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【宝石少年と霧の国】
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逃げ場を無くすために作られた、大きな奈落。底には巨大な歯のように、何本もの針が敷き詰められている。そこに落とされたルルは、なんとか足場を作って耐えた。
しかしあまり大胆に宝石を生み出せなさそうだ。上から炎の音と、目を開けられないほどの熱が迫っている。たとえ登る手段を作っても数秒と経たず壊れてしまうだろう。
ルルは剣を腰に刺すと、岩を探るように撫でた。僅かな窪みを見つけると、そこに宝石で小さな取手を作り、体を引き上げる。
力は無い方だが、どうにかして上へ行かなければいけない。そうこうしている間に、全てが燃えてしまう。
下から物音がした。ズズズと重く、徐々に近づいて来る。真っ暗な奈落で大人しく待ち構えていた針が、いつの間にかルルを追いかけていた。鉱石の幕を悪足掻きに張る。しかしブチブチと呆気なく突き抜けた。これ以上分厚い物を作れば、手足を支える力を失う。
(まずい……これ以上進んだら、炎に当たる)
人間よりも熱に敏感だからか、これ以上登る事を体が拒否している。
逃げ道は上も下も塞がれた。何か手立ては無いか。心臓が急かすように大きくなるが、打開策が見出せない。
ルルは小さく、音の無い咳を出す。煙が下まで降りてきた。このままでは、棘に追い付かれるよりも煙に巻かれる方が早そうだ。しかし思考がボヤけるよりも先に、ふっと熱が消えたのを感じた。そして同時に、何故か頭が雨音を連想させる。
(湿った、土の匂い?)
地下に降りてから初めての匂いだ。ここに水らしい物は無かったと思うが。
そこからの出来事は、思考する暇がなかった。
炎の音が聞こえないと思えば、別の音が鉱石の耳を刺激する。それは予想していなかった水。それも雨粒のような可愛らしいものではなく、落ちた崖に隙間なく注がれるほどの洪水だ。
ルルが正体を理解するより、水が体を飲み込む方が先だった。包み込まれるというよりは、叩きつけられる圧迫感。鉱石にしがみついていた手は、数秒と無く振り解かれた。
水は全てを巻き込む。下から迫っていた棘すら、水圧によって粉々だ。水は狭すぎるここで出口を探し、渦を巻いた。
渦は激しさを増し、崖の壁を蹴るようにして上に弾ける。地面に落ち、激しい波を一つ起こすと、今までの激しさは夢のように収まった。辺り一面は水に覆われ、水圧のせいか以前まではなかった小さな陸地が、所々に誕生している。
「ルル! 私です、居たら返事をしてください!」
ポタポタと滴る水滴しか聞こえない静寂を、アウィンの声が震わせる。彼と手を繋ぐ子供も、不安そうに周囲を見渡していた。すると、黒にも見える紫の瞳が何かを見つけた。
「あー!」
子供の声は興奮気味だった。アウィンは小さな指が示す先を見る。土が盛り上がった小島の一つに、何か光に煌めく物が落ちていた。見覚えがあるそれは、ルルが作り出す鉱石の膜。
アウィンは子供を抱えると、足首ほど溜まった湖の上から駆け寄った。子供を隣に下ろし、杖から剣を引き抜くと、緊張に震える手で慎重に膜を切り裂いた。
膜の中で胎児のように身を丸くしていたのはルル。虹の全眼は閉じているが、正常な呼吸をしている。
「あぁ、良かった……っ」
アウィンは安堵に思わず尻餅をつく。子供は膜の中を覗くと、嬉しそうにルルの頬に手を伸ばした。
