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【宝石少年と芸術の国】
命を吸うペン
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アヴィダンはただ静かに会釈するだけで、何も言わない。フロゥも軽くそれに返し、少し遠慮しつつも展望台から景色を眺めた。やはりここの眺めは、いつ見てもいい。濃い緑色の髪を揺らすそよ風が、胸に居座るモヤを攫ってくれる気がした。
フロゥはスケッチブックを開き、少し久しぶりにペンを握った。装飾のダイヤモンドが、太陽にキラキラと美しく反射する。
「おや、そのペンは」
「? 何か?」
今まで大人しく眺めているだけだったアヴィダンは、少し嬉しそうにする。フロゥは不審そうに首をかしげた。
「突然失礼いたしました。アタクシ、リベルタの商人をしております。そちらのペンは、ジオード様が弟子に渡すとおっしゃっていたので、つい」
「あぁ、貴方が。私はフロゥと言います」
ジオードはアヴィダンから、いくつか質のいい商品を買った。そしてその日工房に居たフロゥにまず選ばせていた。アヴィダンはその話を聞いて、なるほどと頷く。彼から、とある情報を聞き出していたのを思い出す。それはジオードの弱みであり、扱いやすい材料だった。
「いかがです? そのペンの使い心地は。ジオード様は目が肥えているだけあって、良い商品を選んで下さった。お弟子さんが羨ましい」
「ええ、選ばれただけある商品です。師は厳しい人なので、中々他国の商人から物を買う事はないのですが。相当商品が気に入ったのでしょう。使い心地も気に入りました」
「それは良かった。手に馴染みますかね?」
「え? あぁ……まだ使って数日ですので、それはなんとも」
フロゥは、新しい物を買ったら積極的にそれを使うようにしている。自分と相性がいいかを見極めるためだ。そしてできるだけ早く自分の道具とするために。そうしてしばらく一緒に描いてみて、馴染まず自分の道具にならなければ、その筆やペンは別の人物に相応しい物だと判断している。
芸術の道具というのは、優れていればいい物を描けるわけではない。道具と扱う人物との相性が良くて初めて、いい作品が作れるのだ。
アイヴィダンは紙の上を滑るペンを、しばらくじっと見つめる。
「まだ、そのペンの本領を発揮できていない様子。お師匠様から聞きませんでしたかな? そのペンは、生きていると」
「? もちろん、道具を生かすも殺すも芸術家次第ではありますが……」
不思議そうに言うフロゥに、アヴィダンは首を大袈裟に大きく、ゆっくりと横に振った。フロゥはその仕草に書くのをやめ、アヴィダンに体を向けた。
彼が貰った筆やペンは特殊だ。生きているというのは、謳い文句でも抽象的な表現でもない。本当に、生き物の命を吸って成長し、美しい色を見せるのだ。その説明に、フロゥはギョッとしてペンを見下ろした。ジオードからの説明では、筆先やペン先が顔料にはできない物から色を吸収し、成長すると聞いている。確かに特殊ではあるが、そんな恐ろしい話ではなかった。
「そんな話は聞いていません……! そんな、まるで呪いの道具だなんて」
「勘違いしなさるな。何も人間や動物から取る必要はございません」
「……いや、これはお返しします。ルナーは返さなくて結構です」
「いいんですか? もう一人のお弟子に勝てませんよ?」
フロゥは青の混ざった緑色の目を見開く。この商人はどこまで知っているのか。しかし失礼だと思うのと同時、自分が情けなくなった。きっとジオードが自分の作品に思うところがあったのだろう。師に要らぬ心配をさせ、こんな恐ろしいものをつかまさせてしまった。
「もったいない……せめて一度、これでお試しになってみては?」
