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【宝石少年と2つの国】
ブラックダイヤモンド
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ルルは屋敷を出てから、ルービィに告げた通り街を歩いていた。しかし別れ際の言葉は咄嗟に出た言葉で、目的も持たずに放浪している。まあ、常に街の様子を見て回るのは、資料となるからいい事かもしれないが。それに旅人の性なのか歩くのは好きだ。
歳が同じか少し下くらいの少女が、隣をすれ違った。それを追うのも同じくらいの少女で、楽しそうに追いかけ合っている。
(そういえば、最近、女の人が……多い?)
もちろん多いと言っても、滅多に見ない普段よりはだが。それもかろううじて見掛ける婦人だけではない。年端の行かない少女たちが、怯える事も無く外で日常を過ごしている。
思い返せば、行方不明の張り紙もどれも古い物だ。新しい物でも1週間は前で、どうやら行方不明者が新しく出ていないらしい。
ここ数日間のコランの様子を思い出す。宴が近いのだと言って、連日家を空けていた。五大柱である彼が忙しなく動いているのだから、アダマスもそちらを優先的に動いているのだろう。
今居るのは月の地区。宴間近だからか静けさは減り、人気も多く空気が穏やかだ。
(宴まで……残り、確か4日)
アダマスが大人しいのはいい事だ。しかしその反面、シェーンの心臓を取るという儀式の準備をしていると考えると、あまり喜ばしいと感じない。
ルルはずっと、彼の言動の理由を考えていた。何故王の心臓がそんなに欲しいのか。それほどまでして、死から逃れたいのか。しかし無駄に生に縋り付くその感情は、結局理解出来なかった。病弱だったり、何か訳があるのならば話は別だ。そして生娘を狙う理由も分からない。彼女たちは一体、どんな目的で拐われるのか。
(それら、全部を含めて……アダマスに問う必要が、ある)
全ての理由を明らかにして、彼を取り巻く噂が届かない場所で、正しく対面して話し合いたい。話し合いで済めばいいのだが。
映像でイメージすら出来ないのに、その時を想像して止まない。ルービィやコランに、宴の状況を尋ねれば良かったと少し後悔が浮かんで来た。しかしその頃にはもう月の地区を出る門近くまで足が踏んでいて、城まで引き返すのは億劫だった。
深く考え続ける彼の思考は、足元まで落ちていた。僅かな周りへ気を配る力は、すれ違う人々とぶつからないために使われる。
どこへ行こうか。頭の言葉が心に聞いてくるが、中々いい案が出ない。すると、悩ましそうに首をかしげたルルの真横の路地から、誰かの手が伸びた。
気配に気付いたと同時に腕を掴まれ、薄暗い道へ引き込まれる。乱暴に放られた拍子にフードが取れた。地面に体を倒しながらも、誰だと相手を振り返る。しかし彼の目から警戒の色が溶ける。
『ベリル?』
陽に照らされる道を遮る様に佇むのは、確かに彼だった。だが金の瞳には光が無い。虚ろで焦点が合わず、心ここに在らずといった様子だった。
何も喋らないでいる彼に違和感を感じ、ルルは立ち上がろうと上体を起こす。しかしそれは叶わなかった。それまで棒立ちだったベリルが突然動き出したと思えば、手で頭を押さえられ、地面に組み伏せられたのだ。もがくがびくともしない。
『ベリル、僕だよ。やめて』
返答は無い。この光景にどこかデジャヴを覚えた。そうだ、行方不明となったトパズを見つけたノイスの夜の事だ。今のベリルは再会したばかりの彼女とよく似ている。違うのは以前とは比にならない、強力な支配の力だ。
(アダマス……!)
間違い無く操られている。しかし取り戻したいのに、両手が頭上で押し付けられていて仮面が取れない。
トパズの意識を戻させる事で学んだ。催眠に似たコレを解くには、もっと強い、本物の力で上乗せする必要があると。声が出ない今の言葉だけでは足りない。やはり『ルルの石』も無ければいけないのだ。アダマスへの怒りなどに気を散らしている場合ではない。
ジャラリと、ベリルの首元から鎖の音が聞こえて来た。もがいた事で余計な動きをさせたのか、それまで服に隠されていたネックレスのペンダントヘッドがルルの目の前に飛び出す。
黒い体を怪しく輝かせるのは、大粒のブラックダイヤモンド。更にこの香りは知っている。アダマスの胸元を飾っていたものと同じ種類だ。
今まで彼の首をさり気なく彩っていたのは、太陽の地区の国石であるサンストーンだった。部屋にもこの香りは無かった。
(これが力の、代用品?)