ルルの意識は小さな手に引き戻される。感覚が戻った頃、ペチペチと頬を優しく叩かれているのが分かった。そっと握ると、キャッキャと笑った声が聞こえる。
ゆっくり起き上がると、肺に侵入した水で激しく咳き込んだ。懐かしく感じる大きくも華奢な手が、背中をさする。
「大丈夫ですか?」
『アウィン、無事、だったんだ』
「ええ、この子も。エンジェから貰った翅を覚えていますか? あのおかげで、火は完全に鎮火されたようです」
『そっか、良かった』
ルルは手元の膜を不思議そうに触る。実は先程、水に巻き込まれてからの記憶が無い。確かに自分で作った物だが、ほとんど本能からの行動だろう。
改めて周一を見渡すが、しかしまるで別世界のようだ。濃密な緑の香りからいっぺん、涼やかな水の匂いで満ちている。
『木は?』
静かな世界で、ルルは我に返ったように思い出す。掻い潜ったのは火だけ。まだ根本が解決していない。しかしあれだけの火なのだから、木も燃えてしまったのだろうか。
アウィンは背筋に冷たいものを感じた。反射的に、子供とルルを抱き寄せる。次の瞬間、その真横を棘のある枝の槍が勢いよく風を突き刺した。
真後ろに佇む大木。穏やかな茶色の木肌は黒く染まり、奇妙に曲がる枝には無数の棘が生えている。恐ろしい殺意に揺らめく姿は、まるで別物のようだ。しかし子供はパッと顔を明るくさせる。
「あぅ、うーっ」
「あ、行ってはダメです!」
小さな体はアウィンの腕からすり抜けると、嬉しそうに木へ走っていった。子供は両手を広げ、伸びた蔓を愛しそうに抱きしめる。
にこっと無邪気な笑顔が木に向けられた。だが木は邪魔者を払うように蔓を乱暴に振る。力に耐えられずに放り投げられた子供は、地面に曝される前にアウィンが受け止めた。
子供は何が起こったのかと、顔をキョトンとさせた。徐々に顔が歪み、アメジストのような瞳から大粒の涙が溢れ出す。空を舞った恐怖と、木に拒絶された悲しみが混ざり、小さな嗚咽が聞こえ始めた。震える背中を、アウィンの手がさすってあやす。
今の木にこの子が守ってきた子供だなんて理解できない。早く正気に戻さなければ。
(花……一輪でもいい。花があれば)
ルルが立った地面が、小さく振動する。飛び退くと同時に、巨大な顔のようなものが地面ごと食らった。よく見ると、それは細かな枝が組み合わさって顔になっている。
子供の泣き叫ぶ声と比例するように、攻撃のスピードが増していた。おそらく、木には遠くから声が聞こえている。だから、早く泣き止ませるために、敵を追い払おうとしているのだ。
ルルは枝が絡んだ無数の顔を鉱石で固め、体勢を整えると着地する。踏んだのは陸地には、僅かに残った緑が覆っていた。
「!」
降り立った反動で、足元の草が揺れた。その小さな風が、ルルへ香りを運ぶ。水の混ざる青い香りに紛れて、蜜特有の濃い甘さがあった。
香りを追いかけた指先を、草以外が掠めた。それは小さな花びらに、宝石のような水滴を乗せた紫色の花。先程までこの花は無かったが、おそらく洪水の影響で咲いたのだろう。花の開き具合から、まだ完全に開花してはいないようだ。
それでもと数輪を手折り、胸元を漁る。取り出したのは蔓。木から敵意を向けるよう仕向けた時に切ったものだ。
(良かった。流されてなかった)
ルルはホッとしながら、忙しなく手を動かした。あの時初めて作ったが、まだ感覚は覚えている。これも気に入ってくれるだろうか。
少しして、薄青い両手の動きが止まる。
(そうだ、あの子の分も)
「ルル!」
アウィンの叫びに、思考が絶たれる。引き寄せられるように振り返った時には、剣のような棘はもう手を伸ばせば届く距離。
