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【宝石少年と霧の国】
二人旅
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ルルはアウィンの腰に回した腕に、ギューっと力を込める。充分彼を確かめると、パッと顔を上げる。表情は仮面によってほとんど隠れているが、高揚しているのが分かった。
『やっぱり、アウィンだ。知っている声、だったから』
「覚えていてくれたんですね。嬉しいです」
忘れるはずがない。なにせ彼は旅という素晴らしいものを教えてくれた張本人なのだから。まさかこんな所で再会できるだなんて思っていなかった。
体が離れると、アウィンはルルの取れたフードを、そっと頭にかぶせてくれた。
『あ……』
「美しいものは、害虫も誘き寄せますからね」
『害虫?』
ルルは比喩が理解できず首をかしげる。しかしアウィンはただ笑うだけで、意味までは教えてくれなかった。
『そういえば、高価な物、落ちてたの?』
「いいえ、あれはハッタリです。目を潰しておきたかったので、手っ取り早くこちらを向いてもらいました」
ルルは驚きにキョトンとした。穏やかな笑顔のまま、その表情に似合わずえげつない事を言う。よく咄嗟にあんな嘘を思い付いたものだ。長年の旅をした経験の賜物というのだろうか。
「荷車を見つけた時です。止まっているのが珍しいと思って見れば、中が騒がしいじゃありませんか。騒動の影響で中が少し見えた時、見覚えのある貴方が──というわけです。見過ごせるわけありません」
『驚かないの? 耳の、宝石』
「初めは驚きました。でも奇妙だとは思いませんよ。似ている者が、国に居ますから」
国というのは母国の事だろう。数回目を瞬かせたが、納得した。そして嬉しく思った。この容姿を見ても目の色を変えないでいてくれる事に。
「ルルも旅をしているのですか? お一人で?」
『うん。二年以上は、旅をしているよ』
その言葉に、それまで優しい微笑みを讃えていた瞳が、微かに影を落とす。アウィンはルルが一人でいるのかを尋ねなかった。はじめ、一人でいる事に対して攫われたのかと考えていたのだ。傍に、あんなに彼を大切にしているクーゥカラットの姿が無いから。
旅をしているといろんな噂が、風のように運ばれてくる。そこに、アヴァールの五大柱が死んだというものが入っていた。アヴァール国は他国と関わりが多いため、特に噂が回ってきやすい。もちろん名前までは判明しなかったが、今の言葉でそれが彼なのだと理解した。
『どうしたの?』
「いいえ、何でもありません」
わざわざ心の傷をえぐる事はしたくない。話を変えるように、いつも通りの笑みを浮かべた。
「旅はどうです?」
『うん、とっても楽しい。ありがとう、アウィン』
「何故私にお礼を?」
『だって、アウィンが最初に、旅を、教えてくれたから』
フードの隙間から見える唇が、僅かに弧を描いているように見えた。こんなに慕われているとは思わず、アウィンは目をパチクリさせたがすぐ嬉しそうに微笑む。
「貴方の人生に関われて光栄です。そうだ、いい事を思い付きました」
『なぁに?』
「互いの道が別れるまで、共に旅をしませんか?」
その誘いは、ルルにとってはじめての経験だった。仮面下で目を輝かせ、力強く頷いた。やっぱりアウィンは、心を弾ませる初めてをくれる。
「私は気ままに旅路を決めますが、ルルはどうやって決めていますか?」
『僕は、国宝の音で、決める』
「国宝?」
『ん……あのね、まだね、話していない事、たくさんあるの』
頭に響く声は申し訳なさそうに沈んで聞こえる。アウィンは静かに母親のような慈愛ある笑みで首を横に振った。
「それは私もですよ。どれほど共にするかは分かりませんが、その間、互いに知り合えるでしょう」
『うん、そうだよね』
彼の事はもっとよく知りたい。あの一瞬とも言える時間からは信じられないほど、アウィンには興味惹かれる魅力があった。
辺りは少し薄暗くなってきた。太陽は半分以上山の向こうへ顔を隠し、空気も冷たくなってくる。そんな時、アウィンは長い足を不自然にもつれさせて腰を打ちつけた。ルルはすぐに気付けず、少し進んだ所で慌てて駆け寄る。
