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【宝石少年と2つの国】
彼なりの答え
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舞踏会が終わって直後の事。ルルは、ルービィからの言葉に呆然としていた。再び賑わう舞台上の中、立ち止まっているのは彼だけだろう。どのくらいそうしていたか分からない。すると誰かに肩を叩かれ、過剰に体を跳ねさせた。
「おい、大丈夫かルル? こんなど真ん中で、何してるんだよ」
ベリルは振り返った不安定に色を変える虹の目に、訝しそうに首をかしげる。皆舞踏会を終えて表情は晴れ晴れとしているのに。何か失敗でもしたのだろうか。
「どうした、舞踏会楽しくなかったのか?」
大きな垂れ目を半分ほど伏せて、ルルはただ頭を振る。それでも不安げなのは相変わらずだった。今日はハメを外せる宴の日。そして国に大きく貢献したのに、こんな沈んだ顔をしてほしくない。
ベリルはルルの手を取って、人々の流れとは真逆の方向へ歩き出した。
「行くぞ、あそこ」
『どこ?』
宴の音が遠退いていく。腰に腕を回せと言われ、ギュッと彼にしがみ付いた。ベリルは腰のホルダーからワイヤーを取り出すと、それを遠くにある木の枝へ投げる。
ルルは飛び降りた浮遊間に、既視感を覚えた。やがて目的地を理解する頃には、足が複雑に絡んだ枝に降り立つ。
「到着」
『……鳳凰の巣?』
「おう。何か食ったか?」
『ううん』
「手、出してみろ」
ベリルはゴソゴソと懐を漁り、小さく折り畳んだ紙袋を取り出した。差し出された薄青い両手へ逆さにすると、カラフルな玉が数個落ちた。星の影と呼ばれるこれは、砂糖と蜜を混ぜた甘い菓子だ。キラキラとした見た目と蜜の違いで様々な味を楽しめる。だが親しみがあると言うには少し難しい値段で、子供の頃には憧れるものだ。
ルルは一粒指で拾い、月の輝く空へかざす。月光が星の影を通し、蓄えた光がその身を覗く虹の瞳に落ちる。弾けるような輝きに、今はノイスでは何より暗いここが眩しく思えた。
互いに一粒ずつ放り、しばらく口の中で転がしながら国を眺める。国民全員が女神像が佇む土地に集まっているからか、住宅街や繁華街に明かりが無い。そのため暗くなっている二つの地区は、月光によって淡い光をまとっていた。金属の皮をかぶった一軒一軒の建物が灯りを反射し、遠いここからは星のように見える。
「楽しかったか? ノイス」
『うん。ベリルたちと会えたから……とっても、楽しかった』
ベリルは得意げに笑うと、ルルの頭をクシャクシャと掻き回すように撫でた。そしてくすぐったそうにする彼を見ると、少し顔を逸らしてボソリと呟く。
「俺も、お前と会えて、楽しかったよ」
言った直後やはり恥ずかしくなり、ベリルはルルの頭にフードを無理やりかぶせる。押さえつけるように頭を撫でながら、フードの下で笑うような音が聞こえた。
ルルはフードを取りながら、静かに地上の星を見つめた。
『……ねえ、好きって何?』
「アバウトだな」
好きにも様々な種類がある。ルルはそう言うと、少し困ったように膝を抱えた。藪から棒な問いに、ベリルはルービィと何かあったのだと察しがついた。さらには告白をされたのだろうと予想できる。試しに尋ねてみれば、やはり彼は頷いた。
「嫌だったのか?」
『……ううん。ただ、分からないの』
「何が?」
『僕の感情、言葉が……考えれば考えるほど、ボヤけるんだ。今まで、いろんな人を、大好きに、なってきた。それは、分かるのに』
「ルービィが言った好きの意味は、分かるのか?」
『うん、本で読んだ。僕も……彼女には、友達として……とは違うって、分かる。でも』
意外だとベリルは思った。彼は感情に素直で忠実だ。分からないと言いつつもそこまで感情がハッキリしているのに、どうして言葉にならないのだろう。たとえ頭を抱えるほど鈍感であっても、ここまでくれば嫌でも理解するはずだ。