間に合わないと分かりながらも、アウィンは立ち上がった。しかし、駆け出そうとした足が止まる。
「……? 殺意が」
目をつぶってでも分かるほどの殺意が消えた。それに、ルルの胸元を棘は貫いていない。
何本もの枝が絡み合ってできた鋭利な先端は、薄い胸元に触れる直前で止まっていた。驚いたようにピクリとしない棘の先に、何かが嵌っていた。それは、淡い紫の花がアクセントとなった花冠。太さからして、まるで指輪のようだ。
虹の瞳が微笑んだように細くなる。
『新しいやつ、気に入ってくれた?』
これは、初めて一緒に遊んだ時に作った、お揃いの指輪。あの時はとても喜んでくれた。だからきっと覚えていると信じて、ルルはこれを作った。
まるで動ける事を忘れたように静まり返った木が、プルプルと震え始める。黒い蔓が伸び、ルルの体に巻きついた。
攻撃を仕掛けたのかと息を呑んだアウィンとは別に、ルルは嬉しそうなままだ。彼は、柔らかな毛の生えた太い蔓を撫でる。
『おかえり』
次の瞬間、応えるように木の全身を覆う花が咲き乱れた。
唖然とするアウィンと未だ涙を浮かべる子供の頭上を、雨粒のように花びらが降る。柔らかな蔓が、ポカンとする彼の頬を撫でた。その優しさは、守っていた子供を守った礼のように感じる。
アウィンは微笑むと、そっと子供を掲げて見せる。すると蔓が怯えるように離れた。
「大丈夫。この子は、貴方を怖がっていたわけではありません」
木は恐る恐る、様子を窺うように蔓を近づけた。すると子供は焦ったいとでもいうように、蔓を掴んで引き寄せると大切そうに抱きしめる。
「あう、きゃ~!」
興奮に響く子供の声を合図に、蔓が優しく体を包んで持ち上げる。そして、愛しそうにルルと子供を抱き寄せた。
木は二人を充分に堪能したのか、ゆっくり降ろす。そしてルルへ、今度は枝を伸ばした。籠のように形作ったそこに入っているのは、少し欠けた国宝。そしてもう一つ、蔓が伸びて来た。大切そうに差し出されたのは、洪水のせいで手放した剣。
「う~?」
『うん、大丈夫。これからちゃんと、新しくするよ』
ルルはアウィンに視線を向ける。彼は頷き、子供と手を繋ぐと木から離れさせてた。
籠の扉が、国宝を差し出すようにゆっくり開かれた。ルルは剣を受け取り、暗く光る国宝へ切先を向ける。
力の限り振り落とされた刃は国宝の中心を捉え、最期に眩しい閃光を放って砕けた。
しかしあまり大胆に宝石を生み出せなさそうだ。上から炎の音と、目を開けられないほどの熱が迫っている。たとえ登る手段を作っても数秒と経たず壊れてしまうだろう。
ルルは剣を腰に刺すと、岩を探るように撫でた。僅かな窪みを見つけると、そこに宝石で小さな取手を作り、体を引き上げる。
力は無い方だが、どうにかして上へ行かなければいけない。そうこうしている間に、全てが燃えてしまう。
下から物音がした。ズズズと重く、徐々に近づいて来る。真っ暗な奈落で大人しく待ち構えていた針が、いつの間にかルルを追いかけていた。鉱石の幕を悪足掻きに張る。しかしブチブチと呆気なく突き抜けた。これ以上分厚い物を作れば、手足を支える力を失う。
(まずい……これ以上進んだら、炎に当たる)
人間よりも熱に敏感だからか、これ以上登る事を体が拒否している。
逃げ道は上も下も塞がれた。何か手立ては無いか。心臓が急かすように大きくなるが、打開策が見出せない。
ルルは小さく、音の無い咳を出す。煙が下まで降りてきた。このままでは、棘に追い付かれるよりも煙に巻かれる方が早そうだ。しかし思考がボヤけるよりも先に、ふっと熱が消えたのを感じた。そして同時に、何故か頭が雨音を連想させる。
(湿った、土の匂い?)