「おやおや……」
『どうしたの? 大丈夫? 怪我、してるの?』
心配するのも無理はない。何故ならここは石の一つも無い平坦な道だからだ。よほどの不器用でなければ転ばない。
アウィンは心配そうに首をかしげるルルの頬を、慰めるように撫でる。笑顔なのには変わりないが、申し訳なさそうに眉が下がっている。
「参りましたね。貴方との旅に舞い上がっていたようです。足の事を、すっかり忘れていました」
『? 足、痛いの?』
「いいえ、痛くはありません。ただこの足は、太陽が消えると動かなくなるんです」
『そうなの?』
ルルはそこで、彼が杖をついている理由を理解した。アウィンは深くため息を吐く。
「申し訳ないですが、これでは貴方の旅の枷となってしまう。二人旅は解消しましょうか」
自分は目的も無く気ままに旅をしているが、彼はハッキリとした目的を持っている。邪魔にはなりたくない。
しかし膝を労るように撫でながらの提案に、ルルは駄々をこねるように大きく首を横に振った。確かに重たい枷だ。しかしそんなものでは、アウィンと一緒に旅をしたいという気持ちには勝らない。
『日が登れば、また、動けるんでしょ?』
「ええ」
『じゃあ、待つ』
ルルはそう言って、隣にちょこんと膝を抱えて座る。アウィンはポカンとしたが、可笑しそうに笑った。何を言っても考えが変わらないのがよく分かった。しかし1人ならばともかく、こんな場所での野宿は得策ではない。
せめて雨風が防げる物は無いかと見渡した視界の遠くに、ポツンと家が見えた。まだ日の光はある。頑張れば、完全に動けなくなるまでには行けそうだ。
よろけながら立ち上がったアウィンを、ルルは咄嗟に支えた。
「あそこに民家が見えます。事情を話して、泊めてもらいましょう」
『無理しちゃ、ダメだよ』
「心配しないで。日が完全に落ちるまでは、不恰好ですが歩けます」
愛用の杖に体重を預け、足を若干引きずりながらもゆっくり進む。気配だけで分かる不安定さに、ルルはハラハラしながら彼を支えた。
辿り着いた家の、木製の扉をノックする。少し待ってもう一度叩いてみるが、返答は無い。
『人の気配、音……しない』
「留守でしょうか」
アウィンは試しにノブに手をかける。すると無用心な事にあっさり回った。扉はキィ……っと音を立て、ゆっくり開く。家の中はそれほど広くはなく小ざっぱりしていて、ベッド、テーブルや空の本棚など、生活において最低限な物だけが置かれていた。
その中で、最も目を惹く物があった。それはオーアトーンという鍵盤楽器で、これだけは見ただけで高級品だと分かる物だった。日用品と同じように埃をかぶってはいるが、部屋の中では存在感が強すぎて、妙に浮いて見える。
「どなたか、いらっしゃいませんか?」
少し声を上げ、部屋全体に響くように呼びかける。失礼を承知で中へ踏み込むと、床に積もった埃が舞い上がった。
靴底が何かを踏んだ。退かして見ると、それは写真立て。誰が写っているのかは、汚れのせいで分からなくなっている。汚れは意図的に付けられたものではなく、長い時間をかけて風化と共についたのだと判断できた。
扉の中へ、顔だけを覗かせて様子を伺っているルルに振り返る。
「空き家のようです。一晩、お邪魔しましょう」
『うん』
ルルは所々穴だらけでバネがギシギシと鳴るソファに、アウィンは近くにあったオーアトーン用の椅子に腰を下ろした。太陽の光が消えるより前に腰を据えられて助かった。
ひと息ついたところで、アウィンは強い視線に気付く。それはルルからのもので、仮面に隠れた表情が、心配しているのがひしひしと伝わってきた。
『足、良くないの? 痛くない?』
「心配させてすみません。でも痛くはありませんよ、大丈夫」
心配そうな視線は不安なものへと変わった。これ以上彼を見知らぬ不安に浸らせるわけにはいかない。アウィンは自分の両足に視線を落としながら、語り始めた。
「実はこの足は、私の物ではないんです」
『どういう事?』
「腰から下は、そのままの意味で他人なのですよ。それもこれは友人の……貴方と同じオリクトの民の足」