頭に響く声は苦しげで、まるで泣いてしまいそうだった。ルルは息苦しそうに胸元を握りしめ、目元をしかめる。すると歪んだ宝石の瞳に、僅かに暗い色が混ざったのをベリルは見た。彼が悩み続けると、更に汚い色は増える。その時ふと、脳裏に父親が言っていた王についての言葉が、フラッシュバックする。
「あ……そうか、お前は」
『? 僕は、何?』
不思議そうにするルルに、ベリルは答えられずにいた。そうだ、彼があまりにも感情豊かだったから忘れていた。本来の王の姿を。彼らが感情を持たないという事を。
王は全ての生き物から信頼され、愛される。しかしその信頼を、王は決して受け取らない。理解もしない。誰かと親しくなったり嫌ったりする事は、全てを等しく見て裁かなければいけない王には、あってはいけない感情なのだ。
そして純粋でなければいけない彼らにとって、恋や愛などと言った感情は汚れるものでしかない。それでもルルは、理解しようとしている。理解しかけている。しかし彼の体は、王としての本能が理解する事を拒絶している。そのせいで虹の目に汚れが見えたのだ。
ルルが恋を理解するのは不可能だ。心を持つ彼にとって、なんて理不尽な命(めい)なのか。しかもそれは、天が与える覆してはならないもの。
「言われて、想われて、嫌だったか?」
『……ううん、嫌じゃない』
「じゃあ、もし俺からそういうふうに見られてら?」
ルルはキョトンとすると、しばらく遠くを見つめた。不思議と考えるまでもなく、嫌だと答えが出た。だって彼とは友達で、兄弟だ。それ以外には見れない。見られたくない。もしそうだったら嫌悪すら感じるだろう。考えてみる。もし他の女性からそういった好意を向けられたらどう思うのか。不思議と答えがすぐに出た。
ルルはベリルに応えるよりも前に立ち上がる。
『行かなきゃ』
心が急きたてる。見出せない言葉ばかりを追っていたって意味が無い。ルービィは彼女なりの表現で想いを伝えてくれた。きっと不確かで頼りない言葉になってしまうだろう。それでも、1秒でもはやく彼女へ言葉として伝えよう。旅立ちの時はもう迫っているのだから。
ベリルはルルの表情から迷いが晴れたのが見え、ニッと笑うと立ち上がる。
「よし、行きたい場所まで送るぞ」
ルルはスッと立ち上がった。その瞳から汚れはすっかり消え去り、どこまでもまっすぐ前だけを見つめていた。表情から迷いの霧が晴れたのはよく分かった。
「行くか」
『うん。ありがとう、ベリル』
「頼りがいある兄貴だろ?」
ニヤッと得意げに笑った彼に、ルルはおかしそうに目を細めて頷いた。
ワイヤーが枝を自我を持っているかのように伝って進んでいく。ノイスには7日間しか居ないのに、この振り子のような感覚には慣れてしまった。もうあと何回体験できるだろうか。もしかしたら最後かもしれない。
「着いたぞ」
2人が降りたのは、クァイット家の敷居内。玄関前から薔薇の良い香りがする。ベリルが送ると言ってくれたため、言葉に甘えたのだ。
ルルは、暗闇でも不思議と目立つ金の目をジーッと見つめる。別れを告げようとした彼にギュッと抱きついた。抱擁する腕には、なんだかいつもよりも力がこもっているように感じた。
「なんだよ甘えん坊」
『今日が終わったら、国を立つよ』
からかいながらも背中を優しく摩っていた手が、ピタリと止まる。アダマスの件や宴やらで、彼が旅人である事をすっかり忘れていた。世界で唯一の色彩を持つ虹の瞳に自分の姿が映る。色とりどりに流れ続ける中、目が合う数秒間は黄金色が強く混ざった。もう二度と混ざらないかもしれない色だ。それでもベリルは満足そうな笑みを浮かべ、ルルの頭にポンと手を置く。
「未練残すなよ?」
寂しさを見せるどころか、彼は意地悪そうに笑う。ルルは驚いたように目をパチクリさせたが、すぐ微かに口角を上げて意気込むように強く頷いて見せた。
「またな」