逡巡している暇は無い。ルルは幸いにも目と鼻の先にあるブラックダイヤへ口を開く。半分を口内に招いた所で歯を立てると、思い切り噛み砕いた。
ダイヤモンドはガラスの様に砕ける。すると、それまで枷のようだった拘束が緩んだ。
「う……ぐ、ぅ」
ベリルは苦しそうな声を漏らしながら離れ、頭を抱える。そしてふらふらと後ろへ数歩下がると、その場に倒れた。
2人の空間だけが一瞬、世界から切り離された様に音が消えた。ルルは口の中に残るブラックダイヤモンドの残骸を吐き出し、地面に捨てるとベリルに駆け寄る。薄く開いた口からは穏やかな呼吸が聞こえ、ひとまずは安堵に胸を撫で下ろした。
少しして目蓋が震えると、ゆっくり開かれる。ベリルはボンヤリした視界にルルが居る事をなんとなく理解した。
「ルル……?」
名前を呼ぶと、ハッと息を呑んだ音が彼の口からした。
やがてフードが取れていて、バックが青空である事も分かった。それを理解した瞬間ベリルは飛び起き、慌てたように彼の頭にフードをかぶせた。
「バカ、外でフードを取るなって言ったろ!」
小声で叱咤しながら周囲を見渡す。誰も居ない事にホッとした息を吐いた。ベリルにとっては何故ここに居るのかと言うより、そちらの方が大事なのだ。
『僕が、分かるの?』
「? 当たり前だろ」
『……良かった』
小さな声が聞こえると、ルルの体が飛び付いてきて再び仰向けになる。ベリルは何が何だか分からないまま、不思議そうにしながらも薄い背中を撫でた。そのぎこちなくも優しい仕草は、いつもの彼だ。
「な、何だよ、どうしたんだ? ていうか何でこんな所に居るんだ?」
『ねえベリル、最後に覚えている……記憶はいつ?』
「そんなん──」
さっきと言いかけて口を噤む。そしてもう1度、今度は昨日の夜と言おうとしたが、また言葉が出なかった。覚えていない。言われて記憶を辿ってみれば、数日前から霧がかっていた。
『アダマスに、会った?』
「え? あ」
朧げだった記憶が細かく、鮮明になっていく。それは、初めて空を飛んだ日。
飛行機を回収しようとしたのだが、置いた筈の場所に無かった。相当時間が遅く、月も雲に隠れていて視界が悪い。そんな中女神像の側で、人が動いた気配があったのを覚えている。暗闇の中から現れたのはアダマス。あの黒い瞳と同じダイヤが目の前に翳された。そこまではハッキリ思い出せた。
道端に黒い欠片があるのが見えた。首元にあるのが、いつも持っているサンストーンではない事にも気付く。
「ダイヤを見て……それで、何かを聞かれて」
それ以降を必死に思い出そうと頭を巡らせるが、一切記憶が描かれない。
すると、ベリルは顔をサッと青くさせ、改めて状況を見た。人気の無い路地、少し乱れたルルのマント。
「お、俺、お前に何かしたんだな……?!」
『大丈夫だよ。何も、怪我も無いから』
「でも、覚えてないんだ。アダマスに何か話しちまったかも」
『落ち着いて。そうだとしても、平気。何が起きても、ただ、迎えるだけ』
申し訳なさそうに、視線を俯かせて謝る彼の頬を、ルルはそっと撫でて目を細めた。言葉通り、今ここで刺客が来ても以前のように、去なせばいいのだ。
『それよりも、無事で、良かった』
とりあえず今は、操られたからという後遺症などは見られない。アダマスは催眠を使うだけで、怪我をさせようとはしなかったらしい。
「ありがとな……もっとやばい事する前に止めてくれて」
『うん』
ルルは嬉しそうな息をこぼしたあと、すぐに視線を足元へ落とした。この石はアダマスの手と同じ。石を通して何か探れればと思ったが、もう鼓動が感じられない。まるで偽物の様だ。
「どうした?」
『ん……何でもない。行こ』
まだ太陽は真上だが、ベリルは襲われた身。何かあってはいけないからと、家まで送る事にした。
2人の靴裏が残骸となったダイヤモンドを踏んで、誰も知らない地下へ潜った。
歳が同じか少し下くらいの少女が、隣をすれ違った。それを追うのも同じくらいの少女で、楽しそうに追いかけ合っている。
(そういえば、最近、女の人が……多い?)