ルルはその事に全く気付かなかった。なにせその足は、オリクトの民特有の鉱石の香りではなく、確かに人の香りだったから。
「私の体と彼の体を組み合わせるには、互いの血を飲んで馴染ませる必要がありました。気付かないのはそのためでしょう」
『本当の足は?』
「さて、どこに行ってしまったのか。旅に出るちょうど一年前です。朝起きたら無くなっていました」
『…………盗られちゃったの?』
しばらく考えた結果の言葉に、アウィンは面白そうに笑った。確かにその言葉が一番しっくりくる。
十年以上前であっても、あの時の事はどうやっても忘れられない。旅の準備をしている最中だ。いつも通りの朝を迎えて足を包む毛布を取ったら、そこにあるはずのものが存在しなかった。痛みも無ければ、感覚さえ無い。ただ驚いて、唖然としていた。
「そんな状態だったので、旅は諦めました。これもまた、運命なのかと」
『そんな』
「……私はね、リベルタで柱の一人だったのですよ」
『だからクゥの事、すぐ、分かったんだね』
「その通り。本当に、よく覚えていますね」
十代の頃から五大柱として務めたが、旅への希望を諦めきれず、友人が代わりを申し出てくれた。そのため二十歳になったその日から準備をしていたのだが、無くなった場所やタイミングといい、まるで旅を阻止されたような気分だった。
「けれど毎日私が、無意識に窓の外を見るのが腹立たしいと、友人が足を貸してくれたんです」
貸す代わり、必ず帰る事。しかし満足いくまで帰ってくるなという激励を受け、その申し出をありがたく受け取った。
足は不思議なほどに良く馴染んだ。リハビリは医師の予想を遥か上回るほど早く終わり、難なく歩けるようになった。ただ一つ、夜は身動きができない事だけが不自由だが、おかげで旅を続けられている。
ルルはその友情を少し羨ましく感じた。自身の一部を託し託されるだなんて、相手を深く信じ合っていなければできない。
『アウィンは、ずっと二人で旅を、しているんだね』
きっと夜歩けないのは、無茶して歩きすぎないようにするためなんだと、彼は続ける。そんな無邪気な発想を呟いたのは、微睡んだような声色だった。アウィンは細い目を丸くして足へ視線を戻す。
「ええ……ええ、そうかもしれません。いいえ、きっとそうでしょう」
彼は優しく膝に触れる。そこを見つめる青い瞳は、とても愛おしそうだった。
『やっぱり、アウィンだ。知っている声、だったから』
「覚えていてくれたんですね。嬉しいです」
忘れるはずがない。なにせ彼は旅という素晴らしいものを教えてくれた張本人なのだから。まさかこんな所で再会できるだなんて思っていなかった。
体が離れると、アウィンはルルの取れたフードを、そっと頭にかぶせてくれた。
『あ……』
「美しいものは、害虫も誘き寄せますからね」
『害虫?』
ルルは比喩が理解できず首をかしげる。しかしアウィンはただ笑うだけで、意味までは教えてくれなかった。
『そういえば、高価な物、落ちてたの?』
「いいえ、あれはハッタリです。目を潰しておきたかったので、手っ取り早くこちらを向いてもらいました」
ルルは驚きにキョトンとした。穏やかな笑顔のまま、その表情に似合わずえげつない事を言う。よく咄嗟にあんな嘘を思い付いたものだ。長年の旅をした経験の賜物というのだろうか。
「荷車を見つけた時です。止まっているのが珍しいと思って見れば、中が騒がしいじゃありませんか。騒動の影響で中が少し見えた時、見覚えのある貴方が──というわけです。見過ごせるわけありません」
『驚かないの? 耳の、宝石』
「初めは驚きました。でも奇妙だとは思いませんよ。似ている者が、国に居ますから」
国というのは母国の事だろう。数回目を瞬かせたが、納得した。そして嬉しく思った。この容姿を見ても目の色を変えないでいてくれる事に。
「ルルも旅をしているのですか? お一人で?」
『うん。二年以上は、旅をしているよ』
その言葉に、それまで優しい微笑みを讃えていた瞳が、微かに影を落とす。アウィンはルルが一人でいるのかを尋ねなかった。はじめ、一人でいる事に対して攫われたのかと考えていたのだ。傍に、あんなに彼を大切にしているクーゥカラットの姿が無いから。
