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【宝石少年と芸術の国】
予想外の客人
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二曲目の歌の終わりと共に、人形は優雅に腰を折る。ルルもつられ、胸の前に手を置いて腰を折ったところで、ささやかな舞踏会もお開きとなった。皆満足そうな顔で三人と自分たちへ拍手を送り、マリンへ賞賛の声をかけて散り散りになっていく。
人が少なくなったところで、人形はルルとアウィンへ会釈し、主人の隣に立った。
「二人とも、急に誘ってすまない。でも素晴らしい舞台になったよ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ。とても気持ちよく歌えました」
『楽しかったよ。その人形は?』
「ああ……これが、僕の芸術なんだ。芸術と言われても、あまり代表的な物ではないけどね」
マリンは人形を本物の少年のように抱きかかえると、操っていた糸を見せる。この糸は特殊で、彼の故郷で取れたもの。その国の中央で民を支える大木から分けてもらった、古い木肌を時間かけて糸にしたのだ。
もちろん丈夫で伸縮性があるという、繊維として優れているというのであって、魔法のように物を操れる代物ではない。操る力は、マリン自身のものだ。
『それは、貴方が人間ではない、から?』
「確かマリン殿の種族は──」
アウィンの視線は、最も特徴的である長く鋭い耳に向く。だが言葉が最後まで紡がれるより前に、マリンは彼の唇に指を置いて止めた。目を瞬かせるアウィンにウインクをし、ルルと視線を合わせるために少し腰をかがめる。
「どうぞ、自由に触って僕が何か、当ててごらん。その次は僕の番だ」
ルルはフードの影になった顔をキョトンとさせると、可笑しそうにふふっと息を吐く。素直に言われるより、こういったクイズ形式の方が嬉しいと思うのはどうしてだろう。
マリンは最初、話の流れが種族になったら、改めての自己紹介がてら直接言葉にしようとしていた。それなのにわざわざ回りくどくしたのは、小さな薄青い両手が、興味深そうにしていたから。許しを出すと、手はようやくだと言うように、嬉しそうに顔に触れる。
ルルは基本、匂いで種族を識別する。しかしこの匂いには、まだ遭遇した事がない。そして、彼のものではない別の匂いがして、余計に気になっていた。
人間よりも掘りが深く、目鼻立ちがハッキリしていて、絵に描きやすそうだ。鼻先が他より鋭くなっているように感じる。
「はは、むずむずするね」
『嫌なとこ、触ったら言ってね』
紫の爪を持つ指先が、耳元を掠める。手が一瞬止まり、初めて触る形を頭に覚え込ませるように、何度も何度も優しくなぞった。
堀の深さや鼻の形、そして特徴的な長い耳。文字でだけ、それらの人物像を見た事がある。オリクトの民の次に、自然界に愛されて共生していた種族。成長もゆっくりで、永い時を生きるのが彼らの特徴。
『長寿の耳長族』
「正解だ」
『でも、貴方は目が違う』
そう言って、指が今度は目元を撫でた。左目は透き通るような薄い水色。しかし右目は、ピンク色をした全眼。義眼にしては少し違和感がある。ルルの鼻は、これが過去に誰かのものであったのを脳に伝えている。
すると、マリンはそっとルルの手を握りながら自分の右目に触れた。
「これは、僕の愛しい人の目だ。義眼として使させてもらっているんだ」
『もしかして、その人、オリクトの民?』
「ああ、よく分かったね」
『アルナイトが、先生の友達の恋人が、オリクトの民だって、教えてくれたんだ』
「……なるほど。それを知ったのには、単なる話の流れではないようだね?」
マリンの声音が、僅かに低くなる。ほとんど気づかない程度だが、耳のいいルルにはその意味を理解した。アルナイトが、その人物もこの国に来るまで色々あったと言っていたのを覚えている。警戒するのは無理ない。
ルルはフードを取れない程度に退かす。ちょうど目線を合わせていたマリンは、髪の合間から覗く鉱石に目を丸くした。
『同じなの。話をしたくて、僕から聞いたんだ』
マリンは驚いた様子のまま、アウィンに視線を向ける。彼は頷いた。