『うん。送ってくれて、ありがとう』
ベリルはいつも通り、ワイヤーを遠くの枝に巻き付けて去って行った。ルルは少しの間名残惜しそうに、誰も居なくなった木々の間を見つめる。目を閉じ、深く、深く呼吸をした。吸いすぎたのか、体が余分な空気を咳で吐き出させた。
鳴らない喉を鳴らす真似をし、意を決するように館に振り返った。一歩門に入れば、たちまち薔薇の香りが包んでくる。意識せず、指先が彼女の顔の輪郭を脳裏に浮かばせた。きっと今後香りを感じれば、脳裏を綺麗な微笑みが描くだろう。悪い気はしない。
館の庭は迷路のようだが、毎日過ごせば短い期間でも覚えられるものだ。ルルは薔薇たちが足元を見守る中、館の扉を通り過ぎた。そのまま壁を伝うようにして裏庭へ周り、更にまっすぐ突き進む。一本の道を開ける木に括られた月型の照明が、彼の後ろを追うようにボンヤリと灯った。
辿り着いたのは、ルービィが愛してやまない箱庭。扉に触れると、何の抵抗も無く開いた。鍵として扉を飾る国石がまだムーンストーンだから、機能していないのだ。
(1人で来るのは、初めてかも)
いつもは彼女と一緒に入るから新鮮だ。気のせいだろうが、植物たちも主人の姿が隣に居ない事に、不思議がっているように思える。
静かに水を流す噴水前のベンチに腰かける。初めてここに訪れた時以来、ルルの定位置となっていた。
じっと、扉が開くのを待った。館に来る前に、ルービィにここへ来てくれるよう頼んだのだ。彼女は頷いてくれたが、少し戸惑っていたように感じた。
(未練は、残さない)
やり残して、この14日間を悲しい記憶にしたくない。彼女たちとの記憶は波乱があれど、美しいものだから。
もうすぐで月が太陽の明るさに消えていくだろう。その前に、旅立つ前に彼女が来てくれるのをただ祈った。
キィと、小さな鳴き声のような音がした。扉が開かれたのだ。
「──ルル」
小さく声が聞こえた。心構えしていたと言うのに、ルルは心臓がギュッと小さくなったような痛みを感じた。それを逃すように、背筋を正す。普段落ち着いている心臓がこんなふうになるのはきっと、名を呼んだルービィの声が緊張に震えているからだろう。閉鎖的な小屋は比較的響きやすいのに、ほとんど反響しなかった。
ルルは感染した緊張を悟られないよう、目を細めて笑う真似をした。じゃないと、まともに会話ができなさそうだから。
『来てくれて、ありがとう』
促すように、手を差し伸べる。ルービィは迷うように目を左右に揺らし、深呼吸するとゆっくり歩み寄り、隣に腰を下ろした。
沈黙が流れる。たった数秒でも、いつもと違う空気感での静かな時間は、異常に長く思えてしまう。ドレスの裾を巻き込んで握る拳が汗ばむ。
『僕は貴女が大切だ』
「!」
『出会って、お喋りして……大切な人ができたと、嬉しかった。でもそれは、他の友達と、同じ大切だと、思ってた』
思い出すのは、舞踏会に誘われたあの夜。無意識に友達とルービィを分けて考えていたと気付いた日。2年以上の旅で、計り知れないほど多くの人と出会い、たくさんの感情で手を取り合った。そんな中で、彼女だけはポツンと1人、分けている。
友愛ではない。家族のような愛でもない。それでも、本に書かれるような性的欲求などは全く感じない。
『でも、それ、でも』
「ルル……?」
言葉が半端な所で止まる。最後に聞こえた音は苦しげで、ルービィは心配そうに顔を覗いた。そして瞳に濁りを見て、シェーンの言葉を嫌でも実感する。考えれば考えるほど、その身を、奇跡的に作られた心を蝕んでいくのだ。
ルービィはルルの手に自分のを重ねた。答えなどもう要らないと思うほど、こちらの胸も痛い。彼は気付くと目を合わせ、そっと頬に指を滑らせる。
『…………それでも、友達とは、やっぱり違うんだ』
「ルル、ごめんなさい、私」
『僕なりに、考えたんだ。もし、他の親しい女性(ひと)から、同じ感情を、貰ったら……どうかって。そうしたら』