もちろん多いと言っても、滅多に見ない普段よりはだが。それもかろううじて見掛ける婦人だけではない。年端の行かない少女たちが、怯える事も無く外で日常を過ごしている。
思い返せば、行方不明の張り紙もどれも古い物だ。新しい物でも1週間は前で、どうやら行方不明者が新しく出ていないらしい。
ここ数日間のコランの様子を思い出す。宴が近いのだと言って、連日家を空けていた。五大柱である彼が忙しなく動いているのだから、アダマスもそちらを優先的に動いているのだろう。
今居るのは月の地区。宴間近だからか静けさは減り、人気も多く空気が穏やかだ。
(宴まで……残り、確か4日)
アダマスが大人しいのはいい事だ。しかしその反面、シェーンの心臓を取るという儀式の準備をしていると考えると、あまり喜ばしいと感じない。
ルルはずっと、彼の言動の理由を考えていた。何故王の心臓がそんなに欲しいのか。それほどまでして、死から逃れたいのか。しかし無駄に生に縋り付くその感情は、結局理解出来なかった。病弱だったり、何か訳があるのならば話は別だ。そして生娘を狙う理由も分からない。彼女たちは一体、どんな目的で拐われるのか。
(それら、全部を含めて……アダマスに問う必要が、ある)
全ての理由を明らかにして、彼を取り巻く噂が届かない場所で、正しく対面して話し合いたい。話し合いで済めばいいのだが。
映像でイメージすら出来ないのに、その時を想像して止まない。ルービィやコランに、宴の状況を尋ねれば良かったと少し後悔が浮かんで来た。しかしその頃にはもう月の地区を出る門近くまで足が踏んでいて、城まで引き返すのは億劫だった。
深く考え続ける彼の思考は、足元まで落ちていた。僅かな周りへ気を配る力は、すれ違う人々とぶつからないために使われる。
どこへ行こうか。頭の言葉が心に聞いてくるが、中々いい案が出ない。すると、悩ましそうに首をかしげたルルの真横の路地から、誰かの手が伸びた。
気配に気付いたと同時に腕を掴まれ、薄暗い道へ引き込まれる。乱暴に放られた拍子にフードが取れた。地面に体を倒しながらも、誰だと相手を振り返る。しかし彼の目から警戒の色が溶ける。
『ベリル?』
陽に照らされる道を遮る様に佇むのは、確かに彼だった。だが金の瞳には光が無い。虚ろで焦点が合わず、心ここに在らずといった様子だった。
何も喋らないでいる彼に違和感を感じ、ルルは立ち上がろうと上体を起こす。しかしそれは叶わなかった。それまで棒立ちだったベリルが突然動き出したと思えば、手で頭を押さえられ、地面に組み伏せられたのだ。もがくがびくともしない。
『ベリル、僕だよ。やめて』
返答は無い。この光景にどこかデジャヴを覚えた。そうだ、行方不明となったトパズを見つけたノイスの夜の事だ。今のベリルは再会したばかりの彼女とよく似ている。違うのは以前とは比にならない、強力な支配の力だ。
(アダマス……!)
間違い無く操られている。しかし取り戻したいのに、両手が頭上で押し付けられていて仮面が取れない。
トパズの意識を戻させる事で学んだ。催眠に似たコレを解くには、もっと強い、本物の力で上乗せする必要があると。声が出ない今の言葉だけでは足りない。やはり『ルルの石』も無ければいけないのだ。アダマスへの怒りなどに気を散らしている場合ではない。
ジャラリと、ベリルの首元から鎖の音が聞こえて来た。もがいた事で余計な動きをさせたのか、それまで服に隠されていたネックレスのペンダントヘッドがルルの目の前に飛び出す。
黒い体を怪しく輝かせるのは、大粒のブラックダイヤモンド。更にこの香りは知っている。アダマスの胸元を飾っていたものと同じ種類だ。
今まで彼の首をさり気なく彩っていたのは、太陽の地区の国石であるサンストーンだった。部屋にもこの香りは無かった。
(これが力の、代用品?)
