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【宝石少年と2つの国】
刺客
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「到着~」
『凄い……こんなに、自在なんだ』
ワイヤーは蛇の様に、主人に従って手元に収まった。単純な仕組みでも使う者によっては細かな動きも難ではない。
「ガキの頃から使ってるからな。見ろよ、天気もいいから絶景だぞ」
強い風が体を押し、よろけそうになる。ルルはフードを押さえ、ベリルに支えられながら下を覗いた。
しかしベリルは、思い出すようにハッとする。
(やべ、ルルは見えないのに)
それなのに「見ろ」というのは、気が遣えないのにもほどがある。チラッと気まずそうに彼を見た。すると、それは全く余計な心配だった。
仮面から解放された虹の全眼が微笑む様に細くなっている。まるで住人一人一人の顔を近くで見ている様に。街の色に見惚れるように。
(そっか……ルルは、見えなくても分かるんだ)
彼と同じ景色は、視界に溺れた自分は永遠に見られないだろう。だからせめて、隣に居るという事実だけは、誰にも否定されないように振る舞いたい。
ベリルは街へ指を向ける。
「このすぐ下が太陽の地区、んでその向こう側に見えるのが月の地区だ」
ここは、鳳凰の巣と呼ばれている。狭い場所に生えた木の枝が絡み合っていて、まるで巨大な巣の様になっているのだ。ここからは国を一望出来る。崖上の土地に佇む女神像の影が、まるで国全体を包み込む様に伸びていた。
ルルは説明してくれるベリルの腕の動きを気配で辿る。今は太陽がすっかり眩しくなりだした時間で、夜に浸かった灰色の国が色付き始めていた。
座った彼の隣に腰を下ろし、大きく深呼吸する。
『風……とても気持ちが、いいね』
「だろ? ほら、冷める前に食べようぜ」
渡された料理は、まだ出来立てのように暖かい。パンの間に挟んだ鳥の肉は分厚く、甘辛いタレの匂いが食欲をそそった。
『よく、食べるの?』
「ああ、美味いんだこれ。あ、野菜から食べろよ?」
『何で?』
「その方が体にいいんだ」
袋の中にもう一つの袋が入っていた。それを開けると、先に食べるべきと言われた野菜が入っていた。真っ白な丸い野菜が串に刺さっていて、肉とは逆に塩の匂いがする。まだ熱いそれを息で冷ましながら食べるベリルを真似て、ルルも齧った。
表側が硬く、ガリッと音が鳴り、噛むたびにジュワッと甘い汁が弾けた。塩で漬けられていたのかより甘さが濃く、あとから来る仄かな塩味がとても美味しい。驚いた様子で口の中の物を噛み続けるルルに、ベリルは可笑しそうに笑った。
「美味いか?」
『うん。何ていう、野菜?』
「ホワイトラッシュ。蔓に成るんだ」
『不思議な野菜。美味しい』
抜群の歯応えに顎が鍛えられそうだ。ルルは10個刺さるホワイトラッシュを半分まで食べ、ようやくメインを手に持った。ふわふわしたパンは少しの力で潰れてしまいそうだ。ズッシリと重く、肉を支えている事が不思議なほど柔らかい。
スパイスのソースがたっぷりで、外へ逃げる前にと思い切り齧り付いた。しかし中はまだ熱く、ベリルはハフハフと熱を逃しているルルに笑う。
「あ~ぁ、ちゃんとふーふーしろよ」
『もう、冷めてるって……思った』
ルルは必死に熱を逃しながら、やっとの思いで飲み込んだ。そして今度はちゃんと、息を吹きかけて冷ましてから頬張った。程良く柔らかい肉にはタレがしっかり染みていて、濃厚な旨味が口の中で満たされる。パンからは蜂蜜の甘さがあり、溢れる肉汁と良く絡まった。
「どうだ?」
『美味しい。お肉、大きくて……食べ応えがいいね』
「だろ? これ1つで腹いっぱいになるんだ。作業した朝にはちょうど良いんだよ」
ベリルはまるで自分で作った様に得意げに笑い、口いっぱいに頬張った。
風の音が人々の声の様に聞こえてくる。そんな中、すぐ傍でガサリと草が動く音がした。風が動かしたのではない。ルルは足下に視線を向ける。モゾモゾと動いたかと思うと、重なり合った枝の間から赤と黒の模様をした小さな蛇が顔を出した。