腹の辺りがグルグルする。静かにゆっくりと、汚れた何かに体の奥が侵食されていくのがよく分かった。感覚があるのに、まるで他人の体のようだ。そんな状況下で、ルルは言葉を詰まらせないよう、必死に頭の中で綴り続けた。自分の感情を言葉にする事くらい、邪魔をしないでくれ。
『──嬉しくない。貴女からの言葉は、胸を暖かくするのに、他の人だとむしろ、嫌だと分かるの』
ルービィは言葉の意味を理解して、鮮やかなピンクの瞳を大きく見開いた。感情を理解できない。受け取れない。それでもその言葉が出るのはつまり、自分からの好意は嬉しいという感情に近いと言う事だ。これが彼の答え。穢れに侵されながらも、必死に、自分だけの感情を言葉にしてくれた。
拒否でも肯定でもない。だが充分だ。充分、彼の感情は伝わった。
しかしルルはハッキリとしなかったのが不満なようだった。ムッとした、泣くのを堪えるような顔をして俯く。
『……これが、精一杯なの。ごめんね、ルービィはハッキリ、答えを出したのに。望む事を、したいのに、できない』
薄く開かれた瞳に、ドロリと汚れた色が流れる。伝えなければ。充分だという事を。今度は言葉ではなく、行動で。
ルービィはルルの顔を胸元に寄せ、そっと抱きしめた。驚いたのか、僅かに身動ぐ。
『ルービィ──』
「ありがとう」
「?」
「貴方の考えた答えが聞けて、本当に嬉しいわ。好きよ、ルル。私の感情を受け止めてくれて、ありがとう」
鉱石の耳を通し、トクントクンと、何か脈打つのが聞こえる。その柔らかな音は彼女の鼓動。それはルルの心臓の音と溶けるように重なった。二つは速さも大きさも違うというのに。しかし確かに合わさった鼓動は、眠気を誘うような安心感を与えた。こんなに安心するのは、きっと彼女だからだと、ルルは何故か確信できた。
オリクトの民は人間よりも体温が低い。加えてルービィは体温が高いのか、とても暖かかった。離れるのが恋しく、ルルは思わずせがむように、彼女の背中に腕を回す。目の濁りは、いつの間にか姿を消していた。
「おい、大丈夫かルル? こんなど真ん中で、何してるんだよ」
ベリルは振り返った不安定に色を変える虹の目に、訝しそうに首をかしげる。皆舞踏会を終えて表情は晴れ晴れとしているのに。何か失敗でもしたのだろうか。
「どうした、舞踏会楽しくなかったのか?」
大きな垂れ目を半分ほど伏せて、ルルはただ頭を振る。それでも不安げなのは相変わらずだった。今日はハメを外せる宴の日。そして国に大きく貢献したのに、こんな沈んだ顔をしてほしくない。
ベリルはルルの手を取って、人々の流れとは真逆の方向へ歩き出した。
「行くぞ、あそこ」
『どこ?』
宴の音が遠退いていく。腰に腕を回せと言われ、ギュッと彼にしがみ付いた。ベリルは腰のホルダーからワイヤーを取り出すと、それを遠くにある木の枝へ投げる。
ルルは飛び降りた浮遊間に、既視感を覚えた。やがて目的地を理解する頃には、足が複雑に絡んだ枝に降り立つ。
「到着」
『……鳳凰の巣?』
「おう。何か食ったか?」
『ううん』
「手、出してみろ」
ベリルはゴソゴソと懐を漁り、小さく折り畳んだ紙袋を取り出した。差し出された薄青い両手へ逆さにすると、カラフルな玉が数個落ちた。星の影と呼ばれるこれは、砂糖と蜜を混ぜた甘い菓子だ。キラキラとした見た目と蜜の違いで様々な味を楽しめる。だが親しみがあると言うには少し難しい値段で、子供の頃には憧れるものだ。
ルルは一粒指で拾い、月の輝く空へかざす。月光が星の影を通し、蓄えた光がその身を覗く虹の瞳に落ちる。弾けるような輝きに、今はノイスでは何より暗いここが眩しく思えた。
互いに一粒ずつ放り、しばらく口の中で転がしながら国を眺める。国民全員が女神像が佇む土地に集まっているからか、住宅街や繁華街に明かりが無い。そのため暗くなっている二つの地区は、月光によって淡い光をまとっていた。金属の皮をかぶった一軒一軒の建物が灯りを反射し、遠いここからは星のように見える。
「楽しかったか? ノイス」
『うん。ベリルたちと会えたから……とっても、楽しかった』
ベリルは得意げに笑うと、ルルの頭をクシャクシャと掻き回すように撫でた。そしてくすぐったそうにする彼を見ると、少し顔を逸らしてボソリと呟く。
「俺も、お前と会えて、楽しかったよ」
言った直後やはり恥ずかしくなり、ベリルはルルの頭にフードを無理やりかぶせる。押さえつけるように頭を撫でながら、フードの下で笑うような音が聞こえた。
ルルはフードを取りながら、静かに地上の星を見つめた。
『……ねえ、好きって何?』
「アバウトだな」
好きにも様々な種類がある。ルルはそう言うと、少し困ったように膝を抱えた。藪から棒な問いに、ベリルはルービィと何かあったのだと察しがついた。さらには告白をされたのだろうと予想できる。試しに尋ねてみれば、やはり彼は頷いた。
「嫌だったのか?」
『……ううん。ただ、分からないの』
「何が?」
『僕の感情、言葉が……考えれば考えるほど、ボヤけるんだ。今まで、いろんな人を、大好きに、なってきた。それは、分かるのに』
「ルービィが言った好きの意味は、分かるのか?」
『うん、本で読んだ。僕も……彼女には、友達として……とは違うって、分かる。でも』
意外だとベリルは思った。彼は感情に素直で忠実だ。分からないと言いつつもそこまで感情がハッキリしているのに、どうして言葉にならないのだろう。たとえ頭を抱えるほど鈍感であっても、ここまでくれば嫌でも理解するはずだ。
頭に響く声は苦しげで、まるで泣いてしまいそうだった。ルルは息苦しそうに胸元を握りしめ、目元をしかめる。すると歪んだ宝石の瞳に、僅かに暗い色が混ざったのをベリルは見た。彼が悩み続けると、更に汚い色は増える。その時ふと、脳裏に父親が言っていた王についての言葉が、フラッシュバックする。
「あ……そうか、お前は」
『? 僕は、何?』
不思議そうにするルルに、ベリルは答えられずにいた。そうだ、彼があまりにも感情豊かだったから忘れていた。本来の王の姿を。彼らが感情を持たないという事を。
王は全ての生き物から信頼され、愛される。しかしその信頼を、王は決して受け取らない。理解もしない。誰かと親しくなったり嫌ったりする事は、全てを等しく見て裁かなければいけない王には、あってはいけない感情なのだ。
そして純粋でなければいけない彼らにとって、恋や愛などと言った感情は汚れるものでしかない。それでもルルは、理解しようとしている。理解しかけている。しかし彼の体は、王としての本能が理解する事を拒絶している。そのせいで虹の目に汚れが見えたのだ。
ルルが恋を理解するのは不可能だ。心を持つ彼にとって、なんて理不尽な命(めい)なのか。しかもそれは、天が与える覆してはならないもの。
「言われて、想われて、嫌だったか?」
『……ううん、嫌じゃない』
「じゃあ、もし俺からそういうふうに見られてら?」
ルルはキョトンとすると、しばらく遠くを見つめた。不思議と考えるまでもなく、嫌だと答えが出た。だって彼とは友達で、兄弟だ。それ以外には見れない。見られたくない。もしそうだったら嫌悪すら感じるだろう。考えてみる。もし他の女性からそういった好意を向けられたらどう思うのか。不思議と答えがすぐに出た。
ルルはベリルに応えるよりも前に立ち上がる。
『行かなきゃ』
心が急きたてる。見出せない言葉ばかりを追っていたって意味が無い。ルービィは彼女なりの表現で想いを伝えてくれた。きっと不確かで頼りない言葉になってしまうだろう。それでも、1秒でもはやく彼女へ言葉として伝えよう。旅立ちの時はもう迫っているのだから。
ベリルはルルの表情から迷いが晴れたのが見え、ニッと笑うと立ち上がる。
「よし、行きたい場所まで送るぞ」
ルルはスッと立ち上がった。その瞳から汚れはすっかり消え去り、どこまでもまっすぐ前だけを見つめていた。表情から迷いの霧が晴れたのはよく分かった。
