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【宝石少年と2つの国】
月の地区の五大柱
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コンコンコンと、頭上で音がした。見上げると、背の高い木の実を食べようと鳥が殻を突いている。やがて、硬い殻がどうしても割れない事に鳥は諦めて飛び立って行った。ルルはそれが聞いた事がある音だと気付き、泉から足を上げて試しに木に触れた。
「どうしたの?」
『これ……ラフの木だ。実がね、美味しいんだよ』
「へぇ、食べた事無いわ。どんな味?」
『採るから、一緒に食べよう』
「でも木の上は危険よ」
『平気』
マントを着ていたら器用に登るのは難しいだろうが、身軽な今では容易い事だ。ルルは木肌を撫で、小さな出っ張りを探り当てると軽々登り始めた。
ラフの木は表がザラザラしていて、小さな枝やでこぼこがいくつもある。そのため子供も登りやすいのだ。
「き、気を付けてね?」
彼女の不安そうな声を聞きながらも、あっという間に実をつける枝に辿り着いた。2つばかり拝借すると、1つを見守っているルービィへ落とす。ルルはその場から飛び降り、静かに着地した。
「足、大丈夫?」
『うん、平気だよ』
「それならいいけれど……。あ、私の分もありがとう」
ルルは近くの小石を拾って戻り、また水に足を浮かばせた。
ハート型の先を石でノックするように叩くと、綺麗な亀裂が1本走り、パカッと2つに別れた。中からパラパラと雫の形をした種が溢れ、見入っているルービィへ小石を差し出す。彼女は興味津々に見様見真似で殻を割った。すると初めてでも上手く割れたと、嬉しそうな声を上げる。
『これは僕が……初めて、食べた物なんだ。人が食べる物の、中でね。この中を、食べるの』
食べると懐かしい濃密な甘さと酸味が、口内で広がる。ルービィもひと粒含むと、口元を手で隠しながら興奮気味に言った。
「美味しい!」
『良かった』
彼女の口にも合ったらしくて安心した。おやつにはちょうどいい時間で、2人はその場でしばらくラフの実を楽しんだ。
木の葉の合間から降りる僅かな木漏れ日が、ルルに太陽が傾いた事を報せた。他愛の無い会話に花を咲かせる最中、ルービィは言葉を止めた彼に遅れ、枝の間からこぼれる光がオレンジに染まっている事に気付いた。
ここが時間を見させない森である事を思わず忘れていた。ここはやはり明るいが、恐らく外は陽が沈む間際だろう。
泉に木漏れ日が宝石が反射するようにキラキラとしている。だいぶ長い時間話し込んだようだ。足の腫れもすっかり引き、歩く事に問題は無さそうだった。
『ここから出るのに、暗くなってしまうね』
「そうね。太陽の地区の入り口に、父が迎えに来てくれるの。そうだ! ねぇルル、宿は無いでしょ? もし良かったら、うちを使って」
『いいの?』
「ええ。ラフの実を教えてくれたり、助けてくれたお礼をさせて欲しいの。それに、今度は私がご馳走したいわ」
『ありがとう。でも……泊まる場所を、決めているの』
バッカスに紹介された場所を1度行ってみたかったのだ。
そこでルービィは、この国を訪れた目的を持ってここに来たのだと思い出す。それを止める資格は無いと分かりながらも、少し寂しさを感じたが、悟られないようにと微笑んで頷いて見せた。しかし人の感情を目で見れないルルは、声の変化で相手の表情を理解する。そのため、彼女が自分の感情を隠そうとしている事すらも分かった。
『明日からは、無いんだ』
「え?」
『宿。だから……明日からお願い、出来ないかな?』
その瞬間ルービィの顔はパッと明るくなり、思わずルルの手を握る。熱く両手で握られ、目を瞬かせたが嬉しそうな彼女に、ふふっと可笑しそうに息をこぼした。
「もちろん! 待ってるわ」
『ありがとう。立てる?』
「ええ、大丈夫」
数時間ぶりに足を地面に付けるためか、彼女は少し緊張しながら、恐る恐るといった形で立ち上がる。慎重に体重を掛けるが、想像よりも痛みが無かった。多少の違和感は拭えないが、歩けないと言うほどではない。
『よく泉で、体を洗うんだけど……不思議とすぐ、疲れが取れるんだ』
「不思議な水ね」
『自然は、優しいから』
「ふふ、そうね。すっかり良くなったわ」