地下に降りてから初めての匂いだ。ここに水らしい物は無かったと思うが。
そこからの出来事は、思考する暇がなかった。
炎の音が聞こえないと思えば、別の音が鉱石の耳を刺激する。それは予想していなかった水。それも雨粒のような可愛らしいものではなく、落ちた崖に隙間なく注がれるほどの洪水だ。
ルルが正体を理解するより、水が体を飲み込む方が先だった。包み込まれるというよりは、叩きつけられる圧迫感。鉱石にしがみついていた手は、数秒と無く振り解かれた。
水は全てを巻き込む。下から迫っていた棘すら、水圧によって粉々だ。水は狭すぎるここで出口を探し、渦を巻いた。
渦は激しさを増し、崖の壁を蹴るようにして上に弾ける。地面に落ち、激しい波を一つ起こすと、今までの激しさは夢のように収まった。辺り一面は水に覆われ、水圧のせいか以前まではなかった小さな陸地が、所々に誕生している。
「ルル! 私です、居たら返事をしてください!」
ポタポタと滴る水滴しか聞こえない静寂を、アウィンの声が震わせる。彼と手を繋ぐ子供も、不安そうに周囲を見渡していた。すると、黒にも見える紫の瞳が何かを見つけた。
「あー!」
子供の声は興奮気味だった。アウィンは小さな指が示す先を見る。土が盛り上がった小島の一つに、何か光に煌めく物が落ちていた。見覚えがあるそれは、ルルが作り出す鉱石の膜。
アウィンは子供を抱えると、足首ほど溜まった湖の上から駆け寄った。子供を隣に下ろし、杖から剣を引き抜くと、緊張に震える手で慎重に膜を切り裂いた。
膜の中で胎児のように身を丸くしていたのはルル。虹の全眼は閉じているが、正常な呼吸をしている。
「あぁ、良かった……っ」
アウィンは安堵に思わず尻餅をつく。子供は膜の中を覗くと、嬉しそうにルルの頬に手を伸ばした。
ルルの意識は小さな手に引き戻される。感覚が戻った頃、ペチペチと頬を優しく叩かれているのが分かった。そっと握ると、キャッキャと笑った声が聞こえる。
ゆっくり起き上がると、肺に侵入した水で激しく咳き込んだ。懐かしく感じる大きくも華奢な手が、背中をさする。
「大丈夫ですか?」
『アウィン、無事、だったんだ』
「ええ、この子も。エンジェから貰った翅を覚えていますか? あのおかげで、火は完全に鎮火されたようです」
『そっか、良かった』
ルルは手元の膜を不思議そうに触る。実は先程、水に巻き込まれてからの記憶が無い。確かに自分で作った物だが、ほとんど本能からの行動だろう。
改めて周一を見渡すが、しかしまるで別世界のようだ。濃密な緑の香りからいっぺん、涼やかな水の匂いで満ちている。
『木は?』
静かな世界で、ルルは我に返ったように思い出す。掻い潜ったのは火だけ。まだ根本が解決していない。しかしあれだけの火なのだから、木も燃えてしまったのだろうか。
アウィンは背筋に冷たいものを感じた。反射的に、子供とルルを抱き寄せる。次の瞬間、その真横を棘のある枝の槍が勢いよく風を突き刺した。
真後ろに佇む大木。穏やかな茶色の木肌は黒く染まり、奇妙に曲がる枝には無数の棘が生えている。恐ろしい殺意に揺らめく姿は、まるで別物のようだ。しかし子供はパッと顔を明るくさせる。
「あぅ、うーっ」
「あ、行ってはダメです!」
小さな体はアウィンの腕からすり抜けると、嬉しそうに木へ走っていった。子供は両手を広げ、伸びた蔓を愛しそうに抱きしめる。
にこっと無邪気な笑顔が木に向けられた。だが木は邪魔者を払うように蔓を乱暴に振る。力に耐えられずに放り投げられた子供は、地面に曝される前にアウィンが受け止めた。
子供は何が起こったのかと、顔をキョトンとさせた。徐々に顔が歪み、アメジストのような瞳から大粒の涙が溢れ出す。空を舞った恐怖と、木に拒絶された悲しみが混ざり、小さな嗚咽が聞こえ始めた。震える背中を、アウィンの手がさすってあやす。
今の木にこの子が守ってきた子供だなんて理解できない。早く正気に戻さなければ。
(花……一輪でもいい。花があれば)