試しにルルは、まだ子供に見える蛇の口元に指を出す。すると蛇はチロチロとベロで舐め、危険ではないと判断したのかシュルリと腕に絡み付いた。
「ん? どうした」
『蛇』
ルルはベリルへ腕ごと蛇を見せる。すると彼は驚いて距離を取った。キョトンとする蛇とルルに、ベリルは冷や汗をかきながら大袈裟に首を振る。
「ルル、そいつ毒蛇だぞ?!」
『知ってるよ』
「え」
『どうしたの? 蛇、苦手?』
「い、いや、苦手っていうか。毒蛇……こ、怖くないのか?」
『誰にだって……身を守る牙は、あるよ?』
彼はそう言って、蛇の頭を指で撫でる。蛇は心地良さそうに目を細めていて、その姿にベリルは肩から力が抜けていくのを感じた。
ルルは彼から緊張感が消えた事に気付くと、蛇を差し出す。
『怖くないよ。噛まないもん』
「でもさ、何人もこいつに噛まれて、死んでるんだぜ?」
『それ、本当に……この子たちから、襲ったの? 別に、人間を食べる子じゃ、ないのに』
ベリルは何も言い返せなかった。確かにその事例は、鉢合わせた人間が『毒蛇』だという事だけで退治しようとしたからだった。特別蛇が最初に人間を襲った事例は無い。
『人間だって、襲われそうになったら……攻撃、するでしょ? 僕だって、そのために剣を、教わった』
「……だな」
それはベリルも同じだ。逃げるために、攻撃するために武器を肌身離さない。
ベリルはそっと、恐る恐る蛇の頭に指をちょんっと置く。本当に僅かに触れるだけだったが、動じない蛇に怖さが消えていった。指先で頭を撫でる仕草をすると、蛇はお返しという様に、小さなベロでくすぐる。
『人ってどうして……共存より、排除を先に手段として、取るんだろうね』
人間がこの世の3分の1を占めている。生命の上位に立つ彼らは何故か、好戦的に害を出さない相手でも排除しようとする。必ずと言ったその行動にルルはずっと疑問を持っていた。
ベリルはそう呟く隠れた横顔を見つめて実感する。彼も人とは異なる事を。恐らく今は少なくなったその力を害だと見られ、追われる事もあったのだろう。
「人間は怖がりなんだ。しかも欲張りだからさ、自分たち以外が支配者にならないようにするんだ。多分、そういう面で見れば、人間が1番弱いのかもしれないな」
蛇は腹を空かしているようだ。ベリルは肉を小さく千切って食べさせる。すっかり怖さを忘れた様子を見つめ、ルルは小さく笑った息を吐いた。
『じゃあベリルは、人間らしいんだね』
「へ?」
『君も……怖がり』
ベリルは、膝を抱えて面白そうに言うルルに、大きく顔をしかめた。しかしからかっているのだと分かると、ベリルも意地悪そうに唇の片方だけを上げて笑い、彼を押し倒す。
「言ったな、この!」
『わっ』
指をでたらめに動かすと、ルルはくすぐったそうに身をよじる。仕返しというように、ルルはベリルに体当たりした。しかしその力は弱く、全くベリルに効かずに受け止められる。
「お前軽すぎ。全然痛くない」
『……ずるい』
「まだまだ力では負けないぜ」
ムスッとしたルルの頬を笑いながらベリルは引っ張る。ルルは散々グニグニと弄られ、ヒリヒリする頬を不服そうに撫でた。そして今もなおクツクツと笑う声を無視するように、最後の一口を大きく頬張った。
蛇はもう一口分をベリルから貰うと、別れを告げる様に2人の腕それぞれに巻き付き、巣へ帰っていった。
1袋で充分に腹が満たされた。それでも舌がもう1つとせがむほど、味が魅力的だ。胃袋の量的に、もう食べられる気がしないが。
ベリルも満足そうな息を吐き、程よい満腹感に気持ち良さそうに腕を伸ばす。
「よし。食後の運動で街見るか?」
『うん、そうだね。空を、散歩しよ』
立ち上がった彼に頷いてルルも腰を上げようとした時、見知らぬ視線を感じた。しかし人の気配は近くに無く、視線に向いたのは太陽の地区には多い、しがない居酒屋の1つ。窓に掛かったカーテンに隙間を作り、誰かの目がこちらを見つめていた。
「どうした?」
『誰か、見てる』
ベリルがルルの目線を辿ろうとしたその瞬間、閃光が見えた。呼吸をするよりも速く、何かが横切ったのを感じた。その直後、フードが攫われたルルの頬に赤い線が入る。振り返った金の瞳に映ったのは、側の枝に刺さる小さな矢。