アヴィダンが差し出したのは、一輪の赤い花。目が覚めるような鮮やかさが美しく、たった一輪でも充分惹きつける。
「結構です」
「何を恐れていらっしゃる? 返す返さないは自由ですが、せっかく手にしたのですから、美しい色を見てからでも」
アヴィダンは返そうと差し出されたフロゥの手首を取ると、半ば強引に花にペン先を触れさせた。フロゥは驚いたあまり、彼の手を振り解いて距離を取る。アヴィダンは大袈裟に両手を上げて見せながら、にやにやとした下品な笑顔を作った。
「充分ですよ」
「は……?」
アヴィダンの手に握られていた花を見れば、すっかり鮮やかさを失った頭を悲しげに俯かせている。ほんのさっきまではまだ瑞々しい姿だったのに、その姿を想像できないほど萎れていた。
そういえばペンが触れていた。そう思ったフロゥの視線は、恐る恐る手元のペンに向けられる。ペン先が、鮮やかな赤い色を放っていた。
「上手くお使いなさい。ソレはもう、貴方を主人にしたのだから」
アヴィダンは聞こえていないかと、クツクツ笑いながら展望台の階段を降りて行った。
フロゥはペン先に付いた赤に魅了されていた。なんて美しいのか。ただの色ではなく、生きている。そんな表現が合う、血よりも鮮やかな赤。
ペンを持つ手が震えている。鮮やかで美しい色を恐ろしいと感じていた。しかし色に魅了された彼は、取り憑かれたようにあの花の畑を描いた。なんて生々しく、呼吸すら感じる絵だろう。こんな色を、絵を描いた事などなかった。
ペンに鼓動を感じる。フロゥはこれが、もっと命を望んでいるのを知った。どうすればコレを満足させ、素晴らしい絵が描けるのかを、彼が完全に理解するまでそう時間は掛からない。
~ ** ~ ** ~
リッテは一人、薄暗い部屋で本を広げていた。ここは宿ではなく、資料室。アルティアルには図書館がない代わり、展望台の地下が資料室となっているのだ。他国の情報が多いのは、やはり異国民同士が集まった国特有だろう。読み応えがあるものが多い。
古い物もあるため、太陽光などで劣化を防ぐために地下に設けたのだろう。母国のリベルタでもこういった保管の仕方は参考になる。と言っても、今日リッテがここに来たのは、それを調査しに来たのではない。ルルから聞いた宝について、少しでも情報が欲しいのだ。
ここに来るまでも情報収集をした。しかし誰もそれらしいものを上げない。示すものと言えば国宝や、芸術作品などだ。同盟国にすら秘密にするのだから、そんな耳慣れたものではないはずだ。
(秘密にしているのか、それとも誰も知らないのか)
リッテが人伝に正体を探るのを諦めたのは、その可能性が大いにあったからだ。国民に尋ねる時、あえて「宝」の事を具体的に伝えなかった。この国は噂が回りやすいため、無駄に変な煙を上げたくなかった。その代わり、国の深くを頭に入れているだろう五大柱には、直接的に「国宝や芸術品以外、アルティアルが持つ宝はあるか」と尋ねた。結果は全員首をかしげるばかり。
しかし収集はあった。ジオードに尋ねたところ、彼は怪訝そうな顔をしながら「他所から来た商人も同じ事を尋ねた」と言ったのだ。つまりルルが言っていた通り、アヴィダンは芸術品以外の宝を探しにここに来ている。
(しかしどこでそんな情報を……?)
これだから欲まみれの人間は大嫌いなんだ。善良な者が居るのは分かっているが、何故こうも欲求に溺れやすい生き物にしたのか、今一度神に尋ねたいものだ。
歴史が浅い国といえど、流石は異国民が集った場所。資料は想像以上に豊富だ。とりあえず、五大柱すら知らないとなるとここを漁るしかない。そもそも、そんなものが資料として遺されているかも怪しいが。
宝とは何か。アルティアルは大きくなければ、基本的な場所が住宅街となっている。だから表側でそんな宝が堂々とあるとは思えない。隠されている? どこに?
(宝……。国宝やルルの石以外、そこまで重宝される物などあるのか?)
