54 / 210
【宝石少年と言葉の国】
目覚めの時間
しおりを挟む
橋に降りてよろけた体を、壁に手をついて支える。血が滲む手が不思議と暖かい。それは気のせいではなく、ジンジンとした痛みが少しずつ穏やかになっていった。勢いに任せて触れたそこは、目的の国宝の壁。
ルルは中で眠るジャスパーに、ホッとしたように目を細めた。
(良かった……まだ、生きている。間に合った)
その安心に足が力を失くそうとするが鞭を打つ。最後の仕上げだと、姿勢を正した。剣のグリップを両手で握りしめ、頭上へ持っていく。
『ジャスパー、起きる時間だよ』
切っ先を思い切り振り落とした。剣が宝石にぶつかる透き通った音が国中に響き渡り、表面に小さな線が入った。それはたちまち大きく深い亀裂となり、奥まで届く。ジャスパーを包んでいた国宝が、最期の悲鳴を上げて砕けた。
~ ** ~ ** ~
辺りに散らばる、宝石兵の骸。最後の1人が崩れ落ちた直後、ジェイドの顔が再び小さく歪んだ。
彼は思わず片膝をつく。足の骨に痛みを感じた。幻覚ではなく、現実で。折れてはいないが、歩くのに厄介なほどのヒビが入っただろう。小さな痛みではあるが、多量に創り出される敵との戦闘で溜まった疲労も相まった。
「モウ終わり?」
「……そうだな、もう充分……気を引けただろう」
ジェイドの笑みに、ジャスパーはどこかつまらなさそうで悔しそうな顔をした。
彼にもう1人の兵士と対峙させたら、完全に倒れるだろう。しかしそれは、ジャスパーが兵士を造れたらの話だ。そう、ジェイドが限界のように、ジャスパーにも力がほとんど残っていないのだ。あるのはこの身1つだけ。
「スル? 降参。そうしたら、楽ニ終われるヨ?」
「はっはっは、それは出来ない相談だ」
ジャスパーはそう言いながら、なおも優しく笑う彼に目を細めた。脳裏に彼らとの思い出がチラついて邪魔をする。その感情は要らない。自由になりたいのならば、邪魔をする彼らを敵とみなせ。
「アハッ……イイ事思い付いた」
まだこの視界は、眠る自分と繋がっている。彼の死を目の前で見せられれば、復讐になるのでは? 生ぬるい感情とも決別出来る。
ジェイドはジャスパーの手の中から、キラリと瞬いた光を見た。彼はその鋭い石のナイフを示すように、自分の目元に近づけてクスッと笑った。
「ジェイドは特別。直接、ボクが眠らせてあげる!」
そう言うと共にナイフをジェイドへ向け、彼の元へ落ちる様に素早く空中を滑った。ジェイドは迫る彼になんとか立ち上がり、銃口を向ける。しかしそれはすぐ下された。
ジェイドの頬にポタポタと水が落ちる。それは、狂気的な笑みを浮かべるジャスパーの瞳からこぼれていた。彼はそれにハッとした様な顔をすると、反射的に、本能的に銃を捨て、両手を広げる。
(ああ、しまった。だが……)
ジェイドの口が小さく動いた。作られた言葉はたったの3文字。ジャスパーはそれを理解して目を丸くした。
彼の喉にナイフの先が触れる。その時、眩い緑の閃光が、ジェイドの背の向こうから走った。ジャスパーはそれに、自分の中で国宝の最期の声を聞く。
指先に細かくも深い亀裂が入り、ナイフが地面に落ちた。ガシャンと体の中で無機質な音が鳴り、涙に濡れた顔がズレる。
ああ、もう終わりか。宝石の最期は、なんて呆気ないのか。もう、痛みすら感じない。
「…………バイバイ」
トンと、胸に寄りかる崩れた体。掠れた声が耳に届いたのか、そっと背中に回された手にジャスパーは静かに笑った。
光が治る。足元に、灰色に近いマラカイトの欠片が転がった。ジェイドはチカチカする視界を瞬かせ、足元の彼だった断片を見つめた。
「ジャスパー、楽しかったぞ」
小さく呟いて握った手に力を込める。その時、右手に銃ではない何かが収まっている事に気付いた。見ると、それは歪みのない球体をした小さなマラカイト。それはまだ微かに熱を持っている。
