宝石少年の旅記録

小枝 唯

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【宝石少年と2つの国】

鉱石病

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 ルルは街の中央でふと立ち止まり、周囲を見渡す。昨晩までと比べ、外に出ている人が圧倒的に少ない。今は月が顔を見せ始めた時間帯で、ノイスでは最も賑わうだろう。それなのに開いている店はまばらで、皆まるで、息を潜む様に家に引きこもっている。
 今日1日ずっと外を歩き、街の形状などを再確認していた。しかし変化に気を取られ、あまり集中出来ていない。宴の準備でもしているのだろうか。それにしては空気が冷たい気がする。
 何があったのか尋ねたいが難しそうだ。

(とりあえず、コランに伝えよう)

 ひとまず他の情報が掴めないのなら、今の状況を伝えるのが先だ。もしかしたら一足先に、コランの方が新しい話を聞いているかもしれない。

~               **              ~               **                 ~

 クァイットの館に帰ったのは、もうすっかり月が真上に昇った頃だった。ドアノッカーを鳴らして、瞬きの間もなく扉が開かれる。しかしいつも迎える使用人は居らず、扉を開けたのはコランだった。彼は帰宅したルルの姿に安堵の顔色を浮かべる。

「ああルル、良かったご無事で……!」

 宝石の耳を通して大きく響いた声は悲痛さを含んでいる。いつもと違った様子に、ルルは仮面を外しながら訝しそうに目を細める。

『何か、あったの? 街も少し、変だったんだ』
「ええ、最悪な事態が起こったのです」
『最悪な?』
「実は──」

 早口に捲し立てられようとした言葉を、扉が乱暴に開かれる音が止めた。ルルは直後の数人の足音に、急いで仮面を着ける。
 コランはこんな時に一体誰だと、迷惑そうにしかめた顔を玄関へ向けた。しかしその淡い赤色の目は驚きに見開かれる。

「失礼する、クァイット家よ」

 そう言ったのは、数人を引き連れたアダマスだった。それも、彼の後ろをついて歩いている面々は、昔からよく知った者たちだ。五大柱の3人と、騎士が5人。

「一体、何ですか? 連絡をせず訪れるとは……。それもこんな状況の時に!」
「だからこそ、だ。貴方に用は無い。あるのは、そこの旅人だ」

 コランは漆黒の目が向いたルルの前に、庇うように立った。五大柱が揃って、わざわざ一般人である旅人に用など、いい予感はしない。
 ルルは訪れた全員が、こちらを見ていると分かった。それも見つめる視線は嫌悪が混ざっている。しかしそんな視線を向けられる筋合いがない。

『コラン、ありがとう。でも庇わなくて、いいよ』
「しかし」
『大丈夫』

 彼の行動は有り難いが、後ろめたい事も無いのだから逃げる必要は無い。
 目の前から気配が横にズレたのを感じ、ルルは一歩前で出る。胸に手を置き、堂々と背筋を正した。

『はじめまして。僕に、何の用?』
「貴様を確保しに来た」
『何故?』
「分からないとでも? 鉱石病をばら撒いた、疫病神めが」
「! なんて言い掛かりを!」

 コランの叫びが館内に響き渡る。もちろんルルには全くの覚えはない。
 しかし濡れ衣を着させられた本人は、至って冷静に今日の事を思い返していた。ここへ来る前の街の風景に納得できる。鉱石病については、本で少し触れた事がある。再び不治と呼ばれる病が発病したら、外へ出られなくもなるだろう。

「先日から太陽月共に数名、鉱石病と思われる症状が現れたと、連絡があった。それは今日に至るまで増えている」
『原因が僕である、証拠は?』

 アダマスは背後に控えている騎士へ目配りする。騎士は頷き、何かを丁寧に包んだ袋を持って互いの中央へ歩み出た。結び目が解かれた袋から顔を出したのは、とても上質だと見える宝石の糸。光の角度によって色を変え、キラキラと煌めいている。
 糸の香りに、ルルは覚えがあった。そうだ、以前ベリルと共に刺客から逃げる時、矢を受け止めるために作った幕の一部だ。もう消えたと思って油断していた。そうか、アダマスはこの糸を見て、もう自分の正体に目星を付けたのか。そして鉱石病が流行ったタイミングで、自然に近付いて来たのだ。

『それが何故、僕の物だと?』
「何人も目撃者が居るのだよ」

 コツコツと音を立て、アダマスはルルに歩み寄った。コランが立ち塞がろうとしたが、先を読まれて騎士に遮られる。
 ルルは目の前で止まった彼の気配に合わせて顔を見上げる。アダマスはフードから見える仮面に、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。そっと手の平を差し出す。