「行くか」
『うん。ありがとう、ベリル』
「頼りがいある兄貴だろ?」
ニヤッと得意げに笑った彼に、ルルはおかしそうに目を細めて頷いた。
ワイヤーが枝を自我を持っているかのように伝って進んでいく。ノイスには7日間しか居ないのに、この振り子のような感覚には慣れてしまった。もうあと何回体験できるだろうか。もしかしたら最後かもしれない。
「着いたぞ」
2人が降りたのは、クァイット家の敷居内。玄関前から薔薇の良い香りがする。ベリルが送ると言ってくれたため、言葉に甘えたのだ。
ルルは、暗闇でも不思議と目立つ金の目をジーッと見つめる。別れを告げようとした彼にギュッと抱きついた。抱擁する腕には、なんだかいつもよりも力がこもっているように感じた。
「なんだよ甘えん坊」
『今日が終わったら、国を立つよ』
からかいながらも背中を優しく摩っていた手が、ピタリと止まる。アダマスの件や宴やらで、彼が旅人である事をすっかり忘れていた。世界で唯一の色彩を持つ虹の瞳に自分の姿が映る。色とりどりに流れ続ける中、目が合う数秒間は黄金色が強く混ざった。もう二度と混ざらないかもしれない色だ。それでもベリルは満足そうな笑みを浮かべ、ルルの頭にポンと手を置く。
「未練残すなよ?」
寂しさを見せるどころか、彼は意地悪そうに笑う。ルルは驚いたように目をパチクリさせたが、すぐ微かに口角を上げて意気込むように強く頷いて見せた。
「またな」
『うん。送ってくれて、ありがとう』
ベリルはいつも通り、ワイヤーを遠くの枝に巻き付けて去って行った。ルルは少しの間名残惜しそうに、誰も居なくなった木々の間を見つめる。目を閉じ、深く、深く呼吸をした。吸いすぎたのか、体が余分な空気を咳で吐き出させた。
鳴らない喉を鳴らす真似をし、意を決するように館に振り返った。一歩門に入れば、たちまち薔薇の香りが包んでくる。意識せず、指先が彼女の顔の輪郭を脳裏に浮かばせた。きっと今後香りを感じれば、脳裏を綺麗な微笑みが描くだろう。悪い気はしない。
館の庭は迷路のようだが、毎日過ごせば短い期間でも覚えられるものだ。ルルは薔薇たちが足元を見守る中、館の扉を通り過ぎた。そのまま壁を伝うようにして裏庭へ周り、更にまっすぐ突き進む。一本の道を開ける木に括られた月型の照明が、彼の後ろを追うようにボンヤリと灯った。
辿り着いたのは、ルービィが愛してやまない箱庭。扉に触れると、何の抵抗も無く開いた。鍵として扉を飾る国石がまだムーンストーンだから、機能していないのだ。
(1人で来るのは、初めてかも)
いつもは彼女と一緒に入るから新鮮だ。気のせいだろうが、植物たちも主人の姿が隣に居ない事に、不思議がっているように思える。
静かに水を流す噴水前のベンチに腰かける。初めてここに訪れた時以来、ルルの定位置となっていた。
じっと、扉が開くのを待った。館に来る前に、ルービィにここへ来てくれるよう頼んだのだ。彼女は頷いてくれたが、少し戸惑っていたように感じた。
(未練は、残さない)
やり残して、この14日間を悲しい記憶にしたくない。彼女たちとの記憶は波乱があれど、美しいものだから。
もうすぐで月が太陽の明るさに消えていくだろう。その前に、旅立つ前に彼女が来てくれるのをただ祈った。
キィと、小さな鳴き声のような音がした。扉が開かれたのだ。
「──ルル」
小さく声が聞こえた。心構えしていたと言うのに、ルルは心臓がギュッと小さくなったような痛みを感じた。それを逃すように、背筋を正す。普段落ち着いている心臓がこんなふうになるのはきっと、名を呼んだルービィの声が緊張に震えているからだろう。閉鎖的な小屋は比較的響きやすいのに、ほとんど反響しなかった。
ルルは感染した緊張を悟られないよう、目を細めて笑う真似をした。じゃないと、まともに会話ができなさそうだから。
『来てくれて、ありがとう』