旅をしているといろんな噂が、風のように運ばれてくる。そこに、アヴァールの五大柱が死んだというものが入っていた。アヴァール国は他国と関わりが多いため、特に噂が回ってきやすい。もちろん名前までは判明しなかったが、今の言葉でそれが彼なのだと理解した。
『どうしたの?』
「いいえ、何でもありません」
わざわざ心の傷をえぐる事はしたくない。話を変えるように、いつも通りの笑みを浮かべた。
「旅はどうです?」
『うん、とっても楽しい。ありがとう、アウィン』
「何故私にお礼を?」
『だって、アウィンが最初に、旅を、教えてくれたから』
フードの隙間から見える唇が、僅かに弧を描いているように見えた。こんなに慕われているとは思わず、アウィンは目をパチクリさせたがすぐ嬉しそうに微笑む。
「貴方の人生に関われて光栄です。そうだ、いい事を思い付きました」
『なぁに?』
「互いの道が別れるまで、共に旅をしませんか?」
その誘いは、ルルにとってはじめての経験だった。仮面下で目を輝かせ、力強く頷いた。やっぱりアウィンは、心を弾ませる初めてをくれる。
「私は気ままに旅路を決めますが、ルルはどうやって決めていますか?」
『僕は、国宝の音で、決める』
「国宝?」
『ん……あのね、まだね、話していない事、たくさんあるの』
頭に響く声は申し訳なさそうに沈んで聞こえる。アウィンは静かに母親のような慈愛ある笑みで首を横に振った。
「それは私もですよ。どれほど共にするかは分かりませんが、その間、互いに知り合えるでしょう」
『うん、そうだよね』
彼の事はもっとよく知りたい。あの一瞬とも言える時間からは信じられないほど、アウィンには興味惹かれる魅力があった。
辺りは少し薄暗くなってきた。太陽は半分以上山の向こうへ顔を隠し、空気も冷たくなってくる。そんな時、アウィンは長い足を不自然にもつれさせて腰を打ちつけた。ルルはすぐに気付けず、少し進んだ所で慌てて駆け寄る。
「おやおや……」
『どうしたの? 大丈夫? 怪我、してるの?』
心配するのも無理はない。何故ならここは石の一つも無い平坦な道だからだ。よほどの不器用でなければ転ばない。
アウィンは心配そうに首をかしげるルルの頬を、慰めるように撫でる。笑顔なのには変わりないが、申し訳なさそうに眉が下がっている。
「参りましたね。貴方との旅に舞い上がっていたようです。足の事を、すっかり忘れていました」
『? 足、痛いの?』
「いいえ、痛くはありません。ただこの足は、太陽が消えると動かなくなるんです」
『そうなの?』
ルルはそこで、彼が杖をついている理由を理解した。アウィンは深くため息を吐く。
「申し訳ないですが、これでは貴方の旅の枷となってしまう。二人旅は解消しましょうか」
自分は目的も無く気ままに旅をしているが、彼はハッキリとした目的を持っている。邪魔にはなりたくない。
しかし膝を労るように撫でながらの提案に、ルルは駄々をこねるように大きく首を横に振った。確かに重たい枷だ。しかしそんなものでは、アウィンと一緒に旅をしたいという気持ちには勝らない。
『日が登れば、また、動けるんでしょ?』
「ええ」
『じゃあ、待つ』
ルルはそう言って、隣にちょこんと膝を抱えて座る。アウィンはポカンとしたが、可笑しそうに笑った。何を言っても考えが変わらないのがよく分かった。しかし1人ならばともかく、こんな場所での野宿は得策ではない。
せめて雨風が防げる物は無いかと見渡した視界の遠くに、ポツンと家が見えた。まだ日の光はある。頑張れば、完全に動けなくなるまでには行けそうだ。
よろけながら立ち上がったアウィンを、ルルは咄嗟に支えた。
「あそこに民家が見えます。事情を話して、泊めてもらいましょう」
『無理しちゃ、ダメだよ』
「心配しないで。日が完全に落ちるまでは、不恰好ですが歩けます」
愛用の杖に体重を預け、足を若干引きずりながらもゆっくり進む。気配だけで分かる不安定さに、ルルはハラハラしながら彼を支えた。
辿り着いた家の、木製の扉をノックする。少し待ってもう一度叩いてみるが、返答は無い。
『人の気配、音……しない』
「留守でしょうか」