「そうか……理解したよ。君がその格好をしているのも。それなら安心して、あの子の家へ案内できるよ。同族と会えればきっと喜ぶ」
マリンの表情は安堵にいつも通りの笑顔となる。二人は彼の案内で、ファルべと言う名のオリクトの民が経営する服屋へ向かう事になった。
着くまでの歩く時間、他愛のない会話に選ばれたのは出身国について。マリンが生まれ、幼少期に育ったのはシュータムだった。シュータムと言えば、過去に出会った少女と同じ。
『シュータム出身の人と、会った事があるよ』
「本当かい? 人間だった?」
『うん。アガットというの』
「おや、彼女はシュータム出身だったのですね」
「アガット? 懐かしい! とても有名なお嬢さんだ。とある日を境に旅に出たと聞いていたけれど……元気だったかい?」
シュータムは大樹から生成される枝に住人が住む。住める人数が限られ、人口は通常の国よりもひと回り程度少ない。そのため、顔見知りが多いのだろう。特にアガットは性格もあって良く目立つ。友人とまでは行かない関係でも、印象に強く残るのだ。
『幸せそうだったよ』
「今は行き着いた国で、仲の良い夫婦となっていましたよ」
「夫婦? へぇ、彼女は完全に同性愛派だったから驚いたな。運命って分からないね。けれど幸せなら僕も嬉しいな。アウィンはどこから?」
「私はリベルタという国から来ました」
「リベルタ? リベルタって──」
「マリン、もう帰ってきたのか?」
引っ掛かりに首を傾げたマリンの思考を遮ったのは、青年に近い声だった。彼へ親しげに手を挙げているのは、薄ピンクの肌を持つ人物。片方の目が隠されているが、晒されている左目は、透き通るようなローズクオーツの全眼。
間違いなくオリクトの民だ。マリンに向けられた瞳がルルたちに気付くと、彼は優しげな笑みで会釈する。すると誰かに呼ばれたのか、すぐ忙しそうに店内へ戻っていった。
「あの子が僕の恋人、ファルべだ。すまない、今は接客中らしい。様々な国の衣装を取り揃えているから、手が空くまで中を見ていってくれ」
アルティアルで数ある服や布を扱う店の中でも、ここピンクローズは数多くの種類がある。亭主であるファルべは、短い期間だったが旅人の経験もあったため、コツコツ集めた衣装やアクセサリーがたくさんあるのだ。
三階建てとなった店内は、一階が衣装とアクセサリー、二階は生地や石などの材料となるものを販売している。三階は住居スペースだ。
「そういえば、ルルも装飾品を扱っていますよね?」
『うん。ルナーが欲しい時、露店を出すんだ』
「へえ、どんな物を?」
カバンの底にある青い小袋を取り出すのは、少し久しぶりな気がした。最近は二人に分割しているのもあって、ルナーがどうしても必要となる事態は少なくなった。
所狭しと並ぶ商品の中、かろうじて空間のあるテーブルの上に、いくつかの装飾品を並べる。
「手に取ってもいいかい?」
『どうぞ』
マリンは各種類のアクセサリーを物色したあと、二つの腕輪を手に持った。どちらも同じ、透明度の高い薄紫色の石だ。名前が分からないが、良質であるのは分かる。量産されるものではなく、どれも職人の手作りだろう。
「いいものだ。値段は?」
『決めてない』
「え?」
『それは、僕の一部だから』
マリンはその言葉に、促されるように腕輪へ視線を戻す。そしてもう一度ルルを見た。言われて既視感を覚える。感覚に従った透き通る水色の瞳は、フードからチラリと見える紫の混ざる銀の髪を見つめた。
「もしかして、髪を?」
『そう。伸びた髪を切って、行った国の宝石職人に、作ってもらうの』
髪は重宝される。特に美しい女性だったり、種族によっては高く売れた。オリクトの民の髪なんて、高級店に行ってもお目にかかれない。髪は切り落とせば宝石の材料となるため、溶かして装飾品を作るのだ。
これを思い付いたのは、クーゥカラットに切ってもらった記憶がきっかけだ。当時はその場での思い付きだった。時が経つにつれ、本格的に価値のあるものだと知り、ならば旅に役立てようとこの方法を使っている。
「この商品、いくつか僕らの店に置きたいな。君らがいる間限定品で。どうだい? 売り上げは折半だ」
『面白そう。いいよ』
「よし! じゃあファルべと商談だ。そろそろ接客も終わるだろうし、呼んでくるよ」
