宝石少年の旅記録

小枝 唯

文字の大きさ
上 下
48 / 210
【宝石少年と言葉の国】

彼は独り夢の中

しおりを挟む
 意味もなく何時間も閉じた目を開く。だが視界から受け取れる情報は、いつもと同じで何も無かった。何もない場所の中央に座っている自分と、腕に抱えたマラカイトだけが暗闇ではよく見える。
 ここは光が届かない場所。太陽の熱も届かずに、空気すら冷たかった。

 自分はいつからここに居るのだろう。どうしてここに居るんだっけ。何百回とこの自問自答を続けた結果、全てが曖昧になってきた。自身の存在を実感できない。ちゃんと生きていて、呼吸をしているのかも分からない。
 ああ、今日も眠れなかった。それ以前に、眠るって何だろう? 夢とは何だろうか。分かるのはたった1つの感情だけ。

「寂しいナァ」

 何度目かの空を見上げる。気が遠くなるほどの場所に、小さな丸い穴が見えた。そこから太陽であろう光が差しているが、ここまでは途中で闇に消えていて届かない。
 無駄でも、その光が欲しくて両手を伸ばす。

 この小さな両手から溢れ出る幸せなんて要らない。あの暖かな光だけでいい。

「……寂しいヨ」

 これは何かの罰だろうか。『神の落とし人』と『人間』の間に生まれ落ちた自分への、神からの罰なのだろうか。

「ゴメンなさい」

 永い時を過ごす中、何度も同じ言葉を繰り返す。外の世界に居る人間はこの様な長寿を望んでいるそうだが、実際はただの生き地獄だ。
 しかしそれは今日までだった。

 少し迷いを見せながら口を開け、彼は小さな声で願った。

「ココは……【明るい】」

 言葉が狭い空間に響いた。反響した音が消えるよりも前に、足元から影が伸びる始める。影の存在には光は必要不可欠だ。今まで闇しかなかったここで、初めて見た自分の影に驚き、彼は急いで振り返った。
 そこにあったのは、自分を誘う様に輝く小さな太陽。手を伸ばすと、とても暖かい気がした。

「嘘ジャ、なかったんダ」

 が、少し前に、どうやってかここへ訪れた。その誰かは嘆いていた自分に、とある力を教えてくれた。それはまさに『言葉の魔法』。この体が持つ特別な魔法。
 言葉にすれば、その望みは命を生み出す事すら可能だった。

「……【外は広イ国】で、とても暖かいンダ。【大きな街があって】……モチロン【自然もアル】。それも沢山」

 その瞬間、少年が落とされた穴を中心として放射状に、世界は一変する。青々とした草原と、賑やかそうな街並みが現れた。美しい空も空気がとても澄んでいる。
 そう、1度は望んだ。どこかの国の住民になってみたいと。牢屋以外を見た事が無かったけれど、想像でどうにでもなるものらしい。
 誰も居ない国というのは妙だろうか。けれど、外から人間を誘うのは嫌だった。人間はとても怖い存在だから。
 少年は命の存在をどうするかで長い時間悩み、迷いに迷った。

「……要らないヤ、ヤッパリ。住民はボクだけでイイ。痛イ事なんてされないもんネ、誰も居ナケレバ」

 これで外は安全だ。あの見世物にされていた様な目には絶対に合わないだろう。
 さぁ、次はどんな言葉を紡ごうか。こんなにワクワクした心で、明日を望むのは生まれて初めてだ。生きている事に嬉しいと思えるのは、なんて幸福なのだろう。

 数十年かけてついに国は完成した。名前は悩んだが『グリード』と命名した。
 グリードの中央になっているであろうここは、大きな図書館にした。何故図書館にしたのかと言えば、ずっと昔に読んだ事のあるお伽話が好きだったから。もっと沢山の物語を知りたくて、大図書館を作ったのだ。
 少年は何十年ぶりかにとても満足そうだった。

「最後の仕上げダネ。外へ行かなくちゃ……ボク自身が」

 しかしそれは難しい願いだった。生まれ付き足の半分が鉱石になっていて、地面を踏む事が叶わないのだ。
 だから考えた。自分の分身を魔法で作り、心をそれに託して自分は深く眠ろうと。そうすれば歩く事も出来るし、外で魔法を使う事も自由だから。

 少年は目を閉じて、最後の願いを言葉に乗せる。

「サァ、早く目を覚まさないと。いろんな事ヲするんだ、今日も。ボクは【自由】なんだよ」

 一滴の言葉が世界に波紋を描く。腕に抱えたマラカイトがピシピシと音を立てて形を変え、少年の体を包み込んだ。それに彼の意識が薄れていく。
 眠りへ手招きをする初めての闇に、不思議と怖さを感じない。だって次に目を覚ました時、目の前に広がるのは自分を縛る者が居ない世界なのだから。

 誰も邪魔をしない優しい闇の中で、夢見る時間だ。おやすみなさい。

~               **              ~               **                 ~

 無数の亀裂を抱えたジャスパーの体がパキパキと音を立て、染まる様に少しずつマラカイトになっていく。やがて出来上がったのは、マラカイトで出来た彼の石像。
 その足元を中心にして、世界の色があっという間に剥がれていった。

『ジャスパー……?』

 揺れが治ったあと、ルルの呼びかけに答える音は存在しなかった。自分の呼吸する音、指が宝石の地面を滑る音。それしか聞こえない。
 それが何を表すのか理解出来、唇を固く結んで立ち上がる。今も少し欠けらを落とす彼の石像を見つめ、目を閉じた。ここに彼は居ない。ジャスパーに不思議と気配を感じなかったのは、これが理由だったのだろう。

『君は、どこに居るの?』

 思い返すと、彼はここから出ないのではなく、出られないのだと言っていた。離れられない訳がここにあるのだ。
 後ろに佇むマラカイトの分厚い壁を見上げる。彼はここから先へ行く事を良しとしていなかった。この先に、幻想を壊せる何かがあるのだろうか。

(壊せるかな?)

 しかし引き抜かれた剣の腹が、突如下から生えるようにして突き出たマラカイトの槍で弾かれた。ルルは地面からの音で咄嗟に手を引いたが、剣は手放す形となってしまう。

「っ!」

 転がった剣の音を頼りに急いで手を伸ばしたが、指先が触れたのは冷たい宝石。グリップを握るよりも早く、剣の周りを膜の様にマラカイトが覆って邪魔をしたのだ。
 ルルは剣を取られた事に顔をしかめたが、仕方なさそうに息を吐く。見るに、宝石たちの目的は剣の破壊ではなく、ただ手に渡るのを阻止する事だけのようだ。

『あとでちゃんと、返してね?』

 一旦剣を諦め、今度は壁へ腕を伸ばす。すると、触れる前に再び新しい壁が出来上がり、それ以上の侵入が阻止された。
 次いでたたみ掛ける様に、踏み出そうとした足元が小さく震えると、鋭い刃を持った槍が列を作って突き出した。
 槍は彼をその場から離れさせようと、次々目の前から現れ、あっという間に崖に追いやられる。しかしそれ以上槍は現れない。何かを伺っている様に、いくら経っても何故か仕留めに来なかった。

(この宝石……)

 違和感を覚えたルルは、少し考えると目を閉じ、崖である後ろへ倒れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

(完結)嘘つき聖女と呼ばれて

青空一夏
ファンタジー
私、アータムは夢のなかで女神様から祝福を受けたが妹のアスペンも受けたと言う。 両親はアスペンを聖女様だと決めつけて、私を無視した。 妹は私を引き立て役に使うと言い出し両親も賛成して…… ゆるふわ設定ご都合主義です。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...