視線の主が打ってきたのだ。それも肉眼では分からないほどの距離から、正確に。
「伏せろ!」
次の矢が飛んで来ると、ベリルは急いでルルの頭を抑えて葉に紛れる様にしゃがんだ。
「大丈夫か?!」
『ん、うん、大丈夫』
「あ~もう、こんな時にまで賞金かよ!」
悪態をついても矢の雨は一向に収まらない。それどころか矢の数は増えてきた。
ルルは目を閉じ、呼吸を一瞬止めた。体の中心へ力を込めると、手元から枝が少しずつ宝石に覆われ、やがて卵の様に2人を包んだ。硬い宝石の殻が次々に来る矢を弾く。しかし矢の量は徐々に増え、銃弾も僅かな亀裂を作って来た。
彼らは確実にベリルではなくルルを狙っている。ノイスで狙われる心当たりは沢山あるが、なんとなく殺意が無い淡々とした攻撃に感じた。まるで他人に頼まれた仕事の様に。
『……あ』
「どうした?」
『もしかしたら、アダマスの指示……かも』
「何でアダマスが?」
思わずポカンとして問うと、ルルはそぉっと顔を逸らした。その反応は悪さを反省する子供のようで、ベリルはその様子に目元を歪める。
「お前まさか……アダマスにちょっかいだしたな……?」
「…………」
「バカ、無茶すんなって言っただろっ! 相手はお前の心臓欲しがってるんだぞ?!」
ルルは隠れる様に、フードの端で顔を蓋する様に覆う。怒られるのが分かったから、彼は黙ったのだ。
ルルはうるさい矢の音ではなく、ベリルの怒りに身を縮こませる。
『だって……お世話になった人が、操られてたから。す、少し、仕返し……したくて。ん……ごめん、なさい』
ベリルはその拗ねながら反省するルルに、盛大な溜息を吐いた。しかしその顔からはもう憤りは感じず、それどころか笑みが浮かんでいる。まるで子犬か子猫か。その姿に怒りが冷めた。
ルルの手をフードから離させ、額を指で少し強く弾いた。彼はヒリヒリする額を両手で抑える。
「よし、逃げるぞ」
『……怒ってない?』
「ああ、もう怒ってない。ほら行くぞ、食後の運動は鬼ごっこに変更な」
未だしゅんとした頭にフードをかぶせ、ベリルはニヤッと悪戯っぽく笑う。ルルはそれに頬を緩め、面白そうに頷いた。
『凄い……こんなに、自在なんだ』
ワイヤーは蛇の様に、主人に従って手元に収まった。単純な仕組みでも使う者によっては細かな動きも難ではない。
「ガキの頃から使ってるからな。見ろよ、天気もいいから絶景だぞ」
強い風が体を押し、よろけそうになる。ルルはフードを押さえ、ベリルに支えられながら下を覗いた。
しかしベリルは、思い出すようにハッとする。
(やべ、ルルは見えないのに)
それなのに「見ろ」というのは、気が遣えないのにもほどがある。チラッと気まずそうに彼を見た。すると、それは全く余計な心配だった。
仮面から解放された虹の全眼が微笑む様に細くなっている。まるで住人一人一人の顔を近くで見ている様に。街の色に見惚れるように。
(そっか……ルルは、見えなくても分かるんだ)
彼と同じ景色は、視界に溺れた自分は永遠に見られないだろう。だからせめて、隣に居るという事実だけは、誰にも否定されないように振る舞いたい。
ベリルは街へ指を向ける。
「このすぐ下が太陽の地区、んでその向こう側に見えるのが月の地区だ」
ここは、鳳凰の巣と呼ばれている。狭い場所に生えた木の枝が絡み合っていて、まるで巨大な巣の様になっているのだ。ここからは国を一望出来る。崖上の土地に佇む女神像の影が、まるで国全体を包み込む様に伸びていた。
ルルは説明してくれるベリルの腕の動きを気配で辿る。今は太陽がすっかり眩しくなりだした時間で、夜に浸かった灰色の国が色付き始めていた。
座った彼の隣に腰を下ろし、大きく深呼吸する。
『風……とても気持ちが、いいね』
「だろ? ほら、冷める前に食べようぜ」
渡された料理は、まだ出来立てのように暖かい。パンの間に挟んだ鳥の肉は分厚く、甘辛いタレの匂いが食欲をそそった。
『よく、食べるの?』
「ああ、美味いんだこれ。あ、野菜から食べろよ?」
『何で?』
「その方が体にいいんだ」