アウィンは試しにノブに手をかける。すると無用心な事にあっさり回った。扉はキィ……っと音を立て、ゆっくり開く。家の中はそれほど広くはなく小ざっぱりしていて、ベッド、テーブルや空の本棚など、生活において最低限な物だけが置かれていた。
その中で、最も目を惹く物があった。それはオーアトーンという鍵盤楽器で、これだけは見ただけで高級品だと分かる物だった。日用品と同じように埃をかぶってはいるが、部屋の中では存在感が強すぎて、妙に浮いて見える。
「どなたか、いらっしゃいませんか?」
少し声を上げ、部屋全体に響くように呼びかける。失礼を承知で中へ踏み込むと、床に積もった埃が舞い上がった。
靴底が何かを踏んだ。退かして見ると、それは写真立て。誰が写っているのかは、汚れのせいで分からなくなっている。汚れは意図的に付けられたものではなく、長い時間をかけて風化と共についたのだと判断できた。
扉の中へ、顔だけを覗かせて様子を伺っているルルに振り返る。
「空き家のようです。一晩、お邪魔しましょう」
『うん』
ルルは所々穴だらけでバネがギシギシと鳴るソファに、アウィンは近くにあったオーアトーン用の椅子に腰を下ろした。太陽の光が消えるより前に腰を据えられて助かった。
ひと息ついたところで、アウィンは強い視線に気付く。それはルルからのもので、仮面に隠れた表情が、心配しているのがひしひしと伝わってきた。
『足、良くないの? 痛くない?』
「心配させてすみません。でも痛くはありませんよ、大丈夫」
心配そうな視線は不安なものへと変わった。これ以上彼を見知らぬ不安に浸らせるわけにはいかない。アウィンは自分の両足に視線を落としながら、語り始めた。
「実はこの足は、私の物ではないんです」
『どういう事?』
「腰から下は、そのままの意味で他人なのですよ。それもこれは友人の……貴方と同じオリクトの民の足」
ルルはその事に全く気付かなかった。なにせその足は、オリクトの民特有の鉱石の香りではなく、確かに人の香りだったから。
「私の体と彼の体を組み合わせるには、互いの血を飲んで馴染ませる必要がありました。気付かないのはそのためでしょう」
『本当の足は?』
「さて、どこに行ってしまったのか。旅に出るちょうど一年前です。朝起きたら無くなっていました」
『…………盗られちゃったの?』
しばらく考えた結果の言葉に、アウィンは面白そうに笑った。確かにその言葉が一番しっくりくる。
十年以上前であっても、あの時の事はどうやっても忘れられない。旅の準備をしている最中だ。いつも通りの朝を迎えて足を包む毛布を取ったら、そこにあるはずのものが存在しなかった。痛みも無ければ、感覚さえ無い。ただ驚いて、唖然としていた。
「そんな状態だったので、旅は諦めました。これもまた、運命なのかと」
『そんな』
「……私はね、リベルタで柱の一人だったのですよ」
『だからクゥの事、すぐ、分かったんだね』
「その通り。本当に、よく覚えていますね」
十代の頃から五大柱として務めたが、旅への希望を諦めきれず、友人が代わりを申し出てくれた。そのため二十歳になったその日から準備をしていたのだが、無くなった場所やタイミングといい、まるで旅を阻止されたような気分だった。
「けれど毎日私が、無意識に窓の外を見るのが腹立たしいと、友人が足を貸してくれたんです」
貸す代わり、必ず帰る事。しかし満足いくまで帰ってくるなという激励を受け、その申し出をありがたく受け取った。
足は不思議なほどに良く馴染んだ。リハビリは医師の予想を遥か上回るほど早く終わり、難なく歩けるようになった。ただ一つ、夜は身動きができない事だけが不自由だが、おかげで旅を続けられている。
ルルはその友情を少し羨ましく感じた。自身の一部を託し託されるだなんて、相手を深く信じ合っていなければできない。
『アウィンは、ずっと二人で旅を、しているんだね』
きっと夜歩けないのは、無茶して歩きすぎないようにするためなんだと、彼は続ける。そんな無邪気な発想を呟いたのは、微睡んだような声色だった。アウィンは細い目を丸くして足へ視線を戻す。
「ええ……ええ、そうかもしれません。いいえ、きっとそうでしょう」
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