宝石少年の旅記録

小枝 唯

文字の大きさ
上 下
70 / 210
【宝石少年と2つの国】

妙な香りをした国石

しおりを挟む
 陽が建物の向こう側へ隠れ始めると、暗かった街灯の中にある小さな太陽が、ポツポツと灯る。全ての街灯が人々の足場を照らし終えると、今度はそれぞれの店に下がった太陽の照明が灯り出した。暖かな緋色に冷たい紺色が混ざり、やがて天と地が反対になる時間が来た。
 それでも落ち着きなく行き交う人々の中、ルルは路地裏に半身を隠す形で、留まっていた。

 昼間より、人の気配が少ない気がした。賑やかな事には変わりないが、なんとなくそう感じていた。
 しかしまだ太陽は完全に眠っていないため、目立つ場所では待っていられない。今は追われたくないのだ。
 壁に背を付けて、迎えを待った。すると、影と一体化する様に足元へ向けていた顔が、ふと上がった。ルルは体重を前へ乗せ、大通りを覗くとキョロキョロとする。

(何の……香り……?)

 しかし談笑を続ける住民たちの様子を見ると、どうやらルルにだけ分かる微かな香りらしい。
 彼の鼻を突いたのは、強い宝石と生臭い香り。不愉快さに、仮面下で目を無意識に細める。この宝石の香りには不釣り合いなものだ。

(この香り、血だ)

 誰か怪我をしているのだろうか。だがこれは2つが混ざっているように感じる。
 ルルが頭を路地へ戻した時、大通りとは逆方向から足音が聞こえてきた。それは背後のもっと複雑に伸びる路地裏から、2つ分の慌てたように走る音。振動がほんの僅かなため、まだ遠くだろう。ルルは音を辿って奥へ向かった。
 突き当たりを曲がってすぐ、その2人と対峙した。線の細い男と、その後ろには物騒な刃を持った背の高い男。追われているらしい細い男が、ルルの存在に気付いて顔を更に青くする。

「ど、退いてくれ! 殺されるぞ!」
『……肩、借りるね』
「へっ?」

 言葉の意図が理解出来ず、男の足が減速した。ルルは避けるどころか彼らへ向けて走り出す。
 その行動に唖然としている男の両肩に手を置くと、そこを軸に、刃物の男の上を舞った。そして男の太いうなじへ、落ちる勢いをそのままに踵を落とす。男の手から刃物がこぼれ、喉から蛙が潰れたような声を出してその場に崩れた。
 蹴った力を利用して宙返りし、ルルは男たちの間に着地する。逃げた男は、肩を貸したと同時に腰を抜かしていた。

『大丈夫?』
「あ……え、なんで、助けて……」
『ちょうど、見かけたから』
「あ、あんた、あの旅人だろ? お、俺何も出せないんだ。賞金だって無いし、貧乏で」

 助かったのに命乞いをする男に、ルルは意味が分からずキョトンとする。
 しかし賞金が無いという事は、普段から追われるという状況に慣れていないのだろう。そうなると、彼には冷静さが欠けるほどの恐怖を味わった筈だ。
 ルルはあたふたする男へ、自分の唇に指を置いて「シー」と息を吐いた。彼の動きがようやく止まる。

『そんなの、要らない。ちゃんと、家に帰って……怪我が無いか、確認して。ね?』
「あ、あぁ……ありがとう、慈悲深い旅人。あなたの旅が無事終わる事を祈るよ」

 なんとか冷静さを取り戻した男は、震える声で何度も礼を言い、人混みの中へ溶けて行った。ルルは彼へ手を振って見送り、足元に伏せる男を見据えた。
 逃げていた彼から血の香りはしなかった。だがこの男にも外傷は無い。やはり、人の皮膚下から流れる血液の香りでは無さそうだ。

(それにしても、随分あっさり……倒せた。まるで僕に、気付いていなかった、みたいな)

 当たりどころが良かったにしろ、一撃で倒せるとは思っていなかった。呼吸は正常で、まだ意識を取り戻す様子は無い。
 ルルはしゃがんで、香りの根源を探った。腰のベルトに触れる。括り付けるようにしてぶら下がった宝石が、指に当たった。

(見つけた。そういえば……ベリルやトパズも、同じ宝石の香り……していたっけ)

 もちろん彼らのからはこんな生臭さは無かったが。男が持っていたのは、太陽の地区の住民ならば必ず持っている国石、サンストーン。
 しかし炎を閉じ込めた様な純粋な赤に、黒が混ざっている。香りの通り、本当に血が混ざっているようだった。不純物の香りは妙に国石の香りと溶け合っていて、クラクラしそうなほどに強い。

(……嫌な香り。国石は、綺麗な物なのに)

 国石は、その地を生きるものたちへ国宝の恩恵を受けるための、大切な石。このままでは、持ち主に大きな影響が出る。だからこの国石には、慰めが必要だ。
 ルルはしばらくの間サンストーンを見つめる。そして背中を丸め、顔を近付けるとそれへ口付けをした。すると、彼の顔が退いたサンストーンからは、先程まであった血に似た濁りが嘘の様に消えていた。
 ルルは軽く口元を拭いながら、香りから生臭さが消えた事にホッとした。

(あ、そろそろ……行かなきゃ。さよなら)

 光の暖かさが完全に無くなっていとそこで気付き、まだ深い眠りの中の男へ別れを告げ、待ち合わせ場所へ急いで戻った。

 ほとんどが居酒屋やレストランなど、店の中で食事を楽しんでいるからか、外を歩く人々は減って来た。もう少しで月が見える。
 ルルはおもむろにカバンを漁り、手探りで小袋からシトリンを取り出した。街灯り金色に反射するそれを口へ放る。本当の飴の様に歯で砕き、飲み込む。
 先程の生臭さが鼻に残っていて気持ち悪かったのだ。
 再び、適当に選んでダイヤモンドを口に転がすと、体の中が浄化された様に落ち着いた。指がもう1粒をとせがんだが、なんとか我慢して袋の口を絞る。これから夕食なのだから、入らなくなってしまう。

 ルルが人の流れを眺めていた目を伏せてしばらく、人々の足音に混ざって、別の音が聞こえて来た。それは、今か今かと待っていた蹄の音。次いで、小さくもハッキリと名前を呼ぶ声が聞こえて来た。

「ルル?」
『ルービィ、ここだよ』

 ルルは少し明るい場所まで出て、彼女に応える。するとすぐに、馬の足音がこちらへ近付いて来た。

「お待たせ。馬には乗れる?」
『ありがとう。大丈夫だよ』

 ルービィが跨っている先頭の馬に繋がれた、2馬目にルルが乗る。馬は彼女の合図で早速走り出した。

『コランは……どうしたの?』
「父様は屋敷で休んでるわ。あまり体が強くないの。昨日みたいに、調子がいい時は外へ出られるのだけど。あ、でも家の中では無理しない程度に生活出来るから、心配しないで」
『それなら、良かった』
「ふふ、ルルが来るの楽しみにしているわ。旅人が泊まるなんて、滅多にないんだもの」
『そうなんだね。確かにあまり、退屈な話は……無いかも』

 今まで行った国の事を少しだけこぼすと、ルービィは心を弾ませたようだった。旅の思い出が、泊めてもらう礼として少しは成り立ちそうだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...