マリンは意気揚々と、暗くなっている店の奥へ早足に入っていった。アウィンは近くにあった指輪を手する。天井にある石の光に当たると、職人による細かな彫りがあるのが分かった。旅を共にする中で数回見たが、どれも見飽きない。
『アウィンだったら、いくらにする?』
「そうですね……市場に出すなら、この指輪は10万ルナーは下りません」
『そんなに?』
「ええ、模様もありますからね。一点ものというのは、ルルが想像するよりも高額なんですよ」
アウィンの目は、柱であったため幼少期から鍛えられている。だから説得力があった。それでもルルの仮面とフードで守られた顔は、驚いた表情を浮かべている。その理由として、10万代のルナーは市場で出回る限界の値段だからだ。
百万を超える物は、基本一般国民は扱わない。扱えるのは、特定の資格を持った商売人と貴族のみ。ルナーは赤紫をした1センチ代の石。それが百を超えると形が変わり、持ち歩くものでもなくなる。高額な物のやりとりは契約書も必要になるのだ。
「待たせてすまない」
まだ耳慣れない声が聞こえ、ルルは商品を慌てて元の位置に戻す。直後に吊られた服をかき分けてマリンが顔を出し、遅れてファルべがやって来た。
「二人はマリンから聞いていた旅人だな? 私はファルべだ」
そう言って握手を求めるファルべは男性的な見た目に反し、女性のような華のある笑顔を見せる。
「アウィンと申します」
『ルル。よろしく、ファルべ』
「よろしく。えっと……商品を見てほしいのはルルか?」
『うん。全て、同じ種類の、石だけど』
ルルは近くにあったチョーカーを差し出す。ファルべは受け取ると、さっそく見えている片方の全眼で観察するように見つめた。天井の灯りに透かしたり、腰に付けたいくつもの道具の中からルーペを取り出し、細かく目を通す。
そんな真剣な横顔を見つめるマリンは、チョーカーではなく彼自身に見惚れているようだった。
「マリン、視線がうるさい」
「しょうがない。君が魅力的すぎるから」
まるで今にもここでキスをしそうに惚気るマリンを無視し、ファルべは商品を一つ一つ、丁寧に品定めしていく。最後のネックレスをテーブルに置き、思考を漏らすように悩ましそうに唸った。
「……この石は一体なんだ? とてもいい物だな。私の店で扱うには良すぎる物だよ。価値がありすぎる」
多くの商品を取り揃えているだけに、彼は目が肥えていた。だからこルルの作った商品が、ただの装飾品でないのが分かる。
『じゃあ、お客さんに、決めてもらおう』
「そんな事をしたら、相応しい価値にならないじゃないか」
『僕は普段、そうしているの。その人にとっての、価値がほしいから』
「なるほど……一理ある。これはある種、貴方にとっての芸術か。ならその方法で店に置こう。もちろん、ルルが良ければだけれど」
『いいよ。面白そうだから』
ルナーが動く重要な場。それを面白いという好奇心だけでの了承に、ファルべは淡い桃色の目をパチクリさせる。そして懐かしむようにクスクス笑った。彼もかつては好奇心に動かされて旅をした者。その感覚はよく分かる。
「なら置く場所やデザインを決めよう」
全ての商品を売るというよりかは、ルルとファルべが厳選した物を売り出す事になった。期間限定というのも、看板で宣伝する必要がある。それらのデザインやらを決めるのは少し時間がかかりそうだ。
ふと、アウィンの目が見覚えのある模様を見つけた。共に話を聞いているマリンにそっと耳打ちをする。
「少々店内を見て回ってよろしいですか?」
「ああ。何かあったら言ってくれ」
ルルの隣に居た方がいいのかもしれないが、先程視界に入った物を、どうしても確かめたかった。テーブルの上に置かれているのは、ハンカチ。彼が注目したのは、角に入った刺繍だった。確かめた青い瞳は、ほんの少し涙ぐんでいるように見える。
「ああ、懐かしい」
思わず感嘆の息と共に言葉が漏れる。無数の糸で紡がれたのは、白と青い鳥が重なった刺繍。それは母国リベルタの紋章だった。
つまりはファルべはリベルタに訪れた事があるのだ。もっと種類があるのだろうか。アルティアルとどれほど距離が離れているのか分からないが、他国でお目にかかるのは滅多にない。
