宝石少年の旅記録

小枝 唯

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【宝石少年と芸術の国】

アヴィダンという商人

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 いざ探索をしようとした二人だったが、姿は外にはなく、ルルたちが宿にしている家にあった。時間は有限だが、計画を立てなければその時間も無駄にしてしまう。まずは基礎知識をつけたい。
 アルティアルは小さいと言えど、国を歩けば四日はかかる。それも、飲まず食わず眠らず歩き続けての結果だ。それこそあちこちを見て、国についてじっくり学んでなんてやっていれば、一週間なんてあっという間だ。

『みんなが、知っている事を、書いても……ここで発表するには、意味がないと思う』

 記録としては充分に成り立つが、今回は目的にそぐわない。だからこの五日間の探索は、日常生活には必要ないが、冒険心には火が付くような場所を重点的に調べるつもりだ。
 しかし何も知らないルルは、まず基礎を理解する事から始めなければいけなかった。基礎を知って、初めて冒険できる。

『歴史は少し、本や住民に聞いて、理解したよ。だから、知りたいのは、国の形状から成り立つ、文化かな』
「形状か、形状だな、よし! ……形状?」

 淡々と並ぶ言葉が、アルナイトには難しかったようだ。ルルは分かりやすい具体例がないかと、彼女と一緒に首を傾げる。そこでふと、家の天井を見上げた。

『たとえば……家とか?』
「家?」
『うん。アルティアルは、国全体が、こう……器のようでしょ? その場合、普通なら、平坦である中央に、建物が集まる。でも、わざわざ斜面に、建てられている』

 ルルはアルナイトに、今まで訪れた国の全体図を書いたページを見せる。
 国と認められるには、自然が五割以上残っているというのが絶対条件だ。だから住みやすさだけを考えた改築は禁止。そのため、どの国も形状を利用した住み方をしている。だがやはり、ほとんどの国は平坦な場所に住宅街を置く事を好んでいた。
 アルナイトは「それなら知ってるぞ!」と自信満々に立ち上がる。

「アルティアルの家って、元々自然にあった岩の柱を削って作ったんだ。んで、その利用できる柱が、斜面にしかなかったってわけだな!」
『じゃあこの家も、最初の住人が削って、今があるんだ』

 そのため、自然と斜面が住宅街となったのだ。
 ルルは椅子から腰を上げ、本棚などの家具の隙間をそっと撫でる。そういえば、アルナイトとフロゥの使う工房も、ファルベたちが経営するピンクローズも、床だけが木板で壁は同じ鉱石だった。匂いもこの国全体を作る物と一緒だ。
 アルティアルは岩の上で神が寝そべって、こういった形になったという伝承がある。大きな岩の上に寝たため、神の居た場所は平面になり、それ以外は元のままなのだ。
 巨大な岩からできた国。だから緑などの自然は、住民があとから植えた物だけ。だが国の周りは、まるで夢の中にいる神を守るかのように、豊かに緑が生い茂っている。ルルたちがアルナイトと出会ったあの川辺も、その一部だ。

『周りの自然も、行ってみたいなぁ』
「オレも! あそこに、いい顔料があるんだ。やっぱり欲しい!」
『採れなかったって、言っていた?』
「そ。あれ自体に色はないんだけどな。でも、混ぜると艶が出て、すっごい綺麗なんだ。オレの番になったら、採り行くの手伝ってくれな!」
『もちろん』

 ルルは紺色の本をめくり、端にメモを取る。ひとまずは自分用だ。隣に国を模して図を書いていると、ピタリと手が止まる。

『雨は洪水とかに、ならないの?』

 岩の窪みには、水が溜まる。しかしそれを大きくしたような国なのに、以前の雨の日、それが全く気にならなかった。

「これも自然にできたのなんだけどな、所々に水が逃がせる穴が空いてるんだ。斜めだからそこに自然と流れてくから、雨対策もバッチリなんだぞ! 普段は落っこちないように、水だけ通せる網の蓋がされてるしな」

 この形では、水の流れも長年同じだろう。そうなれば少しずつ岩は削られて行く。長い月日をかけて、今が出来上がったのだ。

『じゃあ、その中って、どうなってるんだろう?』
「それは…………どうなってるんだろ?」

 どれかは水を外に逃すため川に繋がっているはず。しかし他の穴の先に何があるか、考えた事がない。きっと誰も入ろうとした事なんてないだろう。
 再び一緒に首を傾げていたルルとアルナイトは、顔を見合わせる。二人とも、言葉を交わさずとも同じ考えなのか、表情が楽しそうだ。

「決まった!」
『うん。明日から、穴の探索』
「何時にする?」
『時計、読めないんだ。鳥の声が、聞こえたらは……どう?』
「んじゃあそのくらいに、祭壇広場に集合な!」

 おそらく、アルティアルではまだ暗い時間帯だ。しかしここの日照りは十時間もないのだから、そのくらいの時間に集まらなければ、帰りが危険になる。もちろん野宿が必要な場合も考慮するが。
 とりあえず今日は計画決めを終え、解散する事となった。お互い明日に向けて、体力を温存したい。

「じゃあまた明日な!」
『うん、また。気を付けて、帰ってね』

 アルナイトは玄関先で見送るルルへ大きく手を振り、しばらく進んだところで、今度は両手で手を振った。ルルは緩く手を振り返し、彼女が背を完全に背を向いたのを気配で知ると、ゆっくりドアを閉める。

「ルル様、今お時間よろしいでしょうか?」

 相変わらず丁寧な言葉を向けたのは、リッテだった。アウィンと歌について練っていたようだが、何やら顔が悩ましげだ。ルルは声をかけながらもなお、難しそうな表情の彼を不思議そうに見上げる。