「これは……あの子の、核か?」
ふと、頭に埃の様な物がパラパラと降って来たのを感じた。
ジェイドは雨を確かめる時の様に、手の平を宙へ差し出す。落ちて来たのは、黒ずんだマラカイト。誘われるように空を見て、その欠片の意味を理解した。国を保つための国宝が失われたのだから、その先に待つのは崩壊だ。
ルルが向かった場所を見る。彼は粉々になった国宝の中で座り込んでいた。その腕から、見慣れた艶のある茶色の髪が見える。ジェイドは震える足の痛みを無視し、急いで彼らの元へ走った。
「ルル!」
『ジェイド、良かった……無事だったんだね』
ルルは声に振り返ってホッと胸を撫で下ろしている。腕の中に居る一糸纏わぬジャスパーは、見た所怪我も無さそうだ。しかし彼らへ手が届く直前、地面から突き上げられ、視界が大きくブレるほどの揺れが3人を襲った。
ジェイドは転びそうになる体をなんとか踏ん張らせ、ルルが居る壁に両手をつくと、覆いかぶさるように瓦礫から庇う。
『ジェイド!』
「平気さ。ルルはジャスパーを。デカイのが来るぞ」
すると彼の言葉通り、体が地面から僅かに浮くほどの巨大地震が来た。ルルは息をする事を忘れ、目を固く瞑るとジャスパーを強く抱き締めた。
長い様で短い、たった数秒で国が全て崩れ落ちた。ジェイドは背中に積もる小さな瓦礫が止んだ頃、視界が眩しくなり恐る恐る振り返る。
「ああ……。ルル、ご覧」
ジェイドの穏やかな声色に、ルルはそっと目を開く。肌を触るのは、まだ朝が訪れたばかりの柔らかなぬくもり。生茂る木々の合間を縫って、3人の影を優しく伸ばしている。
『ここ……森の、中?』
「どうやらそのようだ」
ここは、遠く離れた国同士の間を挟む道沿いに出来た大きな森。その中でも比較的拓けた場所だった。まるで戦場跡の様に散らばった宝石が、太陽の光を含んでキラキラとしている。
ジェイドはジャスパーへ上着を掛け、思い出した様に痛み出す足に両膝を地面に付ける。彼はまだ起きない。息が浅く、まるで今にも止まってしまいそうだった。
「ルル、ジャスパーは」
『ん、眠ってるだけ……なんだけど…………何かが、足りない』
まだ、目を覚ます力が無い。今のこの体は、僅かな呼吸で命を保つのに必死のように思えた。
ジェイドがジャスパーの顔を覗き込もうとしたその時、冷たい体から感じる途絶えそうな鼓動に、別の脈動が重なる。ルルはそれにハッとして彼へ振り返った。
『ジェイド……何を、持ってるの?』
ルルの言葉に、ジェイドは手に握っていた核を見せる。ルルは綺麗に磨かれた様な核に驚いて手を添えたが、すぐにジェイドを見上げた。
『これを、ジャスパーに』
「あ、ああ」
言われるままに、ジャスパーの薄く開かれた唇へ近付ける。歯にコツリと当たると、無意識にか、彼はそれを咀嚼し始めた。細い喉元が動くと、不安定だった呼吸が整い、微かに青白かった顔色に正気が蘇った。
ジェイドはそっとジャスパーの幼い手を握る。
「ジャスパー……帰ってきておくれ」
~ ** ~ ** ~
目を開けても開いても変わらない暗闇の中、1人の震える声がよく響いた。
『嘘つき』
壊れかけた拳を握る自分をジャスパーは静かに見つめた。
大人の姿なのに、心は幼いまま。本物を経験し、見なかったからだろう。何百年と呼吸をしてきたというのに。
客観的に見れて、ルルが言っていた事が分かった。暗闇が怖いと嘆く彼は間違いなく自分だ。
『自由にナリタイト、ソッチが願ったんじゃないカ!』
彼は顔を覆うとその場にしゃがみ込んだ。立てない自分と目線が同じになる。
『コレじゃあ、逆戻リだよ』
しかしそう言った小さな声は、悲しみと恨み以外、どこか安堵を思わせる。ジャスパーは絶望する様に顔を覆った自分を目を背けず、静かに問いかけた。
「じゃあドウシテ? 殺さなかったのは」
『……見テタデショ? 強かったのヲ。2人ガ』