袋の中にもう一つの袋が入っていた。それを開けると、先に食べるべきと言われた野菜が入っていた。真っ白な丸い野菜が串に刺さっていて、肉とは逆に塩の匂いがする。まだ熱いそれを息で冷ましながら食べるベリルを真似て、ルルも齧った。
表側が硬く、ガリッと音が鳴り、噛むたびにジュワッと甘い汁が弾けた。塩で漬けられていたのかより甘さが濃く、あとから来る仄かな塩味がとても美味しい。驚いた様子で口の中の物を噛み続けるルルに、ベリルは可笑しそうに笑った。
「美味いか?」
『うん。何ていう、野菜?』
「ホワイトラッシュ。蔓に成るんだ」
『不思議な野菜。美味しい』
抜群の歯応えに顎が鍛えられそうだ。ルルは10個刺さるホワイトラッシュを半分まで食べ、ようやくメインを手に持った。ふわふわしたパンは少しの力で潰れてしまいそうだ。ズッシリと重く、肉を支えている事が不思議なほど柔らかい。
スパイスのソースがたっぷりで、外へ逃げる前にと思い切り齧り付いた。しかし中はまだ熱く、ベリルはハフハフと熱を逃しているルルに笑う。
「あ~ぁ、ちゃんとふーふーしろよ」
『もう、冷めてるって……思った』
ルルは必死に熱を逃しながら、やっとの思いで飲み込んだ。そして今度はちゃんと、息を吹きかけて冷ましてから頬張った。程良く柔らかい肉にはタレがしっかり染みていて、濃厚な旨味が口の中で満たされる。パンからは蜂蜜の甘さがあり、溢れる肉汁と良く絡まった。
「どうだ?」
『美味しい。お肉、大きくて……食べ応えがいいね』
「だろ? これ1つで腹いっぱいになるんだ。作業した朝にはちょうど良いんだよ」
ベリルはまるで自分で作った様に得意げに笑い、口いっぱいに頬張った。
風の音が人々の声の様に聞こえてくる。そんな中、すぐ傍でガサリと草が動く音がした。風が動かしたのではない。ルルは足下に視線を向ける。モゾモゾと動いたかと思うと、重なり合った枝の間から赤と黒の模様をした小さな蛇が顔を出した。
試しにルルは、まだ子供に見える蛇の口元に指を出す。すると蛇はチロチロとベロで舐め、危険ではないと判断したのかシュルリと腕に絡み付いた。
「ん? どうした」
『蛇』
ルルはベリルへ腕ごと蛇を見せる。すると彼は驚いて距離を取った。キョトンとする蛇とルルに、ベリルは冷や汗をかきながら大袈裟に首を振る。
「ルル、そいつ毒蛇だぞ?!」
『知ってるよ』
「え」
『どうしたの? 蛇、苦手?』
「い、いや、苦手っていうか。毒蛇……こ、怖くないのか?」
『誰にだって……身を守る牙は、あるよ?』
彼はそう言って、蛇の頭を指で撫でる。蛇は心地良さそうに目を細めていて、その姿にベリルは肩から力が抜けていくのを感じた。
ルルは彼から緊張感が消えた事に気付くと、蛇を差し出す。
『怖くないよ。噛まないもん』
「でもさ、何人もこいつに噛まれて、死んでるんだぜ?」
『それ、本当に……この子たちから、襲ったの? 別に、人間を食べる子じゃ、ないのに』
ベリルは何も言い返せなかった。確かにその事例は、鉢合わせた人間が『毒蛇』だという事だけで退治しようとしたからだった。特別蛇が最初に人間を襲った事例は無い。
『人間だって、襲われそうになったら……攻撃、するでしょ? 僕だって、そのために剣を、教わった』
「……だな」
それはベリルも同じだ。逃げるために、攻撃するために武器を肌身離さない。
ベリルはそっと、恐る恐る蛇の頭に指をちょんっと置く。本当に僅かに触れるだけだったが、動じない蛇に怖さが消えていった。指先で頭を撫でる仕草をすると、蛇はお返しという様に、小さなベロでくすぐる。
『人ってどうして……共存より、排除を先に手段として、取るんだろうね』
人間がこの世の3分の1を占めている。生命の上位に立つ彼らは何故か、好戦的に害を出さない相手でも排除しようとする。必ずと言ったその行動にルルはずっと疑問を持っていた。
ベリルはそう呟く隠れた横顔を見つめて実感する。彼も人とは異なる事を。恐らく今は少なくなったその力を害だと見られ、追われる事もあったのだろう。
「人間は怖がりなんだ。しかも欲張りだからさ、自分たち以外が支配者にならないようにするんだ。多分、そういう面で見れば、人間が1番弱いのかもしれないな」