『どうかしたの?』
「我が国のリベルタより、商人が遅れて到着した報告を受けたのです。その事について、少し」

 一階のダイニングのテーブルには、アウィンが紅茶を用意して待っていた。ルルも促されて座り、ひと口啜る。リッテは未だ迷いの時間を稼ぐかのように紅茶を飲み、深く息を吐いた。
 そんな言いづらそうな彼に、ルルから尋ねる。

『商人が来たのは、同盟の関係?』
「はい。自国の商品など、住民との身近な近付きも含めて、元より手配する予定でした。それこそ、残りの柱やアウィンの父も一緒に」

 ただ、アウィンの父であるラピスや他の柱たちは、リベルタから離れられない状況になってしまったという。だから手の空いている商人だけが、予定通りやって来た。
 ラピスたちに会えないのは残念だが、それは仕方ない事だ。同盟国と言っても距離は離れている。そう簡単に行き来できるわけではないから、商人だけでもよこすのは無難な考えだ。
 しかし何やらリッテたちが問題視しているのは、ラピスたちが来られない事でも、遅れて到着した事でもなさそうだ。

「ルルたちが帰ってくる前に、商人が到着を伝えに、ここへ来たのですが……どうやら、リッテが聞いていた話とずいぶん違うようで」
「本来四人のはずが、そのどれも居らず。さらには、来るはずのなかった商人だけが来たのです」

 つまりその商人は元は国にいるはずで、今回は出番ではなかった。それなのに、待っていた四人の代わりに、何故かその商人だけが姿を表したのだ。話によれば、馬車で来る途中、賊に遭って他の四人は助からなかったらしい。
 貴族が抱える商人なのだから、それは珍しくない。賊にとってはいい餌だ。

『その商人、もしかして……来ては、ダメな人?』
「ええ。できれば外に出したくなかった……」
「私も、それには同意です」

 アウィンが嫌うとなれば、相当性格に難のある人物なのだろう。商人は少なからずクセのある者が多いが、今回は目を瞑れないようだ。
 というのもその商人、数百年前は奴隷商人の家系だった。リベルタでは奴隷制度は禁止され、長らく平凡な商売で成り立っている。だがその男、血は争えないのか、どうにも他人を見る目が奴隷を選ぶような視線なのだ。リッテは過去、堂々と「貴方の値打ちは」などと言われたらしい。

「すぐ別の者を手配するよう、手紙は飛ばしましたが……それはまでは、アヴィダンと家名を名乗る商人が居座ります。ルル様もご注意ください。その人物の前では、決してフードや仮面の中は見られぬよう」
『分かった。でも、その人だけよく、無事だったね』
「運だけは強いやつなのです」

 リッテは鬱陶しそうにガーネットの全眼をしかめ、腕組みをしながら大きくため息をつく。

『その人が、ここに来たかった、理由……何か、あるのかな?』
「オリクトの民が居るとの情報を、どこかからか聞きつけたのだと思います」
『……そう』

 それだけにしては、無理に来る理由として弱い気がする。実際そのアヴィダンに会ってみなければ分からないが、もしかしたら別の目的がありそうだ。まだ会った事もない人を疑うのは良くないが、嫌な予感が頭を掠める。

(本当に、四人は賊に、襲われたのかな)
「そろそろ夕食にしましょうか。リッテ、食べていくでしょう?」

 もうそんな時間か。言われれば、腹が忘れていた空腹を思い出したように訴えてくる。
 アウィンに尋ねられ、リッテはうっと表情を緊張に固めた。そして、恐る恐ると言った様子でルルを見る。彼はルルに同席していいかどうか、迷っているのだ。ルルはそれに気付くと、仮面を外してマントを脱ぎ、微笑むように口角を緩ませる。

『みんなで、食べよう? その方が、とても美味しいから』
「ぜひ、ご一緒させていただきます」

 二人以外での食事は久しぶりだ。今日はもう少し、アウィンとリッテの会話を楽しめる。商人の事から今は離れ、ルルは食事の準備に席を立った。

~               **              ~               **                 ~

 アルナイトはなんとかギリギリ、ジオードに宣言した通り夕食前には家に着いた。そこで、チラッと工房に顔を出す。一人座り、キャンバスに向かい合っているフロゥの姿があった。

「フロゥ、お疲れ~!」
「アルナイト、どこに行ってたんだ?」
「ルルと芸術祭の準備!」

 遊んでいると思ったのか、フロゥはやれやれと仕方なさそうな顔をする。アルナイト本人は、具体的な予定が決まった嬉しさで気付いていない。改めて描こうと、キャンバスに向き直った彼の手元を見て、ふと首を傾げた。

「なんだそれ?」
「ん? あぁ、ジオード様が買ってくださったんだ。なんでも、リベルタから商人が来たらしくて」

 そう言って見せて来たのは、キラキラと瞬く筆。一本一本が鉱石の糸で作られている高級品で、書き心地がいい。なんでも糸が色を吸収し、使えば使うほど美しい色を見せるのだとか。

「え、いいな~!」
「お前は遊んでて居なかっただろ」
「遊んでねーもん! せんせーオレもー! あ、フロゥ、そろそろ暗くなるから、気を付けて帰ってな。またな!」

 文句を言いながらも階段を降りたと思ったら、すぐ笑顔で戻って来て、またバタバタと去って行く。そんな慌ただしい彼女に、フロゥは思わず小さく吹き出した。心配しなくても、ジオードはアルナイト用にちゃんと買っている。きっと明日、嬉しそうに見せてくるだろう。
 フロゥはそんな彼女の第一声を予想しながら、密かに楽しそうに笑った。
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