アウィンは試しに近くの服を、カーテンのようにかき分ける。しかし次に視界に入ったのは服ではなく、ガーネットの瞳を持つ男。驚愕に見開かれた二人の目が、互いの色によって紫に染まる。
「アウィン!?」
「リッテ?!」
そこに居たのは、懐かしい友だった。
人が少なくなったところで、人形はルルとアウィンへ会釈し、主人の隣に立った。
「二人とも、急に誘ってすまない。でも素晴らしい舞台になったよ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ。とても気持ちよく歌えました」
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「ああ……これが、僕の芸術なんだ。芸術と言われても、あまり代表的な物ではないけどね」
マリンは人形を本物の少年のように抱きかかえると、操っていた糸を見せる。この糸は特殊で、彼の故郷で取れたもの。その国の中央で民を支える大木から分けてもらった、古い木肌を時間かけて糸にしたのだ。
もちろん丈夫で伸縮性があるという、繊維として優れているというのであって、魔法のように物を操れる代物ではない。操る力は、マリン自身のものだ。
『それは、貴方が人間ではない、から?』
「確かマリン殿の種族は──」
アウィンの視線は、最も特徴的である長く鋭い耳に向く。だが言葉が最後まで紡がれるより前に、マリンは彼の唇に指を置いて止めた。目を瞬かせるアウィンにウインクをし、ルルと視線を合わせるために少し腰をかがめる。
「どうぞ、自由に触って僕が何か、当ててごらん。その次は僕の番だ」
ルルはフードの影になった顔をキョトンとさせると、可笑しそうにふふっと息を吐く。素直に言われるより、こういったクイズ形式の方が嬉しいと思うのはどうしてだろう。
マリンは最初、話の流れが種族になったら、改めての自己紹介がてら直接言葉にしようとしていた。それなのにわざわざ回りくどくしたのは、小さな薄青い両手が、興味深そうにしていたから。許しを出すと、手はようやくだと言うように、嬉しそうに顔に触れる。
ルルは基本、匂いで種族を識別する。しかしこの匂いには、まだ遭遇した事がない。そして、彼のものではない別の匂いがして、余計に気になっていた。
人間よりも掘りが深く、目鼻立ちがハッキリしていて、絵に描きやすそうだ。鼻先が他より鋭くなっているように感じる。
「はは、むずむずするね」
『嫌なとこ、触ったら言ってね』
紫の爪を持つ指先が、耳元を掠める。手が一瞬止まり、初めて触る形を頭に覚え込ませるように、何度も何度も優しくなぞった。
堀の深さや鼻の形、そして特徴的な長い耳。文字でだけ、それらの人物像を見た事がある。オリクトの民の次に、自然界に愛されて共生していた種族。成長もゆっくりで、永い時を生きるのが彼らの特徴。
『長寿の耳長族』
「正解だ」
『でも、貴方は目が違う』
そう言って、指が今度は目元を撫でた。左目は透き通るような薄い水色。しかし右目は、ピンク色をした全眼。義眼にしては少し違和感がある。ルルの鼻は、これが過去に誰かのものであったのを脳に伝えている。
すると、マリンはそっとルルの手を握りながら自分の右目に触れた。
「これは、僕の愛しい人の目だ。義眼として使させてもらっているんだ」
『もしかして、その人、オリクトの民?』
「ああ、よく分かったね」
『アルナイトが、先生の友達の恋人が、オリクトの民だって、教えてくれたんだ』
「……なるほど。それを知ったのには、単なる話の流れではないようだね?」
マリンの声音が、僅かに低くなる。ほとんど気づかない程度だが、耳のいいルルにはその意味を理解した。アルナイトが、その人物もこの国に来るまで色々あったと言っていたのを覚えている。警戒するのは無理ない。
ルルはフードを取れない程度に退かす。ちょうど目線を合わせていたマリンは、髪の合間から覗く鉱石に目を丸くした。
『同じなの。話をしたくて、僕から聞いたんだ』
マリンは驚いた様子のまま、アウィンに視線を向ける。彼は頷いた。
「そうか……理解したよ。君がその格好をしているのも。それなら安心して、あの子の家へ案内できるよ。同族と会えればきっと喜ぶ」