「いくらデモ殺セタのに? 言葉ノ魔法で」
彼は手から顔を上げ、迷う様に唇を動かしたが、微かに開かれただけですぐに閉じられる。
そう、わざわざ兵士作ったり自ら攻撃をしなくても、精神的にも物理的にも攻められた。国の中で生きたジャスパーが個人になった時には、その力は既に強力なものになっていたのだ。冷静だったら王である彼すら殺せるだろう。言葉によっては、2人を戦わせる事だって出来た筈だ。
それでも彼は、そうしなかった。そう出来なかった。
「ネ? 分かってるンダ。2人が大好きダカラ」
『ヤメテヨ。そうじゃない……』
否定を信じて頭を振る彼へ、ジャスパーは仕方なさそうに笑った。前に放り出している宝石の足を引き寄せて、立ち上がる真似をする。硬く、鉱石の足は動きを変えられずに力が入らない。地面を掴めないまま、中途半端に起き上がった体が前のめりになった。
俯いていた彼はそれを見てハッとし、咄嗟に駆け寄って支えた。ジャスパーはその背中に腕を回し、意地悪そうに呟く。
「捕マエタ」
笑みを含んだ声に目を丸くする。壊れた頬に涙が伝うのが分かった。
『卑怯だ……。平等の、つもり……だったんだよ? ボクはずぅっと』
「ウン」
『外ヲ1度でも、綺麗だと思ったコト、無いのにサ』
自分よりひと回り大きな手がそっと背中に触れる。その手は震えていた。これからどうなるのか、それを考えたのだろう。
『……独りぼっちダヨ』
「大丈夫ダヨ。ちゃんと、ボクらには……思い出がアルから」
『前ヨリも、寂しくナイ?』
「ウン」
心の中は以前の様な空虚ではない。だからこの先どんな罰を受けようと、どこに連れて行かれようと、寂しくない。
抱擁を解いて、互いの目を合わせる。大人びた彼は優しく微笑むと「そっか」と、安心した様に言った。一筋の涙が手にこぼれ、そこから彼の体が消えていく。
「ありがとう、ボク。幸せだったヨ」
『良かった』
囁かれたその言葉が最後となり、手の中に核が残される。それをジャスパーは飲み込んだ。
さあ、目を覚まそう。
ルルは中で眠るジャスパーに、ホッとしたように目を細めた。
(良かった……まだ、生きている。間に合った)
その安心に足が力を失くそうとするが鞭を打つ。最後の仕上げだと、姿勢を正した。剣のグリップを両手で握りしめ、頭上へ持っていく。
『ジャスパー、起きる時間だよ』
切っ先を思い切り振り落とした。剣が宝石にぶつかる透き通った音が国中に響き渡り、表面に小さな線が入った。それはたちまち大きく深い亀裂となり、奥まで届く。ジャスパーを包んでいた国宝が、最期の悲鳴を上げて砕けた。
~ ** ~ ** ~
辺りに散らばる、宝石兵の骸。最後の1人が崩れ落ちた直後、ジェイドの顔が再び小さく歪んだ。
彼は思わず片膝をつく。足の骨に痛みを感じた。幻覚ではなく、現実で。折れてはいないが、歩くのに厄介なほどのヒビが入っただろう。小さな痛みではあるが、多量に創り出される敵との戦闘で溜まった疲労も相まった。
「モウ終わり?」
「……そうだな、もう充分……気を引けただろう」
ジェイドの笑みに、ジャスパーはどこかつまらなさそうで悔しそうな顔をした。
彼にもう1人の兵士と対峙させたら、完全に倒れるだろう。しかしそれは、ジャスパーが兵士を造れたらの話だ。そう、ジェイドが限界のように、ジャスパーにも力がほとんど残っていないのだ。あるのはこの身1つだけ。
「スル? 降参。そうしたら、楽ニ終われるヨ?」
「はっはっは、それは出来ない相談だ」
ジャスパーはそう言いながら、なおも優しく笑う彼に目を細めた。脳裏に彼らとの思い出がチラついて邪魔をする。その感情は要らない。自由になりたいのならば、邪魔をする彼らを敵とみなせ。
「アハッ……イイ事思い付いた」
まだこの視界は、眠る自分と繋がっている。彼の死を目の前で見せられれば、復讐になるのでは? 生ぬるい感情とも決別出来る。