蛇は腹を空かしているようだ。ベリルは肉を小さく千切って食べさせる。すっかり怖さを忘れた様子を見つめ、ルルは小さく笑った息を吐いた。
『じゃあベリルは、人間らしいんだね』
「へ?」
『君も……怖がり』
ベリルは、膝を抱えて面白そうに言うルルに、大きく顔をしかめた。しかしからかっているのだと分かると、ベリルも意地悪そうに唇の片方だけを上げて笑い、彼を押し倒す。
「言ったな、この!」
『わっ』
指をでたらめに動かすと、ルルはくすぐったそうに身をよじる。仕返しというように、ルルはベリルに体当たりした。しかしその力は弱く、全くベリルに効かずに受け止められる。
「お前軽すぎ。全然痛くない」
『……ずるい』
「まだまだ力では負けないぜ」
ムスッとしたルルの頬を笑いながらベリルは引っ張る。ルルは散々グニグニと弄られ、ヒリヒリする頬を不服そうに撫でた。そして今もなおクツクツと笑う声を無視するように、最後の一口を大きく頬張った。
蛇はもう一口分をベリルから貰うと、別れを告げる様に2人の腕それぞれに巻き付き、巣へ帰っていった。
1袋で充分に腹が満たされた。それでも舌がもう1つとせがむほど、味が魅力的だ。胃袋の量的に、もう食べられる気がしないが。
ベリルも満足そうな息を吐き、程よい満腹感に気持ち良さそうに腕を伸ばす。
「よし。食後の運動で街見るか?」
『うん、そうだね。空を、散歩しよ』
立ち上がった彼に頷いてルルも腰を上げようとした時、見知らぬ視線を感じた。しかし人の気配は近くに無く、視線に向いたのは太陽の地区には多い、しがない居酒屋の1つ。窓に掛かったカーテンに隙間を作り、誰かの目がこちらを見つめていた。
「どうした?」
『誰か、見てる』
ベリルがルルの目線を辿ろうとしたその瞬間、閃光が見えた。呼吸をするよりも速く、何かが横切ったのを感じた。その直後、フードが攫われたルルの頬に赤い線が入る。振り返った金の瞳に映ったのは、側の枝に刺さる小さな矢。
視線の主が打ってきたのだ。それも肉眼では分からないほどの距離から、正確に。
「伏せろ!」
次の矢が飛んで来ると、ベリルは急いでルルの頭を抑えて葉に紛れる様にしゃがんだ。
「大丈夫か?!」
『ん、うん、大丈夫』
「あ~もう、こんな時にまで賞金かよ!」
悪態をついても矢の雨は一向に収まらない。それどころか矢の数は増えてきた。
ルルは目を閉じ、呼吸を一瞬止めた。体の中心へ力を込めると、手元から枝が少しずつ宝石に覆われ、やがて卵の様に2人を包んだ。硬い宝石の殻が次々に来る矢を弾く。しかし矢の量は徐々に増え、銃弾も僅かな亀裂を作って来た。
彼らは確実にベリルではなくルルを狙っている。ノイスで狙われる心当たりは沢山あるが、なんとなく殺意が無い淡々とした攻撃に感じた。まるで他人に頼まれた仕事の様に。
『……あ』
「どうした?」
『もしかしたら、アダマスの指示……かも』
「何でアダマスが?」
思わずポカンとして問うと、ルルはそぉっと顔を逸らした。その反応は悪さを反省する子供のようで、ベリルはその様子に目元を歪める。
「お前まさか……アダマスにちょっかいだしたな……?」
「…………」
「バカ、無茶すんなって言っただろっ! 相手はお前の心臓欲しがってるんだぞ?!」
ルルは隠れる様に、フードの端で顔を蓋する様に覆う。怒られるのが分かったから、彼は黙ったのだ。
ルルはうるさい矢の音ではなく、ベリルの怒りに身を縮こませる。
『だって……お世話になった人が、操られてたから。す、少し、仕返し……したくて。ん……ごめん、なさい』
ベリルはその拗ねながら反省するルルに、盛大な溜息を吐いた。しかしその顔からはもう憤りは感じず、それどころか笑みが浮かんでいる。まるで子犬か子猫か。その姿に怒りが冷めた。
ルルの手をフードから離させ、額を指で少し強く弾いた。彼はヒリヒリする額を両手で抑える。
「よし、逃げるぞ」
『……怒ってない?』
「ああ、もう怒ってない。ほら行くぞ、食後の運動は鬼ごっこに変更な」
未だしゅんとした頭にフードをかぶせ、ベリルはニヤッと悪戯っぽく笑う。ルルはそれに頬を緩め、面白そうに頷いた。
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