マリンの表情は安堵にいつも通りの笑顔となる。二人は彼の案内で、ファルべと言う名のオリクトの民が経営する服屋へ向かう事になった。
着くまでの歩く時間、他愛のない会話に選ばれたのは出身国について。マリンが生まれ、幼少期に育ったのはシュータムだった。シュータムと言えば、過去に出会った少女と同じ。
『シュータム出身の人と、会った事があるよ』
「本当かい? 人間だった?」
『うん。アガットというの』
「おや、彼女はシュータム出身だったのですね」
「アガット? 懐かしい! とても有名なお嬢さんだ。とある日を境に旅に出たと聞いていたけれど……元気だったかい?」
シュータムは大樹から生成される枝に住人が住む。住める人数が限られ、人口は通常の国よりもひと回り程度少ない。そのため、顔見知りが多いのだろう。特にアガットは性格もあって良く目立つ。友人とまでは行かない関係でも、印象に強く残るのだ。
『幸せそうだったよ』
「今は行き着いた国で、仲の良い夫婦となっていましたよ」
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「私はリベルタという国から来ました」
「リベルタ? リベルタって──」
「マリン、もう帰ってきたのか?」
引っ掛かりに首を傾げたマリンの思考を遮ったのは、青年に近い声だった。彼へ親しげに手を挙げているのは、薄ピンクの肌を持つ人物。片方の目が隠されているが、晒されている左目は、透き通るようなローズクオーツの全眼。
間違いなくオリクトの民だ。マリンに向けられた瞳がルルたちに気付くと、彼は優しげな笑みで会釈する。すると誰かに呼ばれたのか、すぐ忙しそうに店内へ戻っていった。
「あの子が僕の恋人、ファルべだ。すまない、今は接客中らしい。様々な国の衣装を取り揃えているから、手が空くまで中を見ていってくれ」
アルティアルで数ある服や布を扱う店の中でも、ここピンクローズは数多くの種類がある。亭主であるファルべは、短い期間だったが旅人の経験もあったため、コツコツ集めた衣装やアクセサリーがたくさんあるのだ。
三階建てとなった店内は、一階が衣装とアクセサリー、二階は生地や石などの材料となるものを販売している。三階は住居スペースだ。
「そういえば、ルルも装飾品を扱っていますよね?」
『うん。ルナーが欲しい時、露店を出すんだ』
「へえ、どんな物を?」
カバンの底にある青い小袋を取り出すのは、少し久しぶりな気がした。最近は二人に分割しているのもあって、ルナーがどうしても必要となる事態は少なくなった。
所狭しと並ぶ商品の中、かろうじて空間のあるテーブルの上に、いくつかの装飾品を並べる。
「手に取ってもいいかい?」
『どうぞ』
マリンは各種類のアクセサリーを物色したあと、二つの腕輪を手に持った。どちらも同じ、透明度の高い薄紫色の石だ。名前が分からないが、良質であるのは分かる。量産されるものではなく、どれも職人の手作りだろう。
「いいものだ。値段は?」
『決めてない』
「え?」
『それは、僕の一部だから』
マリンはその言葉に、促されるように腕輪へ視線を戻す。そしてもう一度ルルを見た。言われて既視感を覚える。感覚に従った透き通る水色の瞳は、フードからチラリと見える紫の混ざる銀の髪を見つめた。
「もしかして、髪を?」
『そう。伸びた髪を切って、行った国の宝石職人に、作ってもらうの』
髪は重宝される。特に美しい女性だったり、種族によっては高く売れた。オリクトの民の髪なんて、高級店に行ってもお目にかかれない。髪は切り落とせば宝石の材料となるため、溶かして装飾品を作るのだ。
これを思い付いたのは、クーゥカラットに切ってもらった記憶がきっかけだ。当時はその場での思い付きだった。時が経つにつれ、本格的に価値のあるものだと知り、ならば旅に役立てようとこの方法を使っている。
「この商品、いくつか僕らの店に置きたいな。君らがいる間限定品で。どうだい? 売り上げは折半だ」
『面白そう。いいよ』
「よし! じゃあファルべと商談だ。そろそろ接客も終わるだろうし、呼んでくるよ」
マリンは意気揚々と、暗くなっている店の奥へ早足に入っていった。アウィンは近くにあった指輪を手する。天井にある石の光に当たると、職人による細かな彫りがあるのが分かった。旅を共にする中で数回見たが、どれも見飽きない。