全く想像が付かない。何故こうも面倒な隠し方をしているのだろうか。見てはならないものか。たとえば、もし人の手に渡ればそれを巡って争いが起きるとか。
上から、カンカンカンと音が降ってきた。地上の展望台から誰かが戻ってきたのだろう。するとリッテは咄嗟に、棚が作る影に身を潜めた。足音が離れず、むしろ大きくなっている。
足音は地下の階段を下り、資料室にやって来た。
「はあ、この体は重くてかなわん」
文句を垂れながら顔を見せたのはアヴィダンだった。リッテはひとまず、音を立てず暗闇に隠れ続けて聞き耳を立てる。幸い、アヴィダンは他人の存在に気付いていない。
「下準備は整った。その間に早く見つけてしまおう」
無駄口の多い男で助かった。アヴィダンは資料を選びながら、ブツブツと不満を続ける。高揚しているのか、クククッと愉快そうな笑い声を抑えられずにいた。
「見つかりさえすれば、一生困らない。しかし……やはり地上には無いか?」
しばらく逡巡して本棚を漁るが、すぐに「どれも役に立たんな」と吐き捨てて資料室から出て行った。地上へ繋がる重たい扉が、完全に僅かな陽光も断ち切ったところで、リッテはようやく影から出た。
アヴィダンがここに来たのは、やはり宝目当て。存在は知っていても、肝心の場所まではまだ分かっていないようだ。しかし彼がそこまでして手に入れたい物とはなんだろうか。
(一生困らない……。人間がそう言うとなれば、ルナーくらいか)
だがルナーは人間が作った人工石。そして大体の国は、各々一定の量を決められているため、それ自体が貯蓄されているとは思い難い。なにせ生成できる国が限られているから。となれば、別にルナーに変換できる存在か。
リッテは彼が零した思考の一部を反芻する。そういえば、他に「地上にはない」と言っていた。やはり自然に生成され、一生困らない分のルナーに匹敵するもの。
ふとリッテは、思考から下がっていた視線を引き上げる。そして思い立ったように地上への梯子を登った。彼にしては足取りが急いでいて、少し慌ただしい。足早に向かったのは、国を包むように隔たる壁。人が通らないのを確かめてしゃがみ込むと、壁の根本にナイフを突き立てる。大小の欠片が落ちると、それを口へ放って噛み砕いた。
リッテの体には人間の血が混ざっているが、そこまでオリクトの民との差は生まれていない。主食も宝石や鉱物で、変わったといえば、他の同族よりも多少人間の食べ物を食べられるくらいだ。
石に味が無いというのは間違いだ。もちろん他種族のような豊かさは無い。しかし石によって舌での感じ方は違う。それは石を主食とするオリクトの民の舌が特殊な味蕾を持つからだ。基本的には、石の種類や本物か精巧な人工物かくらい判別できる。だからリッテは、このアルティアルを構成している石の分析ができた。
「これは……まさか」
この味は間違いないが、信じられない。何故ならソレは限られた国でしか生成されず、とても貴重だからだ。もし間違っていなければ、アヴィダンが必死に探す「宝」と呼んでいいものだ。そして情報が他国にでも渡れば、たちまちアルティアルは争いに巻き込まれる事になる。
フロゥはスケッチブックを開き、少し久しぶりにペンを握った。装飾のダイヤモンドが、太陽にキラキラと美しく反射する。
「おや、そのペンは」
「? 何か?」
今まで大人しく眺めているだけだったアヴィダンは、少し嬉しそうにする。フロゥは不審そうに首をかしげた。
「突然失礼いたしました。アタクシ、リベルタの商人をしております。そちらのペンは、ジオード様が弟子に渡すとおっしゃっていたので、つい」
「あぁ、貴方が。私はフロゥと言います」
ジオードはアヴィダンから、いくつか質のいい商品を買った。そしてその日工房に居たフロゥにまず選ばせていた。アヴィダンはその話を聞いて、なるほどと頷く。彼から、とある情報を聞き出していたのを思い出す。それはジオードの弱みであり、扱いやすい材料だった。
「いかがです? そのペンの使い心地は。ジオード様は目が肥えているだけあって、良い商品を選んで下さった。お弟子さんが羨ましい」
「ええ、選ばれただけある商品です。師は厳しい人なので、中々他国の商人から物を買う事はないのですが。相当商品が気に入ったのでしょう。使い心地も気に入りました」
「それは良かった。手に馴染みますかね?」
「え? あぁ……まだ使って数日ですので、それはなんとも」
フロゥは、新しい物を買ったら積極的にそれを使うようにしている。自分と相性がいいかを見極めるためだ。そしてできるだけ早く自分の道具とするために。そうしてしばらく一緒に描いてみて、馴染まず自分の道具にならなければ、その筆やペンは別の人物に相応しい物だと判断している。
芸術の道具というのは、優れていればいい物を描けるわけではない。道具と扱う人物との相性が良くて初めて、いい作品が作れるのだ。