ジェイドはジャスパーの手の中から、キラリと瞬いた光を見た。彼はその鋭い石のナイフを示すように、自分の目元に近づけてクスッと笑った。
「ジェイドは特別。直接、ボクが眠らせてあげる!」
そう言うと共にナイフをジェイドへ向け、彼の元へ落ちる様に素早く空中を滑った。ジェイドは迫る彼になんとか立ち上がり、銃口を向ける。しかしそれはすぐ下された。
ジェイドの頬にポタポタと水が落ちる。それは、狂気的な笑みを浮かべるジャスパーの瞳からこぼれていた。彼はそれにハッとした様な顔をすると、反射的に、本能的に銃を捨て、両手を広げる。
(ああ、しまった。だが……)
ジェイドの口が小さく動いた。作られた言葉はたったの3文字。ジャスパーはそれを理解して目を丸くした。
彼の喉にナイフの先が触れる。その時、眩い緑の閃光が、ジェイドの背の向こうから走った。ジャスパーはそれに、自分の中で国宝の最期の声を聞く。
指先に細かくも深い亀裂が入り、ナイフが地面に落ちた。ガシャンと体の中で無機質な音が鳴り、涙に濡れた顔がズレる。
ああ、もう終わりか。宝石の最期は、なんて呆気ないのか。もう、痛みすら感じない。
「…………バイバイ」
トンと、胸に寄りかる崩れた体。掠れた声が耳に届いたのか、そっと背中に回された手にジャスパーは静かに笑った。
光が治る。足元に、灰色に近いマラカイトの欠片が転がった。ジェイドはチカチカする視界を瞬かせ、足元の彼だった断片を見つめた。
「ジャスパー、楽しかったぞ」
小さく呟いて握った手に力を込める。その時、右手に銃ではない何かが収まっている事に気付いた。見ると、それは歪みのない球体をした小さなマラカイト。それはまだ微かに熱を持っている。
「これは……あの子の、核か?」
ふと、頭に埃の様な物がパラパラと降って来たのを感じた。
ジェイドは雨を確かめる時の様に、手の平を宙へ差し出す。落ちて来たのは、黒ずんだマラカイト。誘われるように空を見て、その欠片の意味を理解した。国を保つための国宝が失われたのだから、その先に待つのは崩壊だ。
ルルが向かった場所を見る。彼は粉々になった国宝の中で座り込んでいた。その腕から、見慣れた艶のある茶色の髪が見える。ジェイドは震える足の痛みを無視し、急いで彼らの元へ走った。
「ルル!」
『ジェイド、良かった……無事だったんだね』
ルルは声に振り返ってホッと胸を撫で下ろしている。腕の中に居る一糸纏わぬジャスパーは、見た所怪我も無さそうだ。しかし彼らへ手が届く直前、地面から突き上げられ、視界が大きくブレるほどの揺れが3人を襲った。
ジェイドは転びそうになる体をなんとか踏ん張らせ、ルルが居る壁に両手をつくと、覆いかぶさるように瓦礫から庇う。
『ジェイド!』
「平気さ。ルルはジャスパーを。デカイのが来るぞ」
すると彼の言葉通り、体が地面から僅かに浮くほどの巨大地震が来た。ルルは息をする事を忘れ、目を固く瞑るとジャスパーを強く抱き締めた。
長い様で短い、たった数秒で国が全て崩れ落ちた。ジェイドは背中に積もる小さな瓦礫が止んだ頃、視界が眩しくなり恐る恐る振り返る。
「ああ……。ルル、ご覧」
ジェイドの穏やかな声色に、ルルはそっと目を開く。肌を触るのは、まだ朝が訪れたばかりの柔らかなぬくもり。生茂る木々の合間を縫って、3人の影を優しく伸ばしている。
『ここ……森の、中?』
「どうやらそのようだ」
ここは、遠く離れた国同士の間を挟む道沿いに出来た大きな森。その中でも比較的拓けた場所だった。まるで戦場跡の様に散らばった宝石が、太陽の光を含んでキラキラとしている。
ジェイドはジャスパーへ上着を掛け、思い出した様に痛み出す足に両膝を地面に付ける。彼はまだ起きない。息が浅く、まるで今にも止まってしまいそうだった。
「ルル、ジャスパーは」
『ん、眠ってるだけ……なんだけど…………何かが、足りない』