『アウィンだったら、いくらにする?』
「そうですね……市場に出すなら、この指輪は10万ルナーは下りません」
『そんなに?』
「ええ、模様もありますからね。一点ものというのは、ルルが想像するよりも高額なんですよ」
アウィンの目は、柱であったため幼少期から鍛えられている。だから説得力があった。それでもルルの仮面とフードで守られた顔は、驚いた表情を浮かべている。その理由として、10万代のルナーは市場で出回る限界の値段だからだ。
百万を超える物は、基本一般国民は扱わない。扱えるのは、特定の資格を持った商売人と貴族のみ。ルナーは赤紫をした1センチ代の石。それが百を超えると形が変わり、持ち歩くものでもなくなる。高額な物のやりとりは契約書も必要になるのだ。
「待たせてすまない」
まだ耳慣れない声が聞こえ、ルルは商品を慌てて元の位置に戻す。直後に吊られた服をかき分けてマリンが顔を出し、遅れてファルべがやって来た。
「二人はマリンから聞いていた旅人だな? 私はファルべだ」
そう言って握手を求めるファルべは男性的な見た目に反し、女性のような華のある笑顔を見せる。
「アウィンと申します」
『ルル。よろしく、ファルべ』
「よろしく。えっと……商品を見てほしいのはルルか?」
『うん。全て、同じ種類の、石だけど』
ルルは近くにあったチョーカーを差し出す。ファルべは受け取ると、さっそく見えている片方の全眼で観察するように見つめた。天井の灯りに透かしたり、腰に付けたいくつもの道具の中からルーペを取り出し、細かく目を通す。
そんな真剣な横顔を見つめるマリンは、チョーカーではなく彼自身に見惚れているようだった。
「マリン、視線がうるさい」
「しょうがない。君が魅力的すぎるから」
まるで今にもここでキスをしそうに惚気るマリンを無視し、ファルべは商品を一つ一つ、丁寧に品定めしていく。最後のネックレスをテーブルに置き、思考を漏らすように悩ましそうに唸った。
「……この石は一体なんだ? とてもいい物だな。私の店で扱うには良すぎる物だよ。価値がありすぎる」
多くの商品を取り揃えているだけに、彼は目が肥えていた。だからこルルの作った商品が、ただの装飾品でないのが分かる。
『じゃあ、お客さんに、決めてもらおう』
「そんな事をしたら、相応しい価値にならないじゃないか」
『僕は普段、そうしているの。その人にとっての、価値がほしいから』
「なるほど……一理ある。これはある種、貴方にとっての芸術か。ならその方法で店に置こう。もちろん、ルルが良ければだけれど」
『いいよ。面白そうだから』
ルナーが動く重要な場。それを面白いという好奇心だけでの了承に、ファルべは淡い桃色の目をパチクリさせる。そして懐かしむようにクスクス笑った。彼もかつては好奇心に動かされて旅をした者。その感覚はよく分かる。
「なら置く場所やデザインを決めよう」
全ての商品を売るというよりかは、ルルとファルべが厳選した物を売り出す事になった。期間限定というのも、看板で宣伝する必要がある。それらのデザインやらを決めるのは少し時間がかかりそうだ。
ふと、アウィンの目が見覚えのある模様を見つけた。共に話を聞いているマリンにそっと耳打ちをする。
「少々店内を見て回ってよろしいですか?」
「ああ。何かあったら言ってくれ」
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「ああ、懐かしい」
思わず感嘆の息と共に言葉が漏れる。無数の糸で紡がれたのは、白と青い鳥が重なった刺繍。それは母国リベルタの紋章だった。
つまりはファルべはリベルタに訪れた事があるのだ。もっと種類があるのだろうか。アルティアルとどれほど距離が離れているのか分からないが、他国でお目にかかるのは滅多にない。
アウィンは試しに近くの服を、カーテンのようにかき分ける。しかし次に視界に入ったのは服ではなく、ガーネットの瞳を持つ男。驚愕に見開かれた二人の目が、互いの色によって紫に染まる。
「アウィン!?」
「リッテ?!」
そこに居たのは、懐かしい友だった。
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