アイヴィダンは紙の上を滑るペンを、しばらくじっと見つめる。
「まだ、そのペンの本領を発揮できていない様子。お師匠様から聞きませんでしたかな? そのペンは、生きていると」
「? もちろん、道具を生かすも殺すも芸術家次第ではありますが……」
不思議そうに言うフロゥに、アヴィダンは首を大袈裟に大きく、ゆっくりと横に振った。フロゥはその仕草に書くのをやめ、アヴィダンに体を向けた。
彼が貰った筆やペンは特殊だ。生きているというのは、謳い文句でも抽象的な表現でもない。本当に、生き物の命を吸って成長し、美しい色を見せるのだ。その説明に、フロゥはギョッとしてペンを見下ろした。ジオードからの説明では、筆先やペン先が顔料にはできない物から色を吸収し、成長すると聞いている。確かに特殊ではあるが、そんな恐ろしい話ではなかった。
「そんな話は聞いていません……! そんな、まるで呪いの道具だなんて」
「勘違いしなさるな。何も人間や動物から取る必要はございません」
「……いや、これはお返しします。ルナーは返さなくて結構です」
「いいんですか? もう一人のお弟子に勝てませんよ?」
フロゥは青の混ざった緑色の目を見開く。この商人はどこまで知っているのか。しかし失礼だと思うのと同時、自分が情けなくなった。きっとジオードが自分の作品に思うところがあったのだろう。師に要らぬ心配をさせ、こんな恐ろしいものをつかまさせてしまった。
「もったいない……せめて一度、これでお試しになってみては?」
アヴィダンが差し出したのは、一輪の赤い花。目が覚めるような鮮やかさが美しく、たった一輪でも充分惹きつける。
「結構です」
「何を恐れていらっしゃる? 返す返さないは自由ですが、せっかく手にしたのですから、美しい色を見てからでも」
アヴィダンは返そうと差し出されたフロゥの手首を取ると、半ば強引に花にペン先を触れさせた。フロゥは驚いたあまり、彼の手を振り解いて距離を取る。アヴィダンは大袈裟に両手を上げて見せながら、にやにやとした下品な笑顔を作った。
「充分ですよ」
「は……?」
アヴィダンの手に握られていた花を見れば、すっかり鮮やかさを失った頭を悲しげに俯かせている。ほんのさっきまではまだ瑞々しい姿だったのに、その姿を想像できないほど萎れていた。
そういえばペンが触れていた。そう思ったフロゥの視線は、恐る恐る手元のペンに向けられる。ペン先が、鮮やかな赤い色を放っていた。
「上手くお使いなさい。ソレはもう、貴方を主人にしたのだから」
アヴィダンは聞こえていないかと、クツクツ笑いながら展望台の階段を降りて行った。
フロゥはペン先に付いた赤に魅了されていた。なんて美しいのか。ただの色ではなく、生きている。そんな表現が合う、血よりも鮮やかな赤。
ペンを持つ手が震えている。鮮やかで美しい色を恐ろしいと感じていた。しかし色に魅了された彼は、取り憑かれたようにあの花の畑を描いた。なんて生々しく、呼吸すら感じる絵だろう。こんな色を、絵を描いた事などなかった。
ペンに鼓動を感じる。フロゥはこれが、もっと命を望んでいるのを知った。どうすればコレを満足させ、素晴らしい絵が描けるのかを、彼が完全に理解するまでそう時間は掛からない。
~ ** ~ ** ~
リッテは一人、薄暗い部屋で本を広げていた。ここは宿ではなく、資料室。アルティアルには図書館がない代わり、展望台の地下が資料室となっているのだ。他国の情報が多いのは、やはり異国民同士が集まった国特有だろう。読み応えがあるものが多い。
古い物もあるため、太陽光などで劣化を防ぐために地下に設けたのだろう。母国のリベルタでもこういった保管の仕方は参考になる。と言っても、今日リッテがここに来たのは、それを調査しに来たのではない。ルルから聞いた宝について、少しでも情報が欲しいのだ。
ここに来るまでも情報収集をした。しかし誰もそれらしいものを上げない。示すものと言えば国宝や、芸術作品などだ。同盟国にすら秘密にするのだから、そんな耳慣れたものではないはずだ。
(秘密にしているのか、それとも誰も知らないのか)
リッテが人伝に正体を探るのを諦めたのは、その可能性が大いにあったからだ。国民に尋ねる時、あえて「宝」の事を具体的に伝えなかった。この国は噂が回りやすいため、無駄に変な煙を上げたくなかった。その代わり、国の深くを頭に入れているだろう五大柱には、直接的に「国宝や芸術品以外、アルティアルが持つ宝はあるか」と尋ねた。結果は全員首をかしげるばかり。
しかし収集はあった。ジオードに尋ねたところ、彼は怪訝そうな顔をしながら「他所から来た商人も同じ事を尋ねた」と言ったのだ。つまりルルが言っていた通り、アヴィダンは芸術品以外の宝を探しにここに来ている。
(しかしどこでそんな情報を……?)
