宝石少年の旅記録

小枝 唯

文字の大きさ
上 下
62 / 210
【宝石少年と2つの国】

月の地区の五大柱

しおりを挟む
 コンコンコンと、頭上で音がした。見上げると、背の高い木の実を食べようと鳥が殻を突いている。やがて、硬い殻がどうしても割れない事に鳥は諦めて飛び立って行った。ルルはそれが聞いた事がある音だと気付き、泉から足を上げて試しに木に触れた。

「どうしたの?」
『これ……ラフの木だ。実がね、美味しいんだよ』
「へぇ、食べた事無いわ。どんな味?」
『採るから、一緒に食べよう』
「でも木の上は危険よ」
『平気』

 マントを着ていたら器用に登るのは難しいだろうが、身軽な今では容易い事だ。ルルは木肌を撫で、小さな出っ張りを探り当てると軽々登り始めた。
 ラフの木は表がザラザラしていて、小さな枝やでこぼこがいくつもある。そのため子供も登りやすいのだ。

「き、気を付けてね?」

 彼女の不安そうな声を聞きながらも、あっという間に実をつける枝に辿り着いた。2つばかり拝借すると、1つを見守っているルービィへ落とす。ルルはその場から飛び降り、静かに着地した。

「足、大丈夫?」
『うん、平気だよ』
「それならいいけれど……。あ、私の分もありがとう」

 ルルは近くの小石を拾って戻り、また水に足を浮かばせた。
 ハート型の先を石でノックするように叩くと、綺麗な亀裂が1本走り、パカッと2つに別れた。中からパラパラと雫の形をした種が溢れ、見入っているルービィへ小石を差し出す。彼女は興味津々に見様見真似で殻を割った。すると初めてでも上手く割れたと、嬉しそうな声を上げる。

『これは僕が……初めて、食べた物なんだ。人が食べる物の、中でね。この中を、食べるの』

 食べると懐かしい濃密な甘さと酸味が、口内で広がる。ルービィもひと粒含むと、口元を手で隠しながら興奮気味に言った。

「美味しい!」
『良かった』

 彼女の口にも合ったらしくて安心した。おやつにはちょうどいい時間で、2人はその場でしばらくラフの実を楽しんだ。


 木の葉の合間から降りる僅かな木漏れ日が、ルルに太陽が傾いた事を報せた。他愛の無い会話に花を咲かせる最中、ルービィは言葉を止めた彼に遅れ、枝の間からこぼれる光がオレンジに染まっている事に気付いた。
 ここが時間を見させない森である事を思わず忘れていた。ここはやはり明るいが、恐らく外は陽が沈む間際だろう。
 泉に木漏れ日が宝石が反射するようにキラキラとしている。だいぶ長い時間話し込んだようだ。足の腫れもすっかり引き、歩く事に問題は無さそうだった。

『ここから出るのに、暗くなってしまうね』
「そうね。太陽の地区の入り口に、父が迎えに来てくれるの。そうだ! ねぇルル、宿は無いでしょ? もし良かったら、うちを使って」
『いいの?』
「ええ。ラフの実を教えてくれたり、助けてくれたお礼をさせて欲しいの。それに、今度は私がご馳走したいわ」
『ありがとう。でも……泊まる場所を、決めているの』

 バッカスに紹介された場所を1度行ってみたかったのだ。
 そこでルービィは、この国を訪れた目的を持ってここに来たのだと思い出す。それを止める資格は無いと分かりながらも、少し寂しさを感じたが、悟られないようにと微笑んで頷いて見せた。しかし人の感情を目で見れないルルは、声の変化で相手の表情を理解する。そのため、彼女が自分の感情を隠そうとしている事すらも分かった。

『明日からは、無いんだ』
「え?」
『宿。だから……明日からお願い、出来ないかな?』

 その瞬間ルービィの顔はパッと明るくなり、思わずルルの手を握る。熱く両手で握られ、目を瞬かせたが嬉しそうな彼女に、ふふっと可笑しそうに息をこぼした。

「もちろん! 待ってるわ」
『ありがとう。立てる?』
「ええ、大丈夫」

 数時間ぶりに足を地面に付けるためか、彼女は少し緊張しながら、恐る恐るといった形で立ち上がる。慎重に体重を掛けるが、想像よりも痛みが無かった。多少の違和感は拭えないが、歩けないと言うほどではない。

『よく泉で、体を洗うんだけど……不思議とすぐ、疲れが取れるんだ』
「不思議な水ね」
『自然は、優しいから』
「ふふ、そうね。すっかり良くなったわ」
『良かった』

 林を通り、人が作り出したであろう坂道を辿ると、少しずつ人の話し声が聞こえて来た。微かな声に導かれると、建物の合間に出る。
 坂を登って着いたそこは太陽の地区だった。日が落ちても賑やかなようで、ルルはフードを深くかぶり直す。

「ここからは私が案内するわね」
『うん、ありがとう』

 手はそのままで、今度はルービィが人の隙間を縫いながら先を行き、あまり目立たない道を選んで進んだ。入り組んだ細い道をしばらく歩き、日が完全に落ちる頃に足が止まる。
 空を見上げると、女神像が聳え立っていた。月と太陽を片手ずつ持ちながら国を隔てている。柱の塔である彼女が立つ土地を境にして、2つの国は別れているのだ。少しでも月の地区へ意識を向けると、耳を塞がれたような静けさが訪れる。同じ国なのにこうも違うのか。
 あまり人通りには出ないまま待っていると、遠くから2馬の走る音が近付いて来た。目の前に止まり、ルービィを探す男の囁きが聞こえてくる。

「父様!」
「あぁルービィ。待たせたね、迎えに来たよ。ん? そちらの方は?」

 男は彼女からルルについて聞かされると、その淡い赤の瞳を優しく微笑ませる。そして馬から降りると、左胸に手を添えて優雅に頭を下げた。

「ようこそノイスへ。私はコランと申します。五大柱の1人として、そしてルービィの父として、貴方を歓迎しましょう」
『僕はルル。よろしく、コラン』

 ルルは差し出された彼の手を握り返しながら、自己紹介の内容に驚いていた。確かにルービィの仕草には貴族の気品を感じていたが、まさか五大柱の娘であったとは思わなかった。

「宿が無ければ、我が城へご案内しましょう」
「父様、今晩はもう、泊まる場所を決めているそうよ。だから、明日からお願いしたいの」
「もちろんだよ。ではルル、明日の同じ時間に、ここへ迎えに来ますね」

 ルルは礼を言って、胸に手を置くとコランへ会釈した。
 ルービィは許可が取れた事で上機嫌だ。繋いだ手を離すのは名残惜しそうだったが、別れの挨拶にと、ドレスの端を広げて腰を折る。そして気さくに手を振って、後ろに繋がる誰も乗っていない馬に、慣れた手つきで跨った。

「それじゃあルル、今日はありがとう。明日、お料理楽しみにしていてね」
『うん、また明日』
「良い夜を」
『ありがとう、2人も』

 コランの合図で、2人を乗せた馬はそれぞれ走り始める。ルルは彼らへ手を振り、入り組んだ道の塀が姿を隠すまで見送った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...