宝石少年の旅記録

小枝 唯

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【宝石少年と2つの国】

毒には毒を

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 翌朝、ベリルはコランを連れて地下の道を案内していた。彼は初めて知った自国の地下事情に驚いて、案内中はずっと周囲をキョロキョロとしている。

「本当に、この道がノイス全てに?」
「……っす。地下の道、略してチカミチ、なんつって」

 おちゃらけて誤魔化したつもりだった。しかしコランは怒る事も、その言葉に笑う事もせず壁を撫でる。
 ここを通る案を出したのは、ベリル本人ではなくルービィだった。彼は無断だったため気まずそうにしたが、驚いただけで怒りは無い。そして協力者に彼を抜擢したのも頷けた。ルルの友人の1人という事もあるだろうが、これなら迂闊に外を出られない状態で自由に動ける。
 大袈裟かもしれないが、アダマスはどこで見ているか分からない。直接見ていなくても、彼は見張りをいくらでも作る事ができるのだ。

「お父上も素晴らしいと聞きましたが、貴方の実力も輝く物がありますね」
「怒らないんすね」
「もちろん。面白いに越した事はないでしょう? それに、今ここで公認となりました。もう少し強度を鍛えた方が良さそうですね……後日何か案を考えても?」
「い、いいけど……」
「チカミチは、安全なのに限りますからね?」

 コランは少し意地悪そうに笑い、ベリルへ片目を閉じて見せる。彼はそれにどこか悔しそうに赤くした顔を歪めた。

「案外意地悪いなあんた」
「そんな事を言われたのは初めてです」

 コランはクツクツと可笑しそうに笑う。こんなふうに誰かに絡む父の姿など、きっとルービィは見た事無いだろう。

 鉄梯子を登って金属板の真上を押し上げると、言われた通り外からの光が地下に差し込んだ。顔を出すと土埃に軽く咽せる。体を半分出して周囲を見ると、ちょうど人が入らない路地裏だった。やはり出る場所もバレないようにと計算されているのだろう。
 板には偽物の土が貼り付けられていて、その上に本物の土を被せている。聞いた話では、他にも壁やらマンホールやらを作ってカモフラージュしているのだそうだ。これならば身を隠しても動きやすい。

(カモフラージュか……もしや、牢への道は塔の外ではなく中の方か?)

 アダマスだって、流石に塔の中までは細工できないはずだ。塔は国宝の守護がかけられているのだから、根本的な部分を変えるには国宝自体が変化するしかない。ならば牢は元からあったと考えられる。今はもう廃れているが、昔はノイスも奴隷制度が根強かった。
 塔について書かれている書物が、確かどこかにあった。しかしもっと古い物を見つける必要がある。

(ああ、足を止めている暇は無い。時刻は迫っているんだ)

 いつの間にか止めていた足を慌てて進ませる。考え事は歩きながらでも出来るだろう。
 門を潜る直前、自分を落ち着かせようとしても緊張感に心臓が締め付けられる。それでもコランは背筋を普段よりも伸ばし、平然とした顔で塔の中へ入った。

~               **              ~               **                 ~

 宴の準備を早々に終わらせ、資料室に鍵をかけて籠り数時間。太陽が眩しく輝き始めた頃にはもう取り掛かった。それなのに太陽が真上に登った今、一切それらしい資料が見つからない。
 コランは椅子の背もたれに脱力し、天井を仰ぐ。確かに急ぎで目を通したが、塔に関する文字は逃していないはずだ。しかし一向に見当たらない。

「おかしい……1冊ぐらいはあるはずだ。塔の歴史すらないじゃないか」

 新たに更新されれば過去の物は処分されるだろうが、重要書物はどれだけ読解に苦労する見た目になっても保護される。それなのに無いとなると、意図的だと考えていい。
 コランは俯く形で膝に肘を置き、背中を丸めて深く溜息を吐いた。顔を覆った手の指の合間から、赤に近いピンクの目がギロリと覗く。その目は珍しく、疲労と共に嫌悪と怒りを含んでいた。

「おかしすぎる」

 唸るような低い声が部屋に染み込む。
 そうだ、おかしすぎる。鉱石病やオリクトの民についての資料も見当たらない。普段は意識しなかったため、目に留める事もなかったがあったのは確かだ。明らかに抜かれているのだ。借りたいのならば許可を得れば数日間、持ち帰って読む事だってできる。そんな中、報告せずに手元に置いたのは後ろ暗い理由があるからだろう。
 こんな事をする人物は限られる。執拗にこれらの資料を必要としているのはアダマスだ。断言していい。

(彼はおそらく仕事ではなく、彼らの事を調べる事に明け暮れている)

 コランは椅子から勢いよく立ち上がり、扉の鍵を開けた。普段よりも早い足取りは地面を強く踏み、靴底がゴツゴツと音を鳴らしている。肩で風を切るように歩いて向かったのは、個別で設けられている作業部屋。
 自分の部屋に入り、机の引き出しを開ける。中は空だった。しかし驚く様子はない。手を中へ翳し、そこを払うように仰ぐ。手が退いたそこに現れたのは、ワインボトルの様な瓶。持つと、透明な液体の中で金と銀の粉が派手に舞う。その底には毒々しい色をした花が沈み、根を生やしていた。