促すように、手を差し伸べる。ルービィは迷うように目を左右に揺らし、深呼吸するとゆっくり歩み寄り、隣に腰を下ろした。
沈黙が流れる。たった数秒でも、いつもと違う空気感での静かな時間は、異常に長く思えてしまう。ドレスの裾を巻き込んで握る拳が汗ばむ。
『僕は貴女が大切だ』
「!」
『出会って、お喋りして……大切な人ができたと、嬉しかった。でもそれは、他の友達と、同じ大切だと、思ってた』
思い出すのは、舞踏会に誘われたあの夜。無意識に友達とルービィを分けて考えていたと気付いた日。2年以上の旅で、計り知れないほど多くの人と出会い、たくさんの感情で手を取り合った。そんな中で、彼女だけはポツンと1人、分けている。
友愛ではない。家族のような愛でもない。それでも、本に書かれるような性的欲求などは全く感じない。
『でも、それ、でも』
「ルル……?」
言葉が半端な所で止まる。最後に聞こえた音は苦しげで、ルービィは心配そうに顔を覗いた。そして瞳に濁りを見て、シェーンの言葉を嫌でも実感する。考えれば考えるほど、その身を、奇跡的に作られた心を蝕んでいくのだ。
ルービィはルルの手に自分のを重ねた。答えなどもう要らないと思うほど、こちらの胸も痛い。彼は気付くと目を合わせ、そっと頬に指を滑らせる。
『…………それでも、友達とは、やっぱり違うんだ』
「ルル、ごめんなさい、私」
『僕なりに、考えたんだ。もし、他の親しい女性(ひと)から、同じ感情を、貰ったら……どうかって。そうしたら』
腹の辺りがグルグルする。静かにゆっくりと、汚れた何かに体の奥が侵食されていくのがよく分かった。感覚があるのに、まるで他人の体のようだ。そんな状況下で、ルルは言葉を詰まらせないよう、必死に頭の中で綴り続けた。自分の感情を言葉にする事くらい、邪魔をしないでくれ。
『──嬉しくない。貴女からの言葉は、胸を暖かくするのに、他の人だとむしろ、嫌だと分かるの』
ルービィは言葉の意味を理解して、鮮やかなピンクの瞳を大きく見開いた。感情を理解できない。受け取れない。それでもその言葉が出るのはつまり、自分からの好意は嬉しいという感情に近いと言う事だ。これが彼の答え。穢れに侵されながらも、必死に、自分だけの感情を言葉にしてくれた。
拒否でも肯定でもない。だが充分だ。充分、彼の感情は伝わった。
しかしルルはハッキリとしなかったのが不満なようだった。ムッとした、泣くのを堪えるような顔をして俯く。
『……これが、精一杯なの。ごめんね、ルービィはハッキリ、答えを出したのに。望む事を、したいのに、できない』
薄く開かれた瞳に、ドロリと汚れた色が流れる。伝えなければ。充分だという事を。今度は言葉ではなく、行動で。
ルービィはルルの顔を胸元に寄せ、そっと抱きしめた。驚いたのか、僅かに身動ぐ。
『ルービィ──』
「ありがとう」
「?」
「貴方の考えた答えが聞けて、本当に嬉しいわ。好きよ、ルル。私の感情を受け止めてくれて、ありがとう」
鉱石の耳を通し、トクントクンと、何か脈打つのが聞こえる。その柔らかな音は彼女の鼓動。それはルルの心臓の音と溶けるように重なった。二つは速さも大きさも違うというのに。しかし確かに合わさった鼓動は、眠気を誘うような安心感を与えた。こんなに安心するのは、きっと彼女だからだと、ルルは何故か確信できた。
オリクトの民は人間よりも体温が低い。加えてルービィは体温が高いのか、とても暖かかった。離れるのが恋しく、ルルは思わずせがむように、彼女の背中に腕を回す。目の濁りは、いつの間にか姿を消していた。
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足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
復讐のための五つの方法
炭田おと
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