ルルが立った地面が、小さく振動する。飛び退くと同時に、巨大な顔のようなものが地面ごと食らった。よく見ると、それは細かな枝が組み合わさって顔になっている。
子供の泣き叫ぶ声と比例するように、攻撃のスピードが増していた。おそらく、木には遠くから声が聞こえている。だから、早く泣き止ませるために、敵を追い払おうとしているのだ。
ルルは枝が絡んだ無数の顔を鉱石で固め、体勢を整えると着地する。踏んだのは陸地には、僅かに残った緑が覆っていた。
「!」
降り立った反動で、足元の草が揺れた。その小さな風が、ルルへ香りを運ぶ。水の混ざる青い香りに紛れて、蜜特有の濃い甘さがあった。
香りを追いかけた指先を、草以外が掠めた。それは小さな花びらに、宝石のような水滴を乗せた紫色の花。先程までこの花は無かったが、おそらく洪水の影響で咲いたのだろう。花の開き具合から、まだ完全に開花してはいないようだ。
それでもと数輪を手折り、胸元を漁る。取り出したのは蔓。木から敵意を向けるよう仕向けた時に切ったものだ。
(良かった。流されてなかった)
ルルはホッとしながら、忙しなく手を動かした。あの時初めて作ったが、まだ感覚は覚えている。これも気に入ってくれるだろうか。
少しして、薄青い両手の動きが止まる。
(そうだ、あの子の分も)
「ルル!」
アウィンの叫びに、思考が絶たれる。引き寄せられるように振り返った時には、剣のような棘はもう手を伸ばせば届く距離。
間に合わないと分かりながらも、アウィンは立ち上がった。しかし、駆け出そうとした足が止まる。
「……? 殺意が」
目をつぶってでも分かるほどの殺意が消えた。それに、ルルの胸元を棘は貫いていない。
何本もの枝が絡み合ってできた鋭利な先端は、薄い胸元に触れる直前で止まっていた。驚いたようにピクリとしない棘の先に、何かが嵌っていた。それは、淡い紫の花がアクセントとなった花冠。太さからして、まるで指輪のようだ。
虹の瞳が微笑んだように細くなる。
『新しいやつ、気に入ってくれた?』
これは、初めて一緒に遊んだ時に作った、お揃いの指輪。あの時はとても喜んでくれた。だからきっと覚えていると信じて、ルルはこれを作った。
まるで動ける事を忘れたように静まり返った木が、プルプルと震え始める。黒い蔓が伸び、ルルの体に巻きついた。
攻撃を仕掛けたのかと息を呑んだアウィンとは別に、ルルは嬉しそうなままだ。彼は、柔らかな毛の生えた太い蔓を撫でる。
『おかえり』
次の瞬間、応えるように木の全身を覆う花が咲き乱れた。
唖然とするアウィンと未だ涙を浮かべる子供の頭上を、雨粒のように花びらが降る。柔らかな蔓が、ポカンとする彼の頬を撫でた。その優しさは、守っていた子供を守った礼のように感じる。
アウィンは微笑むと、そっと子供を掲げて見せる。すると蔓が怯えるように離れた。
「大丈夫。この子は、貴方を怖がっていたわけではありません」
木は恐る恐る、様子を窺うように蔓を近づけた。すると子供は焦ったいとでもいうように、蔓を掴んで引き寄せると大切そうに抱きしめる。
「あう、きゃ~!」
興奮に響く子供の声を合図に、蔓が優しく体を包んで持ち上げる。そして、愛しそうにルルと子供を抱き寄せた。
木は二人を充分に堪能したのか、ゆっくり降ろす。そしてルルへ、今度は枝を伸ばした。籠のように形作ったそこに入っているのは、少し欠けた国宝。そしてもう一つ、蔓が伸びて来た。大切そうに差し出されたのは、洪水のせいで手放した剣。
「う~?」
『うん、大丈夫。これからちゃんと、新しくするよ』
ルルはアウィンに視線を向ける。彼は頷き、子供と手を繋ぐと木から離れさせてた。
籠の扉が、国宝を差し出すようにゆっくり開かれた。ルルは剣を受け取り、暗く光る国宝へ切先を向ける。
力の限り振り落とされた刃は国宝の中心を捉え、最期に眩しい閃光を放って砕けた。
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