「──そのフードの下を!」

 言葉が終わるよりも早く、伸ばされた手がルルの胸元をドンと強く押した。

「!」
「ルル……!」

 抵抗する暇なく、ルルの体はそのままグラリと傾いた。咄嗟の事で受け身を取れず、腰を床に打ち付ける。痛みと共に、頭を覆っていたフードがハラリと取れた感覚を覚えた。
 それを見たコランとアダマス以外の全員が騒めき、後ずさった。紫の混ざる銀の髪から覗く、鮮やかな鉱石。今まで隠れていたその異質な姿に、今は美しさよりも恐ろしさが勝っている。
 コランは彼の姿を暴かれた事に顔を青ざめ、目の前を遮る槍の持ち手に思わず手をかけた。恐ろしさに怯みながらも、騎士は彼を通そうとしない。

「やはり……隠していたか」

 皆が息を潜める中、アダマスの声が広い空間で妙に響いた。低く小さな声は震えている。しかしそれは、恐怖や怒りの類いではない。
 アダマスは手を口元へ持っていく。必死なのだ。その歪んだ笑顔を、他へ隠すのに。そう、彼は笑っている。それはもう恍惚な笑みで、久々の獲物にありつく事に悦ぶ飢えた獣の様だった。

 ルルはフードをかぶり直す事はしなかった。この状況で罪を逃れるのは、濡れ衣だとしても不可能に近い。むしろ疑いが深くなる行動だろう。

「なんて姿だ。その仮面の下は、どんな物を隠している?」

 抵抗しない事に仄かな笑みを隠しきれないまま、アダマスは再びルルへ手を伸ばす。しかし指先が仮面に触れる直前、パシン……と弾かれる音が、エントランスに大きく響いた。
 アダマスは、自分の手を叩き退けた薄青い手を驚いて見つめる。瞬間、一斉にルルを騎士が囲み、槍の切先が向いた。それでも彼は、刃を向けられる恐怖は微塵にも感じていない様子だった。今彼が感じているのは恐怖ではなく、不快感のみ。彼は仮面越しにアダマスを睨んだ。

『触らないで』
「なにぃ……?」
『これは貴方たちが、触れていいような、粗末な物では、ないの』
「貴様、自分の立場が分かっているのか」
『分かっている。けれど、これとそれは、別。これは大切な物。もし、触れるというのなら、その手……切り落とす』

 いつもよりも抑揚を感じさせない声はとても静かだ。それなのに不思議と、骨の奥まで振るわせる恐怖を感じさせた。怒りを向けられる対象ではないコランも、ゾッと背筋を振るわせる。
 ルルは槍の持ち手を握って立ち上がる。騎士はその動きに思わず槍を手元へ引き寄せた。握った力は、少女かと思うほどか弱いというのに。その怯え切った騎士たちを漆黒の目が睨んだ。

「何をしている、取り押さえろ!」
「待ちなさい」

 乱暴な声を冷静な声で遮ったのはヴィリロスだった。彼は命令に狼狽える騎士と、平然としているルルの間に入る。

「我らの目的は、この者の保護のみだ。必要以上になぶる事はない。それにこの者は仮の元凶。他に疑わしい者を探す時間も必要だ。なにより、民の命は一刻を争う。この時間が惜しい」

 アダマスはその冷たい空色の目にグッと押し黙る。一方でルルはその言葉と態度に、仮面の下で目をパチクリとさせた。意外だ。こんな場面で彼は、ここに居る全員を対等に見ている。私情は含めず、国民の事だけを考えているのだ。
 それまで怒りと嫌悪に濁った虹の全眼が細くなると同時、鮮やかに戻る。彼となら、まともな話が出来そうだ。それに確かにここで揉めても、何の解決にはならない。

『僕に、触らないで。それを約束、してくれたら……ちゃんと、ついていくよ』
「条件を飲もう」
「ルル、行ってはなりません!」
「コラン、これ以上庇うというのなら、お前も牢へ行く事になるぞ? なにせ、正体を知っていながら、流行病の源を匿っていたのだから」

 だとしても、このまま連れて行かれたらきっと最後だ。アダマスはルルを殺す気でいる。他に疑い深い者を探すとヴィリロスは言っていたが、恐らく残りの皆はそんな気は無い。しかしそれはルルも分かっている。それでもなお、彼は紫の唇に人差し指を当てて「しー」と息を吐いた。そして頬を緩ませ、コランだけに語りかける。

『コラン、いけない。貴方の五大柱という、立ち位置は……今後役に立つ。今失うのは、惜しい。国を、救いたいなら……耐えて。大丈夫、死ぬ気は無い』

 それにこのままいけば、味方が1人増えるかもしれないのだ。
 コランは頭にこだまするどこか穏やかな声に、開きかけた口を悔しそうにしながらも閉ざした。ルルは小さく頷く。

『早く行こう。貴方がここに居たら……嫌な香りで、いっぱいになる』
「なっ……さっさと連れ出せ!」

 そうして、アダマスの指示によって騎士が数名が周りを囲む中、ルルに抵抗する素振りはなく、館から連れ出されて行った。
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