紙はヒラヒラと落ちていき、マグマによって溶かされた。
アルナイトは急な行動に驚いて目を丸くした。書物は構わないが、ルルにとって本に書いた記録は、芸術祭に出す大事なものだ。
『これで、ここの記録は、全て消えた。そして外に出たあと、僕らが通った、最初の道を、鉱石で埋める』
湖を渡る時に使ったあのダイヤとサファイアを混ぜて作った、あの頑丈な鉱石で塞ぐ。そうすれば、人間の作る道具では壊せないものができる。そして最後に、その上から魔法も通さない鉱石の膜を施す。そうすれば誰も入れない。できるのも、存在を知っているルルだけ。次の世界の王には、存在すら知られない。ドーゥは洞窟で過ごした時間が長く、外には対応できない体だ。この広い空間があれば、充分余生を過ごせるだろう。
これしか思いつけない。国を保つためには大木の存在が必要。だが存在すれば見つかってしまう。だから、最低限の行動だ。しかし鏡のような岩に映ったルルは、穏やかな笑顔を作った。ルル本人は変わらない表情だ。
『感謝申し上げます、世界の王。これで……ようやく──』
言葉は少しずつ溶けるように小さくなり、やがて最後まで告げられずに消えた。同時に、岩の中の虚像が消える。どうやら映っていたのは岩の特性ではなく、魂の存在だったようだ。
「消えちゃった」
『……きっと、休みたかったんだ』
ドーゥがキュウキュウと鳴きながら、ルルの頭をツンツン突く。ルルは「うん、そうだね」と言って首を優しく撫でた。どうやら送ってくれるらしい。2人は来た時と同じように、ドーゥの広い背中に乗って地上への道をたどった。道はいくつかあるようで、最初にルルたちが見た湖は通らなかった。
もうあとは、のぼれば出口の広場に出る。そこへの道は、ドーゥの体は大きすぎて通れない。ここでお別れだ。ルルはドーゥの鼻先にキスをする。
『ありがとう。さようなら、元気でね』
「ここまでありがとな!」
ドーゥは2人にそれぞれ、甘えるように顔を擦り付ける。そして洞窟の奥へ帰って行った。蹄の音が遠ざかり、やがて反響でも聞こえなくなる。それを確かめてからルルは仮面を着けると、アルナイトと共に地上へ上がった。
地上はもう暗く、真っ白な月が雲間から見える。ルルは出入り口の鉱石に両手を置き、意識を集中させた。徐々に、穴から湖の付近までが鉱石で埋まっていく。このくらいかとひと息ついたあと、また力を込めて、最後に別の鉱石を生み出した。
この世界には、数少ないが魔法を通さない鉱石が存在する。念のため、その鉱石を膜で作って覆った。
アルナイトは仮面を付け直すルルの横顔を見つめる。
「良かったのか? 記録」
『いいの。他の方法は、探せばあるから』
アルティアルの安全を考えれば、記録を無かった事にしたって構わない。それに、自分の芸術をもう理解しているから、他の手段だっていくらでも見つけられる。
「あ、オレ覚えてるけど大丈夫かな?」
『全く知られない、というのも、少し危険だから。でも、内緒だよ?』
「しーっだな」
アルナイトはいつもより声をひそめ、笑顔を描く口に人差し指を当てた。ルルは口からふふっと息を吐くと、真似て指を唇に置いた。その直後、鉱石の耳が遠くから声を拾う。
『リッテ?』
「お?」
控えめだが、確かに呼ぶ声が聞こえた。そう思っていれば、小走りで祭壇広場の入り口をリッテが通りかかった。アルナイトが大きく手を振って気付かせると、彼は駆け寄って来る。
「ルル様、ご無事で……!」
『探していたの?』
「ええ、もう夜も遅いので。アウィンは足が動かず、宿で待っています」
『そっか。心配かけて、ごめんね』
「ちょうど解散する所だったんだ」
「そなたは1人で帰れるのか?」
「うん、大丈夫。ルル、じゃあまた明日な!」
『またね。帰り道、気を付けて』
ルルはいつも通り、元気良く手を振って去って行くアルナイトを見送る。同じように見送ったあと、リッテの濃い真紅の全眼が石像を見た。
『どうしたの?』
「あ……いいえ。ん? ルル様、靴はどうなされたのですか?」
ルルは指摘に、仮面の下で目をパチクリさせた。そうだ、仮面や荷物は無事だったが、靴だけ行方不明だ。少し残念だが、靴は諦めよう。あんな滝から落ちたのだから、そう簡単に再会はできないだろう。それに服と違って、大きさが合わせてくれるものではない。どのみち、どこかの国で新調する事になる。
リッテは残念そうにするルルの足に巻かれた包帯にギョッとする。
「まさかお怪我をなされたのですかっ?」
『少し強く、捻っただけだよ。大丈夫』
「しかしそのままでは、足が傷付いてしまいます」
『……その心配は、王の体だから? それとも、僕の体だから?』
この質問が、少し意地悪なのをルルは分かっている。しかしリッテは世界の王をとても過信している。だから過保護さが果たして王だからか、それともルルだからかを、知りたかった。するとリッテは珍しくキョトンとしてかた、ふっと可笑しそうに笑って片膝をつく。
「後者でございます」
『本当?』
「ええ。ところでルル様、私が触れることは、不愉快ではありませんか?」
『? ううん』
「では、失礼して」
そう言うと、リッテはルルを軽々抱き上げた。ルルは驚いて反射的に首にしがみつく。
「足も痛むでしょう? さあ、帰りましょう。手当をしなくては」
『……重くない?』
「こう見えて力はあるのですよ。剣は得意ですからね」
ルルはふふっと息を零しながら「そう」と呟き、大人しくリッテに身を委ねた。彼らは気付かない。祭壇広場から出た自分たちの後ろ姿を、無機質な石の目が見つめているのを。
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