『良かった』
林を通り、人が作り出したであろう坂道を辿ると、少しずつ人の話し声が聞こえて来た。微かな声に導かれると、建物の合間に出る。
坂を登って着いたそこは太陽の地区だった。日が落ちても賑やかなようで、ルルはフードを深くかぶり直す。
「ここからは私が案内するわね」
『うん、ありがとう』
手はそのままで、今度はルービィが人の隙間を縫いながら先を行き、あまり目立たない道を選んで進んだ。入り組んだ細い道をしばらく歩き、日が完全に落ちる頃に足が止まる。
空を見上げると、女神像が聳え立っていた。月と太陽を片手ずつ持ちながら国を隔てている。柱の塔である彼女が立つ土地を境にして、2つの国は別れているのだ。少しでも月の地区へ意識を向けると、耳を塞がれたような静けさが訪れる。同じ国なのにこうも違うのか。
あまり人通りには出ないまま待っていると、遠くから2馬の走る音が近付いて来た。目の前に止まり、ルービィを探す男の囁きが聞こえてくる。
「父様!」
「あぁルービィ。待たせたね、迎えに来たよ。ん? そちらの方は?」
男は彼女からルルについて聞かされると、その淡い赤の瞳を優しく微笑ませる。そして馬から降りると、左胸に手を添えて優雅に頭を下げた。
「ようこそノイスへ。私はコランと申します。五大柱の1人として、そしてルービィの父として、貴方を歓迎しましょう」
『僕はルル。よろしく、コラン』
ルルは差し出された彼の手を握り返しながら、自己紹介の内容に驚いていた。確かにルービィの仕草には貴族の気品を感じていたが、まさか五大柱の娘であったとは思わなかった。
「宿が無ければ、我が城へご案内しましょう」
「父様、今晩はもう、泊まる場所を決めているそうよ。だから、明日からお願いしたいの」
「もちろんだよ。ではルル、明日の同じ時間に、ここへ迎えに来ますね」
ルルは礼を言って、胸に手を置くとコランへ会釈した。
ルービィは許可が取れた事で上機嫌だ。繋いだ手を離すのは名残惜しそうだったが、別れの挨拶にと、ドレスの端を広げて腰を折る。そして気さくに手を振って、後ろに繋がる誰も乗っていない馬に、慣れた手つきで跨った。
「それじゃあルル、今日はありがとう。明日、お料理楽しみにしていてね」
『うん、また明日』
「良い夜を」
『ありがとう、2人も』
コランの合図で、2人を乗せた馬はそれぞれ走り始める。ルルは彼らへ手を振り、入り組んだ道の塀が姿を隠すまで見送った。
「どうしたの?」
『これ……ラフの木だ。実がね、美味しいんだよ』
「へぇ、食べた事無いわ。どんな味?」
『採るから、一緒に食べよう』
「でも木の上は危険よ」
『平気』
マントを着ていたら器用に登るのは難しいだろうが、身軽な今では容易い事だ。ルルは木肌を撫で、小さな出っ張りを探り当てると軽々登り始めた。
ラフの木は表がザラザラしていて、小さな枝やでこぼこがいくつもある。そのため子供も登りやすいのだ。
「き、気を付けてね?」
彼女の不安そうな声を聞きながらも、あっという間に実をつける枝に辿り着いた。2つばかり拝借すると、1つを見守っているルービィへ落とす。ルルはその場から飛び降り、静かに着地した。
「足、大丈夫?」
『うん、平気だよ』
「それならいいけれど……。あ、私の分もありがとう」
ルルは近くの小石を拾って戻り、また水に足を浮かばせた。
ハート型の先を石でノックするように叩くと、綺麗な亀裂が1本走り、パカッと2つに別れた。中からパラパラと雫の形をした種が溢れ、見入っているルービィへ小石を差し出す。彼女は興味津々に見様見真似で殻を割った。すると初めてでも上手く割れたと、嬉しそうな声を上げる。
『これは僕が……初めて、食べた物なんだ。人が食べる物の、中でね。この中を、食べるの』
食べると懐かしい濃密な甘さと酸味が、口内で広がる。ルービィもひと粒含むと、口元を手で隠しながら興奮気味に言った。
「美味しい!」
『良かった』
彼女の口にも合ったらしくて安心した。おやつにはちょうどいい時間で、2人はその場でしばらくラフの実を楽しんだ。
木の葉の合間から降りる僅かな木漏れ日が、ルルに太陽が傾いた事を報せた。他愛の無い会話に花を咲かせる最中、ルービィは言葉を止めた彼に遅れ、枝の間からこぼれる光がオレンジに染まっている事に気付いた。