逡巡している暇は無い。ルルは幸いにも目と鼻の先にあるブラックダイヤへ口を開く。半分を口内に招いた所で歯を立てると、思い切り噛み砕いた。
ダイヤモンドはガラスの様に砕ける。すると、それまで枷のようだった拘束が緩んだ。
「う……ぐ、ぅ」
ベリルは苦しそうな声を漏らしながら離れ、頭を抱える。そしてふらふらと後ろへ数歩下がると、その場に倒れた。
2人の空間だけが一瞬、世界から切り離された様に音が消えた。ルルは口の中に残るブラックダイヤモンドの残骸を吐き出し、地面に捨てるとベリルに駆け寄る。薄く開いた口からは穏やかな呼吸が聞こえ、ひとまずは安堵に胸を撫で下ろした。
少しして目蓋が震えると、ゆっくり開かれる。ベリルはボンヤリした視界にルルが居る事をなんとなく理解した。
「ルル……?」
名前を呼ぶと、ハッと息を呑んだ音が彼の口からした。
やがてフードが取れていて、バックが青空である事も分かった。それを理解した瞬間ベリルは飛び起き、慌てたように彼の頭にフードをかぶせた。
「バカ、外でフードを取るなって言ったろ!」
小声で叱咤しながら周囲を見渡す。誰も居ない事にホッとした息を吐いた。ベリルにとっては何故ここに居るのかと言うより、そちらの方が大事なのだ。
『僕が、分かるの?』
「? 当たり前だろ」
『……良かった』
小さな声が聞こえると、ルルの体が飛び付いてきて再び仰向けになる。ベリルは何が何だか分からないまま、不思議そうにしながらも薄い背中を撫でた。そのぎこちなくも優しい仕草は、いつもの彼だ。
「な、何だよ、どうしたんだ? ていうか何でこんな所に居るんだ?」
『ねえベリル、最後に覚えている……記憶はいつ?』
「そんなん──」
さっきと言いかけて口を噤む。そしてもう1度、今度は昨日の夜と言おうとしたが、また言葉が出なかった。覚えていない。言われて記憶を辿ってみれば、数日前から霧がかっていた。
『アダマスに、会った?』
「え? あ」
朧げだった記憶が細かく、鮮明になっていく。それは、初めて空を飛んだ日。
飛行機を回収しようとしたのだが、置いた筈の場所に無かった。相当時間が遅く、月も雲に隠れていて視界が悪い。そんな中女神像の側で、人が動いた気配があったのを覚えている。暗闇の中から現れたのはアダマス。あの黒い瞳と同じダイヤが目の前に翳された。そこまではハッキリ思い出せた。
道端に黒い欠片があるのが見えた。首元にあるのが、いつも持っているサンストーンではない事にも気付く。
「ダイヤを見て……それで、何かを聞かれて」
それ以降を必死に思い出そうと頭を巡らせるが、一切記憶が描かれない。
すると、ベリルは顔をサッと青くさせ、改めて状況を見た。人気の無い路地、少し乱れたルルのマント。
「お、俺、お前に何かしたんだな……?!」
『大丈夫だよ。何も、怪我も無いから』
「でも、覚えてないんだ。アダマスに何か話しちまったかも」
『落ち着いて。そうだとしても、平気。何が起きても、ただ、迎えるだけ』
申し訳なさそうに、視線を俯かせて謝る彼の頬を、ルルはそっと撫でて目を細めた。言葉通り、今ここで刺客が来ても以前のように、去なせばいいのだ。
『それよりも、無事で、良かった』
とりあえず今は、操られたからという後遺症などは見られない。アダマスは催眠を使うだけで、怪我をさせようとはしなかったらしい。
「ありがとな……もっとやばい事する前に止めてくれて」
『うん』
ルルは嬉しそうな息をこぼしたあと、すぐに視線を足元へ落とした。この石はアダマスの手と同じ。石を通して何か探れればと思ったが、もう鼓動が感じられない。まるで偽物の様だ。
「どうした?」
『ん……何でもない。行こ』
まだ太陽は真上だが、ベリルは襲われた身。何かあってはいけないからと、家まで送る事にした。
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