まだ、目を覚ます力が無い。今のこの体は、僅かな呼吸で命を保つのに必死のように思えた。
ジェイドがジャスパーの顔を覗き込もうとしたその時、冷たい体から感じる途絶えそうな鼓動に、別の脈動が重なる。ルルはそれにハッとして彼へ振り返った。
『ジェイド……何を、持ってるの?』
ルルの言葉に、ジェイドは手に握っていた核を見せる。ルルは綺麗に磨かれた様な核に驚いて手を添えたが、すぐにジェイドを見上げた。
『これを、ジャスパーに』
「あ、ああ」
言われるままに、ジャスパーの薄く開かれた唇へ近付ける。歯にコツリと当たると、無意識にか、彼はそれを咀嚼し始めた。細い喉元が動くと、不安定だった呼吸が整い、微かに青白かった顔色に正気が蘇った。
ジェイドはそっとジャスパーの幼い手を握る。
「ジャスパー……帰ってきておくれ」
~ ** ~ ** ~
目を開けても開いても変わらない暗闇の中、1人の震える声がよく響いた。
『嘘つき』
壊れかけた拳を握る自分をジャスパーは静かに見つめた。
大人の姿なのに、心は幼いまま。本物を経験し、見なかったからだろう。何百年と呼吸をしてきたというのに。
客観的に見れて、ルルが言っていた事が分かった。暗闇が怖いと嘆く彼は間違いなく自分だ。
『自由にナリタイト、ソッチが願ったんじゃないカ!』
彼は顔を覆うとその場にしゃがみ込んだ。立てない自分と目線が同じになる。
『コレじゃあ、逆戻リだよ』
しかしそう言った小さな声は、悲しみと恨み以外、どこか安堵を思わせる。ジャスパーは絶望する様に顔を覆った自分を目を背けず、静かに問いかけた。
「じゃあドウシテ? 殺さなかったのは」
『……見テタデショ? 強かったのヲ。2人ガ』
「いくらデモ殺セタのに? 言葉ノ魔法で」
彼は手から顔を上げ、迷う様に唇を動かしたが、微かに開かれただけですぐに閉じられる。
そう、わざわざ兵士作ったり自ら攻撃をしなくても、精神的にも物理的にも攻められた。国の中で生きたジャスパーが個人になった時には、その力は既に強力なものになっていたのだ。冷静だったら王である彼すら殺せるだろう。言葉によっては、2人を戦わせる事だって出来た筈だ。
それでも彼は、そうしなかった。そう出来なかった。
「ネ? 分かってるンダ。2人が大好きダカラ」
『ヤメテヨ。そうじゃない……』
否定を信じて頭を振る彼へ、ジャスパーは仕方なさそうに笑った。前に放り出している宝石の足を引き寄せて、立ち上がる真似をする。硬く、鉱石の足は動きを変えられずに力が入らない。地面を掴めないまま、中途半端に起き上がった体が前のめりになった。
俯いていた彼はそれを見てハッとし、咄嗟に駆け寄って支えた。ジャスパーはその背中に腕を回し、意地悪そうに呟く。
「捕マエタ」
笑みを含んだ声に目を丸くする。壊れた頬に涙が伝うのが分かった。
『卑怯だ……。平等の、つもり……だったんだよ? ボクはずぅっと』
「ウン」
『外ヲ1度でも、綺麗だと思ったコト、無いのにサ』
自分よりひと回り大きな手がそっと背中に触れる。その手は震えていた。これからどうなるのか、それを考えたのだろう。
『……独りぼっちダヨ』
「大丈夫ダヨ。ちゃんと、ボクらには……思い出がアルから」
『前ヨリも、寂しくナイ?』
「ウン」
心の中は以前の様な空虚ではない。だからこの先どんな罰を受けようと、どこに連れて行かれようと、寂しくない。
抱擁を解いて、互いの目を合わせる。大人びた彼は優しく微笑むと「そっか」と、安心した様に言った。一筋の涙が手にこぼれ、そこから彼の体が消えていく。
「ありがとう、ボク。幸せだったヨ」
『良かった』
囁かれたその言葉が最後となり、手の中に核が残される。それをジャスパーは飲み込んだ。
さあ、目を覚まそう。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる