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【宝石少年と霧の国】
幻想の森
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数十分歩き、相変わらず景色は変わらない。しかし霧が晴れるまであった妙な空気の重みや違和感、視線はすっかり消えていた。
それからもうしばらくして、確実に少しずつ景色が変わってきた。それは複雑な森の中に慣れた者以外は分からないだろう。変化は徐々に、肉眼で気付くほどになってきた。奥へ来ているのに、辺りが明るくなっている。木々の茂りはより深くなっているはずなのに。
獣道を踏んでいたルルの足がピタリと止まった。
「どうしました?」
『国宝の音、止んだ』
遠ざかったというよりは、何かによって鎮められたというのが正しい感覚だ。しかし道標が途絶えたからと言って、今更ここで立ち止まるのは得策ではない。危機を回避はしたが、この森が未知である事には変わりないのだから。
バサバサと音がした。二人の足は、その音で再び止まる。羽ばたきの正体は、先程見た銀の目を持つフクロウ。フクロウは確実に、意思を持って彼らを見ていた。二人の視線が自分に向いた事が分かったのか、フクロウは飛んだ。しかし今度は姿が見える所でまた枝に止まり、こちらへ振り返る。
「……ついて行ってみましょう」
『そうだね』
フクロウは歩き出した彼らが、自分の様子を伺っているのを理解したのか、再び同じ事を繰り返した。そうしてフクロウについて行くと、少しずつ二人を取り囲む視線が増えていた。彼らを品定めするのは、人ではなく、動物たちの目。鋭い野生の眼光は、木々の合間から顔を出して目を離さない。確かに森にとって二人は侵入者だ。あまり歓迎の意を感じない。
アウィンはできる限り、彼らを意識しないよう前を見続けた。視線を合わせ過ぎれば、敵意と受け取られる可能性もあるからだ。自然が味方する動物に、人間は敵わない。
永遠と続くように見えた森に終わりが見えた。まだ距離は遠いが、そこは今まで連なっていた木々の影が見えない。
「ルル、視界が開けてきました。少し遠くに、広場のような場所が見えます」
身を寄せ、視線を向けずに囁く。ルルは頷く変わり、繋いだ手にギュッと力を入れて応えた。
森の終わりが、ハッキリと判断できるほど近くなってきた。いつの間にか視線はパタリと止み、気付けば動物の姿が無い。よく見れば森の終わりに差し掛かる木が、規則的にアーチを作るように、左右で互いの枝を絡ませているのが分かった。これまでは、不規則な伸び方をしていたのに。
フクロウがその中心へ飛んでいく。人一人分はありそうな翼を畳むと、瞬きのうちにフクロウは一人の男へと変わった。
(変化魔法?)
遠くからでもよく分かる仄暗い銀の目は、確かにフクロウと同じだ。すると今まで隠れていたのか、数人がその両側に並んだ。
アウィンは立ち止まり、ルルを庇うように前に立つ。彼らは人の姿をしているが、同種ではない。本能からか、纏う雰囲気の違いがなんとなく分かった。しかしその警戒を取り払うように、中央に立つフクロウだった男がスッと跪いた。
「イリュジオンへようこそ、旅人殿」
「イリュジオン……?」
警戒を解かないまま王蟲返ししたアウィンに応えたのは、跪く男ではなかった。彼の隣に居る、堂々と胸を張る厳格そうな男が口を開く。
「この森の名前だ。外の者は幻想の森と呼ぶ。貴方たちは幻覚の霧を抜けた勇敢な旅人として、森の母が歓迎してくださるそうだ」
「──ちょっとコーディエ、そんな険しい顔をしていると、一向に警戒を解いてくれないよ?」
「お前は謙りすぎだぞ、ジプス。堂々としろ」
ボソボソと困ったような二人のやりとりは小さくて、鉱石の耳にしか聞こえなかった。
ルルは仮面越しでじっと彼らを見つめ、壁を作ろうとしているアウィンの腕にそっと手を添えた。気付いて振り返ったアウィンは、視線の意図に気付いて腕を退ける。そして少し迷っていたようだが、ルルの後ろへ下がった。
『貴方たち全員、さっき、僕らを見ていた、動物だね?』
「あ、そ、その通りでございます。先程は、心をかき乱すような真似をして申し訳ありませんでした」
我に返ったようにハッとすると、ジプスと呼ばれた彼は慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。その仕草は、先程までの妙に堅苦しい雰囲気は無くなり、幼さが見える。アウィンはその様子に警戒心をすっかり崩された。
ルルはその言葉が心からのものだと確信すると、微かに頬を緩める。
「私はジプスと言います。貴方たちのように、道を崩されない旅人は珍しく……母が是非会いたいと」
『その人は、森にとってどんな、存在なの?』
「この森の創生者です」
国に入ると必ず一度は、五大柱の存在を耳にする。しかし先程から話を聞いていて、それらしい言葉が少しも出てこない。どうやらこの森、イリュジオンの中では五大柱という存在は無く、森の母というのが最も地位のある存在のようだ。
国宝を扱えるのは、その土地で最も重要な立ち位置にいる存在だ。直接国宝を扱っていなかったとしても、なんらかの手掛かりには繋がるだろう。断る理由はない。確認を込めてアウィンに振り返ると、彼はいつもの微笑で頷いた。
『僕はルル。よろしく』
「私はアウィンと申します」
『貴方に、ついて行くよ』
「ではルル様、アウィン様、ご案内します」
言葉と同時に、ジプスと、彼がコーディエと呼んた男以外が横にはけ、道を開けた。背を向けて進み出したジプスの隣で、コーディエの水に透けるような淡い青い目が、続けと無言で促す。あとを追うと、彼が後ろについた。
「貴方たちは、獣人族なのですか?」
「はい、ぼ……わ、私は獣人です。ここは、獣人族と魔族が共に暮らす森なんです」
『人間は、居ないの?』
「人間は、母ともう一人。それ以外は居ません。訪れる人間は多々いますが、先程の霧のおかげで辿り着ける者は今まで一人も居ませんでした」
そこまでジプスが言うと、ハッとしたように振り返えって慌てて声をあげた。
「べ、別に人間全員を嫌っているわけでは……! え、えっとその──」
ジプスは言い方に棘があると思ったのだろう、必死に弁解をし始めた。慌てふためいているのは目が見えなくてもよく分かる。すると彼の頬の一部が、髪と同じクリーム色の羽根にふわっと変わる。変化が解けかけたのか、焦れば焦るほどに肌は美しい羽根に変わっていった。
「おやおや、羽根が」
「あっ」
「バカ……」
ジプスはようやく気付いて両頬を手で覆う。見ていられないというように、コーディエが顔を手で覆って大きく溜息をついた。アウィンとルルは顔を見合わせ、おかしそうに笑う。
「───遅いから様子を見に来たら……もう仲良くなったみたいだね」
突然聞こえてきたのは、低く落ち着きながらも若々しく感じる女の声。ジプスの背後に立ったのは、初老に見える女だった。そこでルルは、初めて彼女の存在を知った。いつから居たのだろう、全く気配を感じさせない。しかしルルだけではなかった。アウィンも驚いて彼女を見ている。
コーディエはその場で跪き、ジプスは遅れて気付く。彼は子供のようにパッと顔を明るくさせ、懐っこい笑顔を見せた。
「師匠! あ」
「バカジプス……」
「あ、アンブル様、お、遅くなって申し訳ありません」
ジプスは慌てて姿勢を正し、広がった裾に両手をしまう形で頭を下げる。アンブルと呼ばれた老婆は、そんな彼の頭にポンと手を置いた。
「アガットが探していたよ。あとは私が案内するから、貴方たちは戻りなさい」
ジプスは白の目を丸くすると無言で頷き、どこか急いだ様子ながらも、ルルたちへ振り返って深く腰を折る。そして瞬く間にフクロウへと姿を変え、飛び去って行った。
「コーディエ、お前も行きなさい」
「しかし」
「大丈夫。守護者の目が森から離れては、いけないだろう?」
コーディエは迷うようにルルたちとアンブルを見比べる。やがて彼女の無言の微笑みに負けたのか、仕方なさそうに目を閉じると三人へ会釈した。同時、彼の腕から茶色の翼が生えると、たちまち鷹へ変貌する。鷹は皆の頭上を数秒間飛び続け、空高くへと消えて行った。
「さて、改めてようこそ、イリュジオンへ」
『貴女が、この森の母?』
「あの子たちはそう言っていたかい? そんな大それた存在じゃないよ。私はアンブル。この森で魔女をしているんだ。付いておいで。この森の事を、少し話そうか」
進むと森の枝はさらに生い茂り、歪な形が増えた。二本の木が互いに抱き合うように絡み合うものがあったり、その逆でまるで一本の中に二つ意識があるように別れているものもある。しかしそれに恐怖を与えないのは、不思議と明るいからだろう。空はほとんど見えないというのに、何故か森特有の薄暗さを感じない。
イリュジオンは、今まで見てきたどの国よりも自然と共存しているようだった。建物は木と一体化しているし、人工的な物があまり見当たらない。今まで人間が作った国が大半だったせいか、とても新鮮だった。特にルルは自然が多い分心地良いようで、澄んだ空気に深呼吸している。
「あの霧はね、警戒心の強い者に特に効くようにしているんだ」
『貴女が、霧を作っているの?』
「ああ。あまりにも可愛げのない人間が多いもんでね」
「なら、何故ただの旅人である私たちを受け入れたのですか? 単に霧を抜けるだけでは、敵意を判断できないのでは?」
「ただの? あぁ、今までそうやって言ってきたのかい」
アンブルは喉奥で可笑しそうに笑い、足を止めると振り返る。透き通るような茶色の瞳は、角度によって金色にも見えた。
ルルは心臓がドキリと大きく跳ねるのを感じた。ただ見つめられている。それだけなのに、まるで仮面を超えて直接見つめられているかのようだった。自分の前ではこんな変装は無意味だと、言われているような。それを裏付けるように、アンブルは微かな微笑みのまま続けた。
「リベルタの柱と、世界の王を、単なるとは言えないね。まあ、貴方達がそう望むのなら、気付いていない子らには言わないでおこうか」
可能性があっても、正体を見破られたのは衝撃で、ルルは仮面の下で宝石の目を丸くした。アウィンは驚きのあまり固まっている。しかも彼女は今、気付いていない子らにはと言った。つまり気付いている人物が、まだ他にも居るという事だ。
「何故それを……?」
「まぁ、立ち話より、座ってゆっくり話そう。おいで」
悪い人間で無い事は確かだ。しかし善悪と味方かどうかは関係ない。アウィンの友であるリッテは、いつも王の心配をしていた。王の正体を深く知っている者は、必ず彼らを使おうとすると。彼女がそんな、愚かな真似をする人間の一人だとは思いたくないが、油断はできない。
と、逡巡するアウィンを他所に、ルルは歩き出したアンブルの背中を追った。アウィンは咄嗟に彼の手を掴んで引き止める。
『大丈夫だよ。彼女は僕らの、敵じゃない』
微かに唇の端を緩め、心配してくれてありがとうと穏やかに彼は言った。アウィンはそっと手を離し、少しの間アンブルとルルを見比べたが、遅れて彼らに続いた。
それからもうしばらくして、確実に少しずつ景色が変わってきた。それは複雑な森の中に慣れた者以外は分からないだろう。変化は徐々に、肉眼で気付くほどになってきた。奥へ来ているのに、辺りが明るくなっている。木々の茂りはより深くなっているはずなのに。
獣道を踏んでいたルルの足がピタリと止まった。
「どうしました?」
『国宝の音、止んだ』
遠ざかったというよりは、何かによって鎮められたというのが正しい感覚だ。しかし道標が途絶えたからと言って、今更ここで立ち止まるのは得策ではない。危機を回避はしたが、この森が未知である事には変わりないのだから。
バサバサと音がした。二人の足は、その音で再び止まる。羽ばたきの正体は、先程見た銀の目を持つフクロウ。フクロウは確実に、意思を持って彼らを見ていた。二人の視線が自分に向いた事が分かったのか、フクロウは飛んだ。しかし今度は姿が見える所でまた枝に止まり、こちらへ振り返る。
「……ついて行ってみましょう」
『そうだね』
フクロウは歩き出した彼らが、自分の様子を伺っているのを理解したのか、再び同じ事を繰り返した。そうしてフクロウについて行くと、少しずつ二人を取り囲む視線が増えていた。彼らを品定めするのは、人ではなく、動物たちの目。鋭い野生の眼光は、木々の合間から顔を出して目を離さない。確かに森にとって二人は侵入者だ。あまり歓迎の意を感じない。
アウィンはできる限り、彼らを意識しないよう前を見続けた。視線を合わせ過ぎれば、敵意と受け取られる可能性もあるからだ。自然が味方する動物に、人間は敵わない。
永遠と続くように見えた森に終わりが見えた。まだ距離は遠いが、そこは今まで連なっていた木々の影が見えない。
「ルル、視界が開けてきました。少し遠くに、広場のような場所が見えます」
身を寄せ、視線を向けずに囁く。ルルは頷く変わり、繋いだ手にギュッと力を入れて応えた。
森の終わりが、ハッキリと判断できるほど近くなってきた。いつの間にか視線はパタリと止み、気付けば動物の姿が無い。よく見れば森の終わりに差し掛かる木が、規則的にアーチを作るように、左右で互いの枝を絡ませているのが分かった。これまでは、不規則な伸び方をしていたのに。
フクロウがその中心へ飛んでいく。人一人分はありそうな翼を畳むと、瞬きのうちにフクロウは一人の男へと変わった。
(変化魔法?)
遠くからでもよく分かる仄暗い銀の目は、確かにフクロウと同じだ。すると今まで隠れていたのか、数人がその両側に並んだ。
アウィンは立ち止まり、ルルを庇うように前に立つ。彼らは人の姿をしているが、同種ではない。本能からか、纏う雰囲気の違いがなんとなく分かった。しかしその警戒を取り払うように、中央に立つフクロウだった男がスッと跪いた。
「イリュジオンへようこそ、旅人殿」
「イリュジオン……?」
警戒を解かないまま王蟲返ししたアウィンに応えたのは、跪く男ではなかった。彼の隣に居る、堂々と胸を張る厳格そうな男が口を開く。
「この森の名前だ。外の者は幻想の森と呼ぶ。貴方たちは幻覚の霧を抜けた勇敢な旅人として、森の母が歓迎してくださるそうだ」
「──ちょっとコーディエ、そんな険しい顔をしていると、一向に警戒を解いてくれないよ?」
「お前は謙りすぎだぞ、ジプス。堂々としろ」
ボソボソと困ったような二人のやりとりは小さくて、鉱石の耳にしか聞こえなかった。
ルルは仮面越しでじっと彼らを見つめ、壁を作ろうとしているアウィンの腕にそっと手を添えた。気付いて振り返ったアウィンは、視線の意図に気付いて腕を退ける。そして少し迷っていたようだが、ルルの後ろへ下がった。
『貴方たち全員、さっき、僕らを見ていた、動物だね?』
「あ、そ、その通りでございます。先程は、心をかき乱すような真似をして申し訳ありませんでした」
我に返ったようにハッとすると、ジプスと呼ばれた彼は慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。その仕草は、先程までの妙に堅苦しい雰囲気は無くなり、幼さが見える。アウィンはその様子に警戒心をすっかり崩された。
ルルはその言葉が心からのものだと確信すると、微かに頬を緩める。
「私はジプスと言います。貴方たちのように、道を崩されない旅人は珍しく……母が是非会いたいと」
『その人は、森にとってどんな、存在なの?』
「この森の創生者です」
国に入ると必ず一度は、五大柱の存在を耳にする。しかし先程から話を聞いていて、それらしい言葉が少しも出てこない。どうやらこの森、イリュジオンの中では五大柱という存在は無く、森の母というのが最も地位のある存在のようだ。
国宝を扱えるのは、その土地で最も重要な立ち位置にいる存在だ。直接国宝を扱っていなかったとしても、なんらかの手掛かりには繋がるだろう。断る理由はない。確認を込めてアウィンに振り返ると、彼はいつもの微笑で頷いた。
『僕はルル。よろしく』
「私はアウィンと申します」
『貴方に、ついて行くよ』
「ではルル様、アウィン様、ご案内します」
言葉と同時に、ジプスと、彼がコーディエと呼んた男以外が横にはけ、道を開けた。背を向けて進み出したジプスの隣で、コーディエの水に透けるような淡い青い目が、続けと無言で促す。あとを追うと、彼が後ろについた。
「貴方たちは、獣人族なのですか?」
「はい、ぼ……わ、私は獣人です。ここは、獣人族と魔族が共に暮らす森なんです」
『人間は、居ないの?』
「人間は、母ともう一人。それ以外は居ません。訪れる人間は多々いますが、先程の霧のおかげで辿り着ける者は今まで一人も居ませんでした」
そこまでジプスが言うと、ハッとしたように振り返えって慌てて声をあげた。
「べ、別に人間全員を嫌っているわけでは……! え、えっとその──」
ジプスは言い方に棘があると思ったのだろう、必死に弁解をし始めた。慌てふためいているのは目が見えなくてもよく分かる。すると彼の頬の一部が、髪と同じクリーム色の羽根にふわっと変わる。変化が解けかけたのか、焦れば焦るほどに肌は美しい羽根に変わっていった。
「おやおや、羽根が」
「あっ」
「バカ……」
ジプスはようやく気付いて両頬を手で覆う。見ていられないというように、コーディエが顔を手で覆って大きく溜息をついた。アウィンとルルは顔を見合わせ、おかしそうに笑う。
「───遅いから様子を見に来たら……もう仲良くなったみたいだね」
突然聞こえてきたのは、低く落ち着きながらも若々しく感じる女の声。ジプスの背後に立ったのは、初老に見える女だった。そこでルルは、初めて彼女の存在を知った。いつから居たのだろう、全く気配を感じさせない。しかしルルだけではなかった。アウィンも驚いて彼女を見ている。
コーディエはその場で跪き、ジプスは遅れて気付く。彼は子供のようにパッと顔を明るくさせ、懐っこい笑顔を見せた。
「師匠! あ」
「バカジプス……」
「あ、アンブル様、お、遅くなって申し訳ありません」
ジプスは慌てて姿勢を正し、広がった裾に両手をしまう形で頭を下げる。アンブルと呼ばれた老婆は、そんな彼の頭にポンと手を置いた。
「アガットが探していたよ。あとは私が案内するから、貴方たちは戻りなさい」
ジプスは白の目を丸くすると無言で頷き、どこか急いだ様子ながらも、ルルたちへ振り返って深く腰を折る。そして瞬く間にフクロウへと姿を変え、飛び去って行った。
「コーディエ、お前も行きなさい」
「しかし」
「大丈夫。守護者の目が森から離れては、いけないだろう?」
コーディエは迷うようにルルたちとアンブルを見比べる。やがて彼女の無言の微笑みに負けたのか、仕方なさそうに目を閉じると三人へ会釈した。同時、彼の腕から茶色の翼が生えると、たちまち鷹へ変貌する。鷹は皆の頭上を数秒間飛び続け、空高くへと消えて行った。
「さて、改めてようこそ、イリュジオンへ」
『貴女が、この森の母?』
「あの子たちはそう言っていたかい? そんな大それた存在じゃないよ。私はアンブル。この森で魔女をしているんだ。付いておいで。この森の事を、少し話そうか」
進むと森の枝はさらに生い茂り、歪な形が増えた。二本の木が互いに抱き合うように絡み合うものがあったり、その逆でまるで一本の中に二つ意識があるように別れているものもある。しかしそれに恐怖を与えないのは、不思議と明るいからだろう。空はほとんど見えないというのに、何故か森特有の薄暗さを感じない。
イリュジオンは、今まで見てきたどの国よりも自然と共存しているようだった。建物は木と一体化しているし、人工的な物があまり見当たらない。今まで人間が作った国が大半だったせいか、とても新鮮だった。特にルルは自然が多い分心地良いようで、澄んだ空気に深呼吸している。
「あの霧はね、警戒心の強い者に特に効くようにしているんだ」
『貴女が、霧を作っているの?』
「ああ。あまりにも可愛げのない人間が多いもんでね」
「なら、何故ただの旅人である私たちを受け入れたのですか? 単に霧を抜けるだけでは、敵意を判断できないのでは?」
「ただの? あぁ、今までそうやって言ってきたのかい」
アンブルは喉奥で可笑しそうに笑い、足を止めると振り返る。透き通るような茶色の瞳は、角度によって金色にも見えた。
ルルは心臓がドキリと大きく跳ねるのを感じた。ただ見つめられている。それだけなのに、まるで仮面を超えて直接見つめられているかのようだった。自分の前ではこんな変装は無意味だと、言われているような。それを裏付けるように、アンブルは微かな微笑みのまま続けた。
「リベルタの柱と、世界の王を、単なるとは言えないね。まあ、貴方達がそう望むのなら、気付いていない子らには言わないでおこうか」
可能性があっても、正体を見破られたのは衝撃で、ルルは仮面の下で宝石の目を丸くした。アウィンは驚きのあまり固まっている。しかも彼女は今、気付いていない子らにはと言った。つまり気付いている人物が、まだ他にも居るという事だ。
「何故それを……?」
「まぁ、立ち話より、座ってゆっくり話そう。おいで」
悪い人間で無い事は確かだ。しかし善悪と味方かどうかは関係ない。アウィンの友であるリッテは、いつも王の心配をしていた。王の正体を深く知っている者は、必ず彼らを使おうとすると。彼女がそんな、愚かな真似をする人間の一人だとは思いたくないが、油断はできない。
と、逡巡するアウィンを他所に、ルルは歩き出したアンブルの背中を追った。アウィンは咄嗟に彼の手を掴んで引き止める。
『大丈夫だよ。彼女は僕らの、敵じゃない』
微かに唇の端を緩め、心配してくれてありがとうと穏やかに彼は言った。アウィンはそっと手を離し、少しの間アンブルとルルを見比べたが、遅れて彼らに続いた。
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