ここが時間を見させない森である事を思わず忘れていた。ここはやはり明るいが、恐らく外は陽が沈む間際だろう。
泉に木漏れ日が宝石が反射するようにキラキラとしている。だいぶ長い時間話し込んだようだ。足の腫れもすっかり引き、歩く事に問題は無さそうだった。
『ここから出るのに、暗くなってしまうね』
「そうね。太陽の地区の入り口に、父が迎えに来てくれるの。そうだ! ねぇルル、宿は無いでしょ? もし良かったら、うちを使って」
『いいの?』
「ええ。ラフの実を教えてくれたり、助けてくれたお礼をさせて欲しいの。それに、今度は私がご馳走したいわ」
『ありがとう。でも……泊まる場所を、決めているの』
バッカスに紹介された場所を1度行ってみたかったのだ。
そこでルービィは、この国を訪れた目的を持ってここに来たのだと思い出す。それを止める資格は無いと分かりながらも、少し寂しさを感じたが、悟られないようにと微笑んで頷いて見せた。しかし人の感情を目で見れないルルは、声の変化で相手の表情を理解する。そのため、彼女が自分の感情を隠そうとしている事すらも分かった。
『明日からは、無いんだ』
「え?」
『宿。だから……明日からお願い、出来ないかな?』
その瞬間ルービィの顔はパッと明るくなり、思わずルルの手を握る。熱く両手で握られ、目を瞬かせたが嬉しそうな彼女に、ふふっと可笑しそうに息をこぼした。
「もちろん! 待ってるわ」
『ありがとう。立てる?』
「ええ、大丈夫」
数時間ぶりに足を地面に付けるためか、彼女は少し緊張しながら、恐る恐るといった形で立ち上がる。慎重に体重を掛けるが、想像よりも痛みが無かった。多少の違和感は拭えないが、歩けないと言うほどではない。
『よく泉で、体を洗うんだけど……不思議とすぐ、疲れが取れるんだ』
「不思議な水ね」
『自然は、優しいから』
「ふふ、そうね。すっかり良くなったわ」
『良かった』
林を通り、人が作り出したであろう坂道を辿ると、少しずつ人の話し声が聞こえて来た。微かな声に導かれると、建物の合間に出る。
坂を登って着いたそこは太陽の地区だった。日が落ちても賑やかなようで、ルルはフードを深くかぶり直す。
「ここからは私が案内するわね」
『うん、ありがとう』
手はそのままで、今度はルービィが人の隙間を縫いながら先を行き、あまり目立たない道を選んで進んだ。入り組んだ細い道をしばらく歩き、日が完全に落ちる頃に足が止まる。
空を見上げると、女神像が聳え立っていた。月と太陽を片手ずつ持ちながら国を隔てている。柱の塔である彼女が立つ土地を境にして、2つの国は別れているのだ。少しでも月の地区へ意識を向けると、耳を塞がれたような静けさが訪れる。同じ国なのにこうも違うのか。
あまり人通りには出ないまま待っていると、遠くから2馬の走る音が近付いて来た。目の前に止まり、ルービィを探す男の囁きが聞こえてくる。
「父様!」
「あぁルービィ。待たせたね、迎えに来たよ。ん? そちらの方は?」
男は彼女からルルについて聞かされると、その淡い赤の瞳を優しく微笑ませる。そして馬から降りると、左胸に手を添えて優雅に頭を下げた。
「ようこそノイスへ。私はコランと申します。五大柱の1人として、そしてルービィの父として、貴方を歓迎しましょう」
『僕はルル。よろしく、コラン』
ルルは差し出された彼の手を握り返しながら、自己紹介の内容に驚いていた。確かにルービィの仕草には貴族の気品を感じていたが、まさか五大柱の娘であったとは思わなかった。
「宿が無ければ、我が城へご案内しましょう」
「父様、今晩はもう、泊まる場所を決めているそうよ。だから、明日からお願いしたいの」
「もちろんだよ。ではルル、明日の同じ時間に、ここへ迎えに来ますね」
ルルは礼を言って、胸に手を置くとコランへ会釈した。
ルービィは許可が取れた事で上機嫌だ。繋いだ手を離すのは名残惜しそうだったが、別れの挨拶にと、ドレスの端を広げて腰を折る。そして気さくに手を振って、後ろに繋がる誰も乗っていない馬に、慣れた手つきで跨った。
「それじゃあルル、今日はありがとう。明日、お料理楽しみにしていてね」
『うん、また明日』
「良い夜を」
『ありがとう、2人も』
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