これだから欲まみれの人間は大嫌いなんだ。善良な者が居るのは分かっているが、何故こうも欲求に溺れやすい生き物にしたのか、今一度神に尋ねたいものだ。
歴史が浅い国といえど、流石は異国民が集った場所。資料は想像以上に豊富だ。とりあえず、五大柱すら知らないとなるとここを漁るしかない。そもそも、そんなものが資料として遺されているかも怪しいが。
宝とは何か。アルティアルは大きくなければ、基本的な場所が住宅街となっている。だから表側でそんな宝が堂々とあるとは思えない。隠されている? どこに?
(宝……。国宝やルルの石以外、そこまで重宝される物などあるのか?)
全く想像が付かない。何故こうも面倒な隠し方をしているのだろうか。見てはならないものか。たとえば、もし人の手に渡ればそれを巡って争いが起きるとか。
上から、カンカンカンと音が降ってきた。地上の展望台から誰かが戻ってきたのだろう。するとリッテは咄嗟に、棚が作る影に身を潜めた。足音が離れず、むしろ大きくなっている。
足音は地下の階段を下り、資料室にやって来た。
「はあ、この体は重くてかなわん」
文句を垂れながら顔を見せたのはアヴィダンだった。リッテはひとまず、音を立てず暗闇に隠れ続けて聞き耳を立てる。幸い、アヴィダンは他人の存在に気付いていない。
「下準備は整った。その間に早く見つけてしまおう」
無駄口の多い男で助かった。アヴィダンは資料を選びながら、ブツブツと不満を続ける。高揚しているのか、クククッと愉快そうな笑い声を抑えられずにいた。
「見つかりさえすれば、一生困らない。しかし……やはり地上には無いか?」
しばらく逡巡して本棚を漁るが、すぐに「どれも役に立たんな」と吐き捨てて資料室から出て行った。地上へ繋がる重たい扉が、完全に僅かな陽光も断ち切ったところで、リッテはようやく影から出た。
アヴィダンがここに来たのは、やはり宝目当て。存在は知っていても、肝心の場所まではまだ分かっていないようだ。しかし彼がそこまでして手に入れたい物とはなんだろうか。
(一生困らない……。人間がそう言うとなれば、ルナーくらいか)
だがルナーは人間が作った人工石。そして大体の国は、各々一定の量を決められているため、それ自体が貯蓄されているとは思い難い。なにせ生成できる国が限られているから。となれば、別にルナーに変換できる存在か。
リッテは彼が零した思考の一部を反芻する。そういえば、他に「地上にはない」と言っていた。やはり自然に生成され、一生困らない分のルナーに匹敵するもの。
ふとリッテは、思考から下がっていた視線を引き上げる。そして思い立ったように地上への梯子を登った。彼にしては足取りが急いでいて、少し慌ただしい。足早に向かったのは、国を包むように隔たる壁。人が通らないのを確かめてしゃがみ込むと、壁の根本にナイフを突き立てる。大小の欠片が落ちると、それを口へ放って噛み砕いた。
リッテの体には人間の血が混ざっているが、そこまでオリクトの民との差は生まれていない。主食も宝石や鉱物で、変わったといえば、他の同族よりも多少人間の食べ物を食べられるくらいだ。
石に味が無いというのは間違いだ。もちろん他種族のような豊かさは無い。しかし石によって舌での感じ方は違う。それは石を主食とするオリクトの民の舌が特殊な味蕾を持つからだ。基本的には、石の種類や本物か精巧な人工物かくらい判別できる。だからリッテは、このアルティアルを構成している石の分析ができた。
「これは……まさか」
この味は間違いないが、信じられない。何故ならソレは限られた国でしか生成されず、とても貴重だからだ。もし間違っていなければ、アヴィダンが必死に探す「宝」と呼んでいいものだ。そして情報が他国にでも渡れば、たちまちアルティアルは争いに巻き込まれる事になる。
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