「ふふ、これを使う時に相応しい」

 しかしこれを使う日が来るとは思わなかった。これは強力な薬だ。他とは比べ物にならないほど体が楽になって、病弱という事を忘れそうになる効果がある。そんな便利な物ならば、普段から使えばいいと思うだろう? しかしそれは無理だ。強力すぎるのだ。その後の反動が大きすぎる。
 1度、幼い頃にどうしても外で遊びたくて、ほんの軽い気持ちで飲んだ事があった。信じられないほど体が元気になり、ベッドの中で虚しく望んでいた事を全て出来た。その日は夢の様だった。
 地獄を見たのは翌日だ。体が動かず、呼吸もままならない。三日三晩意識が戻らず、生死の境を彷徨った。目覚め、原因を思い出した途端、この記憶が全てトラウマになるほど、恐ろしい薬だ。見ただけで手が震えている。

 もしもの時にと取っておいた秘薬。この花が咲き、根が太く禍々しいく生えた時が最も飲み頃なのだ。
 コップ1杯で死を見る薬。これを1本まるごと飲んだらどうなるだろうか?

「私には家族の命がかかっているんだ。守ってから死ぬのならば本望」

 死を感じるというのは、何度経験してもどうしたって慣れないもので、いつまで経っても恐ろしい。そのせいで体の事が頭をよぎり、大胆に動けなかった。しかしそんな事を言ってまた誰かを失うのは嫌だ。
 コランは、間違っても開けてしまわないようにと念を唱えてかけたコルクの鍵を外し、縁に口付けると勢い良く天井を煽った。妙に甘ったるい薬は喉に詰まるが、休まず飲み続ける。最後に残った花が液体から解放されると共に散った。それを粉々になった根と口へ含み、噛んで飲み込む。僅かに唇の外へ伝う薬を手で拭い、ガンッと音を立てて空瓶を机に置いた。
 流石に大きな瓶1本は腹に溜まるが、呼吸が一気に楽になる。今日1日はずっと走っていられそうだ。

「この国を、殺させてたまるものか」

 塔内を隅々まで体で当たって探そうじゃないか。アダマスはきっと、こちらが体の弱さで無茶を出来ないと思っているだろうから。

 ノイスの柱の塔は、様々な部屋が設けられている。武器庫や薬品庫など、過去の戦争で使われた部屋だ。そのほとんどが使われず、扉すら知られない開かずの間となっている。
 扉が知られていないというのは、隠し部屋となっているからだ。戦争が終わったあと、二度と争いをしないためにと王の命令によって、封じられたそうだ。しかし封じてから1度も触れていないはず。それならば、何かしらの仕掛けを見つけられれば、再び開くかもしれない。アダマスがその事に気付いているとしたら、行方不明者が収容された牢も隠し部屋の1つだったのかもしれない。

 しかしルルの考えは正しかった。塔の中を自由に動き回れるこの柱の立場は、あの場で失うのは得策ではなかった。あんな状況でも冷静に道先を考えるだなんて、子供とは思えない。彼は死ぬ気は無いと言っていた。命を奪われる気など、本当にさらさら無いのだろう。当然、こちらだって誰も死なせる気は無い。

「何をしている?」

 廊下に響かない静かな声は耳元で聞こえ、コランは思わずハッとして距離を取る。普段には無い動きの素早さにキョトンとしているのは、ヴィリロスだった。

「い、いつの間に」
「先程から居たが……。それで、何を?」

 彼が訝しむのも無理はない。壁をじっと見つめているかと思えば、触れたり叩いたり。傍から見たら不審すぎる。しかも他人に気付かないほどに集中しているとなれば、何を企んでいるのかと思うだろう。

「隠し部屋を、探しています」
「そんな物を何故」
「アダマスの企みを阻止するためです」

 隠そうとする気すら配れなくなったのか、コランは言いながらも再び壁を調べ始める。そこで我に返った。ヴィリロスにアダマスの名を言ってはいけなかった。おそらく、彼がかけられている洗脳は名前に反応している。今まで名を引き金に、彼の目の色は変わっていたのだ。
 咄嗟にヴィリロスへ振り返る。その顔はきっと怯えていただろう。しかし彼はそんな顔を他所に、不思議そうに首をかしげた。

「体調が優れないのか」
「……え?」
「?」
「私の言葉が、分かるのですか?」
「貴方が何をしているのか、いまいち理解はしていないが」
「ああ、なんて事だ!」

 コランは今までの反動からか、目頭が熱くなるのを感じた。一体何故、急に洗脳に掛からなくなったのか。独り行動するのは慣れているが、やはり仲間がいると心強さが違う。
 ヴィリロスは口元に緩めた指を添え、僅かな間思考に浸る。先程のアダマスの企みという言葉が気になって仕方がなかった。水色の目が廊下をキョロキョロと見渡した。そして安堵の息を吐いているコランへ背を向けると、ボソリと呟いた。

「こちらへ」
「え?」
「着いてきなさい」

 そう言うと、彼はこちらの答えを聞かずにそのままいつもの調子でゆっくりと足を運び始めた。コランも目で辺りを見渡し、無言で彼の背中を追う。
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